【Mission XXX Mission-05 中編】


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    四日目(承前)

「もうここまできたら仕方がない」
 放課後、修の重々しい言葉に周りに集まっていたクラスメートたちは一斉に肯定の意を示した。
 こちらから積極的に介入する気にもなれないが、クラスの外まで巻き込んで大事になると後が色々面倒だ。そんな後ろ向きな意見が大勢を占め、昨日の段階では現状維持という名の放置という方針となっていたのだが、最悪と思っていた状況の底が抜けてしまったとあっては話は全く変わってくる。
「といってもどうするんだ、委員長?」
「醒徒会に直談判する」
 すでにこうなる可能性を考えていたのだろう、修の返答は淀みがなかった。
 クラスメートたちの間にざわめきが走る。他の学校に比べて生徒による自治の幅が広いこの双葉学園では、その分教師など学園側による生徒への関与の度は低い。法律・校則に違反していたりあるいは故意の行いで被害がでているとかならともかく、今回の場合は学園側からのリアクションは期待できないだろう。
 そうなると学生側の自治組織に頼るしかないのだが、当然のことながら醒徒会はその頂点に位置する組織である。要するに格闘技の団体戦で例えるなら先鋒にいきなりチームの最強選手が出るかのような、そんな事態をよほど重く判断したと言外に主張する発言だったのだ。
「醒徒会でなければ無理、ってくらい激しく訴えていかないとね。一人の生徒の不機嫌でクラスの存亡の危機って普通に言っても鼻で笑われるのがオチだよ」
 おお、と感嘆の声が広がり、同時に良識派かつ知恵の回るこの男が変わり者が多くいまいちまとまりの悪いこのN組にいてくれた、その幸運にクラスメートたちは心中で深く感謝した。
 修と「演技には自信がある」と立候補してきた数人のクラスメートは教室を出たその足で醒徒会棟に向かった。
 特別なことがない限り、普通は来る必要のない場所である。だが、クラス委員長として何度か来たことのある修はともかく、他の生徒にも物怖じする様子は見られない。
 型にはまるのを嫌う個人主義者な分、いざやる気になるとモチベーションが高く大きい成果を上げてくれる。N組に多いこんな生徒たちとの付き合いも随分と慣れてきた修であったが、
(これでもうちょっと団結力があれば)
 とも思ってしまうのは委員長として致し方ないところではあった。
 そんな彼らでも扉を叩く前に一瞬間を置いてしまう、それが素人目にも価値が高いことが容易に窺い取れる目の前の重厚かつシックな扉の先にある醒徒会室である。
 意を決して修が扉を叩くと、間を入れずに返ってくる「どうぞ」という涼やかな声。
 醒徒会に特に関わりがない修以外の生徒にも同じ学年ゆえに聞き覚えくらいはある、その声の主である醒徒会副会長水分理緒(みくまり りお)が扉の先で柔らかな笑顔と共に彼らを出迎えていた。
「……そういうことですか…」
 修たちから一通りの話を聞き、理緒はそう思案げな表情を見せた。
 気持ちはよく分かったが、かといって醒徒会が出張る必要のあるほどの案件かと考えると正直な話首を傾げざるを得ない。それに、今は文化祭に向けて細々とした案件が立て込んでおり会長を含め醒徒会のほぼ半数が全く手が放せない状態だ。
(副会長の私がどれだけ時間がかかるか分からない案件に拘束されるわけには…)
「ちーっす!…ってあれ?」
 ちょうどそこに現れた新たな声が来客を前にたちまち困惑の色に染まる。その声を聞き理緒は思い浮かべていた対応を実行することにし、その声の方に向き直った。
「早瀬くん、来て早々で悪いんだけど一つ用事を頼まれてもらえるかしら?」


「風紀委員会にこの件について優先的に対応してもらえるよう要請します」
 そう宣言し理緒が書いた要請書(風紀委員実行部隊の苛烈さは学園中に響き渡っていたので、『慎重な対応が必要なので極力穏便に当たってほしい』と入れフォローすることも忘れなかった)は醒徒会庶務早瀬速人(はやせ はやと)直々に風紀委員会の本部に届けられ――
「その程度のことに関わってるほどヒマじゃない」
 と言わんばかりの剣幕の風紀委員長山口・デリンジャー・慧海(えみ)の手によって銃弾という名の熨斗をつけてつき返された。
(確かに風紀委員は常時オーバーワークの気がありますからね…)
 身内を慮ったパフォーマンスの意味もこもっているのだろうと理緒は想像するが、どのみちこれではたとえ無理押しして要請を受けさせたところで迅速で熱意ある対応など期待できそうにないだろう。
 さて、一体どうしたものか。雑用を速人に任せしばし思案にふける理緒。
「…ねご。姉御ー」
 気付くと、理緒の同僚、醒徒会書記の加賀杜紫穏(かがもり しおん)が彼女の顔の前で手を振っていた。
「ああ、紫穏ちゃん。…何かいつもより元気ないわね。何か心配事でもあった?」
 いつも明朗快活な彼女の些細な陰りが眼に留まり、理緒は尋ねてみた。
「心配事って聞きたいのはアタシの方だよー。姉御がこんなに考え込むなんて珍しいし、でもなんか大事件ってならアタシの方にも報告来てるはずだし」
 逆に心配されてしまった。そんなに深刻そうに見えているのかと苦笑しつつ、理緒は紫穏に事情を語る。
「だったらそれ、アタシに任せてくれない?大丈夫、醒徒会の仕事にも穴開かないようにするから」
 勢いよく訴える紫穏。理緒としてもそういうことなら異論はない。それに…と理緒は一つの事実を思い出した。
(むしろ適任かしら)
「それじゃお願いね、紫穏ちゃん」
「あいさー」


 修たちと合流した紫穏はそのまま宮子のもとに向かった。もう帰っていてもおかしくない時間だったが、宮子は自分のクラスで何をするでもなく席に座っていた。
 駄弁っていた生徒たちが何となく空気を読んで静かに立ち去っていく。気配が完全に消え、修が話のきっかけに直の名を出した途端、それまで表情を変えず問いかけに頷き返すだけだった宮子の表情がくしゃっと崩れた。
「わ、私、ナオに嫌われちゃった…うう、う、う…」
 机に突っ伏して泣きじゃくる宮子。何とかなだめつつ話を聞きだしたのだが、その内容はN組の面子にはいささか腑に落ちないものだった。
「僕たちは君ほど皆槻君との付き合いが長いわけじゃないけど、彼女はそんな短気な人間じゃないと思う。何か事情があるんじゃないのかな?」
「多分今回のことは最後の引き金に過ぎなかったんです。きっとずっと前から少しづつ怒りを溜め込んでたんだわ…」
 そんな修たちの励ましにも宮子は全く耳を貸そうとしない。
(そういう粘着質な性格ではないってことぐらいすぐ分かりそうなものだけど)
「結城さん!」
 突然、紫穏が机に突っ伏したままの宮子の体を起こした。
「二人がどれだけ名コンビかはアタシよーく知ってる。今度のことはなんかちょっとした勘違いが原因だよ、きっと。だから絶対に仲直りできるし、アタシたちも全力で手伝うから、結城さんも絶対諦めちゃダメだよ」
「ちょ、加賀杜さん、揺すりすぎです!」
 結局、目を回した宮子を介抱しているうちに日没の時間となったため今日はこれでお開きということになった。
 未だ精気に欠けた様子の宮子を女子寮まで送る紫穏と別れ、修たちは近くのファーストフード店に立ち寄って話し合うことにした。
「彼女、相当参ってるようだね」
「そりゃー皆槻さんもあーなるわなー」
 彼らは宮子のことを彼女がN組まで迎えに来るほんの僅かな時間の間の姿しか知らないが、それでもその仲の良さは如実に感じ取ることができた。お互いが相手にとって一番の親友だったのだろう。
 それが喧嘩別れしたからこうなった、とそこだけ理解できても何の解決にもならない。
「まずは情報集めね。喧嘩の本当の原因、そこが分からないことにはどうしようもないわ」
「そうだね、僕も明日皆槻君にもう一度話をしてみる」
「委員長…ほんとあんた凄いよ…」
 感嘆と呆れが混ざったため息が静かにその場に流れた。


    五日目

「…もうこんな時間か…」
 直がこの日最初に目にした時計は冷ややかに午前九時を告げていた。
 もう始業には間に合わない。
 比較的時間にルーズな直ではあったが、ここまでひどい事態は年単位ぶりだった。直のルーズさを知った宮子が「生活の改善が必要ね」とアドバイスをしたり、モーニングコールをかけてきたり、時には直接起こしに来たりとあの手この手でサポートをしてきたおかげである。
(早く慣れなきゃ、いけないのに)
 もうその助けはない。一人になったのだ。誰のせいでもない。自らの手で振り払った、その結果だ。
 たかが数年昔の状態に戻るだけだ、そう嘯けば嘯くほど歴然とした落差を自覚させられる。
「いまさら急いで行くのもなんだし、ね」
 とてもではないがいつもと同じように学校生活を過ごせる気がしない。半ば無自覚に寝坊を言い訳とし、直は学校をサボることにした。
 登校という理由が消滅すると、同時に外に出ようという意志も無きに等しいまで減じた。かといって元来アウトドア派の直にとってこういう高揚とは正反対の気分で家に止まり淀み続けるのはそれ以上に耐え難く、主観的にみれば追い出されるのと大差ない心境で直は街に飛び出した。
 そんなわけなので特に行きたい場所もなく、あてどなく彷徨うこと数時間。幸い風紀委員に見とがめられることもなく放課後の時間帯となり、いつしか直は学園近くの小さな林に行き着いていた。
 いまさら学校に行っても仕方がないのだが、何年も同じ道を通っていた肉体の記憶が自分をここまで運んだということらしい。サボった気まずさもありすぐにこの場を離れたかったのだが、常ならぬ疲労感が意志を削いでいく。
「まあ、いいや」
 半ば投げやりにそう呟き、直はひんやりとした木肌にその身を預けた。
 しばらくそうしているうちに少しうとうとしていたらしい。そんな直を何かが優しく揺すり起こした。
 実体の感触はない。気配もない。ただ音の連なりの中に魂を吹き込んだ、それはメロディという名の音で紡がれる物語だった。
 まるで光に引き寄せられる虫のようにそのメロディの元に向かい、辿り着いた林の反対側に居たのはフルートを弾いている一人の男。
 年の頃は直と同じくらいか、少なくとも高等部生ではあるだろう。まず目に付くのはその顔立ち。人の美醜には無頓着な直ですら一瞬息を飲むほどの整った顔立ちだった。
 しかしそれすらも今この場では細事にしか見えなかった。命ある音に包まれたこの場の中、動物も虫も、あらゆる存在がその曲を遮ることを恐れるかのように息を潜め全身で聞き入っていたのだ。
(ああ、これは…)


 そよ風のような余韻を残し、青年の演奏が終わる。
 いつしか、深遠の広がりを持つ音の海に取り込まれていた。数瞬のタイムラグの後、直はようやくそれの理解に至る。
「何故だ?」
 気付くと、その青年がこちらを見つめていた。
 まるで白昼夢のような目を奪われる体験に戸惑う直に青年は眉をひそめ、再び口を開く。
「何故だ?何故泣いている?」
 問われて思わず頬を拭う。その指には確かに生ぬるい湿り気の感触が移っていた。
「さっきの演奏がとても心に響いたものでね…うん、音楽を聴いてこんな気持ちになったのは初めてだよ」
 素直な気持ちだった。だが、それではまだ不足な気がして、直はもう一言付け加える。
 継ぎ足したその言葉は何故かひどく言い訳じみて感じられた。
「違うな」
 それは、そんな直のなんともなしな後ろめたさを見透かしたかのような言葉だった。
「音楽に感じ入った人間がそんな迷子の子供のような顔をするものか」
 手鏡が手元にないのでさっきのように確かめることはできない。だが、それは真実だということは感覚的に理解できた。
「……」
「この俺様の演奏を上の空で聴いていいと思っているのか。何があった、話してみろ」
 楽士としてのプライドが刺激されたのか、やや苛立たしげに告げる青年。
 言葉尻だけで見るとともすれば鼻白むような言葉だったが、この青年が言うと何故だかそんな言葉にも不快感は感じられない。
「私にはとても大切な友達がいた」
 だからだろうか、直は初対面のこの青年に問われるままに語りだしていた。
「だけど、私がそばにいたらその人が幸せになる妨げになると分かったから、もう会わないことにした。でも長いこと一緒にいたから、その人がいないという状態にまだ戸惑っている。そう、どうにも私は少しばかり不安定になっているみたいだね。そのせいで君の気分を害してしまって悪かったと思っている」
 何度か頷きを返しながら黙って直の話を聞いていた青年だったが、話が終わるとただ一言、
「お前は、馬鹿か」
 と断じた。
「お前の言葉は雑音だらけだ。お前自身がどこにも見当たらない」
「…?…」
 いまいちその言葉を掴みかねて戸惑う直。青年は心底呆れた表情で言葉を重ねた。
「お前の言葉には周りのことばかりでおまえ自身の意志がさっぱり見えてこないどっちも感じることは出来ない。お前は、お前自身は一体どうしたいんだ?」
「私…私は…」
 ――どうしたいのだろう?
 改めて考えれば、他者に対して必要以上に何かを望んだりすることなど今までなかった。そう直は思う。
(他と馴染めぬ外れ者がこんな時だけ人に縋るというのは虫が良すぎる)
 半ば無意識的なその性向を言語化すればこういう形になるのだろう。確かにそれは理屈が通っている。
 だが、心の奥底では「否」と唱える感情が大渦のようなうねりとなっていた。
 直が自らの心を測りかねている様子を察した青年は呆れたように大きなため息をつき、声を掛けようと口を開き、
「何やってんのよあんたはーっ!!」
 ローリングソバットがその腹に突き刺さった。
「何やってるってこっちのセリフだ!」
 明らかにクリーンヒットしたはずなのにすぐにむくりと起き上がると、攻撃してきた女生徒を怒鳴りつける青年。
「何言ってるのよ!この人泣かせておいて!あんた今度は何したのよ!?」
「はぁ?それは偏見以外の何物でもないぞお嬢ちゃん」
「この人はこないだ行った網里町の戦いにも行った強い異能者なの。それを泣かせるなんてよっぽどのことをやったんじゃないとありえないわ!」
「何で俺様がそんなことを。ただこの女が別れ話がどうこうとかで泣いてただ」
「女の子のプライベートべらべら喋るなぁぁっ!!」
 居合い切りのようなハイキックが青年の後頭部に炸裂し、問答無用にその言葉と意識を同時に刈り取った。
 その場にどう、と倒れ伏せる青年には目もくれず、その女生徒は目の前の事態を呆然と見ているしかできなかった直にぺこりと頭を下げる。
「ごめんね、皆槻さん。こいつも悪気があってのことじゃないから…」
「え、いや、まあ、そういうわけでは…」
 事態に置いていかれたもどかしさを感じつつ彼女に事情の説明をする直。
「え、そうだったんだ」
「おかげで、何か大事なことがつかめそうな気がするよ。確かA組の音羽(おとわ)さん…だったよね、悪いけどそこの彼が起きたら私が感謝していたと伝えておいてくれないかな」
「こいつそんな深くもの考えて喋ってないしそんな気にすることないと思うけど、それじゃ一応伝えとくね」
 それにしても、と直は目を回している青年に目をやった。音羽さんの知り合いっぽいからおそらく同学年の生徒だろうけど、全く記憶にない。演奏の腕といい性格といいマンモス校のここですらよく目立つ存在のはずだけど…
 いぶかしむ直の視線を察したのか、「ああ、こいつ転校してきたばかりで」と紹介しようとした音羽――直は知らなかったが繋(つなぐ)という女性としてはやや珍しい名前だ――だったが、突然青年が起き上がりこぼしのように瞬時に起き上がり、
「俺の名前は天地奏(あまち かなで)、天と地に俺の音を奏でる男だ!」
 きっちりポーズをつけて高らかに名乗った奏は、そのままふらりとよろめき、今度はうつぶせに倒れて気絶した。


    六日目

「そういうことか…」
 一人の生徒がしみじみとそう呟いた。
 昨日欠席した直をA組の名物生徒天地奏とその世話役である音羽繋が見かけたという情報を入手した修たちは放課後早速A組に赴いた。
「事情は分かったけどこれは皆槻さんのプライベートに関わることだから…」
 「あいつにああ言った手前もあるし」と誰にも届かない小声で付け加えながら渋る繋だったが、堂々たる偉丈夫の修がその場で土下座しようとするのを見て不承不承ながら直から聞いた話を語りだす。
 その話に対する最初の感想が先程の呟きであり、そしてこの場に集まった他のメンバーの思いでもあった。
「じゃ、要するにこれって…」
「みーんな誤解が原因」
 連絡を受け合流した紫穏がうんうんと頷いた。
「じゃあこれで解決ね」
「いや、そうもいかないだろう」
 修は重々しげに首を振って否定する。
「皆槻君は一時の感情でここまでするような人間には見えない。誤解がきっかけとはいえ彼女なりに色々考えた結果のことだろう。そのあたりの事情を知ったからといってすぐにはい仲直りとはいかないよ」
「じゃどうすりゃいいんだ委員長」
「とりあえずこちらも大まかな事情は掌握できたからね、一度僕らも含めた話し合いの場を持たせるべきだ。そのためにもまずは結城さんに気力を取り戻してもらわないといけないんだけど」
 そう言って修はリダイアルしてみるが、帰ってくるのは電波が届かないというアナウンスばかり。直の方も昨日に続き欠席で所在不明。
「また聞き込みしてどこ居るか探すか」
「じゃあ結城さんの方はそっちに任せるね」
 それだけ言うと紫穏は一足先に走り去っていく。向こうには醒徒会なりのコネなりなんなりあるのだろう、そう思いつつ修たちも続けて立ち上がり各々知り合いを探して動き出した。


 その頃宮子はぼんやりと当所なく歩いていた。
 彼女は知る由もないが、昨日の直と同じ行動である。もっとも、結果的に学園に近づくように動いていた直とは逆に、宮子の方は学園から遠ざかる方向に歩を進めていた。
(……あれ?)
 目に映る景色に、どこか既視感がある。その正体をのろのろと思い起こしていた宮子だったが、目の前に現れた公園、その入口のネームプレートに刻まれた名前が鍵となり急速に記憶が展開されていく。
「ああ、そうだ」
 思わず、宮子の唇から言葉が漏れ出していた。そう、ここは――

     *     *     *     *

 今から大体二年前のことだった。その時島内に大量のラルヴァが現れる事件があり、当時中学生だった私も治癒異能使いとして戦場に駆り出された。
 といっても私の異能〈ペインブースト〉には治す力に比例した痛みを相手に与えるという面倒な対価があったので治療を拒否されることも多く、私もそれが嫌でなにかと理由をつけては治療班の持ち場を離れていた。
 そんな中、私達が居た後方にラルヴァの奇襲があって治療班も散り散りになり、乱戦の中ただただ逃げ回って命からがらたどり着いたのがこの公園。
「もう嫌だ…」
 半ば無理やり連れられてきた戦場で味方からはまともな仲間として扱ってもらえず、敵は殺意むき出しでこちらを狙ってくる。何でこんな目にあわなきゃいけないのか、そんな恨みつらみを抱えた私はもう動く気力もなく膝を抱き俯いていた。
「大丈夫?怪我はしていないかい?」
 そんな時、私の前に現れたのがナオだった。
 その時まだ面識はなく名乗りもしなかったけど、タンクトップとホットパンツという浮いた格好で戦う変人中学生の噂は私も聞いていたのですぐにそうと理解できたのだ。
 年齢は一つしか変わらないはずなのに、ラルヴァの返り血と自分の血に塗れたその姿は彼女が噂どおりに最前線で命懸けで戦ってきたことをこれ以上はないまでに明白に証明していた。
「それにしても、お互いひどい目に会ったものだね」
「はあ」
 私は正直面食らっていた。周りの状況を無視してしまえば、「ひどい目」を「ひどい通り雨」に置き換えても全く違和感のないどこか暢気な口調だったのだ。
(本当に変人なんだなあ)
 この人は人と違うのにどうして平気で居られるのだろう。私は少しこの先輩に興味を抱き始めていた。
「ところで、君は確か治療班に居たよね?こちらは見ての通りの有様でね、治してくれるとありがたいのだけどお願いできるかな?」
 だがそのかすかな気持ちは急速に吹き上がる体が燃え上がるかのような怒りに覆い隠された。
 私の異能のことは既に知れ渡っている。よほど切羽詰まっているならまだしも、多少怪我しているとはいえ十分余力のあるように見えるこの人が私の力を必要としてるわけがない。
(どうせ、この人も私の出来損ないの異能をあざ笑いに来たんだわ)
「ええ、分かりました」
 精一杯の仮面の笑顔で答え、私は勢いよく立ち上がり、その人に手を伸ばした。
 私にはその人が、私を苦しめる理不尽の象徴に見えていた。だから、
(見世物小屋の珍獣でも見るような気で私の〈ペインブースト〉に触れた、これがその報いよ)
 私は後のことなど何も考えない自棄っぱちな気持ちでその人に必要量をはるかに越えた最大出力の力を叩きつけた。
「うん、おかげですっかり良くなったよ。ありがとう」
 だけど、その人は少し眉をしかめただけで、後は何事もなかったかのように私にお礼を言ってきたのだ。
「え?痛くなかったんですか?」
「そりゃあ、ね。でも、そんなことは些細なことじゃないかな。君の素晴らしい力に比べれば」
 私は所詮これしか能が無いからね、とその人は軽く拳を突き出した。
「壊すことだけ。何発殴っても建設的なことなんてとてもとても」
 皮肉も何もなしで私の異能のことを評価してもらえたのは、多分これが生まれて初めてだった。
 だけど、ひねくれていた私はそれも素直に受け止めることができなかった。
「でも、それだったら他の治癒異能使いでもいいですよね。私のような出来損ないじゃ無くても」
「今、この場所に君がいたから私はこうやってもう一度戦えるんだよ。」
「でも、それってただの偶然ですよね」
「運も実力の内、だよ。少なくとも君が私を助けたのは事実だし、だから私は君に感謝しているんだ。そうやってあまり卑下されると、この感謝の気持ちの行き場がなくなってしまうよ」
 その瞬間、その人が何の含みもない純粋な笑顔を見せてくれた瞬間のことは、私は一生忘れることは無いだろう。
 人と違うことを恐れない強さに。
 強い化物たちにも怯まず立ち向かえる強さに。
 私の悪意などものともしない強さに。
 そして、こんな戦場の中でも他者を思いやれる優しさに。
 今になって思えば、この瞬間私は私のひねくれた心をただの一撃で壊してくれたこの人に強く強く憧れたのだ。

     *     *     *     *

(そう、私たちはここから始まったんだ)
 情けない顔で俯いて歩いていたあの日から二年、また同じような格好でここを歩いている。
 それが腹立たしくて宮子は首をもたげ天を見上げたが、それで何が変わるわけではないのは他ならぬ彼女自身が誰よりも良く分かっていた。
「あれが、私ね」
 雲間から現れた月を見上げながら、宮子は自嘲気味にそう呟いた。
 月が輝けるのは太陽があるから。太陽がなければ月はただのアバタだらけの岩の塊に過ぎない。
 彼女のような強い人間に変わりたいと願った。
 彼女と一緒なら変われるはずだと信じた。
 彼女そのものにはなれなくても、隣に立つのにふさわしい人間にはなれたと思っていた。
(とんだお笑いぐさ)
 光に見放され、輝く星は元の石くれに戻った。一時の夢としてみるなら大いに、分不相応なまでに楽しませてもらったけれど、
(私のこの二年って、全く無意味だったんだなぁ)
 そのコインの裏側が鋭く心に突き刺さる。


「結城宮子さんですよね」
 呆然としていたところへの不意の呼びかけだった。体が反射的にびくりと震え、取り繕うように空咳を一つおいてから宮子は声の方へ振り返った。
「そうですけど、どうしましたか?」
 そこにいたのは四人の男女。見る限り全員が宮子と同学年で、何人かは顔には見覚えがあった。
 向こうの方もこちらとの関係はその程度だろう。意図を測り取れず戸惑う宮子に、先程声をかけた青年が再び語りかけた。
「結城さんが皆槻先輩とのチームを解散したって聞きました。単刀直入に言います。俺達のチームに入ってくれませんか?」
「え?…えっと…私の異能のことは知ってますよね?」
「勿論。あと、君の豊富な経験も高く評価してるかな」
「聞いた話だとどうしても耐えられないほどの痛みじゃないって話だし」
「むしろそれがいいってのもいたりするからねー」
「それはお前の事だろ」
 彼らは宮子の異能を肴に、実に屈託なく軽口を叩いていた。
「先輩にはかなわないかもしれないけど、あたしたちのチームも結城さんを退屈させないと思うよ。ぜひ力を貸してくれないかな?」
 紅一点の少女がキラキラした目で思いをぶつけてくる。
 冗談や嫌がらせの類いではない、それははっきりと理解できた。
(あの時もそんな人はいたんだろうな)
 自分を、自分の力を純粋に必要としてくれた人が。
 いじけていた私にはナオが来るまでそれに気付くことができなかったけど…とそこまで考えが至ったところで、
「あ!」
 思わず、衝撃が口から漏れだしていた。
「えっと、大丈夫ですか?」
 くつくつと小さく笑い続ける宮子におずおずと問いかけるリーダーの少年。
「ああ、気にしないでください」
 それは何かふっ切れたような、と初対面の少年たちですらなんとなく察することのできる返答だった。
「えっと私をチームに誘ってくれて本当に嬉しいです」
 直とのチーム結成は戦いに赴く直に宮子がついて行くというのがしばらく続き、「じゃあチームの申請をしようか」という実に成り行き的なものだった。だから宮子にとって、こうやって勧誘されたのは初めてのことだった。
 だから、この好意からの申し出が嬉しいというのは一片の偽りもない真実だ。
「だから、ぜひあなたたちと」
 どっと歓喜に沸き上がる少年たち。そんな少年たちに宮子は済まなそうに続けた。
「…って答えたいんですけど本当に、本当にごめんなさい」
「え?」
 宮子は思う。何も変わってないなんてことはなかった。私のことを認めてくれる人はあの時より増えている。私もそれを素直に受け入れることができる。そして、
「私達のチームはまだ終わっていない、ううん、終わらせたくないんです」
(そう、随分と諦めが悪くなったわ)
 いや、ふてぶてしくなったと言う方が近いわね。そう自分に突っ込みをいれる姿には、半ば捨て鉢気味ではあるが確かに、昔と違い前へと進もうとする意志が宿っていた。
 肩を落とす少年たちにもう一度詫びをいれ、宮子は一直線に走りだした。


「金立先輩、ナオに会いたい、今すぐに!」
 一日ぶりに電源を入れた宮子は、とめどもなく溢れ出る思いを電話先の修に叩きつけた。
「よかった、そっちがその気になってくれて。今調べてるから少し待ってて」
 どこかと連絡を取っているらしい短いやり取りの後、首を長くした宮子に待ちわびえていた答えが与えられる。
「皆槻君は今五月ヶ丘公園の方に向かっているそうだよ。僕たちも彼女を追いかけてる、急いで合流して」
「あ、はい…え?」
 まさかそんなに都合のいいことはという思考の盲点にすっぽりとはまり、宮子の認識が一瞬遅れた。
「五月ヶ丘公園って」
 今出て行ったばかりのあの公園じゃない。その言葉に微かに息を飲む音が混淆する。
 聞きまごうはずがない。たとえどんなに微かでも。たとえどんな音に紛れていても。
 それは、決して失いたくない大切な親友のものなのだから。
「ナオ…」
「…ミヤ」
 小さくお互いの名を呼び合う二人。そして、そのまま時間は過ぎていく。
 その唇は縫い合わされたかのように固く閉ざされ、その瞳は吸い寄せられたかのように相手の顔の方に引きつけられている。
 今のままは嫌だという気持ちは共通していたが、それを口にしてもう一度、今度は決定的に拒絶されること、二人ともそれをどうしようもなく恐れていたのだ。
 張り付いた唇を引きはがそうとする宮子。早鐘のごとく打ち鳴らされる胸の鼓動。その脈動に押されるように、ついにその口が開いた。
「…ナオ、私たちのチームはナオ一人の持ち物じゃない。手前勝手は許されないわ」
 一度口火を切った言葉は雪崩のように止まるところを知らない。宮子は黙って彼女の言葉に聞き入る直に指を突き付けた。
「それでもと言うのなら、私も我が儘を通させてもらうわ。チームの存続を賭けて、ナオ、決闘よ!」
(ええー!?)
 この場に到着したばかりの修たちの声のない驚愕は見事なまでにシンクロしていた。
(ミヤ、そこまで…)
 その一方、直は感動の涙がこぼれ落ちそうになるのを必死にこらえていた。
 一方的に突き放した自分をまだ引きとめようとしてくれる。その想いが、優しさがたまらなく嬉しい。でも、だからこそ、と直は思う。
(私はここで甘えてはいけない)
 いままでずっと、彼女の優しさに寄りかかってばかりだった。それをはっきりと認識した今なおこの優しさにすがってしまえば、今度こそ本当に彼女のそばにいる資格を失ってしまう。
「その決闘、喜んで受けさせてもらうよ」
 この決闘には勝つ。勝って、その上で改めて私からミヤにしっかりと詫びよう。それが直が出した結論だった。
「これ、どうなっちまうんだ…?」
 誰かがそう呟く。それは、この場にいる直と宮子以外の全ての人間の心境の代弁だった。



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