【血を吸う灰被り】


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 血を吸う灰被り


 私は、長い長い独白台詞を言い切った。
 スポットライトは私だけを映し出し、舞台には他に誰もいない。観客の視線はすべて私を注視して、その動きを見逃さないようにしている。今行われているのは『私の物語』なのだ。
 私の手には、一本のナイフが握られている。それは偽物《イミテーション》ではなく、ちゃんと刃がついている、本物のナイフだ。服を切り裂くこともできるし、人を貫けば、勿論その人は死んでしまうだろう。
 そして私は、今から人を貫いて、殺そうとしているのだ。このナイフで。



 この舞台で、私は『|灰被りの姫《シンデレラ》』だ。意地悪な『義母』と『義理の姉』二人に虐げられている少女だ。みすぼらしい服しか着せられていない、雑用係。そのせいで、お城で行われる舞踏会に着ていくドレスも無く、三人に置いていかれた、哀れな少女。
 それを哀れんだ魔法使いのおばあさんが使う魔法によって綺麗なドレスと馬車を用意してもらい、舞踏会へ行くことができた。王子様の目にとまり、踊りを踊って……でも、制限時間が来てしまった。みすぼらしい服を見られたくなくて、私は魔法が消えてしまう前に、逃げて、逃げて、逃げた。途中でガラスの靴を落としてしまうのは、予定のうちだ。
 でも、お話の『シンデレラ』と違って、それが実を結ぶことはなかった。王子様が見回りに来ているのに、『義母』によって、今は居ないと隠されてしまったのだ。あの人はきっと、私の存在を隠す。自分たちにあの靴が合わなかったのあって、きっとイライラしているだろう。これから何をされるか、想像も付かない。
 だから、私は自分で何かをしなければいけない。このままの状況で甘んじるのはイヤだ。それならば、何かをしなければいけない……台本では、家から出て行って、お城へ行くことになる。けれど、それでいいのだろうか?

 『義母』の人は、私の先輩だ。いつも私の声や、動きに、無茶な文句をつける。確かに彼女の演技は見事だ。けれど、無茶な物は無茶だ。それについて部長も、何も言ってくれない。まるで無視だ。
 今回の劇だって、私がシンデレラ役をやるのに最後まで反対していたのは、『義母』の人だ。まだ力不足だと強硬に反対して、部長が決めてくれなければ、取り巻きの人達と一緒に決定を覆していたかもしれない。
 『義理の姉』の二人は、『義母』の取り巻きの人だ。あの人に付き従って、いつも私の演技に文句をつける。私より少し早く産まれて、部活を始めたってだけなのに。
 この劇が成功したとして、いや失敗したとしても、あの人達にいろいろなことを言われるだろう。もう、あの人たちが先輩なのはイヤだ。この劇がずっと続けばいいのに。勿論そんなことは有り得ないのだが。
 けれど、舞台の幕が上がったときに、声が聞こえた。私が一度も聞いたことがない、落ち着いた声で。
「君が望むのならば、この物語を続けることができる。そして君は、君がこの舞台でやった事は、ずっと残るだろう。物語のような現実……いや、『現実を物語にする』ことができるのだ。君は、それを望むかな?」

 私がこのナイフで『義母』達を刺せば、それは叶うだろう。シンデレラは、自分の物語を書き換える。自分を縛っているものを断ち切り、これまで受けた痛みを返すことができる。そして、新しい物語を始めることができのだ。それはもう、ただのシンデレラじゃない。灰は血を吸うと分解されるという。『|血を吸った灰被り《ブラッディ・シンデレラ》』……は、普通すぎるだろうか。
 そんな事を思いながら、ベッドに眠る……無論、演技だろうが……『義母』に、ナイフを振りかざした。

「あなたは、本当にそれでいいのかな」

 そんな声が、舞台の袖から聞こえる。今は、私が独演をする場面なのに。
 声がした方向に目を向けると、マントを羽織った女の子が立っていた。その衣装は、魔法使いのおばあさんのものだ。けれど、その人は私たちの仲間ではなかった。見たことが無い顔だ。
「あなた……誰?」
「知ってるでしょ? あなたに少しだけの力を与えた、魔法使い。もちろん魔法使いだから、姿は自由自在。今は、だいぶ若い姿をとってるだけ」
「……何の用ですか? あなたに助けてもらうことは、もう無い」
 彼女を突き放すような言葉を放つ。演劇の『魔法使い』は、現実の世界では何にも役に立たない。
「できる事はなにもない、か……けどあたしは、あなたに『忠告』をしに来たの」
 忠告、という言葉に眉をひそめる。私の考えが分かるのだろうか、それに、何を言おうというのだろうか。
「あなたがそのナイフを振り下ろしても、あなたの心が満たされるかは分からない。おそらくは無理だろうね」
「……!! あなたに、何が……」
「少なくとも、今あなたが考えてることは分かる。これまで受けた辱めを返すために、そのナイフを振り下ろす気持ちは分かる。けれど、それに凝り固まって、それより良い道があるのに気づけないのは、残念なことだよ」
「……良い、道?」
 魔法使いの言葉に、顔をしかめた。そんな都合の良い道が、あるのだろうか?
「あなたが『お姫様』になれば、幸せになれば……おかあさん達を見返せる。それは、なまじ『世界から消してしまう』ことよりも、ずっと復讐になるよ、きっと」
「そんな事……!!」
 彼女にはやっぱり分かってない。たとえ劇の中での話しであり、現実の世界は……

『貴女がどこまでやれるか、見せてくれる?』

 劇の前に、『義母』が言っていたことを思い出す。
 そうだ、ここで『義母』が死んでしまったら、それを見せつけることもできない。
 私はあの人を見返したい。私の演技を見せつけたい。
 なら、ここで殺すわけにはいかない。私がやりたい事は、この劇の『向こう側』にあるんだ。

「お城への道を案内する人を、喚んである。あなたが幸せを掴むことを、願ってる」
 書き割りの扉に、幾本もの光の筋が走った。まるで鋭利な剣に切り裂かれたように。その筋に従ってバラバラと崩れ、その中から騎士が……西洋のお話に出てくる騎士様のような鎧が、出てくる。台本にはなかったような……?
『参りましょう、あなたが王子の期待にそえる存在かどうか、確かめに』
 その騎士様が、こちらに手を伸ばしてきた。
「ええ、私は幸せになりたい。だから、案内してください、幸せを掴めるかもしれない所に」

「訳の分からないアドリブをされても困ります」
 劇が終わって、『義母』にそう言われた。分かってる、台本にない勝手な動き、怒られても仕方がない。
「……まあ、その前の独白は悪くなかったけれど。次はもっと、しっかりやってください」
 そう、嫌みを言われて終わる……『次は』?
「そうそう、アドリブと言えばあの魔法使い役と甲冑……何だったのかしら? 魔法使いの子はその時引っ込んでたらしいし、あんな甲冑小物に無いし……」




 こうして、寓話演者《グリムアクター》となり得る筈だった者の一人は、事前にその芽を摘まれた。


「ふい-、疲れたー」
 魔法使いの少女……実は少女ではなく、学生ですらない……普段は三つ編みにしている髪を解いた、学園教師、春奈《はるな》・C《クラウディア》・クラウディウス。小道具で使っていたマントは舞台袖に置いてきた。
 双葉学園の学園祭は、クラスごとの出し物だけではない。学園の規模にふさわしい、数多の文化部系部活がしのぎを削る、戦場である。
 その中でも、学内にいくつもある演劇部は、毎年学園祭に『同じお題』を設定し、それをもとに台本を作成。三日間に分けて演習施設を貸し切り発表会を行うのだ。
 今年のお題は『シンデレラ』。そのままの所もあり、アレンジストーリーもあり。様々な劇が繰り広げられている。その中で、『何か』が起こった……正確には、起こりかけた。
「あのまま放置すれば、役者の生徒にとりついたものにあの場が封鎖され、大変なことになっていた……そう、だよね?」
 春奈は露店で買ったチョコバナナを咥えながら、後ろを振り向く。
「そうでしょう? 『ガウェイン』さん」

 彼女の後ろには、巨漢が立っていた。それもただの巨漢ではない。全身鎧《フルプレート》で頭まで覆われたモノである。中がちゃんと詰まっているかどうか、春奈は知らない。妙なコスプレをしている学生が多いこの文化祭で、全身鎧もそれほど違和感はなかった。
 ガウェインと呼ばれたその男が、ゆっくりと口を開いた。いや、厳密には声が聞こえただけだ。顔が見えないのだから、口を動かしたかどうかは分からない。
『俺にあんな役者紛いの事をさせるとは……この場面を見られていたら、他のモノに何を言われるか、分かったものじゃない』
「まあまあ、そういきり立たないで。こっちだってあなたがいきなり教室に来られて、ビックリしたんだから」
 春奈は、その時の事を少しだけ思い出した。教室でやっている自クラスの出し物を見に来た際に、いきなり現れて『お前達の指揮官を出せ』と名乗り出た時は、周りへの対処に困ったものだ。しかもその甲冑姿は、だいぶ前……一学期の後半に1-B生徒を強襲した『甲冑騎士』に酷似していた。一瞬教室内に戦慄が走ったが、春奈が迅速に対応したおかげで騒ぎにはならなかった。
『あの怪物……お前達が『黄金郷』と呼んでいる奴には、我らも苦慮している。奴のせいで、『妖精郷《アヴァロン》』にすら幻に取り憑かれた人間が迫ってくる始末』
「なまじ有名な物語だと、そういうのが多くて困るだろうね。パチモノのグリムとは言え、人の想像力は恐るべし、って事かな……あなた達は元人間、だったのかな?」
 春奈の言葉に、ガウェインは黙る。触れてはいけない事に触れた、というような気配がする。
『……『聖杯《グレイル》』の奪取を忘れた訳ではない。それよりも重要な任務があるだけだ』
「どっちにせよ、アレは共通の敵って事でいいんだよね」
 笑みを見せる春奈に、ガウェインはやはり、何も答えない。さらに春奈は、続けざまに放つ
「そうだ、一つ聞きたいんだけど……あなたはさっき、彼女を斬り殺す事もできたよね? わざわざあたしの案にのらなくても良かったはず。何故?」
 学園のラルヴァ研究者である、語来灰児《かたらい はいじ》によると、ワンオフ『黄金郷』の生み出す劣化グリムは、基本的にグリムと同じ特性を持つと推測されるらしい。つまり、グリムを打ち消す方法も同じ……核となる人間を殺すだけで、事は済むのだ。春奈は別の解決策である「核の悩みを打ち消す」事を試み、それは無事に成功したのだが、何故それを『彼が許したか』という事が疑問として残る。
『騒ぎになれば、力を持つ人間が大挙訪れる。危険を冒す必要はない』
 ガウェインの言葉には真実味があったが、全てを言い切っていないという歯切れの悪さも含まれていた。
(騎士道精神……かな?)
 ガウェインは物語で『忠義の騎士』と呼ばれる存在。そういう事があってもいい、と春奈は少しだけ考えた。
『これ以上、お前に付き合う事もない……次に遭う時は、分かっているな?』
「聖杯《グレイル》が何を意味するかは分からないけど、あたしの生徒に手をかけたら……分かってるよね?」
 そう春奈が言った時に、もう甲冑をまとった騎士の姿は無かった。『ランスロット』の時と同じ理屈なのだろうか。周りにこちらを見ている他の人間が居なかったのはツイているのだろうか、ちゃんと狙ったのか。

「そう、生徒に手を出したら……」
 春奈の足は自然と職員室に向く。次に自分がやるべき事を見つけたような、充実した表情をしている。
「語来先生は啖呵を切ったんだし、あたしも頑張らないと……!!」
 ”現実”と”夢”、その両方を歪める怪物と彼女との戦いは、その時に始まったと言っていいだろう。


 金剛皇女記『悪魔の森』へ続く



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