【金色蜘蛛と逢魔の空 第三話 2】


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 双葉学園の森林地区で、狩猟が行われていた。
 ただし、普通の狩猟ではない。
 狩人たちは、双葉学園の異能者たち。そして獲物は、人狼の少年――鋭斗である。
「追え!」
 森の中を駆ける異能者たち。 
 だがいかんせん、木々が邪魔である。剣は振るえず、飛び道具は幹が盾となり、上空からは枝葉が傘となる。
 加えて相手は、二足歩行の獣だ。その俊敏さは、人の身には余りある。
 地の利。
 それは確かに、双葉学園の生徒達にあるべきではあるが、そこはそれ、地形の理、といったところだろうか。
 明らかに鋭斗の方に分があった。
 故に、前述を撤回し、逃走が行われていた、というべきだろう。だがそれもまた、正しくは無かったのではあるが。
 意味を成す逃走。追うための逃走。
 悪さをし、暴れ周り、自分の存在をアピールし続けたその成果だ。
 見つけろ。己(オレ)はここにいる。
 お前が逃がしてしまったただ一匹が、ここにいるぞ――と。
 狙っているのだろう? 己(オレ)を。
 完璧主義と驕る貴様なら、己(オレ)の存在を知れば逃さぬはずだ。
 そしてこの追っ手どもは――お前の仕込みなのだろう?
 確証は無い。しかし、確信はあった。
 それは獣の勘。野生の勘。
 近い、と。
 怨敵は近くに潜んでいる――と。

 後ろの気配を探る。
 追っ手はだいぶ引き剥がした。最後まで付いてきているのは、一人。
 鋭斗は近くにあった倒木を掴み、前方に投げる。
 叢をかき分け、音を鳴らしながら樹片は前方へと消える。それと同時に鋭斗は音も無く上空へと跳び、枝葉によってその姿を隠す。
「追え!」
 その倒木を獲物の走り去った後と思い、走る男子生徒。
 音も無く、鋭斗はその背へと舞い降りる。
「ひっ!?」
「お前は今、一度死んだ」
 喉笛に爪を立てる。だが、それを付きたてはしない。
「二度目は本当の死だ」
「……っ!」
 一筋、血の赤い糸が流れる。
「言え。お前達の仲間、或いは後ろ盾、なんでもいい。そこに奴は居るか」
「や……つ?」
「おそらくお前達に己(オレ)を追わせた奴だ。己(オレ)から全てを奪った人間! 魔術師!」
「し、知らない。俺は知らない、魔術師なんて……!」
 声を聞けばわかった。この男は何も知らない。少なくとも、魔術師に心当たりは無いだろう。
「でも……」
「でも?」
「俺達を、討伐隊を指揮した先生は……いる、いるけどあの人は、大人だし、一般人で」
「そいつは誰だ。言え!」
「藤波……」
 名前を言おうとした瞬間。
「っ! 伏せろっ!」
 鋭斗が、その生徒の頭を掴み、地面にたたきつける。
 その刹那の後、男子生徒の頭があった場所を、付加視の顎がかすめる。
 がちん、と。
 一瞬遅ければ、彼の頭は無くなっていたに違いない。
 そして……森林の木々に木霊する声。
 愉悦と嘲笑と侮蔑の響きを載せた声が響いた。

「駄目だなあ、落第だなあ。仲間や恩師を売っちゃいけないだろう。そういうのは三下のやることだ」

 枝を踏み折る足音。
 乾いた音――それが何故か、どうしようもなく陰湿な音にしか聞こえない。
 腐肉を踏み歩くような、そんな足音。

「お前は……!」

「藤波卓也。それが私のここでの名前だ。ちょうど背格好がぴったりな男が居たのでね、有意義に使わせて貰った。
 ああ、誤解の無いように言っておくと、私は彼を殺してなどいない。害しても居ない。
 ただ、霊安室に運ばれた遺体が、奇跡的に息を吹き返したという、それだけに過ぎないよ」

 中身が別物になっただけだ、と笑う男。
 中肉中背の中年男性。スーツ姿の平凡な姿。
 だが、その身に纏った雰囲気がとてつもなく不吉だった。
 死臭。
 腐臭。
 おぞましい、穢れの臭いを漂わせて――

「死霊術師(ネクロマンサー)――!」

「その通り。セルゲイ・ガーネフ――そんな私を知っている君は、何者かな?」

 死を纏った魔術師は、笑った。






「忘れたとは、言わせない」
 鋭斗は睨みつける。犬歯を剥き出しにして。
「己の――己達の仇!」
「はて」
 その言葉に、セルゲイは首をかしげる。
「駄目だなあ。心当たりが多すぎる」
「な……に?」
「大方、いつものように、私が皆殺しにしたラルヴァの生き残りなんだろうけどね。
 常に数匹は残しているので、だからそのケースの心当たりが多すぎて、どうにも困る」
「な――」
 その言葉に絶句する。
 今、何を言った? 常に残している?
「ど、どういうことだ……」
「簡単だ。それくらいのことにも行き当たらないのかね、君は。落第だよ」
 セルゲイは笑う。
「生き残った者への未練。死んだ者たちへの哀悼。双方が懐く、互いへの思いは円環を成す蛇(ウロボロス)だ。
 それらは死霊の力をより高める原動力となる。
 ああ、ああ。生き残った彼らは大丈夫なのか、幸せなのか、それとも苦しんでいるのか。ああ、ああ、心配だ、ああ心残りだ我らが同胞よ!
 ああ、ああ。殺された彼らは成仏できたのか、それとも恨み苦しんでいるのか。生き残った私を恨んではいまいか。ああ安らかに、われらが同胞よ


 そういった思いこそが――力となる。力を与える。
 だから――常に残しているのだ」
 死者への冒涜。
 残された人への侮辱。
 それこそが力の源泉だと、魔術師は笑った。
 その言葉に、鋭斗の頭は瞬時に沸騰する。
「貴様ァァァ――――――――!!」
 弾ける。
 駆ける。
 一瞬にして間合いを詰める。
 だが、暴風に晒された木の葉のように、セルゲイの身体はひらりと宙を舞う。
 その爪は当たることは無く、虚しく宙を切り裂くのみ。
「糞ぁ!」
「駄目だなあ、年長者にそのような汚らしい言葉遣いはいただけない。落第だよ、君」
「……!」
 その嘲笑に、噛み砕かんばかりに歯を食いしばる鋭斗。
 それを鼻で笑いながら、セルゲイは背後に身を躍らせる。
 付いて来い、といわんばかりに。
 そしてその見え透いた挑発を警戒する冷静さは、もはや鋭斗には無かった。
 追う。
 追う。
 ひたすらに、追う。
 ざざざ、と不快な木々の音を掻き分け走り、そして広く開けた場所へと躍り出る。
「……!?」
 そこは……墓場だった。
 幾つもの土饅頭が盛られただけの、簡素な墓場。
 荒れた岩場の崖下に、森に囲まれた広場。
 そしてその中心に建てられた小屋。
 その屋根に、セルゲイは立つ。
「ようこそ、我が工房へ」
 そして――
「歓迎しよう、我が軍勢を持って」
 死者を統べる王は笑う。
 地面が動く。揺れる。土饅頭から次々と手が突き出される。
 その腕を――鋭斗は知っている。
「あ……あ……!」
 その手を、その毛むくじゃらの手の多くに心当たりがある。判別できる。
 そのひとつひとつが、誰だったかを、判ってしまう。
 その暖かさを覚えている。
「あ…………! ああ、あ――――!!」
 だから、見たくなど無い。
 変わり果てた姿を。
 それなのに、どうしようもなく、理解してしまっている!
 そこに眠っている人たちを。 
 そこから起きてきた人たちを。
 二度と会えないと思っていた。
 否、二度と逢ってはいけない人たちのその姿――!

 それは、
 懐かしい、
 家族たち。
 狗守の里の――人狼たちの、なれの果て。

 死体と死霊で作られ、括られ、縛られ、使役される――人狼の死体人形たちだった。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――!!」

 絶叫する。
 眼前の光景を否定するために絶叫する。
 だがその絶叫は、先ほどまでのものと違い――闘志へとは結びつかない。
 怒りではない。憎悪でもない。悲嘆ですらない。
 ただただ、絶望からの逃避のための絶叫だ。
 憎かった。自分から全てを奪った魔術師が憎かった。そして、双葉学園にそれがいると聞き、追った。
 結界を必死にくぐりぬけ、潜入した。
 そして、自分はここにいるぞと暴れた。
 だが、そこまで鋭斗を突き動かした怒りも憎しみも――全く無駄だったのだ。
 理解していなかった。
 自分が相手にしていたものが、どれほどの外道だったかを。
 鋭斗をわざと生かして、弄んでいた。そう、いうなれば鋭斗はセルゲイにとって、寝かせていた極上のワインだ。
 熟成される憎悪と憤怒。
 それが自らの前に現れる時を待つ。
 そして栓を開けるのだ。
 その栓抜きとして使われるのが、鋭斗の愛した同族たちの成れの果ての死体人形。
 愛するものの変わり果てた姿。
 それを見せた時どのような表情を見せるか。どのような動きを見せるか。それをただただ楽しみにしていたのだ。
 そして、鋭斗は――罅割れた。
 絶望に、膝を付く。絶叫は、ただただ目の前の現実を否定するためだけに口を突く。
「あああああ、あ、アアAaaa――――あ嗚呼亞蛙唖あああああ吾ぁあああああ嗚呼aaaAAAaaA!!」
 腰を突く。しりもちをつき、ひたすらに後ずさる。
 どんな苦難も耐えられると思っていた。
 仇を討つためなら、自らの命も要らぬと。
 狼の誇りにかけて。 
 ああ、だけど。
 だけど!
「ぐ……るぅ、ぉ……」
 腐汁が垂れる、大きな口。
 ――大食い自慢のヨシゾウ。
 がさがさにひび割れ、全身がミイラのようになってる。
 ――毛並みが綺麗だと威張っていた、ケンジ。
 醜いツギハギで変形した顔。
 里一番の美人だと評判だって、レイコ姉ちゃん。
 他にも。
 ほかにも。
 タイゾウ。ヨシノ。ケンタ。タイヘイ。シノ。ヘイジ兄ちゃん。トウジ。ゲンタさん。
 みんな。
 みんな。
 みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな――
 死んでいる。
 これでもかというぐらいに、死んでいる。 
 これが死。
 冒涜され蹂躙された、おぞましい死の形。
「はははははははは、どうかね、気に入ってくれたかね!」
 死霊術師が笑う。
 これが視たかったと。その顔が視たかった、その悲鳴が聞きたかったと笑う。
 最高の美酒だと。
 怒りと憎悪を糧にここまで育ったモノが、絶望によって折られその栓を開封する。
 なんという魂の美味か、と!
「これが見たかったのだ、ああ、いいぞ。合格だ! これでこそ、こいつらを醜く無惨に仕立て上げた甲斐があるというものだ!
 安心しろ、君はもつと美しく仕上げてやろう、少年。
 その絶望と恐怖の張り付いたデスマスクが永遠に損なわれぬ、そんな死体人形にしてやろう!
 そして同胞たちと共に永遠に苦しみ続け、我が軍勢として! 我がコレクションとして!
 はは、はははははははははは、はははははははははははははははははははは!!」
 指揮者のように腕を振る。
 そのタクトの命ずるままに、緩慢な動きで人形達は鋭斗に詰め寄る。
 ゆっくりと。
 赤子のような緩慢さ。これでは獲物は逃げてしまう。狼にあるまじき動き。だがそれで充分。
 獲物の心は既に折れている。
 それも仕方ない。何故なら、どれだけ牙と爪で武装し、怒りと憎悪で心を固めようと――鋭斗は。狗守鋭斗は、まだ十歳なのだ。
 両親に甘えたい年頃だろう。
 友達と遊びたい年頃だろう。
 初恋だってまだかもしれない。
 そんな、子供なのだ。
 ただの――子供なのだ。子供でしかないのだ。
 そんな子供が、このような悪意を前にして、戦意を失う、それを誰が責められる?
 だから、動けない。ただただその大きな瞳に絶望の涙を浮かべるしかできない。
 かつての同胞の腕が、鋭斗の首を捕える。
 締め付け、そして持ち上げる。
「ぁ……が……」
 その腕を見る。
 懐かしい。知っている。ずっと大好きで、背中を追いかけていた。
 狗守瀬文。実の兄。
「瀬……文……兄さ……」
 答えない。答えるはずは無い。
 目の前の狼人形は、その腕の力をいれ、絞め殺そうと……いや、首を折り殺そうとしている。
 ぎりぎり、と激痛が走る。
 呼吸が止まる。
 視界がぼやける。
 これで終わりなのか。
 こんなにあっけなく終わるのか。
 二年。
 二年もの間ずっと探し、日本全国を捜し歩いた。
 その終わりが、これか?
 なら――己のやってきたことはなんだというのか。
 己は。
 ぼくは。
 こんなところで何も出来ずに終わるのか。
 敵すら、討てずに。
 誰の無念も晴らせずに。
 なんでこうなったのだ。悪いことをしたのか?
 ラルヴァだから――悪いのか?
 なら、ぼくはどうすればいい。
 そんな疑問も意味を無さないまま、首の激痛はより烈しく。
 死ぬ。
 殺される。
 いやだ。だれか助けて。
 神様……それとも、神様なんていないの?
 神様がいたとして、神様が助けるのは人間だけなの?
 なら、ぼくは、どうすればいい。
 だれにたすけをもとめて、だれをしんじたらいいの?
 おしえて。
 たすけて
 だれか。
 だれか――――――――








 そして、鋭斗の身に起きる激痛と衝撃。
 だがそれは――首に起きたものではなかった。
「っ、は――!」
 呼吸が許される。酸素を吸い込む。
 背中が痛い。受身もとれずに地面に叩き付けられた背中が痛む。
 涙でにじむ視界。
 鋭斗の目にうつるのは――背中。
(兄さん……?)
 違う。兄は死んだ、殺された。
 だがそれでも、そっくりだった。似ていないのに、そっくりだった。
 自分を守るように立つ、その背中は。

「あんた……は」

 鋭斗はその名を呼ぶ。
 気に入らなかった男。
 空気を読まないおせっかい。
 だがそれは……確かに、そう、確かに。
 助けてという、自分の声に答えるかのように――
 黄金の空の下――
 黄金の影を付き従えて――


「逢馬……空……!」


 黄金の魔術師が、そこに立っていた。
 その手には、先ほどまで鋭斗の首を掴んでいた腕。
 黄金の影に捻じ切られたそれを、空は無造作に捨てる。
「立てるか」
「え……あ、ああ……」
「そうか。後ろに、すぐに浅羽と秋森が追いついてくるだろう。一緒に隠れてろ」
「な……ごほっ、なんで……」
 鋭斗が問う。
 なんでここにいるんだ、と。
 なんで助けに来てくれたんだ、と。
 だがその問いは言葉にならず……
「貴様ぁ、何故邪魔をっ!」
 セルゲイが怒りを叫ぶ。
 自分の最高の瞬間を奪った闖入者に対して。
 空は答える。
「何故と言われても――友達を傷つけられて、黙ってられるわけないだろう?」
「友達……? はっ、何を。そいつはラルヴァだぞ!?」
「それで?」
「っ!?」
「ラルヴァだろうが人間だろうが、関係ない。
 ただひとつ、賑やかな昼食は不味くなかった。
 それだけだ」
「な、なにを意味のわからないことを言っている! 駄目だ、そんなのは落第だっ!
 何だお前――何者だっ!?」

「ただの、何処にでもいる魔法使いだよ」
『悪魔と二人三脚のな』
 影から、ゴルトシュピーネの金色の体躯がにじみ出る。
 影から伸びる巨大な脚が、空たちを守るように蠢く。
 そして空は歌い上げる。
 意思を。
 守るという意思、斃すという意志を。
 セルゲイに向かって。死霊術師に向かって――歌い上げる。

「いい夕方だ。逢魔ヶ刻に相応しい、金色の夕闇。
 そして此処はもはや僕の巣だ。お前に逃れるすべは無い。
 さあ、支配を始めようか」

 そして、空は呪文を唱える。
 それに従い、足元の影が黄金色に輝き、そして円を描く。
 あれは魔法陣だ。それが輝き、そしてその光が舞い、木々を照らしあげる。


 我告げる、汝を統治せん(OL SONUF VALOSAGAI GOHU)

 我は原初のアエティールに住まう、最初にして至高の存在なり(ZIR ILE IADIA DAYES PRAF ELILA)

 我は地上の恐怖なり、死の角なり(ZIRDO KIAFI CAOSAGO MOSPELEH TELOCH)

 ザザース・ザザース・ナサタナータ・ザザース(ZAZAS ZAZAS NASATANATA ZAZAS)


 そして呪文と共に、黄金蜘蛛の体が変貌する。
 それは……鎧だ。
 黄金に輝く、蜘蛛の意匠を凝らした、荘厳な、力強く、頼もしい鎧。
 それは、きっと王の鎧。
 王だけが纏う事を許される、力の象徴。黄金の雄姿。
 そして、二人の言葉がその奇跡を締め括る。

『――憑依召喚(Invocation)』
「黄金練装(Gold Yezirah)!」

 一瞬にして黄金がソラの身体に纏われる。
 そこに立つのは、黄金の鎧に身を固めた王だ。

「なんだ、それは……悪魔喚起。憑依によってその力を身に宿す魔術……だが、それは! その鎧は!」
『おうよ。ソロモン72柱序列第一位……バール、その鎧だ』
「は、ははは、はははははははは」
 セルゲイは笑う。
「面白い。面白いぞッ! 合格だ! この学園にはロクな魔術師はおらず、天然モノばかりと思っていたが――!
 成る程、成る程! 先ほどの呪文、その術っ!
 確かに君は魔術師だ!」

 腕を大きく振るセルゲイ。
 そしてその口から呪文が発せられる。

「ならば闘争を開始しよう! 我が銘は“洞窟にて死に死する幽鬼(ホーンテッド・ケイブ・デッドデッド)”!
 死霊術師にして死霊の王なり!
 生ける者たちよ、我が名を怖れよ!」

 ましさく呪言。生者を憎み、呪う言葉。
 そのリズムに操られるように、緩慢だった死体たちに芯が入る。
 人形から獣へと。
「下がれっ!」
 黄金の――ゴルトデュランの言葉に、弾かれるように鋭斗は下がる。
 ちょうどそのタイミングでここに辿り着いた、鍔姫たちが鋭斗の身体を抱きとめる。
 そしてそれを合図かのように、何体もの屍狼が走る。
 だが、ゴルトデュランは動かない。
 静かに――

『そうだな。敵が軍勢なら――こちらもそう行くかよ、兄弟』
「ああ」

 手をかざす。
 号令を下す。

「――此処に我が名我が魂において召喚す。
 来い。我が軍勢(レギオン)……“宝石煌く白き雪(シュネーヴァイス・エーデルシュタイン)”」

 煌く。
 足元の影が魔法円を描き、そこから微細に輝く霧、いや――氷が湧き出る。
 ダイアモンドダスト。
 微細に舞う氷の粒、宝石の輝きを持つ氷霧……ダイアモンドダストだ。
 そう、宝石である。
 すなわちその名――エーデルシュタイン。

 主を庇うように、盾の様に、ダイアモンドダストが終結する。
 そしてそれが形を成す。
 銀髪白肌、深いエメラルドの瞳。
 戦場に不釣合いな白いワンピースと、そして日傘。

「イエス・マスター。御身の前に」

 シュネーは綴じた日傘を振る。
 ただそれだけ。
 それだけで――第一陣の狼達は、その身体を凍結させ、そして勢いと自重に負けて、砕け散る。
 綺羅綺羅とその凍りついた体の破片を宝石のように煌かせて。

「……!」

 その光景を、鋭斗は視る。
 かつての仲間達が、砕け、滅びる姿を。
 そして、ゴルトデュランは言った。

「狗守鋭斗。お前は僕を恨んでいい。憎んでいい。
 僕は――僕達は、これからお前にとって、もっとも残酷で非道なことを行う」
「え……?」
「殺戮だ」

 影が伸びる。
 黄金の棘が影から次々と伸び、狼達を串刺す。
 貫かれ、そして――砕け散る。
 悉く。
 悉くを、影が、氷が、次々と打ち砕いていく。

 だが……鋭斗には、少年にとっては、それは……残酷でも非道でも、殺戮でもなかった。
 外道の手によって醜い人形とされ、尊厳の全てを踏みにじられた同胞達。
 だが、どうだ?
 その遺体は、宝石のように美しく輝いて砕かれる。
 その遺体は、黄金の輝きに包まれて砕かれる。
 その醜さを、雪の白さで包み隠すように。
 その醜さを、金の光でかき消すように。
 錯覚だろうか。
 滅ぼされていくその表情のどれもが――苦悶と苦痛から開放され、安らいでいるようにしか見えないのは、鋭斗の錯覚だろうか?

 その暴君の暴虐は――苛烈であり、そして何処までも慈悲に満ちていた。
 その死を、美しく飾るように。

「な、バカな」
 その光景を死霊術師は恐怖する。
 何だ。これは何だ。
 造り上げた屍狼の軍勢が、悉く滅ぼされている。
 死ぬことなき死者の軍勢が、次々と死んでいる!

 それもまた道理だ。
 宝石のエーデルシュタイン。その凍結はまさしく魂すら凍らせる。その死体に込められた魔力――魂源力そのものを凍結・停止させる。
 逢魔ヶ刻のゴルトシュピーネ。その力は、どのような力とて黄金へと練成する。
 その力に比べれば、たかだか死者を冒涜するだけの力など――否、比べるべくもない。

「何だ。何なのだお前らは!」

 震える声を絞り出す。
 だが――まだだ。
 セルゲイとして死霊の王を名乗るもの。
 従える屍兵は、死霊は――人狼のみではない!

 そして。
 正面からが無理なら……ああそうだ。
 貴様らを倒すのが無理なら……貴様らが守ろうとしたものを殺してやる!

 セルゲイは叫び召喚する。
 怨霊達を地獄の鎌から呼び寄せる。


「! しまっ――」

 鋭斗と、そして鍔姫と有紀の所に攻撃が来る。
 狼たちではない。
 セルゲイの操る死霊は、狼たちだけではない。
 怨霊。
 コールタールで練り上げられた鴉のような怨霊の姿。
 操られた怨霊が迫る。

 だが――


<<Second movement "RAY-FORCE">>


 女性の響きを持つ機械音声が、木霊する。
 そして閃光。いや、光弾。
 それが怨霊たちを次々と打ち砕く。
 魔を祓う神の光であるかのように。

「な、これは……」

「おやおや、オシリペンペンしようと思ったら、また大変な事になっているじゃないか子犬ちゃん。
 それにいただけないな、何処の誰かは知らないが、女の子にこんな汚らしい汚物を投げつけるなど、全くもって駄目だぞ?」

 フルートの響が流れる。
 死者達の舞台に、ある意味相応しいその音色は、鎮魂曲。
 そして――

「また会ったな、金ピカ野郎。さて、この場合俺はどちらに加勢するべきだ? いや、皆まで言うな! 女性をいじめる不届き者がいる以上、俺がどうするべきかは決まっている。そう、この俺は女性とそして俺の味方だからな!」

 崖の上から現れる、白い輝き。白い鎧。
 その名を、アールイクス。
 それは崖から勢いよくその身を投げ出す。

<<First movement "GRADIUS">>

 華麗なる回転を決めて着地し、そのまま剣を振り、三体もの屍狼を切り裂き、吹き飛ばす。

『なっ、てめぇ真っ白野郎!』
 ゴルトが声を上げるが、空はそれを無視してアールイクスへと声をかける。
「……どうしてだ?」
「ん? ああ、森でなにやらあのワンチャンを大人数で追いかけてるのを視たからな。
 義を見てせざるは何とやら、だ。
 確かにオイタをすればおしおきは当然だ。だがやりすぎはよくない。よっておしおきしただけだ」
 鋭斗を追いかけていた追っ手たちがほとんど脱落したのは、奏が横から邪魔をしたからだった。もっともそれは鋭斗本人はまったく気づいていなかったわけだが。
「なにより、気にくわんぞあのオッサン。さらに大勢で、しかもこんな連中を使って女子供を苛めるなんて、イケメンとしては絶対に許せん」
「イケメンじゃなくても確かに許せない。それは同意するよ」
「気が合うな魔法使い」
「全くだ、正義の味方」
 純白と黄金。
 アールイクスとゴルトデュランが並び立つ。

「馬鹿に……しやがってぇええ!」
 セルゲイが絶叫する。
「集え。天地万物森羅万象遍く全ての死者怨念!
 我、汝らの代弁者、生きとし生けるものに汝らが苦痛を告げるもの!
 開け地獄の釜。
 煉獄のカラタグラより来たれ、そして我が意に集いてさらなる力となれ!
 我が身を纏え。
 我が身に宿れ!
 我が力となりて全ての生者に裁きを下せ!」

 荒れ狂う。
 瘴気が唸り、竜巻のように霊魂たちが呼び寄せられる。
 セルゲイを中心に、渦を巻く。
「な、何を始める気だやっこさんは!」
「僕は死霊魔術は専門外だ、死霊を集めているぐらいしか判らない」
『いや、集めているだけじゃない……あれは!』
 渦が晴れる。
 爆発する。
 その中から現れたのは……巨大な灰色の巨人。
 屍色の巨人……いや、巨大な鎧だった。

「パクりやがった!」
 アールイクスが叫ぶ。
『なるほどな、死霊を集め、鎧を練成したか……この鎧のように』
「俺じゃなくお前のパクリか! ならお前がどうにかしろ、著作権者!」
「いやそういう問題じゃないと思う」
 全長3メートルほどに膨れ上がった屍巨人。
 セルゲイが腕をふるい、ゴルトデュランとアールイクスのいた地面を殴りつける。
 爆砕。
 土や岩が吹き飛ぶ。
「くそっ、なんつー威力だ! でかいってのはそれだけでパワーだな!」
「対艦巨砲主義、というやつか」
「男はみんな対艦巨砲主義なんだよ! 主に股間が」
『どうでもいいんだよチクショウ!』
 爆砕に翻弄されながら、二人は走る。
「くそっ、埒があかねぇ。……そうか、動きを止めればいいのか」
「手段はあるのか?」
「ああ、ある。……俺を使わせてやる。ありがたく思え、魔法使い」
「?」
 ゴルトデュランが訝しげる中、アールイクスは真正面からセルゲイに向かう。
 そして、淀みない動作で胸のレバーとボタンを操作する。


<<Final movement JudgementSilverSword>>


 アールイクスの胸部から大きな光弾が発射する。それはセルゲイにあたると、その巨体を拘束し固定した。
「効果は……ちっ、薄いな!」
 だがそれでも完全にとめることは出来ない。
 アールイクスだけでは、この巨体を止めることなど無理だ。

 そう、アールイクスだけでは。

「!?」

 ダイアモンドダストが舞う。
 セルゲイの足元を凍てつかせていく。
 シュネーの凍結が、脚を奪う。
 そして……

「汝が言葉のままに退去せよ(ABHADDA KEDHABHRA)!」

 地面から幾つもの黄金の杭が飛び出し、次々と刺さる。あるいは、触手のように拘束する。

 そう。
 一人で駄目なら、三人でやればいい。
 それならば、あの巨体のパワーすら……止められる。

「さあ、行くか――ちょっとくすぐったいぞ、俺がな!」

 アールイクスは跳躍する。そして――その身体が、人体の常識を無視した変形を行った。
「んなっ――!?」
『なんじゃこりゃあっ!?』
 空とゴルトが叫びを上げる。
 それもそのはず。
 アールイクスは、全長4メートルもの巨大な剣へと、文字通り変形したのだ。

「なるほど、承知!」
 ゴルトデュランも跳躍する。
 そして空中で、その巨大すぎる剣を掴む。

「何だ……何なんだ貴様らはぁあああ!!」

 セルゲイが叫ぶ。

『決を下す。死霊の王? ふざけんじゃねぇ。てめぇは王なんかじゃねぇ、ただ死者を冒涜してるだけの屑だ』
「その通り! そして、なによりもブサイク面だ。見るに耐えん」
「故に僕らはこう言おう」
『享受せよ、我らが神罰――』


「“汝が稲妻を死まで送り込め、其は裁きの銀剣也(JUDGEMENTSILVERSWORD―ABREQ AD HABRA)”!!」


 銀色の稲妻を纏った、巨大な剣が。
 閃光と共に――死霊術師とその鎧を、粉砕した。





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