【danger zone6~黒白黒~hei bai hei~後編1】


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【danger zone6~黒白黒~hei bai hei~後篇】


 双葉島 北東港湾地帯

 岸壁の狭い緑地帯に沿った湾岸産業道路。
 コンテナトレーラーの通行と路肩で行われる台切りや荷下ろしに対応した、この一帯で最も広い道路を渡った先に広がる、双葉区工業団地。

 双葉学園を中心とした一つの区として運営されている人工島、双葉区の生活と生計を支える商工業の密集地帯。
 工業団地という名前の割りに生産設備は控えめで、倉庫や商社、双葉学園の出先機関、そして現在も拡張とインフラ整備の続いている双葉島の建設に不可欠な飯場やタコ部屋など、統一性は無いが共通性のある建築物群が集約している。
 双葉区を支える作業着労働者の働く街が、海沿いのトレーラー道路ギリギリまで詰め込まれていた。
 面積の限られた人工島にお似合いな狭っくるしい工業団地、建物の多くはトタンや薄鋼によるプレハブで作られた工場や事務所、そして外部からの物流を橋一本と制約つきの海路輸送に依存している双葉島には不可欠な各種の倉庫。
 大きさはバラバラながら建材や壁の汚さが妙に統一された建物が密度の濃い灰色の森となって、さほど広くない範囲に広がっている。
 東京湾の京浜工業地帯や大田区、品川区の物流基地と狭い海峡を経て半ば繋がった地域は、その性質と機能による必然で、風景までもがよく似ていた。

 太平洋沖から双葉島に襲来したスパイラル・ラルヴァは、島嶼北東の結界をレーザーらしき物による砲撃と体当たりによる集中攻撃で穿孔した後、回転する体を北東の結界破損箇所に捻り入れて双葉島に侵入した。

 第一陣となる三体のスパイラル・ラルヴァは入ってすぐの部分、無秩序に広がる工業団地の路地の中から通過可能な道を選び出し、低空飛行での進軍を開始した。
 低層の建物が集まる地帯だが、この飛行型ラルヴァは、高度を上げて飛び越えることをしないのか、出来ないのか、それとも思いつかないのか。
 あるいは、何らかの意図があるのかもしれない。
 このラルヴァは三宅島の観測所で捕捉されてから双葉島までの海路を、ロシアの海面滑走型航空機エクラノプランに似た低空飛行で移動してきた。

 北東結界の破損部は三体のスパイラル・ラルヴァを通過させた後、結界そのものが持つ自己修復機能で穴を塞ぎ始める。
 島の外に閉め出されたスパイラル・ラルヴァの一群は再び結界壁に体当たりし、一度縮小した結界の穴を再び抉り広げる作業を再開した。

 島内全域に展開していた双葉学園の防衛戦力、醒徒会風紀委員は、慧海の指令によって北東の海岸沿いからは後方撤退している。
 結界の外で奮闘するスパイラル・ラルヴァを余所に、トレーラー道路周辺の細長い一帯は静まりかえっていた、そのすぐ奥には工業団地。
 鬱蒼と建物が密生する灰色の森には、岸壁から後退した風紀委員達が潜んでいた。

 既に勤務者や少数の住人が島内各所にある、体育館や区民会館を兼ねた避難所《バンカー》に退避させられた工業団地、路地や建物の各所に配置されていたのは、双葉学園の風紀委員、第一班と第二班。
 通常の任務でも共同の作戦行動を取る事の多い一班と二班の委員、今回の出動でも一部混成した編成を取られていて、各委員が原則二名一組で担当する警戒区域は、重複部分を広く取っていた。

体力壮健で戦闘スキルの高い委員で構成された風紀委員会一班と二班、通称「力の一班、技の二班」と呼ばれている。
 非異能者も少なからず含まれているが、模擬戦や対ラルヴァ、対異能者戦闘の成績は異能者と比しても遜色なく、二班の班長は非異能者。
 出動任務の無い放課後は風紀委員会棟のグラウンドや体育館で訓練に明け暮れている一班と二班。
 慧海も基礎体力を鍛え直したい時には訓練に参加させてもらうが、運動生理学を熟知したメニューは洗練されている。
 彼ら彼女らは本当に人間かコイツ?と疑いたくなるような激しい身体鍛錬を日々繰り返し、やっと休憩時間が来たかと思うと皆でバレーボールしてたりする、止まったら死ぬ魚のような体力エリート達。

 スパイラル・ラルヴァを遠巻きに包囲した一班、二班の風紀委員は、男女共に作業用のジャンパーとズボンを着ていた。
 学園制服で戦闘をするわけにもいかないので、風紀委員の各班には出動服が定められているが、最も動きやすく、かつ有限の予算で数が揃う服を追求した結果、実働部隊の一班と二班が着ている出動服は、現在担当している工業団地の住人とさほど変わらない姿となった。
 二つの班で色違いながらデザインはほぼ同じハイカットスニーカーさえ、爪先と足裏に高硬度樹脂がインサートされた作業用安全靴。
 ブルーグレイの作業着上下を着た風紀委員一班と、カーキ色の作業服を着た二班は、単独やコンビでの交戦をした場合の危険性がまだ未知数の独楽の化物を相手に相互支援をしながら突撃をし、衝突の寸前で素早く退避する。
 前進しては退く、前進しては退く、果敢に前進し、勇猛に退く。
 スパイラル・ラルヴァも一班、二班の風紀委員相手に、追撃のそぶりを見せたり、間断なき接近を前にちょっとビビったり、不安定な動きを繰り返しながらも三体一列の編隊を保ち、工業団地の路地を進軍する。
 一班と二班は周囲に広がる工場や倉庫、そして双葉区の勤労者達が暮らすアパート、それらに被害を及ぼさないことを第一に、牽制、誘導に務めた。
 ヒーロー気取りで一番槍を競うような奴は、風紀委員会には居ない。

「正義のため人に害為すラルヴァと戦う」というまっすぐな情熱をもった男が居た。
 慧海の「交戦は許可しない、応援を待って包囲準備をしろ」という命令を無視した見習い風紀委員。
 戦闘区域周辺の一般住民や、支援役の非戦闘風紀委員への被害を無視して、自らの異能である閃光爆発《スタン》でラルヴァに立ち向かった男は、ラルヴァに殺される前に射殺されている。
 慧海はラルヴァではなく仲間を撃ち殺すために全力で駆け、射程距離に入るや否や一切躊躇せず撃ち殺したが、それでも二人の一般人がその男の閃光爆発《スタン》異能で死亡し、避難誘導をしていた風紀委員一人が片足と眼球を失っている。
 学園施設の警戒任務を放棄し、単独で戦闘区域に乱入した風紀委員は「ラルヴァ、俺と一対一で勝負だ!」という言葉を最期に、慧海に喉を撃ち抜かれて即死した。
 後の調査で、住民が総退避したはずの区域にはまだ数人の人間が残っていたことが判明した。
 もしも彼が閃光爆発《スタン》の能力をもう一度発動していれば、彼のすぐ近くにあったガラス窓の破片で、死者は何人か増えていただろう。
 41口径のホロウ・ポイントで延髄を打ち砕かれた男は既にその準備をしていて、異能発動の寸前だった。
 彼が立ち向かったラルヴァはといえば、双葉学園の異能者を次々と殺しているラルヴァ組織に所属していた一時雇いの斥候偵察員。
 異能による戦闘をするまでもなく、風紀委員の一隊を引き連れた慧海を前に抵抗せず武装解除と拘束を受け入れ、後にラルヴァ及び異能者の犯罪を裁く検察庁内部の部署で起訴猶予となった彼《ラルヴァ》は現在、当局の監視と更正支援を受けながら横浜で働いているらしい。
 慧海に射殺された風紀委員は、双葉区立病院で射殺体から交通事故死体に造りかえられた後、遺族に返還されたが、慧海は海に叩き落して魚の餌にでもするほうがお似合いだと思った。
 次々と新しい事件が起き、頭の切り替えの早さを求められる風紀委員長の仕事をする中、慧海は今となってはそのことを悔やんではいないが、決して看過できない問題だと思っている、訓練段階で危険な兆候を見抜きながら、その後の教育や適所配置で何とか出来るという甘い判断で処分を躊躇した結果は、戦闘を目的のひとつとする集団には不可避の犠牲をもたらした。
 戦闘区域からの避難命令と避難先での点呼を代返で誤魔化し部屋に篭っていた老人が、窓を通して襲った強烈な閃光で心臓マヒを起こして死に、双葉区の区民背番号を持っていない不法侵入のジャーナリストが、ラルヴァには傷をつけられなかった閃光爆発《スタン》で削ったビルの壁、親指の頭ほどの破片を側頭部に喰らって病院で死亡した。
 戦闘を見物に来て巻き込まれた初等部生徒たちをガラス片から庇って片目片足を失った風紀委員は、将来は僻地や高山等の辺境地域で絶滅危惧ラルヴァを保護する仕事に就きたいという夢を描いていた。
 現在も風紀委員会の通信オペレーターとして精力的に活動する彼女の義眼とチタニウムの右足を見るたび、慧海は射殺したあの男を、そして自分自身を憎んだ。
 この学園に来てから様々な人間やそれ以外の者々と触れ合い、得難い物を得ながらも、慧海の心のどこかが鈍っていたのかもしれない。
 射殺や処刑の前に上の許可や黙認を取り付け、自身やその所属する組織に累が及ばぬよう保険をかけるのは制服軍人の悪い癖。
 少なくとも、当時そのことで相談にのってくれた飯綱百は、刀身の中央に溝が彫られたクナイを掌でくるくる回しながら「生かしとく理由なんて無いんじゃないですかぁ?」と一言で断じていた。
 藜《あかざ》の忍として生まれ、現行の法など厠の張り紙ほどの意味すら為さぬ忍の掟の中で育ち、それを誇っていた百。
 己が恃《たの》む事が為に忍びの術を使った者へ成すべきことは千年前から定められている。
 委員長の立場では難しいなら、と毒流しの溝が刻まれたクナイを持って席を立とうとした百を、しばらく様子を見ようと言って止めたことは、今でも慧海の中にしこりとして残っている。
 風紀委員必修授業のひとつ、有害ラルヴァに対する身柄拘束状の交付とその執行についての講義をしていた慧海が何か聞くたび「それが正義っすから! 」「しかし正義のためっす! 」という返答をした男と、彼に銃を突きつけ「正義は命奪う者が口にしていい言葉じゃねぇ」と言った慧海、どちらも等しくゲス野郎だったのかもしれない。 


 三体のスパイラル・ラルヴァは北東部の商工業地帯を最小限の被害で通過し、一般の都市でも工場街や倉庫群と隣接しているオフィス区画に達した。
 東京都心部の基準でいえば中層、双葉区内では高層に区分されるビル群に詰め込まれているのは、北東の工業団地にあるプレハブの事務所とは毛色の違う各種企業のオフィス、工業団地の事務所で、作業着の事務員が灰色の机で帳簿に向かい、鉛筆で数字を書きこんでいる間、オフィス街ではスーツを着たビジネスマン達が白くモダンなデスクに置かれたPCの帳簿ソフトを開き、テンキーで数字を入力している。
 様々な境目は曖昧なものだが、その横に置かれたお茶は工業団地では自分で淹れた番茶か自販機の缶コーヒー、オフィス街では人に淹れて貰ったお茶か自販機の紙コップ入りコーヒーになる。
 工業団地がプレハブの繁茂したジャングルなら、オフィス街は高層建築が密生した針葉樹林帯。
 作業着の森とスーツの森、二つ違いはその場に居る人間にとっては大きく、無関係な場所でそれを俯瞰する人間にはとても小さい。
 物理的な面積の狭い双葉島、オフィス区画と呼ばれている場所もまた、均一化した高層建築物の中身は工業団地同様に統一性に乏しく、企業のオフィスや店舗である商業テナントと居住テナントが同じ場所に混在し、整然と並べられた隙間を雑然で埋めていた。
 並ぶ高層建築物の窓から洗濯物が下がってる様は香港かマカオを思わせる風景だが、ここは紛れも無く日本の東京特例区、二十三区とは断絶された特殊な東京。

 スパイラル・ラルヴァは相変わらずの低空滑走飛行で高層建築物の間を縫って進んだ。
 さっきより広く直線的で、舗装もよくなった道路で、移動速度は少し上がる。
 高層建築のオフィス街、その隙間を通る谷底か切り通しのような道路を進んでいた三機縦隊のスパイラル・ラルヴァは、突然、上空から降りてきた数人の人間に襲撃、包囲された。
 オフィス、住居兼用の二十階建てビル、その屋上から数本のロープが落ちてきたかと思ったら、あっという間にジャンプスーツ姿の風紀委員が滑り降りてきた。
 手を滑らせればただでは済まない高さを、何ひとつ躊躇することなく垂直降下してきたのは、高層建築物区域での活動を得意とする都市戦専従集団、双葉学園風紀委員第五班。
 通称レンジャー五班。
 放課後の大半を、双葉島から高速船で十五分の場所にある自衛隊習志野駐屯所で過ごす、オレンジの自動車整備用ツナギにハーネスを巻いた風紀委員。
 レンジャー五班は全員が二十回以上のパラシュート降下と高高度降下《HALO》を経験していて、ロープとカラビナだけで五十mのビルから一分以内に垂直降下《ラペリング》ができる。
 習志野自衛隊駐屯地の総監は風紀委員第五班の精強さに感心し、正規のレンジャー胸章は授与できないが、基地で売ってるレプリカのレンジャー徽章を自腹で購入し全員にプレゼントした。
 双葉学園制服のブレザーとチェックのスカートには不似合いな、胸のレンジャー章と腰のカラビナは、風紀委員会レンジャー五班の誇り。
 五班は通常、軍用と登山用を併用したハーネスや降下具を使用するが、シンプルながら確実なカラビナひとつで窮地を脱したレンジャーは多い。
 ロープ一本のみで降下する技術を習得しているレンジャーも、カラビナがひとつあるだけで降下速度や安定性は飛躍的に向上し、その差は生死の境となって現れる。
 五班の訓練内容は習志野第一空挺団での自衛隊レンジャー訓練を基礎としているが、市街戦にかけては世界一といわれるアメリカ海軍特殊部隊SEALSの訓練メニューも取り入れられていて、岩やコンクリート壁に電動で穴を掘るピトンやガラス壁のビルを登攀する高圧吸盤等、SEALS高層戦闘キットの使用にも熟練している。
 無論、レンジャーには異能者も在籍していて、彼らは事故時のサポートや異能による支援攻撃など、各々の特技に合わせた役割を担っている。

 五班には双葉学園を卒業したら自衛隊のレンジャーに来ないかと誘われていて、そうしようと思ってる人間も少なからず居るらしい。
 その内の何人かは、学業で自衛隊に入れる成績を挙げて望み通りになるのかもしれない、何人かはカタギの道に進めるだけのオツムに恵まれず、異能関係者《オチコボレ》養成学府の双葉大学にでも進むのかもしれない

 レンジャー五班は元々、風紀委員会の中でも大所帯な班だったが、去年から都市戦闘、市街戦を担当するパラ・レンジャー五班と、高山や僻地での戦闘を行うマウンテン・レンジャー八班に分かれた、後者の八班は一年の多くを丹沢やアルプス、そして富士山近辺での訓練に費やし、双葉島に帰ってくるのは月に数日、今も八班は北海道の大雪山で山岳ラルヴァ「ユキオトコ」からアルパイン式登山の技術を学んでいる。

 慧海が風紀委員長になってから、だいぶ構成をいじくった風紀委員会の各班は生徒や職員から「ほとんど軍隊じゃねーか」と言われることも多い。
 ラルヴァを"殺す"ことを正課の一部とする学園、ラルヴァとの戦闘に専従し、ラルヴァより危険な異能者の暴走を抑制すべき集団に必要なのは、一撃でラルヴァや異能者を滅する単独の超ヒーローや超兵器ではなく、戦力の不足や過剰を柔軟に補充循環できて、物事を常に複数の脳で判断できる群れ
 いかに強力な能力であろうと、それが一人の判断によって動くことほど危険なものはない、その一人が欠損したら破綻するようでは戦力にはなりえないし、異能犯罪者やラルヴァの処断は私刑というもうひとつの犯罪となる。
 心身を鍛えた風紀委員にさえ過酷な累、それを背負うのは自分自身だけで充分と慧海は思っていた。
 当然、撹乱やピンポイント的な迎撃等、単独で動かしたほうが効率がいい時には迷わずそうするが、それに足る人材を数えれば双葉学園全体でも片手の指で足りる。
 風紀委員会を統括する生徒課長が新しい校舎が二~三棟建つくらいの学園予算を費やし、慧海の戦友である幇緑林を招聘したのは、慧海自身が気づいていなかった任の重さを分け合うため。
 それに、双葉学園がラルヴァ、あるいは人間に対してやってることは軍隊よりえげつないし、風紀委員は軍隊ほど品行はよろしくない。
 双葉学園の異能者と軍隊の異なる所は、民意と議会によって論を尽くした後に殺しを行うか、政府や学園の上層部が恣意と密謀で決定する有害ラルヴァ、あるいは犯罪異能者という分別に従って殺しを行うかの違い。
 双葉学園には家族をラルヴァに殺された者も居るが、その内の何人かは同じ悲しみを繰り返さないためという言葉の元、誰かの親や子、あるいは友人や群れの同属であるラルヴァを殺し、悲しみを与える側に回っている。
 ラルヴァだから、敵だから、異能者だから、言い訳を重ねたところで命奪う者の業からは逃れられない。

 スパイラル・ラルヴァはレンジャー五班の波状攻撃を受けつつオフィス街を通過した。
 建築物や設備、何より島民への被害を最小に保つという、撃退より困難ながら決して陽の当たらない任務を風紀委員は粛々と遂行した。
 このオフィス街に隣接している区域は三つ、一つはついさっきスパイラル・ラルヴァが通過した北東工業団地、もう一つは区民のベッドタウンとなっている戸建住宅地域、そして最後の一つは島の中心部の広い面積を占める、この人工島で最も大きな設備。
 レンジャー五班は、最も危険な島民居住区での交戦を避けるべくスパイラル・ラルヴァの進路を阻み、この場所に誘導するという任務を完了した。
 彼らは物も言わず、各々の待機区域、ビルの屋上へと散る、既に結界を打通し、工業団地内を進行しているという連絡の入った第二陣のラルヴァが通過する時に備えて、ラペリングと部隊行動の準備を整えながら待つ。

 商工業とオフィス街、建物と人口の密集した地帯を素通りしたスパイラル・ラルヴァの一群は、風紀委員の連携によって双葉島の中心、双葉学園の敷地に誘導させられた。

 学園内では、風紀委員第三班、機械科三班が待ち構えていた。
 工業高校の専科と間違えそうな名前の班、機械科の専門分野は建設用重機を転用した戦闘ロボットや砲戦装備の運用、そして火器異能者を備え、軍隊でいえば機甲師団に相当する重武器専従班。
 攻撃力は強力なれど装備の運搬と設営、そして敵勢力の攻撃に対しては脆いそれらを守るための部隊展開に時間がかかるため、迎撃や陣地戦を主任務とする部隊。
 彼らの出動服もまた作業服、胸に双葉学園機械科と縫い取りがされた薄緑のジャンパーとズボンは本土における高校の工業科、機械科学生の実習姿と見分けがつかないし、本土で他校の学生に混じって諸々の技術や資格を取得する機会の多い彼らにとって、目立つことは何の特にもならない。
 軽装で機動力を有する一班や二班、そしてレンジャーが先制攻撃や誘導を受け持ち、重武装攻撃は機械科三班が担当する。
 機械科が銃砲によって行う、子供番組ならば華々しいシーンになるであろう戦闘の多くは、ラルヴァと充分な距離を取った地点で数値を入力しスイッチを入れるだけの作業だが、それはスパイラル・ラルヴァを学園敷地に誘導し、大規模攻撃を行うため不可欠な生徒の避難を実行した他の風紀委員のみならず、学園の生徒や職員、避難に協力した区民、なにより異能もラルヴァも知らぬ一般人が本土で平穏を守るべく日々繰り返す戦いの中のほんの一部。
「段取り八分仕事二分」は職人の世界に昔から伝わる言葉、ひとつの結果を支える膨大な積み重ねから逃れられる仕事は、この世に存在しない。

 各班の連携で双葉学園のグラウンドに追い立てられたスパイラル・ラルヴァに、自衛隊で型遅れの余剰兵器となったため双葉学園の風紀委員会機械科三班に貸与された、カール・グスタフ無反動砲の照準が合わせられた。

 軍隊に準拠した身体技術や武器操法を数ヶ月の速成で習得し、人死にや不具者も出るラルヴァや異能者との実戦に投入される、風紀委員を始めとした双葉学園の生徒達。
 まだ十代の学生が生ける者を敵とし、命を奪い血を被る、それは日本が久しく忘れていたこと、そして交戦状態の国における日常。
 ベトナム戦争において多大な犠牲を出した十五万人のアメリカ軍将兵、戦力投入のピーク時、海兵隊兵士の平均年齢は十九歳だった。
 ラルヴァという未知に触れた各国、特に先進国と呼ばれていた国々は既に人道の仮面を脱ぎ捨て、若者達、そしてただ生きているだけの人外生物のの屍を積み上げ、見境いなく見苦しく生き延びようとしている。
 秘密裏に行われる有害ラルヴァの捕獲拘束や処分は、然るべき許可を得ていれば何ら罰を受けるものではない。
 時代や社会によって許された殺戮は、いずれ歴史に裁かれる。


 双葉島海風公園

 ビートルズの歌から拝借するなら、フール・オン・ザ・ヒルとでもいうんだろうか。
 双葉島がラルヴァの侵入を受け、あちこちで混乱や衝突が起きる中、外敵撃退の現場における最高指揮権を有する風紀委員長、山口・デリンジャー・慧海と、本日をもって風紀委員会の"代貸し"に就任した幇緑林《パン ルーリン》、その相棒である馬型《スティード》ラルヴァの紅髭《ホンホー》は、山とも丘ともつかぬ起伏の頂上に居た。
 慧海達が居た海風公園は、人工的に作られた島ゆえに自然環境の美観を重視した双葉区が、島の数箇所に作った緑豊かな公園のうちのひとつ。
 遊具や売店の類が無い替わりに、本土から運ばれた土と石で河原や石積みが築かれた小川が流れ、盛り土に植樹した築山まである。
 観測装置がいかに進化しようと、目視確認の重要性は変わらない、そして見晴らしのいい自然物はしばしば、建築物よりも良好な監視哨となる。
 幇緑林は自らが赴く双葉学園の地理環境について事前調査した時、建物の配置や道路網より先に、それらが建つ平坦な人工島の僅かな高低差について確認した。
 それは今まで幇の戦場となった場所、ケベックやニューヨーク、ゴビ砂漠や南極大陸でも同じで、標高差の熟知は最も強い武器となった。
 自然と人工の混ざり合った築山の頂きは、実戦を熟知した指揮官の在る場として相応しく、高い所の好きな馬鹿《フール》二人の居場所にもお似合いだった、どっちも似たようなもの。
 スパイラル・ラルヴァの侵入と会敵の報告が続々と入る中、双葉学園風紀委員会代行の幇緑林《パン ルーリン》は騎乗しているスティード・ラルヴァ紅髭《ホンホー》を停止させていた。
 幇の役目は風紀委員長を補い、不在を埋める代行、慧海や逢洲の指示によって動く立場である彼女は馬上で微動だにせず、沈黙のまま慧海の指示を待っている。
 風紀委員長の山口・デリンジャー・慧海は幇の後ろ、革鞍の上にアグラをかきながら先ほど読んだ報告書、風紀委員会の電子戦専従班十六課が収集したスパイラル・ラルヴァの資料を頭の中でもう一度整理していた。
 ノルウェーの異能者機関が北極圏ナルヴィクでスパイラル・ラルヴァと会敵した時の報告によると、クローンかコピーのように同一の物体が次々と現れるスパイラル・ラルヴァには母艦に相当する大型種が居て、量産種を各個撃破しつつ、大型種への攻撃で制御系統を破壊することによって、スパイラル・ラルヴァの撃退に成功したとある。
 風邪の治し方と変わらない、解熱鎮痛剤で対症療法をしつつ、抗生物質を注射して風邪菌そのものを減衰させる。
 対症療法と根治、どっちかだけでもカゼは直るこた直るんだが、それで悠長に家で寝ている内に職場から自分の席が無くなり、双葉学園は上物が無くなる。
 各個撃破と母艦の撃沈、どちらが欠けてもスパイラル・ラルヴァの早期鎮圧は不可能で、敗退より危険な長期化は、関東圏で唯一の大規模ラルヴァ対抗機関、その機能停止、あるいは壊滅を意味する。
 無論、日本の政府は戦略の初歩中の初歩である機能分散を忘れるほど愚かではなく、異能者の学園は全国に数箇所あるが、相互交流や協力関係はまだ乏しい。
 警視庁と県警、自衛隊の各方面隊、同じ業種の地方官庁同士で交流の豊かなものがあるならこっちが教えてほしいぐらいだが。

 既に北東区域の結界を破壊し、侵入を開始したスパイラル・ラルヴァに対しての防戦は順調に進んでいた。
 スパイラル・ラルヴァの本隊が結集している南岸は、厚い結界がもちこたえていたため、まだ侵入や交戦は開始されていないが、南は風紀委員長の逢洲等華が弁慶の如き磐石の守りを固めている、弁慶の傍らで木刀を担いだままのんびりと突っ立っている牛若丸は、見習い風紀委員の神楽二礼。

 慧海は風紀委員長専用モデルの電子生徒手帳を開き、双葉島各所で行われている交戦の状況を確認しながら、別ウインドでスパイラル・ラルヴァの生態について書かれた資料を読み、先ほどの島内一周で脳内に収集した視覚情報と組み合わせていた。
 電子生徒手帳を閉じた慧海は、耳に挟んだ骨伝導カナル無線機を起動させると、今回の風紀委員治安出動の司令塔となっている生徒課長、都治倉喜久子を呼び出し、短い通信を送る、前置き無しの一言。

「デカブツを墜とす」

 通信機の向こうでは、モニターの前で双葉区内限定ネットの文字掲示板「フタバチャンネル」に張り付いていた生徒課長の都治倉喜久子が「ひゃん? 」と声を上げる。
 ラルヴァによる双葉島襲撃事件の実況スレでレスを連打した挙句、"自称関係者"呼ばわりされてムキムキしていた喜久子は、頭を慧海との通信に切り替え、ノートPCの前に貼り付いてた体を渾身の力で引き剥がす。
 仕事や上司の目、食事や宅急便、おトイレなど、あらゆる外部介入を以ってしても等しく全ての人間にとって離れることが不可能なチャット状態のスレを意思の力で閉じるという、常人に理解しうる範囲を超越した自制心を発揮した双葉学園生徒課長、都治倉喜久子。
 無論「俺悪いけど弁護士だからおまえらニートと違って忙しいんだバーカバーカ、釣られるおまいらおもしれーwwww」とレスするのを忘れない。
 ちょっぴり涙目になった喜久子のヘッドセットから、通信相手の都合をこれっぽっちも考えない慧海の声が聞こえてくる。

「風紀委員《へいたい》共にはくれぐれも、今の持ち場を離れるなつっとけ、全域警戒を崩すな、攻撃より周辺被害の防止と逐一の報告を優先させろ」

 既に全風紀委員によって遂行されている内容の再確認だったが、喜久子は念のためメモを取るべくボールペンをノックし、何か紙切れを探す。

「じゃあ、ホウキ連中を先行離陸させろ、位置は追って伝えるから全速で南に飛ばすんだ、島の守りは逢洲と巫女ちんが居るから心配いらない、巻き添えが出ないように南岸周辺からの住民退避をもう一度徹底しろ、遊撃の百はアップが終わり次第、あたしが動かす段取りを整える」

 対策本部となった生徒課事務室にはメモに使える紙が見当たらなかったので、掌に伝言を書きながら喜久子は復唱する。

「はいは~い♪ フォワードが慧海さんと幇さん、ミッドフィールダーが百ちゃん、バックスが一号二号と5レンジャーさん達で、キーパーが逢洲さんと二礼ちゃん、サポーターが魔女さんですね」

 喜久子は、幇という相棒を得てますます頼もしくなった、双葉学園の守護神に心の中でエールを送るべく、グっと拳を握り締めた
掌に書いたメモが手汗で消えた。
 各選手のポジションくらいなら覚えていられるお利口さんでよかった。

 丘の上の慧海が対ラルヴァ治安出動の対策本部長、都治倉喜久子との通信を終えたとたん、慧海の骨伝導カナル無線機にコールが入った。

「デンジャー、わたしだ」

 聞き間違いようのない声、双葉学園醒徒会長の藤神門御鈴、双葉学園敷地内における最強設定、最高位設定の中核キャラクター。

「生徒と区民の避難は完了した、それで、だ…わたしはおまえなどどうでもいいのだが、その、白虎がな、デンジャーの助太刀をしたいと言っておって、それでわたしも、今からそっちに行っても…」

 慧海は右手に装填したデリンジャーを持ったまま、左手の指先でカナル無線機をつけた耳を掻いた。
 耳の後ろにつけた骨伝導カナル無線機のジョグダイヤル式着信スイッチを切った、聞こえていた御鈴の声と醒徒会室のざわめきが唐突に消える。
 特定の合言葉で作動するハンズフリー音声反応スイッチより、手動操作のほうが作動速度が幾分速い。
 醒徒会長からの通信をこちら側の操作で強引に切った後、指先でダイヤルを回して発信スイッチを入れる、発信先は着信履歴の一番上。

 「この馬鹿! 」

 慧海は御鈴の耳から血が出るほどの勢いで怒鳴りつけた、鼓膜でなく内耳と骨伝導で聴くカナル無線機、体内に響き渡る声に御鈴はその場で飛び上がる。

 戦時、特に首都での交戦時、その防衛を担う実戦指揮官は、指揮系統では上位にある将軍や、時に国家元首さえもを一喝する権限を持つ。
 それは当初より指揮官の任務の一つとして教育されるもの、上位者は権力者なれど神の視点や知略を持っているわけではない、そして戦場では生存に必要な技術と戦力を掌握する者こそが、人の生き死にを司る神となる。

「王様が前線で銃持ったらその国はお終いだ! チビすけテメェは黙って避難者と被害状況の再確認をしてろ! それが戦闘より大事だってことくらいわかんだろ? 」

 ラルヴァや異能者を相手にした島内での戦闘、住民の避難が完全に行われていなかったがための犠牲者は過去に何人も出ている。

「…おまえら醒徒会の人間を損失したら双葉学園が沈む、戦闘は死んだら取り替えりゃいいあたしらの仕事だ、醒徒会はすっこんでろ! フラフラ出歩いて統制を乱す奴は、撃つ」

 通信機からの短い沈黙。
 醒徒会長の藤神門御鈴は、慧海より年下の十三歳ながら、状況や各々の職分把握については慧海よりしっかりしていて、慧海ほど短慮ではなかった。
 慧海がいくら強ぶったとしても、所詮董卓の呂布、西郷の龍馬、ルーデルやシモ・ヘイヘが戦闘に勝てても戦争を止められなかったように、双葉学園内において、その世界全体に対する強さでは醒徒会には及ばない。

「…わかった…エミ…早く終わらせて帰ってこい…おまえはわたしの必殺技ビャッコバスターでぶちのめさなきゃならないんだからな」

 双葉学園の本分は殺したラルヴァの首を競うことではなく、一般人の生命と財産を守り、平穏と安寧を望むラルヴァを守ることにある。
 それについて御鈴は慧海よりもずっと理解していた、ただ、慧海もそれをわかっているのかを確かめたかった、慧海自身もまた、御鈴にとってかけがえのない命だということを。
 御鈴は時々、他の風紀委員と同じく危険に身を晒している慧海一人だけが、このまま帰ってこなくなるという予感に駆られることがある。
 醒徒会長の義務や仕事を曲げて慧海を危険から遠ざけることは許されない、第一慧海自身が認めないだろう。
 でも、それでも確かめたかった。
 戦うことを義務とする双葉学園、その中で最も死に近い位置に立つ風紀委員。
 生きて帰る約束が叶わぬなら、ただ、慧海の言葉が聞きたかった、今は触れることができぬなら、生きている慧海を感じたかった。
 わたしの慧海はそこに居る。

 慧海はキキキと笑って「オーケイ…ミスズ…」とだけ答え、通信を一旦切ると、合言葉で発信先を選択する音声スイッチで、別の人間を呼び出した。

「あ、早瀬か? あたしだ、届け物の用があるから、北東工業団地の装備部第三別室まで飛んで来い、何、北東は戦闘の真っ最中? そんなこと気にしてっとハゲるぞ、二分で来い」

 馬上の慧海は通信を切った後、、自分を後ろに乗せてスティード・ラルヴァ紅髭《ホンホー》を騎する風紀委員会代行、幇緑林に短い指示を送った。

「ルー、南だ」

 幇緑林は、自分の背に捕まる慧海、いつも姉にいじめられて自分の後ろに隠れていた小さな慧海が、双葉学園全体、そして自分自身を指揮する将となったのを聞き、ずっと腰に回したまま放そうとしない慧海の小さな手を軽く撫でた。
 もしも二人揃って今日を生き延びて無事に帰れたなら、その時は慧海の蜂蜜色に輝く髪を充分に撫でてやろうと思った。
 きっと慧海は初めて会った時となにも変わらず、目を細めて嬉しそうに喉を鳴らすに違いない。
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