【時計仕掛けのメフィストフェレス 劇場版第最終回「天国編」5】


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「ほう?」
 零次は声を上げる。
 全員が、形をまだ保っていた。
「些か驚いたな。あのタイミングで相殺したか――」

 無傷である皆槻直が、攻撃に使うはずだった全力の空気噴射を迎撃・防御に転化。
 孝和が、敬が、練り上げた気を盾に。
 そして皆、全ての力を回避と防御に費やし――何とか、耐えることが出来た。
 だが、耐えられただけだ。否、死ななかっただけだ。
 全員が全員、倒れている。息はあるものの、動けない。
 だが――
「……まだ立つか」
 立ち上がる。
 時坂祥吾は、立ち上がる。

「ずっと……時がとまればいいと思っていた」

 熱に浮されたに、祥吾は言う。
 泣き言ではない。それは泣き言でも、現実逃避の言葉でもない。
 ボロボロの身体で、それでも前を見て。
「時間は戻らない。失ったものも、亡くした人も、出来なかった事も……覆すことなんて出来ないんだ。
 でも、だったらせめて。
 二度と取りこぼすことの無いように、時が止まればいいと思っていた――」
「だが今のお前に、メフィストフェレスは存在しない。 ただの贋作に頼るしかないお前には――何も出来ぬよ」
「ああ、そうかもしれないな。永劫機は無く、ここにあるのは人の造った悪魔の更なる模造品……だけど!
 それでもここにある……そうだ、あいつが本当に死んでしまったのなら……俺は、そもそも生きていない」
 それは矛盾。
 そう、かつて時坂祥吾は自身の時間を、「時間が尽き果てる運命」にあった妹に譲り渡した。
 本来はその時点で死んでいるはずだったが――メフィストフェレスにより、死の一歩手前、死に至る直前でその生命の時間は停止させられている。
 そう、無限の永劫回帰の中で、時間と魂源力を喰らい続けた零次と違い――祥吾には時間はないはずなのだ。
 メフィストフェレスが本当に滅び去ってしまったならば――祥吾はあの時に、メフィストフェレスが倒れたときに死んでいる。
 なのに生きている、この矛盾。
 それが指し示す答えは――簡単な、そう、とても簡単なたったひとつだ。
「体を失っても、あいつの心は、存在は俺とともに在る。
 それは本当に当たり前のことだ。今まで、共に生きてきた。
 それに……本当に単純な事を、俺もお前も、みんなも忘れてる。
 人造とはいえ……あいつは、悪魔だ。
 悪魔が、ただ肉体を失っただけで……死ぬと思うか?」
 その程度で。
 一度死んだ、たったその程度で――あの悪魔が。
 いなくなるはずが、ないんだ。
 悪魔とは、地獄にいる怪物だ。人の悪性だ。欲望の具現だ。
 人間が死に絶えでもしない限り、滅びることがあるはずがない。
 祥吾が死んでしまわない限り――あのメフィストフェレスが滅びることがあるはずがない!
 彼女はかつて言った。

“貴方が望むなら、伴侶のように、召使のように、奴隷のように仕えましょう――”

 ならば望もう。再び此処に。
 死んだ程度でそれを反故にされてたまるか。
 一度約束したのなら、最後まで一緒にいろってんだ!
 死が二人を別とうとも――そんなこと、知ったことじゃない!

「だから今こそ呼び戻す。この誓約の言葉と共に」


 ――我が地上の日々の痕跡は――

 最初の出会いは偶然だった。
 拒絶し、理不尽に怒りもした。

 ――永遠に滅びはしない――

 彼女の孤独を知った。
 磨耗したその人ならぬ心を知った。

 ――その幸せの予感のうちに――

 その笑顔を見た。
 この世界で生きて欲しいと、いつしか願うようになった。
 ただの従順な自動人形のはずが、気づけば煩わしいほどに人間臭くなっていた。

 ――今味わおうぞ、この至高の瞬間を――

 口うるさく自分達の生活に口を出し、財布の紐まで握り、世話女房気取り。
 勝手に昔のノートを発掘し、指差して大爆笑するほどまでになっていた。
 ものすごく腹立たしく、恨めしい。
 そしてそんな日々が、とても輝かしく思う。
 だから。
 だから今こそ――この言葉を言おう。




 ――時よ止まれ――お前は――かくも美しい!




 力ある言葉が此処に紡がれる。
 絶対時間の矛盾すら押し通して。
 顕現する。
 流れるような、夜闇を思わせる漆黒の髪。 
 透き通るような白い肌。
 ウロボロスファントムを喰らい、自らの存在へと変換し、その少女は此処に再び現れる。
 愛すべからざる光の君。ファウストの悪魔。

 ――メフィストフェレス。


「祥吾さん」
「メフィ」
 交わす言葉は少ない。
 互いの名前だけ。
 今はそれで充分だ。充分すぎる。
 やるべき事など理解している。
 だから。

「顕現せよ――!」

 黄金懐中時計は手の中に。
 輝きを再び取り戻し、否――永劫に輝き続け、もはやその光を失うことはないと確信できる。
 それを、力強く握り締める。
 解れ、崩れ、砕け――幾つもの弾機、発条、歯車、螺子へと変わっていく。
 それらは渦を巻き、螺旋を描きて輪と重なる。
 それはまるで、二重螺旋の魔法陣。
 そこに集まる大質量の魂源力は、やがて織り上げられ――
 その輝きを、眼に、魂に焼き付ける。

「永劫機……」

 力が、爆現する。
 全長3メートルの巨体。
 チクタクチクタクと刻まれる黒きクロームの巨躯。
 黒く染まる闇色の中、黄金のラインが赤く脈打つ。
 各部から露出した銀色のフレームが規則正しく鼓動を刻む。
 背中からは巨大な尻尾。
 頭部にせり出す二本の角、全体の鋭角的なシルエットからはまさしく竜を連想させる。
 それはモデルとなった悪魔――地獄の大公の姿ゆえか。
 強く、烈しく、美しい。
 心からそう思える。確信する。我が相棒、我が伴侶、我が力の形。
 これこそが、永劫を求めて創り出された、叡知の結晶。
 時計仕掛かけの悪魔――

「――メフィストフェレス! 」


「馬鹿、な――」
 その光景を、零次はただ見ていた。
 見ていることしかできなかった。
 ありえない。ありえない!
 死んだはずだ。彼女は確かに散って逝った!
 あの時と同じように!
 私を守って逝った、あの時と同じく――なのに何故このような奇跡が起きる!
「時逆零次」
 祥吾は、いつかの自分の姿を呼ぶ。
「時坂祥吾……!」
 零次は、かつての自分の姿を見据える。
「確かにお前は強い。最強だよ、永劫とも言える回帰を繰り返し、魂源力を高めてきた。
 俺では絶対に、お前に勝てないだろうな」
「その通りだ、認めたな、勝てないと!」
「ああ、俺じゃ勝てない。だけど――だからと言って、それが! 勝てない程度の、たったそれっぽっちが! それがどうした!!
 不思議と負ける気がまったくしねえよ。なぜなら、お前はどうしょうもなく独りだ!」
 どれだけ力を得たって。
 どれだけ玩具の兵隊を指揮したって。
 どうしょうもなく孤独な……ただそれだけだ。
 ただ一人我を張って戦う、ああそりゃ確かにものすごいさ。そう言ってしまえば成る程ものすごくかっこよくて、まるで英雄だ。
 だけどそれは――拒絶して強がってるだけだ。
 誰かと触れ合う事を怖れ。
 触れ合った誰かを失うことを怖れて。
 よく判る。すごくわかる。だって、確かにかつての自分もそうだったから。
 独りは楽だよな。失うものがなにもない。
 独りは楽だよな。自分の時間が好きなように使える。
 独りは楽だよな。何も考えずに生きていられる。
 それは――ある意味確かに、本当に強い。孤高の強さ、何も失うものが無い強さだ。
 だけど、もう……それには、戻れない。
 祥吾にはもう、そのような一本の通った強さは得られない。
 知ってしまったから。
 他人のぬくもりを。触れ合う事の、手を取り合うことの意味を。あたたかさを。
 そして、弱くなってしまった。
 だが――それを後悔などしない。できない。するつもりもない。
 誇っているから。その脆弱さを。

「お前が忘れた力がある。お前が捨てた力がある!」
「何処にある!」
「此処だ……!」
 零次の問いに、祥吾は自らの胸を指差す。
「此処にある。
 俺は、俺達は、決して独りじゃない!
 ひとたび結んだ絆は、捨ててしまわない限り、永遠だ!」

 仲間達が立ち上がる。
 そうだ、誰一人――諦めてなんか、いない。
 心が折れたら、互いに繋げばいい。
 身体が折れたら、支えあえばいい。
 そうやって――戦って来たんだ。
 今までも、そしてこれからも。
 戦いの中で知り合った仲間。手を取り合った友。
 そして、まだ見ぬ見知らぬ誰かとも。
 全ては繋がっている。
 それが答えだ。
 辿り着いた真実だ!

「そうだ……」
「お前のやってることはただの現実逃避だ……!」
「ゲームで負けたからって電源引っこ抜いてリセットするのと、変わらない」
「何その……子供の駄々は」
「負けるかよ」
「俺達が……!」
「私達が……!」
「みんなが……!」
「お前みたいな奴に……! 負けて、たまるか!」

「俺たちは、独りじゃない――! 俺たちは、ひとつなんだ!」


 響きあう。
 反響する。
 心が。意思が。想いが。意志が。魂が!
 高めあう。力を、魂源力を高めあう。
 共振し共感し共鳴し、巨大な力を紡ぎ出していく。

『祥吾さん。力が……!』

 永劫機メフィストフェレスから、弾き出されるようにメフィストが実体化する。
「……!?」
 強制的に戻された?
 いや、違う。
 この現象は、そうではない。そんなものではない。
 もっと違うものだ。
 その先にあるものは――
 その奇跡は――

「くだらぬ! 何をしようとしているかは知らぬが――死ね!」
 放たれる攻撃。魂源力の光弾が唸りをあげて放出される。
「――!?」
 だが、それは祥吾たちに直撃する前に消失する。
 虚空に喰われ、消滅したかのように。
「神……無……!?」
 そこには、神無の姿があった。
 肉体は無い。既に零時に喰われ取り込まれ、クロノスギアの一部と化している。
 だが――その心は、魂は、此処にあった。
 祥吾たちの所に。仲間の場所に。
『私だけでは――ありません』
 神無が振り向いて微笑む。
『ごめんなさい、遅くなりまして……』
 いつものように、コーラルが謝罪の言葉を口にする。
『間に合いましたね、ご主人様』
 アールマティが、鶴祁に微笑む。
『あの子達の為に……戦います』
 葬式に参列するかのようなブラックフォーマルの洋装の少女が立つ。
『よくわからないけど義によって助太刀いたす! って奴です!』
 右腕が機械の、眼帯の少女が勢いよく叫ぶ。

 集う、幻想的な少女達の姿。
 それらは全て――永劫機の意思だ。そこに宿る魂だ。
 人に造られし、美しき天使/悪魔たち。

 永劫機ツァラトゥストラ。
 永劫機メタトロン。
 永劫機コーラルアーク。
 永劫機アールマティ。
 永劫機ロスヴァイセ。
 永劫機ウォフ・マナフ。
 永劫機アルヴィース。
 永劫機エセルドレーダ。
 永劫機ベルフェゴール。
 永劫機アバドンロード。
 永劫機プロセルピナ。
 永劫機メフィストフェレス。

 十二体の永劫機の力が――否、その意志が、魂が終結する。
 力はない。体もない。
 だが、その魂は確かに此処にある。
 この世界で、主たちと紡いできた想いがある。
 この世界で、たったおよそ十年足らず。それでも生きてきた軌跡がる。
 それだけは――どんな矛盾と断罪されようとも、消すことなど出来ない。
 出来はしないのだ。たとえ神といえども。

 故に、再生する。
 故に、蘇生する。
 故に、復元する。
 故に――此処に集結する。

 螺旋を描く。
 それはまるで遺伝子配列のように。生命の力の象徴であるかのように。
 渦を描く。
 それはまるで銀河の流れのように。宇宙の力の具現であるかのように。
 そしてそれは――今此処に、その形を成す。

 カイロスという神がある。
 時間の神。時を告げる神。
 それを模した、機械仕掛けの神が、ここに今、生誕の刻を迎える。
 十二体の永劫機の意思を持つ無敵の神。時刻神カイロス。
 それはカイロス時間の具現。速度が変わり繰り返し逆流し止まるを繰り返す、人間の内的な時間。
 ギリシア語で「機会(チャンス)」を意味する言葉だ。それの意味する事は一つ。
 人の心を反映し、未来を切り開くための、運命を覆す可能性を持つ、無限時刻。
 運命に抗い、切り開くための、時を刻む神なる剣。

 永劫神剣――カイロスソード。

 荘厳にして華麗。豪華にして絢爛。
 天衣にして無縫。不朽にして不滅。
 一振りの剣が、そこには在った。


 その剣を、祥吾は執る。

 瞬間、その背後に――巨大な剣が組みあがる。
 幾つもの弾機、発条、歯車、螺子が渦を巻き、組みあがっていく。
 永劫機の顕現の瞬間と同じように。
 いや、それよりも遙かに力強く。
 巨大な神剣が顕現する。
 祥吾が、手にした剣を振る。
 それに合わせて、その動きを模倣し、巨剣もまた唸る。
「だありゃあああっ!」
 クロノスギアから放たれた幾つもの腕、鎖、それらを一撃で砕き斬る。
「な――」
 一撃、そう一撃だ。
 ただ一振りで、クロノスギアの攻撃が弾かれ、腕が吹き飛ばされた。
「馬鹿な、知らぬ……こんな展開など、こんな未来は、私は知らぬ」
 呆然とする零次。
 こんなことなど、今まで一度たりとも無かった。
 そして、予定にも無い。ありはしないのだ、クロノスギア以外の――それを越える永劫機神など!
「お前に……お前などに! そんな力が! あるべくもない!」
「当たり前だ。俺にそんな力はない――だけど!」
 そうだ、時坂祥吾は無力。何も出来ない。出来はしない。
 今までがそうだったように。
 だが――それでも、何かをしようと、死に物狂いで足掻く事は出来る。
 今までがそうだったように。
 だからこそ、ここにこの結果がある。
 この力が、ある。
 ……今までが、そうだったように!
「俺の力じゃない。俺たちの力だ、明日を望む生命の力だ!」
 祥吾の力ではない。
 皆の力だ。
 とても重くて、一人では持つことすら出来ぬ剣。だが、ここにいる全ての者の力があるから――操れる。
 理不尽で残酷な世界に生きながら、それでも決して絶望に染まらず、歩いてきた人々の力。
 つらい過去があった。
 苦しい現在がある。
 だが――いや、だからこそ、未来に希望を託す。
 明日を、望むのだ。
「決着をつけるぞ、みんな! 俺たちの力で!」
「おう!」








 そして――蛇蝎たちの精神が崩壊する。
 その、一歩手前。
 刹那の極みにて――

 根が、デミウルゴスを貫く。
『な、に――?』
 木々が茂る。魂源力を喰らう森が床を踏み砕いて現れる。
 木々は、生い茂る葉は、音を吸収すると言われている。
 故に、防ぐ。故に、留める。
 そして、それは確かに一瞬の薄い壁にすぎぬけれど、確かにそれは効果はあった。
 少なくとも、白銀の煌きが、その“声”を殺すための時間を稼ぐ程度には。
 飛来するナイフが、クロックワークデミウルゴスの喉を貫く。
 偽神は未練の人類総体だ。故に、一撃で確実にその力を殺すことは出来ない。
 だが、その力のひとつの局面を一時的にでも押し殺す事ならば、可能。
 そして、空間の断裂が、デミウルゴスの機腕を寸断し、次元の彼方へと吹き飛ばす。
『な――』
 すぐに再生するだろう。すぐに復元するだろう。
 だが、それでも。
 その一瞬の時間があれば――
 そして、蛇蝎兇次郎は知っていた。予測していた。
 耐え切れば、必ず逆転の機が来ることを!

「機は此処だ! 全力全開、一斉攻撃をブチ込めぇええっ!!」

『な――!!』
 慌てて迎撃の態勢をとるが、遅い。
 化学変化が。モルフォ蝶の燐粉が。腐食性ウィルスが。陰陽術が。
 そして、荷電粒子砲が。
 一斉に、クロックワーク・デミウルゴスを貫く。
 砕く。侵す。破壊する。
 その巨体に、今度こそ――絶対の破壊をもたらす。

『莫迦な――コの私ga――神でアRUこノ私が――ありEなゐ……』

 ノイズの混ざった声で驚愕と絶望を叫ぶ、クロックワーク・デミウルゴス。
 願いは折れ、その機械の体は崩壊へと向かう。

『人の……望みを奪UのKa……! 歴史ヲ靴が絵死体Toいう……弱きふmiに自らレた人々の重いヲO……!』

「やかましいわ、たわけが」
 蛇蝎は傲慢に、不遜に。神に向かって言い放つ。
 前髪をかきあげ、冷徹に冷酷に、哀れみさえ浮かべて見下ろしながら。

「そんな事は誰も頼んでおらぬ。貴様の惰弱さを、勝手に他人に押し付けるな」

『Aaa――――GA……』

「貴様は神ですらない。ただの這い擦り回る混沌にすぎんわ。
 それだから貴様は、負け犬なのだ」









「希望を捨てぬか、勇敢なことよ――! だが!」
 クロノスギアが巨大な時計の針を、剣を振るう。
 それをカイロスソードは受け止める。
 鶴祁の持つ、剣術の技巧で。
 直の持つ、豪胆さで。
 誠司の持つ、勘と経験則で。
 孝和の持つ、気の力で。
 その永劫神の圧倒的な剣撃を、受け止め、いなし、払い続ける。
「知らぬのだ!その希望とやらがどれだけ絶望を呼ぶか!」
 零次は叫ぶ。
 強圧無比な神力の波動で押し潰そうと、その怒りを放つ。
 だが。
「んなの知ったこっちゃねぇっすよ!」
 敬のサポートのもと、二礼の神殿が完成する。
 神を卸すその力。幾多の仲間に守られている今、戦いの只中であろうとも、その儀を完遂するのは容易い。
 その力で――神威で、神力の波動を押し返す。
 クロノスギアごと弾き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。
 だがそれでも零次は怯まない。立ち上がる。
「言うつもりか!? どんなにつらく長い夜だろうと、必ず朝が来ると――陳腐な見せ掛けの希望で惑わすか!?
 ああ、確かに夜はあけるであろう、朝は来る!」
 無数の時計の針が出現する。
 その全てが、祥吾たち全員を狙っている。剣山のように串刺しにしようと飛来する。
「だがそうして昇った太陽は再び沈み、そして再び夜の闇が世界を閉ざす!
 希望とは! 絶望をより色濃く浮かび上がらせるためのスパイスでしかないと、貴様らはまだ知らぬのだ!」
 迫り来る針たち。この数を剣で全て打ち落とすことなど不可能。そして神域の防御も、再び発動するには時間が足りない。
 だが。
「っぜぇ……っ! 知るかよンなこたぁっ!!」
 真琴が叫ぶ。
 その針の全てが――かき消え、そして反転して出現する。
 瞬間移動能力。カイロスソードの力で増加されたその力で撃ち帰す。
「うぉ、ここにきて姉さんモードだ」
 孝和が喜んだ。
「ぐ……っ!」
 針が叩きつけられ、次々と爆発していく。クロノスギアの全身を震わせ、後ろに退かせる。
 その機を、祥吾は前進し、カイロスソードを叩きつける。
「ていうか、理屈がちがうだろ。覚えてないのか? もっと昔、俺はいじめられていたよな!
 ずっと思ってた。朝なんてこなくていい、ずっと夜の闇に隠れていたい――
 それでも、朝は来る、きてしまう!
 たとえ望まなくても、朝は来てしまうんだ!」
「それがどうした!」
「どうもしねえ、ただそれだけの――どこにでもあることだ!
 そんなくだんねぇことに、いちいち希望だの絶望だの言い訳つけて浸ってんじゃねぇ!」
「くだらぬだと――?」
「ああ、くだんねぇよ! 理屈をつけて、言い訳して、理由を探して、誤魔化して!
 そうやって自分を正当化して正義ヅラしてぇだけだろうが!」
 目の前の男は言った。
 正義の行いだと。世界を滅びから救うと。
 ああ、確かに立派だよ。英雄の所業だ。
 だけど、だからといってそれが――今を踏み躙っていいのか!
 今を生きるみんなを、踏み躙ってそれで英雄気取りか、ふざけるな!
「俺に判るぐらいだ、お前だって判ってんだろうが! それをぐだぐだと――」
「黙れ!」
「何度だろうと言ってやるわよ、こんの分からず屋!」
 綾乃の発する炎がカイロスソードに纏われる。
 直の放つ風が、その炎を激しく燃やす。
 まるで、火炎の竜巻。天上を焦がす劫火だ。
「えらそうにほざいてんじゃねぇ、英雄気取りのクソ野郎! 俺はそういうガラじゃねぇだろうが!!
 そんなだからお前は――」
 上段からの唐竹割り。鶴祁の持つ剣速が上乗せされ、アールマティの時間加速がそれをさらに激しく躍らせる。

「てめぇの世界ひとつ、救えねえんだ!!」

 振り下ろされる炎がクロノスギアを袈裟懸けに切り裂き、そして焼く。
 莫大な炎の奔流。魂を焼き尽くす煉獄の炎のように、それは零次の心身を苛む。

「黙れぇえええええええええええええっ!!」

 認めぬ。
 認められぬ。
 認めてしまえば――今までの時間全てが無為に帰してしまうのだ。
 世界を救うために。
 世界を守るために。
 その私が道化だと――英雄狂だと!

 消えろ。
 消えてしまえ、今度こそ!
 我が前から消えるがよい、過去の幻影よ! 我が忌むべき黒歴史!!


「時空爆縮回帰呪法・終焉世界!!」


 クロノスギアが奥義を放つ。
 絶対の時間を統べるクロノスギアにとって、時空爆縮回帰呪法をこの短期間で再び放つことなど、造作も無いことだ。
 それほどまでの、絶対的な力。
 炎をかき消し、その破壊の光はカイロスソードへと迸る。
 それを、祥吾たちは、
「んなろぉぉぉあああああああああああああああああっ!!」
 剣を振りかぶり、正面から受け止める。

「――――――――――――ッ、ガァァァァァ……っ!!」

 激しい。烈しい。
 崩壊と破壊が皆を襲う。先ほどとは比べ物にならぬほどの圧倒的暴力。
 市原の再生力を持ってしても、この破壊の力を正面から受け続けるのは無謀である。
 宮子の治癒力を持ってしても、この破壊の力を正面から受け続けるのは無謀である。
 ならばどうする。
 こちらもまたクロノスレグレシオンを放ち、相殺し打ち勝つしかない。
 だが、このエンブリオの時間を支配しているのは、時逆零次。
 メフィストフェレスの時間堰止能力は機能しない。
 故に撃てない。
 故に勝てない。

 ――本当に、そうだろうか?

 思い出せ、時坂祥吾。クロノスレグレシオンの真実を。
 あの日。
 祥吾の時間を、命の時間を死の直前で止めた日から――どれだけたっている?
 そうだ。
 クロノスレグレシオンは――時を止めたその反動をぶつける技だ。
 ならば。

 止まっている時間は――――ここにあるではないか!

「な……に!?」
 零次が瞠目する。
 何をしようとしているのか、それを理解して。
「貴様……真逆! 自らを時間爆弾として、クロノスレグレシオンを放つ心算か!」
 是である。
 刹那の綱渡り。
 死の直前で時間が止まっている、その時間を動かす。そして再び止める。直前のさらなる寸前。一歩手前から半歩手前へ。刹と那の間を見極める。
 そのほんの僅かな極小の時間を開放し――クロノスレグレシオンの起爆剤とする。
 自らを、武器へと変えて。
 否である。
 そのような事は不可能だと理性は訴える。
 だが、今――祥吾が手にしている剣は何だ?
 重ねて言おう。
 カイロス時間とは、速度が変わり繰り返し逆流し止まるを繰り返す、人間の内的な時間である。
 その力の具現化たる剣。内的時間、心が全てを決める。
 そう、それは例えるなら――死する直前に人が見るという走馬燈(ファンタズマゴリア)。
 外的にはほんの一瞬のその瞬間に、今までの人生を振り返る時間の矛盾。
 それを引き起こす。意志の力で。
 時間を引き延ばす。刹那を無限に。
 心の時間。魂の時間。今まで生きてきたその全て。これから起こる未来の全て。
 祥吾だけではなく。
 祥吾と共に生きてきた者達。これから共に生きるべき人達。
 今――此処にいる仲間達の、全ての心の時間を。
 思いを。
 想いを。
 力に変える。
 死ぬつもりなど毛頭無い。刹那を見極めるその極限の綱渡りも、失敗する恐怖など無い。
 確信する。確信している。
 何故なら――時坂祥吾は、独りではないから。
 そっと、祥吾の手に触れてくるものがある。
 剣を執る手に重なる、白く細い指。
 美しい悪魔の指だ。
 目と目が合う。頷きあう。それだけで充分。言葉は要らない。
 わかる。彼女だけではない。多くの想いが此処にある。傍らに、背中に、まだ見ぬ何処かに、それは確かに在る。
 だから、力に変える。全てを。
「うおおおおお――――――!!」
 咆哮する。




 力がぶつかり合う。
「何故、だ――」
 拮抗する。
 否。
 ゆっくりと、絶対時間が圧されていく。
 零次は叫ぶ。声なき声で叫ぶ。
 何が足りぬ。
 何が足りぬのだ!
 あれにあって我にないものとは何だ!
 ありえない。
 手に入れたのだ、力を。
 世界を救うために、無限とも思える永劫回帰を繰り返し。
 世界を救うために、あの世界を見捨ててまで!
「――」
 見捨てた。
 そう、見捨ててしまった。
 いや、違う――そうではない! 仕方が無かったのだ!
 そうでもしなければ、世界を救えはしない!
 矛盾だと、そうだ。それを見過ごさなければどうしようもないのだ。
 何かを犠牲にしなければ何も救えはしない。
 何かを救うための力を得るには、犠牲が、代償が必要なのだ!
 そう、言っていたではないか――――
 誰が?

“時計仕掛けの天使をもて、私は更なる力を得る。
 その為に、彼女らには尊き犠牲になってもらった……ただそれだけ”

 ……ああ、それは。

“最初のクソ甘い理想だとか、そんなもんはドブに捨ててきた!!
 捨てなきゃ生きることも出来なかった!!
 理由? 目的? そんなものはもうない!
 あるのはただひとつ、世界を守る――ただそれだけだ!!”

 ……自分がかつて、命を奪ったひとの言葉だった。
 彼は正しかった。正しかったのだ。
 だから、自分もその道を選んだ。正しい道なのだ、選ばざるをえない。
 だが――
 あの時、自分は、その教師の言葉に対し、何を言ったのだろうか?
 あの人は――何を思ったのだろうか?
 本当に今のこの道が正しいと言うのなら、何故――ここまで邪魔が入る。
 何故、ここで躓くのだ。
 本当に自分は正しかったのか。

 わからない。
 わかりようがない。
 遠すぎて、もはやわからない。
 追憶の彼方の幻は、ただ遠く、ただ眩しすぎて――
 時逆零次は、今はもう思い出せない。



 時坂祥吾は、今でも覚えている。
 初めて時計を手にしたあの日。
 無我夢中で、ただ許せなくて。
 叫んだあの言葉だけは、忘れない。

「どれだけ現実が重くても。
 時の流れに擦り切れて、かつての理想を忘れる日が来たとしても……」

 今なら理解できる。
 吾妻先生の苦悩、苦痛が。
 何度も戦い、辛くも勝利してきたが、けっして楽な道ではなかった。
 肉体的にも、精神的にも、つらいことがたくさんあり、きっとあの人は、その何倍も、何十倍も――そんな思いを懐いてきたのだろう。
 思えば、なんという子供の夢想をさも偉そうに吐いた事か。
 それが難しいことなど、眼前の自分を見れば……笑えるほどに明白だ。
 思いは忘れられる。
 心は擦り切れ、魂は磨耗し、願いは朽ち果て、祈りは消え去る。
 だが。
 だけど。

「それが……!」

 それでも。
 この言葉だけは忘れない。
 この言葉だけは曲げない。
 今の自分は――まだそれを忘れても、擦り切れてもいないのだ。
 だから、屈しない。貫き通す。
 たとえ、自分がいつしか擦り切れ朽ち果てる日が来るとしても――その瞬間まで足掻き続ける。
 それが、責任だ。それが、義務だ。
 あの日あの時、自分で選んだ道だ。
 自分がどれほど未熟であろうとも。
 だからこそ、貫き通す……!

「何かを諦める理由には、ならない……っ!!」

 だから叫ぶ。
 裂帛の気合と共に。
 そしてそれを、力に換える。

「諦めちゃ、いけないんだぁぁああああああっっっっ!!」

 過去から現在までの軌跡を、紡いできた時を力に換え――

 未来を望む――――全ての人の想いを、此処に。












     クロノスレグレシオン・ファンタズマゴリア
「――時空爆縮回帰呪法・幻燈昇華」













 閃光が、エンブリオをゆっくりと砕いていく。
 想いは無限。
 それが生み出す時間もまた無限。
 その刹那にして無限の時が力となり、緩慢にエンブリオを砕き、消滅させていく。
 再生はしない。復元もしない。増殖もしない。極限まで引き伸ばされた時間は、それを許さない。
 ただゆっくりと、崩壊に向かう。
 光の粒となり消えていくその光景はとても幻想的であった。
 その中で――零次が笑う。
 砕け、消えていく己の身体を自嘲しながら。

「私が――負けるか」
 不思議と。
 後悔は無かった。絶望も無かった。
 何故だろうか?
 ああ――それは、きっと。
「また、繰り返すのか」
 時坂祥吾は問う。
 時逆零次は答える。
「否。それは有り得んよ。我がクロノスギアが敗れた――それは即ち、我が永劫機ツァラトゥストラが破壊されたということだ。
 永劫回帰の呪いはツァラトゥストラのシステム。
 故に――私はもはや、過去に戻る事など無い。永劫回帰は破却された。
 これで、終焉という訳だ」
「……」
「そんな顔をするな。お前は人を殺した訳ではない。
 ただ、私という亡霊を還しただけと知るが良い。そう、所詮私は未来の亡霊よ。
 幾千幾億と繰り返した、ただの妄執に過ぎぬ――」
 零次は目を閉じ、考える。
「嗚呼。世界を救いたかった。この運命を覆したかった。
 それこそが、過ちか――長い、長い遠回りだった」
 世界を滅ぼしてしまったから、世界を救おうと思った。
 それが――過ちだったのか。
 世界を滅ぼしたのが過ちではなくて、ただ、救おうと大それたことを考えてしまった、その事が。
 自らの罪を消そうとしたことが、過ちだったのか。
 起きてしまった事は、覆せない。
 無かったことになど、出来ない。
 ならば。
 ただ、償おうと。背負おうとすればよかっただけだと、気づくのに。
 どれだけの遠回りをしてきたのか。
 どれだけの時を費やしてしまったのか。
「考えすぎなんだよ。俺たちは、そんなガラじゃねぇだろ」
「確かにそうだ。永らく独りでいるとな、ついつい余計な知恵をつけてしまうものだ。
 そして思考の迷宮に惑い――賢しいが故に、最も愚かな道を選び取る。まさに滑稽な英雄狂よ」
「だけど俺には――皆がいる。だから――」
 そうはならない、と。
 祥吾は静かな確信のもとに、言う。
 その迷いの無い顔に、零次はただ苦笑する。
 なんとも愚かで、そして眩しいことか。
「なら戦えばよかろう、お前の望むままにな。
 しかし、たとえ……この滅びを回避したとしても、世界には嘆きと絶望しか無いぞ?」
 エンブリオと永劫機(メフィストフェレス)による時間崩壊。
 それは、幾つも存在する滅びの可能性の、たった一局面に過ぎない。
 世界崩壊の可能性は無限にあり、今この瞬間にも――何処かの誰かの悪意か、あるいはただの偶然かによって生まれているかもしれない。
「それは、お前がそれしか見なかっただけだ」
「ほう?」
「嘆きと絶望に溢れていても――それで、それ以外の全てが無くなる事なんて無い。俺は知ってる」
 自分が絶望した時。
 全てを諦めようとした時――
 それでも世界はそこにあって、自分を抱きとめてくれた。
 みんな、そこにいてくれたんだ。

「世界は――それでも、やさしくて、美しいんだ」

 だから。

 この幸せを、感じよう。
 みんなと過ごしてきたこの時間を。
 よきことだけではなかった。
 つらいことも苦しいこともあり、寂しくもあれば悲しくもあった。
 だがそれとて、思い返せば、笑い飛ばせるものになる。
 なぜか? 決まっている。
 ひとりじゃない。

 祥吾は見回す。
 敷神楽鶴祁がいる。米良綾乃がいる。
 菅誠司がいる。市原和美がいる。星崎真琴がいる。三浦孝和がいる。
 拍手敬がいる。神楽二礼がいる。皆槻直がいる。結城宮子がいる。
 このエンブリオの何処かで、他にも戦っている人たちがいる。
 蛇蝎兇次郎達や、ヘンシェル達。
 地上にも、醒徒会のメンバー、風紀委員達、そして多くの仲間がいる。
 友達がいる。家族がいる。
 そして――メフィストフェレスがいる。
 ひとりじゃないからだ。すくなくとも今は。そしてこれからも。
 そう、だから。
 愛するものと紡いできた、その瞬間を。

 その一瞬を、永遠へと語り継ぐために。

「成る程。つまりそういう事か」
 零次は笑う。
「時よ、止まれ――」

 お前(せかい)は。

 かくも、美しい――――






 そして。
 全ては、光に包まれた。








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