【時計仕掛けのメフィストフェレス 劇場版第最終回「天国編」3】


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 A.D.2019.7.11 16:00 東京都 双葉学園第八封鎖地区上空 エンブリオ

「然り」
 機械に侵食され、機械と融合し、機械と成ったその玉座で、時逆零次は宣言する。
「この城こそがエンブリオ。かつての我が時間において、世界を破壊せしめた悪夢――嗚呼、だが忌まわしきこの胚も、今の私にしてみれば」
 零次は笑う。
「なんとも、素晴らしきものか」
 本来、エンブリオの再来はもっと後のはずであった。
 だが――
「ならば、時の針をほんの少し早めればいいだけ――ただそれだけのことだ」
 取り込んだ永劫機の力と、吸収し高めてきた膨大な魂源力で、時間を操作した。
 そして、今この瞬間に、エンブリオの再来を持ってきた、ただそれだけの事である。
 ただそれだけ――言うだけならばなんと容易いことか。現実的に考えれば、全く以って不可能である。
 だが、時逆零次はやってのけた。
 閉鎖地区の施設、地獄門を媒介にエンブリオを召喚し、そして自らの思うとおりに作り変えたのだ。
 時を破壊する為の、巨大なる魔城へと。
「銘は……そうだな。“狂魔宴の夜会(ヴァルプルギスナハト)”――とでも銘打とうか」
 魔法使いの夜。
 そう伝承に謳われる、悪鬼の夜宴だ。

「零次様」
 チクタクマンの一体が、零次に進言する。
「何か? 申せ」
「はっ。此度のエンブリオ召喚、これを双葉学園の連中が黙っているとは――」
 巨体過ぎて目立ちすぎる。今頃各地では大騒ぎだろう。
「で、あろうな。先手を打つか。ゆくがよい、我が玩具達よ」
「イエス・ユア・マジェステイ」




 A.D.2019.7.11 16:15 東京都 双葉学園 第八封鎖地区

「ここからは瓦礫がひどい! 車で行けないな! 悪いがミスター達、ミーが案内できるのはここまでだゼ!」
 現場には、わずか十五分で到着した。
 遠野彼方が、友達に電話をかけ、車を三十秒で用意したのだ。
「HAHAHA、ミスター遠野のご用件だ、いつでもOKだぜ! でも風紀委員だけは簡便な!」
 そう言って屈強な外人は、大型のジープで皆をエンブリオの近くまで運んでくれた。
 ちなみに、負傷と疲労の激しい文乃は、そのまま彼方が病院へと連れて行った。
 僕には何も力になれなくて心苦しい、とは彼方の談だそれは大違いである。
 時間は一秒たりとも惜しい。徒歩で走ればいったいどれだけの時間がかかったことか。

「でけぇ……っ」
 改めてみると、本当に巨大であった。
「さて、どうやってあそこに行くかだけど」
 誠司が言う。
「……飛び跳ねて行ける距離じゃないっスね」
 市川がエンブリオを見上げて途方にくれる。
「ダイダラボッチの時の戦法……もねぇ」
 真琴が言う。あの時は真琴の力でテレポートを繰り返してダイダラボッチへと近づいた。
 だが距離が違う。何よりも、あれに直接攻撃を加えればいいというものではない。
 中に潜入する必要がある。
「……アールマティも飛べる、が……難しいな」
 鶴祁が唇をかむ。
「お姉さま、あれをっ!」
 綾乃が指を差す。空に向って。
「あれは――」
 落ちてくる。
 エンブリオから人が、次々と。
 いや、人ではない。あれは……
「チクタクマン……!」

 次々と。
 もはや人工皮膚も白い制服も脱ぎ捨てて本性を現した機械人間が落ちてくる。
 顔面の時計を、狂ったように動く針と歯車を惜しげもなく披露しながら、それは次々と大地に降り立つ。
 それは風に乗り、あるいは翼を広げ――学園都市のいたるところへと。
「あ……あいつら……っ!」
 それは爆撃であり、侵攻だった。
 エンブリオから生み出されるチクタクマン。
 それらが群をなし、双葉学園へと侵攻を開始する。

「くそっ!」
 孝和が慌てて、来た道を駆け戻ろうとする。
「待って!」
 春奈がそれを制止する。
「でも先生!」
「何処へ行くの? 何処に行ったって……あの敵の侵攻範囲は広すぎる。
 私達では絶対に間に合わないし、カバーだって出来ない。
 なら……考えるの。私達に出来る最善は何か」
「敵の本体を、潰す。ですね、先生」
 誠司が言う。
「そう。学園都市は……他の人たちに任せましょう。信じるの、皆を」
「……そうですね」
「……くそ、無事でいろよっ!」
 孝和は妹の安否を気遣いながらも、襲ってきたチクタクマンの顔面を裏拳で粉砕する。
「信じるのよ、みんなを」
 真琴はそんな孝和に、そっと言う。
 そう、信じるのだ。
 ここに居ない皆もまた、それぞれの場所で戦っている。
「みんな、もう話している暇はないっ、とにかく戦って突破口を開く! 私の指示が間に合わない時は各自の判断で!」
 金剛の皇女が号令を放つ。
「おうっ!!」
 そして、戦いが始まった。




 A.D.2019.7.11 16:20 東京都 双葉学園第八封鎖地区上空 エンブリオ

 チクタクマン自体は、それほど強力なラルヴァではない。
 だが、その強さは固体の力よりもむしろ、圧倒的な物量、そして文字通りの機械の様な統制である。
「ふむ」
 その動きを眺め、零次は盤上のチェス駒を弄る。
「金剛の皇女……貴女がキングか。なるほど、相手にとって不足は無い」
 兵士の駒を弄び、笑う零次。
「だが、我が軍は圧倒的だ。その駒の少なさでどう対応するか……見せてもらおうか、先生……くくく、くははははははは……!」
 そして零次は、駒を差す。




 A.D.2019.7.11 16:25 東京都 双葉学園 第八封鎖地区

「くそ、きりがないっ!」
 誠司が棍で殴り倒しながら叫ぶ。
「全くっス! ここで遊んでるわけにはいかねぇのに!」
 今此処に居るメンバーに、広範囲攻撃を使えるものは、精々が綾乃の火炎ぐらいしかない。
 それを用いたところで一度に数体、多くて十数体を焼き砕くのが関の山である。
 永劫機アールマティの剣や、誠司の棍なども複数を叩くことは出来る。
 だが……圧倒的物量を覆し、突破口を開くのは難しすぎた。
『ご主人様』
 アールマティが鶴祁に語りかける。
「……ああ」
 出し惜しみしていては、ここで潰されるだけだ。
 鶴祁は決意する。
 その力を使う。時を――加速させる。
「先生!」
 鶴祁は叫ぶ。その声で、春奈は鶴祁が何をしようとしているか理解する。
「みんな、退いて!」
 だから、春奈は叫ぶ。そして皆、その指示に従い後方に退く。
 チクタクマンはその機を逃さず、怒涛と攻めてくる。
「時よ――」
 アールマティが剣を構え、身を掲げる。
「疾れ――!」
 瞬間。
 赤い閃光が走った。




 A.D.2019.7.11 16:28 東京都 双葉学園第八封鎖地区上空 エンブリオ

「ほう」
 次々と砕けていくチクタクマンの軍勢を眺め、零次は感嘆の声を上げる。
「永劫機の時間を加速させ、巨大な弾丸と化して敵勢を蹂躙する――か。
 なるほど、先輩は相変わらず豪快にして、中々どうして」
 くっくっく、と笑う。
「ああ困った、これは困った。
 なるほどこれではポーンでは太刀打ちできぬ、すぐに鏖殺されてしまう。では……」
 零次は、次の駒を手に取る。




 A.D.2019.7.11 16:28 東京都 双葉学園 第八封鎖地区

 新たに降下する、巨体が三体。
 それは、彼らには見覚えがある……否、見覚えがあるものに似ているものだった。
「あれは……」
「永劫……機……だと」
 それは3メートルほどの、鋼の巨体。 
 まさに永劫機であった。
「量産型……というやつか」
 量産型永劫機。
 エンブリオによって複製され産み落とされたソレは、アールマティに突進する。
「ぐっ……!」
 数が違う。アールマティの能力より劣っているだろうそれは、しかし数によって性能の差を覆す。
 叩き伏せられるアールマティ。大技を使ったばかりのアールマティに限界が来る。
『すみません、もう……っ!』
 機体が解れる。
 結合が崩れ、分解し、歯車が胡散霧消する。
「……っ」
 だが鶴祁は諦めない。他の皆も同様だ。

「チェックメイトです」
 チクタクマンの一体が、足を進めてくる。
「誰が諦めるか……!」
「駄目ですね人間は。合理的でない、知性的でない、何もかもが足りない。この戦力差……少しは考慮してはいかがか」
「それでも……諦められるか!」
 鶴祁が叫ぶ。皆も顔を上げ、目で不屈を訴える。
 その姿にチクタクマンは失笑する。
「愚かしい……現実を見なさい」
 そして、


「――そうだ。戦力差なんて、そんなものが、諦める理由にはならない」


 声が響く。
 足音が、風に運ばれて届いた。
 瓦礫を踏みつける音。ゆっくりと、確実に、力強く。
 その少年は、現れた。

「お前は……」

 チクタクマンは彼を見る。
 それは、ゆっくりと歩いてくる。
 その名は。
 その名を。
 中間達が呼ぶ。
「時坂……」
 彼は。
「祥吾……!」

「何の用ですか。咎人が出る出番ではありません。
 それとも、我が主と共に、罪を購うためにこの世界を覆す同胞となる決意でも?」
 チクタクマンの言葉に、祥吾は答える。
「ああ、確かに俺は罪を犯した。そして、罪を犯すだろうさ。
 時坂祥吾(おれ)が世界を滅ぼす――それはきっと事実なんだろう」
 祥吾は言う。迷い無く。
「……それがどうした」
 祥吾は言う。迷い無く。
「犯した罪は、俺が償う。
 犯す罪は、俺が止める!
 逃げない、目を逸らさない、諦めない、ああそうだ――それだけだ。
 ただそれだけで、よかったんだ!」
 それは決意だ。
 得た答えだ。だからもう、迷わない。
 元々、迷うだけの頭も無い。シンプルに、ただそれだけでよかったと気づくのに遅すぎた。
「だから戦う。今は戦う! 後のことは、それからだ。
 今はただ、友達を――神無を助ける!
 だから――!」

 祥吾は口にする。
 その言葉を。
 託された力を解放するためのシステムワードを。

  Kummere dich nicht um ungelegte Eier.
 まだ産まれていない卵を気にかける必要はない。

  Kommt Zeit, kommt Rat.
 時が過ぎると、判る事があるのだから。


 その銘を呼ぶ。

「擬似永劫機(エミュレイト・アイオーン)――」

 光の輪が浮かぶ。二重螺旋の光の輪。
 空中に投影される文字。0と1の羅列が、実像を結んでいく。
 幻像、幻影。それが半透明のおぼろげな、しかし確かな力と存在感を持つ虚像を造り出す。

 それは、正しい意味で永劫機ではなかった。
 時を操る力を持たず。
 クロームの巨体を持たず。
 時を刻む針も持たず。
 紛い物の出来損ない。姿形を真似た偶像。模造品のさらなる劣化品。
 だがそれでも――そこには力と意志が存在する。
 自我はなくとも、確固たる意志。創りしものの意志。託されしものの意志。
 戦う力が。
 此処に――――在る!!


「ウロボロス……ファントム!」


 それは、尾を喰らう無限/夢幻の蛇。
 その名を冠された、幻影にして亡霊である。
 力ある幻像。投影される虚像。
 青白く輝く、無機質な装甲に覆われた、電子時計仕掛けの大蛇。
 永劫機ウロボロスファントムが吼える。

 祥吾の腕時計のデジタル数値が、急激に動く。九九九九の表示が急速に減少していく。
 これは――所有者の時間を消費しないのだ。
 込められた時間を消費して稼動する。だが――それゆえに、使い捨ての永劫機。
 まるでインスタントカメラだ。フィルムを使い終わればそれで終わり。
 なるほど、確かに欠陥品だ。
 だがそれでも、だからといって、役立たずというわけではない。
 役目は果たせるのだ。果たすのだ。
 まるでインスタントカメラだ。フィルムを使い切ったとて――そのフィルムにはその軌跡が記される。
 決してそれは、無為でも無駄でもないと知れ。
 今、この瞬間のためにこそ、ウロボロスファントムは生を受けた!

 祥吾の意思を受け、ウロボロスファントムが走る。

「なんですか、その紛い物はっ!」
 量産型永劫機が走る。
 腕をあげ、捕えようとするそれらを、ウロボロスファントムはすり抜ける。
 蛇のように、するりと。
「っ!?」
 そして後方から、大蛇が唸りをあげるかのように――その脚をしならせ、回し蹴りを叩き込む。
 電磁を纏ったその一撃で、一体が破壊される。
 残りの二体が振り向き、腕を振るう。
 それを身をかがめて回避。下段から、頭部に向って腕を伸ばし、掴む。
 ウロボロスファントムは、蛇だ。そして蛇とは、毒をもつものである。
 故に、ウロボロスファントムもまた毒を持つ。機械を狂わせ、破壊せしめる電磁波の猛毒。
 たとえ電子頭脳等の精密機械を持たぬ、歯車と捻子で動く機械であろうと、その強力な電磁波は用意にその金属に磁性を持たせ狂わせる。
 それを、掴んだ頭から叩き込む。電磁波を全身に流し込まれ、量産型永劫機は機能を停止し倒れる。
 最後の一体が襲い掛かる。
 振り向きざまに、手刀を胴体に叩き込む。
 量産型といえど、永劫機。ならばその本質もまた同じ。
 腕を胴体にねじ込み、中に仕込まれた核たる時計を掴み……抉り取る。
 そして、引きずり出した時計を握りつぶす。
 まさに一瞬であった。
 三体の量産型永劫機は、またたく間に破壊され沈黙した。
「すげぇ……」
 感嘆の息が漏れる。
「それは……一体」
「もらった」
「……もらったぁ?」
「ああ」
 言いながら、祥吾はウロボロスファントムの顕現を解く。
 出しているだけで有限の時を消費していくものだ。無駄遣いは出来ない。
「つーか遅いんだよボケ。心配かけさせんな!」
「悪い、ごめん」
「ごめんですんだら風紀委員いらねー。メシおごりな」
「いやそれは流石に!」
 緊張感が抜けたのか、くだらない言い合いが始まる。
「まったく……」
 それを春奈は苦笑して見て――
「……! うしろっ!!」
 叫ぶ。
 だが間に合わない。
 そして、地面から生えた巨大な腕が、祥吾の体を掴みあげた。
「新手……っ!?」
「な……降下は、まだ」
「いや……あれはっ!」
 エンブリオから振ってきたのではない。
 破壊され、地に伏せたチクタクマン達の残骸が組み合わさり、新たな量産型永劫機――いや、巨大チクタクマンとなったのだ。
 それが祥吾の体を掴みあげる。
「が……あああっ!」
 祥吾は叫ぶ。全身が砕けるかのような苦痛が襲う。意識が遠のく。
「祥吾くんっ!」
「時坂ぁっ! ……くっ、てめぇら邪魔すんじゃねえっ!」
 次々と、残骸が組み合わさり、チクタクマンが再生していく。
『ふはははははは! 潰れなさい人間っ! 醜く、トマトのようにねぇっ!』
「くそ……っ、駄目か……駄目なのか……っ!!」



「――いや、充分だ」



 その時、静かな声が戦場に響いた。

『――え?』
 チクタクマンが素っ頓狂な声を上げ、そして消滅する。
 閃光が迸る。巨大な、そして膨大な魂源力の奔流が、祥吾を掴む腕を残し、敵陣を蒸発させる。
 圧倒的破壊力。
 まるで冗談の様な一撃だった。
 これほどの破壊力を行使できるのは、双葉学園でも数少ない、いや――二人といないだろう。
 祥吾の体が瓦礫に落ちる。チクタクマンの手から開放され、咳き込む。
 涙目になりながら祥吾は見上げる。
 夕日を背にして立つ、白く頼もしい巨体。双葉学園のかわいらしい守護神。

 ――式神、十二天将が一柱、白虎。


「よく耐えてくれた。すごいぞお前達、私は感動した」

 その巨大な白い背中に仁王立ちするは、小柄な体。
 小柄でありながら、誰よりも大きな存在。
 凛とした鈴のような声が、戦場に強く高く響き渡る。

「お前達は諦めなかった。この圧倒的な敵勢力を前にしてなお、諦めることをしなかった。
 だから、我々が間に合った!」

 宣言する。
 讃える。
 彼女は、学園の仲間たちの奮闘を心より褒め称える。誇りに思い、打ち震える。
 だからこそ。
 我々もまた、学園を背負い、戦えるのだと。
 そして、だからこそ――もはや勝利は揺ぎ無いのだと。

「――ゆえに! この場は、お前達の勝利だ!」

 七人の人影が、頼もしく立つ。
 醒徒会長、藤神門御鈴。
 副会長、水分理緒。
 広報、龍河弾。
 書記、加賀杜紫穏。
 会計、成宮金太郎。
 会計監査、エヌR・ルール。
 そして、成宮金太郎のボディーガード、頼れる黒人のアダムス。

 学園最強・絶対無敵の名を冠する、双葉学園醒徒会!


「俺たちだけじゃねぇ。色んな所でみんなが頑張ってる。こんなガラクタどもに、俺たちの学園を好き勝手にさせやしねぇ!」
 龍河が吼える。
 チクタクマンを殴り飛ばしながら。
「早瀬が各地区に走り、状況整理と増援、応戦を呼びかけている」
 ルールが言う。
 彼の言うとおり、今頃はいたる所で交戦が始まっているだろう。
 学園を守るため。
 誰かを、何かを、大切なものを守るために――
 それぞれの戦いが。

「この圧倒的物量。だが――我々にかかれば、さほど問題ではない」
 跳躍し、遅いかかるチクタクマン。
 それを――あっさりと、回し蹴りの一撃で次々と破壊、いや――分解し消滅せしめるルール。
「だが、いかんせん細かい事情は判らない。故に根本的な対処も難しい――だが、お前達ならそれも可能なのだろう?」
「え……?」
「だったらここは俺たちが受け持つ!」
 巨大な量産型永劫機を、その腕力だけで叩きふせ、踏みつけて破壊する龍河。
「復活とか知った事かよ! ようは片っ端から――それこそ復活できねぇようにブチ壊せばいいだけだ!」
「相変わらずの脳筋だな――だが、此処に限ってはそれは正解だ」
 龍河とルールが次々と接近戦でチクタクマンを破壊し、そして白虎が口から光線を吐いて粉砕していく。
「春奈先生、貴女には私達の指揮をお願いします」
 理緒が水で次々とチクタクマンを沈めながら、春奈に言う。
「先生はオレ達んところに。アダムス達がばっちりと護衛すっからよ」
「HAHAHAHA! 任セテクダサーイ! ボディーガードハコンナ時ノ為ニイルノヨ! HAHAHA!!」
「オウイエース! ザッツライ! オーケーイ!!」
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」
 でかい黒人達が力こぶを見せる。実に頼もしい。
 でも春奈にしてみたらラルヴァよりよっぽど怖かった。そんな場合ではないと思いつつもちょっぴり涙目になる。
 春奈・C・クラウディウスはひとり、故郷を想った。

「さて……」
 次々と降下してくる敵の軍隊を御鈴は見る。
「しかしウジャウジャとまあ……」
「俺たちが出てきたんで焦ったか?」
「だろうな」
「問題は、どうやって敵の本陣に乗り込むかだが……」
「はいはーい! そんな時こそアタシの出番っさぁ!」
 紫穏が元気に手を上げる。
「いやお前じゃない座って……いや、待てよ。そうか、なるほど」
 ルールが納得する。
「そーゆーこと。ねぇまこっちん、アタシがまこっちんのチカラを増幅したら……」
「! そうか、加賀杜の異能でテレポート能力を増幅すれば……!」
 大人数、長距離の瞬間移動とて可能になる。
 エンブリオへと届けることぐらい、造作も無いことだ。

「話は決まったようだな」
 敵軍団を白虎ビームで焼き払いながら、御鈴が言う。

「ならば行って来い! 双葉学園の生徒たちの強さ、目にもの見せてやってくるのだ!!」





 A.D.2019.7.11 16:50 東京都 双葉学園第八封鎖地区上空 エンブリオ

 その中は不気味、の一言だった。
 機械なのか、生物なのか、天然なのか、人工なのか、よくわからない。
 どれでもあってどれでもなく、全てが正しくそして間違っている。
 そのような矛盾に満ちた構成が無秩序に正しく行われている。
 そして、さらなる違和感がここにはあった。
「時間が――止まってる」
「ああ、おそらく……メフィストフェレスの時間堰止結界と同じ」
 そう、このエンブリオ内部は時間が停止していた。
「待てよ、だけど俺、動いてるぞ?」
 敬が声を上げる。
 そう、敬は異能者ではない。なりゆきと勢いで此処までついてきてしまったが……
 そもそも、メフェイトフェレスの結界は、異能者や中級以上のラルヴァ以外の時間を止めるのだ。
 それにおかしいこともある。
 時間が止まっているのに、なぜ次から次へと、この巨大要塞はチクタクマンを……ラルヴァを生み出しているのだろうか。

「駄目だな、考え足りてねぇ。招待されてんだよ、お前ら」

「な……っ」
 声が響く。嘲るような少年の声だ。
 一段高いところにこしかけ、眺めてニヤニヤと笑っている。
 人間のものではない、亀裂のような魔性の笑顔をその貌に張り付かせて。
 祥吾はその声の主を見て、その名を言う。
「……アリギエーリ」
「へぇ、覚えてた? その通り。D.A.N.T.E.部隊長、【月に吼えその身を凍らせる人】アリギエーリ。
 ヨロシクな、人間ども」
「その言い方。あんたもラルヴァってワケっすか」
「ご名答。つーても駄目だな。この期に及んでそれもわかんねーとただのバカだし」
 ゲラゲラとアリギエーリはあざ笑う。
「口が過ぎますわ、アリギエーリ」
 妖艶な女性の姿が天井から現れる。
「初めまして皆様方。私は【膨れ上がる視界に踊る女】のベアトリーチェと申します」
 逆さのまま、恭しく挨拶をするベアトリーチェ。
「ここは零次様の支配下です。零次様は、貴方達を主賓として迎えられると決められました。
 故に、一般人であろうと、この場に敷かれた時の制約よりは開放されるという事」
「……そいつぁありがたいこって」
 敬は唾を吐く。
「ただし……それなりの手土産はいただきたいとの事」
 最後に、床から盛り上がるように、精悍な男が現れる。
「自分は、【跳躍する黒き獅子獣】ウェルギリウスにございます」
「手土産……?」
「戦いを。我々との戦いさ。ああ、そうそう。ヤング零次……いや、ショーゴ、だっけ。
 お前にゃもっと面白い相手を用意してるからさ、そっちにいけよ」
「面白い相手……?」
 いぶかしがる祥吾。
 だが、ウェルギリウスが手をかざした瞬間、その術中に嵌る。
「っ、これは……っ!」
 祥吾はその感覚に覚えがある。先日と同じ転移能力だ。
「おい、祥吾っ!」
 孝和の声も虚しく、祥吾の姿はかき消える。
「ちょ、あんたらっ! 先輩を何処にやったのよっ!」
 綾乃が叫ぶが、三体の部隊長はただ笑うだけだった。








「っ、ここは……っ」
 空間転移の反動の眩暈から回復する祥吾。
 頭を振りながら周囲を見回す。
 先ほどと特に変わらぬ光景のようだが……それでも別の場所であるということは判る。

「ようこそ、我が玉座へ」
「っ!」
 その声に祥吾は聞き覚えがあった。
 忘れようも無い不快な声だ。
 自分自身の声を録音して再生する時に感じる、なんとも言えぬ違和感と不快感。それに酷似した、近親憎悪の響き。
「時逆……零次」
「然り」
 振り向き、祥吾は再び対峙する。
 いつかこうなる自分自身と。
 零次は再び相対する。
 かつてこうだった自分自身と。
「――舞い戻って来たか、我が過去よ。では聞こうか。私と共にこの世界を救う気は」
「寝言は寝て言え」
「……無い、か」
 さも当然の事を聞いてしまった、かのように苦笑する。
「頑迷よな。世は若いほど柔軟と言うが……違うのだ。若いほどに現実を知らず、若いほどに己を知らぬ。
 故に何でも出来ると妄念に憑かれ、己が道を変えようとせなんだ。滑稽、実に滑稽。わが身ながら、笑えるほどに滑稽であるぞ」
「黙れ、老害」
「酷い言われようだ」
「神無を返せ。神無はてめぇの道具じゃねぇ」
「道具だ」
 零次は顔色ひとつ変えず、言い放つ。
「そも永劫機とは、人によって造られた道具に過ぎぬ」
「下らん問答する気はねえ……神無を返せ!」
「……悲しいな、こうまで会話が通じぬとは。まあよい、彼女がお望みならば逢わせてやろうではないか」
 零時が指を鳴らす。
 その音に合わせて地面が隆起し、そして檻が現れる。
 神無は繋がれていた。鎖に惨たらしく。
「神無っ!」
「時坂……さんっ」
 安堵の表情を浮かべる神無だが、すぐにその表情が悲痛なものへと変わる。
 理解しているのだ。もう、自分がどういうモノなのかを。
 時逆零次の野望のための道具であるという事実を。
「っ、こ……こないでくださいっ! 私は……あなたをっ!」
 殺したくない。
 そう神無は叫ぶ。
「てめぇ……」
「何を憤る。さあ、返してやろうではないか。だがその代わりと言っては何だが――」
 零次は立ち上がり、そして手を大きく振りかざす。
「踊るがいい、王子と姫君よ。そのワルツで私を愉しませてくれ」
 零次の瞳に凶光が灯る。
 祥吾は慌てて、ウロボロスファントムを顕現させる。
 だが、零次もまた――その言葉を放つ。


  ――この地上に二人の暴君在り。

    汝が名は、偶然と時間なり。


 零次の口から言葉が紡がれる。
 それは呪文。それは聖約。それは禁忌。
 そう、彼女自身に封印された時計仕掛けの悪魔の機構を開放するキーワード。


「あああああああああああああああああああああああっ!!」
 絶叫する。
 それらは渦を巻き、螺旋を描きて輪と重なる。
 それはまるで、二重螺旋の魔法陣。
 そこに集まる大質量の魂源力は、やがて織り上げられ――
 そして神無の全身が黒く染まり、瞬間――

 力が、爆現する。
 全長4メートルの巨体。
 チクタクチクタクと刻まれる漆黒の闇の巨躯。
 各部から露出した銀色のフレームが規則正しく鼓動を刻む。
 群れとなり作物を喰らい尽くす、死の蝗を連想させるシルエットは禍々しく。
 ギチギチ、とその牙が餓えを訴える。
 食わせろ、と。ただただ飢餓を振りまき、周囲の者に根源的恐怖を撒き散らす。
 それは捕食者。全てを喰らう暗黒の深淵。

 これこそが、その危険性により計画凍結・破棄された、
 時計仕掛かけの悪魔――

「永劫機……アバドンロード。征くがよい、堕ちたる太陽にして深淵の王よ」

『GRIREEEEEEEEEAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
 アバドンロードが金切り声で吼える。
 触れたものを、存在した時間ごと喰らい消去させる――アバドンの蝗が、ウロボロスファントムに向かって放たれた。







 大量のチクチクマンが襲い掛かる。
 これでは地上での戦いの焼き直しだ。
 単純で芸が無いが、それゆえに厄介な数の暴力。
「くそっ……! 急がなきゃなんねぇのに……!」
 チクタクマンを蹴り倒しながら敬が言う。
「きりがねえっ!」
 孝和が焦りながら叫ぶ。
 その姿を、三体は悠然と笑いながら見下ろす。
「愚かだねぇ、人間は」
「ええ、本当に」
「無様で滑稽だ」
 笑う。哂う。時計人間が笑う。
「くそ……っ!」
 誠司が棍で叩き伏せながら歯軋りをする。
 遠い。
「こんなところでぇ……っ!」
 綾乃の炎も、もう力がつきかけて広範囲に放つことが出来ない。

 そこに、第三者の声が割り込んだ。

「ああそうだ、お前達は先に行け」

 そして――銀の床を砕き、黒い杭が生える。
「な――!?」
 それは森。黒い森だ。
 赤く黒い黄金の支柱で出来た森が――チクタマクマンたちを貫き、そして道を作る。
「これは――」
 その道は、はたして罠ではないのか――そう一瞬思えるほどの、禍々しい兇の気配。
 だが、どの道此処は敵の胎の中。
 ならば進むしか道は無い。そう決断し、走る。
「っ! 逃がしませんわ!」
 ベアトリーチェが跳ぶ。
 だがその瞬間、ベアトリーチェの目が視るのは、さらなる凶悪な気配。
 閃く銀の殺意。
 すんでの所でそれを避けるベアトリーチェ。
「――惜しい、ね」
 黒いマントがはためく。
「何者」
 走り去った獲物たちを見て舌打ちをしつつ、ベアトリーチェは憎々しげに唸る。

「……ボクはジョーカー。世界の敵を倒しに来た」

 それは道化。
 それは世界の意志の代行者。
 世界の敵を破壊せしめるもの、異能殺しの狂的道化師。
 怪人ジョーカー。

「……世界! はっ、世界ですって!」
 ベアトリーチェは哂う。
「否定される恐怖が貴方を生み出し使わした……ってことかしら? いいわ、そこまで言うのなら」
 妖艶に、凄絶に。
 ベアトリーチェは牙をむく。
「見極め暴いて犯して嬲って否定し尽くしてあげましょう!!」




「で? 僕の相手はオマエがするのかい?」
 アリギエーリは言う。
 この森の主に向って。
「ああ、そうなるな」
 木陰から現れるのは――右腕を黒き黄金で鎧った、騎士。
 金の瞳と黒い瞳が、アリギエーリを見据える。
 戒堂絆那。またの名を、寓話騎士。
 狂った物語を狩る、死神だ。
「――カハッ」
 アリギエーリは嘲笑する。
「どうやって此処に来て、何を血迷ったか知らないが――ああ、いいさ」
 指を差し、狂相に浸り目を剥き、叫ぶ。
「手足(チカラ)もぎ千切って芋虫みてぇに何も出来なくして踏み潰してやるよァ!! 人間ッ!!」




「――」
 同志同胞同属たる二体がそれぞれの新しい獲物と遊戯に耽る中、ウェルギリウスは歩く。
 逃がしたものは捕えねばならない。
 そしてそれは自分一体が在れば可能である。
 空間を跳躍する。
 そして、足で走る地虫たちを追い――

 さらなる空間の断裂が、ウェルギリウスの空間転移を阻害する。
「ッ!!」
 通常空間に叩き落されるウェルギリウス。
 そしてそこに相対するのは――
「貴方は、確か……」
「ほう、覚えていてくれたか?」
 獣を象った蒼き鎧の騎士。
【ワンオフ】No.189……その名を、ナイト。
「ええ。もしや生きていようとは……些か恐れ入りました」
「生憎と、生き汚くてな。何度も死に損なっては生き恥を晒してる。
 だが……それでも生き残ったからには、やることがあるんだろうよ」
「それは如何なる御使命で?」
 ナイトは剣を構える。
「決まってる。……悪鬼を断つが騎士の定めだ」
「いいでしょう。ならば……」
 ウェルギリウスは慇懃に礼、ひとつ。
「二度と戻ってこれぬよう、全身バラバラにして因果地平の彼方まで送って差し上げます」








 黒衣が翻り、縦横無尽に宙を舞う。
 まるで重力をものともせぬかのように、ジョーカーは跳び、刃を振るう。
 だが――
「視えていましてよ」
 その悉くは、掠りもしない。
 常に一歩先を読んでいるかのように、ベアトリーチェは優雅に舞い、あざ笑う。
「私は監視能力者。貴方の動きは視えてましてよ? どう動くか、何処から来るか、何処へと行くのか。
 全て私の掌の上ですわ」
 道化がどれほどトリッキーな動きで霍乱しようとも――その全ては見られている。
 そもそも、トリッキーな動きでフェイクを織り交ぜるという戦い方は、相手に動きを見せず、ついて来させないというのが常道である。
 だがベアトリーチェの前では、その全ての動きが把握される。
 見られてもなお、ついてこさせなければいい――確かにそれも道理である。だが、基本的な身体能力もベアトリーチェが上回る。
 故に――
「ちっ!」
 複数のナイフを生み出し、次々と投げる。
 だがその無数の動きさえも、ベアトリーチェはひと目視ただけで看過し、その全てを回避する。
 三百六十度全方位をナイフで埋め尽くしたとしても、彼女は回避しきるであろう。
 因果を歪めてでもいるのかのように、その狂気じみた回避行動は美しい。
「くっ!?」
 ジョーカーの背後に、妖艶に微笑む気配が発生する。
 それは耳元に息を吹きかけ――
「遅すぎ」
 蹴りを叩き込む。
「ぐあっ!」
 脊髄が軋む破壊力。そのままジョーカーは壁に叩きつけられる。
「く……っ」
 地面に倒れ付すジョーカー。肉体能力の差はいかんともしがたい。
「無様、ですわね」
 ベアトリーチェはくすくすと笑う。
「世界の敵を破壊すると――おっしゃいましたわね?
 よろしいですわ、見せてあげましょう。その世界の敵とやらの、真の姿を」
 ベアトリーチェの体が、膨れ上がる。
 全身が黒く混沌の色に染まり、髪が高質化し、まるで巨大な……例えるなら女王蟻の胎のように膨れ上がる。
 彼女自身の腹も膨れ上がり、巨大な独眼が腹部の皮膚を引き裂いて現れる。
 生物的でありながら、カメラのレンズのようにキリキリと動き、ピントをカシャカシャと合わせてくる冗談のような光景。
 その在り方そのものが狂気であった。

「これが【膨れ上がる視界に踊る女】の真なる貌――」

 落ち窪み、闇に染まり、顔の無い、無貌が嘲笑う。






 黒い剣と白い剣がぶつかり合う。
 剣の腕は、アリギエーリが格段に上だった。
「オラオラオラオラぁっ! どうしたよ人間ッ! でけぇ口叩いてソレかぁっ!」
 アリギエーリが乱暴に剣を叩きつけながら哂う。
 流麗とも精緻とも言いがたく、技と呼べるものではない乱暴な剣。
 だがその速度と力、単純なその二点において、アリギエーリは圧倒的に絆那を上回る。
「ち……っ!」
 絆那は飛び退き、そして地面に剣を突き刺す。
 そして――伸びる。根がエンブリオの床に根付き、そして床を砕き次々と棘が伸びる。
 だが――
「駄目っつってんだろがオラァっ!」
 アリギエーリの絶叫。
 ただそれだけで……その技がかき消された。
「キャンセル能力……だと」
「ああそうさ、オレは能力をキャンセルし、限定し、封印し、解除する限定能力者、抑制能力者だ。
 オレの前では能力者は丸裸にされる。
 異能の拡大解釈による多彩な技? 許すかよンなもん。シンプルに行こうぜ。
 技もなにもねぇ、純粋な力の勝負だ――」
 アリギエーリの姿が絆那の視界から消える。
 次の瞬間、眼前にアリギエーリは現れ、哂う。
「な……っ」
「だから遅せぇって」
 膝蹴りが絆那の鳩尾に叩き込まれる。
「げ……ぇっ!」
「オラよっ!」
 ついで、剣の柄で背中ょ強打。絆那は床に叩きつけられ、そして頭部を踏みつけられる。
「ギハハハハハハハハハハっ! 弱いぞ、弱すぎんぞクソ人間!
 さっきまでの威勢ァどうしたよオラァッ!」
 蹴りを叩き込む。踏みつける。何度も何度も、哂いながら。
「あー、くそうぜぇ。愉しませてくれよオイ……つーかまあ今更か、ただの人間がよ」
 唾を吐くアリギエーリ。
「……ふん、しゃあねぇ、どうせだ」
 そしてアリギエーリは、醜く顔をゆがめ、そして胸を掻き毟る。

「徹底的にツブす、オレの真の姿でな。
 その異能の全てを剥ぎ取って封じてやるよ。そして無力感かみ締めて惨めに死ね」

 アリギエーリの体が歪む。
 メキメキと捩じれながら、黒く混沌の色に染まっていく。
 捩じ狂う、手足の生えた螺旋の円錐――

「これが【月に吼えその身を凍らせる人】の真なる貌――」

 落ち窪み、闇に染まり、顔の無い、無貌が嘲笑う。






 振るわれる巨大な剣、しかしそれはウェルギリウスの素手で受け止められる。
 金属と金属のぶつかり合う音が耳を打つ。
「っ……!」
 受け止めながら、ウェルギリウスは嘆息し、首を横に振る。
「もういい」
「何……っ」
「結構で御座います。貴方では私に勝てません」
「なんだと……!」
「事実で、御座います」
 次の瞬間。
 鎧が砕かれ、吹き飛ばされ、転移させられる。いずこかへ。見知らぬ場所へと。
「……っ」
「ほう」
 兜が落ちる。その中から現れたのは青年の顔。
 その顔を知る者は少ない。
 シズマ・ノーディオ卿。
 かつて、北神静馬の名で、エンブリオに挑んだ戦士だ。
 それが再び、エンブリオと遭遇し、その胎に入るとは――なんとも宿業である。
「……」
 ここに、他の人間がいなくて助かった、とシズマは思う。自らの正体は知られてはならない。
 だが――今はそうこう言っていられる場合でないのもまた確かだ。
「成る程、成る程。真の姿ですか。では私も披露したほうが、フェアというものですね」
「な――に?」
「真の姿、真の力を持って。貴方を因果地平の闇へと消滅させてあげましょう――」

 ウェルギリウスの体が砕ける。
 ぼろぼろと表皮が割れ、中から混沌の黒に染まる巨体が現れる。
 黒い獅子、その頭部からせり出すファラオの姿。

「これが【跳躍する黒き獅子獣】の真なる貌――」

 落ち窪み、闇に染まり、顔の無い、無貌が嘲笑う。






「――――!?」
 ベアトリーチェは、それを視た。
 視てしまった。
「な……っ!」
 慌てて能力を解除する。だが遅い。
 視てしまったのだ、垣間見てしまった、そしてその異能ゆえに――触れてしまった。

 ジョーカーの、本質に。
 そこにあるモノに。

「何よ……オマエ」
 ジョーカーは何もしていない。動いてすら居ない。
 ただ、微笑んでいる。
 その道化のメイクの下で、ただ微笑んでいる。
 それが――なによりも恐ろしい。
 恐怖。馬鹿な、ありえない。この膨れ上がる視界に踊る女(みまもるもの)が恐怖を抱くだと!?
「何なの……あんた、いっTaゐ……・」
 砕ける。ひび割れる。腐る。
 ベアトリーチェが狂う。全身が崩壊していく。
 圧倒的、宇宙的質量のそれに触れてしまった以上、もはやベアトリーチェだったモノに、己を保持する事など不可能だ。

「a……ギAgA……・・――ッ/・」

 恐い。
 恐い。
 ただ恐い。
 ただただ恐ろしい。
 あれは――人間じゃない。そんなモノではない。
 視るのではなかった。触れるのではなかった。

 そうして、ベアトリーチェは、崩れ、錆び付いたガラクタとなり、機能を停止した。
「……」
 それをただ、立ち上がったジョーカーは、見下ろす。
 亀裂のような、笑みを顔に貼り付かせて。







「!?」
 アリギエーリの胴体に衝撃が走る。
「な……んだよ、これは」
 貫いている。
 体を、一本の……樹が。
「っ、ざけんな! オレはてめぇの力を完璧に――」
 封じた。閉ざした。
 完璧に、戒堂絆那の異能を封じ込めた。

 ――そこに、間隙が在ったことを、アリギエーリは知らない。

 グリムと呼ばれる、現象体ラルヴァ。それと共生し、同化し、操る事こそが戒堂絆那の異能の力。
 それを閉ざした今――グリム、【吸血黄金樹】は開放された。
 侵食し枯渇させ、血を、力を、魂源力を喰らう寄生植物。
 そして此処はまさしくエンブリオ。
 餌に満ちている。
 故に広がる。故に喰らう。
 そして、アリギエーリを侵食し、枯渇させる。
 その欲望のままに、ただただ――喰らう。
「ギ……ざ、けんじゃねぇ……っ、クソ、クソクソクソクソクソがぁッッッ!!」
 叫び、身をよじる。だが、全身を侵食する黄金の根は、アリギエーリから力を吸い取る。奪う。枯渇させる。
 力の源たる魂源力を吸われれば、その能力も使えない。
 そして使えた所で――この決着は覆せないのだ。
 何故なら、これは黄金吸血樹の生態だ。ただ喰らい奪い啜り飲み尽くすというだけの、ただの生態に過ぎぬ。
 どれだけ能力を封じることが出来ようと、ただの生態を止める事は出来ぬ。
 故に――ここに、
「ギ…………グ…………ガァ―――――」
 アリギエーリは、枯れ果て、そして崩れ去った。





「な……に?」
 ウェルギリウスは瞠目する。
 消えない。消え去らない。
 能力が――通じない?
 否、通じないのではない。
 ただ、シズマが対抗した。ただそれだけのことである。
 ウェルギリウスの転移能力に対抗するには――簡単だ。
 抗うのではない。
 自ら、転移し続ける。空間を支配し、ここに在り続ける事を行使する。
 ならばあとは、ただの根性比べ。
 そして根性比べなら――負けるつもりはない。
 幾度と無く死線を潜り抜けてきたのだ。あの一九九九年の死闘から。
 そして守り、勝ち取ったこの時間を、否定し覆そうとしている者に――根負けする道理など無い。
 なぜならば。
 覆そうとしている時点で、現状に耐えられなかったという何よりの証左ではないか!
 故に――負ける道理など無い。
 シズマはゆっくりと歩く。今のこの瞬間を肯定し続け、全力全霊を持って、在り続ける。
「馬鹿な……何故!」 
 何故跳ばぬ。何故消えぬ。
 否定する否定する否定する否定する否定する否定する否定する、
 拒絶する拒絶する拒絶する拒絶する拒絶する拒絶する――!
 だが、ウェルギリウスの全力は、シズマに及ばない。
 及ぶべくもない。
 その事実に恐慌する。
「何故だぁああああああっ!!」
「何故も糞もねぇ――」
 シズマは剣を構える。
「ただてめぇが、弱かっただけだ――!」
 ウェルギリウスの巨躯が、空間ごと切り裂かれる。
「ギィィィア――――――――!!」
 空間ごと砕け、ウェルギリウスは消滅した。



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