怪物記 第一話前編


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怪物記

第一話『死出蛍』前編


     兄ちゃん、蛍はなんで死んでしまうん?
                   ――節子


 F1という競技はそれより下位のF3などとは大きな違いがある。出場選手やスタッフのレベルの差もそうだが、マシンレギュレーションの違いだ。F3カーのエンジンの排気量は2000ccだがF1カーに搭載されるエンジンの排気量は2400ccだ。だからF1カーとF3カーがレースすればまず間違いなくF1カーが勝つ。いささか回りくどくなったが、私が言いたいのは性能差は埋められないということだ。要するに
「君達……もう少し、加減して、歩く気は、ないか……?」
 双葉学園都市の生徒と比べればF3カーはおろか原付程度の私の体力はもはや限界だった。現に彼女らと20メートルは距離が開いている。
「学者さん、いくらなんでも体力なさすぎですよ」
「こんなジャングルの中を30kmも歩けば普通は疲れ果てる……」
 私の体力はあくまで人並みだ。もっとも人並みはずれた面々から見れば貧弱もいいところだろうが。
「何にしろこのペースで歩き続けるのはもう無理だ……。ペースを緩めるか休憩するかしないことにはもう歩けん」
「でも早く問題のラルヴァ見つけないと夜になっちゃいますよ?」
「ラルヴァ……か」

 人類はラルヴァと呼ばれる生物と戦っている。
もっとも、彼らは生物というくくりには収まらない。彼らは獣のようであり、怨霊のようであり……人のようである。
 彼らとの戦いは世界の『裏側』でずっと昔から続いている。それこそ人類が文明をもったころから続いているらしい。世界各地の伝説や伝承の類――雪女やミノタウロスなどは当時のラルヴァのことを綴ったものだとも今では考えられている。それらの伝説や伝承の中、そして世界の『裏側』にしかいなかったラルヴァの有り様は二十年前から大きく様変わりした。まるで器の中から水が溢れ出すようにラルヴァは『表側』に現れ始めた。
 今の世界にはラルヴァが溢れている。しかしこの国でそのことを知る人間の数は決して多くはない。大多数の国民は情報統制に遮られ、ラルヴァの存在を知らない。知っているのは遥か過去からラルヴァと戦い続けていた人間――『裏側』の異能力者と、彼らと接触をもつ『表側』の政府。
そして、彼らに育てられる異能力者の少年少女――双葉学園都市の学生たちだ。
 彼らは学問やラルヴァに対抗する術を学ぶ学生であると同時に、『表側』の世界を襲うラルヴァと戦う戦士でもある。日本の各地でラルヴァが出現した際には現場に急行し、ラルヴァを討伐する使命を帯びている。
 だが、彼らに同行する私は双葉学園の学生ではない。『裏側』の異能力者でもない。ラルヴァを研究する一人の科学者だ。
双葉学園の学生たちがラルヴァが起こす事件を解決するために現場に出向くとき、研究のために同行する。
 そう、今回のように……だ。

「……休憩がてらに今回の事件を再確認してもいいか?」
「既に休憩は決定事項なんですか……。しょうがないですね。みんなー! ちょっと休憩するよー!」
 彼女の号令で今回のラルヴァ討伐パーティの面々が思い思いの姿勢で休憩する。仲間と雑談するのもいれば木に背中を預けて寝ているのもいる。……中には「何でこの程度で休憩するんだ」と非難がましい目で私を見ているのもいるが。
「それで今回の事件の確認でしたっけ?」
「ああ。私が事件のあらましを覚えている限り話す。それに修正や追加があったら言ってくれ」
「はい、わかりました」

 事件の分類は【変死事件】。ラルヴァが起こしたとされる事件では一番件数が多い事例だ。
最初の被害者はここで働いていた女性従業員。一週間前から姿が見えない。以後の事件の被害者と同様に死亡したと推定されている。
第二の被害者はここの男性従業員。六日前の終業時間になっても姿が見えず、翌朝ミイラになってるのが発見された。外傷はない。
第三の被害者は第二の被害者の変死事件を調べていた警察官。捜査に当たっていた警官全員がミイラになって発見された。発見時刻はやはり朝。
警官たちが拳銃を発砲した形跡はあったが弾丸は全て土や木に埋まって発見された。
かくしてこの変死事件はラルヴァによるものという見方が強まり、刑事事件から双葉学園預かりのラルヴァ事件となった。

「しかし半日かけての捜索も成果なし、か」
「はい。でもこの事件は早く解決しないといけません」
「なにせ現場が“こんなところ”だからな」
 私は周囲の鬱蒼としたジャングルを見回した。しかしここは日本であるし屋久島でもない、普通こんなジャングルはない。さらに言ってしまえばこのジャングルは本物のジャングルではない。ここは
「ラルヴァもなんでまた遊園地のアトラクションなんかに出現したんだか」
 ここはN県にある地方遊園地の中だ。人口のジャングルはこの遊園地のアトラクションの一つであり、実際には直径1km程度でそう大した広さじゃない。しかし件のラルヴァは姿を見せず、おかげで延々と歩き回って結局30kmも歩く羽目になった。
「今日は変死事件の調査ってことで警察筋から閉園にできてますけど、そう何日もは無理ですよ。
 ここは普通の遊園地で営業者も従業員も誰一人ラルヴァのことは知らないんですから」
 そんなわけでこの事件はスピード解決が求められている。今ここにいるのは私を含めて六人だが、数十人の学生が遊園地中を手分けして捜索している。私はラルヴァが隠れるならここだろうと踏んでこのグループに同行したが、ラルヴァは姿を見せない。
「それにしても、こんなに見つからないなんて……ホントにラルヴァがいるんでしょうか?」
「いるさ。それだけは疑いようがないし、どんなタイプのラルヴァがこの事件を起こしたのかも既に想像がついた」
「え?」

「ラルヴァのカテゴリーはエレメント。特性は生気吸収。行動時間は夜間限定だな」

「銃弾が全て土木の中から発見されたということは『発砲はしたが当たらなかった』ということ。
 この時点でラルヴァのカテゴリーは物理攻撃をすり抜けるエレメントか、高速移動で回避するタイプかに絞れる。
 次に被害者が全て外傷もなくミイラ化していたのは生気吸収によるものと推測できる。
 そういった生気吸収はカテゴリーエレメントの十八番であるし、ビーストやデミヒューマンが同じことをしようとすれば被害者は大なり小なり外傷を負う。
 連中は生気を吸収するタイプでも噛みつきか握首を行うからな。よってカテゴリーはエレメントに特定。
 また被害者が全て朝になってから発見されたというのも大きい。
 恐らく、夜間の発見者は発見した被害者と同様に生気を吸われて殺されている。
 つまり第三の被害者である警官たちは夜間も事件の捜索をしていたために、殺しつくされた。
 しかし朝の発見者は殺されていない。このことから対象の活動時間は夜間限定であると断定できる。
 それらの総合的な結論が『ラルヴァのカテゴリーはエレメント。特性は生気吸収。行動時間は夜間限定』だ」
「…………」
 推論を述べ終えたとき、彼女や彼女のパーティメンバーはポカンとした顔で私を見ていることに気づいた。……どこか間違えただろうか。まぁ、外傷なしで生気吸収する新種のデミヒューマンという線もないではなかったが……。
「さすが探偵さんですね、びっくりしました」
「いや待て。私は探偵じゃないぞ、学者だ」
 しかしながらシャーロック・ホームズの趣味は化学実験という設定なので両者は案外近いのかもしれないが。
「あら? でも夜に活動するラルヴァってわかっていたなら何も昼間に動き回らなくても良かったんじゃないですか?」
「科学者というのは仮に九割の確度で正しいと思っていても、後の一割を確かにするために実験を重ねるものだからな。
 昼間に歩き回って何も出てこなかったおかげで夜間限定のラルヴァだと断定できた」
 そう、ようやく断定できた。
「さあ、そういうわけで、だ。夜間まで待つとしようじゃないか。正直なところこれ以上歩くと肝心な夜に歩けなくなる」
 私の足腰は座ったまま立てないほど限界だった。

 果たして夜中になってラルヴァは出現した。
「ほたる……?」
 木の中から一円玉程度の青白く光る球体がふわふわと浮かび上がってきた。
たしかに、何も知らずに見れば蛍に見える。
「【死出蛍】か……予想外だな」
「しでぼたる、ですか」
「カテゴリーエレメント、下級Cノ5だ」
 ラルヴァはその強さや知能によってカテゴリからさらに細かく分類される。
下級Cノ5は『現代兵器が通用し』『単細胞生物レベルの知能で』『自然災害レベルで存在するだけで人を殺す 』だ。
「下級でCで5? それっておかしくないですか」
「そうだな。普通5という等級は圧倒的な力をもったラルヴァに与えられるものだ。
 しかし死出蛍はその例外に当たる。極めて弱いが、存在するだけで人を殺す。
 こいつらは近づくだけで人の生気を吸収するからな。まぁ、普通は触られても軽度の栄養失調程度で済む」
 死出蛍はラルヴァの等級付けの隙間に存在するラルヴァだ。これといった意思もなく現代科学で対処可能だが、いるだけで人に危険が及ぶ。稀に死ぬ。感染しないインフルエンザのようなもの。
「そもそも対処法さえ知ってれば何も怖くないラルヴァだ。まぁ、拳銃は効かないが」
 私は持ち込んだ懐中電灯を点けて対処法を実演して見せた。懐中電灯の光で、死出蛍の青白い光を包み込む。すると、
「あ!」
 懐中電灯の光が過ぎ去ったとき、死出蛍は消滅していた。
「死出蛍は自分よりも大きく強い光に包み込まれると消滅する。懐中電灯を持っていれば子供にだって倒せるラルヴァだ」
 数多いるラルヴァの中でも最弱のラルヴァといっても過言ではない。その脆弱さも、低い危険度、まだ野犬の方が危険だろう。しかし……だからこそ、解せない。
 先ほど述べたように普通は死出蛍に触られても軽度の栄養失調になるくらいだ。死ぬなんて事態は滅多にない。だというのに……この事件は人が死にすぎているたかが死出蛍で何人も人が死ぬわけはない。そもそも警官たちとて夜間に捜索をしていたのだから当然懐中電灯は持っていたはずなのに、なぜ……。
「……学者さん」
「なんだ?」
「死出蛍って群れますか?」
「ん? ああ、群れる。と言ってもラルヴァの一種だ。ある特殊な条件下でなければせいぜい十かそこらだ」
「じゃあこれって特殊な条件下ですか?」
「……何?」
 彼女が指差したのはこの周囲の木々……否、
「なるほど。たしかにこれだけ集まれば死ぬほど生気を吸われるな」


眠りから目覚めるように木々の中から浮かびだす、数百数千もの死出蛍の群れだった。





後編に続く
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