【祭りの前のお祭り騒ぎ】


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 几帳面な文字で黒板に書かれた集計表を見ながら、二年C組のクラス委員長である笹島輝亥羽《ささじまきいは》はその結果を事務的な口調で告げる。
「はい、というワケで、“ようやく”二年C組の出し物は星崎《ほしざき》さんが提案した“メイド喫茶”に決まりました。……えー、まあ、決まったんだけれども、だ・れ・か、意見がある人はいるかしら?」
 不定称の人代名詞を使ったにも関わらず、笹島とクラス全員の視線は一点に集中していた。
「俺はね、もう少し、少数意見にも迎合してもいいと思うんだ!」
 まるで、与党大多数の中、無駄に気を吐く野党の党首のような口調で自分の意見を主張しているのは拍手敬《かしわでたかし》。どこにでもいそうな極々普通の外見の普通の男子高校生だ。あるものに只ならぬ情熱を持っていること以外はだが。
 もちろん、このクラスメイト全員の突き刺すような視線は、その只ならぬ情熱ならぬ情念が原因である。
 そんな、拍手の言葉に、笹島のこめかみにうっすらと血管が浮き出す。
「だからって、この“おっぱい喫茶”ってのはないでしょ? おっぱいって何よ、このおっぱい魔人! おっぱい魔王!! おっぱい聖人っ!! 大体、おっぱい喫茶って何するのよ? えぇっ!? 今すぐ、即座にきっちりと! 私にも分かるように説明しなさいっ!!」
 その勢いに圧倒されつつも、脂汗をかきながら説明しようとする拍手。意外にまじめというか、真摯だった。もちろん、自分の趣味嗜好に関わるからなのだろうが。
「コーヒーや紅茶を見ながら、星崎さんのような素敵なおっぱいを愛でつつ堪能するという、全く新しいコンセプトの……」
「拍手、それはもう風俗だ」
 おそらく、いつもは賛同するであろう友人の無駄に背の高い男が、日和見たのか、実にさわやかに淀みなく、さっくり否定する。
「あっ、召屋《めしや》、手前っ!」
「貴方ね、いつか殺されるわよ?」
 そう言った、笹島が、拍手を見る表情はにこやかに微笑んでいたが“その時がきたら、私も率先して最高の獲物を持参して、その一大イベントに参加するわ”全く笑ってない瞳がそう語っていた。
 思わず、拍手はそれに対し、恐怖のあまり生唾を飲み込むも、無駄だとは分かっていても懸命にフォローしようとする。
「いや、これは大きいおっぱいが良いっていうんじゃなくて、巨乳に爆乳、美乳、あと、委員長みたいな貧乳もさ、ぜ~んぶ、分け隔てなく、おっぱいを愛でるという壮大なぷろじぇくとの……」
 全ての言葉を語らせることもせず、メイド喫茶を提案した星崎に命令する。
「星崎さん、この馬鹿を飛ばして」
「うん、拍手くん、……ちょっと頭冷やそうか?」
 そう言って、星崎真琴《ほしざきまこと》が拍手に近づき、呟く。右の口角が僅かに上がり、軽く微笑む。その瞬間、拍手の身体はクラスから消失する。
 消失と前後して、遠くから水しぶきの音が聞こえてきた。
「さて、おっぱい馬鹿の拍手くんはおいといて、メイド喫茶をやるってことで意義はないはね」
『意義なーし!』
 意義がない者は迷わず賛成し、意義がある者も、保身のためにやはり賛成する。
 何故なら、いい加減、出し物を決めたいストレス限界ギリギリの笹島委員長と、なんとしてもメイド喫茶に決めたかった星崎の両名、その意思がしっかと交わり、蛙を目の前にした蛇のような笑顔で、クラスメイト全員を見つめていたからだ。
 ちょっとした否定的意見を言えば、拍手の二の舞になるのは確実だろう。極度に空気の読めない二年C組の生徒でも、確実に読み取れる絶対的な肯定の催促、督促、勧告の圧力があった。
 そんな無駄に緊張した状況を見ながら、独裁君主制の元で行われる圧政というのはまさにこんな感じなのだろうと、“ナポリタンオンリーの喫茶店”という誰の賛同も得られなかった出し物を提案した召屋正行《めしやまさゆき》は思っていた。
「さて、出し物が決まったなら、次は内容よ!!」
 ひとつ、大きな議題が解決して、ない胸を撫で下ろす笹島。
(メイド服って、一度、着てみたかったのよね)
 一方、自分の企画が通ったことに、豊かな胸をときめかせる星崎だった。


「ところで、メイド喫茶とかでバイトしたことある子はいる? 参考にしたいのだけれど?」
 その言葉に一人が手を挙げる。
「えーと、いないのかしら?」
 その挙手を気持ちよいほどに無視し、再度クラスメイトたちに問う。
「ちょっと手伝ったとかでもいいんだけど……」
 やっぱり、その力強い挙手を無視する笹島。
「どーして、笹島様は私を無視なさるのですか?」
 そう笹島に語りかける彼女は、まさにメイドという言葉に相応しい服装をしていた。ただ、時代遅れも甚だしい、萌えの欠片もないビクトリア王朝時代の簡素なものだったが。彼女は無視されたことが悔しかったのか、はたまた悲しかったのか、わずかに悲しそうな顔をしている。
「はいはい、彼女は無視してー、メイド喫茶のこと考えましょー」
「笹島様は傲慢です!」
「はぁ?」
 笹島を傲慢と断罪する声の主が、ビシリと、肌身離さず持っている傘を笹島に向けて差す。時代遅れの洋服に身を包んだクラス唯一で無二の現役メイド、瑠杜賀羽宇《るとがはう》だった。
「だって、貴方の意見を聞いても碌な事にならないでしょ。このポンコツメイド」
「全く、失礼ですね。私はこう見えましても、現代科学の高度な技術と超科学系能力を結集し、作られた自動人形《オートマトン》ですよ。謂わば、双葉学園における“地上最強の美女バイオニック・ジェミー”のような存在です」
「はいはい、そうだわね。じぇみーってのは誰だか知らないけどちょーすてきー。……で、いないの? メイド喫茶でバイトした子? 執事喫茶でもいいけど」
 無駄に熱心な彼女を無視し、恐ろしくどうでもいいような言葉で聞き流す笹島。
「貴方様は私の話の何を聞いたのですか?」
「うん、何も。誰かいないのー?」
「全く……、これだから、笹島様はガサツだ、暴力女だ、無い乳だと殿方様から馬鹿にされるのです」
「他もだけど、最後のは特に聞き捨てならないわね」
 当の本人である笹島はもちろん、美作聖《みまさかひじり》他、なんとなく胸が残念な女子たちがその言葉に一斉に反応する。
「貴方だってそうでしょうが」
 そんな彼女たちを代表して、思わず脊髄反射でつっこむ笹島だったが、対して瑠杜賀は、すごく哀れみのある目で見返す。
「言い忘れてました。現在のボディは、所謂、笹島様と同じ残念なおっぱいのカテゴリーではありますが、私は自動人形《オートマトン》ですので、オプションによってはアグネス・ラムも目を見張るほどの巨乳にもなれるのですよ」
「そ、それは本当かーっっ!」
 ずぶ濡れの拍手が、豪快に扉を開け、瑠杜賀の言葉に反応する。
 だが、びしょ濡れのまま戻ってきた彼は、その瞬間僅か数ミリ秒の笹島と星崎の目と目で通じ合った絶妙のコンビネーションによって、もう一度、飛ばされるのだった。
 先ほどと同様に水しぶきが上がる。拍手にとっては残念なことに、落下位置が高いようで、その音はより大きなものになっていた。


「はあ……」
 人知れず、笹島の横で粛々と書記を務めていた鈴木耶麻葉《すずきやまは》がため息を漏らす。何故なら、今日は急いで帰って、家業であるバイクショップの仕事を手伝わねばならなかったからだ。
 議論は始まってすでに二時間を越えており、しかもようやく出し物が決まっただけ。具体的なことは何一つ決まってもいない。教室の片隅にいる担任の字元先生も一向に動こうとしない。定期的に時計を見るだけだった。
(全く、家には沢山のバイクが私に修理されるのを、美しい工具たちが私の手に握られるのを待っているというのに……)
 もう一度大きなため息をつく、鈴木だった。


 この一向に進展しない状況に苛立ちを覚えている人物がもう一人。無言でこの二時間以上、無為な議論を見守っているのが、高等部二年C組担任の字元数正《あざもとかずまさ》、その人だった。
 全くもって進展しない議論、ズレまくる状況、脇道にそれまくる展開、暴走する生徒たち……。
(何故、私はこんなクラスの担任になってしまったのだろう?)
 苛立ちを抑えるようにメガネを外し、汚れてもいないレンズをハンカチで丁寧に拭く。そして、静かに立ち上がると、生徒全員を見渡し、ゆっくりと語りだす。
「あー、みんな、聞いてくれ。このままでは埒があかない。取りあえず、委員長、瑠杜賀の話を聞いてやってはどうだろう?」
「え、でも今以上に面倒なことに……」
「私は“聞いてやってくれ”と言ったんだ、分かるな? 笹島委員長」
 触れば切れそうなほどの鋭利な口調で、笹島に命令する。
「あ、はい」
(久しぶりに東北楽天ゴールデンイーグルスがCSに出場できたというのに! こんなところで油を売っている場合じゃないのだよ)
 楽天イーグルスとベガルタ仙台の熱狂的ファンであった字元は、久しぶりのこの大イベントを堪能するため、一刻も早く、テレビの前にビール片手に座りたかったのだ。
「じゃあ、字元せんせーの許可が下りたってことで、そこのポンコツメイド、こっち来てさっさと言いたいこと言ってくれる?」
 嬉しそうにいそいそと教壇の方へと進みだす瑠杜賀。教卓の前でクルリと踵を返すと、『オホン』と軽く咳をし、クラスメイト全員を見渡す。
「皆様、このような意見を述べさせてもらえる時間を頂戴し、非常に感謝しております」
 恭しくお辞儀をする瑠杜賀。
「前口上はいいから、さっさと言いなさい」
 いらつくように字元がせっつく。
「文化祭の出し物がメイド喫茶というものに決まったということで、本物のメイドである私から、メイドの何たるかについて、皆様にお教えしようと思います」
「おい、瑠杜賀、それは長くなるのか?」
「だから、言ったじゃないですかー」
「さて、メイドの嗜みと言いますか、メイドに必要なことですが……」
「うん、うん!」
 嬉しそうに頷く星崎。
「やはり、銀器の正しい磨き方からご教示するのがよろしいでしょうか。銀器は本来――」
「よろしくねぇーよっ!」
 笹島が豪快に黒板をぶん殴る。
「さすが笹島様は鋭い。実は、銀器の扱いは執事《バトラー》とその部下が担当でして、ひっかっけ問題だったのですよ」
「いつの間にクイズコーナーになったのよ」
「軽いジョークで場を和まそうと思ったのですが……」
「蟻の一匹さえ和んでないわっ!」
「そうですか……。では、真鍮の磨き方やプディングの作り方などの方がよろしかったのでしょうか?」
「どっちも却下! 却下よっ!!」
「そうだよ、瑠杜賀さん。そういうのじゃなくて、こう、メイドさんのメイドらしい、何ていうのかなあ? そう、挙措や物腰とかそういったものが知りたいの」
 そう言って、星崎がやさしく間に入り、瑠杜賀の論点のズレ具合を指摘する。ただし、こめかみが僅かに痙攣していた。
 一方、半泣きの表情で担任の字元の方に目を向ける笹島だったが、首を横に振り、われ関せずといった態度を返されるのみ。
「いいこと? 私たちが知りたいのは、本場のメイドの仕事じゃなくて、メイド喫茶のメイドさんのことなの? 分かる? メ・イ・ド・喫・茶。はい、一緒に口にしてみて、 メ・イ・ド・喫・茶」
「笹島様、先ほどから、喫茶、喫茶と言っていますが、全く私には理解できないのですけれど? メイドがいるのは喫茶店でありませんよ、お屋敷です。喫茶店にいらっしゃるのはウェイトレスですよ?」
「知らねーなら、しゃしゃり出てくるんじゃねーっ!」
 そう言って、笹島は、瑠杜賀の両脇を羽交い絞めするように背後から組むと、前世紀の代表的なプロレスラーの必殺技であるドラゴンスープレックスを放つ。
「あ、白だ」
 召屋が思わず呟く。
「い、痛いじゃないですか」
 そういいながら、息を切らしている笹島を尻目に、たいしてダメージもなさそうに立ち上がる。
「貴方、ロボットなんだから痛いわけないでしょ?」
「そんなことはありません。私はロボットではなく現代科学と超科学系の能力を結集して作られた自動人形《オートマトン》ですから、人並みに痛さも感じるのですよ」
「嘘つけ」
 クラス全員が笹島のその言葉に納得する。痛みを主張する瑠杜賀の首が、あらぬ方向に曲がっていたからだった。
「ところで、笹島様? 何故か視界が斜めになっているのですけれど、これはどういうことでしょう?」
「ヤマト糊でもつけときゃ直るわよ!」


 そんなこんなで、カオスなままに、一切の結論が出ないまま、HRは終了する。というよりも、時間が時間だったからだ。日は沈み、周囲はもうすっかり静かになっていた。他のクラスには誰もいない。担任の字元もそそくさと教室を後にしていた。
「あー、もう解散、解散……。だから嫌なのよ、このクラスで議論するのって。あ、鈴木さん、星崎さん、美作さん、それと六谷さん、商店街にあるカフェでケーキバイキングしてるらしいんだけど行かない? 用事があるならいいけど、ちょっと相談したいことがあるのよねー」
「スイマセン。ちょっと家の仕事を手伝わないと……」
「いくいく! 能力使ってお腹空いちゃってさあ」
「いいよ。晩御飯前の腹ごしらえということで」
「うん、いいよー」
 四人中、三人の同意を得ると、即座に振り返り、もう一人の人物に声を掛ける。
「それと、おい、そこのポンコツメイド!」
「なんでしょうか?」
 帰り支度をしていた瑠杜賀を呼び止める。
「貴方も来なさい」
「私には、お屋敷に帰って、旦那様のお世話をするという仕事がですね……」
「いいから付き合うのよ。貴方とは膝を交えてじっくりと話す必要がありそうだわ」
 他の三人もその言葉に大きく頷いていた。


 そんな五者会談の中で何を話されていたのかは不明だったが、クラスメイト全員のメイド服を瑠杜賀が自腹で用意するという、破格の条件がそこで締結されたのだった。その過程は、まるで百戦錬磨のスタッフが行うマルチ商法の洗脳のように見事だったと、その場にいたウェイターは後日語っている。


 文化祭前日


「ということで、瑠杜賀さんが用意してくれた衣装は全員行き渡ったかしら?」
 笹島は衣装合わせのため、女子更衣室に集まっていたクラスメイトに指示していた。
「あら? ありがと」
 そう言って、瑠杜賀が笹島に差し出した衣装を受け取る。これら、クラスメイトたちが着る衣装は、瑠杜賀が学校を三日ほど休み、夜鍋して製作したものだった。
「結構、凝ってるわねえ?」
「それはもう、メイドの誇りとプライドに賭けて、私の分身まで総動員して製作いたしましたから。そのため、旦那様は過労のため、初等部はお休みです」
「いいのよ、あんな厚顔無恥な糞餓鬼は」
 その言葉に憤りを感じたらしく反発する。
「旦那様は厚顔無恥ではありません! 紅顔の美少年、もしくはマリネラ一の美少年であられます」
「はいはい、そーいうことにしとくわ。でも、なんかこれ地味じゃない?」
「ええ、それはもう! 笹島様はクラス委員長。つまりは家政婦《ハウス・キーパー》なのです。客間女中《パーラー・メイド》でも、雑役女中《オールワークス》でもないのですから、気品はあっても華美は不要。もちろん、そ《・》れ《・》な《・》り《・》の生地は使ってますので、かなりのお値段にはなっています、ご安心ください。まあ、幸いにも、笹島様の場合は“胸”の部分の生地が若干少ないということもありまして、それなりとはいいましても、比較的無難なお値段には収まりましたけど……おや? どうなさいました?」
 笹島のメイド服を握った手がプルプルと震えている。心なしか顔も真っ赤だった。
「あ、あんたねえ……」
 笹島が爆発しそうになった瞬間、クラスメイトからもポツポツと不満の声が上がり始める。その声を聞きようやく我に返る。
「え? なにこれ?」
「ちょっと、地味なんだけど」
「ドロワーズにペティコートぉ!?」
「えーっ、これ着るの!?」
「なんか、イメージと違う。もっとフリルとか付いてるんじゃないの?」
「六谷さんのカワイイくていいなあ」
「えっ? そ、そうか? 私は《・》可愛いのか?」
 一部、満足しているのを除いた過半数の女子クラスメイトの視線が瑠杜賀に集中する。
『どーいうこと!?』
 ガラスがビリビリと震えるほどの怒声に物怖じせずに、淡々と答える瑠杜賀。
「実は、それぞれの特性に合った服をご用意させて頂きました。その結果です」
「なんで、星崎さんや六谷さんとか、ごく一部の人たちだけには可愛いフリルとかいっぱい付いてるのに、私のはこんなに質素なの。このキャップとエプロンはショボ過ぎるんじゃない?」
 どこまでも質素で飾り気のない衣装を渡された美作が抗議する。
「ああ、それは、美作様がハウス・メイドだからですよ。それに対し、彼女たちが客間女中《パーラー・メイド》だからです。やはり、客間女中と侍女《レデイス・メイド》のような華やかなポジションは、それなりのですね……」
「ほー、それはどうしてそうなった?」
 地味なメイド服が不満な美作が、瑠杜賀に詰め寄る。
「それはともかく、美作様の衣装も生地が少なくて済みまして本当に助かりました。感謝しております」
 恐らく、血管の切れる音というのはこういう音なのだろう。そんな鈍い音が聞こえた瞬間、一斉に美作を押さえにかかる。
 半数の人間に押しつぶされて、ようやく落ち着きを見せた美作を確認すると、笹島は大きなため息を付き、更衣室にいたクラスメイトに指示を出す。
「裁縫が得意な人は手を挙げて? うん。そう。それじゃ、貴方たちは手直しをお願いできる? 恐らく、エプロンとキャップを直すだけで、それなりになるはずだから。生地はぺティコートを使えばいつくかはなんとかなるでしょ? うん、じゃあ他の人はそのまま準備作業を続けてくれるかな。あと、貴方は手芸部に行ってミシンを借りてきて。どんな手を使っても構わないわ。有無を言わさず強奪してもいいから」
「委員長それは……」
「後で文句言われても関係ないわよ。私がなんとかします。それと、そこのポンコツメイド! さっさと屋敷に帰って余った生地を持ってきなさい。鈴木さん、あなたのバイクで彼女の自宅まで運んで。そうお願い。ところで瑠杜賀さん?」
「なんでしょう」
「なんで私たちの胸のサイズをここまで完璧に測定できたの? 身体測定のデータでもハッキングしたのかしら?」
 笑顔で質問するが、その顔は引きつっていた。
「そのことですか。それには、あるお方から、熱心にアドバイスを頂きまして」
「ほー、それは誰かしら?」
「それは守秘義務がありますので残念ながら申し上げることはできません。ですが、彼《・》のおかげで、かなりの部分助かったのは確かです。なにより、皆様が胸《・》周《・》り《・》に違和感を感じないのが何よりの証拠かと。それと、客間女中《パーラー・メイド》の選出にも非常に熱心にご教示して頂きまして、感謝の極みです」
「よーし、後日拍手くんは、逆さ貼り付け鞭打ち百回の刑。みんな、依存はないわね」
『意義なーし!!』


 時を同じくして男子更衣室。良くも悪くもかしましい女子更衣室の女子とは真逆で、その空気はどんよりとしている。
 その一人である拍手は、着替えをしようと渡された衣装を呆然と見ながら、背筋に悪寒を感じていた。
「ん? 風邪ひいたかなあ?」
「なあ、拍手……」
「なんだ? 召屋」
「これ着ないと駄目なのかな?」
「お前の衣装だろ?」
「拍手の衣装も大概だろ……」
「まあな……」
「さぁ、さぁ、みんな、お着替えタイムだよー!」
 唯一無駄に元気な松戸科学《まつどしながく》は、すでに着替えており、クルリと回転しながら、スカートをはためかさせている。無駄に似合っているが、どこか気持ち悪い、そんな微妙な雰囲気と乗り気な態度が、なんとも他の男子の神経を逆なでしている。
 男女問わず全員がメイドの喫茶店。それが、二年C組の出し物だった。


「にゃっははははっ!!」 
 白装束に猫耳という猫又の格好をした女性が廊下で笑い転げていた。チラチラと見える胸元や太ももが扇情的である。
「めっしー。女装は男の子のするものだとは言ったけど、似合わない人もいるんだよ。分かってる?」
 おかっぱ頭に着物を着た小柄の少女が、まるで道端に捨てられた子犬を見るような目で、無駄に背の高い男の顔を見上げていた。
「そーよ、女装が許されるのは千乃《ちの》みたいに可愛い男の子だけよ? どうよ!? この可愛らしさ、キュートさ! チャーミングさ!! こんな座敷童がいたら、そりゃあ、商売繁盛、千客万来、家内安全よね~。それにしたってあんたのその格好……ぷっ、ははははっ!! ダメ、もうお腹が、腹筋が壊れる……」
 全くもって言い返せない自分が情けないと思う召屋。まあ、それはそうだ、百九十センチ近い冴えない大男が、地味なビクトリア時代の簡素なメイド服を着ているのだから、こんな格好、知人からすれば、爆笑するか苦笑するしかないだろう。
「お前らのその格好はなんだ? お化け屋敷でもするのか」
 安易過ぎる発想に春部里衣《はるべりい》はふんと鼻を鳴らし、小馬鹿にした様子で、軽く卑下した目をする。
「馬鹿ねえ、こっっっんな可愛いお化けを見て、誰が怖がるってのよ?」
「そうだよ。お化け屋敷じゃないんだよ、めっしー。お化け屋敷と喫茶店が同票だったから、それを合体させたの。名づけて“喫茶店風のお化け屋敷”!!」
「千乃、それは違うわ。お化け屋敷風の喫茶店でしょ?」
「え? そうだっけ!?」
「そう言われてみれば、どうだったかしら? まあ、いいわ、細かいことを気にしたところで始まらないし。なんにせよ、この斬新なアイデアのおかげで、私たちのクラスの勝ちは同然。優勝は絶対確実揺ぎ無しね!」
「ちょっと、二人とも、廊下でダベってないで、手伝いなさいよ」
 そう言いながら、教室の中から出てきたのは笹島だった。だが、その姿を見て、顔見知りのはずの春部は、まるで、知らない人を見たかのようにぽかんとした顔をする。
「誰? このおばさん。こんな教員いたっけ?」
「…………っ」
 笹島の肩が心なしか震えていた。
「あ、あのー、春部さん?」
「なによ、拍手」
「こちらの方は我がクラスの委員長……なんだけど」
「―――え」
 時計の秒針がきっかり半回転する。
「えーっ!? あんたなワケ? うそっ。でも何、その地味な格好。第一、何でそんな古臭い髪形にしてるのよ。ぷっ……。ゴメンなさい。笑ってないわ。うん、笑ってない」
「だって、足りなかったんだもん……」
 頬を染め、下を向き、肩を震わせる。その声も途切れ途切れで小さく聞こえずらい。
「ぷっ、な、何が?」
 必死に笑いを堪えようとするが、どうにも上手くいかない。
「足りなかったんだもんっ! 私のエプロンやキャップを作るのに生地が足りなかったんだもん!! わ、私だってフリフリの衣装を着たかったのにぃ~!!」
 そう言って、教室へと走り去って行く。目じりには僅かに涙が浮かんでいた。
「どゆこと?」
「えーと、説明すると長くなるんだけど……」
 拍手と召屋は、これまでのいきさつを説明する。そして、キャップやエプロン、ヘッドドレスの直しはなんとか時間内に間に合ったが、生地が足りずに、笹島と男子のメイド服はそのままになってしまったということも。それと、瑠杜賀に強引に『メイドの嗜みですから』と髪をアップにさせられたことも。
「そりゃー、災難だったわね。まあ、あんたたちからあやまっといてよ。んじゃねー」
 自分のクラスの方へと去っていく春部とその横にチョコチョコと付いていく有葉千乃《あるはちの》の後姿を見ながら、召屋は頭を掻き毟る。そして、横にいる似たような格好をしていた拍手の方に視線を移す。
「なあ、結局二年H組って何やるんだ?」
「さあ」
「で、あいつら、何しにきたんだ?」
「さあ」
「アニメや漫画でリボン付けてる子っているけど、現実にはいねえーよな」
「さあ」
「カチューシャもほとんど絶滅してるよな」
「さあ」
「で、なんで俺たち、こんな格好してるんだ」
「さあ……」
「ちょっと、拍手くん、召屋くん! サボってないでいい加減手伝いなさいっ!!」
 教室内から声がする。お互いに顔を見合わせると、その声の剣幕に押され、教室内へと面倒くさそうに戻り始める戻る二人。
 明日から三日間に渡る、学園屈指、いや、双葉島でも指折りの一大イベント、文化祭の準備もいよいよ大詰めだった。



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