【壊物機 第三話 中編】


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壊物機 第三話 中編



 ・OTHER SIDE

 マスカレード・センドメイル首領、レオナルド・ダ・ヴィンチは一言で言えば天才だった。
 そのコードネームの由来である歴史上の万能天才芸術家と同じようにダ・ヴィンチの発想は常人の域を易々と越え、人類が未だ手を届かせることの出来ない超科学の技術さえも手に入れている。
 超科学。それは身体強化・魔術・超能力と並ぶ異能の四大系統の一つ。
 しかし四大系統の一つでありながら他の三系統とは趣を異にする系統である。
 なぜなら、超科学は理解不能だからだ。
 使っている者の多くにさえ、それが何であるか理解できない未来的な、あるいは異界的な技術の結晶……それが超科学のアイテムだった。
 超科学の異能力者の中には天啓の閃きと共にアイテムの設計・作成を行う者や、部分的に知りえた超科学の知識を用いて試行錯誤の末にアイテムを作り出す者がいる。しかしながら、超科学を完全に理解した上でアイテムを作る者は恐らく一人としていないだろう。
 ダ・ヴィンチも例外ではない。
 しかし、ダ・ヴィンチの異能は『超科学の理解』であった。
 矛盾するようだが、超科学を理解する異能は決して珍しい異能ではない。そうと知り、扱える者が『理解』の異能の持ち主の中で少数しかいないために珍しいと誤認されている。
 超科学を理解すると言っても全知の存在の如く理解するわけではない。理解の異能は、理解する権利だ。
 医学、哲学、科学よりもなお高等な学問として超科学を認識し学び会得する権利、超科学の入学許可証だけが本人も知らぬうちに手渡されているようなもの。
 それは異能と言うにはあまりにも目立たず、異能に携わる機関にも異能力者として存在を知られることが稀なために異能やラルヴァのことを知らずに朽ちていくものも多い。
 仮に異能の存在を知ったとしても超高等学問としての超科学を理解する権利をもっていながらそれこそ他の学問と同じように理解することを放棄し、一生を終える。そんな『理解』の異能力者は有史以来、何人に上ろうか。
 ならばやはりダ・ヴィンチは例外であったのかもしれない。
 ダ・ヴィンチは異能……それも超科学に携わる家柄に生まれ、最も幸運なことに超科学を学問として習得できるほどに高い知能を持っていた。生まれながらに人よりも高い位置に立っていた。
 ダ・ヴィンチは持ち主である父母さえも理解は出来ない超科学の資料を読んで幼年期を過ごし、成長してからは自らの手で超科学のアイテムを作り、技術を磨いた。

 そうして積み重ねた理解と技術の集大成が“最も美しい”芸術品モナ・リザと、センドメイル最強の機兵――『無欠なるウィトルウィウス』である。

 ・・・・・・

 強さとは何か。
 かつて、アルフレドが最強のフリーランサーと呼ばれる前にそんなことを尋ねた。あいつの答えは『力、スピード、防御力、戦闘技術、戦術、精神力、特殊性。あとは……魅力と運かな。それらの合計値が強さだよ』という特に面白みもないものだった。それだけの要素が揃っていれば強いのは当たり前だ。
 それでもその答えが正しいものだったのなら……ウィトルウィウスとそれを駆るダ・ヴィンチは紛れもなく強さの化身だった。
 そしてどうしようもないほどに、ウォフ・マナフとは強さの桁が違う。
 ありえないほどに、強い。
『く、うぅぅぅ!』
 ウォフが苦痛に悶え、必死に悲鳴を噛み殺している。ダメージを共有する俺もまた、右腕に強い痛みを覚えている。この痛みはウィトルウィウスによってウォフ・マナフが破壊されているダメージによるものだ。
 対してウィトルウィウスは無傷。攻撃しても、こちらが一方的にダメージを受けている。
『たぁぁぁぁッ!』
 ウォフ・マナフが右腕を振るい、叩きつける。
 だが激突の直前にウィトルウィウスがウォフ・マナフの右腕を左の裏拳で弾き、続けざまに右のフックで頭部に打撃を食らわせる。
 さらには体勢を低くしてガードの空いた懐へと素早く潜り込み、左のリバーブローで横腹を撃打して弾き飛ば……!?
「が、ハッ……!」
 腹部に奔る激痛に血を吐き、無様に膝を着く。
 ……こいつ、さっきから動きがロボットのそれじゃねえ。
 巨大ロボット同士の戦闘で、こっちの攻撃にカウンターを合わせて一方的に削るなんて芸当はロボットアニメの中でだけやりやがれってんだ!
『ふむ……。存外にしぶとい。装甲は脆いが、フレームは相当に頑丈なようだ』
 馬鹿にする様子がまるでない、ただ感心したような声がウィトルウィウスのスピーカーから流れる。
『違うか。むしろ装甲が……』
「戦闘中に人のことをグダグダ解説してんじゃねえ!!」
 ウォフ・マナフに意を通し、再度の攻撃。重厚な装甲に覆われた脚部による後回し蹴り。
 ウィトルウィウスは即座に反応し、こちらと噛み合わせるように後回し蹴りで迎撃してくる。
 激突、しかしやはり砕けたのはウォフ・マナフの装甲のみ。ウィトルウィウスの装甲には若干の変形が見られるだけだった。
 俺の右足にも痛みが返ってくる。が、そんなことには構っていられない。構う暇があるなら倒す手段を考えるのに使う。
 あいつを倒す方法。
 試案一、機体無しで操縦者《ハンドラー》同士の素手喧嘩に持ち込む。不可。了承するわけがない。こちらと違ってダ・ヴィンチは機体の中にいるので強制的にもちこむこともできない。
 試案二、ここから脱出して武器を入手してから再戦。もしくは臨戦態勢にないダ・ヴィンチを暗殺。不可。扉は既に閉ざされて脱出不可能。
 試案三、戦略的降参。却下。仮に受け入れられたとしてもそのときウォフは俺の手から離れる。
 試案四、真っ当に戦う。
「しかないか……」
 ならば勝つために相手の戦力を考察する。さし当たって考えるべきは……ウィトルウィウスの早すぎる反応。
 装甲の硬さや力の強さも相当だが、そんなものはこれまで戦ったセンドメイルの構成員も持っていた。ウィトルウィウスにあり、これまでに無かった最たるものは……尋常ならざる反応速度だ。
 ウィトルウィウスの防御はあのゴーレムやダ・ヴィンチが搭乗していないときのウィトルウィウスのように攻撃に対応でオートガードするのとは訳が違う。こちらの攻撃を見切り、判断し、正確に徒手空拳で迎撃している。
 それが一番ありえない。
 見切るまではわかる。ウォフ・マナフの動きは何も超高速というわけじゃない。見切って、どう対応するか判断を下すまでは訓練した人間ならば可能だ。
 しかし、人が動かすロボットでそれを実行するのがありえない。どうしたって操作するタイムラグが生じて、出遅れるはずだ。
 それがウィトルウィウスにはまるでない。では、乗っているだけで操縦していない。実はまだ自動操縦で動いているという線はあるか?
 それも、やはりない。後回し蹴りに後回し蹴りで返す、そんな遊び心がある相手が自動操縦の筈がない。ウィトルウィウスはダ・ヴィンチの意思によって動かされている。
 だからやはり、ウィトルウィウスはありえない。
 ウィトルウィウスほどの完成度を誇る機体を作れるだけの設計者《デザイナー》、開発者《アセンブラー》にして、超高速操作が出来る操縦者《ハンドラー》。
 そんなバケモノがいてたまるか。パラメータの割り振りが間違っている。
 だから、何らかのトリックがあるはずだ。あるはず、だが……。
「…………」
『御主人様……?』
 考えうる限り最悪な展開は……そのトリックを暴いても勝敗には何も関係しないという事態。
 トリックを暴くことが勝利条件に直結しない、純粋に実力で勝利しなければならないのなら……。

 俺達は、負ける。

 ・・・・・・

 ・OTHER SIDE

 ダ・ヴィンチの表の顔はある企業の会長である。その企業は複数の業種に手を伸ばし、成功させたゼネラルコングロマリットであったが、その中でダ・ヴィンチが最初に手がけ、最も大きく成長させたのは意外にも医療器具メーカーであった。
 超科学を理解する異能とは言っても個人の適性による得意科目の違いくらいはあり、ダ・ヴィンチが最も得意としたのが医用生体工学であった。
 ダ・ヴィンチは人工臓器や義肢の開発に関しては特に優秀だった。それこそ、不可能とさえ言われていた人工肝臓や喪失した手足とまったく同じ働きをする義肢さえ設計することが出来た。それらのあまりに現代技術と違いすぎる技術は国の方針により隠蔽され、表に出ることはなかったが……それでも現代技術でありうる範囲の人工臓器でも十分すぎる利益をあげた。
 もっとも、ダ・ヴィンチ本人にとってはより多くの人を救えるはずの人工臓器が隠蔽されたことも、自分の開発した人工臓器が多くの利益を上げたこともさしたる関心事ではなかった。
 ダ・ヴィンチは……試していただけだった。
 自分の持つ超科学の限度を。
 いったいどれだけ人間に近づけ、人間とは違うものが創れるのかを。
 “巨大なロボット”を創れるかを。
 ダ・ヴィンチがそんな目的を持った理由はダ・ヴィンチ自身も覚えていない。子供のころに聞いた御伽話や神話にまつわるものか、子供心にも記憶に残るジャパニメーションの影響か。あるいは、異能そのものが『想像し、創造せよ』と天啓を下しでもしたのか。
 いずれにしても、ダ・ヴィンチはロボットが作りたかった。
 それゆえにダ・ヴィンチは試行し、錯誤することなく一体の機兵を創り上げる。
 『無欠なるウィトルウィウス』
 頭部、胴体の内臓が収まっているべき部位には機械式の動力や操縦席、制御機構が収まっている。しかし逆に、四肢は人間のそれだった。
 特殊な金属繊維で造られた人工筋肉、極めて強固かつ軽量な人工骨格、柔軟でありながら耐久性に富んだ人工皮膚。四肢や関節、骨格の構造は人間のそれと酷似した構造であり、それでいて巨人を上回るほどの力を持っていた。
 そうして出来上がった素体に装甲を――鎧を被せたのがウィトルウィウスである。鎧の重量をしてその動きは軽量かつ力強く……何よりも人間が出来る動作の全てが出来た。
 そしてウィトルウィウスの操縦システムは最速で人間の意のままに体を動かす仕掛けもあった。
 完璧であり、完全無欠であった。
 ウィトルウィウスを創り上げたときにダ・ヴィンチは感慨もなく思った。
『少なくともあと十年はこれを越える機体は現れない』

 ・・・・・・

 数度に渡って拳を合わせてもまるでウィトルウィウスのトリックは読めてこない。このままではトリックを暴く前に、こちらが削り殺される。
『ウォフ……! 時感狂化を使うぞ!』
 時感狂化。永劫機ウォフ・マナフの固有機能。
 相手の時間感覚を狂わせ強制的に隙だらけにする異能であり、純粋なスペックで劣るこちらが唯一相手を上回れる一点。
『で、でも御主人様!』
 ウォフが躊躇の声を上げる。その気持ちはわかる。時感狂化にエネルギーを使えばウォフ・マナフの性能は僅かではあるが、ここからさらに低下する。何をエネルギーにしているかはわからないが、それだけは何度かの試しで把握している。
 そのデメリットを背負って相手に隙を作り出しても、ドラゴンキラーを持たないウォフ・マナフの攻撃力では決定打を与えられない。それも把握している。
 ただし、今この場で一回限りならそれは当てはまらない。
『構わねえ! やれっ!』
『……時感狂化発動《マッドタイム・スタート》!』
 回避不可能の感覚干渉攻撃、時感狂化がウィトルウィウスの内側のダ・ヴィンチを捉える。これでウィトルウィウスは数秒の間は身動きが取れない。
 だから、この隙に……デカイ一撃をお見舞いしてやる!
 俺の意思を受けたウォフ・マナフは背後に下がり――俺達を乗せてきた路線バスを――この場で最大の火力を持つ武器を持ち上げた。

――ただちにこのバスを爆破いたします

 そう言ったのは、バスに爆弾を積んだのは……テメェらだ!!
『タァアアアアアアアアッ!!』
 ウォフ・マナフは爆弾を積んだバスをウィトルウィウスに向けて放り投げる。
 激突の衝撃で生じた火花はバスのガソリンを爆発させ、その爆発は積まれていた爆弾にも引火して大爆発を引き起こした。
 ウィトルウィウスは、爆炎と黒煙に包まれた。
「…………」
 ウォフ・マナフだったら木っ端微塵になりかねない大爆発だった。それでも、まだ油断は出来ない。生き残った可能性は十分ある。
 それでも、これだけの爆発の直撃を受ければ無傷では済まない。そうして行動に支障が出るだけのダメージを負えば、こっちにも勝機が生まれる。それを狙って仕掛けた……が。
「出て来ない……?」
 時感狂化はもう切れているはずだ。なのに、炎の中で動くものの気配がない。
 まさか……。
「やった……のか?」

『それは俗に言うフラグだ』

「!?」
 ダ・ヴィンチの声!
 俺は弾かれたように声のした方向……20メートルほどの高さの天井を見上げる。
 天井は爆発の黒煙に包まれて見えずにいたが、見上げて少しして火災報知器と連動した消火装置が動いて水を振りまき、同時に換気装置が煙を排出した。
 そこに、ウィトルウィウスはいた。
 ヤモリか、蜘蛛か……あるいはそれこそニンジャのように天井に張り付いている。四肢を天井に付き立て、逆さまになってこちらを見下ろしている。
 その様は煙で多少煤けてはいたもののまるで無傷だった。
「……なんでだ」
『このウィトルウィウスはサイズに合わせてスケールアップしてはいるものの人と同じ構造をもつため身体強化異能力者と同じように振る舞える。天井に張り付くくらい造作もない。それにここの天井は作りがしっかりしている』
「そうじゃねえ……!」
 俺は内心の動揺を捻じ伏せようとして、語気を荒げる。
 しかしそれでも動揺は抑えられない。これまでで一番ありえないことは起きたからだ。
 なぜなら、あれは、あのアルフレドさえも、逃れることは出来なかったはずの……
「時感狂化が効いていないのか!?」
 心の底からの驚愕を叫ぶ俺をよそに、ウィトルウィウスのスピーカーからダ・ヴィンチの声が流れる。
『……? ああ、そういえば少し意識が飛んだ。これが噂に聞く時感狂化か』
 時感狂化は、効いていた……?
「だったら何で……」
『時感狂化をかけられたのにどうして回避できたのかということか。君は、私達がウィトルウィウスに乗り込むところを見逃したのか?』
 私達がウィトルウィウスに乗り込むところ?
 …………私、『達』!?
「まさか!」

『ウィトルウィウスは私とリザの二人で動かす“二人乗り”の機兵だ。だから、片方が動けなくても少しの間なら大した問題にはならない』

 ――天敵。
 時感狂化が通じないんじゃない。通じても……意味がない。
「畜生が……!」
『……? 単に能力の一つが通じないだけだ、そんなに悔しがる必要はない。さぁ、君達の実力で掛かって来るがいい』
 それで勝てるんならいくらでも真っ向勝負してやる。
 だが、特殊性を除いたあらゆるスペックでウォフ・マナフはウィトルウィウスに敵わない。
 真っ向勝負に勝ち目は……ない。
『来ないのならこちらから。頑丈な機体だが、こうすれば壊せるだろう』
 俺とウォフの手が届かない上方からダ・ヴィンチは言い放ち――飛び降りた。
 空中で姿勢を制御して回転、体勢を地に背を向けた状態から両足を下とする体勢へと移行し……否。
 右足を地に、左足を天に向けた独特の体勢。それを一目見たときに奴が何をしようとしているかは察知できた。できたが……遅すぎた!
「避けろウォフッ!!」
『え?』
 対応する間も、あればこそ。
 ウォフ・マナフを動かすよりも早く――機体筋力・機体重量・地球重力・遠心力を合力したウィトルウィウスの踵落しがウォフ・マナフの右腕を付け根から断ち切った。

 ・・・・・・

 ・OTHER SIDE

『少なくともあと十年はこれを越える機体は現れない』
 ダ・ヴィンチはそう考え、その思考は間違いではなかった。
 間違いではなかったが……一つ失念し、一つの不運があった。
 失念は、自身の関わる異能という世界が科学技術だけで成り立っているのではないということ。
 科学の一言では説明し得ない奇怪な力を持った機体――永劫機と、同様に異能力を持った機体がこの世界には存在してしまった。
 技術力の結晶であり、無欠であるウィトルウィウスにはそうした特殊な異能力が付随していなかった。設計目的を考えれば必要はなかったし、ダ・ヴィンチの超科学の性質からしても純然たる科学技術から外れたそれらの能力を付与することは困難であった。
 それゆえに、異能という概念そのものがウィトルウィウスに牙を剥くこととなる。
 しかしそれを原因とする苦難がダ・ヴィンチとウィトルウィウスを襲うのは今しばらく後のことである。
 この場でのダ・ヴィンチの苦難の原因となるのは失念ではなく不運。
 その不運は、ウィトルウィウスがあまりに精巧で、その構造が人間に近すぎたことだった。

 ・・・・・・

 意外なことに、右腕が断たれたダメージのフィードバックはそう重いものではなかった。さっきのリバーブローに比べれば感じないと言っても差し支えない痛みだった。そして、状況の悪化もまた今までの比ではない。
 ウォフ・マナフは最大の武器であった右腕を喪失した。元がアンバランスに巨大だった右腕がなくなったことで造詣としては逆にバランスがとれたことが少し笑いを誘うが、笑う余裕などあるわけもない。
 性能で敵わず、時感狂化は効かず、右腕もなくなった。
「三重苦じゃねえか。素晴らしいなぁ、おい」
 とことん神様は不公平らしい。……ああ、俺にくっついてる神様は疫病神だったっけか。あっちは芸術神《ミューズ》かなんかか? 何にしても疫病神よりはご利益がありそうだ。
『御主人様……』
『……右腕はくっつけられるか?』
『…………』
 無理、か。
「……どうしたもんかね」
 ただでさえない勝ち目がもうトコトンない。勝機の一筋も掴める気がしない。
 こっちが一方的に力負けするほど強く、同じ攻撃をぶつけ合わせてもこちらが一方的に砕けるほど硬く、ロボットとは思えないほど速く、人間と同じ構造で人間ほどに精巧な動きが出来る。そんな相手にこのウォフ・マナフで……………………?
 強く、硬く、速く、…………人間と同じ?
「……遅い」
 いくらなんでも、あんまりにも、遅い。
 気づくのが、知るのが遅すぎた。
 そうと知っていたなら。まさかそこまで完成度の高い人型だと知っていたなら。
 話は、もっと簡単だった。
『御主人様? 何か気づけたんですか?』
『気づけたっつうか、相手が勝手に教えてくれた。まぁ、もう意味がない。右腕が使える間なら話は別だったけどな……』
『使えますよ……?』
 何?
『お前さっき』
『くっつけられませんけど使い物にはなります。それで、右腕でどうすればいいんですか?』
『……あいつを止めろ。あと、ウォフ・マナフの動作制御《コントロール》は全部俺に寄こせ』
『わかりました』
 了解の返事の後、ウォフ・マナフの制御が俺に移る。俺は実行する前に、確かめるように左腕を振り、手を開き、閉じる。
 ……まだこのくらいの精度で動くならやれるか。
『どうやら体勢は整ったようだな』
 右腕を断たれたこちらが準備を終えるのを律儀に待っていたのか、ウィトルウィウスは今まで攻撃を仕掛けてこなかった。上から目線の余裕ぶったやり方だが、感謝してもいい。
「待っててくれたことには礼を言うぜ」
『気にするな』

「礼に、膝どころか額を擦りつけるくらいの土下座させてやる」
『やってみるがいいさ』

 言葉の応酬を競争の引き金に、ウォフ・マナフとウィトルウィウスは互いに向かい駆ける。
 速度はやはりあちらが速い。しかし、それは問題じゃない。
 問題はどうやってウォフがあいつの動きを止めてくれるか。
 その問題の答えは、すぐに訪れた。
 唐突に、ウィトルウィウスが体勢を崩す。
『!?』
 初めて、ダ・ヴィンチの驚いた気配を察した。俺のほうも今日何度目かの驚きだ。
「なるほど、右腕をそう使って動きを止めるのか」
 俺の視線の先にウォフ・マナフの右腕はあった。

 断たれたはずの右腕が、相手の両足に絡みついていた。

 それは蛇か何かのように絡んでいるのではなく、肘で折り返して上腕と下碗で挟み込むようにウィトルウィウスの大腿部を押さえ込んでいる。可動範囲の多い膝から下ではなく動きの少ない膝から上を狙ったようだ。
 右腕一つで相手の両足を押さえ込む、そんな芸当は両者のサイズが同じなら出来なかっただろう。しかし奇しくもウォフ・マナフの右腕はそれが可能なくらいに、巨大で長大だった。
 人ならざるモノが人のカタチをしているがためにウィトルウィウスは人の動きが出来る。
 だがしかし、人ならざるモノだからこそ人には出来ない動きをウォフ・マナフはしてみせた。
 対極の利はウィトルウィウスだけのものではない。
 如何に完全無欠の性能を誇るウィトルウィウスといえど、自身とほぼ同等の重量を有するウォフ・マナフの右腕をぶら下げたままで動けるはずもない。
 ウィトルウィウスの下半身は死んだ。
「上出来だ」
 体勢を崩したウィトルウィウスの左側面に俺の操作するウォフ・マナフが回り込む。
 やはりウィトルウィウスの対応は早く、即座に左腕を伸ばしてくる。
 しかし不十分。
 下半身の伴わない動きはどうしても精細さと威力を欠き、対して俺の意思が完全に制御しているウォフ・マナフはその左腕に的確に対応する。
 左腕を用いて、伸ばされた左腕を絡めとリ、重心を移動させつつ敵手の背面へと動き――前方へと倒れこむ。
 両足と左腕を抑えられてバランスのとれないウィトルウィウスは抗えず膝を着き……額を地下演習場の床に激突させる。
 同時に重く鈍い破壊音が地下演習場に響く。
 何の音か?
 ウィトルウィウスの左肘の関節が圧し折れた音だ。
 腕が繋がっているところを見ると、人間と同じで骨格と筋肉と表皮があるらしいが、無事な表皮の下で関節は既に破壊されている。これまでの堅牢さからすれば、異常なほどにあっさりとウィトルウィウスの腕は折れたのだ。
 それが可能になったのはウォフ・マナフの独力ではなく梃子の力点作用点支点、そして倒れこむ際にウィトルウィウスとウォフ・マナフの分を合わせた重量をも利用したからだ。
 ダ・ヴィンチがこれほどの機体を創り上げるのも技術なら、俺のこれもやはり技術。
 人間の関節を破壊し制圧する技術だ。何度も何度も繰り返した事柄……目を瞑ってようが片腕しかなかろうができる。
 ダ・ヴィンチは知る由もなかったことだろう。
 俺が、どれだけ人体の破壊作法に習熟しているかということを。
 武器商人ニクス家の長、あるいはその先達たる者達は後継者に言い続けた。
『我々は武器商人である。武器を求めるものあらば売り渡す。だからこそ武器の扱いに習熟することは重要である』

『そしてそんなことよりもはるかに重要なのは、武器なんぞに頼らない暴力を身につけることだ』

 名言だ。武器を売り渡す側だからこそ、武器がなくても勝つ術を身につける。全くだ。その思想に基づいた技術と訓練法は俺の代にも受け継がれているし幼少からの習い事の一つだ。
 だから俺も人体破壊に関しては一般人の中ではそれなりの部類に入ると自負していた。あのアルフレドでも異能無しで俺と模擬戦しようとは思わないと言っていた。
 しかしながら、俺の技術はウォフ・マナフでの戦闘には何の役にも立たなかった。
 なにせ相手は人間と似た形をしていながら関節もクソもないゴーレム、ウォフ・マナフより遥かに小さな人間《アルフレド》、鋼鉄の魚だ。こんな連中にどう対人用の技術を使えと?
 だから俺はそんな連中と戦うためにウォフ・マナフの武器を欲した。
 だが、ウィトルウィウスは違う。ダ・ヴィンチがご高説くださったように、人体と同じ構造の、人体と同じ動きが出来る機兵。尋常ではなく精巧な人形《ニンゲン》。
 だったら……そんなもんは俺の技術の破壊対象以外の何者でもない。
 そんな相手が武器も使わず、素手で、あまつさえ両足を封じられて転がっている?
 なら鴨だ。だったら俎板の上の鯉だ。そして生贄だ。
「バラバラにぶっ壊して……マスカレード・センドメイルとの因縁なんざ終わらせてやる」

 ・・・・・・

 ・OTHER SIDE

 ダ・ヴィンチはその天才性ゆえに幼いころから神童とされ、十代には自らの頭脳で生み出したパテントにより一族の企業をEU有数の座へと伸し上げ、二十歳を超えた四年前からは世界の『裏側』にあった|異能芸術家集団《マスカレード・センドメイル》の首領の座に収まっていた。
 ダ・ヴィンチは人の上に立ち続けていた。
 それでもダ・ヴィンチは傲慢な人格の持ち主ではなく、単純に事実としてそのことを受け止めているだけだった。

 そして今、ダ・ヴィンチは悩んでいた。
 薄く期待はしていたが、実際に起こるとは想定もしていなかった事態。
 ウィトルウィウスが追い詰められていた。
 操縦桿――医療用BMI(ブレインマシンインターフェイス)の発展応用により、ダ・ヴィンチの考えたとおりにウィトルウィウスを操作するシステム――を握り、操作しようと試みても両足と左腕は動く気配がない。
 両足はウォフ・マナフの右腕に押さえ込まれ、左腕は……死んでいる。
 唯一無事の右腕を動かそうとしても右腕だけでは二体分の重量を持ち上げられず、背面の敵機を攻撃することも出来ない。倒れたままの姿勢では両足を捕える右腕への攻撃もままならない。
 そうして手をこまねいている間に、コックピットに破壊音が響く。
『背面装甲破損。損傷率28%を越えました』
「…………」
 コックピットが軋む。近い未来、ウィトルウィウスとモナ・リザ、ダ・ヴィンチは共に破壊される運命にある
 追い詰められ、ダ・ヴィンチは理解した。
 自分はもう彼らの上に立っていない、と。
 絶対的な性能差を、技量差を、彼らは機転と別種の技術によって捻じ伏せ踏破した。
 足元よりも下にいたはずの彼が、ダ・ヴィンチの足を掴み、這い上がってくる。
 もう、上に立ってはいない。
「…………」
『真に上に立つ者はいつ如何なるときも余裕は消えず、優位は揺るがず、地に着く膝などありはしない。それが私のポリシーでな』
 自分の言葉だった。
 しかし今はもう優位は揺らぎ崩れ、膝は地に着いている。
 ならば、どうすべきか。
『ならばウィトルウィウスも武器を使用せず、素手で相手をさせてもらうことにしよう』
 自分の言葉だった。
 嘘にする気はなく、けれど打つ手はそれしかない。
 ならば……どうすべきか。
 ならば。
「余裕など……消す」
 ダ・ヴィンチは二十四年の人生で持ちつづけたものを、勝利のために放棄した。

 ・・・・・・

 ウィトルウィウスの頭部が開いた。
 内部に納まっていたのは、水晶玉を思わせる奇怪な光沢の球体。
 それが瞬くように光り、

 一条の光線がウォフ・マナフの体を中枢たる時計ごと貫いた。


 壊物機
 続
ツールボックス

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