【MPE 1】


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   1


 1999年7月。世界のいたるところで化物「ラルヴァ」が大量に現れ、人間社会は破滅危機に直面した。猛獣、天使、悪魔、精霊。これら人外のものが人々の営みを壊し、命を脅かす恐怖の時代が来たのである。
 だが、それが運命であるかのように、不思議な力を持つ人間――「異能者」も爆発的に増加していた。異能者とラルヴァの織り成す、宿命の図が描かれていったのである。
 悪しきラルヴァに対抗するために。そして、守りたい人たちを守るために。
 日本でただ一つの異能者教育施設「双葉学園」は存在する。


「いやぁああん」
「虹子ぉー!」
 スポーツ刈りの少年が叫んだ。しかし、彼もまた巨大なラルヴァによって砂浜にねじ伏せられていた。
 あちこちで子供の泣き声が響いていた。みんな、星型をしている厚い布地のようなものに覆いかぶさられており、身動きが取れない。この子たちは午前で授業を終えて、双葉島の人工海岸に寄り道をしているところであった。
 この緑色をした星型の物体こそがラルヴァ「イトマキヒトデ」であった。悪意を持って人間を捕食する恐ろしい怪物だ。
「やだぁ、ねばねばしてるよー」
 一般的な水の生物であるヒトデが凶暴化したもので、人の子供を好んで食べるという。子供に覆いかぶさると裏側の無数の足でしっかり捕まえ、体の真ん中にある口から胃袋を露出させる。それから消化液を直接かけて溶かし、あっという間に吸収してしまう。
「くっそぉ、こんなのにやられちまうのか・・・・・・!」
 初等部三年生の朝倉太陽が、悔しそうに砂を握ったときだった。
「体丸めて!」
 誰か女性の指示が聞えたのである。太陽ら子供たちは言われたように身を丸め、ヒトデの中で頭を抱えた。
「いくわよ、そぉれ!」
 監視員の見張り台に髪の長い女性が立っていた。浜辺を見渡せるこの高い場所でクルリと一回りし、黒髪を振り回す。すると髪から無数にきらめく粒子が舞い降りてきた。
 きらきらと光の粒はヒトデたちに降りかかる。すると、じゅっという物が焼けたような音がいたるところで上がった。ヒトデたちの腕や胴が凍ったのだ。
 ヒトデたちがダメージを負って動かなくなったのを見計らい、太陽ら子供たちが次々とヒトデを蹴っ飛ばして立ちあがる。とどめとばかりに、どこからかで調達してきた木の棒で次々とヒトデを潰しだした。ヒトデのシャーベットみたいだな、と誰かが気持ち悪い表現をした。
「おい、見ろよ」
 太陽は、ヒトデ狩りに夢中になっている友人らをそう促した。するとみんな、監視台から周囲に粒子を撒いている女性に釘付けになる。少年たちはこの粒子が古代モルフォ蝶の「鱗粉」であることを知らない。
 ヒトデはまだ周りにたくさんいた。群れをなして襲い掛かってきたのである。だが、謎の女性が後ろ髪をぐるぐる振り回したり、両手で色っぽくうなじを見せてから下ろしたりするたび、とてつもない力を秘めた鱗粉がヒトデたちに降りかかっていった。
 誰だろう、あの人。
 みんながラルヴァを踊りながら倒している、あの制服姿の女性の正体を気にしていた。彼女はブラウスの裾をスカートの上に出した、ラフな格好をしていた。
「よく見ておきなさい、あなたたち」
 ウィンクを太陽に投げかけた。微笑を絶やすことなく、楽しそうにラルヴァを倒している。いや、人に自分の強さを見せつけることが彼女にとってたまらなく快感なのだ。鱗粉が辺り一帯に撒き散らされたとき、大量のヒトデたちが一斉に気化冷却され凍りついてしまった。
「す、すげぇ・・・・・・」
 太陽は思わずそう零していた。小学生たちの歓声を一身に浴び、ラルヴァを一掃してみせた女性は嬉しそうに腰をくねらせ、グラビアアイドルのようにポーズなどを取っている。
「そうよ、この視線よ」彼女は恍惚のあまり頬を火照らせている。「ふふふ、やっぱり私、強いじゃない。もっとみんなに見てもらいたいわ、知ってもらいたいわ、味わってもらいたいわ」
 うっとり余韻に浸っている彼女の足元で、砂浜の監視員が「もういいでしょ? 早くどいてください!」と怒っていた。××に監視台を占拠されているからである。
 そんな彼女のところに、太陽は駆けつける。興奮しながら彼女にこうきいた。
「名前、教えて!」
「うん? ××××っていうのよ、坊や」
「××××・・・・・・! 覚えておくからなー!」
 子供らしい生意気な言動も、今日は気分がいいから許してあげちゃう。と、そのようなことを思っていたときだった。
「フケでラルヴァ全滅させた女!」
 ××はずっこけて監視台から落下し、頭から砂浜へ突っ込む。森田虹子までもそれを耳にしたとたん、「ぷぷっ」と吹き出してしまった。
「ふ、ふ、ふ、フケですってぇ!」
 せっかくの黒髪が砂まみれになってしまい、ひどいことになっている。冗談を抜きにして本当にフケまみれになっているようだ。どこからか流れ着いてきたかもわからない、よくわからない紅色の海草が前髪に張り付いてしまっている。
「フケすげぇ! ヒトデ凍らしちゃうんだ!」
「どんだけ風呂入らなきゃあんなになるんだ」
「バカヤロウ、すげぇのは××さんだろ? ××さんのフケがすげぇんだって!」
「あ・ん・た・た・ち・・・・・・?」
 ひっと太陽たちは悲鳴を上げる。長い黒髪が魂源力を帯びてゆらゆらと広がっていた。メデューサだかゴーゴンだか、彼らにはそういった類の化物のように見えていた。
「フケって言ったわねぇ――――!」
「ぎゃー!」
 ××が怒りを爆発させたので、散開して逃亡を図った小学生たち。正午近くなってさらに高く上がった太陽は、いっそう強い日差しを双葉島の人工砂浜に浴びせていた。


 ××××は激しく当惑していた。
 眼前の男子学生による真剣な眼差しを浴びて、とても困った表情を浮かべていた。
「×さん、僕と付き合ってください!」
 丸刈りの頭を一気に深く下げられて、×はさらに困ってしまう。
 ××と一緒に浜辺のゴミ拾いをしていたときだった。携帯電話にメールが届いた。一ヶ月ぐらい前にお願いされてメルアドを交換した、同じクラスの男子である。
 ×がこうして学園や地域へ奉仕活動を行っていることを、彼はよく理解していた。だから時折彼も手伝ってくれたり、帰りがけに××も含めてレストランに誘ったり、地道なアピールをしてきていたのである。
 そしてとうとう今日、浜辺の近くにある花の綺麗な公園に×を呼び出し、このような行動に出た。××はというと、浜辺でラルヴァが出たと聞いたとたん、現場へ一直線に猛ダッシュしていったのでこの場にはいない。
「その・・・・・・困るよぅ」
「いきなりこんなこと言って迷惑かなって思ってる。けど、もう×さんしかダメなんだ。いつも×さんのことばかり考えててさ、・・・・・・」
 次から次へと向かってくる真っ直ぐの球。嬉しくないと言えば、嘘になる。この男子は悪い人ではないし、先月に学園で大事件を起こしたにも自分たちにとても優しくしてくれる。
 でも、×には男子からの告白を受け入れることのできない明確なわけがある。
「お願いします、僕と――」
「だめぇ!」
「うげっ」
 男子が×の手を握ろうと自分の手を出した瞬間。×はとっさに「結界」を展開、彼に真正面からぶつけていた。彼女に悪気は無いのだろうが、手痛い拒絶の仕方だ。
「気持ちは嬉しいよ? でもね、私には××ちゃんがいるからダメなの」
「××さん?」彼はびっくりしてこう言った。「××さんって女の子じゃないか?」
「女の子でも××ちゃんは××ちゃんですぅ!」
 またもや真正面から結界の壁をぶつけられ、今度はド派手に吹っ飛んだ。ドボンと噴水に突入したとき、ちょうどシャワーのように水が噴き上がって虹を作る。
「私はもう××ちゃん無しじゃ生きていけないんです。××ちゃん無しの日常なんてありえません。××ちゃん無しじゃ不快です死にます。お気持ちは嬉しいのですがやっぱり私は××ちゃんのいる生活を選びます。××ちゃんああ××ちゃん、いったいどこ行っちゃったの?」
「そん・・・・・・なぁ」
 べたん、とずぶぬれのクラスメートが噴水から這い出てきた。地面にうつぶせになる。そして、真横から走ってやってきた小学生たちが次々と彼を踏んづけていった。
「こらー! 待ちなさぁーい!」
 そして当の××××が彼の頭を思い切り踏んづけ、「ぎゃっ」とうめき声が上がる。それを目撃した×の瞳がきらきら輝きだした。
「あ、××ちゃん、そんなとこにいたんだぁ!」
「クソガキども――ッ! 鱗粉でお仕置きよぉ――ッ」
「みんな逃げろぉー、フケを浴びせにくるぞー!」
「な、なんですってぇ――ッ!」
「待ってよぉ、××ちゃーん。ねぇ~」
 ××を追いかけて、両腕を左右に振りながら女の子らしく走り出した×。
 文字通り踏んだり蹴ったりの男子学生は、その場で悲しそうに嗚咽を漏らしていた。
 彼を慰めるかのように、青空から冷涼なそよ風が吹いてくる――。


 音楽室のカーテンがそよ風に小さく揺れる。
 室内は明るい雰囲気のワルツが美しい河のように流れていた。第一合奏部による演奏だ。部員の練習を見ている××××××××は、来る音楽会を前にして仕上がった曲を聴きながら、心地よさそうにそよ風とリズムに乗って左右に揺れ動いている。
「こんちゃーっす!」
 とんでもなくデカい声が一瞬にして演奏を台無しにした。
 一気に集中力が散った。ムードも散った。いきなり音楽室に入ってきた不届き者を×××はキッと睨みつけたが、すぐに「はうっ!」と血の気が引く。
「あっれー? ×××さんじゃないですか!」
「×、×××××・・・・・・!」
 がははと笑いながら乱入してきたのは、長い髪をサイドに縛って垂らしている眼鏡の女の子・×××××××××××である。先日の××××××たちによる反乱騒動で中心となって動いていた人物で、今も学園内では悪名高い。品行方正で清廉潔白な女生徒として名の通っている××××××××は、今最も会いたくない人物の登場に動揺していた。
「×××××、あなた謹慎中では」
「懲罰房? 抜け出しちゃいました。×××さんに用がありましてねー」
 も、問題児がお姉さまに用事ですって? 副部長の××××××は愕然としていた。
(ありえないわ、お姉さまに限ってこのような問題児と関わりがあるなんて)
 そんな××××を筆頭に、部員の女の子たちからもどよめきとざわめきが起こり、もはや練習どころじゃなくなってしまった。
「静かにしなさい! 練習中ですよ!」と、何とか冷静さを保とうと×××は努力する。「×××××、いったいどうしたの? 合奏部に何の用?」
「今度の音楽会、私たちも出ようと思うんです。×××××や××たち誘って」
「ば、馬鹿おっしゃい! 期限はとっくに過ぎ」
「ツれないなぁー。×××さんとはカテゴリーえ」
「わー! わ―――ッ!」
 聞きなれない、憧れの先輩の大声。絶叫。引きつった顔。めったに見られない×××の醜態を前に、いよいよ××××は細かく震え、顔面を蒼白にし、いつでも卒倒できる体勢に入っていた。
「わ、わかったわ×××××。あなたたちも夏の音楽会、出させてあげる」
「ほんと? ありがとう×××さん! 持つべきものは仲間だよねー!」
 仲間・・・・・・? 学園一の問題児・×××××と私たちのお姉さまが仲間・・・・・・?
 この思わぬKYの登場によって、優雅なムードたっぷりだった音楽室は、瞬く間にお先真っ暗のお通夜ムードに陥った。
 それ以上に悲惨なのは×××本人だ。もうメチャクチャだ。数年間地道に築き上げてきた、合奏部での自分のイメージが一瞬にして台無しにされた。
「登録名はアリスプロジェクトでお願いします! では、風紀の追っ手が迫っているのでこれで!」
 ビシッと右手を上げて元気いっぱいに去っていった×××××。
 どうなることかと恐々として見ていた部員たちだが、×××の背中から涌き出てきたどす黒いオーラを確かにその目にして戦慄する。
「×××××、見てらっしゃい・・・・・・? 音楽は血で血を洗う聖戦だということ、徹底的に味わわせてあげる・・・・・・!」
 今まで聞いたこともない、そして誰も知る由も無い、××××××の恐ろしい異能者××××××××の殺気立った声。
「いつもの×××様じゃない・・・・・・クスン」
 とうとう××××は泣き出してしまった。


 音楽室からやけに沈んだ雰囲気の「美しく青きドナウ」が流れてくるなか、学園の近くにある野球グラウンドでは、ある草野球大会の決勝戦が催されていた。
 双鉄キャノンボールズVS双葉交通バスチーム。
 キャノンボールズは、双葉学園鉄道の職員らによる草野球チームである。快音が響いた。
「九回ツーアウトから川井が出たか。よし、勝負をかけるぞ」
「何か策があるんですかぁ? 六谷さぁん」
 選手兼監督の六谷純子はアンパイアを呼び寄せ、「代打」を告げている。純子は小学生のころから野球を続けており、就職してからは草野球チームを創設した。専用ユニフォームを自作し着用するとんでもない気合の入りようだ。
 夏恒例の「社会人草野球大会」は、純子にとって大事なイベントだ。一昨年に念願の初優勝を飾ってから、三連覇をかけて今大会に臨んだのである。
 しかし、相手の交通バスチームは思わぬダークホースだった。一点ビハインドで決定打のないまま、とうとう九回まで追い込まれてしまった。あと一人で試合終了というときに、小松ゆうなの同期社員である若い川井が二塁に出たのである。相手ピッチャーはじっと代打の登場を待っている。
 ところが、その相手ピッチャーの目が点になった。バッターボックスに、小学生ぐらいのちまっこい女の子がやってきたからだ
「立浪みくよ!」にかっと八重歯を見せて名乗る。「にひ。二塁打決めちゃうから!」
 これが六谷純子監督の秘密兵器だ。決定打を確保するために用意した、野球大好き少女。本人も中日ドラゴンズのユニフォームシャツにミニスカートという格好で登場しており、やる気に満ちているようだ。背番号は当然「3」に決まっている。
 みくがバットを振る。なるほど手首の関節は非常に柔らかく動き、バットは身体よりも大きくて綺麗な弧を描く。失投はもちろんのこと、きわどい球でもしっかり当ててきそうだ。
「しかも足がかなり速いんだ。使えるぞ」
「出塁率がえらいことになってますねぇ」
 データを眺めながら小松はそう呟いた。
 だが相手チームの監督も出てきてピッチャー交代を告げた。どうやら向こうもクローザーとして、「助っ人」を用意してきたようなのだ。
 マウンドに上がったのは。双葉学園の制服を着ている高等部の子だった。みくが怪訝そうな顔つきになった。
「・・・・・・誰、あんた」
「×××××です・・・・・・先生本気で投げますから・・・・・・」
 みくがバッターボックスに入り、試合が再開される。彼女は非常に小柄なので、ストライクゾーンはかなり小さくて低い。制球力が求められる。
 ×××はほとんど振りかぶらずにすっと投げてきた。いつどこで力んでいるのかもわからないぐらい、軽いモーションだ。真上にすっぽぬけた球を高い動体視力で追いながら、みくはまず見送ることを判断しかけたのだが。
 何と球が急に降ってきた。慌ててバットを振ったが空を切る。
(ナックル!)
 驚いてばっと×××のほうを向く。この人、できる! みくの衝撃覚めやらぬまま、×××はあっという間に二球目を投じてきた。
 またもすっぽ抜けた球だ。しかも外側に大きくそれている。これはボール球だろうとみくは見送ることにしたが、急に気が変わったかのようにボールはクンと落ちてきて、しかもストライクゾーンに方向を変えてきた。
「ストラィーッ!」
 アンパイアが声も高らかに判定し、みくは「な!」と彼を睨みつけた。しかし逆に睨み返されて威圧されてしまい、ぐぬぬと涙目になって×××のほうを向き直る。アウトローぎりぎりいっぱいに入ったのだ。
(何なの、あのボール!)
 ×××はひょうひょうと、表情一つ変えずに不可思議ナックルボールを放り続ける。厳しいコースに入ってきたものをなんとかカットしてしのぐが、タイミングを合わせて振れたときに限って軸をずらされ、ファールにされてしまう。とても精神的に疲れてくる。
 ずっとツーストライクノーボールのまま追い詰められているみくは、すっかり心が揺れ動いてしまっており冷静さを欠いていた。×××はその隙を見逃さなかった。
 全然力を入れているようには見えない、ゆったりとしたフォーム。その小さな手元から速いストレートが伸びてきたのだ。
「え、ちょ」
 手が出なかった。インサイド直球にズバっと決まり、試合の決着がついたのである。
「ぐわー! 三連覇がぁー!」と純子は崩れ落ち、みくはバッターボックスでぺたんとお尻を着いて座り込んでしまい、「うわぁあああん、もう帰るぅ! 帰ってマサにいっぱいイイコトしてもらうぅ~~~!」とびーびー泣き出してしまった。
 マウンド中央で喜び合う交通バスチームのおっさんたち。監督がやってきて、「×××ちゃんありがとう! すごい魔球だね、野球やってたのかい?」ときいてきた。
 こういうとき決まって×××は、こう答えるのだ。
「昔取った・・・・・・杵柄です・・・・・・から・・・・・・」


 閉会式のあと、×××は打ち上げパーティーに誘われたが丁重に断った。やるべきことがたくさんあった。学園側と約束した島内奉仕活動や、弟と食べる食事の準備。他の部活動からも助っ人を頼まれている。×××にとって忙しい日々が続いていた。
 グラウンドを後にし、道路を横断する。青信号を確認し、ピッチャーグラブの入っているナップザックを肩から提げてとことこ横断していた、そのときだった。
 右側から車が猛スピードで突っ込んできたのだ。×××は驚き、すぐ自分自身に跳躍力増強の異能をブーストした。前方向にカエルのごとく鋭く飛び出し、反対側の歩道にごろごろ転がって何とか轢かれずにすんだ。
「・・・・・・っ」
 むっとした顔で信号無視をはたらいた車を睨む。その車は停止することなく、何の悪びれもない様子で去っていった。白いスポーツカー。エンジン音はとてもうるさい。
「袖ヶ浦・・・・・・ナンバー」
 はて、袖ヶ浦ってどこだったか? そんなことを考えていたとき、先ほどまでいた歩道を小学生たちが駆けてきた。それに続いて、どうしてか××××と××××までもがどたばたと続いてきたので、ぎょっとする。
「あーもう、しつけぇ! 虹子ぉ、虹の橋出してくれぇ!」
「やだ! からかったの太陽くんじゃん! そういうの嫌!」
「いい加減堪忍なさい! 絶対ただじゃ済まさないから!」
「ねぇ待ってよ××ちゃーん、待ってってばぁ~~~」
 一行の背中が見えなくなってから、×××は呟いた。
「元気な・・・・・・人たち」


 夕刻のニューヨーク。洋上を×××××社のクルーズ客船が堂々と進む。
 高価な置物のように並べられて美しく輝く、マンハッタンのビル。そのような美しい夜景をバックに、船内ではとある催し物が開かれていた。
 超科学異能アンドロイドコンクール。
 異能者として生まれた令嬢を持つ×××××社ならではのイベントだ。地球上の各国からロボット工学を専門とする異能者が集まり、ロボットやアンドロイドの出来映えを競うのだ。
「優勝は・・・・・・××××。×××××××××!」
 ドンとスポットライトが、××××に合わさる。会場が拍手で埋め尽くされた。
「光栄ですわ。どうもありがと」
 ××××ボディの製作者である××××××××が壇上に上がったとき、さらに祝福の拍手が大きくなった。××が主催者の娘だからとか、そのような理由で選ばれたのではないということはこの場にいる誰もが理解している。
 ××××はフランス人形を思わせる豪華なドレスに身を包まれており、透き通るような白い素肌と「にこっ」という愛嬌のある微笑みが審査員をことごとく魅了した。アンドロイド本体の性能もさることながら、デザインセンスも厳しいものが要求されるこのコンテストにおいて、××××の優勝は最初から決まっていたのも同然であったのだ。
「悔しい。さすがは米国を代表する×××××社の令嬢だ」
「あら、日本代表の与田光一さんじゃなくて?」
 クフフ、と××は勝ち誇った小憎らしい笑みを彼に向けた。与田光一もまた、ロボット工学を十八番とする国産ロボットメーカーの跡継ぎの意地をかけてこのコンテストに臨んだのだ。しかし、あの美しいマリオネットを前になすすべもなかった。完敗だった。
「メイドインジャパンもあの程度じゃたかが知れてますわね。超科学は今後、とても重要な産業となる分野。それはあなたもよくおわかりでしょう」
「ああ。これからは僕らの時代だ。僕らがこれからの異能者たちを、世界中の人間たちを牽引していかなければならない」
「そのイニシアチブも我々×××××社が――『USA』が握ることになりますわ。あなたがたジャップは私たちのお尻をいつまでも追い続けることですのね、クフフフ」
「くっ・・・・・・!」
「だいたいモチーフがウチの風紀委員長とはどういうことでして? あんな仏頂面で愛想のない貧乳堅物凶暴剣客女の、どこがいいんですの?」
「大きなお世話だ・・・・・・!」
 与田光一は今回、自身の通学している双葉学園で風紀委員長を務めている逢洲等華をモデルにしたロボットでコンテストに挑んだ。偵察ロボットで逢洲等華の生活や行動、嗜好を徹底的に取材し百パーセントに近い水準で再現した自信作であるはずだったのに。
「教えて差し上げますわ光一さん。超科学は『愛』のちから。光一さんのようにどこか歪んだ気持ちでものを作っていては、いつまで経っても皆様方の共感なんて得られませんの」
「もっと・・・・・・バストを強調すべきだった・・・・・・」
 がっくり肩を落とす与田を放っておき、××はヒロインのもとへ向かう。××××は世界各国の異能者たちと握手をしたり、挨拶をしたりしていてとても幸せそう。そう、××××を幸せにすることが××××××××にとって何よりの幸せ。生きがい。『愛』。
 ××××は××に気づくと、その美しい笑顔を彼女にも向けた。
「綺麗ですわ、×××。あなたが、そして私たちが一番ですのよ・・・・・・」


「・・・・・・う~ん、×××、素敵ですわ・・・・・・綺麗ですわ・・・・・・さすがは私の・・・・・・×××・・・・・・むにゃむにゃ」
 デスクに突っ伏し寝言を漏らしている××××××××。せっかくの設計図がくしゃくしゃになり、可愛らしい小顔にも消しゴムのカスがたくさんこびりついてしまっている。
「あらあら」
 ××××××××は消しゴムのカスを取ってあげてから、××の白衣を彼女の肩にかけてあげた。何か楽しそうな夢の中にいる彼女を起こさないように、静かに、そっと。
「どんな夢を見てるんだろ。私にも見せて欲しいな」
 親友の寝顔を眺めながら、××××は傍らの椅子に座った。自分で用意してきた雑誌を開き、恋愛関係のコラムや占いコーナーをチェックする。
 彼女はボディの修復・調整をしに××のラボに来ていた。××××の戦闘ボディは××の手によって修理中である。
 ちょうど先月、××と××××は醒徒会に勝負を挑んだばかりであった。それも、恐れ多くも双葉学園醒徒会長・藤神門御鈴とである。真正面から白虎との光線の撃ち合いを繰り広げるという、学園史上稀に見る壮絶な戦いであった。
 結果は・・・・・・。結局会長には歯が立たず、××××は文字通り死力を尽くして半壊してしまった。それから学内・島内での奉仕活動の傍ら、××××ボディを修理・修復する作業が連日続いていた。
「××ちゃん、私のために頑張ってる」
 ××の××××に対する気持ちの入れようや愛情は、××××本人がよくわかっていた。浮遊するだけの存在だった自分を友達として迎え入れ、本体そっくりなボディと戦う力を与えてくれた。
 それだけに、××××が会長との戦いで消滅寸前まで陥ったとき、××は心から涙を流していた。絶対に自分と離れたくないという、純粋な気持ち。
 だから、××はハード・スケジュールでもこうして頑張っている。睡眠時間も惜しんで新しい設計のボディを構想してくれている。毎日の調整作業にも優しく付き合ってくれる。
「私は××ちゃんに、とっても愛されてる」
 丸い眼鏡を外した××は、歳相応の幼い少女にしか見えない。××××はこの女の子が親友であることに強い誇りを感じていた。


「無いなぁ」
 遠藤雅はすっかり困った様子で、大量の本がぎっしり詰め込まれている棚の前で立ち尽くしていた。
 大学が夏休み中、異能歴史学科のゼミでレポートの課題を与えられていたのだ。教授の雅に突きつけた課題は、「BEFORE1999とAFTER1999について調べること」。日ごろ図書室をほとんど利用しない彼にとって、この無限にすら感じる空間の中で適切な資料を探せというのは苦行のようにしか思えなかった。
「ま、今日で初めて図書室に入ったしね」
 はぁっとため息をつく。しかし、与えられた時間は限られているのだ。途方に暮れる暇があったら目を動かす、足を動かす、頭を動かすべし。
「どうしたの?」
 と、そのとき横から話しかけられた。雅は左を向く。
 緑の瞳をした外国人の女の子がすぐ隣にいた。身長が同じぐらいなので、すぐ目の前に端整の取れた綺麗な顔がある。白い肌とブロンドの髪。美人さんだ。いい匂いがする。雅も双葉学園に入学して半年ほど経過したが、このような生粋の外国人は珍しいと思っていた。
「何を探してるの?」
「ああ、その、BEFORE1999やAFTER1999について調べたいんだけど」
「うん、確か異能歴史学のコーナーにあったような気がする」
「え? そんなコーナーあったの?」
「もう、ダメだよ。ちゃんと調べないと」
 くすくす静かに笑われ、雅は顔から火が出るような思いをしていた。女の子に(それも可愛い)呆れられることほど、男にとって情けないものはないのである。
「おぅ、遠藤、×××××」
 そして彼女の向こう側からやってきた、かなり大柄な男子学生。硬い筋肉を何十にも重ねて全身に巡らせ、まるで鎧に身をまとっているかのような男。そう、彼こそが――。
「キャッ。龍河さまっ!」
 龍河「さま」? 雅はびっくりして彼女の横顔を見る。確かに醒徒会広報・龍河弾はべらぼうに強くてこの学園になくてはならないヒーローではあるが、あたかも王子様であるかのように憧れる子がいるなんて夢にも思わない(それも可愛い)。
「珍しいな、×××××が遠藤と話してるなんてよ」
「その、この方が図書館に不慣れだというんで、助けてあげようかなって・・・・・・。えへへ」
「けっこういいことするじゃないか、×××××」
 ぽんぽんと頭を触られる。×××××と呼ばれた外国人の女の子は顔面をピンク色にし、緑の瞳を潤ませていた。ああ、わかりやすい人だなと雅はしみじみ思った。
 彼のレポート課題に関わる文献は、×××××の教えてくれたとおりの箇所にあった。
「学生証を出してください」
「はい」
 受付に座っていたのは黒い髪を二つに縛ってそのまま下ろした、一言で表現してしまえば「地味」な女の子だった。制服からして中等部の子だろうなと雅は思う。「図書委員」の腕章が参禅と輝いていた。
 その女の子はトレー式のリーダーに学生証をかざし、貸し出し記録を入力した。このモバイル学生証はとても便利なものだ。GPSに似た位置特定機能もあれば、ラルヴァ接近を探知するレーダーまでも備わっている。しかもこうして図書の貸出記録も付けることができるとは。
 ×××××にお礼を言うため、彼女のところに戻ろうとする。彼女はまだ、龍河ともじもじしながら会話をしていた。龍河が笑顔で何か言うたび、×××××は目を合わせられず下のほうに視線を移した。アッシュブロンドの後ろ髪が細かく揺れている。
「邪魔しちゃ悪いかな」
 雅はそう思い、そっとその場から去って図書室を後にしたのであった。
 ××××××××××の第一印象は「か弱い」。
 そんなことを思っていた。


「ところで龍河さま?」
「なんだ?」
「龍河さまも何か用があって来たのではいのですか?」
「へへ、×××××に会いにきたに決まってんだろ?」
 ボンと彼女は赤面した。
「まぁ、本当はちょっとした野暮用ってやつだ。ここんところ、また醒徒会が忙しくなってきたんだ」
 残念そうな顔をこっそり見せてから、×××××は彼にこうきく。
「問題でも起こったんですか?」
「それに近いようなもんだ」龍河は言う。「双葉島外部の異能者について調べなきゃならなくなった。それも早急にな。島の外では妙な事件が起こっている」
 ×××××は小首を傾げて彼の話を聞いていた。




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