【ウェポン7・スターゲイザー 前編】


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〈第一話 成層圏魔城・前編〉



「あとは、勇気だけだ!」
――サイボーグ009『ミュートスサイボーグ編』より







    ○●○


(こうしていると昔を思い出すな)
 その少年、そう、少なくとも外見だけならば十代後半であろうその男はぼんやりとそんなことを考えていた。
 彼の名前は千石《せんごく》白之《しろゆき》。彼が着ている紺色の特製耐Gスーツの襟には双葉学園の校章が輝いている。
(昔、か。この時代のみんなからすればそうなんだろうがな。俺にとってはまだほんの数日前の話なんだよな――)
 白之は自虐的に嗤うように口を歪ませた。だがその表情はフルフェイスのヘルメットを被っているため誰にもみることは出来ない。
 いや、たとえヘルメットを被っていなかったとしても彼の表情を誰もみることはできないだろう。
 なぜなら彼は高度役五十キロメートルの上空にいるからである。
 そこには白之以外の人間は存在しない、ただひたすら真っ暗な闇に輝く星々と、巨大な三日月のみが彼を見守っているだけである。
 何故白之が人の存在し得ない成層圏で夜空を見上げることができるのか。
 それは彼がとある戦術戦闘機に乗っているからであった。その戦闘機は奇妙な紫の雲を切り裂き、成層圏を真っ直ぐに飛行していく。
 その戦闘機のパーソナルネームは“|星の監視者《スターゲイザー》”。星の輝きの下で飛び続けるその機体に相応しい名前だ。
 だがスターゲイザーの形状は戦闘機とはとても思えないものであった。
 全長たった五メートほどの小柄で鋭い流星系のフォルムに、機械とは思えない有機的な外観をしている。その表面は魚の鱗のようなもので覆われており、その背面と腹部にはまるで巨大な昆虫のような薄い羽根が六枚生えている。その透明で薄い翼は月に照らされ時折虹色のプリズムを発している。一見してこれが空を飛べるものとはとても思えないであろう。いや、これを戦闘機だと思える人間がこの世にどれくらいいるだろうか。
 その姿はまるで大空を翔る龍の頭ようにも見え、星の大海を突き進むリヴァイアサンのようにも思えた。小さいながらも圧倒的な存在感を放ちながらこの無人の空を飛翔していく。
 その悪魔の機体を駆る白之は身体を動かすスペースもない酷く狭いコクピット内で精神を集中して“目標”を探すため、スターゲイザーの機能である超感覚索敵《アツィルトレーダー》へとアクセスする。このコクピットには窓などついておらず、完全に密室で彼の肉眼には計器類しか映っていない。だが白之の脳に直接空の状況が頭に流れ、周囲に敵がいればすぐに感知できるようになっている。それは統べてこのスターゲイザーの機能と白之自身の“能力”のおかげである。常人ならばとてもこの超感覚索敵《アツィルトレーダー》の情報量にとてもついていけはしないだろう。
『ねえシロー! 本当にこんなところに“敵性生物《ラルヴァ》”がいるのかしら。あたしもう疲れたよー』
 突然そんな声が聞こえ、白之は目の前のナビゲーションシステムへと目を向ける。その球状の機械から光が放たれ、光りは掌ほどの小さな人型を作っていく。それは立体映像《ホログラム》であった。だがその人型はやけにデフォルメされた人間で、身体にフィットする白いタイツのようなものを着ており、頭にはなぜか兎の耳がついていて、顔はとても可愛らしい少女のものである。まるでアニメの中の登場人物のように胡散臭い格好だ。事実それは人間ではなく、スターゲイザーのナビゲーション兼サポート用の人工知能を立体映像で擬人化したものであった。
「何が、疲れた――だよルナ。機械が疲れるなんて聞いたことねーよ。それに俺のほうがよっぽど神経を使ってるさ」
 白之はその少女型の人工知能をルナと呼び、溜息をついた。
 ルナは透き通る身体を可愛らしく動かし、少し怒った表情をしていた。その仕草は人間そのものである。
『ひどーい! 機械差別よ! あたしだってか弱い女の子なんだから肉体労働したら疲れるよ、気分的に。だいたい一体もう何時間空をさ迷ってるのよー』
「だから肉体労働って、お前に肉体はないだろう」
『いいえ、このスターゲイザーがあたしの身体そのものなのよ!』
 ルナはえっへんと言って自分の胸を叩いた。確かにこのスターゲイザーを動かしているのは白之と、そして人工知能であるルナであった。ゆえにルナはスターゲイザーの精神そのものと言えよう。
「そうだな。お前がいなきゃスターゲイザーは制御できない。いや、それ以前に“機械”なのは俺も一緒か……」
 白之は一瞬声のトーンを落とした。その変化にルナは気づいたようで、励まそうと明るく笑った。
『もうそんな湿っぽい声出さないでよ。ほら、元気だしてシロー! あたしが応援してあげるから、ほれ、ファイトーおー!』
 広い空での孤独を紛らわせるように雑談を続ける白之とルナであったが、白之が身体を強張らせたのをルナは感じ取った。
『どうしたのシロー? あ、これは――』
 ルナもすぐにそれに気づいた。
「どうやらとうとうおいでなすったようだ」
 白之は超感覚索敵《アツィルトレーダー》の範囲を最大限に展開させ、|それ《・・》を確認するために視界をクローズアップしてその姿を捉えた。
 そこに映し出されたのは五体ほどの飛行物体である。一体どういう原理で飛んでいるのかはわからないが、それは翼もなにもないのにスターゲイザーと同じように成層圏を飛び回っている。
 まるで海にいるイカのように身体には十本ほどの触手が蠢き、頭にはばくりと開いたサメのような鋭い歯を持った口が広がっている。その口の奥からは巨大な目玉がぎろりとこちらを睨んでいた。実に不気味で、白之の身体は少し震えている。
 しかし、その震えは恐怖からのものではない。武者震いというものであった。
「あれが、|人類の敵《ラルヴァ》か」
 白之は暗闇のコクピットから、スターゲイザーの超感覚索敵《アツィルトレーダー》の一部である視覚補強レンズを通してそのラルヴァたちを睨みつけた。
『さあ、これが私たちの初陣よシロー。戦時下の裏歴史で昭和《・・》最強の撃墜王と呼ばれたあなたの腕前をあたしに見せてちょうだい!』
 その瞬間、白之は機体を旋回させ、その“敵”へと向かって行く。



        ◇
        ◆
        ◇


 スターゲイザーの初任務の三日前、双葉学園内のラルヴァ研究施設で白衣にメガネ姿の女性、対ラルヴァ研究の若き権威者、小巻真紀《こまきまき》博士はラルヴァ感知、予知装置である“カンナギシステム”と睨めっこをしていた。
 そこには巨大モニターとゴテゴテとした機材が大量に置かれている。
 その部屋の中心には『ラルヴァ出現』という赤い文字がコンピューターに表示されている。
 カンナギシステムはラルヴァ感応能力を持つ少女、神那岐《なんなぎ》観古都《みこと》と機械を繋ぎ、その異能の効果範囲を極限まで引き上げているものだ。ほぼ一日中ラルヴァ感知の命を受けているが、超科学の異能者たちのフォローにより彼女に対する負荷はほぼ抑えられている。その能力は今の日本にとって必要不可欠なもので、そんな簡単に壊れてしまっては困るから、というのがシステム開発の研究者たちの意見であった。
 真紀が見ているモニターには大量のコードが繋がっているバイザーをつけている銀髪の少女が映し出されている。その幼い体躯の少女こそが観古都本人である。
「どう観古都ちゃん。やっぱり間違いないのね?」
「はい、間違いありません。そのコンピューターのレーダーに映し出されている通りに、日本海の真上、五十キロメートル上空にとても巨大なラルヴァの反応があります」
 観古都はとてもか細く可愛らしい声でそう言った。
 真紀は少しだけ複雑な表情をしている。
(まったく、こんな女の子に頼らないといけないこの国は本当に駄目ね。でも、そのおかげでこうして“脅威”を感知できるのだからしょうがないのだけれど)
 真紀はコンピューターの画面に目を落とす。それは漠然としか表示されていないが、間違いなくとても巨大なラルヴァの影が映し出されていた。
 だがこれだけではこのラルヴァが有害かどうかは判断できない。何せ姿すらわからないのだから。もし無害な存在ならば無駄に刺激するよりは放置してしまうのが一番安全だ。
「ともかく上層部に報告しなければ」
 真紀はすぐに学園の上層部に連絡を入れ、作戦会議が開かれることになった。
 その結果ひとまず自衛隊に要請を入れて偵察機を送り込んでもらうことに決まった。いきなり正体不明の巨大な敵に、学園の貴重な戦力を送り込むのはあまりに無謀だということだ。
 一時は事実上の対空戦異能者部隊である学園の“魔女研”に任務が下ったが、真紀は上層部を説得しその任務を取り下げさせた。
 敵は酸素の薄い成層圏ぎりぎりに浮遊している。魔女たちでも接触するのは危険だと真紀は判断した。たとえ任務で世界を護るためとはいえ自分より十も下の可愛い生徒を失うことは耐えられることではない。同じく宇宙空間に行くことが可能なサイキッカーである一番星ヒカルもまた、単体戦力で攻略は無謀だと判断した。
(何か嫌な予感がするのよね。ただ浮いてるだけならいいんだけど……)
 真紀の予感は的中することになる。
 自衛隊の偵察機が成層圏の巨大ラルヴァへ向かったのだが、すぐに連絡がつかなくなってしまった。真紀がレーダーを確認すると、その巨大ラルヴァから何かが生まれていたのだ。あるいは分裂とでも言うのか、巨大ラルヴァの影から小さなラルヴァの影が数体ほど出現し、その偵察機をぼろぼろに蹂躙して撃墜してしまった。
(やはりあれは“敵”か。一体なぜあんなものが……)
 偵察機のパイロットは早めに脱出していたために生還したが、墜落した偵察機は海に落ちていってしまった。その報告に上層部はその墜落に対する世間へのカモフラージュを考えるのに必死であった。
 偵察機を一機失って得たのはラルヴァの映像であった。レーダーでは影しか見ることしかできなかったが、偵察機の活躍によりその姿を捉えることには成功したようだ。
 真紀はその映像を再生し、息を呑む。
 それは城だった。
 とてもラルヴァとは思えない西洋の古城と機械が融合したようなものである。それは雲に隠れ地上からは確認することは出来ない。どうやらその古城から特殊な雲が作られ普通のレーダーなどを弾いてしまうようであった。一見ただの城が浮いているように見えるが、ところどころにまるで両生類の皮のような表面をしている部分があり、そこからまるでタマゴが孵《かえ》るように“子ラルヴァ”が生み出され空へと舞っていく。
 その子ラルヴァたちの一体一体はさほど脅威にはならないが、次々と海へと落下してきて、周りの貨物船や漁船などに被害を出し始めた。その子ラルヴァたちはさほど力が無いようで、あっさりと派遣された異能者たちに駆逐されていくが、無限に子ラルヴァを生み出す空の“魔城”を見てこのままではラチがあかないと真紀は頭を抱えていた。
(何か、何か手は無いのかしら――)
 真紀は魔城に対抗すべき過去のラルヴァ戦略の資料を調べ始めた。そして、一つの“ある計画”の資料にたどり着いた。
(これは――やはり噂だけじゃなかったのね)
 彼女が調べていたのは三年前に存在していた双葉学園の兵器開発局の資料であった。あまりに倫理を踏み越えた研究や実験を繰り返していたために学園に追い出されてしまった。ほとんどの兵器開発の研究員は蒸発してしまい、その行方はわからない。だが兵器開発局の“恐るべき遺産”は学園にいくつも残されたままだった。開発局の超人計画で生まれた|人造人間《エヌR・ルール》と同じようにそれは確かに存在していたのである。
“対ラルヴァ超科学兵器ウェポン7の開発計画とその頓挫”
 その真紀が見つけた資料のファイル名にはそう書かれていた。
(こんな凄まじいものが――|おじいちゃん《・・・・・・》。あなたは一体なぜそこまで研究を……)


        ◆
        ◇

 魔城襲来から翌日、施設内の酷くぴりぴりとした空気に胃を痛ませながら学生兼研究員の小早川《こばやかわ》みゆきはいつもの研究作業をこなしていった。
 しかしほとんどの研究員は魔城対策にやっきになっておりとてもいつも通りに研究を進めていける状況ではなかった。
(もう、ラルヴァってなんて迷惑な存在なんだろ。空飛んでるんだからわざわざ日本にこなくてもいいのに)
 授業が終わればすぐに研究施設を訪れ、真紀の研究の手伝いとして助手をしているのだが、その真紀本人が魔城対策の責任者の一人になっているので彼女は何もすることができなかった。
 彼女はボブカットで栗色の髪を自分でくりくりといじりながら暇そうに研究室の机に突っ伏していた。しょうがないのでビーカーとアルコールランプを使ってコーヒーを淹れていた。真紀が大事に使っているイギリス産のコーヒーだ。自分を放ったらかしにしている真紀に対する仕返しとして飲んでやろうと決めていた。
「ああ、いい匂い。さすがモノが違うわー」
 コーヒーの芳しい匂いが真紀の研究室を包んでいく。そしてみゆきがその熱いコーヒーを飲み終えようとした瞬間、
「こらみゆき! それは私のだ!!」
 研究室の扉が開き、白衣姿の真紀が入ってきた。怒りの形相の真紀を見て「ひい!」とみゆきは思わず声を上げてしまう。長身の真紀に見下ろされ、子供のように小柄なみゆきは思わず竦んでしまった
「ああああああの、あのですね真紀さん。これはですねー」
「ああ、もうほとんど残ってないじゃない。ちっ、しょうがないわね。せめて少しだけでも――」
「え?」
 真紀はみゆきの頬を両手で掴み、その口を自分の口へ近づけ、そのままお互いの唇を重ね合わせた。それどころか真紀は舌をみゆきの口内へと侵入させその口の中に残っているコーヒーの味を掬い上げ――
 ようするに、マウス・トゥ・マウスである。
「んんんん~~~~~!」
「っぷはあ。ふう……。やっぱりイギリス産は違うわね」
 ぺろりと舌を出してコーヒーの味を嗜む真紀の真下でげっそりとしているみゆきがいた。しかしその頬をはなぜか少し紅潮している。
「まったく勝手に人のものを飲むんじゃないよ」
「うう……だって真紀さん。私に構ってくれないんですもん!」
 みゆきは半泣き状態で真紀にすがりつきその胸を叩いた。
「仕方ないでしょ。魔城の対処で忙しいんだから」
 真紀はふうっと溜息をついてみゆきの頭をぽんぽんと触れる。
「それにみゆき、あんたは私の助手でしょ。今からちょっと手伝ってもらいたいことがあるの。来てもらうわよ」
 それを聞いて、みゆきの瞳に輝きが宿る。どうやらこの二人は人には理解しえない絆で結ばれているようであった。
「まかせてください真紀さん! 私なんでもやりますよ!」
「よく言ったみゆき。ついてきなさい」
 みゆきは真紀の後を追って研究室施設を出て行く。施設の外はごく普通の都市部で、いつもどおりに学生たちでそこで賑わっていた。魔城については一部の異能者たちにしか知らされていないようだ。
「研究所から出てどこに向かうんですか真紀さん」
「南の廃工場区域よ」
「あ、あんなところに何があるんですか? あ、まさか……駄目ですよ真紀さんそんな人気のない所で……でもちょっといいかも」
 みゆきは何を勘違いしたのかまたも頬を赤らめている。そんなみゆきを無視して真紀はデータメモリをみゆきに投げてよこす。
「これはなんですか?」
「いいから端末に差し込んで内容を読んでみなさい」
 みゆきは学生証型の端末にデータを読み込ませ、画面を食い入るように見る。それは文書データで、そこにはこのようなことが書かれている。

          ■□■

“対ラルヴァ超科学兵器ウェポン7の開発計画とその頓挫”

 小巻重太郎《こまきじゅうたろう》

  • 2006年 ○月×日

「強大な力を持つ我々人類の敵である“ラルヴァ”との戦いはこの七年で凄まじく激増した。ただ異能者を派遣し撃退していくのでは、もはや追いつかないのかもしれない。私はそれを危惧し、ラルヴァに対抗するために兵器の開発を急いだ。
 もし汎用的な対ラルヴァ兵器が完成すれば異能者という存在は必要なくなるのだろう。異能者の多くは子供たちだ。そんな子供たちを死地へと向かわせるのは心が痛む。私は戦時下で少年兵をしていた。生死の境で生きていかなければならないということがどれだけ辛いことかよく知っている。だからこそ子供たちを同じような戦いの世界へと巻き込みたくはなかった。
 だが対ラルヴァ兵器と言ったものの、現代兵器のほとんどはラルヴァ相手には役には立たない。精々下級を相手にするのがやっとだ。
 そこで私は“超科学系”と呼ばれる異能者たちを集めた。彼らは同じ開発局の同胞である。
 超科学系異能者の数は少ない。とても貴重だで、彼らは現代の科学技術を超越した発想力と技術力を持ち合わせている。その原理はわからない。恐らく本人たちも自分たちのそれが何に由来する物かなど理解できてはいないだろう。もしかしたら遥か未来の技術を神託として受信しているのかもしれない。
 私は彼らの協力を得て“ウェポン7”の開発を開始した。
 ウェポン7、それは全七シリーズに及ぶ対ラルヴァの兵器である。魂源力を利用してラルヴァへの攻撃を可能にする戦闘兵器だ。超科学の力によって現代科学から大きく超越した技術が可能になった今、それの実現は不可能ではないだろう。実現すれば我々人類が抵抗すら出来なかった俗に“ワンオフ”と称される破壊神のようなラルヴァたちすらも相手に出来るかもしれない。
 そして上手くいけば量産化を進めて世界を平和に導くことも可能だ。今私は人類史上がなしえなかったことをしようとしているのだ。そう思うとこの文を打つ指も震えてくる。
 私が最初に手がけたのは戦闘機だ。
 今の我々は空のラルヴァに対する抵抗手段があまりにも少ない。一部の“魔女”と呼ばれるもののような飛行能力者は稀で、その中で強大なラルヴァを相手に出来るものといえばさらに稀である。
 故に空の敵対者を相手にする天空の守護神を造ることにした。
 私はその機体に“|星の監視者《スターゲイザー》”という名をつけた。この“星”は夜空のそれだけではない、星とはこの地球そのものを指している。私はこの母なる星、地球を見守り続ける存在になって欲しいという願いを込めてその名を授けたのだ。
 しかし開発は難航した。いくら超科学系異能者の助けがあるとは言え、現代に存在する物質では製作が不可能であった。
 魂源力を物理兵器に相乗させることができなかったのだ。たとえ出来たとしてもまともな機材では恐らくラルヴァを殲滅するほどのエネルギー負荷に耐えられるものではない。
 そこで私はラルヴァの肉体に目をつけた。
 人間の魂源力と呼ばれる異能の源である生命エネルギーによく似たものを持っている生物。それがラルヴァだ。ならばラルヴァの肉体ならば巨大な魂源力のエネルギー負荷に耐えられるのではないかと私は考える。
 私は巨大な“天空魚”と呼ばれるラルヴァの死骸を手に入れることに成功した。天空魚は昔の日本の文献などでよく見られた存在でやはりその正体もラルヴァであった。まったくロマンに欠ける話ではあるが、今の私には都合がいい。
 私たちは早速その天空魚を素体にして戦闘機の開発を進めていく。
 魂源力超無限機関《スーパーアツィルトドライブ》をつけることで音速を遥かに超えるスピードを再現することは出来たが、これは人間が耐えられるGの限界を越えるものであった。並大抵の人間ではすぐに圧死してしまう可能性がある。
 それにこの機体は異能者の魂源力に反応して起動する。非異能者の自衛隊員などではそもそも飛ぶことすら不可能であった。そこで我々は肉体強化系の異能者で起動を試してみようと思ったのだが、肉体的に機体のスピードに耐えられても、音速を超える反応速度を持つものはなかなかいない。ただ飛べばいいわけではなく、これは高起動の飛行ラルヴァ相手をする戦闘兵器だ。音速を超える反応速度を持つものでなければ何重もの装甲のあるスターゲイザーと言えどすぐに撃墜されてしまうだろう。
 いや、それ以前の問題があったのだ。そもそもスターゲイザーの操縦方法を知る人間がこの世に存在しないということ。
 おかしなことを言っているようだが気が狂ったわけではない。
 超科学の力は我々に凄まじい技術を提供してくれるが、今の人類では人知を超えた戦闘機械であるスターゲイザーを百パーセント理解できるものがいないのだ。開発をした研究員たちも超科学の力に頼りきりで自分たちがどういうモノを造ってしまったのかわからなかったのだろう。
 そしてついにスターゲイザーのパイロットは現れることがなかった。
 皮肉なことだが人知を超えたものを造ることに成功したのに、それを扱えるものが存在しない。
 当たり前だ。超科学は言わば未来からの遺産だ。今の人間たちでは扱えないものではない。もはやスターゲイザーの開発はこれで打ち止め。スペックを落としてしまったのではそれこそ本末転倒だ。これを扱える人間が現れるまでウェポン7の開発計画は凍結することになった」


         ※
  • 2015年 △月●日

「再びこうしてこの文を打つことになる日がやってくるとは思いもしなかった。
 我々ウェポン7開発部に朗報が届いたのである。同じく兵器開発局の山座《やまざ》博士がスターゲイザーのパイロット候補を見つけたということだ。
 私は山座博士に感謝し、そのパイロットの下へと向かう。いや、向かうまでもなかった。そのパイロット候補は双葉学園都市にいるのだから。さらに正確に言えばまさにここ、兵器開発局にいたのだ。
 私は自分が情けなくなる。自分が所属している研究機関がここまで倫理を越えたものであるとは思ってもいなかったのだから。
 ああ、ここに書くのも躊躇われるが、私は罪を告白していこう。
 そのパイロット候補は開発局の隠し部屋に冷凍保存《コールドスリープ》されていた一人の少年であった。
 私は山座博士を問い詰めた。
 彼は一体誰なのか、一体何故当局にこのような扱いを受けているのかを。
 山座博士はこの少年の素性を話した、だが、それはとても信じられるものではない。
 彼は日本の戦時下で活躍した異能者だと言う。
 いわゆるサイキックソルジャーという奴だろう。当時の大戦ではまだ異能者の存在はほとんど確認されてはいなかった。ラルヴァもごく稀にしか姿を現すこともなかった。だが人と人との戦いがこの国を支配していたのだ。
 そんな中、その少年、千石白之は異能の力で敵国の兵を次々と殲滅していったという記録が残っている。当時の政府は幾人かの異能者をそうした超兵士として戦争に駆り出していたようだ。
 ほとんどの超兵士たちは戦火で死んでいった。
 だが奇跡的に生き残ったのが千石白之である。しかし彼は生き残ったとはいえ酷い重症を負い、もはや手の施しようのないものであったという。最後の超兵士である千石白之をなんとか延命させるため、当時の軍事異能研究部は彼を冷凍保存し、いずれ彼を復活させるために封印をしたのだ。そう、彼は実年齢としては私と同じ歳ということになる。いやはや、とても信じられない。
 勿論当時の科学技術、いや、今でも不可能な冷凍保存が出来たのも異能のおかげであった。人間の時を凍結させる能力を持つものがそこにはいた。その人物が冷凍保存したのは彼だけではなかったが、爆撃を受けその凍結された人々は全員死んでしまった。
 またも奇跡的に生き延びたのが千石白之である。
 まるで神にでも愛されているかのような少年で、そして彼は今のこの時代までこうして冷凍保存され続けてきたのだ。
 そこまでなら別にいい。彼を解凍し、ただ普通にこの時代へと向かいいれてあげればよかった。
 だが山座博士はこう提案したのだ。
 千石白之の“能力”を持ってすればスターゲイザーの操縦も不可能ではないと。
 そして彼をスターゲイザーのパイロットに相応しい存在へと“改造”しよう、と。
 戦闘兵器のための人体改造。それは踏み込んではいけない、人間としての最後の領域だ。私はその提案を断った。だが山座博士は彼への改造手術を強行しようとしていた。
 千石白之の命を助けるためでもある、山座博士はそう言って私を説得した。確かに彼の傷ついた身体を修復するのは改造しかないだろう。傷ついた部位を人工筋肉の義肢に取替え、人工臓器で代用する。
 私は彼を助けるためだと、自分に言い聞かせ、改造手術に参加してしまった。
 だが告白しよう。私はやはり誘惑に負けたのだ。科学者として自分の開発した兵器がこのままただのガラクタとして消え行くのが耐え切れなかった。
 だから私は自分に言い訳をして千石白之の改造を行なったのだ。
 改造手術は上手くいった。やはり山座博士は天才である。彼の身体に拒否反応を起させることなく義肢を埋め込み、あとは投薬で彼の身体を強化していくだけだ。
 千石白之の微調整をし、一ヶ月後に彼を目覚めさせ、スターゲイザーの起動実験を行なうことが決まった。勿論こんなことは学園側に報告できるはずもない」


         ※

  • 2016年 □月◇日

「これを最後に私がこの文を書くことはなくなるだろう。
 私は死を覚悟する。
 山座博士の本当の企みを見抜けず、欲望に負け改造実験に付き合ってしまった私はもう人間として生きていく権利がない。
 山座博士は千石白之の改造実験の成功を経て、新たな計画を立ち上げていた。
 その名も“超人量産計画”。
 クローン人間を生み出し人工的に異能者を造り上げてしまおうという完全に倫理を無視した馬鹿げた計画である。改造人間と同じように強大な力を持ち、かつ異能を持った人間をクローンとして量産しようという試みだ。
 私は恐怖した。山座博士は一体何をしようとしているのか。
 彼は凄まじいスピードでクローン体を作り上げていった。何百、何千という魂のない人形たちは無残にも廃棄されていき、やがて一体だけ異能を持ったクローンが誕生した。
 そしてスターゲイザーの起動実験の前日、私は山座博士の狂気の実験を恐れ、山座博士を含む開発局の人体実験を学園側にリークした。
 やがて開発局の解体と、山座博士、数十名の研究員、そして私の処罰が決まり、全ては終わるかと思われた。だが彼らは忽然と姿を消してしまい、研究データのほとんども持ち逃げされてしまうという大事になっている。そうなった今私ももう生き延びるつもりはない。
 ただ未だ凍結されたままの千石白之少年とスターゲイザーだけが気がかりだ。
 私は彼らを開発局の隠し部屋に封印し、これにて完全にウェポン7の開発計画は中止にする。
 この文書を科学者の卵である我が愛すべき孫、真紀に捧げる。
 どれだけスターゲイザーを破壊しようかと思ったかわからない。だがそれが私にはできなかった。ただこうして人の目の届かないところに封印するしかない。スターゲイザーが悪しきことに利用されないことをただ祈るのみである」


        ■□■


「小巻重太郎って、真紀さんのおじいちゃんですよね……?」
 端末に表示されたその文書を読み終え、みゆきは恐る恐る真紀にそう尋ねる。
「そうよ。三年前に解体された悪名高き兵器開発局、その研究員の一人。開発局の処罰が決定した日に祖父は自殺したわ。その文書は祖父が私に遺した研究データの中に紛れていたの。いわば遺書のようなものね」
 真紀は淡々とそう言った。その声はわざと感情を殺したようなもので、みゆきは少し心が痛むのを感じた。
「ここに書かれていることって本当なんですか。本当にラルヴァと対等に戦える戦闘機“スターゲイザー”は存在するんですか。そしてそのためのパイロット、“改造人間”千石白之……」
「それを今から確かめにいくのよ」
 真紀が向かう廃工場区域は、兵器開発局研究所の跡地が存在する。もしスターゲイザーが実在するのならばまだ研究所の隠し部屋に存在するのだろうと真紀は確信していた。
 やがて二人は廃工場区域の一番奥までやってきた。そこはほとんど壊れていて、元研究所はほとんど壊滅状態であった。根こそぎ破壊されているため、隠し部屋なんて存在しないのでは、とみゆきは考えていた。
「真紀さん、本当に隠し部屋なんてあるんですか?」
「さてね……」
 真紀は辺りをざっと見渡し、もはや何もないということを再確認する。
「ということは――残る可能性はここね」
 真紀はハイヒールの底でカツカツと地面蹴った。そう、建物が破壊されてどこにも隠し部屋が存在しないというのなら、もはや残るは地下しかない。
「そうは言っても、どこにも扉なんかないですよ?」
「安心しなさい。爆弾ならあるわ」
「え?」
 みゆきがそんな間抜けな声を上げると同時に真紀はポケットから小型の時限爆弾を取り出し、地面に設置し、すぐにその場から離れた。
「ちょ、ちょっと置いてかないでくださいよ真紀さ~ん!」
 突然の真紀の行動に驚きつつ、みゆきも走ってその場から遠ざかる。すると、数秒後爆発を起し、見事に研究所の床には大きな穴が開いていた。
「む、無茶しないで下さいよー真紀さん! 始末書じゃ済まないですよこれ!」
「大丈夫よ、こんなとこ元から壊れてるんだからわかりゃしないわよ」
 爆風で乱れた髪を整えながら真紀は穴へと歩いていく。仕方なくみゆきも後ろをついていく。
(ほんと、いつも無茶苦茶なんだから……)
 みゆきは溜息をつきながらも、真紀を見つめるその瞳には尊敬の念が込められていた。
「やはり、この下には空間があるわ。降りましょう」
 真紀は事前に持ってきていたロープを近くの廃材にくくりつけ、地下の隠し部屋へと降りていく。みゆきも一緒に下に下りてみたが、地下は暗く、冷たい空気が充満している。
「こ、これじゃあ何にも見えないですよー。怖いです真紀さん!」
 みゆきは真紀の腕にすがりついた。確かにそこはまるで幽霊が出そうな雰囲気があった。地獄への入り口だと言われても信じてしまいそうになるくらいだ。
「大丈夫よ、懐中電灯も持ってきたから――ほら」
 真紀が懐中電灯の光をぱっと地下室全域に行き渡らせた。そして、その光の先に映し出されたのは、紛れもなく“希望”だった。
「……実在したのね、スターゲイザー」
 白金色の全長五メートルほどの小柄な戦闘機。いや、それは戦闘機には見えない。魚のような造形に昆虫のような薄い羽根が六枚生えている。
 これが、これこそが対飛行ラルヴァ用兵器スターゲイザーであった。
「す、すごい……でもこれじゃあ機械っていうより、ラルヴァそのものですね……」
「そうね。そりゃまともな人間が扱える代物なわけないわ」
 そして真紀はさらに地下室の奥へと光を当てる。そこには透明なポッドが置かれていた。それはまるで巨大な棺桶のようにも見える。
 だがそれは間違いなく冷凍保存装置であった。真紀はそのポッドに近づいていく。そのポッドの中には少年が死んだように眠っている。
 十六、七歳くらいだろうか。凛々しい顔立ちをしていて、当時の勇敢な活躍が伝わってくるようであった。
「この子が千石白之……」
 みゆきも真紀の後ろから覗くように彼の顔を見つめる。
「そう、過去の英雄にして最初の改造人間。私たちはとんでもないものを目覚めさせようとしているのかもしれないわね」
「でも、魔城を倒すにはスターゲイザーが必要なんですよね」
「そうよ。そしてスターゲイザーには彼が必要。それを目覚めさせるのが小巻重太郎の孫である私だなんて皮肉なものね」
 真紀はそのポッドを開けようと冷凍保存の解除を試みる。
『冷凍保存を解除するにはパスワードを押してください』
 ポッドの端末からそんな警告音が聞こえた。しかし真紀は迷わずキーを押していく。
「ま、真紀さんなんでパスワードわかるんですか?」
「私のおじーちゃんはね、すごい|孫バカ《・・》なのよ」
 そのパスワードには『MAKIDAISUKI』と大きく表示されていた。
『パスワードを認識しました。これより“タイプゼロ”の解凍を開始します』
「うわぁ。なんてパスワード……」
「まさかこれで本当に通るとは、私も少し引いたわ……」
 真紀は頭痛を感じ頭に手を置いた。
 駆動音と共に冷凍保存装置のポッドが開き始めた。開かれた部分からは冷気が漏れ、霧が地下室を包んでいく。
 そして、ポッドは完全に開かれ、千石白之は目を覚ました。
「ここは……」
 彼はぼんやりとした様子で目をぱちぱちとしていた。長い間眠っていたため脳が反応しきれていないようだ。
 そんな彼に真紀は手を差し伸べた。
「ようこそ2019年へ、千石白之くん。……とりあえず服を着ましょうか。みゆきが鼻血たらしてるから」


         つづく







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