【金色蜘蛛と逢魔の空 第三話 1】


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 走る。
 走る。
 双葉学園島の郊外、山の中を少年はひたすらに走る。
 年のころは十歳程度。野球帽を被り、ジャンバーに半ズボンといった、少年らしいいでたちである。
 息を荒げて、時折獣のように四つんばいになりながら、ひたすらに走る。
 いや、逃げる。
「はっ、はっ、は……!」
 後ろを振り返る。
 追っ手の姿は無い。
 ようやく撒いた、と安堵し、少年は木に背中を預け、ため息をつく。
 そして手に持っていたビニル袋を開き――

 木が爆ぜる。
 周囲の枝が次々と火花を散らして折れ、砕ける。
 その衝撃で少年は袋を落とす。
 その袋の中から零れ落ちるのは、双葉学園の中でも一、二を争うと言われる超高級。
 一日に十個限定生産、しかも流通する購買はランダム。
 幻のパンと呼ばれる、「黄金の焼そばホットドッグ」である。
 他にも、焼きたてカナダ産メープルシロップ入りゴールドマスクメロン果汁混ぜ込み黄金のメロンパン、
 遠赤外線石窯焼きたて最高級黄金ピザパン、最高級の具材を集めた究極黄金カレーパン等があるという。
 それらを作り、購買に卸しているパン屋の名を、疾駆する黄金のパン屋(ゴールデンダッシュベーカリー)。
 そのパン屋の場所は誰も知らず、しかし確かに実在する。
 双葉学園の都市伝説のひとつである。
 噂によると、それは大量の猫(さらには醒徒会長の白虎も混じっているとか)が引く屋台であり、法定速度ブッ千切りで国道を走り抜け、しつこい客には追尾型ミサイルパンをお見舞いするという。
 もしかしてラルヴァなんじゃないかともっぱらな噂だ。
 閑話休題。

「そこまでだ子犬ちゃん」

 声が響く。
 藪をかき分けて現れたのは――純白の装甲に身を包んだ騎士。

 もう一度光弾が撃たれ、それは少年が背もたれている木を中腹からヘシ折り薙ぎ倒す。
 その銃撃の衝撃波で、帽子が落ちる。
 その頭からは、獣の耳が生えていた。
 つまりは――人間ではない。
「共食いは感心しないな。それはホットドッグだ、子犬ちゃんが食べるには全く持ってよろしくない」
「己(オレ)は犬じゃない! 狼だ!」
「どうでもいい。それはこの俺に食べられる為だけにこの世に生を受けたと言っても過言ではないものだ。
 それをネコババ……いや犬だからイヌババか? とにかくひったくるとは感心しないな子犬ちゃん。
 さあ、おしりペンペンの時間だ」
 そう言って軽やかに踊るようなフットワークで、上段から指を刺す。
 そしてジャンプ。空中で捻りを加えた回転をし、少年の前に降り立つ。
 だがそれを見計らったように、地に立つ直前に――
「!」
 小さな雷の玉が飛来し、火花を散らす。
 それを空中で受け、体勢を崩す。だがそれでも華麗に受身を取り、すぐに立ち上がる。
「やれやれ、教育的指導の邪魔をするとは無粋だな。
 コソ泥仲間か? それとも俺と同じで子犬ちゃんにオイタをされたクチか?」
 その言葉に応じて表れたのは――
「どちらでもない」
 黄金だった。
 黄金の鎧に身を包んだそれは、純白に向き合う。
「そいつの友達の友達だよ」
「なるほど。じゃあお前が代わりにおしりペンペンされるか?」
「それで許してもらえるならそれでもいいが……」
『いいワケねぇだろが!』
 別の声が割り込む。だがその声を発したのは紛れもなく、その黄金だった。
 いや――黄金の鎧が喋っている。
『王は軽々しく頭をさげるモンじゃねぇ。ましてやお尻ペンペンだ? ふざけんじゃねぇぞこの真っ白ヤロウ!』
「よく判らんが流石はコソ泥のお仲間。反省する頭も無い、か。下品なのはその悪趣味な鎧だけじゃないようだな、金ぴか」
『んだとコノヤロウ! てめぇこそいちいち馬鹿にする態度がうぜぇんだよ!』
「馬鹿にした覚えなどない。俺が超~偉いだけだ」
『むぎー! ふざけてんじゃねぇよこのノータリンのチンドン屋があ!!』
 叫ぶ鎧。
 ああ、やっぱりコレで登場は不味かったな、と黄金の鎧を纏った彼は思った。
 こうなったら戦うしかないだろう。
 少なくとも、少年が逃げる時間を稼ぐまでは。
 あるいは……
「己は別に、助けてくれなんて言ってねぇ! 余計なことをするな!」
「そうか。だったら勝手に逃げろ」
「ふ、ふざけるな。狼は敵に背を向けて逃げたり……え?」
 その台詞が終わる前に、少年は襟をつかまれ、持ち上げられる。
「狼男なら、まあ大丈夫だろ」
 そう言って、盛大に振りかぶる。
「う、うわ、ちょっとタンマ!」
「待たない」
 そして。
 少年は思いっきりぶん投げられ、みるみるうちに小さくなって消えた。
 それを見て、純白の騎士が感嘆の声をあげる。
「おおう、ナイス強肩だな。お前、プロ野球選手になれるんじゃないか」
「無理だよ。コントロールなってないし、それにコレが無ければあんなこと出来ない」
 そう言って親指で自分を、いや鎧を指す。
 コレを着て試合に出るなんて、ルール上無理だろう。
 いや、そういう問題ではないのかもしれないが。
「なるほど、その鎧で身体能力を強化しているタイプか。俺と似た様なタイプだな。色々と違うようだが」
 その純白の装甲は、機械部品が見え隠れしている。
 異能の超科学により作られたパワードスーツのようなものだろう。
 対して黄金の鎧は、意匠といい雰囲気といい、古めかしくも豪奢な……神秘的な雰囲気を持っている。
 そういった意味でも両者は似て非なるものだった。
「だがしかし俺はどうすればいい? 昼食を邪魔されたこの憤りは何処にぶつければいい?」
 肩を竦める純白に対し、黄金は足を踏み鳴らして怒鳴る。
『安心しやがれ。ンな事気にする必要がなくなるほど、オレが気持ちよぉくお昼寝させてやる!』
「ほう、子守唄でも歌ってくれるのか? なら伴奏は俺がしてやろう。御代は気にするな、出血大サービスだ、文字通りでな!」

 売り言葉に買い言葉。
 というか一方的に悪者だよなあ、と黄金鎧の中の人は兜の中でため息をついた。
 形を見れば明らかだ。
 昼飯泥棒をかばい、逃がし、そして被害者に対して(これは自分ではないが)悪口雑言で喧嘩を売っている。
 まあ今更、悪い噂が二個や三個ほど増えたところで別に困ることはない。
 むしろ問題はこれが長引くと午後の授業に間に合いそうに無いことだ。
 昼飯抜きは確実だな、と思った。

「俺はアールイクス。通りすがりの正義の味方って奴だ。お前は?」
「デュラン。ゴルトデュラン……ただの、悪い魔法使いだよ」

 そして、純白と黄金が激しくぶつかりあった。





 金色蜘蛛と逢魔の空

 第三話 魔狼の誇り





 森の中で二人の戦士が走る。
<<Second movement "RAY-FORCE">>
『ABRACADABRA!』
 アールイクスの放つ光弾と、ゴルトデュランの放つ雷弾が空中でぶつかり合い、爆ぜる。或いは相手の鎧を穿ち、火花を散らす。
「くぅ、しびれるねぇこのビリビリ野郎!」
 木を背にして笑うアールイクス。
 一方、ゴルトデュランもまた石を背にしていた。
 先ほどの息をつかせぬ銃撃の攻防から一転して、静かな緊張が場を支配する。
 さしずめ、西部劇における決闘のような――そんな静寂。
 それが、どれだけ続いただろうか。
 そして動いたのは、どちらが先だったろうか。
 跳躍。
 お互い身を翻らせ、飛び出す。
 空中で、閃光を伴った拳と、雷撃を伴った拳がぶつかる。
 強大な二つの力がぶつかり、スパーク。
「ぬおっ!?」
「くうっ!」
 爆発。
 拮抗する力と力が互いに絡みつく蛇のように、その力を反発させ増幅させる。
 木々がざわざわとざわめき、土煙が舞い、鳥達が慄いて飛び去る。
「ぐあああっ!!」
「うわああっ!!」
 互いに悲鳴が上がる。
 強大な爆発は閃光と雷電を伴い、互いの視界を白く染め上げた。



「っ!」
 爆発で激しく弾き飛ばされるゴルトデュラン。
 ごろごろと転がり、物質化させていた黄金の鎧が影へと戻り、消える。
「……っ、痛い」
 体を起す、逢馬空。
「だがまあ、窮地は脱した、かな」
 あのまま戦っていたら危険だった。
 とてつもなく、強い相手だ。未だに拳が痺れている。
『あいつが、な』
 ゴルトシュピーネは相変わらず大きい口を叩いていた。相手の強さを理解できないような頭ではないが、素直に認められるような性格でもなかった。
 有体に言えば負けず嫌いなのだ。
『次は、負けねーぞ』
「あのな。そもそも本来、僕らは彼と戦う理由はないんだけど?」
 今回はたまたまだ。
 級友である委員長、秋森有紀の友達であるところのあの人狼の少年を助けるためにこうなったしまった、というだけ。
 そうでもなければわざわざ戦う理由なんて無い。
『男にはな、理由なんざいらねぇ時もあんだよ!』
「うんそうだね。さて、彼の飛んでった方向は……」
『スルーされたっ!?』
 慣れたものであった。
 そしてゴルトシュピーネは影の中に消える。
 空は、そのまま森の中へと消えた。


 一方、時を同じくして、爆発で激しく弾き飛ばされたアールイクス。
 おなじく爆風で転がりながらも体勢を立て直す。
「……逃げたか。ということは、俺の勝ちという事だな」
 そう言って、武装を解除する。
 一瞬の光の後、そこには天地奏の姿があった。
「しかし……」
 ガサリとビニル袋を取り出す。
「取り返したはいいが、すっかりこんがりとコゲちまった! ……いや、オコゲはオコゲで美味いのか?」
 そして一口食べて……奏は言った。

「前衛的(アヴァンギャルド)な味だな!」

 そして、倒れた。
 大の字で。
 全身を痺れさせて。煙を吹いて。
 まだ電撃が残っていた炭は、彼のお口には合わなかったようだった。








「大変だったようだねぇ、ボーイ」
 双葉学園のとある廃教会にて、逢馬空は労いの声をかけられた。
 空がこの廃教会を訪れたのは、空が所属する魔術結社――【聖堂薔薇十字騎士団(ドゥームローゼンクロイツオルデン)】への連絡のためだ。
 聖堂薔薇十字騎士団(ドゥームローゼンクロイツオルデン)。それは薔薇十字団(ローゼンクロイツ)、黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)、そして聖堂騎士団(オルド・テンプリ)の流れを汲む西洋魔術結社である。
 その構成は一般的なGD系西洋魔術結社の例に漏れないが、特記すべきことは……双葉学園都市にロッジを持っている、ということだ。
 多くの異能者達がいるこの学園都市には、当然ながら魔術系異能者達もまた多く存在する。
 その中でも、古典伝統を受け継ぐ西洋魔術の使い手たち――魔術師たちは、自らの存在を隠している。
 理由は、ただひとつ――“昔からそうだったから”だ。
 些か拍子抜けの理由かもしれないが、事実としてそうなのだ。そしてそれが大切なのだ。
 前世紀、魔術が秘匿されていた理由は多く分けて二つ。
 魔術師だと知れれば、一般の者達の嘲笑や迫害に晒されていたと言う事。
 そして、知識や秘伝を認めた者達のみに伝える為、ということだ。
 1999年の事件により世界は一変し、過去よりも異能の力は人に知られることとなった。
 何よりも、ラルヴァの大量発生により、魔術師達もまたより必要とされるようになり、魔術師だというだけで迫害や嘲笑を受けることも無くなった。
 だがそれでも――魔術とは秘匿されるべきなのだ。
 故に、双葉学園生徒としてこの街に住む魔術師の中にも、自らが魔術師――否、異能者であることを秘匿している者も多い。もっとも、それは絶対鉄則の掟ではない。少なくとも双葉学園に魔術師ということがばれた所で、それを咎と見る魔術師達はいないだろう。
 そんな魔術師達の相互組合(コミュニティ)。それが、逢馬空の所属する魔術結社だ。 
 そこに在籍する魔術師として、空には連絡・報告の義務がある。
 だが先日は急に秋森有紀から電話が入り、そしてそのまま彼女達を助けに走った。
 そのことについて後悔するつもりは全くない。だが……
 そのおかげで、予定を反故にしてしまい、姉に酷い目に合わされてしまった。
 それを思い出すだけで、魂が軋む。
 それを思い出すだけで、心が挫ける。
 それを思い出すだけで、身が竦む。
 恐怖に、だ。
 圧倒的恐怖。絶対的恐怖。理屈も道理も何もかも超越した、真の恐怖だ。
 人は、笑えるのだ。
 怒りながら笑えるのだ。慈母のような、女神のような、天使のような笑顔を浮かべながら、平然と人の心魂をヘシ折る事が出来るのだ。
 その事実がなにより恐ろしい。
 そんな空をにやにやと笑いながら見ているのは、修道服(カソック)の上に袈裟を着込んだ、和洋折衷の怪しさ全開の神職者。
 まず、仏教なのか基督教なのかが判別付きにくい。場所が教会であるなら後者なのだろうが、いかんせん廃教会なのでそれも怪しい。
 胸にはロザリオではなくて、髑髏をあしらったシルバーのペンダント。両手にも手首、指とシルバーをゴテゴテにつけている。
 染め上げた肩まである眺めの金髪に無精ひげと、そして眼帯。カソックから除く足は素足に下駄。しかも革ベルトで固定している。
 そんなのが、廃教会の机に気だるげに腰掛け、見下ろしてきている。
 怪しさが足を生やして歩いているような、そんな風体だった。
「学園を騒がせている、通称昼飯狩人(ランチハンター)……いちいちふたつ名をつけるのは学生ならではかねぇ?
 僕にもかっこいいふたつ名考えてくれないかなあと常々思うなあ」
『てめぇにゃエセ神父で十分だ』
 空の足元で影が蠢く。
 影……ゴルトシュピーネの言葉に、神父は笑いながら返す。
「あれぇ? 僕にはちゃんとジョージ秋葉って名前があるんだけどねぇ。勝手に人の名前変えちゃいけないよ。ああちなみにアキハではなくアキバだ

よ。そこ勘違いしないでね、アンダスタン?」
『てめぇがあだ名つけろって言ったんだろうがよ!』
「あれぇ? 僕そんなこと言ったっけ? 捏造はよくないなあ」
『てめぇ……!』
 剣呑な雰囲気を、空の声が遮る。
「喧嘩はやめ。だいたい、アレに歯向かって勝てると思ってんのか、ゴルト」
『……ッ』
「あれぇ? ボーイはちゃんと自覚してるんだ、そっちのデビルと違って」
「そりゃあ、ね」
 空は言う。
 実際に一度経験しているのだ。冗談のような彼我の実力差を。
 勝てない――少なくとも、今は、まだ。
「結構結構。そういう子は強くなる。お兄さん好みだよそういうの。君が女の子だったら放っておかないのに」
 くっくっく、と笑う。
「今僕は男性として生を受けたことに両親と神様に最高級の感謝をしてるよ」
「そりゃ結構。あれぇ、でも君はとある可能性を失念してるよ? 俺が男女どっちもいけるクチって可能性に」
「もしそうならとうの昔に僕は被害にあってるだろ」
「あれぇ? でもこうは考えられないかな。青い果実が実るまで待ってる、とかさぁ」
 笑いながらじっと空を見る秋葉。
『おい兄弟。いつかコイツ殺そう』
「そうだな、いつか絶対」
「あれぇ? 本人を目の前にそういう相談とか、君たちも大胆なんだねぇ」
 笑う秋葉に、空はため息をつく。どうもこの男は苦手である。
「まあいいさ。大胆不敵大いに結構。いやいや、報告聞いてびっくりさぁ。
 まさかねぇ、あのロードヴァンパイアの胤を使い魔にするとはねぇ、大胆不敵にもほどがあるって。上の人たちもびっくりしてたよ? あの宝石の吸血鬼。わかってるのかいボーイ? 君が何を手に入れたのか」
「手に入れた、とか言うなよ。彼女はモノじゃない」
 空の言葉に、ジョージは両手をあげて降参のポーズをとる。
 だがその口調は決して悪びれていない軽薄なままだ。
「失礼。失言だった。でもまあ許して欲しいねぇ、ぼかぁ一応神父だよ? 聖職者にとって、吸血鬼は不倶戴天の天敵だ。それを見逃してあげてるんだ、感謝してほしいものさ」
『よく言うぜ、生臭神父が』
「破壊僧だからねぇ。でもホント、よく考えた方がいいぜ? 今や彼女こそが“宝石”の後継者だ。君がその彼女の主ということは、つまりは君が……君こそが、“宝石”の吸血鬼の遺産を受け継ぐってことさ。デビルにとっちゃ喜ばしい財産かもしれないけどねぇ? ボーイにとっちゃ、重くてでかすぎる厄介な荷物だと思うよ?」
『だから寄付しろ……とか言うんじゃねぇだろうな』
「言わないさそんなこと。それが何かも判らないんだぜ? 不確定なリスクを背負い込むほど僕も、騎士団(オルデン)も余裕があるわけじゃないさ。だから僕たちは今のところ様子見だね」
「寛大な処置、感謝するよ」
「皮肉かい? ……って、皮肉言うような子じゃなかったっけ、ボーイは。
 ああそうそう、皮肉で思い出したけどさあ。わかってるのかなあボーイズ。
 キミ達のやってることは、犯罪者への肩入れにも等しいってさぁ」
「何がだよ?」
「話を戻したんだよ。昼飯のコソドロのワンちゃんの事さ」
「犯罪って……あれは子供の悪戯だろ」
「言葉遊びかい? でもさあ、万引きと窃盗は同じなんだよねえ、アンダスタン? そういうこと、君はまた空気を読まずに勝手に事件に首を突っ込んで、しかも悪者に加担している。それってどうなんだろうねえ?」
「加担しているわけじゃない」
「でも彼を捕まえるつもりはない。そりゃそうだろうねぇ、だって相手はラルヴァだ」
 軽薄な笑いを貼り付けて、ジョージは言う。
「悪事を働くラルヴァは倒す。それが――双葉学園だものねぇ?」
 そのからかうような挑発的な言葉に、しかし空は表情を変えない。
 ただ一言、
「関係ないよ」
 そう言って踵を返す。
「あの子は僕の、友達の友達だ。だから守るし、悪いことしてるなら反省だってさせるさ。そして……
 双葉学園が彼を倒すと言うなら、僕はそれに敵対するだけだ」
 その言葉に、ジョージは笑った。とても楽しそうに。
「HA――! いいね、グッドだ。君は相変わらず正しく歪んでるねぇ、実にいい。悪魔を宿すに相応しい、素晴らしく歪んだパーソナリテイだ。実にグッドだよ。グッドすぎて目を背けたくなる。
 で――疑問なんだけど。何故そこまで君は肩入れするんだい、たった一匹のラルヴァに。歪んでるよ、そういうの。君は――人間と怪物、どっちに肩入れするんだい? 君の立つべき場所は、どちらなのかなあ?」
「決まってるよ」
「ほう?」
「友達に肩入れするんだ、僕は」






「己(オレ)は頼んでない、そういうの!」
 翌日の昼。
 その肩入れはいきなり拒絶された。
「ていうか、投げるな! すごく痛かったぞ!」
「でも生きてるじゃないか、五体満足で」
「己(オレ)が人狼じゃなかったら死んでた!」
「人狼じゃないか」
「う……」
 空の平然とした言葉に、人狼の少年は声を詰まらせる。
 場所は公園。その少年はダンボールハウスで過ごしているらしい。作り直したダンボールハウスのそば、芝生に敷いたダンボールに座って腹を立てている。
「ほらほら、鋭斗くん。そんなこと言うもんじゃないよ?」
 秋森有紀がなだめる。
「……っ」
 有紀の言葉に、鋭斗はそっぽを向いて黙る。
「なにこの子、生意気。本当に有紀の友達なの?」
 そうジト目で言う浅羽鍔姫。そんな鍔姫に対し、鋭斗は睨み返して言う。
「五月蝿い、チビ」
「あ」
 それは危険ワードだった。
 たちまち鍔姫の顔が紅潮する。
 ぷっちーん。
「だれがマイクロどちびじゃーっ!」
 鍔姫が叫んだ。怒鳴る鍔姫をあわてて空が押さえる。
「うん、落ち着いて。彼はチビといっただけでマイクロとは言ってないから」
「チビ言うなーっ! だいたいこのガキだってドチビでしょーがっ!」
「な、なんだと! 己(オレ)は良いんだよ、まだ成長期だ!」
「だから落ち着いて、どっちもどっちだから」
「「うるさいっ!!」」
 二人の声がハモった。
「わぁ、息ぴったり」
『いや委員長、お前もお前で空気読め』
 影の中から頭半分だけ出したゴルトシュピーネが突っ込んだ。
 どうにも項にも、場はカオスであった。

 狗守鋭斗(くがみえいと)。
 有紀が友達になったという人狼である。
 人狼とは、世界でもかなりポピュラーで、類似も多いラルヴァの一族、いわゆる「狼男」である。
 日本にもいろんな種族の人狼がいる、いや……いた。
 ニホンオオカミが絶滅したのと同じく、狼の一族はほぼ絶滅しているといってもいい。
 だから、今この国にいる人狼は、外来種か、あるいは絶滅種の生き残りということだ。
 そして、彼は後者であった。
 人狼の一族、狗守の里の生き残り。狗神(イヌガミ)。
 鋭斗は双葉学園にやってきて、そして――おなかをすかせて行き倒れ、有紀にごはんを貰い、知り合った。

「――ていうかなんでみんなでごはん食べてんの私達!?」
 公園でシートを敷き。弁当を並べて食べながら、ふと我に返ったように鍔姫が声を上げた。
 ノリツッコミであった。
「あふぁふぁ。ごはんをはべふほひはにひやらであふべきだけどにぎやらなのほぜっひょうするのはひがふ」
 もしゃもしゃとおにぎりをほおばりながら空が言う。
「飲み込んでから言うっ!」
「浅羽。ごはんを食べる時はにぎやかであるべきだけどにぎやかなのと絶叫するのは違う」
「律儀に言い直した!」
 突っ込みを終えてから、とりあえず座りなおす鍔姫。
「しかし……」
 不貞腐れながらも座って弁当を食べている鋭斗を見て、空が言う。
「お前は誰でも餌付けするな」
「そう? 別に特別なことじゃないよ?」
「うん、いつもの応酬が微妙に違っているというか、それはかなり聞き捨てなら無い会話だと思うけど」
 鍔姫が突っ込みをいれる。 
 というか、自分も餌付けされた事になるのだろうか、と鍔姫は内心ぼやく。
 まあ、確かに昼飯に誘われたわけだし。
「というかそれなら最後まで面倒みなさいよ。そいつでしょ、最近巷を騒がせている、お昼ごはん泥棒。なんでそれと一緒に囲んでんのよ」
「まあ、私も鋭斗くんのごはん用意してるんだけど。でもいつも会えるってわけじゃないし」
 有紀が困り顔で言う。
 その鋭斗用に別に作った弁当は、今鋭斗がちゃんと食べている。
 骨付きソーセージにミートボールと小さなハンバーグという、肉尽くしの弁当だった。
『ならソレはオレが食うからよこせ』
「己(オレ)のだ!」
『ああ!? だったら盗っ人みてーなことやめろってんだ』
「指図するな」
 不貞腐れながら、鋭斗は弁当をかっ喰らう。
『ケッ』
 その姿を見ながらゴルトは言った。
『プライドねーのかね、てめーは』
 その一言に。
 今度は、鋭斗が激昂した。
「なんだと!」
 立ち上がる鋭斗。
「もう一度言って見ろ、己(オレ)が、誇りがないだと!?」
『……怒るってこたぁ、図星か? 図星を指されたら怒る。正論ほどムカつくことはないわなぁ』
「黙れ、蜘蛛野郎!」
『おっと』
 空になった弁当箱を投げる鋭斗。ゴルトはさっと影に潜んでそれを回避する。
「お前に何がわかる……己(オレ)は。己(オレ)は!」
 鋭斗は影を睨みつける。
 その叫びに、静まり返る。
 鋭斗の目尻には、涙さえ浮かんでいた。
「何かあったのか」
「何も無い!」
 空の言葉に、鋭斗は叫ぶ。
「そうか」
 空はただそう返答する。
「……ちょっとあんた、さっきから……」
 鍔姫が立ち上がる。そして手を伸ばすが、鋭斗はそれをはたく。
「己(オレ)は」
 鋭斗は言う。
「恩は忘れない。だけど、己(オレ)は……目的を遂げるまで、馴れ合うことは無い!
 己(オレ)は、独りだ。独りでいい……!」
 血を吐くような叫びをあげ、そして鋭斗は跳び去った。

「……」
 空が弁当を食べる音だけが響く。
『なんでぇアイツ……短気っつーかヒステリーっつーか。
 お前といい勝負だなぁツバキチ……あ痛!』
 鍔姫に殴られた。
「誰が短気よ」
『そーいうところだっつーのコノヤロウ!』
 てめーまだ悪魔抜け切ってねぇんじゃねぇか、とゴルトは言う。
 それに対し、鍔姫はふんっ、と鼻を鳴らしながら影を踏みつける。
「仲いいね、二人とも」
「どこがよ有紀っ!」
「でも……大丈夫かな、鋭斗君」
 有紀が、鋭斗の飛び去った方角を見て心配そうに言う。
「だいじょーぶじゃないの、元気いっぱいだし」
「うん……それならいいんだけど」
「何よ、ずいぶんと心配そうよね」
「私、聞いたんだけど」
 有紀が言う。
「鋭斗君……一族を、その」
「……殺されたのか」
 空が有紀の態度から、その事実を察する。
 たった一人で双葉学園都市で生きようとする、十歳程度の少年。ラルヴァ。
 なるほど、考えてみればその通りだ。
 ラルヴァといえど親はいる。
 ましてや、人並みの知性、文化を持ち、人と共存、あるいは隣り合わせで暮らすようなラルヴァならなおさらだ。
 だが彼は、鋭斗は独りだった。まだ少年、いや子供なのに。
 狼、それは「一匹狼」という言葉のイメージが先行してしまい誤解されがちだが、群れで生息する動物だ。
 狼の特性を持つ人狼の民とて、例外ではない。
 そんな人狼の少年が、ただ独りで双葉学園でホームレスのように生きている。
 それを考えると、天涯孤独であろうことは間違いが無い。
「そんな……」
「うん。でも、だからさっき楽しそうにしてたから。だから余計に心配かな……」
「あれでっ!?」
『楽しそうっ!?』
 鍔姫とゴルトの声が同調する。
 あれで楽しそうだったんかい、と。どう見ても機嫌が悪そうだったが。
「わかるよ。鍔姫だって最初あんなかんじだったし」
「へ?」
「似てると思うよ確かに、鍔姫も鋭斗くんも」
「どこが?」
「うーん、今の鍔姫とはちょっと違うかな? 最初の頃」
「最初……」
「なんかさ、ちょっと張り詰めてたってかんじで」
 有紀は言う。
 そう、確かに鍔姫は転校して来たときは、とにかく気を張っていた。
 だがそれでも、それを気取られぬように必死だったはずなのだが。
(……鋭いなあ)
 最初から見透かされていたのかと、鍔姫は嘆息する。
 だからこそ気を利かせてくれて、そして自分は救われたのだろう、と。
 だったら。
 遠慮なく踏み込んでくるこの委員長と、空気を読まずに触れてくるこの男に――あの生意気な少年も救われるのだろうか?
 それは願っても無いことであり、そして……少し、嫌な気分がする、と鍔姫は思った。
 なんだろう、この気持ちは。
 それは……嫉妬だろうか。
(いやだな、薄汚いな、私)
 この二人が、自分以外の誰かを救う……それが少しだけ嫌な自分がいる。
 独占欲、か。
 鍔姫は、そんな裡に生まれた心を流して消し去ろうとするかのように、水筒からお茶をコップに注ぎ、飲み干した。






「空くん、大変!」
 授業が終わった時。
 珍しく有紀が血相を変えて飛び込んで来た。
「鋭斗君が……」
「なに、風紀委員にでもとっ捕まったの?」
 鍔姫が興味なさげにいう。そしてそれに対する返答は、それどころではないものだった。
「討伐隊が組まれるって!」
「……」
 討伐隊。
 そう、討伐……だ。
 物騒すぎる響き。それは、双葉学園が、昼飯泥棒のラルヴァをついに、「倒すべき対象」と認めたということだ。
 ……殺し、滅ぼすべき敵だ、と。
「……そんな!」
 その物騒な言葉に、鍔姫が立ち上がる。
「なんで討伐隊って、そんな」
「鋭斗くん――人を、殺したらしいの」
「馬鹿な!」
 鍔姫が叫ぶ。信じられない、というように
「私だって信じてないよ。でも……そういう話で動いちゃってるの」
「まさか昨日の喧嘩で自棄(やけ)になってとか……」
「どうだろうな。ていうか……」
 空が言う。
「殺されたのは、誰だ?」
「え? それは……」
「秋森、質問だ。それは、醒徒会が公式に組む、作戦(ミッション)としての討伐隊?
 それとも……生徒有志による討伐隊?」
 二つには、大きな隔たりがある。
 前者はまさに双葉学園の正式な任務だ。だが、しかしいかんせんそのような任務となると、お役所仕事……とまではいかないが、動きに時間がかかることも珍しくない。
 対して後者は、事件が起きた時の現場の判断で組まれることが多い。
「確かに人がラルヴァに殺されたのなら、学園が討伐隊を組むのも当然だろう。
 だけど……なら、誰がいつどこで殺された? そんな話は僕は聞いてない。浅羽、お前は?」
「わ、私も……」
「そうだ。人が殺されたのなら、噂になるはずだ。だがそれが無い。そして、なのに討伐隊がこうも速やかに組まれる……あべこべだ、順番がおかしい。昨日の今日だ。なのに……
 まるで、既成事実を作ってしまえ、とばかりに」
「どういうこと……?」
 理解が追いついていない鍔姫に、空は言う。
「一度討伐隊が組まれてしまえば、鋭斗に弁当を奪われて憤懣やるかたない連中が次から次へと討伐隊を編成するかもしれない。組まずとも。立ち上がり狙うだろう。
 そしてそれを狙っている者がいる……そうでなければ、こんな動きは理にかなってない」
「……うん、さすが空君、冷静だ」
 有紀が席につき、深く呼吸する。
「駄目だな私、あせっちゃった」
「仕方ないよ有紀。友達が狙われてるんでしょ。冷静になれるのは空ぐらいなもんよ」
 空気読めないし、と付け加える。それが逆に助かったけどもね、とも。
「……」
 空は思い出す。
 先日のような、あんな強い相手……アールイクスのような異能者たちが何人も集まって、鋭斗を狙うなら。
 討伐しようとするなら――彼は万に一つも助からないだろう。
 そして、それを自分が前のように邪魔をしたらどうなるか。明白だ。
 勝てない。
 逃げられない。
 それどころか、自分もまた、正体不明のラルヴァとして――斃される展開が容易に想像できた。
『……』
 影の中で、ゴルトシュピーネもまた無言。それが何より雄弁に語っている。
 益が無い。
 意味が無い。
 普通に考えれば。ただ迷惑をかけられただけの一匹のラルヴァのために、命を掛ける道理など全く無い。
 そう、そんな道理など、全く無いのだ。
 だが――

 空は立ち上がる。
 窓の外を見て。

「どこいくの?」
「決まってるよ」

 そう、確かに意味が無い。
 だからといって、動かぬ理屈にはならない。

 一度、一緒にごはんを食べた仲だ。
 険悪で剣呑で騒がしい食事だったが、決して――不味い食事ではなかった。
 ただそれだけ。
 それだけで――命を掛けるには、充分の理由だ。



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