【文化祭の一幕】


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  文化祭の一幕  ラノで読む


「嫌な天気ですわ」
 目顔で一瞥し、那由多由良《なゆたゆら》は呟いた。
 朝の予報では洗濯日和と出ていたはずだが、今は汚泥を吸った綿のように重たげな雲が高く連なっていた。ときおり不意打ち気味に冷たい風が吹き抜けていき、両手に持った立て看板を引き倒そうとする。寒さは感じないが、手元の看板がさらわれそうになるのだけが鬱陶しい。
「しっかりやっているか」
 後ろから声をかけられて、由良はあからさまにめんどくさそうな緩慢さで振り返った。
「大道寺《だいどうじ》……先生ですか」
「最後のほうがとってつけたような言い方にとれたが、まあいい」
「他意はありませんわ。気に入らなかったのなら謝りますけど」
 誠意のみられない淡々とした口調で返す。挑発ともとれる由良の態度だが、やんちゃな生徒もまたたく間に黙らせると恐れられている教師、大道寺《だいどうじ》功武《いさむ》も彼女の現状を慮《おもんぱか》ってか、強いて咎めたりはしなかった。それでも大道寺からため息こぼれるのは、本人もあまり役目に気が乗らないのだろう。この時間が、お互いに不用なものであることは暗黙の了解だった。
 この夏に学園の病院から脱走した患者、園部《そのべ》奈津子《なつこ》を黙って匿い、その当夜には決闘じみた戦いを行ったことが学園側に露見した。しかしすぐに担任から訓告処分を受けただけだったのが、日も過ぎた今さらになって奉仕活動という名目で処分が下ったのだ。すでに片付いていたものだと思っていた由良にとっては、この体のいい雑用を素直に受け止められるはずはない。
「俺に対してふて腐れる分には構わないが、仕事はきちんとやってもらわないとな」大道寺はそこで強調するように一度言葉を溜めた。「初等部から苦情が来ている」
「激励のひとつでもかけてくださるのかと思ってましたのに。何かと思えば、そんなことですか」
「そんなことで陳情されるこっちの立場も考えて欲しいものだが」
 ふん、と鼻を鳴らして仁王立ちのまま由良が言った。
「抱きつくし、あちこち触ってくるわ、あまつさえ脱がそうとしてくる。芥川の羅生門を思い出しました。童心を失った子供は、悪鬼羅刹《あっきらせつ》の類と同等ですわ」
 校舎の奥庭から開始の合図を知らせる空砲が聞こえ、正面の大通りから小さな人影がいくつも見えた。初等部の団体だった。
「俺から見ればどっちも子供だ。ほら仕事だ、しっかり相手してこい」
 大道寺は由良の背中を軽く押し出した。社員が新しく入ったアルバイトを励ますような仕草だった。
「ちょ、ちょっと! 急に押さないでください、ぐらぐらして覗き穴がずれますわ!」
 ふらふらとよろめいて、頭の被り物が揺れてしまうのを片手で庇う。
「いたぞ! 昨日のびゃっこだー」
「となりのクラスのやつもよんできたぞ」
「あれがうわさのボス猫か!」
「あれ、中に女いるらしいぜ」
「こんどは負けねーからな!」
「おっぱ!」
 勇敢なる小さな戦士たちの行軍が、寸前まで迫っている。とばっちりを受けないよう、大道寺は由良から離れながら訊いた。
「まるで戦争だな。大丈夫なのか?」
「ご心配なく。昨日はされるがままでしたけど、今日は下準備も根回しも万全ですわ」
 右手に持っていた立て看板を投げ捨てると、被り物の中からくぐもった声で由良が呟く。丸い手でまごまごしながらも鈴飾りにスイッチを入れた。
「にゃお……(餓鬼ども……)」
 由良の胸に頭から飛び込もうとした男子児童と、足にしがみついていた児童が、由良もとい白虎の着ぐるみの肉球へ吸い寄せられる。
「んなー!!(全員まとめて相手してやりますわ!!)」
 鈴飾りには音声変換機が備え付けられており、由良の声は内蔵マイクを通して猫語として出力される。
 畑の野菜を引き抜くように、次々と飛び掛る児童たちを辺りへ放り投げていく。前日とは違い、白虎の周囲には柔らかいマットが敷き詰められており、すぐそばの簡易テントには大学部から厚意で出向いてくれた治癒能力者《ヒーラー》たちと数名のスタッフが待機している。なかには由良と組み合う初等部の子たちと同じ年頃の子を連れている学生もいた。
「マサ、私この『お化け風喫茶店』っていうのに行きたい。ねえ聞いてるの?」
「うーん……このメイド喫茶も捨てがたい」
「お目が高いわね遠藤くん。ウチの真琴をご指名?」
「みくちゃ、お姉ちゃんは演劇が……」
 無敵の加護を得た児童らは、不屈の闘志で何度でも挑みかかる。寸胴《ずんどう》な二頭身の白虎の着ぐるみが、無表情に子供たちを千切っては投げ千切っては投げするその姿は、傍から見れば恐ろしい光景であろう。
 由良が放り投げた看板には『びゃっこと遊ぼう! ふれあい百人組み手』と、和やかなイラストが添えて書かれていた。『百人組み手』の文字の下には、『広場』の二文字が修正液で塗りつぶされた跡がうっすらと残っている。
「下準備か、なるほど考えたな」
 趣旨が変わっていれば多少は言い逃れができるな、と大道寺は聞こえるか聞こえないかの声で小さく呟いた。しかし、暴れ狂う白虎の着ぐるみを見てすぐに顔をしかめ、
「どの道、これじゃ修繕の手伝いはしなければならんだろう」
 と、気だるそうに付け加えた。
 歓声と興奮の嵐が巻き起こり、双葉学園第三通用門は開門から子供たちの明るく賑やかな悲鳴と白虎の咆哮が沸きあがっていた。

     ◆

「――しませんか?」
 唐橋《からはし》悠斗《ゆうと》にとってそれは聞き慣れない言葉で、すぐに意味を呑み込むことが難しかった。人違いだろうと、目だけを動かして周囲を見渡した。だが、悠斗と彼女の他に2年F組の教室前の廊下には、呼びかけに該当するような人はおらず、悠斗は斜めに座っていた受付の椅子から体ごとマキナに向き直った。
「だ、だから、その」隣の椅子に座ったままの彼女――森村マキナは、戸惑うように一度顔を落として「わたしと、付き合ってもらえませんか?」
 消え入りそうな声でそう言った。伏せた目はいつもと変わらず塞いだままだが、制服の襟元からのぞく白い首筋は少し火照っている。
 ふたりのいる廊下では、壁をひとつ隔てた向こうでにぎわう祭りの喧騒を抜きにしても、それは大きく聞こえた。
「へ?」
 静寂から弾き出されるようにして、やっと口に出せたのはそれだけだった。しかもちょっと上擦った声で。
「なに呆けとるかバカタレがー!」
 同時にがらっと背後の窓が開かれ、すぱーんと小気味よい音が悠斗の頭を張った。
「森村ちゃんが勇気出してせっかく誘ってくれたのに、もっとマシなリアクションができないもんかねぇ唐橋よ」
 振り向くと、教室の窓枠から身を乗り出した男が、丸めた用紙を片手にこちらを見て言った。
「鵜島《うしま》が吹き込んだのか」
 鵜島と呼ばれた男子生徒は見た目こそクラスメイトのそれだが、髪をだらしなく後ろで縛ってる姿は、指定のブレザーを着こんでいないとフリーターくらい老けて見える。鵜島は顎を引いて笑って見せ、悪びれる様子もなく話し始める。
「酷い言い草だな。ただ俺は影ながら森村ちゃんを応援してただけで、入れ知恵したのは蓬《よもぎ》さ」
 鵜島はひょいと肩をそらす。すると鵜島の後ろで隠れていた女子生徒の頭がのぞいた。悠斗とまともに目が合い、「やば」と一拍遅れて視界から逃れるようと、大学部から借りてきた大型の肌検査機《スキンチェッカー》の裏側へと回ってしまった。あれで隠れられたと思ってるのだろうか。
「いちいち隠れなくてもいいだろ……」
 悠斗がぽつりと呟き、鵜島がおかしそうに笑いを噛みしめて声をかけた。
「蓬ィ! ケツがでかくてバレバレだとよ!」
「あんだとテメェ!!」
 くわっと眉を吊り上げて目をむいた蓬が飛び出す。鵜島のほうへ同じように円筒状に丸めた用紙をひっつかみ、すぱーんと鵜島の頭上で音を立てた。その光景に悠斗は、さっき自分の頭をはたいたのも蓬だと断定した。などと思っていると、
「唐橋アンタもよ!」蓬の一振りが飛び込んできた。悠斗は窓枠から離れてそれを避け、勢い余って窓枠にぶち当たった四方木が「ぐふ」と詰まった唸り声と一緒に干された布団のように体を折った。
「鵜島が勝手に言っただけで、俺は無関係だろうが!」
「蓬さん、落ち着いてください」
「それもそうね……」
 マキナに諌められ、四方木は短めの髪を軽く振って冷静さを取り戻す。彼女はそれなりに腕の立つ感応能力者《トランサー》だが、もともと体を張る仕事が少ないため、活発な容姿と違い運動はあまり得意なほうではなかった。
「ちょっとは休んだほうがいいんじゃないのか? さっきまで能力フル稼働だったんだし」
「中等部のだったか、珍しく団体さんだったもんなあ。どこで宣伝されたのか知らんが、まったく余計なことしてくれる」
「お気遣いどーも。でも平気よ、むしろ|こっち《スキンチェッカー》の扱いで頭が痛いわ。マニュアル本が分厚い割に要点が掴めないし全然合理的じゃない」
 蓬は百科事典くらいの厚さがあるマニュアル本を持ってくると、悠斗とマキナの前に開いて見せた。辞書のようにこまごました字が羅列されてびっしりと詰まっている。
 名目上、悠斗たちのF組は『占い』を売りにしているが、その内実『占い』自体は適当で、要するに肌検査機《スキンチェッカー》の結果を待つ間の余興のようなものだ。
「『手順5が無理な場合は省いてもいいでしょう』って、『でしょう』って何よ、そんな曖昧な書き方するなっつーの。しかもこれ、マニュアルの半分が手順5の解説に割かれてるのよ。いくら仏のあたしもこれでキレずにいられようかっていやキレるに決まってるわダボが!!」
 ビターン!! と自己完結した蓬がマニュアル本を床に叩きつけた。蓬の手が小刻みにぷるぷる震えているのは、単にそれが重たかったという理由だけではないだろう。
「これ書いたヤツぜったいキツい瓶底眼鏡をかけた陰険根暗野郎だわ」
「すごい偏見だなそれ」
「見たのか?」
 鵜島が、「それは異能力を使ってか?」という意味で訊ねる。四方木は人や物から思念を読み取るタイプの異能力者だった。
「勘よ!!」
 びしっと即答した。すでに蓬のなかでは決定事項らしい。
「相当ストレス溜まってるみたいだな」
「無理もないさね。家にまでマニュアル本を持ち帰って、なんやかんやで朝飯まで忘れてきたらしい」
「蓬さん、あまり穿った見方はやめたほうが」
「マキナちゃんまでそう言う! 箸より重いもの持ったような顔して酷い!!」
「いえ、わたしはいつも働いているんですけど……」
 蓬のヒステリックがマキナにまで飛び火した。このままでは埒《らち》があかないと、悠斗は強引に話題の舵を切る。
「だーもう! 昼飯買って来る。みんな何が欲しい?」
「あたし焼きそばね。あとはたこ焼きとクレープと、それとうどん!」
「俺はなんでもいいから、適当に見繕ってくれれば助かる」
 マキナが素早く立ち上がって、つと悠斗の前へ来ると言った。
「わたしも行きます。唐橋さん一人じゃ持ちきれないでしょうから」
「サンキューな。でも、二人も穴開けていいのか」
 最後の言葉は鵜島と四方木に向かって言った。マキナの申し出は快く受けたものの、人数を割くことに不安が残った。
「もうすぐシフト交代だし、春峰さんたちも帰ってくるだろから無問題《もーまんたい》よ。ほらほら、早く行った行った」
 蓬に追い出されるようにして悠斗とマキナは教室をあとにした。マキナの歩調と合わせるようにゆっくり廊下を歩いていると、やがて活気に色めく外の様子が肌に感じられた。吹奏楽の演奏や、子供たちの無邪気な笑い声に混じって、同じくらいの生徒たちの歓声もこだまして聞こえた。ちらりとマキナの横顔を伺うと、少し俯きがちな彼女の表情は微かに嬉しそうだった。


 -了-


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