【オニ×モモ 2】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。


 俺の地獄そのいち。
 かいつまんで言うと、
『朝、寮まで迎えに来てー』
 という内容のメールが夜の間に来た。
 これは健全な男子高校生にとってはいきなりハードルが超でけぇ。
 鬼かお前は。
 さて、冷静に考えて欲しい。
 通学時間の女子寮だ。そう、女子寮ですよ?
 そんな所に男子生徒が行って、生きて帰る保障がどこにあるというのか。いや普通に可能性ゼロだからこれ!
 大豆弱点がバレて不良どもに追いかけられるより先に風紀委員に追いかけられるだろう、確実に。
 数日しのげねぇよこれ。
 ……そんなワケで、俺は携帯電話のメール機能に悪戦苦闘しながら返答を返し、せめて寮の近くの道まで、と譲歩案を引き出した。
 二時間ほどかかったがな。
 なれないなあ、メールって。ていうか普通に電話使えばいいのに。




 さて、荷物持ちとかぐらいはさせられるんだろうなあと思ってたわけだ、俺は。
 その考えが甘かった。
 みんなも一度ぐらいは父親にされたことがあるだろう。え? 父親とは壮大な裏設定と過去設定のうえ生き別れたので顔も知らない? そんな主人公設定な特殊な人の家庭事情まで鑑みる余裕は今の俺には無い。
 話を戻そう。
 俺が強要されたのは、ありていにいうと、あれだ。
 肩車。
 うん、無理だ無理だ無理無理無理無理!
 なんで同学年の女の子(そう、驚いたことにこの吉備津すももは俺と同学年の高校二年生だった。中学生とばかり思ってたぞ)を肩車して登校するなんて羞恥プレイせにゃあかんのだ!
 いきなり俺の社会的立場が壊滅的になる。これならまだ大豆アレルギーですと看板かかげて歩いたほうがマシだ!
「えー、なんでよ」
「常識的に考えろ! そんなので登校して恥ずかしくないのか!」
「は、恥ずかしいけど……」
 顔を赤らめて目を逸らすしぐさ。
 確信犯だコレ!
「……まあそれは冗談だよ?」
「いっていい冗談と悪い冗談があるって事をお前はまず知るべきだと思うご主人様」
 はにかみながらいうんじゃねぇ。キモが冷えたわ。
「おんぶで!」
「肩車より現実的なだけにもっと恥ずかしい!」
 そういうシチュエーションはせめて下校時だ!
 人の沢山いる登校時にやるもんじゃない。
「じゃあ馬になりなさい」
「アテナの生まれ変わりの財団お嬢様か貴様は!」
 俺に幼馴染兼ライバル(初期設定)のユニコーンがいたら喜んで譲るわ。いないから無理だ! ていうか居ても縁切るよあんなマゾ馬!
「冗談だよって」
「いちいち判りづらいんだよ」
 額を押さえてため息をつく。寿命がいちいち縮む気がするわ。
「荷物持つからそれで勘弁してくれ」
 俺はそう言いながら、すももに手を出す。
「え?」
「えじゃねぇ、荷物だよ」
「そんな、持ってもらうのは悪いよ……」
「今までの仕打ちは悪くないと!?」
 どんな判断基準だよ。
「というか、早く行かないと遅刻するよ、晃一くん」
「誰のせいでこんなロスタイムを喰らったと思ってんだ!?」
 間違いなくお前のせいだ。
 というか周囲の連中がクスクスと笑ってやがるし。
 すげぇ恥ずかしいんだが。




 俺の地獄そのに。
 昼食。
「一緒にごはんたべようよ」
 なんて言ってきやがったし。
 俺は当然警戒する。
 人の弱みを握って言うことを聞かせようとする女のことだ。
 まず間違いなく、大豆食品を食わせようとしてくるに違いない。学食とかに連れ出して。
 だがそうは問屋が卸さねぇ!
 俺は中学の頃からてめぇで作った弁当持参なのだ!(正確には母親と姉とでローテーションして作っている)
 こと食事に関しては俺は双葉学園髄一の陰謀論者である。
 何処に大豆が混入されているかわかったもんじゃないからな!
 いや、別に俺を狙っていると思い込んでいるわけじゃないことは一応付け加えておくが。
 つまり。
 俺はこの弁当をちゃんと食べれば、それで命は助かるというわけだ。
 くっくっく、罠に嵌めたつもりだろうがそうはいかんぞ、吉備津すもも!
 というわけで昼休み、俺は意気揚々と指定の場所へと赴く。
 だがその道中……

 ぐううううううううう。

 地響きが聞こえた。
 この音は……地震? 
 いや、違う。
 知っている。俺は、いや、俺達は知っている。
 双葉学園に生きる者なら知っている。
 そうだ、今日は教職員の皆様の給料日前。
 嗚呼……そうだ、これは。

「おなか……すいたよぅ……」

 小柄な女性が行き倒れている。
 春奈・C・クラウディウス。
 通称せんせーさん。
 別名・双葉学園一の不幸さん。
 彼女の胃袋の音だった。
 ……うわさには聞いていた。
 彼女は、給料日前に財布を落とし、給料日直後に給料袋を落とすのが日常茶飯事だと。
 ……もしかして、俺みたいに何かの子孫で弱点のみを血に受け継いでるタイプとかじゃないだろうな?
 貧乏神の子孫とか。しかも他人を貧乏にするんじゃなくて自分が貧乏になるタイプとか。
 うわ、俺より洒落んなんねー。
 閑話休題。
 さて、不幸なことに、今俺がいる所は、ちょうど人通りがなくて。
 俺とせんせーさん、マンツーマン。
 もし俺がこのまま通り過ぎたら、明日の学園新聞にせんせーさん餓死の記事が載ってしまう可能性が高い。
 ……さて諸君。この場合、人として俺はどうすべきだと思う?
 ちなみにせんせーさんは俺に気づいてない。
 ははは、決まっている。
 当然だよな?
「ごめんなさいっ!」
 そう叫んで俺は、せんせーさんに近寄り、弁当の包みを置く。
 ごめんなさい俺。
 俺は自分を裏切った。
 自分自身を裏切ってしまった。
 たとえどんなに周囲から後ろ指刺されて馬鹿にされても、自分自身が誇れるのならそれでいい。そう思っていたはずなのに。
 俺は、そんな自分自身を裏切ってしまったんだ!
 そして俺は後ろを向いて駆け出す。
 向かう先は指定された中庭。
 こうなったら、覚悟をきめるしかない……!



「落としたんだ、弁当。でもわたし、ふたりぶん作ってきたから大丈夫だよ?」
 うわあい。
 中庭に備え付けられた白い椅子と机。そこにちょこんと腰掛けて笑顔で言ってくるすもも。
 用意周到だなコノヤロウ。
 小さな親切大きなお世話とはこの事だ。
 よたよたと慌てながら弁当箱を取り出すすもも。その指には絆創膏が貼られている。
 こやつ、俺が反抗した時に備えて訓練で瓦割りでもやってやがったか。
 だが安心しろ。あと数日、引越しの準備が整うまでは俺は従順な振りをしてやるさ。
 俺がそう悲壮なる決意に浸っている間に、すももはその弁当を広げる。
「……」
 悪意がすげぇ見える。
 なんだこの、顔の弁当は。
 俺か? 俺の顔か? 食材で顔を作ってるし。
 意図がまったく見えネェ。いや……これは、そうか、そういうことか。
 共食いしろ、貴様ら鬼の末路はそうだ鬼畜め、と無言の主張なのか!
 こうやって精神的に俺を屈服させるつもりか、なるほど豆尽くし弁当で直接的に攻撃してくるとかよりも、よほど静かなる暴力だ!

 そして悔しいことに、共食いは何故か実に美味かった。
 冷えてもべちょべちょになったり硬すぎたりしないように絶妙に炊かれたご飯。
 甘く焼かれた玉子焼き、サラダポテトも実に絶妙な加減。
 ハンバーグもちょうどよく焼けている。しかも肉汁が他に流れていない、しっかりとした焼加減だ。
 正直、母や姉の作ったのより……美味い!
 つまり、こういうことか。
 俺は、フォアグラとでもいうつもりか! 肥やせて飼いならすのか! 吉備津すもも……おそろしい子!
 だが狙いさえわかればどうとでもなる。
 切り札は先に見せるな、だ。先に俺にこの手を見せたことを公開するがいい。
 俺の方が美味いと言わせてやる!
「おいしい……?」
「あ、ああ。俺も料理を作るけど、中々に美味いと、思う」
 俺も、を強調する。
 俺だって負けてねー、と言外に含ませる。
 駆け引きだ。
 家来扱いされようと、それでも俺の方が料理が美味いということだけは譲れねー。
 人には譲れないものがあるんだ!
「ほんと!?」
 俺の企みを知ってか知らずか、喜んでやがる。
 術中にハマったと思って喜んでいるのか? だが足元をすくわれるという事実を見せてやる。
 俺はさりげなく提案する。
「じゃあ、明日は俺が弁当作ってくるよ」
 さりげなく、だ。
「え? いいの? 何か悪いよ。き、今日のは私が勝手にやっただけだし、ううん、ていうか家来にそんなことさせられないもん」
「家来だからするんだよ」
 下克上という言葉を実行するためにな!
 思い知らせてやる、俺の料理の腕を! そして貴様は俺にひれ伏し、俺のほうが料理が上手いと認めることになる!
 ……あれ? なんか忘れてるというか、最初と目的がずれてきはじめた気がするが……
 まあいいか。忘れたものは所詮はその程度のものって事だ。大切なことなら思い出すだろう、うん。
「あ、うん、まあ確かに、家来の心遣いを無碍にしちゃ……いけないよね」
 顔を赤くしているすもも。 
 コノヤロウ。
 俺にこんな共食いさせておいて、自分は酒でも飲んでるんじゃあるまいな。
 外見お子様の癖に酒なんて犯罪だろうが。まあいい、それを告発することも可能だがそこは我慢しておいてやろうじゃないか。




 まあ、そんなこんなで他にもひどい目には沢山あった。
 一番ひどいのが、なんというか性犯罪者を見る目で見られたりしたとかさあ!
 だから俺は背が高い女の子が好みなの!
 来んじゃねぇよ風紀委員!
 誰だよ、「ヤンキーが小学生女子を連れまわしてる」と通報したバカは! 連れまわされてるのは俺だ!
 ていうかどこのヤンキーがファンシーショップに連れまわすんだよちったぁ頭使って考えろ!
 ……とまあ、全てを事細かに書くと軽く死にたくなるのでそのくらいにしておく。

「そんなワケでくそむかつくわけだ」
 俺は朝の教室で、友人Aこと花咲くんにそう愚痴る。
「お前、バカだと思う」
 だが花咲は開口一番そう言い返してきた。
「何がだよ。そりゃお前より成績悪いけど、お前トップクラスだろうがこの野郎」
「そういう所がバカだって言ってんの」
「判るように言え」
「鈍感って事」
「痛みには敏感なほうだぞ」
 主に心の痛みに。
 ここ二日、鬼よりも鬼畜な桃太郎に虐められているからな。
 マゾだったら快楽に悶絶死してるところだ。
「うん、お前は壁に血の華咲かせて死ねばいいと思う」
 無礼なこと言うやつだなこのアホは。
 だいたい、それならこないだやったよ。壁じゃなくてアスファルトにだけど見事に血の華咲かせたわ。
「まあいいけどさ。その吉備津さん、先生に呼び出されてたよ」
「ほう、そりゃまた」
「不良と有名で評判の悪い浦尾晃一と一緒にいたら、優等生としちゃねぇ」
「俺はまず不良じゃないしそこを訂正してもらおう。というかあいつ優等生なのか」
「俺より成績いいよ?」
「マジでか」
「マジでさ」
 ……びっくりだ。
 かなりバカっぽいのになあ、言動見てると。
「しかもお嬢様だしね」
「マジでか」
「マジでさ。先祖が豪族だか華族だかで」
 ……まあ、確かに桃太郎こと吉備津彦命の直系ってんなら、やんごとないお家のお嬢様って事も頷けるか。
 その割には普通の女子寮住まいだった気がするが。


「まあ、お前には関係ないか」
「何でだよ」
 そりゃ関係ないけど。
 でも何故か他人に言われるとこう、微妙にむかつくというか。
「だってそりゃあ」
 花咲はにこにこと、いや……にやにやと見透かすように笑いながら言った。

「明日には転校するんだろ? お前」






 そう、引越し準備はほぼ終わった。
 うちのクラスの連中の何人かは、もう俺が引越すのを知っている。
 それにあからさまに安堵してるヤツが確実に居る辺り、色々と複雑な気もするが。
 まあ、顔恐いし不良扱いされるのもいい加減慣れた。その慣れた状態でまた別のところに転校してリセット、というのがむしろまた苦労するんだろうなという事で微妙に凹むわけだ。
 みんな初対面の俺をみて必ずびびるからなあ。
 といっても怪物みたいなゴツい顔ってわけじゃない。図体でかかったり、目つき悪いってだけで、まあ普通の人間の顔してるとは思う。
 まあそれでも恐いってのはみんなの共通認識だ。今更どうということじゃない。
 ……そういえば。
 初対面で俺をビビらなかったのって、あいつだけだったな。
 ビビらないどころか、いきなり事故のもみ消しと脅迫にかかってきやがったあたり、どうにもブっ飛んでやがる。
 お嬢様だから大物ってヤツか。
 だがそれも、家来に逃げられるという挫折を味わうことで自身の矮小さを知ることになるだろう!
 そう思いながら俺は下校途中、公園に差し掛かる。
 すると、なにやら話し声が聞こえた。
 いや話し声なんてよくあることだし、別段他人の話を盗み聞きするような趣味は持ち合わせていない。
 秘密を探られるというのは嫌なことだ。俺が秘密持ちだからそれはよくわかる。
 だが、その話し声が、他ならぬすももの声「のみ」だった事が、俺の好奇心をひきつけた。
 一人で、話し声?
 何をやってるんだ、と俺は木に隠れながら、その方向を見る。

 そこには、確かに吉備津すももがいた。
 そして話しかけていた。
 ……ぬいぐるみに。
 ただし、そのぬいぐるみは、保健室で泣きながら俺に見せた犬でも猿でも雉でもなくて……桃太郎のぬいぐるみだった。
 ボロボロで、薄汚れてて、年季が入ってるだろうぬいぐるみ。
 だけど決してぞんざいに扱われてボロボロなのではなくて、何年も、十何年も大切に扱われていただろうとすぐに見て取れる、そんなぬいぐるみだった。
 すももは、そのぬいぐるみに向かって話しかけている。
 ……お母さん、と。
 その姿を、その横顔を見て、不用意に、昼間の花咲のアホの言葉が蘇る。

『彼女に、味方はいないって話だよ。
 腫れ物扱いって奴さ。そして――役立たず扱いされてたらしい。
 彼女はね、異能の血筋を引いていながら、無能力者として生れ落ちたんだと。
 それでも一縷の期待を込めて、双葉学園で能力に開花すればいいとここに送られたけど、結果は……』
『駄目だった?』
『そう、それで完全に本家から見捨てられたってさ。
 で、そんな役立たずに味方する人はいない、って話。
 変に肩入れして、目ぇつけられるのが嫌なんだろうね。
 いじめられているわけじゃない、だけど味方も誰も居ない、って話さ』
『……詳しいな』
『ただのウワサだよ。お前が疎いだけだ。
 ……どうした? 恐い顔してるよ。まるで血の華咲かせそうだ。
 でもねえ、仕方ないことだと思うよ。
 家庭の事情、大人の都合って奴には、俺達子供は諾々と従うしかないのさ。
 まあ、お前には関係ないか』

 ……いや、だから何だよ。


「友達が、出来たよ、お母さん。
 私ね、すごく迷惑かけたんだ。でも、許してくれたの」
 許した覚えは全くねー。
「私、テンパっちゃって、謝るつもりがさ、変なこと言っちゃって」
 あれが謝罪の言葉のつもりって事が尊敬するよ!
「ほら、よくあるじゃない。街角でぶつかるって出会い。少女漫画みたい」
 そんなバイオレンスな少女漫画はごめんだよ!
 一方的に他人を殺しかけてて少女漫画だとかそんなオブラートでごまかすなよ!? 直視しようよ現実を!
「友達になれないかな、とか思って」
 それで家来になれと言うとかどんだけだよお前は。ていうかお前にとって友達イコール家来?
 そりゃ友達なんて出来るはずないだろお前!
 ……だいたい何言ってんだか。無理やり言うこと聞かせたのはお前だろ。
 俺の弱み握って、脅したのはお前だろ。
 なのになんで俺をそんなふうにいうんだ。
 わかんねー。
 まったく持ってわかんねー。


「私、大丈夫だよ、お母さん」

 ……。
 馬鹿な女だ。
 見当違いに暴れて、騒いで、そして勝手に期待して。
 お前は何を期待してたんだ? 馬鹿げてる。
 俺は俺を守るだけで精一杯だ。今までだってずっとそうだった。
 俺は誰にも期待しない。
 だいたい、ふざけんじゃねぇよ。
 俺は――鬼だ。それはお前だってわかってるはずだろ?
 鬼が何時までも黙って言うこと聞くと思ってんのか?
 どうせお前はすぐに知るんだよ。残酷で非常な現実ってヤツを。
 俺は明日、一家総出でこの双葉学園都市を去る。
 そうしてお前は独りぼっちに逆戻りだ。こんな鬼野郎を、分を弁えずに友達扱いしたせいでな。
 最初から、俺を本気で下僕扱いしてれば、まだ楽だったろうに。
 馬鹿な女だ。
 馬鹿すぎて同情できない。
 そう……


 そうして、俺はその場をそっと去る。
 ここにいる理由なんて、ない。
 これ以上聞き耳立ててたって、不快になるだけだ。
 理由も意味も意義も何も無い。
 そうして俺は公園から立ち去り、岐路を急いだ。
 何故か早足、いや走って。
 それくらい、俺の中に自分でも判らない不快感と焦燥感が渦を巻いていた。

「親父」
 俺は家に帰ってすぐ、親父に話しかける。
 そう、これでおさらばだ。
 さようならだ。グッバイざまあみろ、ってヤツだ。


 じゃあな。





 翌日。朝……登校時刻。
 すももは息を切らせて、家の前に立っている。
 そう、浦尾家……いや、昨日まで浦尾家だった、空き家の前に。
 既に引っ越した後。まるで夜逃げかのように、深夜のうちにこの家の住人は引越しを済ませていた。
 いや、秘密がばれたから引っ越した、のであるからそれは正しく夜逃げだったのだろう。
「そんな……」
 その空き家を見て、途方にくれるすもも。
 何時どうやって気づいたのか知らないが、どうやら全てを察したのだろう。
 もう手遅れだ、と。
 家来は、いなくなってしまったのだと。
「なんで……さよならも、言わないで……こんな」
 うつむいて体を震わせる。
「ありがとうも……言えなかった……」

「それはアレか。被害届けださないでくれてアリガトウゴザイマシタ、って奴か」

「!?」
 すももが驚愕の表情で振り向く。
 俺に。
 なんつー顔してんだ。
 涙でぐちゃぐちゃじゃねーか。鼻水も出てるし。
 やめて欲しい。俺が子供泣かしてるとか噂になったらどうしてくれるんだ。いやそういう悪いうわさは慣れてるけどさ。


「なんで……」
「何がだよ」
「いや、引っ越すって」
「ああ、両親と姉貴がな」
 冷静に考えたら。
 姉貴のミスでなんで俺まで引っ越さなきゃなんねーんだって話なわけだ、あほらしい。
 バレたのは姉であって俺じゃない。
 だから俺は寮に住むことにして、両親と姉だけ双葉学園からバイバイしてもらった、とこういうことだ。
「……あれ、晃一くん、顔、ケガ……してるよ?」
「ん? ああ別に」
 そう、別になんでもない。
 ただ俺が学園に残ると言って姉を怒らせて殴り合いの喧嘩になっただけだ。
 殴り合いというか防戦一方の暴力沙汰だっただけだ。
 いや、いくら姉といっても女に手をあげるわけにはいかないでしょ?
 本気でやれば姉に勝てるよ俺! 本気は出さないだけだから! いつかは出すがそれが今じゃないってだけだ。
「通りすがりのラルヴァと戦った」
「嘘」
 ……騙されてはくれなかったか。
 まあ、俺は無能力な一般人だからなあ。ラルヴァ相手に喧嘩なんてできねえし。情けないことだが。
「……もしかして、ううん、勘違いだと思うけど……でも。
 ええと、私の……ため?」
「俺のためだバカヤロウ」
 うぬぼれてんじゃねー。
「転校とかクソめんどいからゴネて居残ることにしたってだけだよ。ご主人様のためじゃありません。
 まあ、それでもしいて言うなら……」
 俺は、男だから。
「無理やりとはいえ、不本意とはいえ、約束しちまったんだから、破るわけにはいかねーだろ。不義理だ」
 約束破りはいただけない。
 自分を裏切るのはいい。
 だけどこんなくそむかつくちんちくりんなご主人様とはいえ、女の子を裏切るのは男としてどうよ、って話だ。
 まあ、裏切る気満々だった俺が今更言ってもあれだが、男は過去を振り返らないものだ。
「う……うん、そうだもんね。あなたは、私の家来だもん」
「いつか寝首かくけどな」
「え!? そんなこと企んでたの!?」
「アレで寝首かかれないと思ってたお前の危機管理能力が恐い!」
 どんな大物だよお前は。
 家柄とか能力とかそんな事情とかかんけーなしに大物かただのバカかどっちかだろうお前。
 あるいはその両方だ。
 まあいいさ。
 逃げるのはいつでも出来る。しばらくはこの桃太郎さまに付き合ってやるか。
「行こうぜ、学校に。早足でいけば間に合う」
「うん」
 そしてすももは、手を伸ばしてくる。
「……何?」
「手、繋いで」
 ……ああ、そうか、そういうことか。
 逃がすかこの野郎、って言いたいんだな。
「逃げないって」
 そう言って俺は手をポケットに入れる。
 何もかも思い通りになると思うな。そんな意思表示だ。
「……まあ、いいか、うん」
 何がいいのか知らないが、どうやら納得してくれたようだ。

 そして俺達は、街角を曲がり……



 激しい衝撃。激痛。吹っ飛ぶ俺。
 地面をがりがりと削る。いや俺が削られる。超いてぇ。
 そして臭ぇ。
「ああっ!? 納豆が晃一くんの顔面めがけて飛んできて激突っ!?」
 説明ありがとう。
 納豆? 納得だ、この臭さ、そして衝撃。俺専用リーサルウェポンのひとつ。
 ていうか待て。なんで納豆が飛んでくるんだ?
 ああ、なんかすげぇデジャヴュだ。
 前の豆腐のように、角が叩きつけられたわけじゃないので脳天カチ割れた訳ではないがだからといって平気ってわけじゃねぇ。
 そしてすももが、その納豆の主の姿を認めた。
 俺も首をギギギ、と動かして見る。
 女の子だった。バンダナを被っている、おかっば頭の女の子。
 制服を着ているから、通学途中の女子生徒だとはわかる。
 わかるが。
 何故、その彼女の足元に、茶碗とごはんがこぼれているのか。
 ああ、あれか。遅刻遅刻ー、とパン咥えて走るのの和食バージョンか。
 うん、ありえねぇよバカヤロウ。何処にごはんと納豆食べながら登校するバカがいるんだ。
 ここにいたよチックショウ。

「納豆で……豆でダメージ……鬼?」

 あれー?
 なんかまたデジャヴュな台詞が聞こえるよ。
 幻聴だなきっと。走馬燈のようなものだ。
「! あなたは、金太郎の子孫の坂田カナタちゃんっ!?」
 はい、丁寧な紹介ありがとうすもも。
 幻聴じゃねぇ!
 そしてははは、桃太郎の次は金太郎か。 
 うん、そうだね。たしか金太郎って、源頼光のお供として鬼退治してたよね。
「……びっくりです。すももちゃんに家来が出来たとは聞いてましたが、まさかそれが鬼だったなんて。」
「だ、だったら何?」
「……にやり。」
「口で言った!? にやりって口で! そのいかにも何か企んでますって感じの無表情やめて恐いから!」
 確かに恐い。
「鬼。……ラルヴァ? これバレたら……どうなるでしょう?」
 あー。
 やっばりか。
 こいつもまたそんなクチですかコノヤロウ。
「っ、人の秘密を握って脅すのは最低だと思うな!」
 言っちゃった!
 他ならぬお前が言っちゃった!
「大丈夫です。そんな趣味はありません。でもこっそりとモノローグが漏れる事もありますから。」
「じゃあ、何よ……」
 身構えて言うすももに対して、カナタは言う。
「秘密をバラす気はありません。」
 そして。
 カバンから、取り出す。
 でけぇ斧を。いや、マサカリを。
「!」
 ていうか、どうやって入ってたんだそれ。
 ざっと見て、全長かるく2メートル越えてるんですが。
「倒します。鬼だし。」
 わー。
 どストレートだこのひと。
「わ、わわわわわ、ちょ、晃一くん、逃げないと!」
 うん、逃げないと超やべぇ。
 俺は必死に立ち上がる。納豆が豆腐ほど破壊力に秀でてなかった事が幸いだ。なんとか逃げられそうな程度には身体が動く。
「ああ、逃げるっ!」
「さーちあんどですとろい。」
 そう言って、カナタは振りかぶり……斧をぶんなげた。
 ものすごい轟音で空気を切り、斧が回転して俺の頭を掠める。髪の毛が数本、舞う。
 わー。まじぱねえ。
 死ぬわこれ。
 ……。
 よし、逃げよう。
 一度決めた俺の行動は迅速だ。
 俺はすももの身体を腋に掲げ、全力疾走。
「待ってください、痛くしませんから。」
「その容赦の無い殺気と微塵の躊躇も無い行動がすでに痛すぎるよ!」
「命までとるつもりはないし。平気。」
「死ぬだろアレ! お前らは鬼というものを過大評価している!」
「待ってー、うふふあはは。」
「抑揚の無い棒読みの笑い声で斧引きずって駆けてくるのも恐すぎる! お前はホラー映画の殺人鬼か!」
 もうこのシーン思い出して俺は二度とホラー映画を見れない気がするよ!
 そんな泣き言を言いながら俺は逃げる。
 ああ、これじゃあ大人しく親父たちと一緒に夜逃げしてたほうがマシだった!
 だが後悔役に立たず、だ。
 それに、俺はやっぱり、過去を振り返るのは女々しいと思う。
 いや、女の子から必死に逃げ回るのも十分と女々しいけどさ!

「で、でも楽しいよね」
「抱えられて楽しているお前はまるで遊園地の乗り物気分で楽しいのかもしれないが俺は全く楽しくない!」

 そうやって、俺達は騒ぎながら走る。
 まあ、退屈はしないだろう。
 だが、退屈しないというのが決して楽しいとイコールかといえば、それは人それぞれだ。
 俺は。 
 俺は……。


「ちくしょーーーーーーーっ!! 俺が悪い事したかっ!?」


 その絶叫で、察していただきたい。

「……うん、楽しいよね!」
 察してねぇ!
「私も楽しいです。」
 狩猟者の楽しみは理解できないししたくない!


 そんな、こんなで。
 俺の双葉学園での凄惨な日常は、続いていくのだった。

 誰か、助けてくれ。
 それが俺の、唯一の願いです。



ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。