【小生意気なジャック・オ・ランタンの一日】


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            小生意気なジャック・オ・ランタン
            賢しく作戦考えた
            お菓子はいりゃせぬいたずらを
            はてさて一体どうなるか
            Trick or treat?



「少年ハロウィン隊、集合!」
 その掛け声が公園に響くと、公園のあちらこちらに散らばっていた子供たち――上は小等部高学年から下は幼年部ぐらいか――が「はーい」「はいはーい」と快活に答えて声の元へと集まってくる。
「ちっがーう!そこはこうやってこう、イー!だろう、イー!」
「だからまた脱線してるって大木。お前の方がちっがーうじゃんか」
 結城光太(ゆうき こうた)は幾分げんなりとした口調で隣で熱弁をふるっているクラスメートに突っ込みを入れた。
「ねえ博一くん、光太くん、さぼってないで手伝ってよ」
「悪ぃ悪ぃ」
 大人がらくらく入れそうな段ボール箱を載せたカートを顔を真っ赤にして引っ張りながら文句を言うもう一人のクラスメートに笑って手を振り、光太は博一と呼ばれた少年と共に段ボール箱を開ける。
「よーし、それじゃかぼちゃセット配るからなー。借り物も混ざってるから絶対なくしたり壊したりしちゃダメだぞー」
 そう言い、光太たちはダンボールの中の物を集まった子供たちに配っていく。
 十分後、そこにはハロウィンの象徴ともいえる妖怪、ジャック・オ・ランタンが子供たちの数と同じだけ現れていた。
 要するに今日十月三十一日、ハロウィンの日にあわせたコスプレ集団である。
 もっとも、その目的は純粋にハロウィンを楽しもうとするものとは大きく異なっていたが…。


「要するに、ハロウィンってーのは女の子にいたずらしてもなんとか言い抜けできるチャンスが与えられた日なんだよ」
 わざわざイギリスから学園まで来てハロウィンについて講義してくれるという講師が聞いたら卒倒するかぶちきれそうな、そんなハロウィンに対する新解釈をぶち上げる光太。
 これまでと全く異なる環境に突然放り込まれて苦労していないか、もしや虐められたりはしてないかと密かに心配する従姉をよそに、当の光太はごくごく普通にクラスのエロガキポジションに溶け込んでいた。
 まるで物心ついた時からの友達のような空気さえ漂うクラスメートに更に話を続ける。
「そこでオレは考えた。題して『少年ハロウィン隊作戦』だ」
「なにそれ」
「まあ黙って聞いてくれ。すぐにどんだけすげー作戦か分かるから」
 と自信満々に語った作戦は、要約すると以下のような感じである。
 まず子供(可愛げのある方が望ましい)をできるだけたくさん集める。次に目当ての女の子を見つけたらその子供たちを一斉に突っ込ませお菓子をねだらせる(ついでに包囲させて退路を断つ)。多少お菓子の備蓄があろうが子供たちに配ってる間に無くなるので、「お菓子をあげなきゃいたずらするぞ」と言いつつ子供たちにまぎれていたずらし放題。
「そ れ だ !」
 (彼らの主観的に)完璧な計画に狂喜乱舞する少年たち。
「なるほど、狼群戦法(ウルフ・パック)というわけだな」
 眼鏡の少年、博一が大きく何度も頷くが、この少年が時々自分たちにはよく分からないことを言い出すのには慣れっこになっているので皆普通に流す。
 かくして、少年たちの煩悩満開の計画はスタートしたのだった。


 そして計画は順調に進み、ハロウィン当日。
 最後に自分たち用のジャック・オ・ランタン扮装セットを身にまとい、準備は全て完了した。
「これ、置きっぱなしなのは良くないんじゃない?」
 そうだった、と一同同意する。少なくとも借り物のカートは片付けておく必要があるだろう。
「んじゃジャンケンで負けた奴が片付けな。他の奴は先にハロウィン隊連れて行くって事で」
「おっけー」
 ジャンケン、ポン。五人勝負にしては割と珍しく、一回で勝負がついた。
「げ、オレか」
「じゃーよろしくな」
 敗者の光太を残し、残る四人はそそくさと去っていく。既に女の子の事しか頭にないのだろう。
「薄情な奴らだ」
 立場が逆なら自分も迷い無くそうしてたであろうことは棚に上げ、毒づく光太。
「ふう、新記録達成だぜ」
 それからしばらくの後、自己新記録の勢いでカートの借り先への往復の道を走破した光太は満足げに額の汗をぬぐっていた。
(えっと、最初の作戦ポイントどこだっけ?)
 と思い起こそうとする矢先、鋭い着信音が鳴り響いた。
「ああ、ちょうど良かった。いまどこ?」
「それどこじゃない、作戦は失敗だ」
「なんでだよ」
 予想外の言葉に口を尖らせて問いただす光太。
「派手に動きすぎて女子に感づかれた。あいつらクラスの恥を狩り出すとかぬかして血眼になって俺ら探してるぜ。お前ももう合流しなくていいからすぐそこ離れろ」
「お前たちは大丈夫なのか?」
「ああ、間一髪だったが少年ハロウィン隊を囮(デコイ)に使えた。あいつらも今頃はたらふくお菓子貰えて満足だろうさ」
「OK、そしたらまた明日。…幸運を」
「お互いにな」
 ニヤリと笑う光太。向こうでは仲間たちも同じように笑っているのだろう。こういう状況ですら危地に向かう戦士のなりきりで楽しめる、どうにもずぶとい少年たちであった。


 街の中心部に行ってハロウィンパーティに紛れ込んでしまおう、光太はそう決めて踵を返す。
「おー、ちょうどよかった、こっちこっち」
 だが、少し歩いたところで道の脇からいきなりジャック・オ・ランタンが飛び出してきて光太をひっつかんだ。
「うわ、何すんだこのかぼちゃお化け」
(あ、でも今のオレもそうだわ)
 と自分に突っ込みを入れているうちに光太は自分よりも小柄とは思えない力強さで道の脇まで引きずりこまれてしまう。
「一体なんなんだ!」
 憤慨する光太に手で謝るポーズを作り、
「この子道に迷ってるみたいだけど、こっちは用事があってどうしてもちょっと外さないといけないのよ。少しでいいからこの子を見てて」
 それだけ言い残すとその少女――声から見るに少なくとも成人とは思えない――は早足で去っていく。
「おい、こっちの事情は無視?てか人に頼み事するのに自己紹介もなし?」
 光太が文句を言うと、その少女は足を止め向き直った。
「名前?そう、アタシの名は…ジャック・オ・ランタンよ」
 実に楽しそうな調子でそれだけ言うと、その女の子は今度こそ振り返らずに去っていった。
 何だそれ上手いこと言ったつもりかというか帰ってこいよというかこっちの事情無視なことに関してはシカトなんですねというか今日この島には何匹のかぼちゃお化けがいるんだろ?
 そんな複数の思考がオーバーフローし、黙って少女を見送る光太。
「まあ、仕方ないか」
 どうせ計画が潰れた以上今日はヒマだし、と光太は肩をすくめる。
 で、その迷子の子はどこだ?と辺りをぐるりと見回す。一度軽く見渡し、もう一度見直してようやく気付いた。
「えっと…君が、その?」
 こちらもジャック・オ・ランタンの格好をした子供だった。かぼちゃ型の被り物をすっぽりと頭にかぶり、体はというとまるで厳しい寒さをこらえるようにしっかと黒いマントをかき抱いている。
「はい、家がわからないのです…」
 あれ?その声の独特なイントネーションが光太の脳内にひっかかる。
(どこかで聞いたような…)
 頭をひねって考える。反対方向に頭をひねり更に考える。
「ひょっとして…うちのクラスの五辻(いつつじ)ちゃん?」
「え?」
 その言葉に、俯きっぱなしだった少女が顔を上げた。
「知っているんですか?」
「いやまあクラスメートだし。覚えてない?」
「…ごめんなさい…」
 そんなに印象薄いかオレ…と少しショックを受ける光太。もっとも目の前のこの娘の名前を思い出せないのでは言えた筋ではないのだが。
「えーと、確か名前はえ、え、…」
「…エリーです」
「あ、そうそう。そうだった」
 それですっかり思い出した。なんでもいいとこのお嬢さんでしかも日英ハーフという漫画のキャラのような存在。体調が悪いとかで欠席が多くて印象が薄いけど、結構可愛かったなあ…
「生憎オレは転校したばっかだからエリーちゃんの家は知らないけどクラスメートなら誰か知ってると思うよ。今聞いてくるからちょっとだけ待ってて」
「あ…」
 エリーが躊躇いがちに手を伸ばすが、光太はそれを手で押し留め、今も逃走中のはずのクラスメートに連絡を取る。
「おーい、捕まってないか?」
「問題ないぜ。そっちは何かあったのか?」
「いやな、突然で悪いんだけどうちのクラスのエリーちゃんの家の場所って知ってる?」
「エリちゃんってああ、五辻か。ホント突然だな。てかなんだ、捕まったか?」
「いやさ、今そこで会ったんだが、家が分からなくなったって」
 エリーに聞こえないよう声を潜める光太。普段とは違いこういうところだけはマメである。
「なんじゃそりゃ、迷子ってマジかよ」
 その呆れたような口調につい擁護に回る光太。
「でも、エリーちゃんだって転校組だろ?」
「それにしたってここに来たの春だぜ、いい加減ここの地理だって分かるだろ」
 と反論するが、すぐに「まあいいや」と話を流し話題を戻した。
「確か隣のクラスの三浦が遊びに行ったことがあるって話だから、今から三浦と連絡取れる奴探してくる。後でメールで場所送るからちょっと待ってろ」


 メールは数分も経たないうちに到着した。
「サンキュな、恩にきるぜ」
 光太は友の思いやり――風紀委員なり警察なりに任せりゃいいじゃんという最善だが目の前の少女に対し全くポイントの稼ぎようが無い案をおくびにも出そうとしなかったこと――に、男性に対しては珍しいことに深い感謝を示した。
「じゃ、場所分かったから行こうか、エリーちゃん」
「…はい」
 幾分ためらいがちにではあるが、そう目の前の少女は頷いた。
(よし、これで好感度アップ!)
 と鼻息荒い光太だったが、
「ごめーん、お待たせー」
 とそこにのんびりとした声が割って入ってきた。
(もう待ってないよ!邪魔だから帰ってよ!)
 と数分前とはまるで反対に思う光太だったが、早々世の中都合よくは行かない。
 かくして三人の奇妙な行進が始まることとなった。
「…そんでね、敷島の奴が寝ぼけて『食べてもおいしくないですよ』なんて言うからそこでまたみんな大笑いでさ」
「うふふ」
 ああ、いいとこのお嬢様は笑い方まで上品だなあ、と光太は感嘆しきりだった。
「アハハ、なにそれー」
(それに比べてこいつは)
 元気なのはいいけどいくら何でも笑い過ぎだ。これからこいつのことは妖怪笑い袋と呼んでやろう、と光太は密かにそう決めた。
「コータさんってお話上手なんですね」
「ありがと。でもさ、光太さんなんてそんなかしこまらなくていいよ。オレとエリーちゃんはクラスメートで同い年なんだからさ」
「同い年、同い年そうか、そうですよね」
 口の中で飴玉を転がし味を確かめるような口調で二度繰り返した後、エリーは意を決した爽やかさで光太に告げた。
「…コータ」
「そう、それでいいよ」
(くーっ、最高だなあ)
 かぼちゃの被り物の奥の日英の長所をいいとこ取りした整った顔立ち、その柔らかい唇が親しげに自分のことを呼ぶ様を想像し、光太は幸福感に浸っていた。
「いい感じじゃない、このこの」
 だが、ケラケラ笑いながら肘でつついてくるもう一人の存在がそこに容赦なく水をぶっかける。
(ダメだこの笑い袋、早くなんとかしないと)


 程なくして三人はエリーの家があるという上山手台に到着した。
 なだらかな丘状となっており見晴らしがいいこの一角はいわゆる高級住宅地だ。地域そのものが庶民らしさを軽やかにスルーして成り立っているその様は、事情を知らず初めて訪れた光太にもはっきりそうと読み取れるものだった。
(なんか妙に疲れたなあ)
 それなりに体力には自信あるはずだけど、と首を傾げる光太。だが、もう少しだからと気持ちを奮い立たせ話を続ける。
「そういや、エリーちゃんの家もこのくらい大きいの?」
「え、ええと」
(あ、家の話とかあまりしてほしくないのかな)
 庶民であるこちらとの間に壁があるように思われるのが嫌なんだろう、ああなんて奥ゆかしい人なんだと感激しつつ、光太は新しい話の火口を探りだした。
 いつもはここぞとばかりにしゃべりまくるもう一人は、こういう時に限って一人警備会社の人と立ち話をしている。
(本当に使えない奴)
 と心の中で愚痴りながらナビ画面に目を移すと、
「エリーちゃん、もう家そこだよ」
 ナビが示す目的地、もう視認できる距離まで近づいたその建物を指さした。
 エリーは声に導かれるように視線をその建物に移した後、一呼吸おいて小さく首を振った。
 近づくにつれ、なんとなくイギリスっぽい雰囲気を漂わせる白を基調とした邸宅の全貌がはっきり分かるようになってきた。
「うわー…」
 と素直に感嘆する光太。対してエリーは緊張しているのか歩みが少し遅くなっていた。もう一人、この彼女だけは全く変わりないようである。
「どうしたの?」
 その家の目の前までたどり着くが、そこでエリーの足が止まった。
「やっぱり駄目、行けない」
「大丈夫だって。怒られるのが怖いんだったらオレも一緒に謝るから」
 あまり自慢できた話ではないが、口うるさい母親と従姉のおかげで怒られ慣れている光太であった。
 だが、エリーはただ首を振るばかりだった。
「あー、これ侵入防止の結界張ってるね」
「え?」
 またしても突如舞い戻ってきた笑い袋女の言葉だった。半信半疑ながらも目を凝らして見てみるが、それらしいものは見当たらない。
「そんなのどこにもないじゃん。オレも普通に通れるし」
「そりゃ目に見えるのじゃないし、これ。それに」
「性懲りもなく地球の反対側まで追いかけてきたか、このバケモノめ」
 そこに突如大音声の怒声が響き渡った。


 邸宅の側からこちらを睨みつけていたのはぴっちりとスーツを着こなした神経質そうな男だった。
「おっさんおっさん、これただのコスプレだから」
 被り物を取り、呆れた口調で言う光太。
「ふん、そうか」
 だがそんな光太など意にも介さず、男は鼻で嗤う。
「今度は頭の悪そうな坊主をだまくらかす作戦というわけか」
「だからおっさんなに言って」
「違います!」
 今度はエリーのほうだった。
「私はもう一度お父様やお母様とちゃんと話がしたいだけなの!」
「よっぽどご執心とみえる。だが、五辻家顧問魔術師たるこの私の目の黒いうちはおまえの望みなど決してかなえさせはせん」
「一体なんなんだよ!」
 光太を置き去りにして次々と事態は進行していた。それが腹立たしくて光太は叫ぶ。
「どうしたのだ?」
 その騒ぎが耳に入ったのか、邸宅の方からいぶかしむ声と近づいてくる足音が聞こえてくる。
「お父様!お父様!」
「いけません、旦那様」
 各々の思惑を乗せた声が響く中、渦中の人物が姿を現した。
 年のころは四十歳前後か、どことなく品の良さそうな感じのする男性。そして、その後ろから現れたのは…
「エ、エリーちゃん!?」
 肩の辺りまで伸びるストレートの金髪。ややたれ目気味の碧眼。
 クラスで何度か見かけた姿に、目の前の少女がかぶる被り物、その下に思い描いた姿にそっくりな少女だった。
「エリー…お姉様?」
「ええ?」
 少女が目を丸くしてその名を呼ぶ。男性が光太に向けて静かに呼びかけた。
「この子はエリナ。エリーはこの子の双子の姉だよ…三年前に死んだ」
「!」
(じゃあオレがクラスメートのエリーちゃんだって思ってたのはそこのエリナちゃんで、そんで今まで一緒にいた「エリーちゃん」はもう死んでて…?)
 こわごわとエリーだと名乗ったそれを見やる光太。
「そうだ、そいつは事故で亡くなられたエリーお嬢様の姿を奪い旦那様やエリナお嬢様に取り憑こうと企む悪霊だ」
「違います!私そんなことするつもりなどありません!」
 魔術師の男の憎憎しげな言葉をかぼちゃを被った少女はぶんぶんと首を振って否定する。
「よくもまあ白々しく言えたものだな!三年前のあの日、お前が現れたせいで旦那様やエリナお嬢様がお倒れになられたのだ。お前が生命力を吸い取ったせいでな」
(そういえば…そんなに歩いてたわけじゃないのに妙に疲れてたっけ…)
 光太の胸の奥に次々と疑心が降り積もっていく。
「コータ…私、そんなことするつもりなんてありません…ただ、もう一度だけお父様やエリナとお話がしたかっただけなの」
「……」
 エリーは嘆願するように光太を見上げながら話を続ける。
「本当のこと…私があなたのクラスメートの五辻エリナじゃなくて幽霊の五辻エリーだということを言えなかったのはごめんなさい…私のことを妹と勘違いして嬉しそうにしていたあなたに本当のことが言い出しにくくて…。私のこと信じられないって言うかもしれないけど、お願いします、信じてください…」
 かぼちゃの被り物がぴょこん、と大きく縦に振られる。
(オレだってエリーちゃんのこと疑いたくないよ)
 親しくなったのが全部嘘なんて思いたくない。でも、一旦疑いだすと怪しいところが次々出てくるのもまた事実なのだ。
 うざいくらいにちょっかいをかけてきた笑い袋女はこんな時に限って押し黙ってこの場を眺めているだけ。全く使えない、と毒づいてもそれで事態が好転するわけでもない。頭の回転が速く頼りになる宮子姉ちゃんも、何事も迷いなく決断する直さんもいない。
(オレが自分で決断しないと…)
 糸が張り詰めたような緊張に支配された中で、光太はひたすらに考える。と、思考の海の奥底から何かが隆起してきた。
(『彼女は信じていい』…そうか)
 隆起してきたそれが意識の表層に達すると一言の言葉に変じる。
 〈ストレイト・エピファニー〉。自分の知りたい情報を知ることができる異能だが、とにかく使い勝手が悪い。というより自力ではほとんど制御できない。今このときに発動してくれた幸運に感謝しつつ、光太は顔を上げた。
「オレはエリーちゃんを信じる!」


 沈黙に押しつぶされたように俯いていたエリーだったが、光太の言葉に導かれるように顔を上げた。
「へへ、ちょっとズルしちゃったけどね。オレ、本当のことが分かる異能持ってるんだ」
 疑ってごめんね、と謝り、光太はエリーの父親の方に向き直った。
「エリーちゃんは嘘をついてない。だからちゃんと話をしてあげてよ」
「つい今しがたまで顔も知らなかった、しかも子供のいうことをほいほいと信じれるわけがないだろう」
 魔術師の男が冷たく切り捨てる。その視線は敵意を込めて今もエリーを捕捉し続けていた。その悪意を押し返そうとするかのように光太は男を睨みつけるが、男はまるで意にも介していない。歯噛みする光太にエリーの父親の声が届いた。
「三年前の事故でエリーだけでなく母さんも失い、私たちは親一人子一人になった。そして私たちはこの子の来訪で一度は倒れ、そのせいでエリナは今も病気がちだ。これ以上家族を失うのもエリナを一人残して死ぬのも私には耐えられない。君にもこの子にも悪いが、信じるに足る証拠がなければこの子をエリーと認めるわけにはいかない」
「そんな!大体おじさんたちが倒れたのだって違うって言ってるじゃないか!」
 家族なのに、いくらなんでも薄情すぎる。憤慨した光太は知らず声を荒げていた。
「うんにゃ。この人たちが倒れたのもキミが妙に疲れてたのも、みんなあの子のやったこと」
「黙れ…!」
 どうでもいい時はしつこいぐらいまとわりついてくるのに、肝心な時には足を引っ張ることしかしない。そんな笑い袋女への怒りが爆発し、光太は反射的に殴りかかっていた。
「ほい、頭冷やさないと駄目だよー」
「え?」
 光太には特に格闘の心得があるわけではない。とはいえ、自分より小さい女の子に何をされたのか全く分からぬままにひねり上げられるとは思いもしなかったと言うのが偽らざる本音であった。
「幽霊として存在を続けるのにはどうしても生命力を外から補充する必要があるのよ。彼女は無意識的にやってたから気付かなかったみたいだけど」
「それじゃエリーちゃんが悪くないのは変わらないじゃん」
「だから今からそれ説明しようとしてたのよ、なし崩しにもう済んじゃったけど」
「……」
 結局役に立たないのには変わらないじゃないか、というのが光太の本音だった。
(やっぱりオレがなんとかしないと。もう一度オレの異能使って…ってそうだった…)
 〈ストレイト・エピファニー〉はとにかく制限の多い異能だ。その制限の一つとして「一度発動したら四時間は再発動できない」というのがあると自分の異能を調べてもらった時に教えてもらっている。
(あの時使ってなかったら…)
 ただ一言、「信じてる」って言えればよかったんだ。それを自分を信じきれないから異能に頼ることになって肝心な時に役に立たない…。
 どうしようもない自分の弱さに打ちひしがれ、言葉もなくうなだれる光太。
 と、その肩に優しく手が乗せられた。
「まだ諦めるには早いよ」
「でも、もうオレには何もできないよ」
 穏やかに諭す笑い袋女だったが、光太にはもはや反発する気力も失せていた。
「だーいじょうぶ。アタシを信じてもう一度だけ異能を使ってみて」
 初めてまじまじと見る、かぼちゃの眼窩の奥の眼。そこに宿る強い光が光太を貫いた。
「は、はい」
 言われるがままに頷いてから、何故あれだけ反発していた相手の言うことを聞いてしまったのかに気付く。
(あの眼、ちょっとだけ宮子姉ちゃんに似てたんだ…)
 そう思うことで、言われるがままなことへの腹立ちはあったものの、素直に集中することができた。
(お願い、もう一度だけでいいから)
 自分の異能を使いこなせない光太には、エリーの父親が信じてくれるための鍵のことを考え続けることの他にはただ祈ることしかできない。
(…来た!?)
 そして、主観的には数時間にも感じられた数秒が過ぎ、祈りが通じたのか思考の海の奥底から再び異能の神託が隆起してきた。
「『プラウドオブスローン』…?」
 光太は意識の表層に達した言葉をそのまま口にする。そして、光太は深く後悔した。
(上手くいかなかったんだ…)
 きょとんとした表情のエリーの父親の顔をそれ以上見続けていることができず、光太は唇を噛んで目をそらした。


「…驚いた。言葉は分かってもその意味は分からないのだね」
「はい、彼の異能はそういう力なのです」
 二呼吸ほどの間の後、エリーの父は溜め込んでいたものを吐き出すようにそう重々しく呟く。彼の方に向き直りその言葉に答えた笑い袋女の声は別人のように理知的な印象を与える声になっていた。
「こういう格好で失礼します」
 と頭の被り物を脱ぎ去る笑い袋女。
 前髪を押さえる真っ赤なカチューシャ、そして頭の両側の黄色のリボン。原色の髪飾りは幼げな顔立ちとあいまって子供っぽい印象を与える。そのはずなのに、その瞳の強くそれでいて硬さのない眼光が、ただそれだけでその印象を拭い去っている。
「私(わたくし)、双葉学園醒徒会書記、加賀杜紫穏(かがもり しおん)と申します。この度彼、結城光太が異能により得た言葉が偽りなき真実であることを、双葉学園を代表しここに認めます。もしお疑いでしたら…」
「いや、その必要はないよ」
「旦那様!」
 叫ぶ魔術師を手を軽く振って押さえ、エリーの父は再び口を開いた。
「光太君…と言ったかな。『プラウド・オブ・スローン』というのはバーの名前なんだ。昔母さん…ああ、エリーとエリナの母って意味だよ、にここでプロポーズしようと思ったのだけど、あまりに人気な店なものでどうしても予約が取れなくてね、泣く泣く諦めたんだ。話して面白い話でもないからこれは誰にも話したことはない。というか私自身もついさっきまで忘れていたよ」
 ぽかーんとした顔で見上げる光太にエリーの父は「ありがとう」と告げた。
「君のおかげで取り返しのつかないことをせずに済んだ」
 そしてエリーの父はエリーの方に向き直った。その眼からは次々と涙が零れ落ち始めている。
「…エリー、私の愚かさのせいでお前を随分と傷つけてしまった。詫びのしようもない。それでもこうやってもう一度逢えたんだ、いくら罵られても構わない、一度でいい、お前のそばで話がしたいんだ…」
「そんな、私、お父様のことこれっぽっちも恨んではおりません、でも…」
 哀しげに首を振るエリー。
「そうだ…!」
 幽霊であるエリーは存在し続けるために周りの人の生命力を奪ってしまうのだ。
「だーいじょうぶ!」
 快活な声と共に、紫穏が一飛びにエリーの父とエリナの所に移動する。
「私の異能は増幅の力です。異能者級の耐性があれば倒れるほどのダメージは受けずに済みますので、私が今からお二人の抵抗力を増幅します」
 そう言い、紫穏は後ろから二人の背に触れる。
「貴方も…重ね重ね本当にありがとうございます」
 エリーの父はそう礼を言うと、顧問魔術師に向けゆっくりと頷きかけた。
 魔術師の男は一瞬逡巡を見せたが、すぐに頷き返すと大きく指で空を切る。
 光太の目には変化が感じ取れなかったが、それで結界が消滅したのだろう。エリーは弾かれるように走り出すとそのまま父親の胸に飛び込んだ。
「お父様!お父様!逢いたかった!もう一度抱きしめてほしかった…!」
「私もだよ、エリー!」
「お姉様、本当にお姉様なんですね!」
「エリナ…!あなたにもひどいことをしてしまってごめんなさい」
「ううん、こうやってお姉様に会えたんだからもういいの!」
 父親と妹の胸に頬を押し付け泣きじゃくるエリー。いつしか、頭の被り物は消え失せていた。迷子のジャック・オ・ランタンは家族に迎え入れられて一人の人間、五辻エリーに戻ったのだ。


「良かったぁ…」
 親娘三人の久々の会話を安堵の気持ちで眺める光太。ふと違和感に気付き、眼をみはる。
 エリーの姿がゆっくりと薄れ始めていた。
「あ…」
 声を上げようとした光太だったが、黙って首を振る紫穏に押し留められる。
(もう死んでるから仕方ないっていうこと…!?)
 分かってはいる。いるのだが、今の彼女の姿を先に知ってしまった身としては感覚的に納得がいかないのだ。
 そんな光太に家族と別れの挨拶を済ませたエリーがとことこと近づいてくる。
「本当にありがとう、コータ。あなたのおかげでもう一度お父様やエリナとお話しすることができました」
「でもそのせいでエリーちゃんは…」
 既に体の向こう側が薄ぼんやりと透けて見て取れるぐらいにエリーの体は薄れてきていた。
「いえ、元々私は死んでいるのですから仕方ないです。…せっかく仲良くなれたコータともうお別れなのは寂しいですけど」
「オレだってそうだよ。それに結局エリーちゃんを助けたのはあの…書記の人だし、オレはお礼言われるほどたいしたことできなかったよ」
「そんなことはないです!」
 とてももうすぐ消え去るとは思えない力強い声が光太に放たれる。
「あの人にも助けてもらいましたけど、コータも頑張ってくれたからなんです。私の感謝の気持ち、決して嘘なんかじゃありません。だから、もうそんな顔はしないでください…」
 ああ、そうだ。光太は(間抜けな自分を罵りながら)思う。
 いつだってエリーちゃんが口にしたことは混じりっ気のない本音だった。とても正直な娘なのだ。そんなことに今更ようやく気付くなんて。
「…うん、ごめん」
 両頬を力強く何度か叩く。いなくなっちゃう前に最後に見るものにふさわしいいい笑顔になれたかな?
「今日一日…ってほど長い時間じゃなかったけど、本当に楽しかったよ。ありがと、エリーちゃん」
「私もです。向こうにいた頃はずっと女学院で寮生活でしたから、同い年の男の子と話すことなんてほとんどありませんでしたので…ドキドキしてしまいました」
 初めてお互いに笑顔を向け合う二人。だが、その間にもエリーの姿は彼女の実像である幽霊の姿に近づくように薄れ、更にそれすら越え希薄になっていく。
「……さよなら、コータ」
「……うん」
 ふわり、と崩れ落ちるようにエリーが光太に向け倒れこんでくる。
 光太は思わず受け止めるが手に感じる感触はなく、そのまま光太の体をすり抜け、そしてエリーはどこにもいなくなってしまった。
「エリーちゃん…」
 呟き、光太は左の頬をそっと撫でた。
 最後の瞬間、エリーの唇が左の頬に触れた気がした。
 都合のいい考えだな、と心の奥で突っ込む声が聞こえる。それでも、あの淡く儚い感触が幻だとは、光太にはどうしても思えなかった。


「早く帰らないと夜になっちゃうぜー」
 前を歩く紫穏にそう急かされるが、光太の足取りは重いままだった。
 永遠の別れを経て少なからず気が沈んでいたのもあるが、それ以上に疲労感が重くのしかかっているのだ。
 ついに足を止め俯く光太。紫穏は道を戻り問いかける。
「…ひょっとして辛い?泣いてる?」
「泣いてない!」
 気を緩めると涙がこぼれそうになる状態だったが、まだ泣いてはいない。なんとなく、泣いている姿は誰にも見せたくなかった。
「そっか。じゃあいくらアタシの異能で増幅したとはいえキミの異能の連続発動は辛すぎた、ってとこね」
 足取りが鈍いままの光太を見てそう分析しうんうんと頷く紫穏。
「いつもあの時のような喋りかたしたらいいのに」
 最初のそれに戻ってしまったその紫穏の語り口に少しいらっときた光太はそう突っ込む。
「あの時はTPOってのがあるからああしただけで、ずっとあんなんじゃ肩こるしねぇ」
「じゃあなんで醒徒会なんてお偉いさんなったんだよ」
「まぁ色々とねー。それにしても…ひょっとして格好いいアタシの姿に惚れちゃった?」
 紫穏は口を手で押さえて笑いながら光太の肩をつつく。
「誰が妖怪笑い袋に惚れるかってーの」
 少なくともあの時の彼女の姿がとても格好いいと思ったのは事実で、だからこそ光太はここぞとばかりに強い口調で否定する。
「ほう?このアタシに向けてそんな口をきくと…こうだ!」
 眼にも留まらぬ素早さで紫穏の腕が伸び、容赦なく光太の全身をくすぐった。
「ちょ、やめ、くすぐったいって、だから、怒る、本気でひゃひゃひゃひゃ」
 疲労した体では抵抗もままならず、泣き笑いの表情でなすがままになりながら光太は思う。
 今日はこの人がいなかったら絶対うまく行かなかったし、すごい腹立つけど泣いてもごまかせる状況を作ってくれたし。
 …だから、本当にありがとう。
 …………絶対そうとは言ってやらないけど!!



            小生意気なジャック・オ・ランタン
            結局作戦失敗だ
            けれどもちょっぴりほろ苦な
            思い出ドロップもらったよ
            Trick or treat!



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