【七の難業 一】


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【七の難業】


七の難業




 高等部二年N組の委員長である金立修(かなり おさむ)は現在、強い焦りを抱いていた。
 彼の頭を悩ますのは申請の締め切りが迫る文化祭の出し物の件である。
 変わり者の含有率が高く「奇人の園」と陰口を叩かれることもあったN組のクラス委員長に就任して半年、こうやって同じクラスになったのも何かの縁とクラスの連帯を深めようという(ある一面で見ればただのお節介とも言える)努力を続けてきた。
 全く無駄骨だったというわけではない。これはN組を、修を知るものなら同意せずにはいられない事実であった。
 修自身もそれを認めつつ、だが現状に満足しているというわけではない。
(クラス一丸となっての共同作業。これは最大のチャンスだよね)
 と思うものの、どういう出し物がベストかと己に問いかけても、まともな応えは返ってこなかった。
(どういうのなら協力してくれるんだろう、彼らには)
 自分の中の規律(ルール)に沿って動き続けるN組の奇人集団を引き付けうる出し物は何か?これは常識人をもって任ずる修には極めて難題であった。
 屋台だのお化け屋敷だの手垢にまみれまくったプランでは寄り付きもしないことだけは確かだ。かといってあまり前衛的過ぎるようでは普通の生徒がついてこない。
 顔にこそ出さぬものの、修はここしばらくこのジレンマに悩まされ続けていた。
「ハハ、お悩みのようだなぁ金立委員長」
 そんなある日の昼休み、食堂から教室に戻り難題への挑戦を再開していた修の思考がその無遠慮な声に断ち切られた。
「…君か」
 割と整った瓜実顔と、その整ったイメージに不釣合いな荒っぽい丸刈り頭。そしてその口調と同じく無遠慮な印象を強く抱かせる三白眼。
 修と同じN組の百目鬼崇志(どうめき たかし)だった。
「どうせ文化祭のことだろ?面白いアイデアがあるんだが」
 確認を取るつもりもない、修が話を聞くことが既に前提となっている言葉だった。
 かの「バトルジャンキー」皆槻直(みなつき なお)みたいに悪目立ちしているわけではないが、彼もまた奇人集団の一人である。
 彼を律する規律は「金儲け」。この学園都市島の様々な金儲けに繋がる事象にアンテナを伸ばし、儲かると判断すればたとえ授業をすっぽかしてもそっちに向かっていく。
 違法賭博にまで手を染めているという噂もあり、修の見る限り必ずしも否定はできないという感触はあった。
「それはありがたいけど…この出し物は君の利益を追求するためのものではないからね」
「わかってるさ、それに判断するのは委員長、アンタだ。アンタの目なら間違いはないだろ?」
 釘をさした修だったが、正に糠に釘というべきか崇志は全く気にする様子もない。
 崇志が無言でずい、と突き出した何枚かのルーズリーフ。行き詰っていた修は、
(見るだけなら害は無いしね、何か参考になるかもしれない)
 と心を決め、静かに企画が記されたルーズリーフに目を通した。


 一枚目の一番上には、乱雑だがパワーのある字体で「七の難業」と大きく書かれていた。
 修はざっと以下を流し読みする。
「要するに参加型アトラクションだね、これは」
「ご名答」
 教師が子供を褒めるような言い方だったが、今の修には気にもならなかった。
(なるほど…こういう手があったとはね)
 七の難業――つまりは七種類のアトラクションで各々の担当と挑戦者が一対一の勝負をする。一芸に秀でた奇人集団をその担当(企画書では番人と呼ばれている)に抜擢するという振り分けがそこには示唆されていた。
 それは、普通の生徒と奇人集団をを一まとめにして共同作業をするという方向にしか考えを及ぼしていなかった修には目から鱗の考えであった。
(悪くはないかもしれない)
 だが、修は善人ではあったがのこれまでの行いを無視できるほどお人よしではない。
「一つ聞かせてくれないか?君が何故わざわざ利益にならないことをするんだい?」
「一遍くらいクラスの役に立つことをしてみたかった…なんて殊勝なこと言ったら信じるか?」
 崇志はニヤニヤ笑いを浮かべながら問いを返す。
「それは…」
「どうせ俺が今更何言っても信じちゃもらえんだろ。だからビジネスライクにいこうや。アンタも薄々分かってると思うが、俺をこの七の難業の総責任者に任命してくれ」
「そういうこと、か」
 この企画書にはそれぞれの難業の具体的内容も番人の名も全く記されていなかった。アイデアの持ち逃げを防ぐための知恵というわけだろうが、
(そこまで手間をかけて欲しいものなのか?)
「代償は七の難業の詳細と俺の尽力、おまけにクラスに損害を与えることはしないと望むやり方で約束する。悪い取引じゃないぜ」
 修には崇志が何を企んでいるのか全く理解できなかった。だが、残り少ない締め切りまでの時間でこれと同等以上のアイデアをひねり出せるかとなると、全く自信がないと言わざるを得なかった。
(それに、『望む方法で約束する』というのなら手はある)
 そう考えるのも彼の掌の内ではないかとの一抹の不安もあったが、修はついに心を決めた。
「わかった。その条件なら受けよう」
「流石委員長、話が分かる」
 崇志が手を伸ばし、修が躊躇いながらもその手を取る。
 かくして七の難業プロジェクトはその産声を上げたのだった。


「時間はいくらあっても足りないくらいだ、早速だが動いてもらうぜ、委員長」
「それは同感だけど、まず何をするんだい」
「まずは要となる七人を集める」
 崇志は企画書の最後のページを机に置き、下半分の余白に何かを書き付けだす。
 すぐにそれは終わり、崇志はその七人分の人名を修の方に向けた。

金立 修

黒田(くろだ) 一郎(いちろう)

陣台(じんだい) 一佐男(いさお)

百目鬼 崇志

長谷(はせ) 昭彦(あきひこ)

三墨(みすみ) ちさと

皆槻 直

「僕や君も入っているけど?」
 このリストの中には修が良く知る人間もいればそうでない人間もいるが、少なくともこの中の五人は異能者であるということは知ってはいた。だが、残る二人、自分と崇志は紛れもなく異能未覚醒者のはずである。
「ギャンブルってのは基本的に胴元が確実に儲かるように出来てるんだぜ。一番強いのはルールを作る人間なのさ」
 僕の場合で例えるなら、異能の使用を完全に禁止して柔道勝負にすれば大抵の相手には勝てる、というわけか。修は自分の身に置き換えることで崇志の言葉を理解した。ごく一般的な日本人スポーツマンである修としてはあまり好ましい考えではなかったが、だからといってその有用性を否定するつもりもない。
「…わかった」
 多少悩みつつも結局そのやり方を受け入れた修に崇志は早速割り当てを言い渡す。
「そっちは皆槻と長谷、そして他の生徒への根回しをしてくれ。俺は他の三人を集める」
 崇志は答えも待たずに踵を返し教室の中央に向かった。


 崇志は教室の中央部、一人の女生徒が座っている席の横で足を止めた。
 あまり手入れをされていないぼさぼさの黒髪に化粧っ気のない顔。やや発育不良気味の肢体には栄養だけでなく生気も不足しているように感じられる。
 ただ、崇志をちらりと一瞥したその眼光だけには面妖な力が宿っていた。
「三墨ちさと」
 ただの一瞥で興味をなくしたのか視線を前方に戻すその少女――崇志が示した七人の一人、三墨ちさとに呼びかけるが、ちさとはまるで聞こえていないかのように身じろぎもしなかった。
「今度の文化祭で俺達のクラスが出す出し物にお前の力が必要だ。協力しろ」
「な…ぜ?」
 視線は外したまま、そうする理由が全く見当がつかないと言いたげな口調で否定するちさと。
「理由はどうでもいい。俺にとってもお前にとっても必要なのはやるかやらないかだ。なぁ、『ムーンシューター』?」
 どこか刺々しい言葉にも超然としていたちさとの身体が最後の言葉にぴくり、と震える。
「…なぜ?」
 今度の「なぜ」には純粋な疑問といくばくかの興味が混じっていた。自信げな笑みを深め、崇志は更に言葉をぶつける。
「あまりにも強すぎたせいで戦う場を無くしたお前に、俺ならその相手…いや、お前にとってはただのエサか…を用意してやれる。お前にとってそれ以外の説明に何か意味があるのか?」
 初めて、ちさとの顔がの方を向いた。周り全てに対する無関心の表れであるちさとの表情のない顔が瞬く間に不敵の色に変わる。
「確か…に…必要…ないわ…ね」


 修は二人のうち厄介そうな直から先に声をかけることにした。
 直はとっくに教室から出て行っていたが、N組では修に次ぐ長身を誇り四肢も露な格好の直はどこにいても目立つ存在で、見つけるのは実に容易いことである。
「…というわけなんだ」
「うーむ…話は分かったけど、正直なところあまり自信が無いね」
「えっ?」
 てっきり「乗り気じゃない」とでも言われるのだろうと思っていた修は直の弱気な表情に正直面食らった。
「いや、ラルヴァなり何なりと戦えとか暴れてこいというのならこちらも慣れている。守るべき人が後ろにいないのなら最悪の場合でも私が死ぬだけだからまだ気が楽だ。でもね、慣れないゲームで、しかも失敗すればクラスの皆に迷惑がかかるというのは少しばかり気が重いよ」
 そういうことかと得心がいった修の口からくすりと笑みがこぼれる
「今の言葉、君を不良扱いする連中に聞かせてやりたいな」
「別に、私は他人が私をどう見ようとあまり気にはしないけどね」
「ああ、そういう意味じゃなくて」
 話が脱線したことを反省しつつ、修は話を軌道修正した。
「文化祭。所詮は、というと言い方が悪いかな、ただのお祭りだよ。そう構えなくて気楽に考えればいい。それに、これだけ真面目に考えている君がもし何かミスをしたとしても誰も文句は言わない。いや、委員長であるこの僕が言わせない」
「そうか」
 直は軽くこめかみを叩いて考えにふけっているようであったが、やがて修に向き直るときっぱりと告げた。
「わかった、そこまで言ってくれているのに断るのも不義理だしね。それに君にはこの間の件で大きな借りもある。私にも七の難業を手伝わせてほしい」
「ありがとう…え?」
 一瞬、直の姿に人懐っこい大型犬の姿がオーヴァーラップしたように見えた。
(いや、違う)
「?」
「あ、ごめん。なんでもない」
 修は笑いをこらえるのに必死だった。
 あの犬はその時彼女がまとっていた雰囲気を直観的に分かりやすいイメージとして認識したものに違いない。
 なにしろ、その犬のイメージの中で最も鮮烈に焼き付いていたのが、犬の体の中で最も饒舌な尻尾が力いっぱい振られている姿だったのだから。


 直との話が予想外に早く済んだという嬉しい誤算のせいで時間が空いた修は、もう一人の長谷昭彦を探すことにしたのだが。
「醒徒会の方に行った?」
 昭彦は醒徒会の下で補助的な雑務の仕事に携わっていた。放課後になっても教室でのんびりしていたので今日は仕事がないとばかり思っていたが、どうやら急な呼び出しが入ったようだ。
「せっかくだからあっちの分も手伝うかなあ」
 このまま帰るのも惜しいような気がし、修は崇志の担当の方も手伝うことにした。
 三墨ちさとはさっき崇志が声をかけていたのを見ている。陣台一佐男の居場所は見当すらつかない。
 残る一人、黒田一郎の居場所には心当たりがあったので、修は彼の所に向かうことにした。
 少し肌寒い秋風が吹き付ける屋上。ここが黒田一郎が多くの時を過ごす場所というのはN組の人間なら知らぬもののない事実である。
 その屋上の端でこちらに背を向け結跏趺坐する痩身の男。異能の制御力不足が指摘され集中力を高めるために薦められた座禅にはまってしまい、今ではすっかりそっちに夢中になってしまった本末転倒な異能者。
 彼こそが番人候補の一人、黒田一郎だった。
(どうやって説得しようか)
 声をかけようとした修だったが、そこに後ろから鋭い怒声がぶつけられた。
「何をしている、金立!」
 反射的に振り向くと、屋上の入口から崇志がこちらを睨みつけていた。
「何をって…時間が浮いたからそっちを手伝おうって思っただけだよ」
 その言葉に崇志の険しい顔がやや緩む。
「ああ、そうか。それは失礼。だが、これはこっちの仕事だ。横取りされると困る」
 そこまで言われると食い下がる理由もなく、修は肩をすくめてその場を後にした。


 翌日、今度は何事もなく昭彦を見つけだした修は手短に事情を説明した。
「なるほどなるほど。いやしかし流石は修ちゃん、まさかうちのクラスが『アッパー』とはねえ」
 大げさに首を振りながら昭彦はしみじみそう言った。
「『アッパー』って?」
「ああ、そろそろ各クラスの文化祭の案も出揃ってきてるんだけどさ、大きく二つに分けれるなって話になったんだよ」
「うん」
「みんなででまとまって出し物に力を注ごうってクラスが『アッパー』。そして出し物はそこそこにして一人ひとりが楽しむのを重視しようってクラスが」
「『ダウナー』?」
「そ。さっきも言ったけど正直うちのクラスが『アッパー』とは思わなかった。醒徒会の連中も驚くぜ」
 我がことのように喜ぶ昭彦。やや童顔っぽい顔立ちと軽薄な口調。この二つのせいで頼りがいとは縁遠い人間と見られている昭彦だが、本質はむしろそれとは真逆よりの人間である。
「で、昭彦は手伝ってくれるかい?」
「ああ、せっかくの機会だしね。それに修ちゃんの頼みとあっちゃあ断れねえや。醒徒会の方も何とか時間を空けれるように掛け合ってみるよ」
 お互い醒徒会や委員会と生徒との間で苦労するもの同士、修と昭彦はお互い愚痴をこぼしあったりと妙に気が合う存在だった。
「で、クラスの子に聞いたんだけど直っちも参加するって?」
「ああ、快く協力してくれたよ」
「修ちゃんはこないだのあの一週間の時も大活躍だったしなあ。ひょっとしてフラグ立った?」
「まさか」
 肩をすくめる修。向こうはあまり恋愛ごとには興味なさそうだし、
(それにクラスメートとしては意外に頼りになるし面白い人だけどなあ、正直女性としては…)
「やっぱり付き合うなら大和撫子に限る」
 ははは、と昭彦の口から乾いた笑いが漏れ出る。
(大和撫子なんて俺らが生まれる前から絶滅危惧種だっつーの)
 これさえなきゃ彼女の来てぐらいあるだろうになあ、と昭彦は友人を哀れむため息をついた。


 放課後、崇志から自分の分の三人を揃えたと連絡が来た修は、一度全員で集まることに決めた。
 昭彦や直に連絡を取り、N組の教室で合流する。
 そこには既に崇志たち四人が待っていた。
 あらぬ方向を見ているちさと、床で座禅を組んでいる一郎。
 そしてもう一人、少し離れた場所で時計をいじっている狐のように細い目の男が崇志と良くつるんでいる陣台一佐男だった。
 てんでばらばらの三人を気にも留めずに、崇志は大きく頷いた。
「遅かったな。まあいい、今から七の難業の説明を始めるぞ」
 崇志の説明――昨日修が読んだ企画書と全く同じだった――が終わると、昭彦がまず口を開いた。
「せっかくここまででかいことやるからにゃあ学園一印象に残るもんにしたいって思うんだが」
 修が我が意を得たりとばかりに頷き、崇志も「当然だ」と肯定する。
「これはちょっとオフレコにしてほしいんだがね、今現在似たような出し物の案はどこからも来てねーわ。だから企画自体は有りじゃねえかと思うがね、俺の見る限りこれだけじゃまだ足りないわなあ。そこらへんなんか考えてるの?」
「ああ、そこらへんは後で説明するつもりだったが。まずは宣伝専用のチームを作ってそれを中心に手の空いた奴全員で知名度の向上のため動いてもらう」
「そんだけ?」
 言外に拍子抜けだと訴える昭彦。崇志は少し苛立たしげに話を続けた。
「だから『まずは』と言ったはずだが。ちゃんと切り札は用意してるさ」
 もったいぶったように間を置き、曰く言いがたい笑みと共に崇志は再び口を開く。
「『この七の難業をクリアしたチームには賞金十万円を与えよう』。どうだ?なかなかいい話題づくりになると思わないか?」
「「「「「十万円!?」」」」」
 万事に関心の薄いちさとを除く五人が揃って驚愕の声を上げた。
 昭彦は口をあんぐりと開けたまま固まっており、修は損益分岐点を概算しその結果に顔面を蒼白にしている。
 そんな場をちらりと見やり、直が仕方ないという体で質問した。
「十万円というとかなりの金額だけど、あてはあるのかな?」
「心配するな」
 実にくだらない心配だと切り捨て、崇志は言う。
「この賞金は全て俺の金でまかなう」
 ようやく現実に立ち戻った修がそれを聞きとがめた。
「本気かい?」
「ああ、アンタも俺の行状は聞いてるだろ。そのくらいの金はあるさ」
 確かに金はあるかもしれない。だが、挑戦者側が七つの内四つ勝てばいい勝利条件の七の難業に大金を投じるのは修にとってとてもではないが正気の沙汰とは思えなかった。
「人の金まで心配してくれるのかい?お優しいねぇ」
 その考えが顔に表れていたのか、崇志が小馬鹿にするような声を掛けてくる。
「だが俺の七の難業はそう簡単に突破されやしないさ。ま、あってせいぜい一組くらいか」
 自信たっぷりの割には負けも想定した言葉に違和感を感じつつも、この男の言動をいちいち気にしていたらきりがないことは昨日一日でよく理解していた。故に修はその言葉をスルーして昭彦の方に声を掛ける。
「ちょうどいいついでかな、…昭彦」
 その声に呼び覚まされた昭彦が軽く首を振って崇志の前に歩み寄った。
「んじゃまあ、お前さんが余計なことしねーようにちゃっちゃと誓ってもらおうか」
「悪いが賞金に関しても約束してほしい」
 昭彦の異能〈バインド・オーバー〉は一言で言うなら、約束をした当事者にその約束を遵守するという心理的拘束をかける精神干渉系異能である。勿論、対象の自発的合意が事実上必須など制限も多いため誰かを支配するような用途には使えないが、主に「自分は約束をちゃんと守る気がある」ということを証明する手段としてよく使われていた。
「確かに大金が絡むからな。構わないぜ」
 精神をいじられるというあまり愉快ならざる状況を前にしても、崇志はまったく平然としていた。
(やっぱりこうなることは予測済みだったのだろう)
 と修は思うが、だからと言って今更撤回するつもりもない。適切に使えば異能者でない崇志に〈バインド・オーバー〉を破る術はないことは昭彦に確認済みである。少なくともこちらにデメリットは無いはずだ。
「そうだな…一つ。文化祭においてN組が得る収益を私しない。一つ。賞金については全額責任を持って支払う。一つ。前記事項の証明のため三日以内にN組委員長金立修に必要な書類を提出する。これでどうだ?」
 問題はないかな、と修は判断した。修が頷くと昭彦はその内容を紙に書き込み崇志に渡す。
 実は〈バインド・オーバー〉の対象となる約束は口頭でも構わないのだが、こういう風に形にした方が拘束力が増すらしい。


 崇志は渡された紙に躊躇いなく署名し昭彦に返すと、今度は鞄から何束かの書類を取り出した。
「よし、それじゃお前たち番人に各々が担当する難業の要綱を伝える。機密保護のためこの書類は教室を出るときに返却してもらうからしっかり覚えとけよ」
「そういうのは苦手なんだけどなあ」
 理屈よりも実践派な直がばやく。その直にまず『颶風の難業』と表紙に書かれた書類が渡される。
「ルール自体は単純明快だ。お前でもすぐに覚えられるだろうさ」
「それはどうも」
 次いで修に『天秤の難業』と表紙に書かれた書類が渡された。
「内容についての異論・意見は?」
「後で個別に受け付ける」
 取りとめもなく窓の外を見ているちさとの目の前に『紙牌の難業』と表紙に書かれた書類が投げてよこされる。
「『ムーン…シューター』…その…名を知る…あなた…が…選んだ…ゲームなら…なん…でも…構わ…ないわ…」
「一応目は通しとけよ」
 崇志は次に目を閉じて座禅を続ける一郎の頭を『幻砦の難業』と表紙に書かれた書類で叩いた。
「目ぐらいは開けろ」
「委細承知」
 一佐男が崇志に近づき慣れた調子で『競愚の難業』と表紙に書かれた最後の書類を崇志の腕からもぎ取る。
「これが今回のゲームか?」
「ああ、特に変わりはない。いつも通りに勝て」
 そこで崇志が手に持つ資料はなくなった。昭彦は慌てて声を掛ける。
「おい、俺の分は?」
「ん?お前は番人ではなくて受付に回ってもらう」
「はぁ?」
「各難業の内容が漏れると先に挑戦した奴と後に挑戦した奴との間で不公平になるからな。受付でお前の異能を使って文化祭の間難業の内容を他人に伝えないという誓約書を取らせる。番人じゃないが同等に重要なポジションだ。具体的な文面の内容はまだ思案中だ、少し待て」
「はいはい、分かりましたよ」
 一応納得のいく説明に、特に番人を熱望していたわけではない昭彦は納得する。
 だが今度は修が食ってかかった。
「ちょっと待ってくれないか。この七人がそのまま番人になるって思ってたけど、昭彦が抜けるのなら誰を入れるんだい?」
「ああ、それについてはこちらに助っ人のあてがある。忙しい身だから来るのはギリギリになると思うが、その分頼りになる奴だ」
「…そう、分かったよ」
 ここまでやっている以上、ここで嘘をつく必然性はないだろう。疑い出せばきりがないのでそこは信じることにし、修は渡された資料に目を通すことにした。


 中核の人材が既に揃っていたことと、何より修が積極的賛成に回ったことで七の難業は無事クラスでの会議で可決された。
 だが、これはその後の苦労の幕開けに過ぎなかった。
 必要な物品の入手、会場の手配(一部の難業は広いスペースを必要としていた)、様々な委員会への申請、異能者としての出撃や委員会・クラブやあるいは勝手気ままに動く奇人集団のせいでどんどん抜けていく作業人員の維持、疲労のせいもあって増加する揉め事の仲裁、エトセトラエトセトラ。
 一部は頼りになる人間に任せたものの、そのほとんどは修が担当せざるをえなかった。
 そしてやってきた文化祭初日。修は無事ここまでこぎつけたという達成感を味わう暇もなく、『天秤の難業』の番人として挑戦者との勝負に駆りだされる。
 昼休み、ようやく開放された修は精神的な疲労のピークに達していた。
「修ちゃん、お疲れー」
 午前中ずっと受付に座りっぱなしだった昭彦が肩を鳴らしながら修に声を掛ける。
「…うん」
「ありゃりゃ」
 体育会系らしく小さな声とは無縁だった修らしくない姿に昭彦は困ったように頭を掻いた。
「参ったな、修ちゃんに相談あったんだけどなー」
「ああ、そういうことなら聞くよ」
 気まずい思いを感じたものの、だからといって今更「もういいや」とも言えず、昭彦は口を開いた。
「百目鬼の奴絶対なんか企んでるぜ、さっきも作戦会議だとかいって黒田と陣台と一緒にどっか行きやがったし、それに昨日のあれといい」
「あれ、ね」
 修は体中の疲労を吐き出そうとするかのように大きくため息をつく。
 昨日、つまりは文化祭の前日、何度崇志にねじ込んでも柳に風で我慢の限界に達していた修の前にようやく七人目の番人が姿を現した。
「紹介が遅れたが、こいつに『円舞の難業』を担当してもらう。打ち合わせは既に済ませてるから安心しろ。…入っていいぞ」
 その言葉と共に扉を開け現れたのは、全身をフードで隠した男とも女ともつかない人間だった。
「こいつはそうだな…ミステリアス・パートナーとでも名乗っておこうか。もういいぞ、明日は時間には遅れるなよ」
 そのミステリアス・パートナーは一言も口を開くこともなく軽く会釈だけしてその場を去っていく。
「…ちょっとまて、それで終わりかい?」
「そうだが?思想的心情の都合でむやみに正体を晒せないことになってるからな。迷惑はかけないことはこの俺が保障する」
 それは正に木で鼻をくくったような答えだった。流石の修も内心怒りを覚えたものの、クラス全体に概ね良い影響を与えている(その負荷をほぼ一身に受ける修を除けば)この企画をここまで来て空中分解させることなどとてもではないができそうになかった。
「…というかあの怪しさ全開の姿を僕と昭彦以外みんな普通に受け止めてたのがショックだった…」
「『奇人の園』なんだから仕方ねーよ修ちゃん」
 苦笑いを浮かべながら慰める昭彦。
「で、なんだったっけ…ああ、百目鬼君のことだったね。正直なところを言っていいかい、昭彦」
「俺と修ちゃんの仲だろ」
「具体的な何かのない状態で動けるほど今の僕には精神的余力がないよ」
「わかった、俺が悪かったよ。もしなんか決定的な何か見つけたらまた連絡するから、それまでこの事は忘れてくれ」
 修が弱音を吐くという滅多に拝むことのできないシーンに昭彦は慌ててフォローに入る。
「オーケー、修ちゃん、昼は七の難業の成功祈願ってことで奮発しよう。ああ、そうだ!ディマンシュ行こうぜ。醒徒会の仕事であまりこっちは手伝えなかったしそのお詫び代わりに今日は俺がおごるから、な!」
 昭彦は一回り以上体格が大きい修を背中から必死に押すようにして連れ出した。しばらくそうやって歩くが、少し目を放した隙に反対方向の長身の生徒にぶつかりかけてしまう。
「あ、先輩、すいませーん」
「ふん、注意一秒怪我一生とも言う。凡人が安寧な一生を送りたいなら決して注意は欠かさぬことだな」
 きつい言いようだが、特に怒っているわけではない。というよりもうこちらには興味はないようだ。
 それを確認すると、昭彦は男の背中に一応会釈をし、幾分活気の戻った修と共にその場を去った。
 後に残された男はふ、と小さく息をつき、修たちが出てきた校舎を見上げる。
「七の難業、か。思った通りの人だかりだ。正に砂糖に群がるアリどもだな」
 男の名は蛇蝎兇次郎(だかつ きょうじろう)。この学園で最も壮大な野望を抱く、裏醒徒会の長であった。




七の難業 一覧

皆槻 直          『颶風の難業』

陣台 一佐男        『競愚の難業』

金立 修          『天秤の難業』

三墨 ちさと        『紙牌の難業』

黒田 一郎         『幻砦の難業』

ミステリアス・パートナー  『円舞の難業』

百目鬼 崇志        『縦横の難業』




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