【X-link ハロウィン特別編 Side2009 part1】

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 Xーlink ハロウィン特別編 Side2009 part1
【Destiny’s Play / 少女のいたずらとパパのお菓子】



「ここが、我が双葉学園大学が誇る図書館でございます」
「はあ、そうですか」
 夕方の双葉学園大学図書館のエントランスでは初老の男性と10歳前後の少女が話をしている。男性の方は仕立てのいいスーツに身を包み、頭髪も七三分けで奇麗に整え、いかにも仕事ができるサラリーマンといった感じの風体。少女の方は清楚な白のワンピースとジャケットを着て、いかにも上流家庭の親子といったように周囲には映る。
 だが、男性は少女に対して丁寧な敬語を使い、不自然なまでにへりくだっており、いかにも不自然だ。
「どうでしょう?他のどの研究機関や大学にもひけを取らない蔵書量だと自負しておりますが。もちろん、ご要望があればすぐに対応する事もできますよ」
「なかなか奇麗な建物ですね」
「それはもう。まだ建築して10年も立っておりませんし、建築も国内の高名な建築家に頼んだものですから」
 男性の言う通り、この建物は実にモダンな作りでしかもどこも殆ど汚れておらず清潔感に溢れていた。それは作り以前に、まだこの学園の大学部には殆ど生徒がいないという事情もあるのだが。
 双葉学園は1999年以降に大量に生まれた異能者を育成する為の機関であり、そのために2009年時点ではまだ高等部、そして大学部の生徒はあまり多くはない。

「双葉学園を案内するツアーはここで終りでしょうか?」
「はい、そういう事になっております」
「私はしばらくここの本を読みたいと思うのですが」
「それはもう、喜んで。是非ともそのようになさってください。では、2時間後にお迎えに参りますので」
 男はホッとしたという声で話す。どうやら少女はこの図書館に興味を持ってくれたらしい。
「はい、わかりました」
 少女が本棚のほうに歩いて行くと、男性は図書館から出て行った。それを確認して、少女は女性用トイレに入って行く。
 そして、トイレの中に誰もいない事を確かめると、個室に入り目を閉じて神経を集中させた。

 次の瞬間、少女の姿はトイレの中からかき消えた。


     * *


「で、ここはどこなのでしょうかねえ……」
 あたりをきょろきょろと見回しながら、長身痩躯の男は呟いた。ボサボサの髪にメタルフレームの眼鏡、よれよれのコートの下にみすぼらしいスーツという、歳はおそらく30前後であまり冴えない外見をしている。
「今日中に挨拶に行く予定だったんですが。迷いましたかね」
 そしてICレコーダーを懐から取り出すと録音スイッチを押して呟いた。
「パパはどうやらまた道に迷ってしまったようです。新しい職場に来ていきなり道に迷うとは、情けない限りですねえ」
 そう録音して、スイッチを切ると男は溜息を着いた。彼は元来方向音痴なのだ。しかもこの東京湾に浮かぶメガフロートである双葉区は無駄に大きい。初めてここに来た彼が道に迷うのも無理からぬ話だった。
 おそらくここは学園の敷地内なのだろうが、初等部だか中等部だかそれとも大学なのかもよくわからない。さらに何故かカボチャのかぶり物や幽霊のかぶり物、さらには昔流行った映画の化け物のかぶり物をした者までいて、男の混乱に拍車をかけた。
 そこまで見て彼はようやく今日が10月31日、世間ではハロウィンである事を思い出した。キリスト教圏での暮らしの経験もある彼にとっては明らかに子供でない者までかぶり物をして歩いている事は違和感があるものだ。本当はこの仮装は子供だけがやるものなのだが。だが、その光景は男には眩しく映る。
「でもみんな楽しそうですねえ。パパも一緒にハロウィンパーティとかやってみたいですよ……」
 30前後の男がICレコーダーを握りしめて泣きべそをかきながら何ごとかを呟いている様子は異様そのものだった。既に彼に後ろ指をさしている人間が何人もいる。
「まあ、今はともかく事務局を探さないといけませんね。着任初日どころか着任前にクビになったらコネクションを作るどころじゃないですからね。なんとしてもここでコネを作って君の手がかりを得るきっかけを作らないと」
 そう言って空を仰ぎ見ながら歩く。彼がここに来たのはこの『異能』そして『ラルヴァ』をキーワードに様々なVIPが集まるこの学園でコネクションを形成する事ためだった。
 運良く、とある研究室で女性の助手が学生と大恋愛の末に妊娠、その発覚と同時に職を辞して田舎に帰る、というような事があったために彼は運良くその研究室の助手として双葉学園に入り込む事ができた。
「道は険しそうだけど、パパは頑張りますよ」
 決意も新たにした彼にドンと何かが衝突した。衝突した物体はその場に尻餅をついて座り込んでしまう。その物体を見ると、どうやら小さい女の子にぶつかってしまったらしい。
「ごめんなさい、余所見をしていました。申し訳ありません」
 そう言うと彼は慌てて少女の手を引いて助け起こす。ワンピースにジャケットを来て、小さなバッグを肩からかけたかわいらしい少女だった。
「いえ、こちらも慌てていたものですから」
 年不相応に大人びた口調で少女は話す。
「そうですか。お怪我はありませんね?」
「はい、問題はありません」
「それは良かった……。では」
 少女の無事を確認してその場を立ち去ろうとした男のコートの裾を少女が掴む。
「おや、どうしました?まだ何か御用でも?」
「女性にぶつかっておいて、そのまま立ち去るなんて酷いとは思いませんか?」
「少々急いでいるのですがねえ……。要求はなんでしょう?」
「あら、お話が早いのですね。助かります。私の要求はただ一つ、私を逃がして欲しいの」
「はあ、逃がす、ですか。どこから逃がして欲しいのですか?」

「全部から」

 どうやら面倒くさい事になりそうだ。彼は再び空を仰ぎ見た。


     **


 少女を連れた男は、というより少女に連れられた男は彼女の案内で学園を出て、商店街の方まで歩き、とある喫茶店に入る。ウェイトレスの案内で席につくと、少女はパフェ、男はコーヒーを注文した。
「それで、何故逃げたいだなんて思ったのですか? えーと……」
「私の名前は犀川《さいかわ》萌絵《もえ》といいます。10歳です」
「はあ、ではその……犀川さん。何故逃げたいなどと」
「その前にあなたの名前を教えてもらえませんか?」
「えーと、私は………響《ひびき》・アマーティといいます」
 響と名乗った男は少し顔を歪めて自己紹介をした。子供にこのように名乗るのは少しだけ後ろめたい。
「なんとお呼びすればよろしいかしら?」
「響で結構ですよ。ところで、そろそろ私の質問に答えていただけませんかねぇ」
 響がそこまで言ったところで注文のパフェとコーヒーが届く。ウェイトレスはどうやら自分たちの事を親子か何かだと思っているらしい。少女の育ちの良さそうな物腰と外見と、いかにも冴えない自分の見た目とのギャップから誘拐かなにかと怪しまれるかと思い内心ひやひやしていた響はホッとした。
「自由になりたいからです」パフェを頬張りながら萌絵と名乗った少女は言う。
「自由に?何からですか?」
「ですから全てから」
「はあ、全てですか……お父様とお母様も心配なさるでしょう」
「いえ、父も母も既に亡くなっています。心配する事はありません」
 そこまで聞いて響は溜息をついた。最初はただの初等部あたりの家出少女で、パフェなど食べさせてすぐに帰してしまおうと思ったらそうでもない。彼女がこの学園の制服を来ていない事にまず違和感があったのだ。さらに妙に大人びた話し方にも違和感があった。どうやらませた子供というわけでもなく、ナチュラルにこのような話し方をしている。まだ良くわからないが、この少女はただの子供というわけでもないらしい。

「パパ、ここに来ていきなりこんな子に会うって運が悪いのかもしれません。それとも何か運命なんでしょうか」
「あの、ICレコーダーに何を録音されているのですか?気味が悪いですよ」
「ああ、これは息子に会った時の為に何があったかとかどこに行ったかとかを録音しているのですよ」
「息子さんですか」
「うん、年は君よりもちょっと下ですかね。今は事情があって離ればなれなもので。会えない時に何があったかを録音して、会った時に聞かせればきっと喜んでくれると思うんですよ」
「いや、そういうのって鬱陶しいと思いますけど」
「え、パパの愛情が鬱陶しい!? もうこのICレコーダーに500時間以上録音してるんですけどねえ」
「それはちょっと……。で、どうなんですか? 私を逃がしてはいただけませんか?」
「はあ、それはどうですかね……」
 響は難しい顔をする。とりあえず、彼は今日事務局に行って、着任の報告をする事になっていた。実際に仕事を始めるのはまだもう少し先なので、報告が1日や2日遅れた程度でそこまで問題はないだろう。ただ、彼の目的の為にも学園側の自分に対する心証は出来るだけ良くしておきたかった。

「トリック・オア・トリート」萌絵は突然そう呟いた。いたずらっぽく微笑んでいる。
「え?」
「あら、ハーフの方なのにご存知ありませんか?今日はハロウィンですよ」
「ああ、自分を逃がさないといたずらするって事ですか」
「ええ、私は10歳の子供ですから。お菓子を頂く権利があると思います」
「お菓子が『逃げる』っていうのは感心しませんが、まあいいでしょう。これも何かの縁なのかもしれない。あなたが逃げたいというのならおつきあいしましょう」
 事務局に行くのは夜でもいい、という事にして響は決断する。何より自分の子供と同じくらいの年齢の子供がこのような事を言っているのを放ってはおけなかった。

「よし、パパ頑張りますよ。ハロウィンの思い出としては面白くなりますよきっと」
「ですから、気味が悪いのでいきなりICレコーダーに呼びかけるのはやめていただけませんか?」


     * *


「響さんがバイクを持っていらっしゃるとは意外です」
「そうですか? 男の独り身には便利なんですよ、バイクって」
 響と萌絵は今、双葉区内を響が所有しているバイクで走っている。それは彼の風体や態度からは似つかわしくない排気量1000cc以上の大型バイクだ。確かHONDAのCBR1000とかいうバイクだっただろうか。萌絵は前に読んだ雑誌で見かけた事を思い出す。

 喫茶店を出た後、おおよそ30分程かけて駐輪場にたどり着いたのだが、そこは喫茶店から最短ルートなら10分程しかかからない場所に有る事に萌絵は溜息をついた。どうやら響は極度の方向音痴であるらしい。
「はあ、バイクは嗜好性の強いものと考えていたのですがそういう捉え方もあるのですね、なかなか興味深いです」
「本当に科学者みたいな話し方しますねえ、犀川さん」
「あら、そうでしょうか。私はまだ10歳の子供ですよ?」
「子供は普通、子供である事を否定して大人ぶるものですけどねえ」
「それはそうと、響さんは方向音痴でいらっしゃるんですか?」
「『方向音痴でいらっしゃる』ですか。まあ否定はしませんけどね。どうも道に迷うんですよねえ」
「私、方向音痴の方に実際にお会いするのは初めてです。興味深いですね。方向音痴っていうのは三半規管に問題があるのかしら? それとも空間認識能力とか‥‥」
「もう少し、子供らしい喋り方をしたらどうです? いくら鈍い僕でもあなたの正体に近づいてしまいますよ。おや、曲がり角ですね。右か左、どちらに行きますか?」
「え、私が決めるのですか?」
「当然でしょう、逃げるたいのも、そして自由になりたいのも僕じゃなくて犀川さんですから。ほらもう曲がり角はすぐそこですよ。早いとこ決めてください」
「えーと、じゃあ右でお願いします」
「はいはい、右ですね」
 軽い調子で返事をすると響は車体を傾け、バイクを右折させる。

「おや、また曲がり角ですよ。右か左か、それとも真っすぐか。さあ、どれにします? どこに曲がれば自由になれますか?」
「じゃあ、真っすぐ! 真っすぐでお願いします!」
「了解。真っすぐに逃げるんですね」

 少女と男の逃避行は続く。2人ともヘルメットを被っている為にお互いの表情はわからないが、萌絵の声にだんだんと翳りが見えるのを響は感じた。彼女の自由への逃走、2人の小さな旅の終りは近いのかもしれないと、夕日を見ながら響は思う。


     **


「さあ、次はどうしましょうか? どこに逃げますか?」
 すっかり日も落ち、あたりも暗くなった午後7時過ぎ、2人は海岸沿いを走っていた。海水浴のシーズンには多いに賑わう場所だが、この時期は殆ど人通りもなく、周囲の店もほとんど営業していない。海の向こうの千葉県の海岸沿いの明かりがなんとなく見える。

「いえ、もういいです……。止めてください」
 俯きながら萌絵が呟く。その言葉を聞くと、響はバイクを路肩に止めてヘルメットを脱いだ。
「おや、どうしました? もう逃げられたんですか? 自由になれました?」
「いえ、逃げられない事がわかりました。……違いますね、逃げる必要がなかった事がわかったんです」
「そうですか」
 響は小さな旅の終りを確信した。元よりこう成る事はわかっていた。バイクに乗ってどこかへ行ったとしても逃げる事など、まして自由になる事などできはしないのだから。

「私の話を聞いていただけますか」
 バイクから降りた萌絵はおずおずと話を切り出した。
「どうぞ、どうぞ。助手とはいえ教育機関に勤めようという身ですからね。お悩み相談くらい受け付けますよ。ああ、でも寒くなって来たし、その前に暖かい飲み物でも買ってきましょうか。何にします?」
「じゃあ、ココアで」
「はいはい、かしこまりました」
 にこやかな顔をして響は歩いて行く。どうやら旅はここで終りらしい。

 ココアを受け取り、それを少し飲むと萌絵はほっと息をつき、ぽつぽつと喋り出した。
「実は私、『バースナイン』の1人なんです。知っていますか?」
「ええ、まあ。1999年に生まれた天才児達の事ですよねえ。あなたそうだったのですか。10歳といえば1999年生まれだし、年齢は合いますね確かに。でも、犀川萌絵なんて名前の人いましたかねえ」
「すいません。私の名前は犀川萌絵なんかじゃありません。名前は昔読んだ本から適当につけました」
「ああ、ああ、そうですか。私もその名前の元ネタがなんとなくわかりましたよ。ただアレは子供が読むような本でもないと思うのですが。まあそこは天才児って事なんですかねえ。……話がずれました。それで、改めてお聞きしますが何故逃げようと思ったんです?」
「自由になりたかったんです。今までアメリカの色んな研究施設を転々とさせられて、学校にも行った事もありません。何度か誘拐もされかけました。最近はやっと良い教授に会えて、落ち着いたんですけど、今度はここに来させられるかもしれないんです」
「ほう、それはまたどうしてですか?」
「取引というやつらしいです。ここの人たちがお金を出して、私を厄介払いしたい叔父と叔母がそのお金で私をここにやるつもりだとか。ボブ教授はいずれ日本に帰るとしてもきちんと勉強してからのほうがいいとおっしゃってくれているんですけど」
「たらい回しに親戚が厄介払いときましたか。それは、確かに逃げたくなりますね」
「ええ。でも逃げても、自由にはきっとなれません。私には何が自由なのかということが定義できていませんから」
「定義の問題でもないと思いますけど。でもまあ、逃げても自由になれないというのはそうでしょうね。身体が自由になっても心が自由にならなければ、それは自由とは言えません」
「心が自由?」
「ええ、あなたの求める定義は私にも上手く言えませんけどね」
「では私は、これからどうすればよいのでしょうか?」
「それはあなたが考えてください。あなたは僕より余程頭がいいはずですからね」
「あら……。冷たいんですね」
「ここで私があなたにああしろこうしろと言ったら、元の木阿弥ですよ。あなたが自分で考えて、あなたが自分の好きなように生きないとそれは自由とは言えません。これがなかなか難しいんですけど」
「私の考えですか?」
「そう、普通の人間ならもっと後で考えれば良いことなんですけどね。幸か不幸か、あなたはその能力から、それをもう考えなければならないようですね」
「そんな事、できるでしょうか。私に」
「できるはずですよ。あなたは周りの期待に応える為によく出来た天才少女をきちんと演じているようですが、それを捨てれば雑作も無い事です。私に見せたあのズルさを使えば良いでしょう。まあそれであなたに勝手な期待をしていた人たちは裏切られたと思うかもしれませんが、自由っていうのは自分に対する責任も負わなければなりませんからね。そのへんは我慢してください」
「ズルいってそんな……」
「ズルい事は悪い事ではありませんよ、別にあなたは私をペテンにかけたわけではありませんからね。あの場で私を巻き込む手段としてはなかなか上手い手でした。単純にあなたの方が私より上手《うわて》だったという事です。自分を貫きたいと思うのならば多少のズルさは必要ですよ」
「響さんも、そうなんですか?」
「まあ、そうですね。私は相当ズルいどころか、あまりあなたには言えないような事も色々してきました。これからも必要とあればするでしょう。目的を果たす為にね」
「目的ってなんですか?」
「離ればなれになった自分の息子に会いたい。ただそれだけです。それだけの為に生きています。ですから、ある意味では私は自由ですね。願いをかなえるために生きているんですから」
「そう……ですか。私の願いは‥‥」
「目的を早急に決める必要はありませんよ。幸いあなたにはまだ時間がたっぷりとある。それを探す為に生きてみるのもいいでしょう」
「わかりました。とりあえず考えてみます」
 萌絵(?)はこれまでに見せた事の無いような、年相応の素直な笑顔を見せた。それにつられて響も笑顔になる。腰掛け程度にしか考えていなかったが、教師という職業も悪いものではないかもしれない。







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最終更新:2009年10月20日 01:31
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