【X-link3.5 ハロウィン特別編 Side2019 part2】


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注意:この作品は現在投下していない三話と四話の間の話となっていますので、一部よくわからない記述もあると思いますが、そのへんは三話に期待してくださるよう、お願いします。

[ラノで読む>http://rano.jp/1484]]


Xーlink3・5 ハロウィン特別編 Side2019 Part2
【Destiny’s Play Re-Union/ 親子と見た花火と十年後の少女】



 二〇一九年十月三十一日夕方『秋のレプリカ』


 繋が委員長に半ば無理矢理就任させられてから、約一週間は本当にあっという間だった。
 まず、飾り付けや当日必要な飲食物など、必要なものをリストアップし、予算を編成し、喜多川に予算のお伺いをたてる。生徒達の要望をなるべく取り入れたところ、予想外に費用が嵩んだが、喜多川博夢があっさりと予算を認可したために、僅か数時間の、一クラスのパーティとは思えない程豪華なものになった。
 問題はそこからだ。このパーティの為にわずか授業や部活動をサボるなどとできない為に飾り付けや門の制作にかけられるのは夜のみ。まさか毎日徹夜をするわけにもいかないので、喜多川研の面々の力を借りながらなんとか進めるという状況だった。

 そして前日の徹夜を経てパーティ当日。本番を目の前にしてパーティ実行委員長は寝不足で満身創痍という状況だったが、準備はあらかた終わっていた。意外と、といっては失礼かもしれないが、菅《すが》誠司《せいじ》をはじめとしてあまりこういう事に関わりそうにない人たちが手伝ってくれたという事や、見るに見かねた大工部部長・鳶縞《とびしま》キリがふらりと現れて大工仕事を手伝ってくれた事も大きい。

「いや、なんとかなったなお嬢ちゃんははははは!」
 天地奏が笑顔で話かけてきた。まあ確かになんとかなりはしたが、彼は殆ど役に立っていない。
 『終身名誉使い走り』として彼に期待されたのは買い出しだった。このクラスでバイクを持っているのは彼のみだった為に、その機動力は多いに期待された。だが、奏は買い出しに行かせると、余計なものを買ってくる、道草を食う、何故かナンパをしていた、など一人で買いに行かせると、満足に使い走りもできやしない。
「あんたはあんまり役に立ってないけどね……。まあ、いいや。そろそろ行きましょうか」
「行くって、どこに?」
「ケーキよ、ケーキ。そろそろ取りに行かなくちゃ」
「ケーキぃ? 俺は甘いものはそんなに興味ないぞ」
「誰もあんたの好みなんて聞いてないから。スポンサーのご要望だし、巨大パンプキンケーキは目玉の一つなんだから! ほら、行くよ!」
 そこまで言うと繋はクラスメイトに一言ケーキを取りに行く旨を伝えると、奏の耳を引っ張り、教室を出る。パーティの目玉となるはずの巨大パンプキンケーキは出資者である喜多川博夢の要望で、双葉区の学園から離れた所に位置するケーキ屋に発注された。何故ヒロインにケーキなのか、と繋には疑問だったが喜多川の「ケーキもお菓子だから問題無い。カボチャも使っているし」との発言を受けて、その先は深く突っ込まないようにした。この人は時々ひどく科学者らしくない事を言う。


     **


 繋と奏が巨大ケーキを受け取って店を出ると外は既に暗くなっていた。パーティの開始は七時なので、多少急がなければならないだろう。奏からヘルメットを受け取ると、ケーキをしっかりと固定し、繋はバイクの後部座席に座る。
 喜多川が奏に与えたこの『イクスターミネーター』と呼ばれるバイクは奇妙奇天烈としか言い様の無い無茶な機能が付いている、最高時速三百五十七キロメートルのとんでもないバイクだが、平時はただの便利な大型バイクだ。使い走りや奏の登校用として大いに活躍している。
「ケーキ載っけてるんだからね。慎重に運転してよ」
「わかってるよ。女性の柔肌を扱うかのごとく、慎重に対処しようではないか!」
 (恐らく)童貞坊やは知った風な口を聞きつつ、生体認証などをすませてイクスターミネーターをスタートさせた。このバイクはまるでレーシングカーのように始動までの手順が複雑だ。


「ねえ、アレなに?」
 およそ二十分程経過し、海岸沿いを走っている時の事だった。繋は妙な光と、それにラルヴァらしきものを目撃した。そのラルヴァは数体のランタン頭にチョッキを着て、鉈、というよりもパンプキンシザーらしきものを振り回しているものと、一体の巨大植物だった。奇妙なのはその周辺に光の粒が現れては消えて、といった事を繰り返していることだ。
「放っても置けないな。見に行こう」
「いや、あれラルヴァじゃない? 危ないってば」
 繋の静止を振り切り、奏はエンジンを止めてフラフラとカボチャ頭の方に向かって行った。元々危機意識というものの薄い奴だが、どうも今日の奏は半分寝ぼけているらしい。この一週間ろくに寝ていないのだから、無理もないのだが。

 無防備に近づいて行く奏に、カボチャ頭のラルヴァがシザーを振り上げて殺到する。
「奏! 避けなさい!」
 繋は思わず声を上げるが、奏には届いていない。またぞろどうでもいい場面で絶体絶命に陥った奏だったが、彼にその刃が届く事はなかった。
 奏に殺到したカボチャ頭は奏の鼻先で凄まじい衝撃を受けて横に吹っ飛んで行ったからだ。

 奏を救ったのはマッシュルームカットに夜だというのにサングラスをかけた男、醒徒会会計監査・エヌRルールだった。だが、彼は確かに、今までそこにはいなかったはずだ。何故、いきなり現れたのか。繋にはさっぱりわからない。

「相変わらず惚けているな、天地奏」ルールの声は相変わらず冷徹ともとれる静謐さをもっていた。
「え、ルールさん!? なんで? 今までそこにいなかったのに……」
「そんな事はどうでもいい。それより何故ラルヴァに無防備に近づいた?」
「なんだ、ラルヴァだったのか、アレ。かわいいカボチャでヒーホー! な感じじゃないのか……はあ」どこまでもマイペースな男は何かを納得すると深いため息をついた。
「君たちは今日の講演を聞いていなかったのか? あれはハロウィンに発生するラルヴァ、『ジャック・オー・ランタン』だ」
「講演? ああ、イギリスから来たオッサンがどうとかって奴か。この天才様が好き好んでオッサンの話を聞きに行く訳がないだろう。だいたい俺はよくわからんがオッサンというものが嫌いなんだ」
「お前の好みなど聞いていない。戦闘力のある人間はなるべく出席するように、という通達があったはずだが」
「いや〜、すいません。私たち、ハロウィンパーティの準備がありまして、それで……」
 フォローに入りながら、繋は今日の昼間、醒徒会副会長の水分理緒を初めとして数人のクラスメイトが講演を聞きに行くといっていなかった事を思い出した。

 黙って奏を睨みつけていた(もっともサングラスをしているので本当にそうなのかはわからないが)ルールだったが、しばらくするとフン、と鼻を鳴らして、口を開いた。
「まあいい、僕はこれからあのラルヴァを掃討しなければならない。天地奏、お前も手伝え」
「俺様が醒徒会会計監査様を手伝うのでありますか!? なんだよ、お前のが俺より強いだろ。俺の力が必要なのか」
 奏は無茶苦茶な敬語とおどけた口調で聞き返す。
「本来ならお前の力など借りたくないのだがな……。あれを見ろ」
 そう言うと、ルールは巨大な植物を指差した。
「あれは『ジャック・オー・ランタン』の変種、『パンプキンキング』の成《・》り《・》か《・》け《・》だ。恐らくあと数十分で完全に『パンプキンキング』になるだろう。その前にまわりの『ジャック・オー・ランタン』を始末しなければならない」
「ああ、そんで会計監査様を俺様の力を借りたいってわけか」
 状況を理解すると、奏はニヤニヤと笑い出した。
「なんだ、その気持ちの悪い笑い顔は」
「いやあ、人にものを頼むときはお願いの仕方が……」
 その言葉は強烈な後頭部へのツッコミで遮られた。
「いやらしい事言ってないでとっとと行かんかこのへそ曲がり!」
「しょうがないなあ、わかったわかった。ただ、手伝ってやるんだ、一つ条件を出すぞ、人造人間」
「あんたねえ、まだそんな……」
「一応条件は聞こう。なんだ?」
「今日はこれから我がクラスでハロウィンパーティだ。お前も来い」
「僕が、パーティだと?……まあいいだろう。そのかわりきちんと働けよ」
 ルールが割合、あっさりと奏の条件を呑んだ事も意外だったが、奏がそのような条件を出した事も繋にとっては意外だった。この二人は仲が悪かったような気もするが、実は気が合うのだろうか。

「契約成立だな。そうと決まれば、あのジャックの風上にもおけないジャック共を退治するか。俺にとってジャックとは、あのハロウィンシティの、人々を幸せにしようとしたジャックだけだ!」
 わからない人にはまったくわからない啖呵をきると、懐からフルートを取り出して変身動作に入る。

[transformation sequence start. GOD BRESS YOU]

 まばゆい光に包まれて白く輝く戦士=アールイクスが現れた。 

[transformation sequence compleat.  
 R.I.X standing by]

「お前達の音《ノイズ》は耳障りだ!」
 言うや否や、奏=アールイクスは『ジャック・オー・ランタン』の群れに向かって駆け出して行く。

「奴は一体何を言っているんだ? 僕にはさっぱりわからないぞ」
「いや〜、気にしないでいいと思いますよ。いつもの妄言なんで」
 今まで奏と数度の死線をともにくぐり抜けた繋の言葉は冷ややかだった。
「まあいい。僕も行こうか」
 そう言うと、この学園の最高戦力の一人である男も駆け出して行った。


     **

 繋はぼんやりと見ているだけだったが、戦闘はものの二十分足らずで終了した。もう何度か奏=アールイクスは何度か見ていたが、ルールの戦闘を見るのは初めてだった。
 彼はカボチャ頭を両手でつかむと、一瞬でそれを光に変えてしまう。身体能力も強化服を身にまとった奏と同等以上で、繋には本当に奏の助力が必要だったのか疑問だった。
「どうしても一人でどうにかならないのならば初めから応援を呼んでいる」
 繋の疑問に対してのルールの返答はあっさりとしたものだった。

「なんかあっさり終わったね」
「ああ、この天才様にかかればどうという事は無い!」
「いや、あんたは贔屓目に見てもそんなに役に立ってなかったと思うけど。……まあいいや、帰ろうか。多分もうパーティ始まってるよ」
「へいへい。パーティの主役が戻らないと盛り上がらないだろうからな」
「ああ、そうだルールさんはどうす……」

 繋がルールのほうに目を向けたその時、二人の間に喜多川博夢が突如として出現した。
「え、喜多川先生!? どうしたんですか?」
「君たちの帰りが遅いから様子を見に来たんだ。もうパーティは始まっているぞ」
 どうやら、奏と繋の帰りが遅いので、喜多川が彼女の能力である、テレポートで様子を見に来たという事らしい。
「あれ、でもどうしてここが……」
「その『イクスターミネーター』の位置はGPSで補足できるようになっているんだ。ところで、何があったんだ?」
「いや、ハロウィン仕様の特別ラルヴァが現れまして……」
「ああ、『ジャック・オー・ランタン』に『ウィル・オー・ウィスプ』か。今年は多いな。もう済んだのか?」
「ええ、ルールさんがいたんで」
 喜多川が振り返ると、そこにはルールが立っていた。その表情は相変わらず読めない。
「そうか、じゃあ君たちは早く戻るといい。皆待っているからな。ルール君は私が送って行こう」

「はーい、わかりました。じゃあ行こうか、奏。……奏?」
 繋が呼びかけても奏は答えない。海の向こうのどこかをじっと凝視している。
「ねえ、どうしたのよボーッとしてさ」
「あれ」
「え?」
「あれ、なんだ?あの光ってるやつ」
 奏は海の向こう、千葉県の方を指差している。その先では光が上がっては弾け、そして消えるといった事を繰り返していた。
「ああ、あれは花火でしょ。位置から考えると、ネズミの国かな?」
「ネズミの国ってなんだ? まさか、あの地方はネズミに占拠されているのか!?」
「まあ、そんなとこかもね。でもあんた花火も知らなかったんだ……」
 この男は記憶喪失である。花火を知らなくても無理は無かった。


 遠くで明滅する花火と、そして天地奏を見ながら博夢は紫煙を吸い込み、考える。十年前、彼女は今と同じ場所で、同じ所から打ち上がる花火を見ていた。当時と違う事は、彼女は十年前とは違い、もう『大人』と呼ばれる存在になったし、寂しそうな、泣きそうな顔で花火を一緒に見ていた天地《あまち》響《ひびき》はここにはいない。あの時、何故響があんな顔をしていたか、全くわからなかった。むしろその直前の人殺しも厭わないという、冷徹な、狂気を宿しているとも思える一面を見ていたのでそのギャップが少し怖いとさえ思った。
 だが、今なら彼の気持ちが少しだけわかる気がする。天地響という人間は元々、戦いに向いた人間ではなかったのだろう。それが自分の息子を救うために、どうしても裏の世界で、血なまぐさい戦いをしなければならなくなった。その為に彼は、目的を達する為には敵を殺す事も厭わない、慇懃無礼で冷徹な、狂気に片足を突っ込んだ人間、という仮面《ペルソナ》を纏わなければ心を保てなかったのだろうと思う。
 彼がそうまでして守りたいと思った彼の息子は今、博夢の前にいる。天地奏はよく笑う。ちょっとどころでなく変な奴で最初は響の息子とはとても思えなかったが、博夢は奏の、響と似た優しさと強さに触れた。そして、彼は彼なりに、あまり平和とは言えないがこの学園での生活を楽しんでいるように見える。
 その姿こそは天地響が命を賭け、その手を汚してまでも望んだものだったのだろうが、奏は響の事を全く覚えていない。何度も響から預かった音声データを聞かせようと思ったが、彼女は響の生存を諦めていなかったし、恐らくかなり複雑なものであろう奏の過去の記憶が戻らないうちに響の言葉を聞かせる事は得策ではないと思った為に、未だに奏には響の事を何も言えていなかった。

 いつか、彼がその記憶を思い出し、そして自分が響から受け取ったものを奏に伝える日が来るのだろうかと思う。それは、彼女にとって少しだけ怖い事だった。何故なら、それは彼女の予感が現実になる時だと思うからだ。

     **


 花火を見届けると、奏と繋は慌ててバイクにまたがり去って行った。恐らくパーティ会場では、殺気立った人たちがケーキを待っている事だろう。

「じゃあ、私たちも行こうか、ルール君。君もパーティに出席するんだろう?」
「ああ、そういう契約だからな。その前に喜多川教授。あなたには聞きたい事がある」
「何かな? 私はケーキが無くなる前にはやく戻りたいんだが。」
「では単刀直入に聞こう。喜多川教授、あなたはここの所『ダブル』と総称されるラルヴァを送り込んでくる組織について、何かを知っているんじゃないのか? そして天地奏の素性についても」
「まあ十年程前から個人的な興味で調べているからね。前者も後者もイエスと言いたい所だが、私はどちらも十分の一も知らないだろうな」
「では、知っている事だけでも教えてくれないか? これは双葉学園にとっても一大事だからな」
「まあ、いずれ醒徒会にもきちんと報告しようと思っていたよ、組織については。じゃあ今ちょっとだけ話そうか」
「で、なんという組織なんだ?」
「無い」
「どういう意味だ? 僕をからかっているのか?」
「いいや、その組織に名前はない。『|名無し《ネームレス》』だ」
「名無しの組織だと?」
「ああ、まあ一応名前はあるらしいよ、便宜上ね。確か十年前が
『根源的混沌招来体《カオスヘッダー》』
次が『球面宇宙意思《スフィア》』
『恐怖来訪者《ナイトレイダー》』
『最大狂気狂想団《ギガバーサーク》』
『皇帝機甲部隊《インペライザー》』
 まあ他にもあるけどどれもこれも放映していたTV番組などから適当に付けたらしいし、一年か二年でコロコロ名前が変わるからね、意味はないんだ」
「そんな、それで組織が成り立つ訳が……」
「名は体を表すって言葉は知っているな?」
「当然だろう」
「その意味の通りだ。『|名無し《ネームレス》』なんだよ、奴等は。……ああ、後日、醒徒会に報告に行くから今日はここまでだな。ハロウィンも残り少ない。私はパーティに行きたいんだが」
「あなたがハロウィンにこだわる理由がわからないな。それに天地奏の素性についてもまだ答えていない」
「その両方とも今は言うべき時じゃないし、言いたくない。いつか言う時が来るだろうから私はそれまで何も言う気はない。とにかく掴まれ、学園までテレポートしよう」

 まだ何か言いたげなルールの腕を掴むと喜多川はテレポートを敢行した。


 二〇一九年十月三十一日夜『記憶こそが時間』


 時刻は既に午後九時前後、繋と奏が扉を開けると、既にクラスには明らかにキャパシティの限度を超える程の人がいて、飲み物や食べ物を片手に盛り上がっている。中には仮装をしている人間もいた。誰だアレは。
「まさか、こんなに人が集まるとは……」
 繋は呆然と呟く。
「うぉーい、ケーキが到着したぞー!!」
 と、繋の姿を認めた生徒の一人が叫ぶと、教室は歓声に包まれた。
「ケーキだケーキ。早く机に置いてよ〜」
「待ってました委員長!」
「ああ、あんなにたくさんケーキを食べられるなんて……」
「先生、あんただけの物じゃないですから。目が血走ってますよ」
 既に女性陣の目は尋常ではない事は確かだった。

 もみくちゃにされながらもケーキを死守し、教室中央の大きな机に巨大パンプキンケーキを設置すると、繋は命からがら人ごみから抜け出した。
「ああ、もう、限界……」
 呟いた繋に飲み物が差し出される。顔を上げると、それは水分理緒だった。理緒は制服の上にマントを羽織り、魔法使いのような先のとんがった帽子をかぶっているだけだったが、それだけなのに犯罪的に可愛いと同性の繋でも思う。
「ああ、水分さん、お疲れさま。楽しんでる?」
「ええ、もちろん。私もさっき来たばかりですけど……」
「ああ、ハロウィンラルヴァかあ」
「それより、どうしたんですか? 天地さんと出かけてから随分時間かかったそうではないですか。もしかして、二人で……」
「何もないってば。ルールさんもいたんだからさあ」
「じゃあ、そういう事にしておきましょうか」
 上品に微笑むと学園最強の一角もケーキ争奪戦に参加していった。周りの生徒が少し可哀想だな、と繋は思う。
 それにしても、前回、繋がラルヴァに誘拐されかけた一件を奏や理緒、それにD組の西院《さい》茜燦《せんざ》が解決して以降、理緒はどうも繋と奏の仲を誤解しているようだ。まったくもう……。

 繋もケーキを食べに行こうかとした時、教室の後ろの扉が開いた。入って来たのはエヌRルール、喜多川博夢、それに何故かびしょ濡れの奏だった。
「あんた、一体どうしたの!?」
「この天地奏、おっぱいの中で我を失った……」
 そう言ってうな垂れる奏を睨め付けている、やたらと胸の豊かな女性の姿を認めて繋は全てを理解した。そうか、飛ばされたか……。

 びしょ濡れのおばかさんはともかくとして、教室はルールと喜多川の登場に騒然としなった。まさかのルールの参加に理緒も目を丸くしている。

「なんだと!? こんなおっぱい俺は知らないぞ。まさか、高等部のおっぱいは全て把握しているはずだったのに、これは……。俺のデータに欠落があるとでも言うのか!?」
 錯乱した様子で喜多川博夢の前、というよりも喜多川博夢の胸のまえに現れた男が一人。繋にはそれが誰だかすぐにわかったが、最早名前を出すのも億劫だった。

「はっ笑わせるぜ、高等部で満足しているっていうんだからな。所詮は高等部は子供だよ、子供。大学にはまだまだ色んな素敵なものがあるんだぜ、坊や」
 そう言い放ったのは喜多川研の八十神九十九だ。この間まで女子高生女子高生連呼していた彼はどこに行ったのだろうか。
「はい、俺、まだ甘かったです。もっと精進します……」
「なかなか見所の有る少年じゃないか。あっちに行ってもうちょっと話をしようか」
 傍から聞くとしょうもないにも程が有る会話を繰り広げると、二人は教室の片隅へと歩いていった。もう放っておこう。


 今度は繋の前に紙皿が差し出された。更にはケーキ、そしてプラスチックのフォークが載っていた。
「ああ、ありがとう」
 紙皿を受け取ると紙皿の端が少しだけ濡れている。皿を差し出した主は奏だった。
「悪いな、皿がちょっと濡れていて。これは……」
「いいって、訳は聞かないでもわかるから」
「そうか、いや、だがあれは魔性というか不思議なオーラを放っていてだな」
「だーかーら、もうそれはいいって」
「ああそう。しかし人が集まったものだな」
「そうだね、突発企画としては成功なんじゃない? スポンサーの力が大きかったんだけどね」
「いや、委員長の力だと思うぞ。委員長と、それに前委員長のな」
「そこで自分を持ち上げるあたりさすがだよね、あんたは」

 ケーキにフォークを突き刺しながら繋は笑った。こうして、心から笑うようになったのは奏が来てからだと思う。
 その代償としての苦労はとんでもなく大きかったが、自分は今、幸せな記憶を積み重ねているのだろうと、ふと思う時がある。

「なんかさ、こーいう楽しい時間がいつまでも続けばいいのにって思わない?」
「さあ、どうかな? 今は間違いなく楽しいけど……きっとそれだけじゃ俺は許されないんじゃないかと思うんだ」
「許されないって何に?」
「多分、俺の過去に」
 いつになく、真剣な奏の表情と、そして言葉に繋の胸は不安にかき立てられた。

 いつか、彼が全てを思い出してしまったら、この騒がしくも楽しい日々も、繋と奏の間に出来た絆も、菅誠司や立浪姉妹や、西院茜燦など、二人とこれまでに関わって来た人たちとの絆も全て失われてしまうのだろうか?
 そんな事はない、と繋は自分に言い聞かせるより他なかったが、彼女の胸の中に不安が泥のようにこびりついていた。





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