【遠野彼方は普通である その3】


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 【遠野彼方は普通である】 その3



 遠野彼方は普通である。いつもぽややんと微笑んでいるように見えても、人並みに腹を立てることもある。
 基本的にお人好しで呑気ものだが、怒りや嫌悪といった感情はしっかり持っているのだ。
 一人や二人、嫌いな人間もいたりするのである。


 学園生活における昼休みは貴重な時間である。食後のひとときをいかに有意義に過ごすことができるか。それは人それぞれだ。
 惰眠を貪る者もいれば部活動にいそしむ者もおり、そして多くは友人達との歓談を楽しむだろう。
 彼方も友人達との時間を過ごした後、食堂棟を出るとひとり近道をしようと校舎裏の脇道を歩いていた。
「あれ?」
 すぐ脇の植え込みをガサガサとかき分けて、一人の女生徒が姿を現した。
 赤いセルフレームの眼鏡。ふくよかな双丘が制服の胸元を押し上げ、短めのスカートから除く素足がまぶしい。しかし何よりも目を引くのはその手にしている竹刀であろう。
「ちょっとそこのメガネ! こっちに変態が来なかった!?」
 顔を見るなりの一言。
 君もメガネじゃないかなどと突っ込むこともせず、この道では誰とも遭ってないと返す彼方。メガネと呼ばれていちいち気にしていては眼鏡をかけていられないのである。
 ちっと舌打ちする姿は見覚えがある。
 六谷彩子。二年C組の生徒だ。
 奇人変人が跋扈するこの学園では、竹刀を手にした少女などは特に目を引くほどのこともないが、彩子の場合はそれを風紀委員でもないのに振るうことで目立っていた。
 実際にC組を訪れた際には、竹刀で男子生徒のお尻を叩いている彩子の姿を目撃したことがある。
 彼方にとって「元気な人だなぁ」というのが彩子への評であった。
 一方、彩子から見た彼方の印象は、同じ二年生とはいえS組とという遠くのクラスに在籍する男子生徒のことなど憶えている筈も無く、見たまま『メガネ』である。
「何があったのか知らないけど、そろそろ午後の授業始まるよ?」
「うるさいっ、余計なお世話よ!」
「うん、でもまあ遅刻しないようにした方がいいと思うよ」
 彩子のその答えにも腹を立てることはない。いちいち相手の反応にへこんでいてはおせっかいなどやっていられないのだ。
「ふん」
 彩子にしても授業に遅刻するつもりもなかった。ただ男嫌いのせいで素直に返すことが出来なかったのである。ほにゃららと笑う軟弱者という印象が特に癇に障っていた。
 そのまま二人はすれ違うはずだった。それぞれ別のルートで教室に戻り、この出来事などすぐに忘れてしまったであろう。
 だが、二人そろって足を止める。
 彩子の背後から猫の鳴き声が聞えてきたのだ。
「あ」
「え? げっ、ね、猫……!」
 さきほど彩子がかき分けて出て来た植え込みの影から、まだ小柄なトラ猫がひょいと顔を出していた。
 ぱあっと周囲に星が舞うような笑みを浮かべる彼方に対し、彩子は青ざめて引きつった表情を浮かべた。彼女の大嫌いなものは三つある。『ゴキブリ』、『男』、そして『猫』だ。
「あっち行け! 小汚いのはキライなの!」
 彼女は容赦なく、トラ猫を叩こうと竹刀を向ける。
「こ、こらー!」
 すこんと、そのとき彩子の頭頂部に何かが落ちた。重さと鋭さを兼ね備えた『何か』。
 はう……と呻いて彩子はばたりと地に伏した。
「あ……」
 彼方は彩子の意識を一撃の下に葬った罪深き右手を、さっと脇の下に隠す。
 とんでもないことをしてしまったと、顔色は速やかに青白く変じた。
 まったく無意識のうちに出てしまった脳天唐竹割り。某風紀委員長が見たならば『逢洲流無刀打術《裏霞》。見事な一撃だ』と賞賛したであろう。
 彼方は考えた。
 幸い、目撃者はいないし、彩子は何をされたかわかっていないだろうし、ここは一つ突然貧血でも起こしたという設定で保健室に運搬してしまうのが……
 じーっと、背後から注がれる視線に気づいて彼方は、ぞっと肩を震わせた。
 おそるおそる振り返る。そこにはC組委員長、笹島輝亥羽が怪訝そうに立っていた。
「喧嘩?」
 彼方はあたふたと両手を振る。
「貧血です」
 思わず敬語になる。
「いや、あなたがチョップするところをはっきり見てたんだけど……」
 あきれ顔での反証に、彼方は全てのトリックを見破られた殺人犯のようにがっくりと肩を落とした。
 輝亥羽は、ぐったりと眼を閉ざした彩子の頬をぺしぺしと叩く。
「また見事に落ちたわね」
 現行犯である。彼方は居心地悪そうに身を縮める。
「わざとじゃないんだ」
「そう?」
「この娘は、頭頂部を叩かれると失神するクセがあるんだよ、うん」
「そりゃ、どんな生き物だー!」
 叫び声をあげて彩子が飛び起きる。日頃から鍛えているだけあって見事な回復力であった。
「あれ? 私どうしていたんだっけ?……なんであなたがいるのよ?」 
 何故だかガンガンする頭を抑えて彩子は輝亥羽を一瞥する。なにかと絡んできては小言を言う彼女は天敵であった。
「あなたがまた暴れているって連絡があったのよ……いっそのこと風紀委員に通報してくれればいいのに!」
「ふん、あいつらが悪いのよ! どうしてこの学園には変態しかいないの!?」
 それについては大いに同意できるのだが、おとなしい変態と騒がしい変人ではどちらがましだろうか。
「あのねぇ、だからといって手当たり次第その竹刀で……あら」
「にゃ」
 トラ猫が輝亥羽の足下にすり寄って鳴いた。
 そこで初めて猫の存在に気がついたとばかりに彩子がひっと悲鳴をあげる。
 彩子の大嫌いな猫。嫌悪の理由は過去に体験した恐怖が根底にあった。普段であれば強気にも出れるが、とある事件のせいでふとしたきっかけで恐怖が吹き出してくるようになっていた。
 かつて繰り広げられた戦いにおいて、春部里衣の猫攻めは彩子の心に深い傷を負わせていたのである。
「にゃうん」
 だが、当のトラ猫は人なつこそうにてててっと彩子に駆け寄ろうとする。
 ひぃっと息をのみながらも鍛え上げられた彩子の身体は素早く反応した。
「きええええええい!」
 がっと竹刀を拾い上げ、裂帛の雄叫びをあげる。
 風を切って竹刀が振り上げられる。
「あぶないっ!」
 遠野彼方は普通である。これといって武術の心得があるわけでもない。だが理不尽に振るわれる暴力を前にして黙って見てはいられなかった。
 ましてやその暴力の対象が罪もなき猫であるのならなおさらであった。
 駆け寄るトラ猫と彩子の竹刀の間に割って入る。
 沖田総司──激動の幕末を生きた剣士は、胸を病んで最期に猫を斬ろうとして庭で死んだという。
 その死の際で何を想ったのかは分かりようもないが、たとえ猫に斬りつけようとするのが真剣を持った沖田総司であったとしても、彼方はためらわずに身を投げ出したであろう。
 流星のように振り下ろされる竹刀。そしてそれに向かって彼方の両の手が天に昇る龍のごとく伸びる──無刀取り!
 パァンッと音が響いた。
 両手が打ち鳴らされた音。そして竹刀が打った音。
 素人が真剣白羽取りなどできようもない。
 彩子の竹刀は彼方の脳天を打ち、ビシャーンと稲妻のように衝撃が駆け抜けた。
 はう……と呻いて彼方はばたりと地に伏した。
 一方、彩子はというと。
 彼方が身を挺してかばおうとした猫は、何を思ったのか彼方の身体を踏み台として宙を飛んだ。
 手足を伸ばしてのダイプ。着地点は彩子の顔。爪をたてなかったことからも悪意があった訳ではないと分かる。
 ふかふかの真っ白な腹を押し付けられる彩子。
 猫好きならば快感で悶絶したであろうその行為も、彩子にしてみれば恐怖以外の何ものでもない。
「──!? ──!!」
 彩子は悶絶し、声にならない悲鳴を上げる。
 はう……と呻いて彩子はばたりと地に伏した。
「……」
 倒れる二人を見やり、不思議そうに首を傾げる猫。輝亥羽を見上げてにゃーんと鳴いた。
「……はあ、どうしろっていうのよコレ」
 ──その日、遠野彼方と六谷彩子の二人は午後の授業を欠席し、仲良く保健室で過ごしたのであった。



 その後どうなったかといえば。
「あ、いじめっこ」
「む、猫魔人」
 ばったりと廊下で出会う彼方と彩子。
 彩子の過去については話に聞いた。同情はするが、かといって猫に対する暴力を許すことはできない。
 彼方について話に聞いた。猫狂で常に猫を侍らせているとか。非異能者というが猫寄せの異能を隠し持っているのではという噂。
「ふーっ」
「がるるる」
 出会う度に互いに牽制し合う二人であった。
 人間誰しも一人や二人、嫌いな相手がいたりするものである。



 おわり



 フェードアウト
 画面隅でビャコにゃんががおーと叫ぶ









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