【金色蜘蛛と逢魔の空 第三話 3】


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 セルゲイの身体が墜落する。
「が……はあっ!」
 その無様な姿の前に立つのは、黄金と純白。
「な……っ、何だお前らっ! わ、私をどうするつもりだ……!」
「さあ、どうしてくれようか。オシリペンペンじゃすみそうにないが?」
「こ、殺す気か? だが、私は人間だぞ! お前達、人間を……人殺しをつるつもりか!」
「……」
「わ、私は人を殺していない。いないのだ。ただラルヴァを殺しただけだ、だから貴様らが私を裁く権利などない!」
 わめきたてるセルゲイ。
 だが……その時、声が振ってきた。

「イエス。オーケーオーケー正しいよ、君はまったくもって正しい。だけどそれは人の理だ。あれぇ? 魔術師が人の理を説くなんて、ナンセンスだ

よねぇ? そう思うだろ、ミスターネクロマンサー?」

 日も暮れた薄暗い夜の中。
 逢魔ヶ刻の時間は終わり――
 小屋の屋根に腰掛けて見下ろす、神父の姿がそこにあった。


「あ……お前は……お前が! 何故此処に……! お前が!」

 セルゲイは狼狽する。
 まるで、死刑執行人を前にした、死刑囚のように。

「“鉄血に揺れる平衡天秤(グライヒゲヴィヒト・アイゼンブラット)”! 何故お前が、双葉学園に!」

「HAー! いい質問だ、いいクエスチョンだ。だがいい質問に必ずいい答えが返ってくるとは限らない、オーケー?」
「……俺も聞きたい。なんでお前がここに」
 空が聞く。
「それは双葉学園、ではなくてこの場所、という意味だね? オーケーオーケー答えよう。
 こいつは、ミスターウォンテッドなのさ。賞金首、指名手配。そんなかんじ。
 自分の身体を隠し、アストラル体で死体に乗り移り渡り歩き、そしてラルヴァを殺して道具にする。悪質極まりない変態だよ」
 秋葉ジョージはいつものように、笑いながら見下ろす。
「大ビンゴなアストラルの揺らぎを感じたからね。そして来て見たらまさに、ってヤツさ。いやあ嬉しいね、ビジネスが早く片付くよ」
 ジョージは、よっこいしょ、と小屋から降りる。
「ひいっ!」
「さて、こいつを殺すってのは、まあ……難しいね。いや理屈さえわかれば簡単だけどさ。
 死体に乗り移る魔術師だから、肉体は既に死んでいる。
 そのどこかの誰かのものだった死体を壊しても、そいつは死なない。殺すにはアストラル体、エーテル体ごとぶっ壊すしかない。
 ああだけど、安心していいよ。殺すつもりは毛頭ない。ていうかホラ、僕は聖職者だしさあ。
 神父が人殺しはやっちゃいけないでしょ。そしてそこの二人が君を殺すっていうのなら、それも止めなくちゃいけない」
「は、はひ……」
 セルゲイはその言葉に安堵する。
 次の瞬間に、さらなる絶望が来るとも知らずに。
「僕に出来るのはさあ、お願いして、力を借りるだけだよ。
 彼の魂を引きずり出し、永遠の責め苦を

味あわせてくださいお願いします……って

ね」
 そして、袖から取り出す銀色の数珠。十字架を組み込んだ、冗談のように長い数珠だ。
「そんな酷いことさあ、前途ある若者に任せられないし、それに――結社から任された仕事だからねぇ」
「や、やめ――!」
 数珠を振る。
 円形に空中で静止したその数珠の中から……闇が、あふれ出す。
 手。
 牙。
 口。
 目。
 それらが、溢れ出す。
 伸びた其れが、セルゲイの身体を掴み――魂を、引きずり出す。
「ひ、ぎゃひぃ、いいい! い、嫌だ、あそこは嫌だ、あそこに連れて行かれるのだけは嫌だ! 殺せ、殺してくれ! 頼む、助けてくれぇええええ

えええええ!」
 懇願するセルゲイのアストラル魂。
 それに対して、ジョージは慈悲溢れる表情で言った。

「神様はね――決して人を助けない。だから……地獄へ堕ちろ」

「ひぃゃああああああああああああああああああああああ!!」

 そして――死霊魔術師、セルゲイ・ガーネフは……
 連れ去られた。






「何じゃ、ありゃ」
 天地奏は、その様を見て唖然としていた。
「……おい、どうやら俺はホラー映画の撮影現場に来ていたようだ! 誰か俺のサインはいるか! 今なら大サービスだぞ!」
「面白いねぇ、彼」
 ジョージはそんな奏を見て笑う。
「いやまあそれは否定しないけど。それより、あれはどうなったんだ? 何処へ」
「イギリスさ。そのうち彼の本体も見つかって、まありゃ酷いことされると思うよ? まあ自業自得因果応報、ってやつだねぇ」
 どうやら本当に地獄に落とされたわけではないようである。
「残念だったねぇ、ボーイ」
 ジョージは鋭斗に向かって笑う。
「復讐は達成できませんでした、と。それとも何かい、イギリスまで殺しにいくかい?」
「……いや」
 鋭斗は静かに言う。いや静かというのは違うか。
 その肩が、小刻みに震えている。
 怒りが爆発し、感情のたけを吐露するのだろうか。
 それとも泣くのか。
 あるいは、復讐の機会を奪った空たちを憎悪するのか。
 その――どれでもなかった。


「すげえ! 感動した、己、本当に――! お、己をあんたの犬にしてくれ!!」


 奏が後ろで盛大に吹いた。
 鍔姫が盛大にこけた。
 有紀が目を丸くしている。
 シュネーは表情を変えないまま。
 そしてジョージは、いつもどおりの軽薄な表情で見下ろしていた。

「なんてこった! 年端も行かない少年をイヌだとぉ! お前はとんだショタコンだ!」
「あ、ああああ、あんた、何してんのよこの変態ッ!」
「いやまて、僕は何もしていないし何も言ってないし」
「問答無用だ、こんな乱れた性癖の持ち主を放置しておいたら双葉学園の風紀に乱れが生じる! 許さんっ!」
『いやお前には言われたくねぇと思うぞ?』
「え、えと、己なんか変なこと言ったか?」
「ノーノー、君の言ってることはまともだよボーイ。ただ彼らの耳が腐ってるだけさぁ?」
「でもお似合いだよね」
「……うん」
「そこぉっ!? どさくさまぎれに何言ってんのぉっ!?」

 ぎゃーぎゃーと騒ぎまくる一同。

「……?」

 ふと。
 鋭斗が振り向く。
 そこには、何もない。何もないが……

(……あ)

 一瞬。
 刹那の間だけ、それが見えたような気がした。
 同胞たち。狗守の里の同胞達。

 それはすぐに消える。
 夢か、現か、幻か。
 否――鋭斗は思う。確信する。
 彼らは、開放されたのだ。きっと、確かに。

 だって。

 彼らは、確かに自分を見て。
 笑っていたのだから――――






 廃教会。
 空は事の顛末を確認しに、ここにやってきていた。
「ああ、あのミスターは無事にいろいろとひどい目にあってるだろうね。まあそこんとこはもう僕は興味ないことだし。
 僕らの仕事は引き渡すことだけ、そこから先は関与することじゃないさぁ。沈黙は金なり、だっけ。あれ違ったかな? まあどうでもいいや。
 ああお金で思い出した。、一応僕のビジネスを助けてくれた訳だし、そのぶんのお金はちゃんと振り込んどいたよ? え、いらない? そんなこと言うものじゃないさ、それともお金のために動いたと思われたくない? 若いねぇ、嫉妬するよ。でもあって困るもんじゃないだろ? ティーンエイジは色々と物入りだ。僕がティーンの頃はねぇ、デート代とかでバイトに大忙しだったもんさ。まあそのバイトのおかげで今があるわけだしねぇ。労働の対価はちゃんと受けるのが正しいよ? それでみんなハッピーだ」
 座禅を組んでまくし立てるジョージ。
 壊れたパイプオルガンの上、というのがまた罰当たりな気がする。
「しかし本当に君は事件に首を突っ込んで誰かを助けるよねぇ。
 判っているんだろう? ユーは巻き込まれ型主人公なんかじゃない。
 全て自分から、進んで首を突っ込んでいる。
 本当は君は何の苦難もない、平凡で安全な人生を送れるんだ、その影の薄さを活かせばねぇ。
 その魂の浅薄さもまた、君の大いなる力だ。究極的にいえば、君は人類の夢である、女子更衣室や女風呂に平然と誰にも気づかれずに入る事だって出来る。人類の夢だよ。なのに君はそういう有意義な事に使わない。なのにしない、やらない。それは僕にとってはミステリーだよ。いや人類にとって大いなるミステリーだ。おかしいよ君は。
 そしてなんで君は、自分から進んで誰かを助けようとするんだい?
 まるで、そうしなきゃ生きていけないみたいじゃないか。
 機械的で、人間味すら感じさせないぐらいに、君は」
 おかしいよ、と。神父であり魔術師である男は言う。
「君に今更言うべきことではないかもしれないけど……
 カバラー、いや西洋魔術の考え方ではね――人間はね、神様の一部なんだよ。いや、一人一人が神様の願いの形なんだ。
 悪魔が人間の願いの形なのと同じようにね。
 神様は、神様と呼ばれる第一動者、無限光(アインソフオウル)、魂源の渦は……全知全能だ。全知全能が故に、自分だけで完結している完全数。ゆえに、それ以外の形をもたない。だがそれゆえにいつしか願いを持った。自分自身を見てみたい、自分以外の何かになりたい……ってね。そしてその「こうありたい」という形を取り、生命の樹を流出し、この物質世界で人間一人一人になっている。
 それは原初の願い、僕たちはそれを「原罪」と呼んでいる。
 欲望は罪である、っていう皮肉だけどねぇ。
 さて、それぞれの「それ」を自覚し、認識してしまった人たちを、こういう人もいる。
 辿り着いてしまった、咎人だと。
 原型にして原罪。それに辿り着いてしまった哀れな超越者。
 そしてそれはヒトとしての終わりを意味する、らしいよ? ヒトとしてかくあれかし、その道を外れてしまった者。まあそれがどうなのかなんて僕には知らない、あくまでもただの一説だ。
 だけどキミを見てると、それが正しいのかもしれないって思えてくるよ。
 さて、君の原罪――そう、それはただひとつの切なる願いだ。
 君は孤独すぎる。だからこそこう願った」
 天を掴むように両手をあげ、仰々しくジョージは言う。


「それはね――“繋がりたい”だよ」


「……」
「一人は寂しい、だから誰かと繋がりたい。友達が欲しい、仲間が欲しい。
 そして――その為になら、誰でも敵に回すし、自分を犠牲にする。
 狂っているよ本当に。
 願いってのは、欲望ってのは生きるための原動力だ。
 生きるために願う。そう、願いのためにに生きるなんてぇのは――クレイジーなんだよ。
 どうしょうもなくチグハグで壊れてる。順番があべこべだ。
 悲しいよねぇ、そんな壊れた人間に、本当に友達なんて出来るはずが無い。
 だから君は――君たちは、支配する。否、支配するしかない。
 どうしょうもなく孤独な王様。寂しくて繋がりたくて、だけどどうしょうもなくて、支配するしかない、壊れ物の王様。
 それが――君たちさ、逢魔ヶ刻の黄金蜘蛛」
「そうかも、しれないな」
 空は言う。いつもどおりの、空気のような――抜けるような、透き通った、空虚な笑顔で。
「だけど。だからといって、僕は戦うことをやめるつもりは無い。
 理由も目的もいらない。壊れてると言われたっていい。単純な話だよ」
「ふぅん?」
「友達を助けるのなんて、当たり前のことだ」
 そうして、空は教会を出る。
 その前に、足を止めて、振り返らずに聞き返した。
「そうだ……僕の願いが“繋がりたい”なら……あんたの原罪(ねがい)は、何なんだ?」
「イエース。そりゃ決まってるさあ」
 笑いながら、ジョージは言う。
「どこまで行っても借り物でしかない僕が願うことはただひとつ……“ありがとう”だよ」
 その言葉に、空は笑う。
「似合わないな」
「似合わないかい?」
「ああ――あんたらしくて、似合わない」
 そして今度こそ、空は廃教会を後にした。
 その姿を見送って、ジョージは頭をぼりぼりとかいて、言った。
「やれやれ。民に殉ずる、って事かな? ああ、君は本当に王様だよ――反吐がでるぐらいにね。
 本当に気持ち悪い。常々思うよ、君が敵ならどれほど気楽だったか。
 当たり前のように人を助けて、当たり前のように戦って、なんていう――化物なんだろうね、君は」

 あるいは。
 あるいは――そう、そんなのはまるで。

「ただの――偶像(げんそう)だ」

 廃教会の天窓に。
 磔刑に処された偶像が、神父を見下ろしていた。









 ―了―



■登場人物

  • 狗上鋭斗(くがみ えいと)
 人狼の一族、狗守の里の生き残り。十歳の少年。
 一人称は己(オレ)。
 一族の仇を討つために魔術師セルゲイを探し、双葉学園にやってきた。
 暴れることで自分を見つけさせ。決着をつけようとする。
 最初は反目していたが、助けられたことをきっかけに空を尊敬するようになる。



  • ジョージ秋葉(じょうじ あきば)
 謎の自称ミステリアス神父。32歳。
 借り物の魔術師にして天秤の操り手。
 異能の力を持たないが、異能の術を行使する、強い偽者。
 和洋折衷にして正邪相克、陰陽対極。
 芯も無ければガワも無く、信念も持たないどっちつかずの男。
 自分にあるのは感謝のみと言い、自分に力を貸してくれるものの全てに敬意を払い、その敵には容赦しない。
 属するが肩入れは誰にもしない、という戒律を自信に課し、その証として他人の名前を呼ばない事を誓っている。
 人を呼ぶ時は英語で、ボーイだのガールだのミスターだのミスだのと呼ぶ。
 カソックに袈裟、染めた金髪に染めてない無精ひげ、眼帯、シルパーアクセ、下駄という無茶苦茶な風体を好んでいる。
 魔術結社【聖堂薔薇十字騎士団(ドゥームローゼンクロイツオルデン)】のメンバーであり、位階は小達人(アデプタスマイナー)。
 魔術名は、Gleichgewicht EisenBlut……「鉄血に揺れる平衡天秤(グライヒゲヴィヒト・アイゼンブラット)」



  • セルゲイ・ガーネル
 双葉学園都市に流れてきた死霊術師。
 事故死した教職員、藤波卓也の遺体に乗り移り成りすましている。
 ラルヴァを殺し、その死体や死霊を支配し使役する魔術を得意とする。
 本来の肉体は自ら隠し封印。アストラル体で死者の肉体に移り変わり生き続ける生き霊。
 所属魔術結社はなし。
 追放中の身で、幾多もの魔術結社から指名手配を受けている。
 魔術名は、Haunted Cave DeadDead……「洞窟にて死に死する幽鬼(ホーンテッド・ケイブ・デッドデッド)」








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