【壊物機 第三話 前編】

壊物機 第三話 前編 『万能天才ダ・ヴィンチ』


 ・OTHER SIDE

「想定の範囲内だったがアスフォルト君は死んだか」
「左様デスネ」
「彼はあれでも|この組織《センドメイル》で五指に入る実力者だったが、それでもやはり最強のフリーランサーには敵わなかったか」
「本来ナラバ、フリーランサーモ当方ノ戦力ダッタノデスガ」
「ルール違反をしたのはこちらだから仕方ない」
「デスガ、ルールヲ『鋼鉄魚群』ノアスフォルトニ教エナカッタノハ貴方デス」
「私が教えていてもきっと彼は同じことをしたさ。なにせ、ここは腹の中では「自分こそが最高!」なんて考えの連中ばかり。自尊心の高すぎる芸術家の集まりだから仕方ないが……私を落として頂点に立とうとする者も多い」
「ソウカモ知レマセン。全員ガ貴方ノ足元ヲ掬オウトシテイル、トマデハ言イマセンガ……百人中九十九人ハ大ナリ小ナリソウイッタ考ヱヲ持ッテイルノモ確カデス」
「ふむ? 全員ではないのか。ちなみにその奇特な百人中一人は誰かな?」
「私デス」
「……素直クールとはこういうものか」
「何デスカソレハ?」
「東洋の神秘の言葉らしい。それはそうとリザ、『音声変更』。ベーシックからCV17」
「リョウカイ……これで宜しいですか?」
「OK。やはり機械音声よりそちらがいい。……しかし、機械音声だからこそいいのだろうか?」
「あなたはたまに理解不能な発言をしますね」
 閑話休題。
「さて、センドメイルは前回と今回で二度も永劫機ウォフ・マナフの奪還に失敗している。より恣意的に言えば同じ相手に二回負けている。実際には二回目の相手は最強のフリーランサーだが、それは問題じゃない。我々が同じことに二度しくじっているのが問題だ……という意見も内々に多いのだろう?」
「相手は半壊した永劫機と武器商人とはいえ異能の戦いに不慣れな一般人。組織としての沽券に関わるのではないか、と遠回しに貴方の責任を追及していますね」
「五月蝿くなってきた。嫌になる。だから永劫機の無事な奪還は一先ず無視して……次はこちらが勝たねばならない」
「三度目の正直」
「イエス」
「先ほどの発言に矛盾するようですが、あちらは素人とはいえ独力でアントワーヌ・プールブルの『アダム』を倒しています。『鋼鉄魚群』には苦戦していたようですが、それなりの実力はあるでしょう。それにフリーランサーを護衛に使っている可能性もあります」
「中級戦闘員のアントワーヌ君以上の戦闘力を持った相手と最強のフリーランサー。最悪の場合、そのどちらも相手にしなければならないのか。そんな状況で勝ち目のある人間はこの組織には一人しかいない」
「分かりました。準備します」
「リザ、「それは誰です?」とは聞いてくれないのか?」
「……それは誰です?」

「私さ」

 ・・・・・・

 アルフレドとアス某に襲われてから三日が経ったが、当初の予定を変更“させられて”俺とウォフは学園都市に滞在したままだった。
 それも全部あの襲撃事件のせいだ。リムジンの炎上からトンネルの崩壊まで全面的にアス某に罪を被せて通報したが、それでも重要参考人として身柄を押さえられこの街の外に出られないでいる。ちなみにアルフレドは一人だけトンズラした。
 仕事の方は部下に任せて何とか切り盛りさせてはいるが、やはり自分の手で仕事を進めたいので早く帰りたい。
「仕事はできねぇ。学生の街だから賭博場も歓楽街もねぇ……あー、暇だ」
 どうにも健全すぎて性に合わない街だ。見て回るくらいなら異能やラルヴァのこともありそれなりに面白いが、滞在するとなると俺には退屈だ。
 普段やっていることでこの街でもやれることと言えばウォフをからかうことウォフをいじめることウォフを弄ぶことくらいだったが……今はそのどれもできないでいる。
 この三日間ウォフはまともに懐中時計の中から出てこない。
 最初はあの戦いでのダメージが後を引いているのかと心配したがどうやらそういうことでもないらしい。
 単に、悩んでいる。
 ポンコツが何をそんなに悩むのか、ポンコツだから悩んでいるのか、悩んでいるわりに飯とデザートの時間には出てきてしっかり食うのもポンコツだからか。という趣旨の発言でからかってみても反応が薄い。どうやら真面目に悩んでいるらしい。
 相棒がそんな調子ではからかい甲斐もなく、俺は一人で退屈な思いをしながら街を歩いている。
「しっかし……案外まともだな、この街」
 初日にバイクに乗ったヒーローが街中を走っているのを見かけたが、全体としてはさほど外の街と代わりがない。俺としてはホグワーツ魔法学校的な有り様を予想、というか夢想していたのだがそんなファンタジーな光景はほとんど見られない。
 まだ異能力者増加の99年以降に生まれた異能力者が最年長でも十歳、ってのがこの日常過ぎる街並みの理由らしい。あと十年もして異能力者の平均年齢が上がり、数も増えれば非日常の度合いも増すだろうか?
「ま、今の俺は十年どころか明日の命も知れぬ身って奴だけどな」
 武器商人をやってはいたが、特定の組織に命を狙われるなんて羽目になるのは初めてだった。
 マスカレード・センドメイル。狂芸術家達の宴。自らの作品を駆る異能芸術集団。
 ゴーレムの術者とアス某で二回もしくじったんだ。連中も諦めるか……次はいよいよ本気でくるかのどちらかだ。
 おまけに今はアルフレドに襲われたときから引き続き手元には『ドラゴンキラー』の一つもない。あのポンコツの素のスペックで戦わざるを得ないわけだ。……十中十の確立で殺される。
 唯一の救いはここが日本の国営異能力者組織の中心地であり、警備・教導のために99年の増加以前に生まれた成人異能力者が多く滞在していることだ。ここにいる間は事件が起これば戦闘技能を持った異能力者が駆けつけてくる。襲撃者との戦闘をそいつらに任せれば、永劫機で戦うよりは生存確率も高くなる。
 だから車を使わずに徒歩で移動し、街を歩くときも人通りの多い道を選んでいる。
 人口密度が高ければ高いだけ異能力者がいる確立も増える。もしいなくてもこの人数がそのまま攻撃を防ぐ盾にも逃走を助ける目隠しにもなる。宛がわれた部屋でじっとしているよりもよっぽど安全だ。
 とは言え、無目的に人ごみを歩いているわけでもない。ちゃんと目的地はある。
 兵器開発局。
 先日学園側から寄こされた数々の超科学系研究機関の資料の中で、最も実用的な兵器開発をしている……一番裏がありそうな部署だ。
 そこならあるいは強力な兵器《ウェポン》の一つや二つ、あるいは七つ程度は隠してあるかもしれない。
 例え無くても、『ドラゴンキラー』レベルの武装は資料にも載っているくらいだから当然置いてあるだろう。
 それらを実際に拝見し、性能如何によっては交渉して借りる、もしくは頂くのが今日の目的だ。
 アルフレドやアス某との戦いでは致命的な損傷こそないもののほとんど一方的に負けていた。判定なら審判全員があちらに軍配を上げるだろう。
 前回生き残れた要因であるアルフレドはもういない。もう一度、同レベルの敵が襲ってきたときが年貢の納め時だ。
 だから、どんな手を使っても強くなる必要がある。
「しっかし……やっぱ車使えばよかったかねぇ」
 兵器開発局があるという南の工場区域は徒歩だと結構な時間がかかる。
 この街は街並みこそ普通であれ、普通の街よりも随分と広いからだ。国の首都港の一角を埋め立てて創っただけのことはある。
 三日前はリムジンで見回ったが、そのリムジンはアルフレドの襲撃で運転手ごと爆散している。新しく車と運転手を仕入れるのは容易だったが、また同じような目にあっては金がもったいないと思って出費をケチった。徒歩移動にはそんな理由も含まれている。
 ただし、その計算には徒歩に要する体力が入っていなかった。
「あー、クソッ。歩いて移動するのがこんなに面倒だとは思わなかったぜ。つうかすげえな異能力者」
『何がすごいんですか御主人様?』
 俺がぼやいていると懐中時計の中からウォフが話しかけてきた。
「悩み事は終わったのかポンコツ?」
『その、考え事より先にちょっと気になることが……。でもそれは一先ず置いておいて……何がすごいんですか御主人様?』
「ん? ああ、いや。異能力者の餓鬼は毎日毎日こんな広い街ん中で通学してすげえなって話。やっぱ根本的な体力からして俺みたいな一般人とは違うのかね」
『え、でも……必ずしも徒歩通学とは限らないんじゃ……』
「けど餓鬼は運転免許取れないし運転手の手配とかできないだろ?」
『バス使えるじゃないですか』
 …………バス?
「浴槽《バス》がどうかしたか?」
『そっちじゃなくて定額料金で客を乗せて走る大型車両のほうですよ。御主人様も歩くのが大変なら使えばよかったんじゃ……』
 ……………………あー、そういうもんがあったのか。
『まさか御主人様……バスの存在を知らなかったんじゃ……。バスって、日本だけじゃなくてアメリカやヨーロッパにもちゃんとありますよね……?』
「ハハハハハ、何を言うかこのポンコツが。俺がそこまで世間知らずなわけがないだろう。バスってのはあれだ、手を上げて止めて乗り込んで金を払う車のことだ」
『それはタクシーです……』
「…………」
 墓穴掘った!
『御主人様……漫画のお金持ちキャラみたいな珍回答です……。運転手付きリムジンの弊害がこんなところに…………(頭が)かわいそう』
「かわいそう!? かわいそうとか抜かしやがったな!? しかも小声で「頭が」って言いやがったなこのポンコツ!」
 懐中時計から引きずり出して剥いてやろうか!
「ママー、あの外人のお兄ちゃん時計とお話してるー」
「シッ! 見ちゃいけません!」
 俺の様子に危機感を覚えたのか幼い親子連れがそそくさと離れていく。同様に人通りの多い道だというのに俺の周りだけぽっかりと人の波が逸れていた。
「…………」
『とりあえず場所を変えたほうがいいと思います御主人様』
「……そうだな」
 世間の目から逃げるように俺はその通りを後にした。

 五分後。俺はさっきまでいた通りから二つ離れた通りのバス停に立っていた。
『南部工場区域行きだから、ここで大丈夫です』
『……なるほど』
 横にある目印のような看板には時間が書いてある。この時間にバスとやらは到着し、乗客を乗せて規定のルートを回るらしい。
『電車みたいもんだな』
『よかったぁ……。御主人様も電車を知らないほど世間知らずじゃなかったんですね……』
『果てしなくバカにされた気がするから後で締めるわ。つうかお前もお前で世間知らずのはずなのに何で知ってんだ?』
 こいつを作った施設での期間を抜かせば、こいつはほんの十日前に世に出たばかりだ。
『あの……私は人間に擬態する機能もある兵器ですから……その……言いづらいことなんですけど』
 言いづらい?
『人に紛れるために万人が知っているべき一般常識は教えられてます……』
『…………万人が知っているべき、ね』
 やっぱ後で剥いて締めよう、と俺は心の中で誓った。
 先刻の二の舞を避けるため今は肉声ではなく頭の中の声、いわゆるテレパシーでウォフと話しているが、それは普通に喋るときと同様に伝えたいことだけ伝えることができる。だから心のうちで俺がどんなことを計画していてもウォフにはわからないという利点がある。楽しみにしとけ。
 それとさっきまでいた雑踏とは違い立ち止まっている今は聞き耳を立てようと思えば立てられる状況だからというのもテレパシーで話している理由だ。
 とは言ってもこのバス停で俺達の他にバスを待っているのは小学校低学年くらいの少女が一人だけなので心配することもないかもしれない。土曜の昼時少し前、こんな時間に工場のある区域に行こうとする者は少ないらしい。
 そうして二分ほど待っていると書いてある時刻より少し早くバスは到着し、俺達と少女はそれに乗り込んだ。乗る際に整理券とやらを取り損ねると料金が余分にかかるとウォフに聞いていたので忘れずに取る。
 バスには乗り込んだばかりの俺達以外には乗客がいなかったので、俺は一番後ろの広々とした席に陣取り、少女は横ではなく縦長に設置された長い席に座った。
 俺達以外に客がいないのを確認すると、バスはエンジンを動かし、巨大なくせに空洞な車体を揺らして走り出した。


 彼らを乗せたバスが走り出した一分後、乗り込んだバスと全く同じ形のバスがバス停に到着した。


 バスが走り出して少ししたころ。
『……あ』
 とウォフが声を漏らした。
 声は文字通り一言ではあったが『あ、やばい』、『あ、しまった』というニュアンスを聞く側に伝えるには十分だった。
『何しでかした?』
『し、しでかしたと言いますか……しでかさなかったと言うんでしょうか……』
 ウォフは先ほどの一般常識云々よりも言いづらそうに、こう言った。
『さっき言いかけたまま忘れてたんですけど…………この街に別の永劫機がいます』
『へぇ、この街に別の永劫機がね……………………ハァ!?」
 ウォフの報告に思わず驚きの叫びが口から漏れる。
 唐突に大声を出した俺に驚いたのか、俺達を除いてバスの唯一の乗客である少女が驚いて身を竦ませる。すぐに非難がましい目で俺を睨んできた。物怖じしないお子様だ。
 少女にジェスチャーで謝り、ウォフとのテレパシーに戻る。
『どういうことだ、そりゃ? 三日前は手がかり一つなかったのにいきなり永劫機そのものが見つかった? そいつはこの三日の間に学園都市に入ってきたのか? つうかそんな大事なこと何でいい忘れるんだよ!』
『ご、御主人様のバス発言が衝撃的過ぎて…………』
 それほど!?
『その永劫機がいつからここにいたのかはわかりません……。私は探査系の機能がそれほど優秀な永劫機じゃありませんし、この街は異能力者が多くて波長が読みづらいんです……。今だってわかるのは永劫機がいるってことだけでどの機体かまではわかりません……』
『何にしても、ここで他の永劫機を見つけられたのはまたとない好機だな。ひょっとするとお前を作った連中と一緒かも知れねえ。会いに行く価値はある。場所は分かるか?』
『あまり正確にはわかりませんけど……今の進行方向にはないです。逆方向みたいです……』
『……どうすんだ?』
『御主人様、バスはランプを押せば次のバス停で止まってくれます』
『そうなのか。えーっと、こうか?』
 俺がランプを押すと、車内のランプが一斉に灯り、『次のバス停で停車します』という録音されたアナウンスが流れる。
 なるほどこういうものかと思っているとすぐに次のバス停が見えてきて――バスはそのまま通り過ぎた。
『……止まらなかったぞ? 嘘ついたか?』
『う、嘘ついてないです……!』
 俺達や他の乗客である少女が疑問に思う間にもバスは走行を続ける。やがてバスは交差点に差し掛かり、そこを左へと曲がる。
「いつもの道順とちがう……」
 少女がそんなことを呟いた。
「…………」
『…………御主人様』
 ようやくこいつを強くする手がかりが見えてきたってのにな……。
 来たかよ、刺客。
「すみませーん、バスに何かあったんですかー?」
 少女が席を立って、運転席に近寄り話しかけた。運転手は前を向き運転しながら答える。
「いいえ。車両の機能は十全です」
「でもいつもと道がちがいますよ?」
 ……?
 なんだ、この違和感は?
「本来この車両が通るべき交通ルートを利用していないのは、本来の目的地に向かう理由がなく、他の目的地へと向かう理由があるからです」
「え、こまるよ! わたし研究所のパパにお弁当を届けに行かなきゃなのに!」
 おかしい。
 運転手の声、随分と若い女の声だ。いや、少女の声と言ってもいい。
 その時点で奇妙と言えるが、それだけじゃない、何かが引っかかっている。
 これは……
「あなたには申し訳ありませんが、少々お付き合い頂きます。ああ、ラスカル・サード・ニクスと永劫機ウォフ・マナフ。窓を割って逃げようなどとは考えられませんように。そのような動作が見られた場合、ただちにこのバスを爆破いたします」
 そいつは俺達を脅迫しながら、ゆっくりと、振り向いて、こっちを見た。
「…………え?」
 ……違和感の正体にようやく気づいた。
 そいつの声は乗客の少女と――まったく同じ。顔も瓜二つだった。
 【ドッペルゲンガー】――と呼ばれる人真似ラルヴァがいるとは聞いたことがある。
 だが、こいつはどうやらそうではないらしい。
 なぜなら次の瞬間にはそいつの顔は、俺になっていた。
 さらにはまだこのバスの中で姿を見せていないウォフの顔に切り替わる。
「申し遅れました。私はマスカレード・センドメイル属員。首領補佐、モナ・リザと申します。以後、この名を知りおいていただけますように。顔はお見知りおきいただいても意味がございませんので」

 俺達と少女と爆弾を乗せたバスはすぐに地上の公道から地下へと潜り、どこかを目指している。
 いや、どこかなんて曖昧な言い方をするのはやめよう。この三日間、学園都市で襲撃されたときのために街の上も、下も、地図で立地を把握する努力はしていた。
 だからこのバスが向かっている先はすぐに知れた。
 地下演習場。
 緊急時の避難所としても兼用される学園で最も頑丈な施設の一つにして、学園で最も人目につかない施設の一つ。
「……やられた」
「どうしたのーお兄さん。なんだか暗い顔してるねー」
 俺が相手に最悪の先手を打たれ、苦しい立場に立たされたことに溜息をついていると、いつの間かあの少女が隣に座っていた。最初こそ驚いていたが、今は意外なことに無関係な事件に巻き込まれたにしては落ち着いている。
「暗い顔してると幸せがよってこなくて、溜息一つで幸せ一つ逃げてくんだよ?」
「……覚えとく」
 俺から幸せが逃げてくのはポンコツ疫病神のせいだとは思うが。
「悪いな嬢ちゃん」
「? なにがー?」
「今回の一件、嬢ちゃんは俺のせいで巻き込まれた。ひょっとするともう家には帰れないかもしれねえ。つうか死ぬかも」
『そうかもしれませんけど本人に面と向かって言うんですか御主人様!?』
 まぁ、普通はそうだな。けど、ここで「絶対に大丈夫」だとか「無事に帰してやる」なんて無責任なことを言う気にもならなかった。
 それを決めるのは俺ではなく、相手の胸先三寸だからだ。
 俺達が強くなる前に、ウォフ・マナフの武器を手に入れる前に刺客が出てきた時点で既に圧倒的に相手の優位。ウォフ・マナフは最初の刺客のゴーレム野郎相手でも素手じゃ勝負にならなかった。今度の刺客がゴーレム野朗より弱いとは考え難いのだから、これから始まる戦いで俺とウォフが生き残るのすら難しい。それどころか、相手が手ぐすね引いて待ち構えている状況じゃ最悪戦いにもならずに殺されるかもしれない。
 そんな状況でこの少女の身の安否を決めるのは俺じゃない、相手の側だ。
 巻き込んでしまい、守るだけの余力もない俺が軽々しく「大丈夫」だなんて言えるわけが……。
「大丈夫!」
 少女は俺の思案を断ち切るように胸を張ってそう言った。
「……なんでだ?」
「あの運転手は悪い奴なんでしょ?」
「まぁ、そうだな」
 秘密結社の一員なんだし。現在進行形で誘拐の真っ最中なんだからまず悪人だろう。
「だからきっと正義の味方がやっつけにくるよ……ちょっとスケベだけど」
「正義の味方、ね」
 子供の言葉。しかし異能力者だらけのこの街なら本当にいるかもしれない。
 もし本当にやってきたなら、悪党《ラスカル》である俺《ラスカル》も一緒にやっつけられてしまうのかもしれないが。
「到着です」
 会話と思索をしていると地下道でバスは停車し、モナ・リザが目的地への到着を告げた。停車したバスの前方は機械仕掛けの分厚いシャッターで道が塞がれている。
 停車して間もなく、シャッターは重低の機械音を響かせながら開放され、バスはシャッターの向こうへと入る。
 暗い地下道から照明に照らされた空間に侵入してすぐは目が眩み視界が上手く見えなかったが、それでもシャッターの向こうにあった空間は俺の予想と記憶にあるとおりのものだとは察することができた。
 地下演習場。視界はぼやけているが、輪郭で想像していたそれよりもずっと高い天井と広い空間があるのはわかった。これだけの広さがあればウォフ・マナフを動かすのに何の支障もなさそうだ。……何でだ?
 相手はもちろん俺とウォフのことは知っているはずだ。だったら、何でこうも広々とした空間にわざわざ誘い出す。
 むしろもっと狭い空間、ウォフ・マナフを召喚できない地形に連れ込んで始末してしまったほうが話は簡単だ。
 俺は疑問に思ったがそれはバスから降りて演習場に立ち、目が明順応して演習場の様子が伺えるようになるとすぐに知れた。

 演習場には人間と――機械仕掛けの巨人が立っていた

 巨人の全高は巨人の手前に立つ人間と比較してウォフ・マナフより少し高い6メートル前後。しかし、ウォフ・マナフが脆くも分厚い装甲に覆われているのに対し、巨人は人間に換算すれば引き締まった美しい肉体と言えるスタイルなので傍目にはウォフ・マナフの方が大きい。
 ウォフ・マナフのように右腕がアンバランスに大きいわけではなく、左右対称の完全にバランスがとれた造詣。
 顔はウォフ・マナフが三連スコープ状の特徴的な悪役顔なのに比べて、まるでどこぞの主役のような双眼のヒーロー顔。
 対極。
 超科学の、ウォフの操縦者《ハンドラー》だからこそ一見して理解できる。
 この巨人は俺達の対極だ。
 恐らくは……強さも。
「ウィトルウィウス」
 俺が戦慄を覚えながら巨人を睨んでいると、巨人の前に立っていた人物――恐らくは巨人の所有者《マスター》――が言葉を発した。
「『無欠なるウィトルウィウス』。それが私の創り上げた機兵の名だ」
 ウィトルウィウス。それは著作である建築論において人体の比率について書き記した建築家の名前だ。
 だが、こいつがマスカレード・センドメイルの一員であるならば、ウィトルウィウスの名が示すのはもう一方のウィトルウィウスのことだろう。
 ウィトルウィウス的人体図。ウィトルウィウスの記述を基にかの万能の天才芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた人体の絵だ。
 最も美しいプロポーション、人体の調和そのものの図解
 即ち、無欠なるウィトルウィウス。
 俺が巨人の名に納得と、悪寒と、その他の口に出したくはないあれこれの感情を抱いていると巨人の所有者は一礼して名乗り始めた。
「申し遅れた。私の名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。マスカレード・センドメイルの首領を務めている」
 そのとき初めて俺はそいつの顔を見た。いや、見ていない。
 名乗った名、首領の肩書き、驚くべきことはいくらでもあった。だが、俺が一番驚きを覚えたのはそいつの顔を見なかったときだ。
 ――仮面
 そいつの顔は全体がまるで舞踏会でつけるような仮面に覆われていた。
 |仮面舞踏会・序章《マスカレード・センドメイル》。なるほど、名前の由来はこういうことだったか。
「……こっちの自己紹介はいらねえよな。にしても、二回負けたくらいで親玉が出てくるとは随分と余裕のない組織じゃねえか」
 俺は内心の動揺をこれ以上漏らさないよう努め、話す。
「全くもって君の言うとおりだな。我が組織のメンバーもたかが一度や二度の敗北でざわついて沽券がどうのと五月蝿いことだ。自意識過剰。プライド過多。対して余裕のなんと少なきことか」
「お前自身は余裕綽々ってかい」
「真に上に立つ者はいつ如何なるときも余裕は消えず、優位は揺るがず、地に着く膝などありはしない。それが私のポリシーでな」
「そうかい。なら――膝どころか額を擦りつけるくらいの土下座させてやる」

 好機は既に逸した
 青春は既に過ぎた
 時、既に遅く、気づけば喪いしものなり

「――時は、掌中より滑り落ちる!」

 俺の呼びかけに応じて瑪瑙懐中時計より永劫機ウォフ・マナフが召喚される。
 そして召喚された勢いのまま、巨大な右腕を唸らせてウィトルウィウスに殴りかかる。
 先手必勝。まともにやれば勝ち目はないのは見て取れる。
 なら、相手が体勢を整える前に叩き潰す!
「兵は拙速を尊ぶ。しかしラスカル君。我々は兵ではない……落ち着きたまえよ」
 異能芸術家集団《センドメイル》の首領ダ・ヴィンチは涼しい声音でそう言い、奇襲にもそのまま微塵も動じることはなかった。
 そりゃそうか。
 先手必勝一撃必殺を期して振るわれたウォフ・マナフの右拳は――それよりも遥かに細いウィトルウィウスの左掌に受け止められ、微塵も揺るがすことができなかったのだから。
 歪み一つない装甲の硬さ、奇襲に対応する反応速度、そして片手で受け止めるパワー。その全てが、ウォフ・マナフを比較対象とするならば桁が違う。
「落ち着きたまえ。まだ始めるには早い。話したいこともある。何よりも、今始めればそちらのお嬢さんを巻き込みかねない」
 ダ・ヴィンチはツイと右の人差し指で俺の後方を指し示す。
 そこにあったのは俺が今しがたまで乗っていたバス、そして車内に残ったままの少女だった。いきなり姿を現したウォフ・マナフや相対するウィトルウィウスを驚きの視線で見ている。
「リザ」
 ダ・ヴィンチが車内の配下に短く指示を出す。するとモナ・リザは少女の背後に立っており、そっと手のひらを少女の口元に当てた。すると少女はそのまま瞼を落とし、モナ・リザに背を預けるようにして気を失った。
 モナ・リザは眠りに落ちた少女を抱え上げてバスから降り、演習場に併設されていた小部屋へと歩き出した。どうやら、戦いの影響が及ばない場所に移すらしい。
「本当は関係ない子供を巻き込む予定ではなかった。ラスカル君がなぜかいつまで経ってもバスに乗らず、ここに連れて来る機会を逸し続けたために巻き込む羽目になってしまった。何分、あそこで偽装バスに乗せる機会を逃すともう機会がないかもしれなかったのでな」
「そりゃ悪うござんした。……ったく、巻き込みたくなかったねぇ……善人みたいなことを言いやがる」
「我々は芸術家だ。善人だの悪人だのとは関係のない場所に立っている。
 しかしながら、我が組織の人員全てがそうだとは言いがたい現状ではある。これで後年になり私がいなくなれば我が組織もどうなっていることか悩みは尽きない」
「そうかい。ま、そっちは俺には関係ねえわな」
「ああ。関係のないことだ」
 ウォフ・マナフの右拳とウィトルウィウスの左掌が交わったその真下で、俺とダ・ヴィンチは言葉を交わす。
「しっかしよくもまぁこんな地下演習場を秘密結社が勝手に使えてるもんだ。管理が杜撰なんじゃねえか?」
「勝手に使ってはいないさ。私はセンドメイルの長ではあるが、表向きはある企業の取締役でね。双葉学園《ここ》のスポンサーの一人でもある。君と似たようなものだよ、武器商人のラスカル君」
 なるほどな……。たしかに俺も出資者の一人だ。そのお陰で超科学の研究成果の閲覧やらができている。似たようなもの、と言えば似たようなものだ。
「ところで、わざわざこの地下演習場に招いた理由は尋ねないのかね? 『何でこんなところに呼び寄せやがった!』と言われるのを予想していたのだが」
「聞くまでもねえ」
 俺はこの街に滞在していてこう考えていた。『この街には戦闘能力に秀でた異能力者も多い。敵が来ても騒ぎになれば加勢を得られるはずだ』、と。
 間違ってない。たしかに、普通ならそうなる。俺は超科学機体の操縦者、ウォフ・マナフを出せば否が応にも目立つことになる
 |地下演習場《ここ》以外では。
 ここでどれだけ戦おうと、音も衝撃も外には決して漏れない。そもそも、ダ・ヴィンチが演習場の許可をとって使用しているのなら戦いは何もおかしいことではない。
「大人気ない真似しやがる……」
「これを大人らしいやり方と言うのさ」
「……覚えとくぜ」
 会話をしている間にモナ・リザが演習場へと戻り、つかつかと歩いてダ・ヴィンチの隣に並ぶ。
「そうだ、もう一つだけ教えろよ。そいつの顔が変わるのは変身の異能か? それとも」
「リザは私が創った超科学のアンドロイドだ。骨格・皮膚・毛髪・網膜・声帯、外見上の特徴と声だけなら自由に変化させることができる」
「……諜報用のアンドロイドってわけか。うちのより優秀そうで良いねぇ」
『ひ、ひどいです御主人様……』
「待ちたまえ」
 俺の言葉を聞きとがめた。仮面に隠れて顔は見えないが、「心外だ」という気配は伝わってくる。
「誤解があるようだから言わせて貰うが、リザは諜報用ではなく観賞用の芸術品《アンドロイド》だ」
「……観賞用?」
「人の美意識は変わるもの。色彩、音階、造詣、大小……時が経てば美の判断基準も変わる」
 美の判断基準……価値観とも言える。
「だから変わった判断基準に合わせて姿形を変える芸術品があれば、それは“最も美しい”芸術品ということになる。私はそう考えてリザを作成した」
 声も顔も体型も変化させられるのなら、その時々で所有者が最も美しいと感じる姿になれる。なるほどたしかに観賞用だが、こいつが漏らした言葉にはそんなことよりも重要極まりない事柄が雑ざっていた。
 こいつはモナ・リザの能力を考え、製作動機に忠実な代物を作成したことになる。自分で作りたいものを、作ったということになる。加えてこいつはウィトルウィウスも作成している。この時点でこいつは天啓ではなく理解したうえで設計が可能な設計者《デザイナー》だと知れる。
 設計するだけでなく、創り上げたと言っていることから製作もこいつが行ったと推測できる。つまりこいつは開発者《アセンブラー》でもあるわけだ。
 ウィトルウィウスやモナ・リザは自動操縦で動いているようなので操縦者《ハンドラー》ではないにしても、こいつは超科学を使いこなしすぎている。マスカレード・センドメイルの首領におさまっているのも道理だ。
 ……こういう奴が身内にいたらウォフももうちょっとお手軽に強くなれたな。
「もう質問は?」
「……ねえよ」
「では、闘争を始めよう。姿を見せないところを見ると最強のフリーランサーは君達と行動を共にしていないらしい。それにウォフ・マナフは本来持っているべき武器を持っていないようだ。
 ならばウィトルウィウスも武器を使用せず、“素手”で相手をさせてもらうことにしよう」
「……ありがたいこって」
 『真に上に立つ者はいつ如何なるときも余裕は消えない』。先刻の発言を実証するかのようなハンディマッチを提案されても、「馬鹿にするな!」と青臭く怒ることも俺には出来ない。
 俺から見ればこんなもんはハンディになるようで、まるでなっていないからだ。相手の武器の有無程度で勝敗が変わるほどの変化はない。
 そんなどうしようもない事実について考えていると、ダ・ヴィンチが合図するように短く手を振り、ウィトルウィウスがそれに応えて動き出した。
 戦闘開始かと身構えたが、そうではなかった。ウィトルウィウスは空《から》の右掌でダ・ヴィンチとモナ・リザを拾いあげ、胸元へと持ち上げた。何をする気なのか、俺が疑問に思っていると――ウィトルウィウスの腹部と胸部が順に開閉した。
 腹部の中の空間は極狭く、所狭しと敷き詰められた機械の端々から接続端子が覗いている。対して、胸の中には機械的な椅子と戦闘機のそれに似たレバーや計器が収って……ちょっと待て!?
 俺の驚愕を他所にダ・ヴィンチとモナ・リザは動く。
 モナ・リザはその変形機能でトルソーに似た形態へと変形して腹部の空間に収まる。
 そして、ダ・ヴィンチはゆっくりと『操縦席』に座り、宣告する。

「改めて。マスカレード・センドメイル首領、レオナルド・ダ・ヴィンチとその芸術品、“最も美しい”モナ・リザと『無欠なるウィトルウィウス』。
 永劫機、午前六時の天使ウォフ・マナフとそのマスター、ラスカル・サード・ニクスに決闘を申し込む。
 拒否は――認めず」


 レオナルド・ダ・ヴィンチ。
 知らぬ者無しの万能の天才芸術家と同じコードをもつマスカレード・センドメイルの首領。
 設計者《デザイナー》にして、開発者《アセンブラー》にして、――操縦者《ハンドラー》。
 超科学の三職種全てを網羅した万能天才。
 ダ・ヴィンチを乗せたウィトルウィウスはウォフ・マナフの右拳を受け止めた自動操縦モードから真の力を発揮する手動操縦モードへと切り替わり、ウォフ・マナフを倒すべく動き出した。

 壊物機
 続

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最終更新:2010年03月13日 01:45
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