【初恋の秋~もしくは……なハロウィン~】


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 東京湾の真ん中に浮かぶ人工島、双葉学園。
 その遥か上空数百メートルに人影が五つ浮かんでいる。
 そこへ新たにもう一つの人影が舞い降りて来た。
「はて、私が面会を希望したのは、醒徒会のトップの方々だったハズですが」
 人影は五人が浮かんでいる所へ着陸する。
 元々そこにいた五人は皆老齢、そしてやってきたのはまだ少年と青年の境にいるような若者だった。
「トップならオレの方が早いだろう。オレは双葉《ふたば》管理《すげとし》、正真正銘この学園のトップだぜ」
 五人の中心に立つ男が言う。
「まあ、良いでしょう。せっかくこんな素敵な所にテーブルを用意して下さったんですから、お付き合いしますよ」
 若者は男を値踏みするように一瞥し、ふんと鼻先であしらいつつ返事を返した。
「率直に言おう。お前の要求を飲む気は無い。今すぐ立ち去れば良し、さもなくば我々が相手になる」
「聞く耳持たずという訳ですか。あなた方にとってもナイトヘッドの討伐は無益な事ではないでしょうに」
 一方的に話を打ち切る管理の態度に若者は肩をすくめる。
「化物《ばけもの》同士潰し合えば良い。弱った所を我々がまとめて狩ってやる」
 脇に控えている機械の鎧に身を包んだ老人が憎しみを隠さずに言い放つ。
「では、そうですね……時節にちなんでトリックオアトリートといきましょうか?」
 若者はいい事を思いついた様子で、指を鳴らした。
 すると虚空から突然紙の束が現れた。
「素直に我々と同盟を組むか、リストにある生徒を差し出せば良し。差し出さなければちょっとしたイタズラに付き合ってもらいます」
「化物ぶぜいが調子に乗るな!」
 月光に剣閃がきらめき、リストがそれを差し出す右手ごと切り落とされた。
「まったく、古き者は人間もラルヴァも変わりませんね。今度はこちらの要求通り、生徒の代表と交渉させて頂きたいものです」
 落下していく自分の手を眺め、若者がつぶやく。
 老人達はこれからやってくるであろうイタズラに備えて、各々の武器を構える。
「それでは、ハッピーハロウィン」
 しかしそれだけ言い残して、若者の影は突然闇夜に消えた。
「皆、無事か?」
 全員が不気味な不可解さで身動きできずにいるなか、管理が口を開いた。
「正直生た心地がしなかった。奴がその気になればここにいる全員生きては帰れなかっただろう」
 短い直刀を逆手に構えた老人が答える。
「この五人でもか」
 いずれも一九九九年のあの事件よりももっと以前から、日本を裏から護り、支えてきた実力者である。
 急な召集であった為に最強とまでは行かないものの、ワンオフと対峙しても決して見劣りしない戦力だったはずだ。
「時代は変わる、ワシももう孫には勝てんようにな」
 五人の中で唯一の女性である巫女装束の老女が、遠くを眺めて言った。
「ワンオフ一九九番、ニューオーダーか」
 管理は改めて、今さっき自分達が対峙していた化物の底の知れなさを思い知った。


        ◇        ◇       ◇


 十月三一日、ハロウィンというイベントがある日でも、授業は特に短縮することなく通常通り行われる。
 午後の三時を回った今、二階堂《にかいどう》睦美《むつみ》が所属する中等部一年F組は掃除の時間だった。
「聞いたぜ睦美。お前の兄さん、また一人でラルヴァを倒しちゃったんだって?」
 同じ掃除班の男子、篝《かがり》悠斗《ゆうと》が無邪気に話しかけてくる。
「う、うん」
 睦美はどこかぎこちなく答えた。
 中等部に上がって、最近何だか急に男子の事が気になりだした。
 侍郎を除く四人の兄達に良く懐き、男子とばかり遊んでいたのに、みんな声が低くなったり、体つきがちょっとがっしりしてきて自分との違いが出てきたからだろうか。
 特に初等部からずっと一緒に遊んでいた悠斗は、いつもの調子で話しかけてくるのに、睦美は今までのように返せなくなってしまう。
「すごいよなあ。俺もどうせなら、あんなカッコイイ力が欲しいぜ」
 そこに同じく掃除当番の上原も話しに加わってきて、悠斗と二人で箒を振り回してチャンバラを始めた。
 テレビの変身ヒーローをそのまま再現したような二階堂兄弟の能力は、まだ能力が発現していない者が多い中等部の生徒には憧れの存在である。
 そんな兄達――侍郎を除く四人の後を常に付いていったせいか、どうも睦美は女子という感じが少なくて話しやすいらしい。
「とりゃぁ!」
「はあぁぁ!」
 初めはじゃれ合う程度だった悠斗と上原のチャンバラも、段々とエスカレートしてきてちょっと危なくなってきた。
「ちょっと、やめなって」
 クラス委員もやっている平山《ひらやま》結衣《ゆい》が注意するが、本人達には恐らく聞こえていないだろう。
(仕方ないなあ)
 睦美は持っていたモップを壁に立てかけ、勢いを付けるために距離を取っている二人の間に歩いていった。
「やぁ!」
「とう!」
 チャンバラに夢中になって周りの事が見えていない悠斗と上原は、睦美の存在に気付かずに突っ込んでいく。
「危ない!」
 結衣が必死に叫ぶが、勢い良く振り上げた箒は急に止められない。
 当たる――誰もがそう思って目を閉じた。
 しかし一瞬後聞こえてきたのは箒の柄が睦美を打ちつけるイヤな音ではなく、睦美の何事も無かったような声だった。
「さっさと掃除終わらせちゃおうよ」
 その両手にはそれぞれ悠斗と上原の箒の柄が握られている。
 幼い頃から兄達によって自然と鍛えられてしまった睦美にとって、素人の打ち込みなど大した問題ではない。
「お、おう。ごめんな、二階堂」
 驚かせてしまったのか、上原は引きつった笑みを浮かべて掃除に戻った。
 そのあと急に真面目になった上原の働きもあって、掃除はすぐに終わった。

 帰り道、方向が同じ睦美と悠斗は一緒に帰っていた。
 少々ばつが悪そうに悠斗が話しかけてくる。
「さっきは悪かったな、怪我とかしてないか」
 悠斗は睦美の手を掴むと、顔の前に引き寄せた。
「あ、あたしが悠斗なんかの打ち込みで怪我するはず無いでしょ」
 自分の手を見る悠斗の真剣な眼差しに思わずドキドキしてしまった睦美は、少し乱暴に手を引く。
「な、何だよ」
「なんでも無い」
 睦美が数歩先に駆けていって、さっきまでとはまた違った沈黙が流れる。
「あ、むっちゃ~ん」
 そこに後ろから声がかけられる。
 声の主は睦美の双子の妹、那菜美《ななみ》だった。
 パタパタと駆け寄ってくる那菜美の動きに合わせ、シルクのような細くさらさらな髪は光を透かして輝き、中一にしてDカップまで育った胸がゆさゆさと揺れる。
 ショートカットで、つい先週も男子と間違われた睦美とはえらい差である。
「悠斗くんも、今帰り?」
「お、おう」
 那菜美が向ける屈託ない笑顔に、悠斗は顔を真っ赤にしている。
 その様子を見れば、どんなに鈍感でも悠斗が那菜美に好意を持っている事にすぐ気が付くだろう。
 それは睦美にとって、一番見たくないものだった。
「なあ、今日のハロウィンパーティー、那菜美ちゃんも来るんだよな?」
「うん、久しぶりだよね、みんなで遊ぶの」
 ニコリと笑う那菜美の笑顔を見て、悠斗の顔もニヘラとだらしなく緩む。
 その顔を見て睦美は訳も無くイライラした。 
「あ、那菜美はここまでだよね。私たちこっちだから」
 少し早足で歩き、交差点に差し掛かった所で那菜美に対してきつい口調で言ってしまう。
「う、うん? じゃあまた後でねぇ~」
 寮住まいの睦美に対して、那菜美は3LDKの侍郎のマンションの部屋を一つ借りて住んでいる。
 今日に限っては、それに救われた気がする。
 もう少し一緒の道が続けば、もっとひどい事を言ってしまっていた気がする。
 しかし、悠斗にしてみれば面白くない。
「何だよ、さっきは急に那菜美ちゃんの事追い返すみたいにしてさ、最近のお前ちょっとおかしいぞ」
「おかしいのはそっちでしょ? 那菜美だけちゃん付けにしていやらしい」
 ただちょっとは自分も気にかけてほしいだけなのに、口から出てくる言葉は必要以上に刺々しい。
 そんな風に自分が上手く抑えられない事に睦美自身も戸惑っていた。
「はあ? お前の方から呼び捨てで良いって言って来たんじゃんか。訳わかんねーよ」
 本気で怒っている悠斗の様子に、睦美は思わず泣きそうになった。
 というか実際に泣いていたのかも知れない。
「……とにかくパーティーまでには機嫌直しておけよな」
 睦美はただ、途中で勢いを殺がれたように吐き捨てた悠斗の背中を呆然と見送った。


        ◇        ◇       ◇


 少年は急いでいた。
 時刻は午後五時前、日が傾き始めた頃である。
 完全に日が暮れてしまったら本格的な仮装パーティーが始まってしまう。
 それまでに友達と合流したい一心で走っていたため、周りへの注意が不足していた、
 ドンと、壁にでもぶつかったような衝撃を受けて、少年は弾き飛ばされる。
「痛たぁ、あ、すいません」
 慌てて謝った少年に返ってきたのは、フシューという獣のような唸り声と、奇妙な浮遊感だった。
 それが殴られた衝撃で飛んでいるのだと、少年は壁に激突してから意識を失うまでの間に理解した。
 それはハロウィンという仮装が珍しくない日でなければ、防げた事だったかも知れない。
 少年を襲った怪人は、仮装の人混みに飲まれ消えていった。


        ◇        ◇       ◇


 中等部の駐輪場前、話し合いの結果集まるメンバーの集まりやすさやこれから街に行く時の交通の便を考えて集合場所はここに決めた。
 しかしパーティーの待ち合わせの時間までに集合したのは、結局睦美、那菜美、悠斗の三人だけであった、
 他に予定していたメンバーは、やはり二人だけで行動したいと言い出したカップルが一組と、連絡不能が一名、予定の半分の人数である。
「何だよ。恋人ができたらそっち優先かよ」
「それは仕方ないよ、恋人同士過ごすのも素敵だもん」
 苛立つ悠斗を那菜美がなだめる。
「まあ、そうだよな。しゃーない、しゃーない」
 悠斗はさっきまで怒っていたとは思えないくらい、ころっと意見を変えた。
「ごめんなさいね、お邪魔虫で」
 睦美はそれが面白くなくて、また嫌味を言ってしまう。
「バ、……だ、誰もそんな事言ってないだろ!」
 悠斗が顔を真っ赤にして、慌てて否定する。
「そうだよ。それなら私が邪魔者じゃない」
「「誰がコイツと」」
 一字一句違わず、完璧なタイミングで睦美と悠斗の声が重なる。
「へ……違うの? そんなに息ピッタリなのに」
 那菜美は不思議そうに首をかしげた。
「まあいっか。それよりもジャーン」
 ごそごそと那菜美が足下の鞄から物を取り出した。
「えへぇ、家庭科の授業で作ったんだよぉ」
 そう言って誇らしげにカボチャのランタンを掲げる。
 真ん丸な目玉と複雑な形で笑みを浮かべる口元、那菜美の器用さがよくわかる出来栄えである。
「ほらぁ、むっちゃんも」
「……う、うん」
 促されて睦美も自分が持ってきたランタンを取り出す。
 いびつな目玉にボロボロとゆがんだ口元、不気味さという点では那菜美の物に数段勝っていた。
「今日はこれにロウソク入れて持って歩くんだぁ」
 那菜美はさらにまた足下でごそごそとやり始める。
「あれ、おかしいな」
「どうしたんだよ?」
 しばらく経っても那菜美が反応しないので、悠斗が声をかけた。
「チャッカマンに火が点かなくって」
「しょうがないなぁ、見てろよ」
 集中する悠斗の指の先に火の玉が現れる。
「すごぉい」
「へっへー、俺の必殺技だ。鉄砲みたいに撃ち出すこともできるんだぜ」
 那菜美に褒められ、悠斗は得意気に胸を張った。
「じゃあ、今度はあたしも……」
「ほら、睦美も早く火を移してもらえよ。俺はまだあんまり力が使えないんだよ」
(あたしには能力を使ってくれなかった)
 ほんの些細な事が睦美を傷付ける。
「じゃあ、準備も済んだしいつまでもここに居てもしょうがないから行きましょうか」
 睦美はこれ以上後に引きずらないように言い聞かせ、話題を変えた。
「あ、じゃあ最後に……」
 そう言って那菜美は髪の毛に手を入れた。
「合体変身!」
 髪の中に何か仕込んであったらしく、那菜美の体からまばゆい光が放たれる。
 それが収まると中から、黒いドレスに身を包んだ那菜美が現れた。
「じゃじゃーん黒薔薇の魔女バージョン」
 全身スーツの兄達と違い、このフリルとレースが大量にあしらわれたゴスロリ調の格好が那菜美の合体変身後の姿である。
「カボチャと合体してもジャック・オー・ランタンにはなれなかったんだぁ」
(良いなぁ)
 睦美は可愛らしさの欠片もない自分の変身後の姿を思い浮かべ、憂鬱な気分になった。
 睦美の衣装はネコ耳カチューシャにフェイクファーの尻尾や手袋という、わざわざ仮装しなくても学園では大して珍しくもない格好である。
(いけない、またウジウジしてる)
 睦美はとにかく気分を変えようと歩き出した。


 異能の使用、そのためには相応の魂源力が消費される。
 那菜美が行っている合体変身も例外ではなく、変身している間は微量ながら常に魂源力が外に漏れ出ている。
 それに反応しラルヴァは既に動き出していた。


「きゃあ」
 突如飛び出た何かに、那菜美が殴り飛ばされる。
 それは全身灰色で顔が無い奇妙な人影だった。
 顔がないというのは正確ではない。
 そののっぺりとした頭の一部が横に裂け、中から不自然なほど尖った牙が覗く口となった。
 他のパーツがない分より凶悪な印象である。
 仮装などではなく、確実にラルヴァであった。
「痛ぁい」
 瓦礫の中から割とケロリと那菜美が起き上がった。
 例え素肌が見えている部分であっても、合体変身中は並の攻撃は受け付けないのだ。
 グルルと喉を鳴らしてラルヴァが辺りを見渡すように首をゆっくりと左右に振る。
 そしてキシャーと声を上げ、悠斗に飛びかかった。
「薔薇棘鞭刃《ローズ・ウィップ》」
 那菜美から伸びる蔦《つた》がラルヴァを空中で絡め取ると、そのまま地面に叩き付けた。
「那菜美!」
「ここは大丈夫だから早く行って!」
 目が合った那菜美の表情は、相手が決して楽な相手でない事を告げている。
 変身のできない睦美とラルヴァの目標らしい悠斗、二人を守りながら戦える相手ではないだろう。
「悠斗! こっち」
 睦美は悠斗の手を取りその場から駆けだした。
「いや、俺は残る」
 しかし悠斗は睦美の手を振り払い、その場に踏み止まった。
「はあ!? 何言ってんの! アンタが狙われてんのよ」
「だから残るんだよ。俺が戦わないといけないんだ」
 悠斗は拳を握り込んで、ラルヴァに対して身構えている。
 足が震えていないのはまだ良いが、どう見てもガチガチに緊張していてまともに戦える状態ではない。
「あんな小さな火の玉で何ができるの?」
 那菜美の攻撃は、魂源力を使う特殊攻撃が主体である。
 変身自体にはあまり魂源力を使わなくても、長時間の戦いには向かないため、今は一刻も早くここを離れる必要がある。
「くぅ……むっちゃん、早く……」
 こうしている間にも、縛り上げられたラルヴァは抜け出そうと必死に抵抗してる。
 ギチギチというイヤな音が辺りに響く。
 地の底から響くような唸り声をあげて、ついにラルヴァが那菜美の蔦の拘束を引きちぎった。
「きゃあ!」
 急に均衡を崩された那菜美が尻餅をつく。
 その隙を逃さずラルヴァが那菜美に突進する。 
「このぉ!」
 叫び声と共に悠斗が火の玉をラルヴァに向かって放つ。
 着弾した火球はパチンと情けない音を立てて弾けた。
 ラルヴァは虫にでも刺されたように、軽く手を当てて悠斗に振り返る。
 見たところ全くダメージは無さそうだ。
「ダメか……」
 悠斗が火球を飛ばせるのは一日三発が限度である。
 一発は既に使い、今の一発では注意を引くくらいしか出来なかった。
 つまりどう逆立ちしたところで悠斗にはこいつは倒せないという事だ。
 悠斗は根拠の無い勝てるという思い込みが否定され、改めて相手が人外の怪物だと思い知った。
 恐怖に血の気が引き、足が竦んで動けなくなる。
 睦美は今度こそ強引に悠斗の手を引き駆けだした。
 ラルヴァもそれを見逃すはずもなく、すぐに追いかけてくる。
 走れる状態ではない悠斗を引っ張っている睦美と、人間を超越した脚力を持つラルヴァ。当然比べるべくも無く、ほんの数秒ですぐ後ろにラルヴァが迫ってきた。
 ラルヴァが大きく腕を振り上げる。
「華厳裂斬肢《かごんれつざんし》」
 またも良いタイミングで引きちぎられたローズ・ウィップを再生し、那菜美がラルヴァを滅多打ちにする。
 ギギギと音がするほど歯を食いしばり、ラルヴァは那菜美に向き直った。
 悠斗を追いかけるには、先に那菜美を排除しないといけないと判断したらしい。
「絶対、絶対すぐに戻ってくるから!」
 睦美は振り返らずに叫んで走り出した。

 睦美と悠斗はとにかく人が集まっている場所を目指した。
 目標は二つ。
 強い人を捜してあのラルヴァを倒してもらうか、睦美が合体できる両生類を見付けて自分で何とかするかだ。
「アンタ、いつまでボーっとしてるつもりよ」
 交差点にさしかかったところで、睦美はついにいつまでも自分から走ろうとしない悠斗にいらだちをぶつけた。
「な、なあアレ……」
 しかし悠斗はまじめに取り合わず、路地裏の一辺を指さす。
 そこには、一人の少年が横たわっていた。
「松井?」
 それは一緒にハロウィンを見て回ろうと約束していた内の一人、松井《まつい》恭二《きょうじ》だった。
 単に寝ているのか何かトラブルでも起こったのか、睦美と悠斗は松井に駆け寄った。
「ええと、とりあえず息はしてるみたいだけどどうすりゃいんだよ?」
「あたしにもわかんないわよ」
 揺すってみたら起きるような気もするが、頭を打っていたら揺らすのは良くない。
 保健の授業でほんのさわりの部分を習っただけの中学生二人には、対処できる問題ではなかった。
 しかし友人をこんな所に置いて行く訳にもいかず、睦美も悠斗もただ立ち尽くした。
 こうしている間にも那菜美はラルヴァと戦っている事を考えると、悠長に迷っている時間もない。
「どっか、人のウチに運んで面倒見てもらおうぜ」
 悠斗も同じような結論に至ったらしく、松井の腕を持ち上げた、
「……う、ううん」
 そこで、松井が目を開けた。
「あれ……、悠斗、睦美、何で?」
 起き抜けで寝ぼけているのか、松井の声はやけにのんびりしている。
「何でじゃないわよ! いったい何があったの?」
「……そうだ! 俺、ラルヴァに襲われて……あのラルヴァはどうなったんだ?」
 思い出した松本が急に辺りを見回す。
 こんな狭い範囲にそう何体もラルヴァがいるとは思えないので、松井が襲われたのは自分たちが見たのと同じものだろう。
「なあ……、そのラルヴァってアイツの事か?」
 悠斗の目線の先に、先ほどのラルヴァらしき人影があった。
 だいぶダメージを負っているのか、のろのろとした足取りで辺りを探っている。
「ねえ松井アンタ、カエル出せる? イモリかサンショウウオでも良いけど」
「何だよいきなり?」
 睦美は松井の肩を掴み問いかける。
 松井の能力は生き物の召喚である。
 ラルヴァが悠斗の存在を気取ったらしく、多少確かな足取りとなってこちらに向かってきた。
「いいから早く」
「ちょっと待ってろ」
 松井が、何もない空間から本を呼び出した。
 詳しくはわからないが、その本に載っている実際に会った生き物を呼び出せるらしい。
「あった! 出でよガマラス」
 ドロンという効果音に煙といういかにもな演出に彩られ、一匹のヒキガエルが現れた。
 同時に路地の入り口までやってきたラルヴァが腕を振り上げた。
 振り下ろされた腕が伸びて、砲弾のようにまっすぐ悠斗に向かう。
「さがって」
 睦美はカエルを掴み取って、悠斗をかばうように前に出て叫ぶ。
 慌てていた悠斗は突き飛ばされ、その場に尻餅をついた。
「合体変身!」
 声とともに突然光りだした睦美の未発達なボディーラインがハッキリくっきり浮かび上がった。
 周りにいた少年達はしっかりバッチリそれを見てしまった。
睦美の変身は続き、先ず脚にブーツアーマーが現れる。
 次は腰に申し訳程度の鎧がぶら下がっている際どいビキニパンツが現れ、最後に冗談の様なカエルの顔の形をした事胸当てが現れて変身の完了だ。
 いわゆるビキニアーマーと呼ばれる格好である。
 八〇年代テイストバリバリだった。
 そんな姿になった睦美が、間一髪ラルヴァの腕を受け止める。


 悠斗が釘付けになったのは煙を上げる右手――ではなく、目の前に現れた生尻だった。
 キュッと健康的に引き締まりながらも、女性らしい丸みを帯びた睦美のヒップラインである。
 頭上の敵を蹴り上げるときに尻たぶからのぞくTバック、着地のときにぷるんと波打つ弾力。
 普段異性として意識した事がなかった睦美の、それも魅力を知らなかった臀部から目が離せなくなっていた。


(は、恥ずかしいよぅ)
 睦美は恥ずかしさのあまり赤面していた。
 できる事ならこの場にいる全員の記憶が無くなるまで殴ってやりたいところだが、今は時間がない。
「悠斗、アンタの火の玉まだ撃てる?」
 ラルヴァの表面は予想以上に堅かった。
 睦美達と同じように魂源力を纏っているのも考えると、睦美の打撃では有効なダメージは与えられないと判断した。
「あと一発なら何とか……」
 悠斗は自分の手を見つめて答える。
「でもダメなんだ、俺の能力じゃあいつは倒せない」
「大丈夫。あたしが合図したら全力で撃って」
 悠斗を安心させるように微笑みかけて、睦美はラルヴァに突っ込んでいった。
 睦美の飛び膝蹴りが、綺麗にラルヴァに入る。
 そのままラルヴァの真上に来たところで、腕を振りおろした。
「ガマの油!」
 睦美の手から激流と化した油が放たれ、ラルヴァの全身を叩き付ける。
「今よ! 撃って」
「うおぉぉぉ!」
 悠斗は全力で魂源力を絞り出し、指先から火球を飛ばした。
 着弾したそれは油に燃え移り、ラルヴァの全身を炎で包む。
 ラルヴァは苦しそうにもがきながらも、手足を振り回して抵抗しようとしていた。
「これでもダメなの!?」
 今の睦美にはこれ以外に特殊攻撃の手段はなった。
 こうなったら、一か八かやってみるしかない。
 睦美は改めてラルヴァに対して構えをとった。
 と、そこに睦美の背後から那菜美の叫びが聞こえた。 
「風華円舞陣《ふうかえんぶじん》」
 バラの花びらの激流がラルヴァを飲み込む。
 断末魔の叫びさえも閉じ込め、その花びらごとラルヴァは跡形もなく燃え尽きた。
「えへへ、逃げられちゃった。ごめんね」
 花びらがやってきた方から、右肩をだらりと垂らし、足を引きずるようにしながら那菜美がやってきた。
 よろめく那菜美を、睦美はしっかりと受け止めた。


        ◆        ◆       ◆


 上空数百メートルに睦美達の戦いを見下ろす人影があった。
「まさか、あの力無しに私の右手を倒してしまうとは」
 契約によって地獄へ墜ちる事無く、その行いによって天に召される事も無い永久《とこしえ》の彷徨者ウィル。
 エレメントになる事もなく、純粋な魂のままで存在する力を適合者に乗り移させる。
 当初の計画ではそうなるはずだった。
 ところが事態は彼の思惑を外れ、ウィルに頼らず右手は倒されてしまった。
「仲間、ですか」
 素晴らしい。
 そして実に興味深い。
 やはり新しき者は可能性に満ちている。
 ニューオーダーは満足気な笑みを浮かべ、再び夜の闇へと消えていった。


        ◇        ◇       ◇


 篝悠斗は悩んでいた。
 自分が好きなのは二階堂那菜美、そのはずだ。
 なのにあの日以来、睦美の事が気になって仕方ないのだ。
「おはよう」
「お、おう」
 こうして挨拶程度に顔を合わせるだけで、あの尻を思い出して顔が熱くなってしまう。
 あのキュッと引き締まったライン、ぷるんと弾ける弾力。
 触りたい。
 指でちょっと突いてみたり、手で撫で回して曲線美を楽しみたい。
 もっと言えば思い切り揉みしだいて、顔を埋めてその感触を実感したい。
 そんな欲望が次々と浮かんできて、自分でも押さえきれないのだ。
 だが何故かそんな自分を見て最近機嫌が悪かった睦美の機嫌が直ったので、しばらくはこのままで良いのかもしれない。
 篝悠斗はとりあえずそう結論づけた。



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