【文化祭でぼくはタンゴを踊る暇もない】


「働け、いつもお前は。そうだ働け、死ぬまで働け」
――――筋肉少女帯〈労働者M〉




 今日は楽しい双葉学園の文化祭。
 大学生から小学一年生までみんなが参加する、年に一度のお祭りさわぎ。生徒たちがクラスで店を開いたり、何かを発表したりと大忙しだ。
 ぱんぱんと花火が鳴り響き、今学園はいつも以上の賑やかさで溢れている。
 学園のいたるところで出店が開いていて、その数はもはや手足の指を使っても数え切れないほどであろう。
 その双葉学園の大きな中庭でも出店はいくつも並んでいる。ここは人通りが多く、店を出している人にはなかなか稼げる場所だという。事実たくさんの生徒たちがここで様々な店に立ち寄っている。
 その一角に奇妙な四人組みがそれぞれ店を構えて座っていた。
「レイダーさん。ぼくたち一体なにしてるんですかね……」
 その一人、長い前髪で片目を隠している少年アークジェットがそう溜息を漏らす。彼は双葉学園の制服を着ているためここの生徒であろうことはわかった。
「これも任務の一環だ。サボることは許さないぞジェット。ギガフレア、お前も今日はきちんと労働に勤しむんだ」
 その隣に座っているのは髪を七三わけにして、いかにも生真面目そうな若い男であった。彼はレイダーマン、本名不明年齢不詳住所不定のどこでもコックである。
「そうは言うがなレイダー。僕は働いたら負けだと思っている。五月に一回死んでコンテニューしてわかったよ。人間死ぬ時は死ぬ。だからバカみたいに疲れるようなことなんてしたくねーわけよ」
 そう息巻くのはギガフレアという少年であった。彼はぴこぴこと携帯ゲームをいじっていて、まるで接客をする気がないようである。というかそもそも彼はもう店を開く人間とはとても思えない格好をしていたのだ。
 バカらしいことにギガフレアは馬の面の被り物ですっぽりと顔を隠してしまっていた。身体は学ランのため酷く不恰好で滑稽に見える。ある種の不気味ささえ感じてしまう。こんな格好をしていたら誰も客などこないであろう。
「ギガ……突っ込んでいいのかわからなかったがもう我慢できない。お前そのお面はなんなんだ!」
「しょうがないだろレイダー。僕だって好きでつけてるわけじゃねーよ! 僕が殺し屋って学園側に割れてるんだからこうして顔隠すしかないだろう。連中は僕のことを死んでると思っているんだからよ」
「それにしてもよくそんなお面つけてゲームできるねギガフレア。前見にくくないかい?」
 ジェットは呆れながらギガフレアにそう尋ねた。
「僕を誰だと思っている。名人も真っ青のゲームマスターギガフレアだ。目を瞑っててもスーパーマリオをノーミスでクリアできるね」
「本当かよ」
「本当だとも。ゼビウスのバキュラだって破壊できるぞ!」
「……いやさすがにそれは無理だろ! バキュラに256発当てると倒せるってのはデマだから! ぼくも騙されたけど!」
「ちなみに水晶の龍《ドラゴン》でも野球拳に勝利して――」
「だからそれもデマだから! ぼくも騙されたけど!」
 二人がそんなやりとりをしていると、きゃっきゃっとジェットの左隣に店を構える女の子が笑った。
「な、なんだよヴェイプ。何笑ってんだ?」
「えへへ、べっつに~。ギーちゃんとジェットって仲いいなーっと思って」
 その少女は屈託の無い笑顔を彼らに向けた。その彼女の笑顔はとても可愛らしいもので、恐らくそんな趣味の無い人間でも少しぐっと来てしまうのではないだろうかと思うほどに可憐だった。
 彼女の名はヴェイパー・ノック。仲間からはヴェイプという愛称で呼ばれている十歳ほどの女の子だ。ウサギの耳がついたパーカーを着込み、丈の短いスカートがちらちらと風に揺らめいて目のやり場に困ってしまう。
「なんだよそれー」
「ふん、僕は別に誰とも仲良くなる気なんてないね。こんな根暗っぽいキタローヘアーと友達と思われたくないぞ」
「根暗ってギガフレアに言われたくないよ! このオタメガネ!!」
「うるさい超シスコン!」
 ぎりぎりと二人は睨みあったが、二人とも同時に「ふう」っと溜息をついた。
「やめようギガフレア。不毛だ。それより今は稼ぐことを考えないと」
「ったくこうも苛々すんのは全部カオスのせいだ」
 彼ら四人はとある組織に所属していた。
 その名もラルヴァ信仰団体“|聖痕《スティグマ》”である。彼らはその組織の殺し屋としてこの双葉学園に潜入しているのだ。
 そんな殺し屋のはずの彼らがこうして店を構えているのにはわけがあった。彼らの上司である|這い寄る混沌《クローリング・カオス》という名の男からの命令があったのである。
 ジェットはうんざりしながらカオスの言葉を思い出していた。
『いいかお前たち。今回の任務は資金集めだ。双葉学園の文化祭で稼いで来い。一番稼いだ奴は給料上げてやる。以上』
 と言った具合である。なんとも簡素でそっけないが、いつものことなので彼らは諦めていた。まったくここはなんてブラック会社(?)だ、ぼくはもう限界かもしれない、とジェットは思った。
「なーんで僕たち殺し屋がそんな資金稼ぎしなきゃならんのだ。しかもこんな文化祭で」
「文句を言うなギガ。カオス様には何か考えがあるのかもしれないぞ」
「んー。でもカオス様は結局何を考えてるのかわっかんないよねー。というかカオス様って本当に人間なのかわかんないし」
「まあ命令なんだからしょうがないか。ぼくだって本当はクラスメイトと学園回りたかったんだけどさー。命令じゃあしょうがない」
「見栄はるなよジェット。お前みたいな根暗シスコンキタローヘアーに友達ができるわけがない。よかったじゃねーか文化祭で友達もおらず視聴覚室で一人ぽつんと映画鑑賞を延々とするよりは」
「なんだその妙にリアルな例え話は。誰かの体験談かよ! 寂しすぎるよ!」
 しかし実際にジェットはクラスに友達が一人もいなかった。少し話す程度の仲である斯波涼一という生徒は恋人と学園を回っているようで、置いてきぼりを食らったのであった。こうして命令をこなすといういい訳ができてジェットは内心ほっとしていたのかもしれない。
「さあ、昼近くなってきたし、客も多くなる。お前たちも気を引き締めてやるんだぞ」
 レイダーマンは他の三人にそう言い、店の準備を始めていく。
 ジェットもギガフレアもヴェイプも、自分の店を開く。
 彼ら四人の看板にはそれぞれこう書かれている。
 ジェットは『びっくり電気人間! 電気に繋げず電球が光る!!』。
 ギガフレアは『僕に勝ったら賞金一万! ゲーム対戦』。
 レイダーマンは『世界の味がここに、最高三ツ星コックによる高級フランス料理』。
 そしてヴェイプはシンプルに『チョコバナナ』と書かれている。
「おいなんだよジェット。お前何するんだよそれ」
 ギガフレアはぷっとジェットの用意したものを見て笑った。彼の店には電球が一個置いてあるだけであった。
「何って、ぼくが子供の頃姉さんと祭りに行ったときにこういうのやってたんだよ。見世物の一種だね。ほら、こうやって――」
 ジェットが電球に手を触れると、その電球が大きく輝き出したのである。どこにも電気は繋がっていないはずなのに電球は光り続けている。これは種も仕掛けも無い、なぜならジェットは体内電気を操る能力を持っているからである。電気を放電することは不可能でも、こうして直接手に触れれば電球程度なら電気を通すことが可能なのであった。
「凄いだろ。これ昔見たときは魔法かなんかかと思ってたけど、自分が出来るようになるとは思わなかったね。あの時の見世物小屋のおじさんも異能者だったのかもしれないけどさ」
 ジェットは自慢げにそう語っていたが、ギガフレアは呆れたように馬のマスクから溜息をわざとらしく大きく漏らす。
「お前、ここが双葉学園ってこと忘れてないか。たかが電球光らせただけで驚く奴なんているかよバーカ」
 その言葉を聞いてジェットは大きなショックを受けた。確かに電気系の能力者など大して珍しくも無く、どちらかと言えばジェットの電気能力はかなりへぼいのである。そんな平凡な見世物で客が来るとはとても思えなかった。
 ジェットは自分の選択ミスに気づき、膝を抱えて落ち込んでしまった。
「ふん、まったくジェットは浅はかだな。文化祭の出店と言えば食べ物屋こそ定番だろう。奇抜なものをやろうとしても大概すべるんだぞ」
 レイダーマンは自身ありげにそう言った。
 彼の店は仰々しく簡易性の厨房まで用意され、その場で食べられるようにテーブルも沢山用意されている。看板の通りにフランス料理を作るようで、既にコックの服装に着替えていた。なんともその姿が似合っていて、どうやら彼が元料理人というのは本当のようだ。
「はははは、飢えた学生たちの腹を至福で満たしてやるぞ!」
「おおー! レイちゃんカッコイイ!!」
 ヴェイプは働く男の姿を見て感動したのか、ぱちぱちと手を叩いている。それにレイダーマンも気をよくしたようで、鼻が天狗のように伸びているのが見える。
「けっ、何がフランス料理だ。気取りやがって。なあジェット」
「ぼくもフランス料理食べたことないな、大抵姉さんの手料理だったし」
「ふふん。お前たちも金払うなら作ってやるぞ」
 そんなレイダーマンに対しても、ギガフレアはまたもバカにしたように溜息を漏らした。それにカチンときたレイダーマンは彼を睨みつける。
「おいギガ。なんだそれは。俺の作戦は完璧だろう」
「それのが浅はかだっつーの。いいかレイダー。こういう文化祭で、フランス料理食べに来る学生なんてほとんどいねーよ」
「な、そんなバカな! フルコースでたった五万の激安価格だぞ!! この俺の料理は本来十万以上からなんだ、そりゃもう行列ができるだろう!」
「どこがだよ! 文化祭の出店に五万払ってフルコース食う奴なんているかよ! 少しは考えろっての! ほれ見てみろアレ」
 ギガフレアは彼の店に寄ってきた女子二人組みを指差した。中等部のようで、きゃぴきゃぴと可愛らしくはしゃいでいる。実に健全である。
 彼女達二人は価格を見て、
「なにこれフランス料理のフルコース?」
「げっ。五万円だって。ありえなーい」
「だいたいこのメニュー読めないし」
「フランス語? わかんないよねー」
「それよりあっちおいしそうな中華料理の屋台があるって」
「ああ知ってる、肉なしのヘルシーなチャーハンが人気の奴だよね」
「そっちいこーよ」
「うん、行こう!」
 と、彼女達はレイダーマンの店を素通りしてしまった。その反応を見てレイダーマンはがっくりと肩を落とす。
「な、なんてことだ。やはりガキ共には俺の料理は理解できないのか……」
「いや、そういう問題じゃないと思うぞ」
「あはは、レイちゃん気を落とさないで。レイちゃんの料理が天下一品なのは知ってるよ!ただちょっと考えが足りなかっただけだよ!」
 と、ヴェイプの無邪気な言葉に止めを刺され、レイダーマンは現実逃避をするようにタマネギの皮を延々と剥き始めた。
「はは、タマネギ剥いてたら涙が出てきたぜ。あれ、剥いてたら無くなっちゃった。俺の人生みたいだ。はははは」
「レイダーさん……」
 ジェットは自分と同じく失敗した者に同情の目を向ける。そんな彼ら二人をギガフレアは馬のマスクの上からでもわかるほどに笑っていた。
「ちくしょー。ギガフレア、お前こそなんだよその店! ふざけてんのかよ!!」
 ジェットはギガフレアの店に目をやる。
 彼のいる店にはテレビとゲーム機が置かれていた。そのゲーム機は凄まじく古いもので、ところどころ黄ばんでいる。白と赤のデザインで、カセットを差し込むタイプのゲーム機である。どうやら看板の通りにゲーム勝負をして勝ったら賞金というものらしい。ただし負ければ挑戦料五百円をとられるようだ。
「これは案外いい発想だろう。テレビもゲーム機も自前だから元値がかかってはいないし、僕がゲームで負けることなんてありえないからな! ふははははは!!」
 ギガフレアは自身満々である。負けたら賞金一万円を払わなければならないというのはリスキーだと思うのだが、確かにギガフレアがゲームで負けるとは思えない。悔しいがジェットは彼のやり方に感心してしまった。だが、とある疑問が頭に浮かぶ。
「でもギガフレア。そのテレビとゲーム機の電気はどうするんだ。コンセントなんてどうやって繋ぐんだよ」
「………………あ」
 ギガフレアはそんな小さな声を発した。どうやらそのことまで頭にいってなかったようである。なんとも間抜けな話である。電気が通わなければテレビもゲーム機もただのかさばるガラクタでしかないのだ。
 一瞬空気が凍るが、ギガフレアは何か策を思いついたように手をぽんっと叩き、コンセントを持って立ち上がった。
「どうするんだギガフレア。長いコンセント数珠繋ぎにして校舎から供給するって手もあるけど電気泥棒なんてすぐバレて追い出されちまうぞ」
「ふふふふ。大丈夫だジェット。僕のすぐ近くに電源はある」
「へー。どこに? バッテリーでも持ってるのか?」
「それはここだあああああああああ!」
「ふぎゃああああああああああああ!」
 ギガフレアはそのコンセントをジェットの鼻の穴に思い切り突っ込んだ。ふがふがと苦しむジェットを尻目にギガフレアはテレビの電源スイッチを押す。するとなんということであろうか、テレビはちゃんと点いたのである。
「さすが万国びっくり電気人間。役に立つじゃないか」
「ほまへはなひをふるんだ!」
「ん~? 何を言っているかわからないなあ。お前は僕専用の電気製造機としてここに座ってろ! お前の見世物小屋も同時出来て一石二鳥だろ」
 ギガフレアは高笑いして勝ち誇っていた。そんな彼はその隣のヴェイプの『チョコバナナ』と書かれた店を見てにやにやと笑っている。
「おいおいヴェイプ。チョコバナナ屋なんてそんな面白みのないのでいいのかよ。まあ他の二人に比べればマシだが、このままじゃ僕の完全勝利だね。これでカオスの野郎は僕のことを認めるに違いない。もう僕を雑魚キャラだなんて呼ばせないぞ!」
 ヴェイプはにこにこと笑いギガフレアの挑発など気にしてはいないようである。
「えへへ。やっぱ出店と言ったらチョコバナナだよギーちゃん。私は勝ち負けなんてどーでもいいもーん。楽しければいいもーん」
 ヴェイプはギガフレアに向かってべーっと舌を出した。確かに無邪気な彼女にとって勝ち負けなんてのは些細なことで、学校に通っていないからこのような学園規模のお祭り騒ぎというものに心躍っているのだろう。そう思ったジェットは後でヴェイプと一緒に学園を回ってみようと考えていた。だが、幼いヴェイプを連れまわす図というのは変な誤解を招きかねないのが難点だ。ジェットはシスコンであってもロリコンではない。と、信じたい。
 彼ら四人がそうして店の準備を済ませると、どこからか下品な笑い声が聞こえてきた。ジェットたちが対角線上の店に目を向けると、そこには『射的屋』と看板に書かれた店にニット帽を目深に被り、円盤をじゃらじゃらとつけたジャケットを着込んでいる奇妙な格好をした男が、ギターを抱えてこちらを見ていた。
「おたくら景気はどうでっかー? ぼちぼちって感じやないのは顔みればわかるけども。はははは! ほんま辛気臭いで! ほれ、笑顔笑顔! 笑顔は客と福を呼ぶんやで~♪」
 彼の姿を見て、レイダーマン、ギガフレア、ヴェイプの三人は反応を示した。
「スピンドル!」
「げっ、スピン!」
「スピンだ! 久しぶり~」
 と、彼の名を呼んだ。ジェットは一人面識がなかったため、鼻にコンセントを突っ込んだまま呆然としていた。
「れ、レイダーさん。この芸人みたいな格好をした男は誰ですか?」
「お前は初めて会うのか。あいつは俺らと同じ聖痕の殺し屋――」
「黄金軸《スピニングスピンドル》のスピンドルくんや。あんたが噂の新入りやな。よろしゅうしてや。その鼻のコンセントはお洒落かいな、おもろい新入りやのう、こりゃ俺も負けてられへんわ。はははは!」
 スピンドルは笑いながらフォークギターをぼろろろんと鳴らしている。妙にテンションの高い男を前にジェットはただ唖然とするしかなかった。ギガフレアもうんざりとした顔をしている。彼らにとってスピンドルのようなこてこての芸人タイプはやはり苦手のようだ。
「おいスピン。お前はここで何をしている。ついに殺し屋やめてカタギにでもなったのか?」
 ギガフレアは苛々しながら皮肉を込めてそうスピンドルに尋ねた。
「アホぬかしいな。殺し屋は俺の天職やで。こんなところで店開いとんのはおたくらと同じ理由や」
「同じ理由?」
「そう、おたくらの上司のあの顔の覚えられへん影のうっす―――――――――いおっさん、名前なんやったっけ? フローリング……バブルス?」
「もはや原型留めてねえ! そんな海外版はともかくマイナーな国産版のアニメのキャラ名なんて誰も知らんわ!! クローリング・カオスだ、クローリング・カオス!」
「そうそうそのカオスのおっさんから『お前も稼いでこい』って言われたんや。給料アップも嬉しいんやけど、それ以上に勝負となれば血がたぎるのが関西人の性や! 負けへんで」
「お前関西人じゃないだろ。このエセ関西弁」
「細かいこと言うなや~。ギーはもうちょいカルシウムとったほうがええでほんま」
「うるせえ! ああもうこいつは本当に調子狂うぜ」
 ギガフレアは諦めたように店のイスに腰を下ろした。
 すると、ヴェイプがぴょんぴょんと小さな身体を跳ねさせながらスピンドルの射的の景品に興味を示していた。
「ねえねえスピン! それちょうだいよ、その熊のぬいぐるみー!」
 景品には大小さまざまなものがあったが、ヴェイプの視線の先には大きな可愛い熊のぬいぐるみが置かれていた。だがその大きさはどう考えても射的の弾で落とせるものとは思えない。
「いんちきじゃねえか!」
 と、ギガフレアは真っ当な指摘をする。だがスピンドルはぴーぴーと口笛を吹き、そっぽを向いて聞こえないふりをしていた。
「言いがかりはやめてくれや。ちゃんと落としたものは景品として持って帰ってもらうんや。ただし、落とせたらの話やけどな!」
「げ、外道~!」
 四人はスピンドルのせこさに呆れていたが、射的屋というのは基本的なお祭りの出店で、ある程度の需要は確保できるため恐らく稼ぎはそこそこいくだろう。スピンドルは余裕の表情で「ボインはぁ~赤ちゃんが吸うためにあるんやでぇ~♪ お父ちゃんのもんとちがうのんやでぇ~♪」などと歌いながらギターを弾いている。
「うー! その熊ちゃん欲しい! 欲しい!」
 ヴェイプは目を輝かせながらスピンドルの射的屋まで足を運んでいた。どうやら相当その熊のぬいぐるみが気に入っているようである。
「駄目やでヴェイプ。ちゃーんとお金払って撃ち落さないとあかんでー。まあ、がんばりやー」
 ヴェイプは射的代三百円を払って射的の銃を向けて撃つが、かすりもしなかった。いや、たとえ全弾命中してもあのぬいぐるみは落とせないであろう。半泣き状態になっているが「そんな顔しても駄目や。ルールはルール! 規則は守らないとお母ちゃん怒るで!」と、スピンドルは笑っていた。
「おとなげねー」
「うっさい! こっちも商売や、情け無用!」
 スピンドルは扇子を広げて自分の顔を扇ぎ、はははと豪快に笑っていた。ヴェイプは諦めたようで、自分の店に戻ろうとしたところ、彼女の前に一人の女生徒が現れたのであった。
 その少女は長いポニーテイルに、凛々しい顔立ちをしていて、その腕には『風紀委員』の腕章が輝いている。彼女はヴェイプが離れた射的の銃を掴んだ。
「ネーちゃんやるんやったらお金払ってや」
 少女は無言のまま千円札をスピンドルに渡し、銃を構えた。
「撃ち落したのは、全部貰えるんだよね?」
「勿論や。それは保証するで。まあ落とせたらの話やけど」
 そんな少女をヴェイプは期待の目を向けていた。銃を構えるその姿からは歴戦のスナイパーの空気が漂ってきているのである。
「ファイヤ」
 そう呟いたあと、彼女の銃から放たれた弾は景品に当たった。それはまぐれではないようで、凄まじい速さで次々と弾を装填し、店にある全部の景品を一つも外すことなく撃ち落していく。
「おおおおお~~~~~!!」
 スピンドルを除く四人は驚きと尊敬の声を上げる。スピンドルはもう完全に表情が固まってしまっている。
 そして最後に残ったのは熊のぬいぐるみである。これを落とすのは物理的に不可能であると思われたが、その少女は熊のぬいぐるみの頭の先の同じ部分を連続で何発も撃ち、重心を揺らして落としてしまったのであった。なんという神業であろう。だが少女の表情は涼しく、当たり前のことをしただけだ、といった風である。
「さあ、その景品全て貰おうか」
 スピンドルは「とほほ……」と呟いて景品を袋につめてその少女に渡す、すると少女はその景品をヴェイプに差し出した。
「……え? いいのお姉ちゃん」
「ああ、私はこんなの持って歩けないしね。あげるよ。それにこれも――」
 そのまま少女はあの大きな熊のぬいぐるみもヴェイプに渡した。ヴェイプは嬉しそうにぎゅーっとぬいぐるみを抱きしめている。
「ありがとうお姉ちゃん!」
 ヴェイプは天使のような満面の笑みを彼女に向けた。すると、少しきつい印象のする彼女の顔も緩くなり、ちょっとした笑顔をヴェイプに見せた。
「聖《ひじり》さーん。もう、こんなところにいたのね。駄目じゃない見回り中に遊んじゃ」
 と、同じく風紀委員の腕章をつけたメガネの少女が彼女のところに駆け寄ってきた。
「おっと、見つけられたか。それじゃあね」
 っと、少女はヴェイプの頭を撫で、メガネの少女と共にその場を去っていった。
「かっこいー……でもどこかで見たことあるような」
 ヴェイプはそう呟いて彼女の姿が見えなくなるまでその方向を見ていた。対してスピンドルは景品を全部持っていかれて頭を抱えていた。そんなスピンドルを見てギガフレアはひひひとイヤらしく笑っている。
「おいおいどうしたスピンドル。今からどうするんだ?」
「ぐぬぬ。もう店仕舞いや。覚えておけ、この借りは必ず返してやるさかい!」
「借りって僕はなーんもしてないぞ。まったく今回は僕の一人勝ちだな」
「バーカバーカ! ギーのアホー!!」
「なんだとこのヒッピースタイルがああああ! バカって言うほうがバカなんだこの超バカ!」
「なんやて、この超ウルトラバカ!」
「超ウルトラデラックスバカ!」
「超ウルトラデラックスギャラクシーバカ!」
 二人の罵り合いを見てレイダーマンとジェットは呆れかえっていた。
「低レベルすぎる……」
『争いは同じレベルの間でしか起きない』という先人のありがたーいお言葉を思い出し、彼ら二人は同時に溜息をつく。
 言い合って満足したのか、スピンドルは店を畳んで去っていってしまった。
「ふん。やはり僕の店が一番だな」
「そうは言うがまだ客一人も来て無いじゃん。このままだと少なくとも千三百円稼いだスピンドルが一位だぞ」
 ジェットは得意がっているギガフレアに現実をぶつけた。確かにまだ彼のゲーム対戦の店には誰も来ていなかった。
「なあにこれからさ。一人でも挑戦者が現れれば僕の実力を見せつけられるからね。そうすればギャラリーも増えて挑戦者が増えるはずだ。お、ほれ見てみろ、鴨がネギしょってやってきたぞ」
 そう言ってギガフレアが指差す方向から二人の男女がやってきた。
 女の子のように可愛い顔をした少年と、髪を二つに結っていて豊満な胸をもつ少女であった。
「もう、ついてこないでよお兄ちゃん。私は伊万里ちゃんと一緒に廻るの!」
「そんなこと言うなよ弥生ぃ……。だいたい巣鴨さんは彼氏の斯波くんと一緒なんだろ、だったらいいじゃないか僕と展示とか見ようよ。ほら、この双葉神社百年の歴史とかいいじゃないか。面白そうだ」
「文化祭のクラス展示を本気で見る人なんていないよお兄ちゃん」
「なに、僕のクラスの『自家菜園のコツ』のレポート展示をディスったな!」
「地味! なにそのやっつけ。お兄ちゃんのクラスっていつもなんかやる気ないよね」
「しょうがないだろクラスメイト半分くらいしかいないんだから、出来ることも少ないんだよ。まったく、うちのクラス呪われてるのかなぁ」
 などと会話しながら彼らはこの中庭をのんびりと歩いていた。二人の顔立ちはよく似ていて、兄妹ということがよくわかる。飛鳥《あすか》と弥生《やよい》の藤森《ふじもり》兄妹である。
 ギガフレアはそんな二人に目をつけたようだ。
「知ってる顔かギガフレア?」
「僕が潜入している時に同じクラスだった藤森だ。隣にいるのは妹のようだな。糞、あんないい乳した妹がいるなんてどこのギャルゲーの主人公だ。恥掻かせてくれるわ!」
 馬のマスクを揺らしながらギガフレアは彼ら二人の前に飛び出した。弥生が「きゃあ」っと声を上げて飛鳥にしがみつく。そんな様子を見てさらにギガフレアの嫉妬心は燃え上がっていた。
「そこのお兄さんゲーム対戦やってかないかい。一回五百円だよ~。もし僕に一勝でもするれば賞金一万円プレゼントするよ! 妹さんにかっこいいところ見せちゃいなよ!」
 ギガフレアは声色を変え客引きを始めた。全然キャラが違うため、少しの間一緒だったはずの飛鳥も彼が死んだはずのクラスメイトだとは気づいていないようであった。
「へーゲームか。僕も小さい頃明日人《あすと》とよくやったな~」
 飛鳥はギガフレアの口上に乗って店を見渡した。そこには懐かしいゲームソフトがたくさん置いてある。ノスタルジーに浸るには十分なほどであろう。
「もうお兄ちゃん。ゲームなんかいいでしょ。先行くよ」
「待ってよ弥生。お兄ちゃんの勇姿を見てよ! 僕が勝って賞金もらったら弥生に色々買ってあげるからさ!」
 飛鳥は懇願するように弥生を見つめた。弥生は「はあ……」と溜息をついて、
「じゃあちょっとだけだよ」
 と、そう言った。苦労の絶えなさそうな妹である。許可が出たため、飛鳥はお金を払い、対戦席に座ってギガフレアと相対する。馬のマスクを被っているのを不審に思ったが、文化祭ではこのようなお調子者は沢山見かけるので特に何も言わなかった。
「おおー。本当に客入れしちゃったぞギガフレア」
「ゲームのこととなるとテンション上がるからなあいつ」
「ギーちゃんがんばれー!」
 観戦モードの三人は遠目でギガフレアと飛鳥の対決を見入っていた。飛鳥はまじまじと年季の入った旧式のゲーム機を見ている。
「ねえ、なんのゲームで対戦するんだい」
 飛鳥はわくわくしながらレトロゲーの山を見つめている。ギガフレアは黙ってそこから一本のカセットを取り出した。
 それはマイナーだがなかなかの良作の対戦型格闘ゲームである。中国拳法をテーマにし、ゆったりとした動きが特徴的なゲームだ。一人プレイ用ではRPGの要素もあり、きっとマイナーゲーム好きなら楽しめるものであろう。……これだけの説明でゲーム名がわかった人はすごい。
「ああこれやったことあるなぁ。懐かしい」
「ふふふ、では勝負をしよう」
 ギガフレアはカセット下の部分をふーっと息で吹き、ホコリを散らす。こうすることで古くなって電源のつきにくいカセットは息を吹き返すのだ。
 こうして二人はゲームを開始した。だが、そのゲームはやはりスロウリィで、絵的にすさまじく地味なので描写を割愛。ともあれギガフレアはゲームが別に得意ではない飛鳥をハメ技で蹂躙しまくっていた。それはもう見ているほうが引くほどにギガフレアはムキになっていたのだ。
「ふははははは! 僕の勝ちだ!!」
 飛鳥の持ちキャラの|HP《ヒットポイント》がゼロになり、飛鳥は当然の如く敗北する。
「そ、そんな……」
 がっくりと肩を落とし飛鳥は落ち込んだ。弥生は呆れたように大げさに溜息をつく。
「もう満足したでしょお兄ちゃん。さあ私は行くからね!」
 弥生はその場を立ち去ろうとしたが、飛鳥は懇願するように彼女の腕を掴んだ。
「頼む弥生! お金貸してくれ!! 次こそ勝つから!!」
 弥生はその言葉に心底うんざりしたが、飛鳥の美しくも濡れた瞳に見つめられると何も言えなくなってしまう。綺麗な顔立ちで駄目男という母性本能をくすぐる彼のようなタイプは確実に女性を不幸にするだろう。だが、犠牲になる女性は絶えないのだ。いやほんとイケメンとか滅びれば良いのにね。
「もう、しょうがないなー。あと一回だけだよ。はい」
 弥生はさっと飛鳥に五百円玉を渡した。すると飛鳥は「よーし! もう一勝負だ!」と声を張り上げてギガフレアにお金を払った。
 それを見てジェットらは「ああ、ギガフレアの術中にはまっているな」と苦笑いになっていた。飛鳥ははりきってコントローラーを振り回すがやはりギガフレアが圧勝してしまう。その後も弥生にすがり、何度も戦ってはみたが全部惨敗であった。
「…………」
 飛鳥は死んだ目でブラウン管を見つめていた。
 いい加減可哀想になってくる。
「もうお兄ちゃんのライフはゼロよ! やめてあげて!!」
「くくくく、やはり僕に勝てる奴はいないな。ふははははははは!!」
 ギガフレアは落ち込んでいる飛鳥を見て高笑いをしていた。ボロ儲けである。
「ねえもう無理だよお兄ちゃん。もう行こう」
「嘘だ……ありえない……。こんなに戦っているのに一度も勝てないなんて……」
 弥生が話しかけるが、飛鳥の耳にはそれが届いていないようで、なにやらぶつぶつと独り言を呟いている。
 その様子は実に不気味で、顔つきもなんだか無機質で無表情になっている。
「これは何か細工されているんじゃないか……だとするなら“ボク”が勝てないのも納得できる……」
「どうしたんだお前。何を言ってるんだ?」
 ギガフレアが不審に思ってそう尋ねると、飛鳥は突然立ち上がりこう言った。
「キミはインチキをしている。だからボクが勝てないんだ! これは詐欺行為だ! キミこそが世界の歪み……成敗してくれる!!」
「ええー!?」
「お兄ちゃん!?」
 とんでもない言いがかりにギガフレアが困惑していると、
「はいそこまで! 誰にでもクレームつけるんじゃありません!!」
 という声が聞こえ、誰かが思い切り飛鳥の頭をひっぱ叩いた。
「………………はっ、僕は一体。って牧村さん!」
 飛鳥が振り向くとそこには可愛らしい小柄な女生徒がいた。どうやら彼女が飛鳥の頭を叩いて正気に戻したようだ。
「もう、藤森くんってばいつもそうだよね。その癖治したほうがいいよ。本当」
「あ、牧村さんこんにちは。いつも兄がお世話になってます」
「弥生ちゃんこんにちは。大変だね、こんなお兄さんがいて」
 少女ら二人はそう言って笑いあっていた。彼女は牧村優子《まきむらゆうこ》。飛鳥のクラスメイトの女の子だ。妹の弥生と同じようにいつも飛鳥の突飛な行動にいつも悩まされていた。同じ悩みの種を持つ者同士優子と弥生は結構気が合うようであった。
「ねえ弥生ちゃん。一緒に学校廻ろうか。アイス食べに行こうよ」
「あ、いいですね。行きましょう行きましょう!」
 二人は談笑しながらその場から去っていってしまった。それを見て飛鳥は半泣き状態で追いかける。
「ま、待ってよ弥生~。牧村さーん」
「もう、ほら藤森くん。早く来ないと置いてっちゃうぞ~」
 ギガフレアはぽかーんとしてコントローラーを握っていた。あんなに可愛い妹と女友達がいるのを見て、試合に勝って勝負に負けたとはこのことだろうと魂レベルで理解した。
「うう……」
「……ギガフレア。お前は今泣いていい!」
 ジェットはぽんっと彼の肩に手を置いた。だが飛鳥のおかげでそれなりの稼ぎが出たのは事実で、ギガフレアのこの店は成功と言えた。
「よかったじゃないかギガ。あんな客一人で結構稼げて」
「……ふふふ。そうだな。ぼ、僕の大勝利に揺らぎはない。どんな相手がこようと僕は負けないぞ。そうだ、賞金を上げてやろう!」
「おいおいえらい景気がいいな」
「さっきの藤森のおかげで金が溜まったからな。これを使ってさらに賞金を上げればもっと客が食いつくだろう。我ながら完璧なアイデアだ!」
「グッドアイディア!」
 そう言いながらギガフレアは『賞金一万円』の看板を倍の『賞金二万円』にマジックできゅきゅっと書き直した。
 さっきの飛鳥との対戦を見ていたギャラリーはちらほらいて、賞金が跳ね上がったのを見て大いに騒いでいる。
「ふふん。いい調子じゃないか」
 そんな中、男女二人組がこちらに近づいてきた。赤いマフラーをなびかせる中等部の男の子と、八重歯が特徴的な可愛らしい女の子であった。
「ねえハヤハヤ、あれ! あれ面白そうじゃん!!」
「ええー。あんな胡散臭いのやめようよ紫隠」
 その二人は言わずと知れた醒徒会の書記、加賀杜隠《かがもりしおん》と庶務、早瀬速人《はやせはやと》である。クラスの出し物や醒徒会の仕事が一段落して適当に廻っているようだ。
「げっ……! あれは醒徒会の連中!!」
 ギガフレアは身体を硬直させる。以前ギガフレアは醒徒会のメンバーにこっぴどくやられてしまったことがあった。その時は副会長と会計監査にやられたのだが、この二人も強敵だということを聖痕の資料に書かれていることを思い出した。もし自分が聖痕の殺し屋とばれてしまえば、またやられてしまうだろう。
 ギガフレアは馬のマスクをきちんと被り、顔が絶対見えないように気をつけた。
「はいいらっしゃい。一対戦五百円です。僕に一度でも勝てば賞金二万円!」
「へーそりゃいいねー。にゃははは。おっと財布忘れちゃったよ~。はやはやお金貸して!」
「何度目だよ紫隠。俺の財布ももうからっけつだよ……」
「大丈夫だって、今勝って賞金貰うからそれですぐ返してあげるってば♪」
 加賀杜は自身ありげにそう言い、対戦席に座った。早瀬は溜息をつき、ことのなりゆきを見守るしかなかった。
 そしてギガフレアと加賀杜はコントローラーを握り、例の格闘ゲームのスイッチを入れた。
 だが、その瞬間そこにいる全員が驚愕することになった。
「な、なんじゃこりゃああああああ!」
 思わずギガフレアはそう叫んでしまう。彼はテレビ画面を食い入るように見つめている。そこに映し出されたのは単調な電子音を放つ陳腐なドット絵ではなく、ハードロック調の音楽が鳴り響く超美麗3Dグラフィックであった。
「な、なんだこのゲームは!」
 全員同じ顔でシンプルなデザインのキャラクターだったはずが、ひどくかっこよくなったり、本来ならいない美少女キャラなどがそこには映し出されている。どう考えてもこのゲームソフトとゲーム機ではありえないクオリティである。
「にゃははは。なにこれーすごーいキレー」
 加賀杜は大笑いしてその画面を見入っていた。馬のマスクで表情は見えないが、内心ギガフレアはかなり焦っている。恐らく馬のマスクを外せば滝のような汗がいっきに流れ出るであろう。
 この在りえない事態は全て加賀杜の異能によるものである。彼女は触れたものの能力を増幅させることができる。そのため彼女がコントローラーを握った瞬間、ゲーム機とゲームソフトのスペックを極限まで増幅させてそれを可能にさせていたのであった。
「さあ始めよっか」
 加賀杜はスタートを押して勝手にゲームを始めてしまう。ギガフレアは慌ててコントローラーを握りなおす。
「く、くそ。どうなってんだこりゃあ」
「お、おい頑張れよギガフレア! なんかすごい電気喰われるぞこれ!!」
 ジェットはコンセントを鼻に刺したままギガフレアを励ます。なにやらおかしな事態になっているが、ジェットはギガフレアならば勝ってくれると信じていた。
 だが、
「…………だめかもしんない」
 そうギガフレアは呟いた。きっとマスクをつけていなければとんでもなく情けない表情の彼の顔が見れたことであろう。
 そうしてゲームは戦闘を開始し、ギガフレアは何も出来ないまま一瞬にいて勝負がついてしまった。
 当然画面上で倒れているキャラクターはギガフレアのものである。
「にゃははは。アタシの勝ちだー!」
「…………おい。お前ゲームは最強なんじゃなかったのか」
「…………3Dは酔う。気持ち悪い。操作の仕方がわからない。最近のゲームは難しいよ」
 ギガフレアは魂の抜けたように淡々とそう言った。どうやら彼はレトロゲーなどしか 興味のないようで、この手の最新ゲームは一切理解できないようであった。それが敗因となり、加賀杜にあっさり負けてしまったようだ。
「じゃあ賞金は貰っていくね。んー、こんなんでこんなに貰っていいのかな」
 そう言って加賀杜は満面の笑みで賞金二万円を掴んでいった。
「さあハヤハヤ! これでいっぱい遊ぶよ!」
「すげーや紫隠。これで豪遊できる――って先にお金返せよ!」
 わいわいと騒ぎながら二人は去っていく。飛鳥の時の稼ぎを全部賞金に回していたため、結局ギガフレアは赤字となってしまった。ギガフレアは放心状態で机に突っ伏してしまった。どうやら泣いているらしい。
「結局、ギガも駄目だな」 
 と、レイダーマンは呆れながら言った。
「ぼくら全員駄目ですね。ああ、そういえばヴェイプのチョコバナナ屋はどうなってるんですか?」
 ジェットはヴェイプの店に目を向ける。
 どうやらようやくチョコが溶けきったようで、今からバナナにぶっかける段階のようだ。これから店を開店させるらしい。
「なにのんびりやってんだよヴェイプ。遊んでるから遅くなるんだぞ」
 ヴェイプはニコニコとバナナにチョコをかけたりトッピングしたりして急がしそうである。
「えへへへ。大丈夫だよぉ。今からたくさん稼ぐからー」
「チョコバナナ屋ねえ。確かに定番だが、俺のフランス料理に客が来ないのにそんなところに客が寄るかな」
「いや、レイダーさん。あなたの店よりは全然マシでしょう。ともあれ、このままじゃさっきのスピンドルが一位になってしまいますからね」
 ジェットとレイダーマンがそう言っているうちに、店の準備は出来たようで、早速チョコバナナを買いに一人の男子生徒が立ち寄った。
「すいませーん。一本下さい」
「はーい。一本千円になりまーす」
 ヴェイプは笑顔でそう言った。その異常価格に男子生徒は言葉を無くし、ジェットもレイダーマンもぽかーんとしていた。
「え……? 千円って、これ普通のチョコバナナだよね」
 男子生徒が困惑しながらそう尋ねると、
「そう、これは普通のチョコバナナだよ。でもここはチョコバナナを売る店じゃないの」
 そう言ってヴェイプはおもむろにチョコバナナを舐め出した。
 それにはまたもみんな驚愕した。客ではなく、自分がチョコバナナを食べるというのは一体どういう店なんだろうか。
 ヴェイプはチョコバナナを舌でちろちろと舐め、下の部分から舐め上げていく。
「……ちゅぱちゅぱ……んっ……すごい、大きい……お口に入りきらないよぅ」
 時折口に含んだり、上下に動かしたり、上目遣いにしたりと――これ以上はラノオンリーになるので以下略。
 それを見た男子生徒は前かがみになりながら黙って千円を払っていった。それを見ていた近くの男子生徒たち我先にとそのヴェイプの店に押し寄せ、行列が出来ていく。
「チョコバナナのほかにも、もう千円払えばカルピスのオプションもつくよ♪ みんないっぱい注文していってね」
 と眩しいくらいの笑顔を彼らに向けていた。末恐ろしい幼女である。
「っていうかこれいいのか! 風紀委員ー! 早くきてくれー! 未成年の性が乱れていますよー!」
 ジェットの叫び声は虚しく空に響き、ヴェイプのチョコバナナ屋が売り上げ一位を獲得したのでありましたとさ。

            おわりんこ







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最終更新:2009年11月17日 22:13
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