【キャンパス・ライフ特別編1-2】


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      3 「18時44分」


 この日も遅い時間まで、僕は与田くんと一緒に『治癒』の研究をしていました。
 僕らは「何分に一度のペースでなら、治癒を連続で使うことができるのか」を調べていました。星崎さんからのアドバイスを活かそうと思って、ここ数日力を入れていた内容です。
 僕だって学園の癒し手とまで勝手に言われているぐらいですから、みんな期待に応えられるような異能者になりたいという気持ちがあるんです。
「そう。八分に一度なら連続で使えるの。すごいじゃん、えんど」
 と、短い黒髪の女の子は言いました。僕のおごりであるアイス・カプチーノを味わいながら。
 研究が長引いた日は、いつも『喫茶ディマンシュ』に寄り道をしていました。
 もちろん、きれいなウェイトレスさんに会いたいなという不純な動機もあるにはあります。でも、この喫茶店はどうしてかとても落ち着くのです。訓練で疲弊した体を休めるのに、最高の環境なのです。
 数日前に同じヒーラーである星崎美沙さんに紹介してもらってから、すっかり行きつけのお店になってしまいました。
「それぐらい使えるのなら、あのお姉さんぐらい活躍できるんじゃないかな」
「まあ、そこは実戦を経験してるか、してないかに関わってくると思うから・・・・・・。僕なんかがあの人に及ぶわけがないよ・・・・・・」
「えんどの気弱」
 僕の会話に付き合ってくれているこの子は、『倉持祈』ちゃんと言います。
 いつもこの喫茶店でちょろちょろしている女の子です。恐らくマスターの孫娘さんだろうと勝手に想像しています。
 僕がこうしてお店に通うようになってからすっかり打ち解けたので、退屈しません。いいお店を見つけたなあと、我ながら思います。
「いつもいのりちゃんの話し相手をしてくださって、ありがとうございます」
 と、看板娘である美人のウェイトレスさんが僕のテーブルに来てくれました。近くで見るとやっぱり綺麗です。「清楚」の二文字がそのまま形となって目の前に現れたようなお方です。
 このウェイトレスさんは『森村マキナ』さんと言います。
 滑らかな陶器を見ているかのような白い肌と、閉じ気味のまぶたが印象的な人です。セミロングの髪を後ろにまとめて結い上げています。
「遠藤さんが昨日言っていた、小倉トーストを作ってみました」
 小倉トーストとは、トーストにマーガリンを塗りたくったその上に、どっさり餡子を盛り付けるという未来の首都・名古屋の誇る魅惑のレシピです。
 僕は高校卒業まで東海地方にいましたから、小倉トーストが好物なのです。名古屋はバカとかゲテモノとか言う東京モンは万死に値します。
「ああ、これこれ。・・・・・・うん、甘くておいしいよ!」
「お気に召したようで何よりです」と、マキナさんはにっこり微笑みます。
 マキナさんの笑顔を見ながら眺める小倉トーストとか、幸せすぎて死にそうです。どっちも心がぽかぽかしてくるぐらいスイートで、自然と顔がほころんでしまいます。「えんど、だらしない顔してる」と、いのりちゃんに呆れられる始末です。
「名古屋の喫茶店はモーニングサービスが充実しているんだ」
「モーニングサービス?」
 マキナさんはきょとんとしながら小首を傾げます。前髪がさらさらと流れます。
「コーヒー一杯ぶんの値段で、小倉トーストやゆで卵、サラダまで付いてきちゃうんだ。すごいだろ!」
「ユニークですね。うふふ、面白いです」
 細い指先を口元に当てて、ウェイトレスさんは上品に笑います。名古屋ネタでここまで女の子を楽しませることができるのだから、おいしいもんです。
 外はすっかり暗くなり、お店も客がはけてしまってがらがらです。そのため、こうしてマキナさんやいのりちゃんとゆっくり話すことができます。
「遠藤さんも、星崎さんのような立派なヒーラーになれるといいですね」
「え・・・・・・。はは、なれるかどうかはわかんないけどね」
 と、僕は少々目線を落として答えます。先ほどの威勢はみじんもありません。
 星崎美沙。中等部から双葉学園に通う、学園で一番有名な『治癒能力者』。
 負傷したら『保健室に行くか、星崎の所に行くか』とまで讃えられているようなお方です。僕のような新米異能者が、美沙さんとまったく同じ立ち回りを学園から期待されているなんて。けっこう、背中の重圧はすさまじいものがあります。
「今、一生懸命、自分の『治癒』の研究に明け暮れていらっしゃるんですよね?」
「うん、友人に協力してもらってね」
「なら大丈夫です。頑張り屋さんの遠藤さんなら、星崎さんぐらいの素敵な異能者になれます」
 優しいウェイトレスさんだなあ・・・・・・。僕は涙を滲ませてしまいます。
 マキナさんはいい子です。マキナさんがいい子すぎて泣きそうです。日本国はこういった汚れの無い良心の権化を、国力を持って保護するべきなのです。
「一曲弾いてあげる」と、ここでいのりちゃんが立ち上がりました。「いのりがえんどの今後の活躍を祈ってあげる」
 少女はそう言いながら階段を上がって、二階に置いてあるグランドピアノの前に着きました。
 一瞬だけあっけに取られてから、ははっと笑ってマキナさんにこう言います。
「本当、ここはいいお店だね。また今度、連れの女の子と一緒に来るよ」
「お待ちしております」と、マキナさんはにっこり言いました。
 そして天井から零れ落ちてきた、ゆっくりとした主旋律。この曲はこれからじんわりと盛り上がっていくのでしょうか、非常に楽しみです。
 マキナさんはというと、どうしてか顔が真っ青になってしました。
 どうしたの、ときこうとした瞬間。荒々しい暴風雨が喫茶店内を駆け巡りました。
 突然竜巻が襲ってきたかのような、とんでもなく激しい曲に様変わりしたのです。
 ちろちろと滴る泉の雫を見つめていたのが、大滝に変貌し、ズドドドと全身に水を浴びせられたような感覚です。いいや、滝のてっぺんからから一気に奈落へと叩き落されたような気分にさせられました。
 実際に生で聴いているせいなのか、それともいのりちゃんがわざと誇張して弾いているせいか、すごく迫力があります。僕は突然の変化に動揺し、非常に不安になりました。
「木枯らしのエチュード・・・・・・」
 と、マキナさんが申し訳なさそうにして曲名を教えてくれました。
「先は甘くないよ」とでも言っているのでしょうか。
 いのりちゃんは浮かれる僕に、釘を刺してくれているのでしょうか・・・・・・?


      4 「20時52分」


「どこに行ってたのよ!」
 頭にでっかいたんこぶを作った僕は、みくの前でしょんぼり正座をしています。
 立浪みくは僕のパートナーです。ラルヴァとのバトルにおいては、必ずといっていいほど彼女とペアを組んで戦っています。
 それだけのはずが、いつのまにかこの子は僕のアパートに住み込んでいて、こうして家事全般をやっています。小学生の子供と同棲しているなんて、口が裂けても周りに漏らせません。
「夕飯冷めちゃったじゃないの! 毎日遅くまでどこで誰と何をやってるの!」
「べ、別に何もやってないよ。寄り道をしているだけ」
「それがダメだって言ってんでしょうがこのバカ!」
 ごちんと、もう一発僕は引っ叩かれます。
「殴るな! どうしてそうお前は乱暴なんだよ!」
「あんたはご主人さまとしての自覚に欠けてるから、しっかり体でしつけようとしているだけのことよ」
「お前がしつけるほうなのかよ!」
「さあ、白状なさい。どこで誰と何をやってたの」
「だから、何もしてないって! 疲れたから喫茶店でコーヒー一杯すすって帰ってきただけだって!」
 みくは僕の言うことにはまったく耳を傾けず、すっと僕の胸元に近づいてきました。スンスンと、小さな鼻先を僕の首筋に近づけて匂いをかいでいます。
 そして、瞳をぎゅっと絞った恐ろしい目をして言いました。
「女の匂いがする・・・・・・ッ!」
「お店のウェイトレスさんだって!」
「それも、二人・・・・・・ッ!」
「どうしてそんなことまでわかるんだよッ!」
「やっぱりよその女とイチャイチャしてきたんじゃないッ!」
 ドカンと稲妻が落とされ、僕はヒッと悲鳴を上げてしまいました。
 みくは口から牙を出し、爪まで伸ばしてフーフー肩で息をしています。非常に怖いです。とんでもない暴れライオンを飼っているような心境です。
「マサにお仕置きよ・・・・・・! お尻を出しなさいッ!」
 爪がいっそう指先から伸びました。尻を出したところで、その爪でいったい僕をどうするつもりなんだ。
 もういい加減、僕も開き直るものがあります。頭の中で何かが切れてしまった音を、確かに聞きました。
「二人とも喫茶店にいる女の子だっつの! いい加減にしろタワケェ!」
 僕は頭にくると、名古屋弁っぽいものが飛び出すのが癖らしいです。
「意味がわからんわ! 喫茶店に寄り道したぐらいで毎日毎日ぎゃーぎゃー怒鳴られちゃ、ホントやってらんねえ!」
「毎日毎日毎日晩御飯作ってもらっておいて、何よ! その言い草は!」
「別に作れと頼んで作ってもらってるわけじゃねえし!」
「ひ、ひどい! せっかくマサのために毎日毎日毎日毎日来てあげてるのに!」
「それで毎日毎日毎日毎日毎日怒鳴られるぐらいなら、もう二度と来なくてええわ!」
 みくの両目からぼろっと、涙が落ちてきました。狭い部屋が突如として静寂に包まれ、みくは無表情のまま静かに泣いています。こういうの、見ていてすごく重いです。
「・・・・・・じゃあ、今日でこのペアも解消ね」
 挑発的な台詞に、ますます僕はむっときます。だから、つい勢いでこう言ってしまいました。
「一人でやってけばいいんだろ? もともとそうなるはずだったし、おめーがそう言うのならよ、それでええわ!」
「サイテー・・・・・・。あんった、ほんっとサイテー・・・・・・・」
 みくは瞳を金に輝かせ、爪をジャキンと伸ばします。
 僕はびっくりして「お、おい、ちょっと言い過ぎた、よせ」と言いましたが、遅かったです。
「マサのバカぁああああああーーーーーー!」
 ガリッと、爪一閃を顔面に頂戴しました。僕はとんでもない絶叫を上げて、その場に崩れ落ちてしまいます。
 怒り収まらぬみくは、せっかく作った夕飯の皿を床に叩きつけました。
 壁に炊飯器をぶん投げたり、汁物の入ったお椀を払いのけたり、お皿のたくさん乗っているテーブルを「があああ!」と吼えながらひっくり返したりと、もうやりたい放題です。
「よせ! 隣の住人にめいわ・・・・・・あぎゃっ!」
 液晶テレビが飛んできて顔に直撃しました。真後ろに倒れて昏倒しているなか、みくは本棚を蹴っ飛ばし、タンスの中身をぶちまけ、カーテンをびりびりに引き裂いて、どったんばったん破壊の限りを尽くします。
 この子は絶対にキレさせてはいけない! 僕はそう肝に銘じました。
 気が済んだのか、みくは両手で顔を覆いながら僕の部屋を出て行こうとします。
 しかし、そのときでした。

 ブオオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・・・・

 地獄の底から這い上がってきたかのような、物々しいサイレンが島じゅうに響き渡ったのです。
「な、何だ? 何が起こったんだ?」
「こんな時期に防災訓練? ・・・・・・いや、違う!」
 みくは真っ青になってこう叫びました。
「敵襲よ! この島がもうすぐ何者かに襲われようとしている!」
「何だって!」
 様々な音程のサイレンは幾重にも重なり、途切れることなく鳴り続けています。全然聞きなれない音に僕は動揺し、混乱し、散らかった部屋のど真ん中で、ただあたふたと焦っていました。

《緊急警報! 緊急警報! ラルヴァの群衆を発見! ラルヴァの群衆を発見! 繰り返す・・・・・・》
《教員! 大学部! 高等部! 中等部各員に告ぐ! 只今をもって緊急招集を掛ける。可及的速やかに戦闘準備、各教室に集合せよ!》
《尚、初等部生徒は男子寮・女子寮からの外出を禁ずる。準備だけ行ない、各部屋にて待機せよ!》

「大学部って」と、僕は上ずった声を出します。「つまり、僕も行けってこと?」
「そういうことでしょ?」みくは冷たい視線を僕に向けながらそう言い放ちました。
「そういうことって・・・・・・僕たち学生は戦争に出ろってことかよ!」
「ここはそういう場所なのよ。ピーピー喚いてないでとっとと行ってきなさいよ」
「冗談じゃねえ! 嘘だと言ってくれぇ!」
 僕はみくの両肩を持って揺さぶって、半ば狂乱しながら抵抗します。
「僕は単なる治癒能力者だぞ? 敵を叩けるような能力を持ってるわけじゃないんだぞ? そんなんでどうして戦争に行けっていうんだよ!」
 みくはなおも、ぶすっとした無表情で僕の顔を見下ろしています。僕は恐怖から腰が抜けてしまい、中腰になって立つのがやっとだったのです。
「だから僕はずっとみくとペアを組んできたんだろ? みくがいないんじゃ僕はやっていけるはずがないよ! 戦いなんてできっこないんだ・・・・・・」
 ばしんと、僕は頬を叩かれました。
「言ったでしょ・・・・・・ペアは今日で解消だって」
「て、てめえ・・・・・・」僕は怒りでわなわな震えます。みくも金色の瞳に炎をちらつかせています。
「私がいなきゃ戦えないですって? 甘えてんじゃないわよ遠藤雅! 一人でやっていくんでしょ? 私はもう必要ないんでしょ!」
「それとこれとは話がちが・・・・・・ちょ、おい!」
 僕はみくに体を無理やり押されてしまいます。短い廊下を経て、玄関まで押し出されてしまいました。みくは力を開放しかけているので、強い力を出してきます。
「あんなひどいこと言っておいて、今更都合のいいこと言ってんじゃないわよ! とっとと行ってきなさいよッ! ほら、早く出てけって言ってんでしょうがぁ、この弱虫ぃッ!」
 最後、僕はボンとみくに蹴り出されてしまい、部屋を追い出されてしまいました。がちゃっと、自分の部屋の鍵がかけられた音がしました。
「ざけんなタァケェ!」
 僕は怒りに任せて扉をガァンと蹴っ飛ばしました。いらいらするあまり、アパートの側壁を握りこぶしの小指側でぶん殴りました。
「どうしろって言うんだよ・・・・・・」
 住宅地を双葉学園の制服を着た生徒たちが走っていきます。緊迫した表情で夜道を駆けていきます。
 彼らは学園を目指して走っています。それは決して学生として勉強をするためではありません。軍隊の一員として「戦争」に行くのです。とりあえず、僕も召集がかけられたからには行くしかありません。
 サイレンはなおも鳴り止まずに僕の頭痛に共鳴し、その痛みが増幅されます。
 不意に僕はクラシックを聞きました。頭の中で、喫茶店で聞いたピアノが流れてきたのです。
『木枯らしのエチュード』
 この急激な展開と、皮肉にも調和しています。双葉島で嵐が吹き荒れようとしている。しかし、それは生々しい「戦争」という名の大嵐。
 がっくり肩を落として、僕は手ぶらで通学路を歩き出しました。
 僕の長い長い夜はこうして始まりました。


      5 「21時18分」


 大学の研究塔に明かりが点り、教員たちが騒然としながら構内を行き来しています。
 夜にも関わらず集まった学生たちに、昼間のような笑顔はありません。歴史学部の指定の教室に着くと、すでに顔なじみの学生たちが真顔で会話をしていました。
「おい、聞いたか? こっちに向かってくるラルヴァ、100体だってよ!」
「マジで? ありえないんだけど? どーすんのよ」
「高等部がものすごい剣幕で教員に詰め寄っているそうだ。もっと早めに手は打てなかったのかって」
「どいつもこいつもバカだねぇ。身内で争っている暇があったら、とっとと準備の一つでもすればいいのに」
 学生たちは教室に来るまえに大学部の武器庫に寄って、それぞれ好きな装備を選んでいました。僕は銃とか剣とか扱えるわけがないので、ナイフという無難なものを選択しておきました。
「はい、みなさんお待たせいたしました。席に着いてください」
 21時30分。歴史学部の教授や准教授、教員たちがぞろぞろと集まってきます。僕は机に置いてあったA4のプリントを机に伏せました。
 若い教員がマイクを持って教壇に立ちます。電気が消えてすっと真っ暗になり、スクリーンがするすると下りてくる音がしました。
 プロジェクターの光が点ったとき。目の前のスクリーンは東京湾一帯の地図を表示していました。東京湾を巨大な双葉島が占有しているという、おなじみの首都圏図です。
「こんな時間にごくろうさまです。えー、先ほど緊急の島内放送があったように、学園はラルヴァ大軍隊の双葉島強襲に伴い、非常事態として緊急招集がかけられました・・・・・・」
 教員は、緊急招集がかけられるまでの過程を説明しました。
 まず、不穏な動きを見せるラルヴァの軍団が発見されます。それに伴い、対抗する選抜隊の準備が検討された矢先のことでした。
 本土の数箇所からラルヴァの群れが急発生し、数を増やしながら真っ直ぐ学園に向かってきたというのです。まさに異常事態です。
 島外での各個撃破はしない。ここ、双葉学園で迎え撃つ! ――上層部の判断です。
「ラルヴァの大軍隊は、おおよそですが、22時15分に上陸するものと思われます」
 だいたい、あと四十分か・・・・・・。
 僕は固唾を呑んでプロジェクターを見つめていました。双葉島では機密保持の観点から「監視」の目がひときわ強いため、この予想時刻は間違いのない試算です、と、教員の男の人は繰り返し学生に強調しています。
「ですので、22時15分までに各自、戦闘準備をしっかりしておいてください。これより学園生は一つの軍隊となり、ここ、双葉学園にて完全な防衛体制に移行します」
 防衛体制。すでに読んでおいた、A4の資料の内容を思い出してみます。
 双葉学園における「防衛体制」ですが、主に高等部の生徒たちが最前線に出て行きます。初等部は寮内で待機し、中等部は校舎本丸の臨戦態勢や、物資支援に回ります。
 では大学の学生たちはというと、「大学内で駐留」です。一部が前線の指揮に回ったり、初等部のいる学生寮の警備にあたったりようですが、学生のほとんどは何かあったときのために大学内で待機します。
 あらかじめ「駐留」という単語の意味を調べておいたのですが、別にただのんびりと戦況を見守りつつ待機している、というわけではないようです。いざとなったら僕らも出る可能性もあるということです。
 それでも僕は安心していました。非常に不謹慎な話ですが、ほっとしていました。
 戦わなくていいんだ。この思いに尽きます。
 くどいとは思いますが、僕は数ヶ月前まで一般人でした。
 のほほんと平和な環境で暮らしてきたのが、いきなり表と裏をひっくり返されたかのように戦乱の恐怖に陥れられたのです。こんなの耐えられるわけがありません。耐えられないというか、事態のあまりの急変振りについていけないのです。
 それだけじゃない。僕は単なる「治癒能力者」。
 剣を握って戦うような異能者でもないし、強力な魔法で打撃を加えるような異能者でもない。そんな僕が最前線に出て戦うなんて、とてもではありませんが無理な話なのです。
「・・・・・・もうみなさん知っているとは思いますが、ラルヴァの数は『100』と見られています。翌日の未明にかけて、厳しい戦いが予想されています」
 今回僕たち双葉学園生は、学園の外郭で連中を迎え撃ち、駆逐・殲滅するという「専守防衛作戦」を取ります。高等部二年生は北西部を担当するそうです。高校生を戦場に送って学校を守らせるとか、何か釈然としません。
「ガイダンスは以上です。・・・・・・ここで学生の呼び出しを致します」
 とりあえずは、大学生は大学の施設で留まっていればいいようです。与田くんと連絡を取ってみようかなとか思い、携帯電話を取り出そうとしたそのときでした。
「遠藤雅さん。一年生の、遠藤雅さん」
「ふぇ?」
 ぱっくり口を開け、よくわからない声を出していました。マイクを握る教員と目が合ってしまい、「こっちにおいでおいで」と手招きをされてしまいます。
 歴史学部の学生たち、全員の視線を浴びながら僕はおろおろと前に出て行きます。緊張で足腰ががくがくになっていました。
 僕が前に出てくると、教員の人はこんなことを学生たちに言ったのです。
「今回、遠藤雅さんは、歴史学部から北西部の指揮官として出陣します!」
「ええーーーー!」
 とんでもない大声を出していました。
 だって理解できませんもの。意味が分かりませんもの。なぜ? どうして? なにゆえ? 何のため? 誰が得するため?
 しかしそんな僕の大混乱など知ってか知らずか、教室にどっと大歓声が沸きました。
「遠藤、おめでとうーッ!」
「実はそういう噂が前からあったんだよ!」
「星崎美沙に続く、二人目の万能ヒーラーだもんな!」
「俺たちのカワイイ後輩たちを、しっかりしごいてやってくれ!」
 エ・ン・ドウ! エ・ン・ドウ!
 エ・ン・ドウ! エ・ン・ドウ!
 まさかの遠藤コールです。
 聞えますか? まさかの遠藤コールです。
 大事なポイントですが、彼らは決して悪ふざけをしているわけではありません。目が真剣なのです。しっかりと声を張り上げ、しっかりと手を叩いて、これから戦地へ赴く僕のことを明るく応援してくれているのです。
 ていうか何ですかこれ? いったいどういうことですかこれ? 僕、こんな罰ゲームを受けるような言われはないですよ? ・・・・・・って誰や、どさくさに紛れて「ロ・リ・コン!」とか叫んだ奴は。前出てこいやタワケ!
 そんな僕のもとに、スーツを着ているがっちりとした体格のおじさんがやってきます。アゴが白いひげで包まれています。歴史学部の学部長です。こんなに間近でお目にかかったのは初めてのことです。
「遠藤くん、君は『治癒能力者』だから、初めから指揮官として選ばれていたんだ」
「やっぱり、そうですよね・・・・・・」と、僕は気づかれないようため息をつきました。
 春先の授業登録から薄々そんな気がしていました。これは初めて明かす話ですが、授業登録のとき、すでに数コマの授業があらかじめ固定されるかたちで決まっていたのです。
 授業名は『指揮官養成特殊講義』でした。きっと大学を出たらそのような仕事に就く人がいるんだろうなあ、と気楽な気分で受けていました。しかし、実はそれは最初からこういうときのために仕組まれていたものだったのです。今になって気づかされました。
「武運を祈る! 無事に帰還してきてくれ!」
 学部長がピッと背伸びをして、僕に敬礼をします。
 すると歴史学部の学生がばっと立ち上がって、きびきびとした動きで僕に敬礼をしたのです。肘を高く上げる、いわゆる陸軍式ってやつですね。
 僕もゆっくりと右腕を上げて、彼らに応えるかたちで敬礼をしました。
 そんな真剣な眼差しを浴びてしまっては、もうやるしかありません。もう出るしかありません。
 母さん・・・・・・僕は・・・・・・僕はお国のために立派に死んでまいります・・・・・・。
 教室が暗いのが幸いし、ぼろぼろと熱い涙を流していたことは、彼らにバレることはありませんでした。


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