【Beautiful World】 


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 恋をしました。
 みなさん聞いていますか? もう一度言います、私は恋をしました。
 ですが私はなぜ彼のことを好きになったのかわかりません。
 彼のことをいつから好きになったのか、それもわかりません。それはただ、まるで氷が解けていくように緩やかな心の変化。あることをきっかけに一緒に過ごす時間が増えて、私は彼のことを気にかけるようになりました。
 クラス委員をきめるとき、私は親友の代わりに学級委員長に立候補しました。学級委員を務めることが不可能になった親友のため、私は進んで手を挙げました。しかし、私はこのようなことをしたことがなく、いつもクラスの隅っこで目立たないように生きてきました。そうすれば誰に怒られることも、誰に疎まれることもありませんでしたから。
 それでも、私は手を挙げました。委員長なんてものを進んでやりたがる人なんてあまりいません。特に私たちのクラスはそういうことを面倒だと思う人が多いようで、私のほかに手を挙げている人はいませんでした。
 そんな私にクラスのみんなは視線を向けます。しんっと静まり返る教室で、私だけが手を挙げているのです。とても恥ずかしかったです。私はほんの少しだけ後悔しながら顔を真っ赤にして俯いてしまいました。
 しかし、そんな重たい静寂を、とても綺麗で澄んだ声が破ったのです。
「先生。僕が副委員長やります」
 それが彼でした。彼は手を挙げて担任教師にそう言いました。そうして私は委員長になり、彼が副委員長になったのです。私は安堵しました。もし怖い人や嫌な人が副委員長になって、一緒に仕事をしなければならないとなると、少し怖かったです。ですが、女の子のように柔らかい笑顔を私に向ける彼が一緒なら、少しは安心できると思いました。でも、この時はまだ異性として彼を意識したことはありませんでした。彼はどこか頼りなく、男の子にはあまり見えない人でした。
 そのほんの少し前に、私は彼に助けられたことがありました。その時は自分のことで精一杯で、あまり彼のことを気にしていませんでした。ですがこうして委員会の仕事を通し、一緒に学園生活を過ごしていくうちに、次第に私は彼に魅かれていったのです。
 正直に言えば、私は彼のことが昔は嫌いでした。私の好みは、弱い自分を護ってくれる強い男の人でした。彼はその正反対で、力弱く、いつもニコニコとしているだけで、周りの人に媚びて生きているように見えたからです。子供のように無邪気で、ガラスのように繊細な彼。いつからか私はそんな彼の弱い部分に強く引き寄せられていったのです。不思議でした。彼がいつも傷ついて帰ってきたとき、私は彼のことを抱きしめてあげたいと思っていました。
 彼への私の気持ちを伝えることなく、数ヶ月の時間が過ぎました。
  そしてやってきた文化祭の季節。
  委員長と副委員長の私と彼は、文化祭の出し物を決めるために、クラスの黒板の前に立ちました。クラスのみんなは生徒数が少ないというのにまとまりがなく、わいわいがやがやと好き勝手なことを言って私たちの言うことを聞いてくれませんでした。
 私が困惑していると、彼はなんとかクラスを纏めようとしますが、どうにもなりませんでした。どうもクラスの人たちは面倒が嫌いで、そういった行事に興味がないようでした。委員長の私が言うのもなんですが、私もそのようなクラス行事を今まで積極的にこなしたことはありませんでした。それは彼も同じで、どうしたものかとお互いに首を捻りました。
 仕方なく私たちは各々の班が好きなようにレポートを書き、それを展示するというものに決定しました。それはとても地味で、高等部最後の文化祭を飾るのに相応しくないものだと思いましたが、
「これならさ、完成させれば当日にクラスを気にすることなく学園を回れるよ」
 そう彼は言いました。その言葉に私はどきりとしてしまいました。彼と文化祭の学園を二人で回れるというのなら、クラスの出し物なんて適当でいいではないか、そう思えてしまったのです。
 私と彼は同じ班で、『自家菜園のコツ』だなんてさらに地味なレポートテーマになりました。菜園などに興味はなかったのですが、彼は嬉しそうに野菜の話やガーデニングの話までして、とても楽しそうでした。あまり彼の趣味などは知らなかったので、私にはそれがとても新鮮に思えました。
 大きな紙に、マジックで文字を書く彼の横顔を私は見つめ、とても幸せな気分になってきました。時折影のある表情をしたり、こうして子供のような笑顔になったり、彼は本当に可愛い人だと私は感じました。あまりに愛おしく、私は胸が締め付けられます。
 こんなにも私は彼のことが気になるのに、どうして想いを伝えないのか、あなたがたにはわからないでしょう。
 私の親友が彼のことを好きだったからです。
 もういない私の大切な友達。その彼女が彼のことを好きだということを、言われなくても知っていました。だから私は彼に想いを伝えることを躊躇ってしまうのです。もし伝えてしまったら、それは彼女に対しての裏切りになるんじゃないかと。
 わかっています。
 これは全て私の弱い心が生み出している言い訳に過ぎません。私の大好きな親友の彼女は、きっとそんなことで私を憎むことなんて決してありません。彼女は聖母のように優しい人でしたから。
 だからこそ、私はそんな彼女を裏切りたくないのです。
 でも、彼への想いは消すことができないのです。そんなジレンマが私を支配していきます。胸がちくちくと痛み、私は自分の胸をぎゅうっと掴みます。貧相な胸。こんな魅力の無い私を彼はそもそも見てくれるのでしょうか。
 様々な不安や焦燥で頭がいっぱいになり、私はどうしたらいいのかわからなくなってしまいます。
 そうこう悩むうちに、文化祭は当日を向かえました。
 小さな醒徒会長の挨拶と共に開かれた双葉学園の文化祭。派手な花火が空に上がり、学園中がお祭り騒ぎでとても賑やかになっていました。
 委員長の仕事を終えた私は彼を探しに学園を廻りました。とても大きな学園のため、一人の生徒を探すというのはなかなか困難です。
 待っててくれてもよかったのに――なんて、思いましたが、空気の読める人ではないことを思い出し、仕方なくとにかく探そうと中庭のほうへ向かいます。
 そこで私は彼を見つけました。
 彼は妹さんと一緒に、出店のゲーム対戦コーナーで遊んでいました。彼は見た目に似合わず負けず嫌いな性格なようで、奇妙な馬の面を被った学生とずっとゲーム対戦しているようでした。一緒にいる妹さんは深い溜息をついています。どうやら彼の行動にうんざりしているようです。仕方ありませんね。妹さんは大変です。
 まったく勝てない彼は、とうとうお店側にいちゃもんをつけ始めました。私は彼のところへ歩み寄り、頭を叩いて引っ張り出します。まったく、見ているこっちが恥ずかしいです。妹さんと目が合い、妹さんはにこりと力なく笑いました。お苦労察し致します。
 しばらく妹さんを含めて彼と三人出回っていましたが、適当に学園内を歩いていると、妹さんのクラスメイトに出くわしました。
 そのクラスメイトはカップルで、背の低い、赤いヘッドフォンを首にかけた男の子と背の高い赤毛の女の子でした。二人はとっても仲良しで、幸せそうに手と手を握っていました。私たちに見られて、赤毛の女の子は恥ずかしそうに手を振りほどこうとしていましたが、男の子のほうはぶっきらぼうな表情でぎゅっと手を握っていました。
 とても羨ましいです。
 私はちらっと彼の手を見ます。女の子よりも白く、細い指。握ったら壊れてしまうのではないかと思えるほどに綺麗です。私も彼の手をとって学園を歩きたいと思いました。ですがそんな勇気もなく、私は彼の手を見ているだけしかありませんでした。
 ですがそんな私にチャンスが廻ってきました。妹さんはそのクラスメイトたちと遊びに行ってしまい、私と彼は二人きりになってしまいました。
「ああ……行っちゃった。やっぱりあのくらいの歳になると兄と一緒に歩くのは恥ずかしいのかなぁ。ってもこれでも前よりは仲良くなってるんだけど」
 なんて彼は恥ずかしそうにぼりぼりと頭を掻いていました。私はくすりと笑い、一緒に色んな出し物を見て廻ろうと誘いました。
 私たちはまず、歩きつかれたのでちょっと休むついでに視聴覚室で行なわれている、映像研究部による映像コンクールに行きました。そこでは自主制作映画やCGによるアニメーションなどが流れており、色んな人が作った映像を楽しめました。暗く、カーテンの閉ざされた視聴覚室で、私たちはその映像を見ていました。なんだかデートで映画館に行っているような気分になります。
 しばらく映像を見ていると、妙な映画のようなものが始まりました。タイトルには『龍河様の一日』と書かれています。龍河? 確か醒徒会の広報の名前だったような気がします。しばらく見ていると、どうやら女生徒によるドキュメンタリーか何かのようでした。私なにげなしにそれを見ていましたが、なんとも言えない気持ちになりました。
 その映像を見ていて、ほとんどの生徒が途中で席を立ち、去っていきました。彼らにとってこの映像はとてもつまらないものなのでしょう。
 ですが私は違いました。
 私は涙がこぼれそうになるのを必死に押さえました。私はこの映像を撮っている女生徒の気持ちが痛いほど伝わってくるのを感じました。
 それは恋する少女の気持ち。
 周りが見えなくなるほどに、その人のことが好きなんだ、ということが胸いっぱいに伝わってきました。
 昔の人は言いました、恋をすれば世界は薔薇色に変ると。きっとその通りで、私の世界はとて素晴らしいものに変っていきました。どんなに辛い困難や、厳しい現実が目の前にあっても、彼のことを想うだけで乗り越えることができそうなほどに。
 きっとこの映像の撮影者もそうなのでしょう。
 私は彼女の想いに共感してしまいました。
「ねえ、なんだか気分悪くなってきたから外でようよ」
 彼は小声でそう呟きました。私は最後まで見ていたかったのですが、彼の顔は本当に調子が悪そうだったので、仕方なく他の生徒たちと同じように途中退場しました。
 扉を開けて、教室から廊下に出ると、
「い、いやーーー!! 反省室はいやーーー!! 助けて龍河様! 姫はここです助けて私の竜《ドラゴン》さーーーん!!」
 という悲痛な叫び声が聞こえてきました。一体何なんでしょう。
「いやあ、やっぱああいう暗いところはなんか苦手で、ちょっと息苦しくなっちゃうんだよね。ごめんね、あのドキュメンタリー映画は面白かったんだけどさ。あれなんだろう? コント?」
 彼はそう苦笑いしました。彼は確かに人が多いところが苦手なようです。私たちは気分治しに近くにあるアイス屋の出店でペパーミントのアイスを買い、食べながら再び学園を歩いて廻りました。
 私はそれから色々なクラスの出し物を見て廻りました。
 二年C組のメイド喫茶で可愛い服を見て、二年N組では謎の出し物『七の難業』というものをやっていました。それには参加せず、彼はそこにいる知り合いの背の大きな女の子に挨拶をしただけで出て行きました。それにしても大きな女の子でした。ライオンのような髪で、冬だというのに凄い薄着でした。彼女は学園内でも有名な人で、私も名前を聞いたことがありました。一体どういう関係なんだろう、彼はああいう女の子が好みなのかな、なんて想ってしまいました。嫌な女ですね私は。私は自己反省し、再び彼と一緒に歩いていきます。
 周りを見回すと、みんなカップルがやはり多いようでした。当然友達同士で廻っている人も沢山いますが、それでもこういう日は恋人同士で一緒にいたいと思うのが普通なのでしょう。
 私はどうしたらいいのでしょうか。
 私は彼のことが好きです。それは間違いありません。
 ですが、それを伝えるべきかどうか、どうしたらいいのかわからないのです。今の友達のようなこの関係はとても心地いいです。
 だけど、想いを伝えたらこの関係が壊れてしまいのではないか、そう思いどうすることもできません。親友だったあの人のこともあります。
 それに、彼が私のことをどう想っているのかがわからないのです。彼はあまり友達がいないようですが、男子も女子も特に分け隔てなく接しているようで、こうして私と歩いているのも本当にただの友達としか思っていないのかもしれません。
 私は文化祭のプログラム用紙を開き、それを見ます。
 文化祭の最後にあるキャンプファイヤー。そこで私は告白したいと思っていました。ですがやはり勇気が出ません。
 あの自主制作映画の女の子のように積極的になれればいいのに。
 何か、きっかけがあればいいのかもしれません。そうすればきっと私は――と、考えている隙に彼は沢山の女の子に囲まれていました。
「ねえちょっとそこのお兄さん。私たちの店よって来ませんか?」
「なんと今なら五百円ぽっきりですよ」
 その女の子はみんな可愛く、ふりふりのドレスを着ていました。ロリータファッションというやつでしょう。ですがその女の子たちはみんな小さく、どうみても初等部の女の子でした。事実私たちがいるのは初等部の棟で、ここは六年X組と書かれています。
 そこのクラスの出し物のようで、その教室の扉から黒いドレスを着た女の子が出てきて彼に抱きつきました。その子は黒いドレスで、ゴスロリという種類でしょう。手にはなぜか熊のぬいぐるみを抱いていました。
「ちょ、ちょっとみーちゃん。これは?」
 彼はそのゴスロリの女の子のことを知っているようで、そう彼女に呼びかけました。
「私たちのクラスの出し物ですよ先輩。ロリータ喫茶です。可愛いでしょ。ほら、まーくんもそう言ってますよ」
『そうだよみーちゃんはかわいいよー』
 女の子は熊のヌイグルミで下手な腹話術を使ってそう言いました。初等部の女の子に囲まれて、彼はなんだかデレデレしてるように見えました。私がむっとしていると、また新たな邪魔者がやってきました。
「おらおらどけどけガキ共。そこの可愛い男の子は私のものだ」
 酒臭い匂いを廊下に撒き散らし、一升瓶片手に白衣姿の女性がこちらに向かって歩いてきました。
 それは保健室のカウンセラーの先生でした。短いタイトスカートにソバージュのかかった髪。顔が真っ赤になってべろんべろんに酔っているようでした。……今日が文化祭で無礼講とはいえ、これは少し不味いのでは?
 先生は彼の首に後ろから抱き着いて彼の耳を噛んでいます。ちょっと、何してるんですか先生。彼も少しは抵抗してくれればいいのに、彼はいつも流されるままです。
「やあ少年。キミ可愛いね。あるぇ~? なんかどっかで見た顔だな~。まあいいや、そんなことよりお酌してよー。ちょうどここに喫茶店もあるんだしぃ」
「ちょ、ちょっと先生! 私たちのロリータ喫茶を私物化しないで下さい」
 そうがやがや騒ぎながらみんなは彼を連れてロリータ喫茶に入っていってしまいました。私はぽかーんっとそれを見送るしかありませんでした。
 私はとても怒れました。私を放って、幼女と年増がそんなにいいんですかね。私にはわかりません。そのままロリータ喫茶に入ってしまった彼を置いて、私はつかつかと廊下を歩きます。もう彼のこと何て知りません。私がこんなに彼のことで悩んでいるのに、彼はやっぱり私のことなんてなんとも思っていないんでしょうか。
 こうして一人で文化祭の学園を歩いていると、とてつもない孤独感に襲われました。みんなが楽しく過ごしている中で、私はどうしてこんな風に一人で歩いているんだろう、と。
 最悪です。何をしてるんですかね私。自分勝手な嫉妬で彼を置いて、そうして今後悔しているんですから。
「ちょ、ちょっと待ってよー」
 彼はそう言いながら走って私を追いかけてきました。息を乱して肩で呼吸しています。
「もう、あの人たち振り切るのに必死だったよ」
 はははと苦笑いを浮かべる彼を見て、悩んでいるのがバカらしくなってきます。私は本当に駄目だなあ。もっとしっかりしなくちゃ。
 私がしょうがないなあっと言いながら彼のほうを振り返ると、また彼の姿が消えていました。
 あれれれ? と思い、少しの間そこで待っていましたが、帰って来ませんでした。
 なぜでしょう。私が諦めてそこから離れようとした時、
「ごめんごめん、ちょっとね……」
 と言って戻ってきました。私はむっとして怒ってやろうとしましたが、彼の頬から血が出ていることに気づきました。
「ああ、これ? なんでもないよ。大丈夫」
 そう言って彼は笑いながら血拭っていました。ですがその頬には切り傷が残されています。浅いようですが心配です。何をしていたんでしょうか。
 その後再び私たちは一緒に歩きましたが、少し時間が経つと、また彼はいなくなってしまいました。
 私が目をぱちくりしながら数十分間待っていると、また彼は駆け足で戻ってきました。
「いやあ……ははは……ごめん」
 申し訳なさそうに戻ってきた彼は、今度は絆創膏を顔中に張って戻ってきました。鼻にはガーゼが張られ、とても大丈夫そうには見えません。
 そのあと何度もそういうことを繰り返し、彼は今、腕にギプスをはめて、首から包帯をぶら下げていました。大怪我です。私は彼の身体がとても心配になり、もうどこへも行かないように彼の学生服の袖をきゅっと掴みます。
「ごめんね。心配ばっかりかけちゃって……」
 彼は黙っている私にそう言いました。わかっています。彼がどうしてこんなに傷ついているのか、それを知っているのは私だけです。
 私は彼の秘密を知っています。
 彼が何と戦い、何のために戦っているのか。本当は、彼にそんな危険なことをしてほしくありません。いつ命を落とすかわからないですから。現にこうして怪我ばかりしています。
 私は彼にキャンプファイヤーのお知らせのチラシを見せます。すると、彼はとても穏やかな表情で笑い、
「楽しそうだね。一緒に参加しよっか。もうぼくもキミから離れたくはないから……」
 そう言いました。もうどこへも行かず、私とキャンプファイヤーに参加してくれると約束してくれました。私はその言葉を聞いて顔をにやけさせます。とても嬉しく、少しだけ頬が紅潮していくのが自分でもわかります。
 やがて日が暮れ始め、キャンプファイヤーの準備が行なわれていきます。
 多くの生徒がグランドに集まり、参加しようと待っていました。私たちもその大勢の人たちに紛れます。
「すごい人だかりだね。はぐれないようにしなきゃ」
 そう言いながら彼は私の手をとりました。私はどきりとして、心臓が高鳴るのを感じました。彼のほうから手を握ってくれるとは想ってもいなかったからです。
 醒徒会もこのキャンプファイヤーに協力しているようで、大掛かりに学園のグラウンドに土台が作られます。
「点火じゃ!」
 醒徒会長の掛け声と共に、実行委員の炎使いが、数名で火を起こし巨大な炎を作り出していきます。危険の無いように火を操作することもでき、大変便利です。
 すぐ隣には副会長が待機し、万が一のために備えているようでした。さっと手を合わせて火に向かって手を構えています。あれなんでしたっけ? ウルトラ水流?
 なんてことを副会長に言ったら消されそうなので、私はその大きく燃え盛る炎に視線を向けます。
 それはとても圧倒的で、その炎の煌きは夜の空を明るく照らしています。寒い外の空気も一瞬で暖かくなっていきます。
 私は白い息を吐きながら、その炎の壮大さに心奪われます。私たちは近くにある丸太の上に座り、二人で炎を眺めます。何十人かは炎を囲んでフォークダンスをしたりして、音楽と共に踊っています。
 その中には馬の仮面を被った人と、前髪で片目を隠している人と、七三メガネの人と、小さなウサ耳の女の子がいました。彼らは何故かタンゴを踊っています。とても楽しそうでした。
 私たちはフォークダンスの輪に加わらず、ただそれを二人で見つめているだけで幸せでした。
 私が目の前に視線を向けていると、ふと、自分の肩に彼の肩が触れ合いました。私はどきっとして、彼のほうを向けません。彼は私のほうへ体重をかけ、まるで寄り添うようにしていました。きっと彼も私のことを――なんて思っていると、
「ぐうぅ……」
 という寝息が聞こえてきました。どうやら彼は寝てしまって私にもたれかかっているだけのようでした。私はがっかりしましたが、それでも私の横で安心して寝ている彼を愛おしく思い、ゆっくりと起きない様に私の膝へ彼の頭を乗せました。
 膝枕だなんて、いつもなら恥ずかしくて出来ないけど、今はみんな炎に夢中で私たちのことなんて見てないから大丈夫でしょう。
 私は彼の髪の毛をさらっと撫で、彼の顔傷を見つめます。腕も怪我をしていて、とても痛そうです。
 こんなに傷ついて、誰にも知られずに戦っている彼。
 誰にも褒められず、むしろ疎まれ続けていくだけなのに、それでも彼は戦うことをやめません。
 私は心配で胸がつぶれそうになります。いつか、取り返しのつかないことになるんじゃないかって、彼がもう戻ってくることがなくなってしまうんじゃないか、と私は不安でした。でも、今こうして二人でいられることは幸せです。
 ですが、私の願いも虚しく、

「敵だ」

 そんな言葉を彼は発しました。
 彼は目を開け、立ち上がりました。私は悲しくなりました。やはりこうして平和にいられることはできないのでしょう。
「世界の歪みを感知した。行かなければならない」
 彼はふらふらと立ち上がり、無表情のままどこかへ行こうとしました。私は彼の手を掴み、行かないで、と言いました。ですが私の言葉は彼には届きません。
 今彼は、彼であって彼では無いからです。
「すまないがボクは行かなければならない。今日は歪みが大量発生している。恐らく文化祭というものに対する憎しみを持つものが多いようだ。ボクもこれで何度現れているかわからないな」
 彼は溜息交じりにそう言いました。
 やはりそうでした。
 彼が怪我をしながら何度も消えていたのは、世界を護るために戦っていたからでした。
 殺人鬼。
 死神。
 気狂いピエロ。
 怪人ジョーカー。
 人は彼のことをそんな風に呼んでいます。確かに彼の行動が正しいことかなんて誰にもわかりません。
 本当は自分勝手な論理で敵と決めつけ、倒しているだけの異常者なのかもしれません。
 それでも、彼が道化として人々の笑顔を護るために戦っていることを私は知っています。百万の人間が彼を否定しようと、私だけは彼を信じています。
 なぜなら私は彼が好きだからです。
 どうしようもなく、好きだからです。
 この狂った道化である彼も含め、私は好きだからです。
 私はふっと、握った彼の手を離し、彼の鞄を代わりに差し出します。彼はそこからとあるものを取り出しました。
 それは道化の帽子と道化のマント。
 彼はそれを着込み、黒衣の道化師へと変わりました。
 そして彼は黙って、まるで闇に溶け込むかのように姿を消しました。
 彼は行ってしまいました。高等部最後の文化祭。最後の思い出をこのキャンプファイヤーの前で過ごしたかったのですが、もうそれも叶いません。 
 ですがそれでいいのです。私はそうして世界の歪みと対峙するために立ち去った彼が好きだからです。
 弱く、可愛い彼と、強く、敵に立ち向かう彼の両方を、全て含め大好きだからです。
「……藤森くん。大好き」
 私は最後にそう呟きました。誰にも聞こえないようにこっそりと。しかし、

「その言葉は飛鳥の時に言ってあげてあげなよ。きっと喜ぶよ」

 そんな道化の声がどこからか聞こえ、私は顔を真っ赤にします。彼ではないもう一人の彼は本当に意地悪です。それを含めても大好きなんですけど。
 彼がまた戻ってきたら、今度こそ想いを伝えようと思いました。
 いいよね雨宮さん。
 私もあなたと同じように彼のことを好きなってしまいました。この気持ちを抑えることができそうにありません。許してください。
「優子ちゃん。藤森くんのことをよろしくね」
 あの日、ここではない世界で雨宮さんは私にそう言いました。私はそれを思い出し、涙が頬を伝うのがわかりました。
 でも泣いている場合じゃありません。私も頑張らないといけません。
 彼は今も世界を護るために戦っているのでしょう。
 彼が護る世界はとても厳しく、悲しいものです。私はそれをとてもよく知っています。
 ですがそれ以上に、この世界が美しいものだと知っています。
 恋する女の子にとって、世界はいつだって美しく輝くのだから。





Beautiful World―ゆうこちゃんのうつくしいせかい―

   おわり








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