【時計仕掛けのメフィストフェレス Re-Turn 第一話後編 2】


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「先輩の、その……それも、そういうのを生み出せるのか?」
「いいや」
 先輩はかぶりを振る。
「あれを生み出せる固体があると聞いたが、私のアールマティにはそれは出来ない。それに……」
「それに?」
「時計仕掛けの悪魔しかアレを作れないという訳ではない。むしろ逆だ。時計仕掛けの悪魔にも作れる、と言った方が正しいかもしれないな。
 あれはアールマティ達……時計仕掛けの天使/悪魔を生み出す計画の副産物と聞いている」
「かつて、人に仇なす化け物・怪異たちに対抗するために、魔術や錬金術、科学などを駆使して対魔兵装を作り出す計画が持ち上がったと聞いている」
「永劫機計画(プロジェクト・アイオニオン)……怪異を討つ為の人造の天使と悪魔。鋼の体を持つ、模造品だ」
 天使と悪魔の模造……。
 それは、あの発条仕掛けの森で、悪魔を名乗る少女、メフィが言った言葉じゃなかったか。
 自分は模造品だ、と。
「懐中時計を核として、人と契約し、巨大な力を操る人造の魔物――だが、欠陥が多かった。そしてそれは、十二体の完成品を生みだした所で、計画は凍結し破棄されたと言われている」
「欠陥……?」
「ああ。時計仕掛けの獣を見て判らないか?
 そう、時計仕掛けの天使、悪魔もまた……人の時間をその動力として稼動するのだ」
「……!」
「使い手の……操奏者の時間を食らい、力とする。使えば使う程その使い手の残り時間は費やされる。有体に言うと、寿命が短くなる」
「な……」
 先輩は、そんなものを使っているのか!?
「案ずるな。抜け道はいくつかある。そう、燃費は悪いが、倒した敵の時間を永劫機への生贄へと捧げるという手段もある。
 ……最も、それは生物である事が条件だが」
 生物である事が条件。
 ……つまり、あの時計仕掛けの獣を倒しても、その抜け道にはならない、ということか……?
 じゃあ、あの晩……先輩は俺の為に自分の時間を……。
 それに、今回だって、先生が来なければ……。
 先輩は、俺の為に自分の寿命を……。
「気にするな。これは私の、私たちの責務であり、そして自分が選んだ道なんだ。刃持てぬ者、抗う術持たぬ者たちの為に、我が心身を刃と化し敵を討ち、人々を守る。
 誰に強制された訳でもない、自分が選んだ道だ。から君がそう気に病むことは無いぞ。……君はいい子だな、時坂祥吾くん。私は君を守れた事を誇り
に思うよ。誇らせてくれ」
「そ、そんな……事、ないです」
 恥ずかしい。
 自分の身勝手で……俺は先輩に頼り、大きな代償を払わせる所だったんだ。そして先輩はそんな俺を責めようともしない。
 こういう人だから、戦えるんだろうな、きっと。
「さて、他にも幾つかある」
 先生が言う。
「人造の天使、悪魔であるから……そこには人格が存在する。機械のナビゲーションシステムやAIどこではない、確固とした人格、いや霊格とでも言うべきか。人造の機械人形でありながら、彼女たちは生きているのだ。自らの意思を持つ武器など、恐ろしくて実用に使えない……という判断だろうな。その点、鶴祁は上手くやっているようだが」
「ええ。彼女は私にとって大切な相棒です」
「だが上はそうは判断しなかった。兵器にとって必要なのはあくまでも安全に運用できる仕様であり、使い手に代償とリスクを背負わせるような欠陥品を正式に量産させる訳にはいかない……ゆえに、計画は凍結された。それが表向きだ」
「表向き……?」
「実は俺もよくは知らないが、いろいろと説はある。
 そのひとつが……計画の中途で生み出された、時計仕掛けの獣の暴走」
「それによって危険性が指摘され、中止に追い込まれた……そしてその獣達は世に解き放たれた。12体の永劫機、それの媒介たる懐中時計も……また同じく世に解き放たれた……という、説がある。それが何処まで事実かは知らないが……それでも、お前が教われたように、それは世に存在している」
「……」
「噂では自己増殖機能までついているらしい。鉄屑、ガラクタから自己を複製して増殖する……厄介だな」
「だから私たちは虱潰しに探して倒していくしかない。大本をてれば一番なのだがね」
「そう。だから俺たちは、時計仕掛けの悪魔を探している。かつて計画凍結された時に世に散らばった12の永劫機を。
 ……時坂、お前に心当たりはないか?」
「え? 俺……?」
「ああ。二度もお前は時計仕掛けの獣に襲われた。なら、接点があるのではないか、とふと思ったんだが」
 それは……。
 俺の脳裏にフラッシュバックする光景。
 発条仕掛けの森。
 そこに住む、悪魔の模造品を名乗る少女。
 メフィストフェレス。
「……いえ、心当たりないです」
 俺は。
 そう、言っていた。
 心当たりはある。確かにある。だが……それを言うのは、なぜか躊躇われた。
「そう、か。すまんな、変な事を聞いて」
「いえ、役に立てなくてすみません。でも何かあったら、俺何でも手伝います」
「そうだな。その時は頼むとしようか」
「はい」
「じゃあ、俺は彼女を送ってくるよ」
 そう言って先生は、島田の姉を背負う。
 こういう時、教師という肩書きはものすごく便利だな。俺と先輩は、は先生たちの姿が遠くなるまで見送る。
「……君も大変だったな」
「いえ、先輩たちほどじゃ」
「では言い直そう。お互い大変だな」
「……ですね」
「では私も帰るが……送らなくていいか?」
「そこまで面倒かけられません。っていうか、女の人に送ってもらうってのも情けないっていうか」
「そうか」
 先輩は笑う。
「いかんな、私は真面目すぎて心配りが足りない。先生からもよく言われるよ」
「吾妻先生は……時々すごく不真面目というか軽いというかそんな風になるからなあ……時々よく判らなくなる」
「確かに」
 俺たちは笑いあう。
「……では、もう心配もなさそうだな。また明後日にでも、学校で会おう、祥吾くん」
「はい、先輩」
 そして俺は、先輩の後姿を見送る。
 その姿が消えた後、俺は家路へと急いだ。

かなり遅くなってしまった。よく見たら、もう日付は変わっている。家の明かりもついてない、もう一観は寝ているだろう。
 俺は起こさないように鍵を開け、家に入る。
 そのまま自室へとこっそりと行き、そしてベッドに身を投げ出す。全身を心地よい疲労感が包む。
「――ふぅ」
 ため息ひとつ。本当に疲れた。
 疲れて……。


 ふと気がつけば、再び俺の意識は――発条仕掛けの森へとやってきていた。
(……またか)
 これで三度目。いい加減慣れてきた。
「今度は何の用だ?」
 俺の言葉に応え、彼女が現れる。
『……』
「どうした。黙ってちゃわからないけど」
『何故、ですか?』
 メフィは、そんな疑問を俺に投げかけてきた。
「何故、って」
『何故……あの二人に、私の事を話さなかったのですか?』
「……」
 そのことか。
『私はあなたに、人殺しを強要しようとしている、悪魔ですよ』
 ……自覚あったのか。
「そうだな、全くもってそのとおりだ」
『なら……』
「だけど、お前は人を襲ってない」
『え……?』
「最初は疑った。島田の姉とかを襲ったのはお前じゃないか、ってな。妹の命がやばいってのも、そうやって脅して俺をいい様に使おうとしてて、その為にお前が妹を狙うんじゃないかって」
『……』
「でも違ってた。少なくとも俺の知る限りお前は何もしてない。ていうか、契約しない限り何も出来ないんだっけ」
『……ですが』
「あれも先生たちが倒したし、人を襲って時間を奪っていた時計仕掛けの獣はいなくなった。
 終わったんだよ。そう、これで――解決だ」
 だから。
 一観が死ぬなんてあり得ないんだ。
「お前を好き勝手させる訳にはいかないから契約はしない。だけど、先輩たちに渡す事もしないよ。契約はしてやれないが話し相手ぐらいにはなってやるさ」
『……』


 これで全て解決だ。
 少なくとも、あとはあの二人に任せておけばいい。
 俺のやれる事は終わった。
 終わったんだ、この非日常の事件は。





 目を覚ます。
 今日は日曜だ。いい天気だし、いい気分だ。
 背伸びをひとつ。
 清々しい朝というやつだ。
「……」
 時計を見たら昼だった。
 午後二時。
 ……寝すぎた。なんか体の節々が痛い。
「さて、と」
 昨晩のごたごたで、腹が減っている。
 俺はリビングへと降りる。
「……?」
 妙だ。
 静かすぎる……。
「一観? おーい、一観ー?」
 声をかけるが、返答は無い。
 まだ寝ているのか……? まさか俺じゃあるまいし。
 いや、昼寝か?
 俺は一観の部屋まで行って、ノックする。
「おい、一観。寝てるのか? 開けるぞ?」
 ドアを開ける。
 ……いない。
「……どこに」
 部屋にも居ない。風呂にも居ない。トイレにもいない。リビングにもいない。台所にも居ない。どこにもいない。
 いや……違う。
 おかしい。
 空気が感じられない、においが感じられない。
 ぽっかりと、一観のいた痕跡だけが消えているような……。
(馬鹿な)
 違う。そんなはずはない。
 一観は運動部だ。
 きっと学校に、部活に行っているんだろう。
 そうに違いない。
 俺は冷蔵庫からそのまま食えるハムとバナナを取り出し、急いで着替え、食いながら学校へと走った。



 学校へ到着。
 運動場へと走る。だが、一観の姿はどこにも無い。
 何度か携帯に電話を入れたがかからない。部活中ならそれも仕方ないだろう。しかし運動場に姿が見えないのに、繋がらないのもおかしい。どういうことだ……?


 俺は部員に聞いてみることにする。
 同じ部活の人間なら知っているだろう。どこにいるか。
 今どこにいるか、それを聞きたいんだ、俺は。
 だが。
「時坂一観……? 誰ですか、それ」
 そう答えたのは。
 妹の、友人だった。


(――あ)

 これは。
 あの時の。


「何言ってんだよ時坂。姉? いねーってそんなの」

(ああ……)

 島田の時と、同じ。
 忘れられている。
 周囲から――世界から、忘れられて。
 ぽっかりと。
 そこには空洞があって。
 妹の姿は無い。存在も無い。
 喪われて――――

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 俺は絶叫して走る。
 走りながら絶叫する。
 嘘だ。嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!

「ぐっ――!」

 脚をもつれさせて無様に転ぶ。
 転んだ拍子にサイフが零れ落ち、そして――

「――――あ」

 そして、気づく。
 サイフの定期入れの部分には、写真がいれてある。
 俺と一観でとった写真。
 その写真から――妹の姿が消えている。

「あ…………」
 それが現実。それが事実。
 決定的なまでに残酷な、真実だった。
 妹が。
 一観が。
 世界から――消えていた。

 そう。

 時坂祥吾は間が悪い。
 今回もまた「間に合わなかった」のだ。

 走った。
 走った。
 町中を駆けずり回り痕跡を探した。
 どこかにいて、俺の勘違いじゃないか、そう信じて――
 ひたすらに走った。何時間も。
 だが……一観はどこにも、いなかった。 


「冗談、よしてくれよ……」
 壁によりかかり、俺は崩れ落ちる。
「嘘だ」
 違う、嘘じゃない。
 自分を騙せない嘘など、ついても滑稽なだけだ。

「ひと、み……」

 馬鹿か……。
 馬鹿か俺は!
 何をしていた……何を!
 わかっている。
 島田の姉が消えた。それを俺は追った。
 何故だ?
 決まっている。
 俺は――楽しんでいた! 不可思議な事件に興味を持ち、興奮し、それを追うことで自分の好奇心を、欲求を満たしていた!
 下らない子供じみた英雄願望を満たすために。非日常に浸り、楽しんでいたんだ。
 自分を漫画かラノベの主人公とでも勘違いして――
 妹を、放置して。
 いや……見捨てて!
 馬鹿が!
 馬鹿が!
 馬鹿が!!

〝貴方は〟

 また間に合わなかった。当たり前だ、本当に大切なものを放置しておいて、間に合うもクソもない!間が悪いにもほどがある。ここまで来たら呪いを通り越してただの喜劇だ。クソッタレな三文芝居だ。メフィの忠告を聞いていればよかった。あの悪魔は何度も俺に言っていたじゃないか、妹が危ないと!だが俺は目の前の魅力的な事件に酔い、怪物との戦いに酔い、大切な、本当に大切なものを――見捨ててしまった。

〝一観を守って〟

 憎い。
 俺自身がたまらなく憎い。
 殺してやりたいぐらいに!!
 殺す。
 殺す!
 殺してやる!!







『間に合わなかったようですね』
「――!」
 気がつけば世界は一変し、またあの森へとやってきていた。
 もう四度目だ。
 あの少女は、憂いを秘めた瞳で俺を見てくる。
 それがねどうしようもなく癪に障る。
「ああ、間に合わなかったよ。笑えよ……!」
 俺は地面を殴りつける。
 歯車と発条と螺子が転がる地面。当然、叩きつけた拳に血が滲む。だからなんだ。こんな痛み……!
『時計仕掛けの天使――』
「……?」
『私と同じく、魔術と錬金術と科学によって織りあげられ組み上げられしもの。魔を討ち滅ぼす為に造られた玩具……人造の、天使や悪魔を模した人形』
『私達の計画は頓挫し、私達は廃棄されました。いえ、廃棄されたはずでした。なぜならば、私達の力の源は――』
 メフィは目を細めて言う。
『人の時間です。人間の、生命としての時間。それが人道に外れたが故に――私達はあってはならぬものとして廃棄されました』
「それは、先生達から聞いてる」
 昨晩、確かに聞いた。
 化け物を倒すために化け物を作る、そんな馬鹿げた計画。
 それは当然のように欠陥が見つかり、計画は凍結された。
 だが――
「おかしいだろ、だったらお前は何なんだよ? ここにいるお前は、一体」
 廃棄されたのなら何故ここに居る。
 先生達は、ゴタゴタで解き放たれたと言っていたが。
『人の欲望は、罪深い』
「欲望……?」
『あまりにも強い力に目を奪われた誰かが。私達を盗み出し――そして私達は、この地に散った』
 そうか……、計画が凍結されてなお。
 その力を無かったことにしてしまうには惜しいと思った誰かがそれらを解き放ったのだろう。
『そして私は貴方の手に。
 そして、誰かの手に渡った一体の天使が――その持ち主が、人を食わせ、その時間を糧に』
「それが……島田の姉で、そして……一観だってのか」
『はい』
 なら、先生達の言ってたように……永劫機とやらが、アレを作り出して、人を襲わせていた――と。
 ……そいつが、元凶。
 妹を、殺した……!
 ……いや、待て。まだ……そうとは決まってない!
 島田の姉を思い出せ。
 先生の言葉を思い出せ。

「そういう時はな、しっかりと見て、考えるんだ」

 考えろ、思い出せ。 
 そう……島田の姉は助かったんだ。
 一度時計仕掛けの獣に襲われ、消えても。
 だったら……!
 俺は立ち上がり、メフイに聞く。
「……妹は。一観は、助かるのか?」
『……』
「答えろ!」
 口を閉ざすメフィに、俺は詰め寄る。
『貴方の妹を生贄とした、永劫機――そこから解き放つことは出来るでしょう。
 操奏者を説得できれば。
 あるいは、その永劫機を――私の姉妹を破壊できれば。ですが彼女に残された時間はもう――』
 俺はその言葉が終わる前に、駆け出した。

 電話を取り出し、ボタンを押す。
 一観――ではない。先輩に、だ。
 昨日の今日でまた頼むのも気が引けるが、そういう場合じゃない。急がないといけない。
 だが――
「……くそ!」
 先輩は電話に出ない。
 こんな時に……!
 仕方ない。とにかく探さないと。俺は走る。
 ただ、走る―― 






「く……っ!」
 刀がリノリウムの床を転がる。
 夕日が校舎を朱に染める。休日の夕刻、人気の無い校舎。
 結界によって、人の目から、人の意識から外された、隔絶された戦場。
 特に、この学園を、校舎を知り尽くした者によって仕組まれた結界だ。少なくとも一晩ぐらいなら、この学園の生徒達と言えども以上には気づかないだろう。自身がその渦中にあれば話は別だが。
 不自然に人の居ないその戦場にて、敷神楽鶴祁は、眼前の敵に完全に翻弄されていた。
 あらゆる手段が通じない。
 そして、男の腕が鶴祁の首を捉える。
「がっ……!」
 持ち上がる鶴祁の体。
「何故……!」
「何故、か。それは何を指す? 俺が……時計仕掛けの獣を従えていることがそんなに不思議か?」
 背後の夕闇の廊下に、それらはキリキリと音を立てて蠢く。
「何故、そう、不思議に思っても仕方ないな。我が永劫機は時計仕掛けの獣を作り出す力などは保有していないが――この力で、支配することが出来る。そう支配しているのだ」
「支配……だと……!?」
「三時の天使、コーラルアークの力は〝時間共有〟だ」
「今まで生きてきた時間、重ねてきた時間を共有する……そう。ただの働き蟻、働き蜂に過ぎぬこいつら。ただの獣、ただの虫でしかない彼らは、俺と内的時間を共有することにより、その指令、自身に課せられたプログラムを俺の意志に書き換えられる。上書きされるのだ、俺の時間に。
 そして、俺の望むままに時を収集する。彼らは俺のために集めるのだ。そう……俺には時間がないからな」
「無辜の人々を犠牲にしてまで……っ!」
「――ふん」
 男は笑う。嘲笑する。
「無辜の人々、か。お前は本当に、それがただ守られるべきだと思っているのか」
「何を……っ!」
「ああ、守られるべきだろうさ。だが彼らにも対価は払ってもらわねばならない。そうでなければ不公平だろう」
 だが男は、鶴祁の視線を受け、言う。
「……判ってはもらえんか。
 ならば、致し方ない。理解してもらえないのなら無理やりにでも理解しあうしかないな……」
 次の瞬間、鶴祁の視界が反転する。暗転する。空転する。
 そして――世界を埋め尽くす触手。
 それが鶴祁の体を拘束する。肌を這いずり回る。
「ッ!? こ、これは……っ! 何を!」
「……」
 男はその光景を見て、少し唖然とし、そして考え込む。
「ふむ。これは確か俺が触手の怪物に襲われたときの記憶、その時の時間……だが俺の時はこのような襲われ方ではなかった。
 純粋に俺のはらわたを喰らい、殺そうとしてきたはずだったのだが……どういうことだ? 男女の差異による食い違いか、それとも……お前か? 我が天使、コーラルよ」
「……いいえ。ごめんなさい、おそらくは、マスターの言葉通りに……この共有した時間の、獲物が女だった場合の時間展開」
「……まあいい。趣味ではないが、これも互いの理解を深める為だ。このまま続行だ。俺が腹を食い破られた時の苦痛よりも……腹に触手を沈ませ、犯される快楽に蕩けさせる方が、心を壊す手段としては上策だろう。趣味は悪いがな」
「……っ! あなたは……っ!!」
「人は苦痛には耐えられる。戦士ならばなおさらだ。
 だが……快楽にどこまで耐えられるかな? それにお前は処女だったはずだな? ならば尚更だ。これが補習だ、お前へのな」
「我が天使、コーラルよ」
「……はい」
「お前が続きをやれ。俺は子供は趣味じゃない」
「はい、マスター」
 男はそう言い、踵を返し、この共有された内的時間の世界から立ち去ろうとする。
「……待てっ!!」
「……」
 男は立ち止まる。だが、振り向きはしない。振り向く意味が無い、と言わんばかりに。
「何故。何故こんなことを……」
「何故、か」
「言ったはずだ。俺には時間が無い。だから時間を稼ぐのだ。そうしなければ、俺は戦えない」
 そして、男の姿は消える。
「……ごめんなさい」
 コーラルと呼ばれた少女が、うつむき、謝罪の言葉を述べる。
 そして。
 さらなる触手が、鶴祁を襲った。








 街を走る。
〝貴方の妹は、校舎にいます〟
 心の中に、メフィの声が響く。
 その言葉に従っていいのかどうかは疑問だったが、それでも手がかりはそれしかなかった。
 走る。息が切れる。脇腹が痛くなり、足がもつれ、酸素が足りなくなる。
 その全てを強引にねじ伏せ走り、俺は学校へとたどり着いた。


 他の生徒たちの気配は無い。
 まるで時間が止まったかのように静まり返った校舎。
 俺は閉ざされた校門の鉄柵をよじ登り、進入する。
 中学校の頃に似たことをやったので、コツは覚えている。策を越えて運動場に。だがここにも人の姿は無い。
(どこだ、どこにいるんだ?)
 運動場を走り、中庭へと進みながら、俺は心の中でメフィに問いかける。
〝近くです。あなたの正面から四時の方向、上空の位置〟
 その言葉に従い、振り返る。校舎の中だ。
 俺は扉を開けようとして……鍵がかかっている事に気づく。
「……」
 一瞬だけ迷い、そして躊躇なく石を拾い、窓ガラスに叩き付けた。
 割れる。
 手を伸ばし、鍵を開け、校舎に侵入する。

「……!?」
 俺は、階段の方から光が漏れているのを見た。
 電灯の光ではない。夕日の光でもない。
 もっと儚げで朧げな、幽玄の光だった。
「天……使……?」
 階段に浮かぶのは、翼を背負った少女の姿。
「こないで……ください……」
 消え入るようなか細い声で告げる天使。
「どういうことだ!? お前が、お前が妹を、一観を……!?」
「ごめん……なさい……」
 俺の詰寄りに、ただ悲しそうに首を振る。
「こないで……ください。私は……これ以上……もう……」
 そういい残し、天使は消える。
「……何、なんだ。おい、これは何なんだ?」
〝彼女もまた、その持ち主に縛られしもの〟
「? どういう……」
〝仮に、貴方が私と契約したとしましょう。
 そして貴方が、「この学園の生徒を皆殺しにしろ」と命じたならば……私はそれを叶えようとします。私の意志とは関係なく〟
「な……!?」
〝あくまで仮定です。私たちは被造物、天使や悪魔を模しただけのただの時計仕掛けの機械装置。逆らうことは出来ません〟
「じゃあ何か、あれは命令されて仕方なく……?」
〝おそらくは〟
「……」
 拳を握り締める。
 理不尽すぎる。さっきから、何なんだこれは。罪も何もなく、なのにただ誘拐され、生贄にされた妹達。そのような事などしたくないのに、命令に逆らえずに妹達を食らった女の子。
 そんな残酷さに、何の意味がある。何処にぶつけていいのかも判らぬ怒りがせり上がる。
 その怒りに歯噛みしながら、俺は階段を昇り――
「……ぅ……」
 微かな、声を聞いた。
「声……が。誰だ、まさか一観が――!?」
 俺は走り、その部屋の前にたどり着く。
 ドアをあける。
 そこには……。
「先……輩?」
 ぐったりと倒れている、敷神楽鶴祁先輩の姿があった。
「ちょ、大丈夫ですかっ!」
 俺は駆け寄り、先輩の体を抱き上げる。
 ……熱い。
 先輩の体が熱を持ち、息も荒い。
「……祥……吾、くん……?」
「はい。俺です。大丈夫ですか、先輩。一体何が……」
「……敵、に……ぅ……っ、はぁ……っ」
 熱い吐息を吐く先輩。
 その肌には玉のような汗が浮かんでいる。
「先輩っ!」
「……っ、く……しょ、うごくん……」
「はい」
 先輩が俺の服を掴み、爪を立てる。そして息を吐く。その口から出た言葉は、俺の思考を吹き飛ばすに容易な一言だった。

「私……を、抱いて……く、れ……っ」

「……はい?」
「……」
「……」
「敵の……攻撃で……からだが、うずい……てっ、これを……鎮めるには…………っ」
「……」
「こんなはしたないことを……、頼む……恥知らずは、百も承知だ……っ、だけど……止まらないんだ、体が……疼いて……っ」
「先輩……」
 俺は……
「……ごめん、先輩」
 そう言って、俺は。
 先輩の頬をひっ叩いた。
「……!」
「しっかりしてください、先輩。あまり長い付き合いじゃない、一日二日程度しか知らないけど……でもっ。先輩は、そんなに弱い人じゃないはずでしょう……っ!」
 俺が無茶を言っているのはわかってる。理想を押し付けているのもわかってる。
 だけど。
 俺の中の先輩は……凛としたあの姿は。どんな困難にも負けない姿だった。
 ヒーローなんていない、と思っていた俺の前に現れた、そんな姿だったから。
「……」
「すまなかった……駄目だな私は。まだまだ……修行が足りん」
「先輩……」
 先輩の表情に、完全に……とまではいわないものの、いつもの強さが戻る。
 俺はそれに安堵する。その時……

「その通りだな。だが恥ずべき事ではない。誰も彼もが皆、完璧ではないのだから」

 俺はその声に振り向く。
 そこにいたのは……
「先生」
 吾妻先生が、そこにいた。
 いつもと変わらぬ表情で。
 ……傍らに、天使の少女を従えて。 






「……先生」
 その光景が、なにがなんなのかわからない。
 あれは、あの娘は……敵の。
 いや、違う。そうだ、先生が敵を倒し、彼女も解放したとか、そういう展開に決まっている。そうだろう。そのはずだ。そうだと言ってくれ。
 だが……俺の願いもむなしく、先生は告げる。
「コーラルの詰めが甘かったか、それとも鶴祁が想定以上に強かったか。流石だな、俺が腹を食い破られた時は、泣きはしなかったがあまりの苦痛に絶叫したものだが」
 平然と、告げる。
「だが、それでも戦う事は出来そうにないな。まあ、戦う意思を取り戻しただけでも賞賛に値するるやはりお前はすごいな、俺なぞよりもよほど資質に溢れている。故に悲しいな。資質ゆえに、そういう生き方を選ばざるを得なかったお前の運命に同情するよ」
「先生……あんた、何を」
「何をって? ……理解が遅いぞ、時坂。馬鹿になれと言ったが愚か過ぎるのはいただけない。それとも判っていて否定しているのか?」
「あんたは……」
「……しかし驚いたと言えばお前もだ。いや、間が悪かったな、まさか俺がばら撒いた時計仕掛けの悪魔が、ことごとくお前の関係者を襲い、さらには妹を……とは」
「あんたが……」
「世界の悪意を感じるよ。この巡り合わさえなければ、お前も俺と共に人類のために戦えたかもしれないのに」
「元凶……!」
 悪びれもせず。
 吾妻修三はただ、その狂気を唄った。

「……なんで」
「ん?」
「……答えろ先生! あんたがなんで、こんなことをする!」
「……」
「何故、か。よくその質問をされる日だ。鶴祁、お前も聞きたがっていたな。ああ、答えようじゃないか。簡単な回答だ。俺には時間が無い」
「時間……?」
「ああ」
 先生は上着を脱ぎだす。
「……!」
 上半身裸になった先生の体は……
 傷と痣と、そして。
 あきらかに病巣に蝕まれ変色した肌を、晒していた。
「……!」
「……」
 俺も、そして後ろの先輩も息を飲む。
 病気に詳しくない俺でも見て取れる。あの体はまともな、健康な人間のものではない。
「見ての通りだ。戦い続けた後遺症でね。内臓の破損、そして毒などによる汚染。その他様々な病気などでな、俺の命はもはや幾許もない。だが……」
 先生は、血を吐くように言う。
「駄目なのだ。時間が無いのだ。戦い続ける時間が俺には無い。使命を果たし戦うだけの時間が俺には残されていない……! だから俺には時間が必要なのだ。その為に、回収した時計仕掛けの獣を、永劫機の時間操作能力……〝時間共有〟にて影響下に置き、時間を集めさせた。俺の命を永らえさせるために。
 ……世界を守る、人々を守る戦いのために」

〝あなたは〟

 脳裏にフラッシュバックする記憶。

〝一観を守って〟

 守る……だと?
 そんな言葉を、こんなことをしながら言うのか、あんたは。
「そのために……そんなことのために人々を! 一観を犠牲にしようっていうのか、あんたは!」
「そうだ」
 吾妻先生は、あっさりとそう言い放った。
「おかしいだろ! 人を守るために、人を襲うなんて!」
 それは決して、免罪符として人を傷つけていいものではない。そのはずだ。先輩だって、俺を……人々を守るために自らの寿命すら犠牲にして戦った。
 なのに……なのに!
「よりにもよって、あんたが!」
「それが貴様らが言える言葉か!!」
「がっ……!!」
 廊下に何度も叩きつけられる。その俺を、先生は怒りのこもった目で見下ろす。
「守られてる事に甘んじ、増長するバカガキどもが。守られるのは当然か? 助けられるのは普通のことか? 貴様らがのほほんとくだらん青春を謳歌する裏で、傷つき苦しむ者がどれだけいるか知ってるか?」
 そういいながら、先生は歩み寄り、そして倒れた俺の頭を踏みつける。
「祥吾くん!」
「う……がっ……!」
「知るどころか考えることもなかっただろう? ああ、そうだ。無知なお前達はそうやって日常を謳歌する。その裏で起きる悲劇を鑑みることなく……愚図で愚鈍で愚劣にな」
 二度、三度と踏みつける。
「バケモノを見る目で俺達を見て。いざ自分達が危なくなると安全なところから無責任に戦えと叫ぶ。なにひとつ、変わってないのだ。変わらないのだ。
そう。それは俺達もまた同じ。変わらないのだ。それでも、俺達は魔を討ち、人々を守るために、世界を守るために戦うしかない。そういうふうにしか出来ていないのだから」
 俺は、その言葉を聴きながら、先生の足を掴む。
「……?」
 喉から声を絞り出す。
「一観を……返せ……」
「お前の妹だったな。だが無理だ。ああ、勘違いするな。返してやってもいい、だがそれでも……無理なのだ。あの娘には、時間が残されていない。俺と同じだ」
「……!」
 それは、メフィの言った言葉だ……。
 時間が無い。
 あれは、別の意味かと思っていた。だが……。
 額面どおりの意味だったというのか。
「永劫機は人の寿命が完璧に把握できる……という訳ではない。それは未契約の状態の永劫機が、大まかに判る程度だ。だが、一度食ってしまえば、それがどの程度時間が残されていたかは判る。エネルギー源だからな。
 彼女には時間がほとんど残っていなかった。
 私が食わなくても、もしかしたら明日にも、交通事故か、転落事故か、あるいは偶然銀行強盗にでも巻き込まれて……命を失っていただろう。
 寿命とはそういうものだ。残された時間がないとは、そういう理不尽な……世界の悪意なのだ」
「……」
 声が出ない。
 じゃあ……俺のやっていたことは何だ。
「理不尽だろう。残酷だろう。許せないだろう。それが現実だ。それが世界だ。我らが守るべきものの正体だ。
 そして守るために、これが必要なのだ」
 先生は、少女の髪をわしづかみにして持ち上げる。
「破棄、破壊などとんでもない。俺にとってまさしく天恵だ。そう。こいつらは人の時間を食らって力にする。ああ、所有者である俺の時間もそうだが……なによりもその俺の時間の代わりとして、他の誰かの時間をその力にする。つまり、だ。無能どもも、世界の為に戦う事が出来る」
 俺の体を蹴り上げる。
「そうやって世界を守る。
 そうだ、人類が一丸となる。我ら異能者も、そして無能な一般人達も、その全てが等しくラルヴァと戦うのだ……!」
 その、自分に酔った言葉に。
「ふざ、け……るな」
 さんざん蹴られ、踏みつけられて体自由が痛いけど、それでもゆっくりと立ち上がる。
「そんなの、押し付けじゃねぇか……」
「押し付け、か。違うな。押し付けたのはお前達だ」
「違う!!!!」
 だが、俺は叫ぶ。
「先輩は言ってた、自分で選んだ道だって、誇った笑顔で言ってたじゃないか……。俺は先輩を信じる。俺を、俺達を助けてくれた先輩の姿を、俺は信じる。
 そりゃ、俺が知らない所で、そういうことだってあったんだろうさ。だけど、だからといって全てがそうだなんて誰が決めた。
 みんな、違うんだ。だけどそれでも……みんな、それぞれに守りたいものがあるはずだ。
 だから戦うんだろう、先生。 あんただって、そうだったはずじゃないのかよ!」
「……っ、利いた風な口を! 戦わなかったお前に何がわかる!」
 そうだ、俺は戦わなかった。戦えなかった。
 だけど!

「ああ、わからないさ。だけどさ、だからといって。
 無関係な、ただの女の子を犠牲にしていいはずもなければ! 戦いたくない女の子を――無理やり戦わせて、それでいいはずもないだろうっ!!」
 その俺の言葉に、先生に頭をつかまれている娘が、はっと頭を上げる。
「戦いたくない女の子? 間違えるな時坂。これはただの機械人形、ただの兵器――欠陥兵器に過ぎない」
「それでも、泣いていた。女の子の姿をした誰かが泣いていた! そんな涙の流れない世界がほしくて――その為に戦ってたんじゃないのか!? 答えろ先生!! あんたは、何のために!!」
「……そんなこと」
 吾妻は言う。
「そんなこと、忘れたよ!! 戦って、戦って、戦ってきて!! お前らよりもっと小さい、子供の頃から戦ってきて、異能者として戦うしかなくて!!
 最初のクソ甘い理想だとか、そんなもんはドブに捨ててきた! 捨てなきゃ生きることも出来なかった!!
 理由? 目的? そんなものはもうない! あるのはただひとつ、世界を守る――ただそれだけだ!!」
 言って、先生は叫ぶ。
 呪文を。
 あの時の先輩と同じように、時計仕掛けの天使の機構を発現さ
せるキーワードを。


 ――時を真似るがよい。

     時は一切の物を緩やかに破壊せん。

   時はおもむろに浸蝕せしもの。 

     消耗させ、万物遍く全てを引き離すものなれば――


 響く言葉。振動する声と共に世界が歪む。
「ぅ……あああっ!」
 天使の少女の姿が軋む。
 体が解れ、崩れ、砕け――幾つもの弾機、発条、歯車、螺子へと変わっていく。
 それらは渦を巻き、螺旋を描きて輪と重なる。
 それはまるで、二重螺旋の魔法陣。
 そこに集まる大質量の魂源力は、やがて織り上げられ――

「爆覧せよ! 三時の天使、コーラルアーク!」

 力が、爆砕する。
 全長3メートルの巨体。
 チクタクチクタクと刻まれる薄桃色の鋼の巨躯。

 これこそが、その危険性により計画凍結・破棄された、時計仕掛けの天使――

「……永劫機コーラルアーク。我が契約せし永劫機。さあ、時坂。補習の時間だ。言いたいことがあるなら……力で示してみろ! この人形を倒してな! もっとも――生身でそれが出来るとは思わんがな」
 無茶を言う。そして確かにその通りだ。
 俺は先輩ともあんたとも違う。
 戦う術など持ち合わせては居ない。
 何も出来ない。目の前の巨大な天使に立ち向かう事も、そこに食われた妹たちを救うことも――
 俺ただひとりでは出来はしない。

 そう。

 一人なら、出来はしない。

 だがしかし。

 時坂祥吾は、一人ではない。今は。

 手を伸ばす。
 延ばした先には、衝撃で転がり落ちた、ひとつの時計。
 妹からもらった誕生プレゼント。
 そして、「彼女」の宿る――黄金懐中時計。

「! 時坂、お前……それは、その時計は……!」

 先生が叫ぶ。
 だがその声も聞こえない。
 聞こえるのは、ただのひとつの音。心臓の鼓動を刻むかのような、針の音。それが今まさに、神像の鼓動を刻む。


〝戦うのですね?〟
 発条仕掛けの森の中で、メフィは言う。
 彼女の前に俺は立つ。
「ああ」
〝妹さんたちを助けるために、敵の時間を捧げるために〟
 だが、その言葉に俺はかぶりを振る。
 違う。そうじゃない。
〝では妹さんを――諦めるのですか?〟
「違う。言ったな、誰かの時間を捧げれば、一観に残された時間は増える、って」
〝はい〟
「それは――俺でもいいんだろ」
〝!?〟
 メフィが狼狽したのが判る。
〝それ、は――〟
 目を少し逸らしながらメフィは告げる。
〝可能です。ですがそれだと――〟
「ごちゃごちゃと御託はいい。妹は助ける、死なせない。
 他の誰かを犠牲にして助けることもしない。
 先輩が、自分の寿命を、時間を犠牲にして俺を助けてくれたように――」
「今度は、俺の番だ」
 ただそれだけ、それだけの話だ。



 懐中時計を掴み、笑う膝を気合で押さえて立ち上がる。
 俺の口からは、呪文が漏れていた。
 そう、黄金懐中時計に封印された時計仕掛けの悪魔の機構を開放するキーワード。



   Es kann die Spur
 ――我が地上の日々の追憶は

   von meinen Erdetagen
   永劫へと滅ぶ事無し

   Im Vorgefuehl von solchem hohen Glueck
   その福音をこの身に受け

   ich jetzt den hoechsten Augenblick. Geniess
   今此処に来たれ 至高なる瞬間よ


「なん……だと」
 先生が狼狽する。それを聞いて。
「その式文……まさか、お前!」
 俺は、吾妻先生のその視線を正面から受け止める。
「戦わない奴に何がわかる、と言ったよな、先生。ああ、確かにそうだ。そこは先生の言うとおりだよ。だから俺は――戦う!」

 黄金の懐中時計が解れ、崩れ、砕け――幾つもの弾機、発条、歯車、螺子へと変わっていく。
 それらは渦を巻き、螺旋を描きて輪と重なる。
 それはまるで、二重螺旋の魔法陣。
 そこに集まる大質量の魂源力は、やがて織り上げられ――
 俺は、呼ぶ。

「だから、来い――俺は此処に、お前と契約する。
 大切なものを守るためなら、俺は――」

「悪魔にだって、魂を売ってやる!!」



   Verweile doch! Du bist so schon
   時よ止まれ、お前は――美しい!




 力が、爆現する。
 全長3メートルの巨体。
 チクタクチクタクと刻まれる黒きクロームの巨躯。
 黒く染まる闇色の中、黄金のラインが赤く脈打つ。
 各部から露出した銀色のフレームが規則正しく鼓動を刻む。
 背中からは巨大な尻尾。
 頭部にせり出す二本の角、全体の鋭角的なシルエットからはまさしく竜を連想させる。
 それはモデルとなった悪魔――地獄の大公の姿ゆえか。

 これこそが、その危険性により計画凍結・破棄された、
 時計仕掛けの悪魔――

「永劫機――メフィストフェレス!」


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