【キャンパス・ライフ特別編1-4】


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      9 「22時58分」


 生徒と緑人間が死闘を繰り広げるその脇を、僕は走っていきます。
 ラルヴァたちは全身に痛々しい凍傷を負っていました。如月千鶴さんが展開した「氷壁」の効果です。あの壁は、こいつら緑人間の戦闘力を下げるというオマケの効果つきでした。
「この辺りはみんな怪我してないな・・・・・・」
 僕は怪我人を助けるために、司令室から直接飛び出してきました。
 舞華風鈴さんは、北西部からやや南下した地点に行けと言いました。もう少し進んだところでしょうか? 急がなくてはなりません。
 でも急がなくてはならないのに、割と早く僕は息が切れようとしていました。
「・・・・・・こんなに俺、体力なかったか・・・・・・?」
 とうとう立ち止まってしまいます。そうして両手を膝について、ぜえぜえと悠長に呼吸を整えていたのがいけなかったです。
 ギャアアアアアアという化物の叫び声で、はっとしました。横を向きます。
 あの緑人間が手のひらから爪を伸ばし、僕に飛び掛かってきたのです!
「しまった」
 完全に隙をとられました。もう避けられません。人を回復させるはずが、こんなことに・・・・・・! 僕は目を強く瞑ります。
 しかし。
「しゃがめ!」
 今度は背後から鋭い怒声が聞えました。
 諦めきっていた脳みそはその命令にしたがい、即座に僕の腰を落とします。
 しりもちをついたとたん、ミニスカートがふわりと僕の頭を超えていきました。そして目の前で銀のラインが鈍く閃き、襲い掛かってきた緑ラルヴァを横一文字に切り裂いてしまいました。
「剣・・・・・・?」
 長い黒髪を頭の上で結んだ、剣豪少女が僕の前にいたのです。彼女は僕のほうを振り向きました。
「無事かい? 大丈夫だったか・・・・・・ぐぅっ!」
 僕は真っ青になりました。
 彼女は緑人間に爪でやられたのか、ところどころ制服に切れ込みがはいり、痛そうな傷跡が走っています。特にわき腹に重症を追ったのか、白いブラウスに大きな赤い染みが広がっています。
「大丈夫じゃないのは君のほうでしょ!」
 と、僕は声を荒げました。
 額から血が流れ落ちている剣豪少女は、強気に微笑んでこう言います。
「こっちはやや前衛の生徒が足りなくてな。数匹程度の歩兵ラルヴァに対しても、少々てこずってしまってね・・・・・・。申し送れた、私は『河越明日羽』という・・・・・・!」
「僕は遠藤雅。今、怪我人の治療を要請されてここまで来たんだ」
 と、ここで誰かが後ろに近づいてきたのを感じました。
「私が指令に要請をかけたのよ」
 声のしたほうを向きます。もう一人、長剣を握った少女がいました。とても短い茶髪が夜風に揺れています。彼女もまた傷だらけの状態で、僕を睨み付けています。
「指令は何をやってるの! こっちは人手が足りなくてみんな一杯一杯なのに!」
「彩、落ち着け! そんなことを言うもんじゃない!」
「A組の菅誠司は何をやっているの? ダイアンサスの坂上撫子はどこにいるの! どっちかでもいいからこっちによこしなさいよ!」
「それはできない。彼女たちは星崎さんたちとチームを組んでいる」
「どうして指令がそんな無駄を許すのよ! よく周りを見てみなさいよ指揮官さん!」
 と、ショートカットの剣豪少女は僕に怒鳴ります。
「敵はどれも弱くない。あの大きな壁があるからといって、越えてきた数匹を倒すだけでも精一杯の状況。みんな疲れきっている! かれこれもう一時間、私たちは戦いっぱなしなのよ!」
「ハッスルするのはいいが、その怒りを敵にぶつけてほしいなあ、彩子さん?」
 と、緑ラルヴァを切り捨てながら別の男子生徒が言いました。
「ちっ・・・・・・!」と、彼女は手元の剣を握りなおします。ずっと屈強な緑ラルヴァに足して振りかざしてきたせいなのか、刃先がボロボロでひびも走っていました。
「とにかくあんたは自分のやるべきことをやりなさい。ちょっとは指揮官らしいところ見せてみなさいよ、役立たず!」
 や、役立たずって・・・・・・。
 無我夢中でここまで頑張ってきたというのに、世の中はときに僕に対して冷たいです。
「気にしないでくれ、ずっと戦いっぱなしでイライラしているようだ」
 と河越さんが言いました。彼女は切っ先を地面に立てて、かろうじて起ち上がることができました。
「女の子の暴言は慣れています。日ごろ色々ありまして」
「あいつは二年C組の彩子だ。私の実家の道場に通っている親友なんだ。風呂を覗かれたときなどは、覗いた実習生を血祭りに上げてしまうぐらい気性の荒くて生真面目な女だ」
「おっぱいに触れようものなら殺されますね」
「やましい視線を送っただけで首が吹っ飛ぶぞ」
 彩子さんは襲ってきた緑人間を切り払ったり、自分から距離を詰めてぶっ飛ばしていったりと、強気な発言に相応しい働き振りを見せています。彼女はブレザーの上着を羽織って戦っていますが、それでも形のいいおっぱいがくっきりと映え、ゆっさゆっさと揺れています。
 さて、バカ言うのもここまでにしておきましょう。ああいうことを言われたからには、僕だって引き下がれません。両腕の袖をまくり、一段と気合を入れて河越さんに両手をかざします。
 何だか背後に大きな影がかぶさってきたな、と感じながら・・・・・・。
「まずい!」
 河越さんは、『治癒』をかけようとした僕を払いのけました。横に吹っ飛ばされていくなか、僕は「ガキン」という甲高い金属音を聞きました。
 僕を後ろから襲ったのは『緑人間』ではありませんでした。全身が群青色をした『青人間』だったのです。
 こいつは緑よりも一回り大きく、全身が鎧のような表皮で包まれて青く輝いています。どうやら強い敵が現れたようです。
「またとんでもないのが出てきたもんだな・・・・・・!」
 と、河越さんは痛みをこらえて構えを取り、先制攻撃を青人間に仕掛けます。
「ダメだ! そいつに剣を振っちゃだめ!」
 彩子さんが叫びました。が、遅かったようです。
 ばきんと、河越さんの剣が折れてしまったのです。
「か、硬いッ!」と、河越さんは言いました。
「雑魚を長いこと相手にしていたせいで、刀がもう持たなかったのよ・・・・・・!」
 彩子さんが悔しそうにしています。彼女もまた、根元から折れてしまった剣の柄を握っていました。
「彩、後ろだ!」
 そして河越さんと僕は、もう一体の青人間が彩子さんに殴りかかったのを見ました。彩子さんはとっさに腕でその攻撃を受け止めますが、空き缶のように飛ばされていきます。
「俺も青に剣を折られた! どうしたらいいんだ・・・・・・!」
「宮城くん! 大丈夫か!」
「大丈夫だ。畜生、武器さえあれば!」
 さらにもう一体この場に存在していた青人間の猛攻を、彼は避け続けるしかありません。僕は吹っ飛ばされた彩子さんのほうを見ますが、彼女が突っ込んでいった建物の穴へ、緑人間たちがぞろぞろと追撃に入っていくところでした。
 しかし、緑人間たちが吹っ飛ばされて穴から排出されてきました。
 彩子さんは柄の長いモップを握って、建物から出てきました。額から血を流し、片目を瞑っています。
「フン! この場に群がる連中さえいなくなれば、私の『必殺技』を使えるのに!」
 と、モップの先で雑魚の頭部を潰しながら叫びます。群がる緑人間を追い払う中、彩子さんを狙う青人間がゆっくり余裕を持って近づいてきます。
 三体の青人間はその鋼のような肉体で、剣士たちの剣を折ってしまったのです。河越さんも彩子さんも宮城くんも、ずっと長いこと緑人間を斬り続けてきたので、耐久力が限界に来ていたのでしょう。
 三人とも剣が万全の状態であれば、青でもダメージを与えることはできたでしょうに・・・・・・。
「ふふ・・・・・・こりゃまずいことになったぞ・・・・・・」
 剣を無くしてしまった河越さんは苦笑します。
 河越さんを狙う青人間が、彼女に襲い掛かります! 彼女は怪我をしていて避けることができません!
「いけない!」
 僕はとっさに彼女の前に躍り出て、壁になるよう立ちました。そのまま背中を殴られます。
 僕らは塊になって建物の壁に叩きつけられます。二人してずるずると地面に崩れ落ち、河越さんの握っていた剣の柄が、ぽろっと手元から離れました。
「おい、無理するな! 君は戦闘力を持っていないんだろう!」
「うう・・・・・・。でも、こういうことぐらいしかやることがないから」
「あんたはあんたの役割があるはずでしょうが、この役立たず!」
 青人間の猛攻を回避に徹している彩子さんが、またも僕に手厳しい言葉をぶつけました。しかし、それはとても正しい一言でした。
 こんなところで共倒れになったら、僕は何のためにここまでしゃしゃり出てきたのでしょう? 僕は『ヒーラー』です。怪我人を治療し、戦力を回復させるためにこの場にいるのです。
 河越さんを狙う青人間が近づいてきます。距離を詰めてきます。
 チャンスはこの一瞬に限られています。しかしそれは「最後の」チャンスであることも、おのずから理解していました。
 彩子さんも宮城くんも、体力がいつまで続くかわかりません。一人一人が青人間に付きまとわれ、必死になって回避や防御をしています。
「ぐ・・・・・・! さすが、緑とは全然違う馬鹿力をもっているな・・・・・!」
 宮城くんが青人間に組み伏せられ、鋭い爪を喉元に突きつけられています。
 青人間は執拗に宮城くんの喉元を狙っています。彼は汗をたくさんかいて、歯を食いしばって、青人間の腕を引き離そうと抵抗しています。
 もしも誰かが一人でも倒れれば青人間は、今度は誰かを二人がかりで攻めるはずです。そうなってしまったら全滅は免れません。まさに大ピンチです。
 僕は河越さんを見ました。全身が傷だらけで、血だらけで、わき腹の怪我はますますひどくなっていました。これ以上放置してしまえば、命に関わることでしょう。
「く・・・・・・。悪いな、手間をかけさせてしまって」と、河越さんが言います。
『治癒』をかけるなら今しかない! 僕は河越さんに両手をかざし、彼女を完治させようとしました。
 ところが。
 僕は美沙さんの言葉を、ここで思い出したのです。
「戦場で上手に治癒を使っていくコツは、『優先順位を素早く見極めること』」
 優先順位を素早く見極める、とはどういうことなんだろう?
 喫茶店にて出した結論は、死にそうになっている人――つまり治癒を最も必要としている人から魔法をかけていくということでした。
 河越明日羽さんは重傷を負っています。美沙さんと話したとおりの結論に従えば、今ここで河越さんを回復させ、戦力として復帰させることが正しいのでしょう。
(でも、それは本当に正しい・・・・・・の?)
 そう一抹の疑問を感じた瞬間、僕の両腕が光りました。『治癒』です。
 でも河越さんはそんな僕を見て、理解が追いつかないような、唖然とした表情を見せます。
 当然でしょう、僕は「河越さんに」治癒をかけていないのだから・・・・・・!
 その間にも、青人間は僕らにどんどん近づいてきます。
 これで一回「治癒」を使いました。しばらく河越さんを回復させることはできません。僕は八分に一度のペースでないと、治癒を連続して使えないから。
 僕は大きな「賭け」に出ていました。
 回復させた「モノ」を握ります。そして、こう叫びます!
「宮城くん! これを使えーーーッ」
 僕は、万全の状態になった河越さんの『剣』を彼にブン投げたのです。
 宮城くんはそれを右手で受け取ると、水を得た魚のようにニッと笑いました。
 彼がバネを思わせる、しなやかな動きで立ち上がった瞬間。同時に、彼は青ラルヴァを股間から真っ二つに切り上げてしまいました!
「剣さえあれば、もう大丈夫だ!」
 宮城くんはそう吼えると、次は彩子さんと戦っている青人間のところへ走ります。
 彩子さんを殺そうと夢中だった青人間は、後ろに迫り来る脅威に全く気づくことなく、胴体のあたりで輪切りにされてしまいました。戦況はあっという間に変わりました。
「やっぱり、剣を直したほうがよかったね」
 と、僕は不敵に微笑みます。
「機転を利かせたな。剣さえ丈夫になってくれれば、あの青いヤツも切り裂くことができるだろう」
 息を吹き返した宮城くんを警戒し、緑人間がいっせいに飛び掛ります。しかし僕の直した剣はあっけなく奴らを、縦に横に斜めに切断してしまいます。宮城くんの振り回す長剣は、どこか不思議な力を帯びているようにも見えます。
「『宮城慧護』。R組の生徒だ」と河越さんが説明します。「彼は自分の魂源力によって、持っている刀の強さを引き上げることができるんだ。遠藤クンの修理した剣を握らせれば、いくら青ラルヴァでもたやすく切り刻むことができるだろう」
 それはつまり、僕の「賭け」が大成功だったことを意味します。
 たとえ河越さんを治したところで、彼女には「武器がない」。僕はすんでのところで、そのことに気がつきました。
 それに宮城くんは言いました。「畜生、武器さえあれば!」と。
 万全な剣を宮城くんに渡せられれば、現状を打破できると僕は判断したのです。しかし、ここまで効果が絶大だとは思ってもみませんでした。剣を握った宮城くんはとんでもなく強かったのです。
 勢いづいた宮城くんは、とうとう、僕らを襲っていた最後の一体に切りかかります。
 怒った青人間は、真正面から突っ込んできた彼に対して太い腕を振り上げますが。
「遅い! っどーーーーーーう!!」
 大きく振りかぶった宮城くんは、手首を返して、一気に青人間のわき腹を払います。
 ずばっという音が辺りに響き、彼の右足がドーンと地面にめり込みました。砂埃が舞い上がります。青人間は腹を切られ、その場で横に倒れてしまいました。鮮やかな『胴打ち』です。
「い、一本! 見事だ!」
 河越さんが思わずそう叫びます。
「青いのは全部倒したようね。フン、死ぬかと思ったわ!」
 彩子さんがそう吐き捨てながら、足元に転がっている青人間の上半身を蹴っ飛ばしました。


「俺は替えの剣を持ってくるよ。しばらくは敵も攻めてこないだろう」
 と、この場のヒーローは陣地のどこかへ駆けていきました。
 僕は時計を見ます。ちょうど、あれから七分三十秒が経過したところです。
「じゃ、おまたせ。河越さん」
 僕はあらためて河越さんに治癒をかけました。なんだかんだで、今回の戦いで最初に人にかけた『治癒』です。
「ほー、こりゃすごいもんだ」
 河越さんは起ち上がると、とんとん跳ねて回復具合を楽しんでいます。
 そして僕はじとっとした視線に気づきました。彩子さんです。
「フン! まあ、役立たずなりに最低限の活躍はできたってとこなのかしらね」
「けっ。まだまだ働き足りないから、八分経ったら君にも治癒かけてやるよ」
「結構よ! 別に大怪我なんて負っていないんだからね! 私に近づいたら容赦なくぶん殴るわよ」
 彩子さんはぎりぎり歯軋りを立てながら、「男って大嫌い男って大嫌い男って大嫌い」とぶつぶつ呟きます。日ごろクラスで何かあったのでしょうかね?
 河越さんも静かに微笑んでいましたが・・・・・・表情が急変します。
「どうしたの、明日羽」
「冗談だろ・・・・・・。まだ、『死んでいない』なんて!」
 へ? と僕が彼女のほうを向こうとしたときでした。
 僕は頭を掴み上げられました。二人が驚愕の眼差しを向けたのを最後にして、僕はとんでもない勢いでブン投げられてしまいました。
 しばらく飛んでいき、どこかに激突して視界が真っ暗になります。
 やがてじわじわと感覚が戻ってきて、「遠藤クン!」「ちょっと、嘘でしょ!」という声が聞えてきました。
「い、痛い・・・・・・」
 むっくり起き上がると、がらがらとコンクリートが零れ落ちてきました。どうやら建物の壁に投げつけられたようです。
 そして、自分に迫ってくる青ラルヴァ――わき腹に深い切り傷を負っている――を見ました。
 彼の歪みきった表情から強い怒りを感じます。ギャオオオオオとそのクチバシから雄たけびが上がり、右手の血管がどくどくと脈を打っているのがはっきりとうかがえます。
 右腕に力を込めていた彼は、指先からあまりにも大きな爪を露にしました。どこかの白い改造人間の最終形態にそっくりです。
「くっ! あれで死ななかったのか!」
 そう怒鳴った瞬間、青人間が突っ込んできました。僕が横に飛んで逃げた瞬間、彼は爪で建物の壁を袈裟切りにして壊してしまいました。
「気をつけろ遠藤クン! 狙われてるぞ!」
「もしもし、宮城くん? 戻ってきてッ! 青いのがまだ生きてるッ!」
 なるほど、彼も倒すべき順番を守ってきましたか。敵の立場になった場合、戦力を回復させることのできる僕は真っ先に消すべき存在です。筋に合った戦術です。
「だからといって、これは怖すぎるよぉ!」
 僕は必死こいて、怒り狂った化物の攻防を避け続けます。高等部の学生ほど上手ではないですが、こういう回避とか受身とかいった技術は、学園で勉強してきたものの成果です。真面目に授業受けてて本当に良かったです。
「くっ・・・・・・! ここは私の『必殺技』で・・・・・・」
「ダメだ、彩! 遠藤クンを巻き込む気か!」
「しょうがないじゃない! これ以上暴れられちゃ私たちが危ないのよ!」
「彼は北西部のヒーラーだ! 彼を怪我させてどうする!」
「お詫びに文通ぐらいならしてやるわ」
 おいおい、そんな言い争いはいいから早く僕を助けてくれよ!
 僕は半泣きになりながら、青人間から逃げ続けます。
 青人間は知恵もあるようです。地面に散らばっていたコンクリート片を握りました。人間の頭ぐらいはある、重たいものです。それを、何と僕めがけて投げつけてきたのです!
「どっひゃあああ!」
 僕はそれを後ろに倒れることで、辛うじて避けました。頭に投げられたビーンボールを避ける、バッターボックスの選手のような動きです。その間にも青人間は距離をあっという間に詰め、僕の頭を掴み上げました。
 右頬を殴られました。今度は左を殴られました。
「遠藤クン!」
 河越さんが叫びます。僕は河越さんの剣を修理したのですが、宮城くんがそれを持って行ってしまったのです。これは敵を全滅させたと思い込んでいたために発生した、僕ら全員のミスです。
 彼女だって剣があれば戦えるというのに、無念です。とんでもない危機的状況です。
「この野郎・・・・・・ッ!」
 ところが頬を殴られたとたん、僕の胸のうちから大きな感情が込みあがってきました。
 唐突ですが、僕は乱暴者の父親によって育てられてきました。だから、こういう直接的な「暴力」が大嫌いなのです。
 大好きな母さんもあいつに殴られてきましたし、僕も殴られてきました。
 すぐに手が出るやつというのは、総じてああいう父親のようなやつです。弱いものを暴力で屈服させる、最低なやつです。
 妹の人形を壊したいじめっ子だって、そういうやつでした。だから、僕は石を手にとって対抗したのです。
 ・・・・・・「対抗」してやる。もう容赦しねぇ。
 ブチ切れました。青人間絶対に許さないよ。僕が黒い感情に支配されていくそのさなか、ついに青人間がとどめを刺しに来ます。巨大化させた爪で、僕を八つ裂きにしようとするのです。
 青人間はズドンと爪を振り下ろしました。しかし、すぐに違和感に気づいていたはずです。僕はすでにその場にいないのだから。
 五本の爪を全て地面に突き立ててしまい、身動きが取れないようです。ぶっちゃけバカみたいです。腹立ってきます。こういうのに対していつも僕は腹の底から力を入れて、
「このタワケェ!」
 と罵ります。背後に回った僕は奴の首筋に、自分の腕をかけました。
 そのまま全体重をかけて、下半身から前へと飛び込んでいきます。青人間は後ろから首を押し付けられ、前のめりになって・・・・・・。
 顔面から地面に叩きつけられました。
「ふ、フェイスクラッシャー!」
 と、彩子さんが驚きの声を上げました。
 深夜のプロレス番組をぼーっとしながら見ていたのが、ここにきて活かされました。あの頃は高校生だったので、こんな化物相手に繰り出すことになるとは想像もつきませんでしたが。
 しかし、僕の体重は「54キロ」です。この程度で致命傷を与えられたとは思っていません。
 案の定、青人間は立ち上がってきました。それでも頭を打ったせいで、どこかふらふらとしながら僕に走りかかってきました。
 僕は逃げます。建物に向かって逃げていきます。
「行き止まりだぞ、遠藤クン!」
 河越さんの声ももう気になりません。恐縮ですが遠藤雅、ここでワンマンプレーに走らせていただきます。
 僕は窓枠に足をかけるとその勢いのまま、次は雨水を流すパイプの、建物との連結部に右足を引っ掛けました。さらに今度は二階の窓枠に飛び移るようにして、どんどん上へとよじ登っていきます。
 青ラルヴァも爪を駆使して、同じ高さまでやってきました。なかなかしつこいですね。
 確かに僕には体重がありません。美沙さんよりも背の低い、小柄な男です。しかし、「高低差」を利用すれば、こんな僕でもガチムチ大男を倒すことができるのです。
 おびき寄せられるように這い上がってきた青人間の首周りに、僕は自分の両足を引っ掛け、足を交差させて、がっちりと挟み込みました。
「僕は地味でも無能でも、ロリコンでもねぇーーー!」
 僕は雄たけびをあげると目をかっと開き、背後へラルヴァと一緒に転がります。
 お互い空中でグルンと回り、二階の高さから落下します。僕はうつ伏せになって地面に叩きつけられます。
 同時に、まっさかさまに落ちていった青人間の脳天が、地面に突き刺さりました。
「雪崩式リバースフランケンシュタイナー!」と彩子さんが絶叫します。
 僕は横に転がり、うつ伏せに倒れた青人間の様子を見ました。まるまるダメージが入ってしまったか、ぴくぴくと痙攣してまるで動けません。
「へ・・・・・・へへ。どんなもんだい・・・・・・」
 一歩間違えればギャグシーンでしたが、はっきり言って怖かったです。ブチ切れたおかげで、火事場のクソ力が作用したこともますが、ここまで綺麗に決まるとは思いませんでした。
「こ、怖かったよお~~~!」
 安心ししたとたん、涙がぽろぽろ零れ落ちてきます。
 でも青ラルヴァは一瞬ぴくっと動くと、何と地面を這ってきました。歪んだクチバシから血を流し、憤怒の表情で僕に這いずり寄ってきます。
「し、しぶとすぎる!」と河越さんが青ざめます。
 しかし大技をぶっ放した僕は、ここにきて冷静になることができました。
 ひとつ、思い出したことがあるのです。背中に右手をやります。
「コレがあるの、すっかり忘れてた」
 僕はぐちゃっと、あっさりと、彼の脳天に「ナイフ」を突き刺しました。
 こうして、最後まで残った青人間はついに撃破されました。


「お、俺がいない間に何が・・・・・・?」
 宮城くんがようやくのことで戻ってきました。彼は自分と彩子さんの剣を、武器庫から借りてきたのです。
 彼が呆然として見ているのは、僕と青ラルヴァとの、死闘の爪あとでしょう。特に大技を決めたときについた穴が、非常に目立ちます。
 その後八分おきに、僕はみんなを全快させていました。彩子さん、宮城くんの順番です。
 僕が両手を伸ばしたとたん、彩子さんが「触ろうとするんじゃないわよ! あんたもC組の男子と何も変わらないわね!」と怒り、殴られてしまいます。そんなつもりは一切なかったというのに、ひどすぎる!
 あらかた仕事を終えた後、僕はぐったり座り込んでいました。どうも呼吸が落ち着かないのです。
「遠藤クン、大丈夫かい?」
 と、河越さんが気遣ってくれます。
「・・・・・・大丈夫です・・・・・・疲れただけです・・・・・・」
 僕はようやく、異変に気づくことができました。
 疲労度がいつもよりも高いのです。
 僕は八分おきのペースを守れば、けっこう長い時間をかけて『治癒』を使うことができます。
 でも、このペースを厳守しているのに、なぜか体の疲れがひどいのです。訓練や与田くんとの実験のとき以上に、僕は疲れています。これほどの魂源力の消費を体感したのは、初めてのことです。
「しかし、危ないところだった。『治癒』がなかったらあの一発逆転はなかった」
 と、宮城くんが僕に言います。
「フン! 星崎美沙に並ぶ治癒使いというのなら、それぐらいやって当然よ!」
「そうだ、誰かにそっくりだと思ったら、君、みくに口調が似ているのか・・・・・・」
 そう、がっくり肩を落としたときでした。
「君たち・・・・・・どうやら、まだ戦いは終わってないようだぞ・・・・・・?」
 震えた声で河越さんがそう言ったのです。彼女は視覚を強化することで、ラルヴァやラルヴァの異能を見ることができます。
 僕らは同時に彼女のほうを振り向きました。彩子さんが手を腰に当てて、怪訝そうにしてこう言います。
「何よ、この辺りの敵はほとんどやっつけちゃったじゃない?」
 河越さんは無言で「上空」に指を差します。
 戦慄が走りました。僕らが目撃したのは、コウモリラルヴァの大編隊。
 一人ひとりが青ラルヴァを大量に抱えて、こっちに迫ってくるのです。
「あはは、こんなの嘘だろ・・・・・・」
 僕は膝をつきました。終わった。連中は僕らの何倍も上手だった・・・・・・。
 もう、僕に戦っていく体力はありません。体調不良のため、『治癒』を使うのもままなりません。それなのに・・・・・・。
「畜生、これじゃきりがない!」
 宮城くんが再び剣を構えて、果敢に迎え撃とうとします。
 でも、一人の少女がくすくすと笑い声を上げたのです。彩子さんでした。
「空から襲ってくるなんて、連中、随分といい度胸してるわねぇ。・・・・・・この『六谷彩子』がいるというのに!」
 ドンと短い茶髪を巻き上げました。瞳がメラメラと燃えています。どうやら彼女の「異能」が、ついにお披露目となるようです。
 彩子さんはまず左腕を高く上げました。手は柔らかく開きます。それは敵の情報を詳細に探知する、レーダーのようなものを連想させてくれます。
「さあ、いくわよ!」
 今度は右腕をゆっくりと上げて、迫り来る航空ラルヴァ編隊に向けて照準を合わせました。
 タイミングをじっくり計ったのち、右手から火は噴きました。
「『ファランクス』! 降りかかる危機や悪意は私が根こそぎ撃ち落す! FIRE!」
 右手からズドドドドドドドドと、弾丸が発射されていったのです。あまりの眩しさと激しさに、河越さんも宮城くんも僕も腕を覆っています。ものすごい対空砲火です。
 彩子さんの対空射撃はものの見事に命中し、コウモリラルヴァはどんどん下へ落ちていきます。螺旋を描いてくるくる墜落していったり、羽を燃やしながら滑空して、拠点に突っ込んできたりしました。青人間も、あれぐらいの高さから落下すればひとたまりもないでしょう。
「よくも散々手こずらせてくれたわね! 私の対空射撃は絶対に外さないわよ! 死ね!」
 そう叫んだ瞬間、彩子さん右手がボンと大きな音を立てます。攻撃終了のようです。
「ふー、よーやくこれでスッキリしたわ」
 これで正真正銘の「完全撃破」です。でも爽やかな笑顔を見せる彩子さんとは対照的に、僕は冷や汗が止まりません。
 母さん。双葉学園生って本当にすごい生徒ばかりですね・・・・・・。



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