【danger zone6~黒白黒~hei bai hei~後編2】



 双葉学園南西海岸 フタバビーチ

 幇緑林は慧海の道案内に従って紅髭を駆り、車やバイクを上回る速度で島のメインストリートを南下した。
 南岸沿いの沿岸道路に突き当たって右に曲がり少し走ると、風景は東京、川崎の工業地帯に似たものから湘南か千葉のシーサイドに近いものになる。
 埋立地とメガフロートによって形成された実験的なハイブリット人工島、双葉島。
 東京湾の中に作られ、海上の人工島ながら周囲のどこを見ても、狭い海の向こうには陸地と湾岸地帯が見える、湾内の島。
 唯一、視界が開けているのは南西の海岸、左奥に遠く霞む富津岬と右側の観音岬灯台、閉めようにも閉まらぬ門のような湾口の向こうには、太平洋の海が広がっている。
 東京湾という半閉鎖的な地理条件を以って異能者を囲い込むために作られた双葉島、牢獄の窓ともいえる唯一の広く見晴らしのいい海辺は、人工的な砂浜となっていた。
 双葉区の自然教育施設となっている人工砂浜は、学園の異能実習にも用いられる、異能の安定した発動における基本中の基本である体力作り、そのための走り込みを行うのに、走りにほどよく負荷がかかり、かつアスファルトのように足や膝を痛めない砂浜は最適だった。
 合成で作られたホウ砂質の砂は関東周辺の海水浴場よりずっと純度が高く衛生的で、押し寄せる海水も浄化装置のおかげで澄み渡っている。
砂に混じったゴミで足を切ったり、海草屑や漂着する魚の死骸の生臭さ、フナムシが肌を這う感触を味わったりする、自然教育に最も重要な、不衛生や不快感への免疫を養うという要素は抜け落ちていた。
 それでも、このフタバビーチは肩の力を抜いて遊ぶにはいい場所で、夏には海水浴客で混みあい、冬もウェットスーツを着て泳ぐ根性者があちこちに居る。
 慧海も夏には風紀委員の連中とよくビーチバレーやスキンダイビングをした、幸い、半分入った日本人の血のおかげで純粋な白人ほど陽光に弱くない。
 そして、こういうところにはかならず居るカップル、昼間でもあちこちで肩を寄せ合い、夜ともなればもう、凄いことになる。
 秋から冬になろうという季節、カップルは避難命令で追い払われ、替わって仲良く馬に二人乗りした気楽者《フール》がやってきた。

 双葉島の南西沿岸に到着した慧海と幇緑林、紅髭は、フタバビーチの砂浜越しに、遠く太平洋を臨む。


 双葉島南埠頭

 風紀委員長の逢洲等華は色々と未練を残したまま、木刀を下げた神楽二礼を従えて双葉島南端の船着場に立った。
 海に囲まれた双葉島の海運を司る南埠頭、取扱貨物量に対して規模や面積が足りてないため、通常は昼夜を問わず貨物の揚げ降ろしが行われているパースやドック、コンテナヤードは静まり返っている。
 既にスパイラル・ラルヴァの主力による侵攻が予想される南埠頭近辺では、風紀委員会第九班によって住人および勤務者の避難が徹底されていた。
 第九班は異能を有する動物及びビースト・ラルヴァと共に活動する班で、ビーストラルヴァ自身もまた多く在籍している。
 米軍の軍用犬部隊および米国各州警察の警察犬チームで同一名称の部隊K-9は、犬《キャナイン》 の語呂合わせと言われるが、風紀委員会第九班は、その語源だけでなくハンドラーとビーストの固い信頼関係もまた共通している。
 九班に所属し、異能を発揮しているビーストラルヴァの中には高い知能を有し、ハンドラーに依らず独自の活動をしている班員も居て、
双葉学園の活動に賛意を示す者、ラルヴァの人間社会馴化プログラムで本土での仕事を世話してもらいながらうまくいかず、双葉学園に舞い戻って何となく働いている者もあり、様々だったが、皆等しく慧海の風紀委員会入会審査を通過した強健な心身の持ち主。
 南埠頭近辺の避難命令を無視して部屋に引きこもっていた者や、避難所を抜け出してきた子供達はビースト達の能力で嗅ぎ出され、丁重かつ速やかに退避させられた。

 守りの主力として小ぢんまりしたヨットマリーナに立つ逢洲等華は、今にも結界を破壊しそうな勢いのスパイラル・ラルヴァの大群や、カナル無線機から入る双葉島各所での会敵報告も上の空の様子で、遠くの一点を見つめていた。
 作ってはみたもののセイリングなどという高尚な趣味に縁の無い人間の多い双葉島、停泊させるヨットも無くガラ空きのヨットマリーナには、幇緑林の専用寮となるスカラブの150フィート級クルーザーが今週末に入港する。
 防戦のため、南埠頭の中でも見通しの良いマリーナを選定した逢洲、遠くには埠頭の端を接した南西のフタバビーチで仲睦まじく騎乗している幇と慧海が見える。

「…やっぱり幇の背中、ひろ~い」
「相変わらず慧海は甘えんぼさんだな、しっかり掴まってないと振り落とされるぞ」
「だいじょうぶ、幇はいつだってあたしを助けにきてくれるから…えいっ!ここに掴まっちゃえ!」
「あッ…こらぁ慧海っ、悪いコにはおしおきだ、こいつぅ!」
「やぁん!幇ったらぁ」

 慧海が怒鳴り飛ばしたにも係わらずふらふら出歩き、いつのまにか逢洲の背後に立っていた紫穏が、無駄にうまいモノマネで囁く、たぶん事実無根の即興一人芝居。
 逢洲は二礼が後ずさるほどの邪悪な怒りに包まれた。

「あんちくしょう…憎しみで人が殺せたら…この怒りどこかにぶつけねば収まらん…来いラルヴァよ! 一体余さず斬り捨ててくれよう」
「逢洲委員長、それ八つ当たりっす」
「八つ当たりで悪いか! 」

 神楽二礼が盗み見た逢洲の顔は、怒ってると思いきや今にも泣きそう。
 神楽には「ずるいの~! などかもいっしょにおうまさんのるの~! 」と、地面に転がって両手足をバタバタさせる逢洲風紀委員長が見えた気がした。

 風紀委員長の脅し程度では動じない双葉学園の醒徒会、手で触れた物の性能を飛躍的に向上させる異能を持った加賀杜紫穏、双葉学園の基幹となる醒徒会役員の無防備な外出は危険だが、紫穏は慧海とは度量とか視野の広さとか、何より肝っ玉の太さが違う。
 もしかして紫穏は、異能よりもヤバい方法で、守りの要である逢洲の能力をブーストさせるために出てきたのかもしれない。
 人間の生存本能に根ざしていると言われる異能の力、傷つきやすく抑えの効かない乙女心は異能よりずっと強い。

 逢洲の異能は確定予測であって、彼女の武器である刀には何ら異能はない、理屈から言えば中上級ラルヴァを倒すことは出来ないはずだが、まだ研究が始まって日の浅いラルヴァの生態、異能の利権を守るため意図的なバイアスのかかったラルヴァの学術的知識が、いかに実戦では役に立たないかを、逢洲は己が双剣で倒したラルヴァの山で証明している、その隣には、同じく神降ろしの異能を持ちながら木刀でラルヴァをどつく外道巫女。
 慧海がスカウトしたり、志願者を選別、訓練した風紀委員見習いが次々と正式な風紀委員に任命される中で、それより早く風紀委員会に入った神楽二礼は、いまだに風紀委員見習いのまま。
 そして逢洲は、島の南岸で守りの要としてスパイラル・ラルヴァの主力群と対峙すると知った時、一部隊を引き連れるより二礼一人を選んだ。
 神楽二礼は見習いとして風紀委員会に在る、それは彼女の実力を何ら損なうものではない。

 フタバビーチの慧海は、母艦撃墜に向かう前にひと仕事済ませるべく、骨伝導カナル無線機で双葉学園の教師、春奈・クラウディア・クラウディウスを呼び出した。

「おい、ヤスリ」

 人にアダ名をつけ、その内容の全てがことごとく失礼な内容になるという慧海の特技が発揮された、温和な春奈せんせーでなければ無線機から手が伸びてきて首でも絞められてるだろう。

 春奈と慧海は学年やクラスが違うので日常での面識は無いが、日常じゃない事態で何度か顔を合わせたことがあった。
 初対面は慧海が双葉学園に編入する少し前、春奈が彼女の母校でもある英国の異能者機関"ガーデン"を所用で訪れていた時。
 偶然、イギリス陸軍異能者部隊SAAS(スペシャル・エア・アツィルト・サービス)との共同演習でヘリフォード基地に居た慧海が、資料借りの使い走りでガーデンまで来ていた。
 司書の仕事を手伝っていた春奈に対し欧州《EUCOM》の異能関係者と折衝を行うアメリカ政府異能者機関の代表参事でもあった慧海は意外な事にとても丁寧な態度で、春奈の胸に下がったネームプレートを一瞥した後、握手の手を差し出しながら挨拶を述べた。

「ナイストゥミーチュー、ミ《・》セ《・》ス《・》クラウディウス」

 慧海は体格や体型、顔つきでなく個人差の顕れない首の皮膚や耳の形で年齢を判別していて、拙い英語力でそれに相応した言葉を選んだ。
 少なくとも、慧海自身覚えてない初対面の一言で心に銃撃を喰らった春奈にとって、いまさら少々失礼なアダ名をつけられたところで痛くもなかった。え~そうよどーせあたしなんて…。

 彼女の能力名はダイヤモンド・プリンセス、異能の内容な高度な知覚能力、能力範囲内におけるラルヴァおよび異能者との精神同調を始め、その能力は計り知れない。
 デリンジャーを首から吊るチェーン以外のアクセサリーに興味をもたない慧海にとって"ダイヤモンド"とは、自宅のガレージに転がってる切削性に優れたヤスリだった、あとは世界のダイヤモンド流通を取り仕切るデ・ビアス社くらいで、慧海はそっちには係わったことがない。
 ダイヤモンド・ヤスリは鋼のヤスリより高価いがタングステン・カーバイドのヤスリや研磨チップより安い、しかしニコルソン等の良質なスウェーデン鋼のヤスリよりは安くて手ごろな工具《ツール》。
 大きい百均に行けば売っていて、慧海は車のアルミシリンダーを面研したり銃の製造番号を削り落としたりする時に、使い捨て気分で手荒く使える工具として愛用している。
 彼女をヤスリと呼ぶ本当の理由、やたら切削製のいいヤスリで体の出っ張りを丁寧に削り落したような体型をしているという事については、まだ話していない。
 少なくとも慧海は、女らしい体型に関しては自分が一歩リードしているという、根拠の無い自信を抱いていた、五十歩百歩どころか百歩百十歩な話。

「聞いての通りだ、あんた自慢の覗き魔能力で学園内を泳いでるラルヴァの位置を観測して、百のオペレートを頼む」

 春奈はまだ使用に慣れないカナル無線機を付け直した、落っことす、慌てて拾いながら耳にかける部分の値段シールが貼りっぱなしだということに気づいた、これ二千円もしないのか、剥がして付け直す、おっけー。

「わかったわ山口さん、ラルヴァの場所はもう把握してるから、これから飯綱百さんに、攻撃優先度の選定と各個撃退の指示をします」

 内容は複座戦闘機の後方でレーダー観測と標的選別を行うバックシーターに加え、母艦のCICまでもを兼ねる高度なもの、前席のパイロット、そして戦闘機の役割を果たすのは全距離攻撃の異能者、飯綱百。

 春奈の異能である精神同調能力をリミッター無しで使用すれば、一切の機材を用いることなく百に意思や情報を伝えることは出来たが、慧海はその伝達に骨伝導カナル無線機と電子生徒手帳のデータリンクを使うよう指示した。
 ラルヴァの位置と移動状況は、島の全域に配置された風紀委員によって逐一報告されていたが、慧海は春奈の異能「ダイヤモンド・プリンセス」を信じ、同じく信頼している飯綱百の管制に関しては、実戦証明《バトルプルーフ》されている骨伝導カナル無線機の使用が最善と判断した。
 それらには予備を用意する、春奈の予備は無線機と電子生徒手帳によるデータリンク網、百の予備は慧海。
 大事な事だから二回言いました、という古《いにしえ》の名言にあるように、重要な装備、特に伝達経路は常に二つ以上用意するのは慧海が居た海兵隊のみならず人命に係わる現場の常識で、人命が係わらなくともキチンとした職場には整えられているもの。
 機械は最悪のタイミングを選んで壊れる、そして人間のメンタルに頼った異能は、非日常の現場ではもっと壊れやすい。
 慧海が今まで知ってる範囲では、初めてラルヴァとの戦闘を経験した時、訓練通りに異能を発動できた奴は五人に一人も居ない 
 異能、あるいはテクノロジーが壊れた時、退場《リタイヤ》すればいいのはレースやスポーツ、あるいは走って逃げればいい街の喧嘩。
 ラルヴァや異能者と戦う場では人生をリタイヤさせられる、本人が死ぬのは勝手だが巻き添えを食う側はたまらない。

 慧海は新人風紀委員の育成を担当するに当たって、各々の異能が使えなくなったとき、また武器や装備を無くした時の訓練を最も重要視している。
 少なくとも慧海は万能の異能や最強の武器それのみに頼りきり、それを失った時の任務遂行力を持たぬ人間に風紀委員の赤い腕章を与えない。
 無論、慧海自身も弾丸を発動させる左手を拘束具で固定したり、銃器を一切身に付けない状態での模擬戦を、海兵隊時代から繰り返していた。
 銃を持たぬ慧海をナメてかかって、幇緑林直伝の蹴りや拳、そこら辺に落ちてた棒切れや石ころ、そしてカンザス大学フットボールチームのクォーターバックをストップさせたこともあるショルダーチャージで一撃を食らった奴は山ほど居る。
 それに関しては、慧海が飯綱百から教えを受けることも多かった、百は手近にある物を何でも利用して、鋼を以って根源を塞き止める異能停止能力を発動させることを得意としていた。
 そして、自らの異能が使えない時にそれ以外の方法で異能者やラルヴァを制圧するのはもっと得意だった。
 慧海や幇緑林、そして百が喪失することで誰かに遅れを取る能力があるとすれば、それは戦意《ファイト》という最強の武器。

 春奈はカナル無線機を通して飯綱百に話しかけた。

「飯綱さん、聞こえますか、春奈です、現状で島内に侵入したスパイラルラルヴァは九体、この数は時間と共に増えると思って、第一陣、第二陣は風紀委員さん達が学園敷地内に追い込んだから、飯綱さんには島の西部で迷走している三体を追尾、他の委員さん達と協力して撃退して欲しいの…できる?」

 島内のどこに急行するにも最も有利な位置にある、道路配置上の中心位置、双葉電鉄学園駅のロータリーにのんびりと寝転がり、柔軟体操をしていた百は、眠そうな半目を開き、もっと眠そうな声で返答する。

「わかりました~、ヤス…春奈せんせー、ま《・》ず《・》三体ですね」

 風紀委員会の迎撃機《インターセプター》としては、ちょっと脱力しそうな声、対策本部に居た春奈は少し不安になる。
 ロータリー中心の緑地帯で、お昼寝でも始めそうな顔で待機していた百、通信を行いながら変わっていく表情、あらゆる感情を吸い込み、命さえも吸い込むような百の瞳を見たならば、多分逆の意味で不安になる。
 戦闘の対象のみならず、それを目撃した一般人さえも生かしては帰さぬ忍びの貌《かお》を、百は手拭いの頭巾と口から下を覆う覆面で隠した。
 春奈は指定した三体のラルヴァまでの進路をナヴィゲートしようとしたが、戸隠流忍者の飯綱百に道案内は不要だった。
 画面に表示される、百の動きを示す点は、道路や線路、建物など無視し、ほぼ一直線にスパイラル・ラルヴァの現在地に向かって移動している。
 屋根を飛び河を越え木々の枝を渡り、空を歩く。
 忍びの道は人の道にあらず。
 春奈が百にラルヴァの移動状況を伝えると同時に、学園各所の風紀委員からはラルヴァの現在地と現況の目視確認報告が続々と入ってきている。
 それらの情報もまた、指揮系統の頂点である喜久子の元に集約され、慧海と幇や逢洲、そして迎撃者である百のカナル無線機にも伝達された。
 ニ系統の情報は、その収集ルートによってズレや誤差があったが、二つの情報は往々にして、そのいずれとも異なる事実を明らかにさせる。
 誤差や差異の大小それ自体が、追跡者にとっては移動速度や行動の規則性を読む重要な情報となる。
 現在スパイラル・ラルヴァの侵入を受けている双葉島各所に配備されている風紀委員から、また幾つかの情報が入電した。

「こちら束司、双葉町駅前さつき商店街の西でラルヴァを三体視認したわ、第六班の警備区域に向かうみたいね」
「聖です、六班エリアのラルヴァが四体に増えました…訂正、ラルヴァは三体、あとひとつは、七機の百ちゃんです」

どう見てもラルヴァにしか見えない灰色の影、かつて優秀な狙撃手だったシャープシューター聖風華の異能に劣らぬ能力は、射手の動態視力と深視力。
 狙撃手は銃で撃つ前に視線で撃つ、聖風華はかつて自身の異能として用いていた無風の弾丸を撃てる能力ではどうにもならない、弾道を曲折させる幾多の因子を瞬時に見抜くことができた。
 赤いラルヴァと共に空を飛ぶ、色違いのラルヴァのように見えた濃灰色の影は、侵入したラルヴァを追尾する風紀委員の飯綱百。
 人ならざる道を己が力で拓いていく忍びの走り、まるで飛行するラルヴァと共に空を飛んでいるかのような姿は、孤高なる者の強さ、そして美しささえ感じる。
 長身巨乳だが、アマガミの桜井梨穂子に似たぽっちゃり体型の飯綱百、普段はおっとりした彼女が、ラルヴァを前に獅子と化した様は、他の風紀委員達を驚かせた。
 百が今より少し昔、慧海と初めて出会った時、空を飛んでラルヴァを撃つ慧海を見た時の感動には及ばない。

 百と慧海が最初に会った時、まだ十五歳の中学三年生だった百は実家のある長野県で飛行型ラルヴァ"麒麟"に襲われ、瀕死の重傷を負っていた。
 双葉学園入学前の百は、異能の発動方法にまだ未熟ながら、当時"麒麟"による連続殺人を解決するため双葉学園に雇われていた海兵隊員、十四歳の慧海に助けられるまで、ほぼ丸腰で五体の麒麟を倒している。
 慧海が倒すまでに弾丸八発を費やした麒麟が、廃材の鉄骨を喰らってコンクリの壁に縫いとめられ絶命してる様を見た学園の首脳部は、強力な根源堰止能力者、飯綱百のスカウトと入学後の便宜を決定した。
 慧海と都治倉喜久子が拉致同然の入学をさせようとする上層部を"説得"し、性急な勧誘はせず飯綱百が自分自身の意思で双葉学園への入学を決めるまで待たせたおかげで、発足間もなく政治的地盤の緩い双葉学園は、千年の歴史を持ち現政権との係わりも深い忍びの組織との負け喧嘩をせずに済んだ。

 スパイラル・ラルヴァとそれに追従する飯綱百は、ラルヴァとの交戦をすれば被害の出る商店街を抜け、建築中の建物が並ぶ宅地開発地域へと移動した。
 強力なラルヴァと一対一で対峙するなら学園敷地内に何箇所かある、広く開けた運動場や公園、一人で複数を相手にするなら、隠れる場の多くある建築物密集地帯。
 その開発区画の工事関係者は既に退避していて、対策本部と醒徒会のデータでは、現在無人となっている。
 事前に教えられていた情報を百はもういちど生徒課長と春奈に確認し、更に自分自身の目で確かめ、その上で無人ではない状況もありうる前提で動いた。
 慧海の教え通り、一人対多数の戦闘を仕掛けるのに最適な区域までラルヴァを追い立てた百は、忍び服の懐から鋼の忍具を抜いた。
 既に慧海から随時の戦闘開始を許可されていた、その口火を切ったのは百の感覚と判断、それから、路地の先に見えたもうひとつの因子。

 外出禁止令が敷かれた校内、それでも禁を破って出歩く奴が居るのは異能の対ラルヴァ戦も、国同士の市街戦も変わらない。
 避難状況を確認する区民総背番号データにも、代返や、点呼者への付け届けと引き換えのお目こぼしなど、いくらでも抜け道はある。
 日本国内での活動は初めてのスパイラル・ラルヴァの映像をスクープしようとしていた双葉学園報道部の連中の前に、スパイラルラルヴァが現れた。
 彼らが狭い路地の行き止まりに来るのを待ち構えていたかのように現れ、レーザー、じゃなくて光る礫を発射しようとする。
 絶体絶命と思われた瞬間、濃灰色の陰が報道部員の前を横切る、次の瞬間、巨大なスパイラルラルヴァが五メートルほどフっ飛んだ。
 スパイラルラルヴァの回転軸、その外縁に打ち込まれた十字手裏剣。
 命中率や貫通性が棒手裏剣より大幅に劣ることから、忍者小説の中だけの架空武器とされた十字手裏剣、しかし実戦では常に最良の投擲姿勢を取れるとは限らない、不安定な姿勢からでも放てる十字手裏剣は、投げ刃の間合いより近い距離の相手に叩きつけるのには最適の武器だった。
 回転しながら飛ぶ十字手裏剣は、棒手裏剣やクナイでは到底不可能な、広範囲で不規則な傷を相手に刻む。
 十文字の刃で肉を毟り骨を削る酷い傷をつけられれば、大概の人間はそれが致命傷ではなくとも、痛みと外傷ショックで戦意を喪失する。
 実戦で負傷のショックから戦意をほんの少し翳らせた能力値9の人間は、地獄の道連れ覚悟で向かってくる能力値1マイナスの人間にあっさり殺される、それは戦闘力のみならず発動する異能も同じこと。
 それに百が常に持っている小瓶に詰まったテトロドトキシン系の毒液を塗布すればどうなるかは言うまでもない。
 その使い分けは、現代の火器における貫通力重視のフルメタルジャケットと人体効果重視のダムダム弾といった区分へと受け継がれている。
 やはり創作の中で誇張された弾丸と呼ばれるダムダム弾もまた、実用性を疑う声や国際的な陸戦協定による禁止を余所に、戦場では盛んに使われている。

 百の祖母、忍術の師匠でもある藜里の忍び頭が剃刀メーカーのジレット社に特注した刃物材を元に成型した、極薄の手裏剣、ほんの2gほどの鋼が、独楽の回転を停止させる。
 強力な根源堰止能力による回転の急停止で反動《カウンタートルク》を発生させたスパイラル・ラルヴァは回転エネルギーの行き場を失い、位置エネルギーを暴走させたスパイラル・ラルヴァは、忍びの見えない手で投げ飛ばされたように壁に激突した。
 一秒の何分の一かの間を置いて、忍びの武器である両刃の短剣、クナイが吹っ飛んだラルヴァの回転軸の頂点に突き立てられる。
 スパイラル・ラルヴァは自壊し、無数のブロックとなって分解消滅した。

「藜流打剣術《あかざりゅうだけんじゅつ》、獅子嚇《ししおどし》」

 一応、特撮ヒーローのように技名を言うのも忘れない、武道における残心の一環、それに、これで実家が営んでいる忍術教室への入門希望者が増えるかもしれない。
 ラルヴァと高技能異能者との戦いを始めて目の当たりにした報道部員は腰を抜かしながらも、震える手でカメラを取り出そうとしたが、百はスパイラル・ラルヴァが自壊を始める頃には姿を消していた。

 日本庭園の鹿嚇し、湧き水を受けた竹筒が上下する様から得た、振り下ろしと返しのアクションである振り上げで二連射の攻撃を放つ百の必殺技、獅子嚇。
 片手の指で挟んだ二つの得物を時間差のニ連射で撃つ。
 理屈ではすぐに思いつく単純な投擲攻撃だったが、実際、人間の筋肉構造や制御能力は、往復での連射が出来る作りにはなっていない。
 それを可能としたのは、あらゆる自然物の動きを取り入れる忍びの術と、数百年の時を経た人工物である鹿嚇しの動きを模倣した百の想像力。
 筋肉の力を主に振り下ろすのではなく、腕の重心が肘から手へと動く様をイメージし、投擲物を持った腕を落とす、筋力はあくまでもアシスト。
 手裏剣と共に重心を投げ捨てたイメージで腕を上げ、重力が上下から前後に移動する様をイメージする。
 鹿嚇しの切り先から水の雫が滴り落ちるように、ごく自然に前方のラルヴァへとクナイを落っことした。
 地球の万有引力を我が物にするイメージが可能となったのは、慧海と共に出撃した宇宙空間で行った、無重力下での対ラルヴァ戦闘。
 NASA出張で百独自の二連続斬撃、獅子嚇の抜刀術を完成させた後も、百は模擬戦やイメージトレーニングで術の研鑚を怠っていなかった。
 小太刀の間合いでは抜刀術、打ち刃の間合いでは手裏剣やクナイ、長身な体が描くアルファベットの動きは、慧海との模擬戦で、体の理想的な動きは必ずアルファベットの24文字いずれかに当てはまるという持論を持つ慧海自身から盗んだ。
 春奈の精神同調能力は、ラルヴァ一体の活動停止を感知する、一拍遅れて目の前のディスプレイでラルヴァの位置を示していたレーダーの輝点《プリップ》が消える。
 春奈は骨伝導カナル無線機を起動させ、もう一体の位置を伝えようとしたが、百は既にそのラルヴァの位置まで一直線に駆けていた。
 全無線機で聞こえるオープン回線で通知されるスパイラル・ラルヴァの位置情報は双葉島各所の風紀委員から、百のカナル無線機に続々と入っていた。
 それだけでは百は動かない、風紀委員からの通報と春奈の精神同調能力による位置補足情報、二つのルートからの要素が揃うまで待つ。
 百はそれに従って、春奈から無線連絡、あるいは予備回線である精神同調によるテレパス通信が来るのを待っていたが、百には二つ揃えなくとも動ける、例外的な判断基準があった。
 ビルの隙間に一瞬見えた赤い反射光。
 自分自身の目で見た物に最も重きをおく百は、二体目のラルヴァが居るであろうビルの向こう側に出るべく、鉤爪のついた縄を肩の上で回し、ビル三階の手摺りに向かって放り投げた。
 またしても、レーダーの地図には人ならざる者の移動軌道が描かれる。
 根源力探知と島内各所のカメラ、データリンクした衛星画像の情報を複合して、ラルヴァと異能者の現在位置を示すレーダー。
 直線的に移動するラルヴァの横から、百の位置を示す白い輝点が接近したかと思うと、ラルヴァの輝点が赤から青へと色を変える。
 根源力を失い、ただの機械となったことを示すレーダー画像は一瞬青く光った後に消滅し、飯綱百が二機目のスパイラルラルヴァを根源停止の後、完全に破壊したことを表示した。

 特定の通話相手に向けたクローズ回線ではなく、同じチャンネルにあわせた人間全員に届くオープン通信で、風紀委員達の間に百の声が響いた。

「もしもし、七機《ゼロセブン》の百です、このくるくるラルヴァの止め方がわかりました、回転の中心軸、その頂点に横から異能攻撃を加えてください、異能ナシでも思いっきりやれば壊れます、中心軸の誤差は、え~と、2ミリぐらいかな、外すと凄く怒っちゃうので気をつけて」

 「こちら第六班《ゼロシックス》、了解」「レンジャー五班《ゼロファイ》、了解《レンジャー》」

 飯綱百は、電子十三課から慧海経由で送られてきたスパイラル・ラルヴァの情報、要点を邦訳された北極圏ナルヴィクでの交戦記録に出ていたスパイラル・ラルヴァの停止分解方法を、一通り試した。
 物凄く大きいドリルをブチこむ、とかの実行不可能な物はともかく、それらの方法の大半は、北極圏とは気候も条件も異なり、地磁気も大幅に違う日本に出現した、ノルウェーに出てきたスパイラル・ラルヴァと同一かどうかも怪しいスパイラル・ラルヴァには通用しなかったが、そのうちの一つが「当たり」だったらしい、二体を撃墜し、二度確かめた百は、三体目の追尾捕捉をしながら他の風紀委員に伝達した。

 飯綱百の機動七班での認識番号は七番、席次は七番目だが風紀委員としては特別に、逢洲と慧海、そして外部の専門家による近距離、中長距離の集中的な特訓を受けていて、日本に来るに先駆けて双葉学園風紀委員のデータを見た幇緑林も、百に会いたがっていた。
 日々の激しい訓練をこなしている百は、最近しきりに休みを欲しがる、何日か休暇を貰って里帰りをしたいらしい。
 百の故郷である藜の忍び里に行けば、訓練にも制約の多い双葉学園では難しい、生命に危険が及ぶような熾烈な修行が出来る。
 高度なチューンを施した車が乗り手しかわからない声で、更に強力なエンジンや足回りを欲するように、彼女は力を望んだ。
 十六歳の飯綱百は体力と成長の黄金期にあった。
 百を鍛え、その成長を見守る慧海にとって飯綱百は風紀委員会の部下であり、また、慧海が思い描く、自分が近い将来なりたい姿だった。
 少なくとも慧海は、あたしはまだ成長中、あと数年のうちにはモモみたいなばいんばい~んになれると信じてる、もう発育の止まってしまったアイスがかわいそうだとも。
 バカじゃねぇの。

 さっきから遠くで響いていた、運動会の太鼓のような音が一旦消えたことに百は気づいた。
 学園敷地内の広大なグラウンドに追いたてられたニ編隊六体のスパイラル・ラルヴァを相手に、情報待ちをしながら忍耐強く牽制砲撃をしていた重武装集団の機械科三班が、百が肉弾戦で得た情報をきっかけに攻撃を開始したらしい。
 百は僅かな無音と空白の後で聞こえてきた、樵《きこり》が木を切るような連続音に微笑む。
 あのやたら尾を曳く音は、三班がお得意の精密狙撃をしているに違いない、確か三班はこないだ、警視庁の銃器専従班からその操作技術と共に頂戴した対物狙撃銃《エレファント・ガン》で銃剣格闘をして遊んでてブッ壊してしまい、今は大口径狙撃銃を装備していなかった。
 きっとあれは。山口いいんちょーが風紀委員室のロッカーに鍵もかけず放り込んでいるバレット五十口径ライフルを、三班のひとたちが勝手に持ち出したに違いない。
 いいんちょーが帰ってきて、ランエボが新車で買える代金を払ったっていう新品のライフルが、発砲済みの中古品になってたら泣くかな。
 きっと涙目になったいいんちょーはまた機嫌直すまで三班の人たちにいいコいいコされるんだろうな、その時はわたしもナデナデしてあげよう、と思った。

 双葉学園第三総合棟最上階にある、生徒科職員が煙草やサボリの時間を過ごすティーラウンジを占拠した、臨時のラルヴァ侵攻対策本部指令室。
 春奈と喜久子の前にはいくつものモニターが並んでいる。
 ちょっと見にはアニメに出てくるオペレーションルームみたいな外見だが、モニターは喜久子がタダでかき集めたTFT液晶の型遅れ品。
 古いモニターはPCの自作とかやってる奴にこまめに声をかけていれば、「いいよ、何枚?」って具合に貰えたりする。
 二人とそれを補佐するスタッフは三機編隊のうち二機を破壊されたスパイラル・ラルヴァを示す輝点《プリップ》と、それを追尾する機動七班の飯綱百を示す輝点を見つめていた。
 追尾する百と死に物狂いで逃げているラルヴァ、一対一の戦闘となった百はうまく戦闘による周辺被害を抑えられる、双葉学園の広いグラウンドに追い立てている。
 百が性急に攻撃を仕掛けず、こちら側に有利な位置まで追い込んだのは、一対一がそうでなくなる不測事態を見越してのこと。

 飯綱百は廃墟の中を駆けていた。
 一九九九年のラルヴァ大量発生を受けて作られた双葉島と双葉学園、全体的に新しい島内の建築物の中には、早くもお役御免となった物もある。
 政府内の異能者機関が全国からかき集めた異能の子供、その受け入れには追いつかない双葉島と双葉学園の工事の中で急造された旧校舎。
 プレハブと鉄筋コンクリが混ざり合った突貫作業の校舎は、潮風対策をしていなかったため錆びの進行したプレハブと、法改正で使用不可となったため大量の不良在庫となった海砂コンクリを買い叩き、文字通りの水増しとケチった鉄筋で建てた旧校舎。
 その後すぐに新校舎が出来てからは、施工したその年の内に壁があちこちひび割れた旧校舎は早々に引き払われ、倉庫や市街戦訓練場となった新しい廃墟は取り壊しを待つ身だった。

 春奈からの位置情報を受け、旧校舎区画の中を逃げ回るスパイラル・ラルヴァ、それをしつこく追跡する百。
 棒手裏剣と十字手裏剣を組み合わせた牽制攻撃でスパイラル・ラルヴァを誘導していた百は、一対一の戦闘に有利な学園のグラウンドに達した後も追跡を続行した。
 防戦する側にとっては広く開けていて支援攻撃が受けやすく、侵攻する側にとっては自身の姿が丸見えとなる、百にとって有利な芝生のグラウンドを素通りし、狭い中に崩れやすい廃墟が詰め込まれた、追う側には不利な旧校舎区画に達するまで追跡と威嚇攻撃を続行する。
 旧校舎のひとつである大きなコンクリむき出しの廃墟へと追い立て、上へ上へと追い上げ、写真現像に使っていたという窓の無い一室へと追い詰める。

 対策本部では、本部長の都治倉喜久子とオペレーターの春奈が、モニターを見つめていた。
 侵攻が開始されてからもうすぐ一時間、二人とも対策本部にあった四角いカップやきそばを食べながら観戦している、喜久子は大盛り、春奈は麺玉がふたつ入った超大盛り、マヨネーズつき。
 喜久子は以前、同じように対策本部長になった時、カップラーメンを食べながら作戦指揮を行ってキーボードにスープをブチまけ、電算課より作戦活動中のカップラーメン禁止を言い渡されている。
 一応、カップやきそばも作戦室内での湯切りは禁止されていたので、長丁場になりそうな作戦指揮と観戦に備えて給湯室で二人分のやきそばを作ってきた。
春奈は喜久子がうっかり流しにブチまけた後、こっそり麺を拾い集めたカップやきそばに温泉卵とマヨネーズを落とし、うまそうに食べながら百のサポートを行っている。

「さすが百ちゃん、あっというまにラス1ですね」

 喜久子がヤキソバを頬張りながら感嘆の声を発した次の瞬間、百の位置を示す点とほぼ重なる位置にある、スパイラル・ラルヴァを示す赤い輝点が、二つに増えた。
 !
 喜久子はカップやきそばで液晶画面を汚した。

「二体…このラルヴァは分裂増殖するの?」

根源力探知というまだ研究中の原理を運用したレーダーはしばしば作動の時間的ズレやエラーを起こす、二つの輝点はまだ赤のまま

 レーダーよりも正確な捕捉を可能とする春奈は黙ってモニターに視線を落としながら、自らの精神同調能力が伝えてくるものに耳を傾けている。

「いえ…」

 春奈の顔は蒼白だった、口からはやきそばが垂れている。

「スパイラル・ラルヴァは飯綱さんの攻撃でたった今…真っ二つになりました…」

 飯綱百は既に、スパイラル・ラルヴァを周辺被害を防止しつつ確実に制圧することに加え、希少なスパイラル・ラルヴァの標本を確保することを視野に入れて行動していた。
 スパイラル・ラルヴァを確実に破壊できるグラウンドでの交戦を避け、閉じ込めるのに最適ながら人的被害を抑えられる廃校舎に追い詰めたのはそのため。
 既に自壊させた二体とは別に、原型を留めたまま活動停止をしたスパイラル・ラルヴァがあれば、研究や分析は大幅に進む。
 それらの資料が時に攻撃より重要な武器となることは、ノルウェーの異能者機関が収集した情報に頼った今回の治安出動でも明らか。
 外部外国の異能者機関にスパイラル・ラルヴァの研究データを提供すれば、その貸しはいずれ大きな利息と共に返ってくる。

 廃校舎の分厚い壁に囲まれた一室にスパイラル・ラルヴァを追い込んだ後、一旦戸口の前で壁に背を向けた百は、背中から一尺四寸の小太刀を音もなく抜刀した。
 ラルヴァの回転する勢いで閉まった薄いベニアのドアに耳を当て、音と反響から大体の位置を推測した後、草鞋履きの足で蹴り開けて室内にエントリーする。
 狭い密室に追い込まれたスパイラル・ラルヴァ、この知能があるのかさえわからない独楽に防戦の態勢を整える暇を与えず、銀の輝きを抱いた灰色の影が飛び込んでくる、床を無視して壁と天井を走るような忍びの動き。
 百は片手で摘むように握っていた小太刀を、学生の鉛筆回しのような動きでクルリと指で回し、車の板バネを削り出して作った小太刀の峰をスパイラル・ラルヴァの脳天に叩き込んだ。

 この無機物集積型ラルヴァが根源を停止させられ、その要となる回転軸の破壊に反応して自身を構成する無機物の結合を分解させる前に、百の小太刀で両断すれば、自壊分解させることなく停止させられる。
 スパイラル・ラルヴァを原型のまま殺せる。
 高品質ながら量産にはコストがかかりすぎる故に生産中止となったガーバーのハイスピード・ナイフに似た素材と製法の、クロムメッキ仕上げを施した板バネ削り出しの小太刀が軌跡を描く。
 刀身を回転させる太刀筋、円の下端で刀を返して二の太刀で斬り上げる、回転を停止させたスパイラル・ラルヴァが自壊する暇を与えぬ斬撃、アルファベットのQを描くクロムの輝き。
 百にとって峰打ちは不殺の剣術ではない、対象を"破壊"する上で切断《カット》ではなく打撃《パンチ》が有効と判断した時には、峰で叩き砕く。
 峰撃ちでスパイラル・ラルヴァの頭頂部を壊し回転を止めた百は、そのまま小太刀を舞わせ、スパイラル・ラルヴァを鋭い刃で斬り上げた。
 フォロースルーには力を入れないというバッティングの原則に従い、手首の柔軟を保ちながら、無機質のラルヴァに板バネの小太刀を鞭のように食い込ませ、この大きな独楽を出来る限り原型を保ったまま、逆袈裟掛けに両断した。

 四角いカップの底に貼りついたキャベツを箸でつまみながらモニターを注視している喜久子の無線機にコールが入った。

「あの~機動七班《ゼロセブン》の百ですが、こっちのお仕事終わっちゃったんで、あっち手伝ってきていいですか~」

二つに増えたラルヴァを示していた輝点は、レーダーから消えた。



【danger zone6~黒白黒~hei bai hei~後篇】おわり
終編につづく
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  • 山口・デリンジャー・慧海

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最終更新:2009年12月06日 01:19
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