【女子高生彩子の学級日誌 3日目】


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   その四 女王様との激戦 前編


 そりゃあ私もね、この変態クラスに揉まれて少しは大人しくなったわよ。
 でもね、あいつだけはキッパリサッパリ受け入れられない!
 六谷彩子はキッと高速で振り向き、そいつの優美な姿を目に映す。
 星崎真琴。
 彩子よりも圧倒的にスタイルが上で、性格も良くて、異能者としても何枚も上手で、「パーフェクト」を絵に描いて貼り付けたようなスーパー女子高生である。
 二時間目が早く終わり、昼休みに入るまでの間、真琴は退屈そうに鉄扇をあおいでいた。「五月に入って暑くなってきたわね」などと言いつつ、ブラウスを緩め、圧倒的なおっぱいの谷間をうっかり衆目に晒す。変態・スケベの二拍子揃った男子どもから「グレイトォ!」という歓声が上がった。
「何なの、あの『美人な私超TUEEE☆最強』オーラは・・・・・・!」
 これまでの自分をあっさり棚に上げ、怒りのままにぎりぎりシャープペンを握り締める。
 あの雰囲気を彩子は知っている。まさに、敬愛する姉・六谷純子が身にまとっていた、女王様の風格だ。
 真琴が今やC組の頭脳・カリスマとなり、学級会の議論や訓練の中枢となっている。それは彩子が理想としていた姿であり、クラスにおける役割であったのに。
「おいコラァ! 星崎真琴ォ!」
 彩子はビッと竹刀の先を真琴に向けた。
 長い脚を組んでばさばさ扇いでいた真琴は、ほんのり火照った素顔を彩子に向けた。
「どうしたの。随分と血気盛んじゃない」
「どうしたも何もねーわよ! あんまり私の前で調子こいてるとぶっとばすわよ!」
 などと迷惑な喧嘩をふっかける。別に真琴が彼女に対して何か悪さをしたわけではないのだが、自分よりも優位に立つ偉そうな奴(特に女)は、彩子の嫌うものの一つなのだ。
「このクラスには元気の有り余った人ばかりが寄ってくるのね。H組の春部さんといい、C組に静寂の日は訪れないのかしら」
「さらっとクールに流そうとしてんじゃないわよ! そういう強キャラ臭さがわたしゃ、最ッ高に気に入らないの!」
 そして、彩子はガツンと竹刀の先を床面にぶつけてから真琴にこう言った。
「勝負よ、星崎真琴! 私と戦いなさいッ!」
「おいおい、冗談はよして」と、さすがに驚いて声を荒げる。「そもそも私は異能が使えなかったら何もできない、ただの女子生徒だぞ。剣道をたしなんでいる六谷さんのほうがずっとずっと有利じゃない」
 と、そこに「おっす、真琴ちゃーん!」という元気な声が割り込んできた。
 如月千鶴。隣のクラスにいる生徒だ。
 廊下でぶんぶん手を振って、真琴を呼んでいるようだ。
「あら千鶴。・・・・・・そうか、そろそろカフェが開く時間ね」
 真琴は立ち上がった。きゅっとブラウスのボタンをしっかり閉めて、周りに群がっていた男子たちを落胆させる。
「ちょ、あんた! どこに行く気よ!」
 空気の読めない彩子はぎゃーぎゃー吼えた。真琴はちゃきんと鉄扇を閉じると、すまし顔で彩子にこう言い残した。
「まぁ、そういう話はまた今度聞くわね。とりあえずお昼行ってくるわ。後でね」
「こここ、この、クソアマ・・・・・・!」
 彩子はぎりぎり歯をかみ締めた。強く握っている竹刀はばきばきと悲鳴を上げ、ベリーショートの髪の毛が熱気で持ち上がり、水中の草のようにゆらゆら揺れている。
「逃げ回ってないで、私と勝負しろって言ってんでしょうがぁ――――――――ッ!」
 去り行く真琴のロングヘアー目掛けて、彩子は竹刀を投げつけた。とても剣道をたしなんでいる人間とは思えない蛮行である。
 竹刀は真琴を突き刺さんとばかりに飛んでいく。しかし、あと数秒で後頭部に到達しようとしていたとき、真琴が髪の毛をばっと乱して振り返った。その横目は非常に怒っていた。
「しつこいッ!」
 次の瞬間、彩子はまさかの光景を目にする。真琴に直撃するはずだった竹刀が、ぱっと消滅したのだ。
 そして、真後ろから真っ直ぐ飛んできた自分の竹刀が、彩子の後頭部に当たったのである。
「うごっ・・・・・・?」
 奇声を上げると、そのままバタンと倒れてしまった。
 真琴は自分に向けて投げられた竹刀を、すんでのところで「他者転移」で彩子の背後に飛ばしたのだ。直線運動を保存したままスライドさせたので、引き続き竹刀は真っ直ぐ飛んでいった。恨み妬みの存分にこめられた一発を、彩子は自分自身が食らってしまったのだ。
「しばらくそこで頭を冷やしてろ!」
 友人の千鶴を従えて、真琴はぷんすかカフェへと行ってしまった。


 その後、彩子は目覚めると保健室のベッドにいた。
 ほとんど保健室の常連と化している自分に、どことなく嫌悪感を抱く。私はいったい何をやっているのだろうと。壁がけ時計を見てみたら、何と放課後になっているではないか。このペースで単位はとれるのか、彩子は不安になった。
「六谷さん、大丈夫?」
「うん? ああ、あなたは・・・・・・」
 まだ痛みの引かない頭を押さえながら、彩子は右を向いた。短めの髪に童顔がとても可愛い、C組のクラスメートが隣にいた。美作聖である。
 彩子はさらに、美作の隣に、見慣れた顔の男子生徒がいるのを認めた。すかさず、鬼の表情になって寝台の下に転がっていた竹刀を取り、ビュンと振り下ろす。
「おっと」
 攻撃が読めていたか、それとももう彩子の動きを見切れるようになったのか、拍手敬はあっさりよけてしまった。彩子はちっと舌打ちをした。
「何であんたなんかがいるのよ」
「心配で見にきてやっただけだよ。なあ、その――。そろそろ、無茶は止めたほうがいいんじゃねえのか?」
「何が言いたいのよ」
 と、そのとき美作が彩子の手を取った。不安そうな眼差しをして彩子を上目遣いで見つめている。獰猛な暴れ馬である彩子は、その優しい子犬のような視線に面食らった。
「真琴さんは相手が悪いです。あの人は本当に強いし、頭もいい。大きな怪我をするぐらいなら、大人しくしておいたほうがいいです」
「フン! 上等じゃないの、相手が強ければ強いほど女戦士の血がうずくわ」
 そう、美作に対して強引に笑みを作ってみせた。
「俺としては、六谷さんはもっと真琴さんや委員長と仲良くなってもいいと思うんだけどなあ」
 拍手がまともなことを言ったとたん、彩子はきっと彼を睨み上げる。彼は筋金入りの頑固者を前に、はあっとため息を吐いた。
 彩子は落ち着きを取り戻すと、ゆったりとした優雅な口調で二人にこう言う。
「心配ないわよ、お二方? 私だって六谷の女よ。どんな風に育てられてきたか教えてさしあげましょう。『下衆な男を従えて上に立て』『気に食わない女は蹴落として上に立て』」
「随分と変わった家系なんですね・・・・・・」
「プライドが許さないの。決めたわ。私は絶対に星崎真琴に勝つ。もしも勝つことができなかったら、美作さん。あなたに夕飯の一つでもおごってやるわよ」
「え? いいの? 六谷さん?」
「ささいな賭け事でもないと面白くないしね。フフン、私が本気を出せばあんな女王様もどきなんて、大したことないのよ!」
「私・・・・・・いっぱい食べる子だよ?」
「あなた、私が負ける前提で話進めるのね。ま、万が一負けることになっても、美作さんぐらいなら私のお小遣いでも問題ないわ」
「忘れないで・・・・・・くださいね?」
「だからなんで私が負ける前提で話進めるの。なんだかお目目キラキラさせてるし」
 その話を聞いていた拍手は、「あーあ・・・・・・もー知らね」と、一人背筋を震わせていた。


 しかし、六谷の女がひとたび本気を出せば恐ろしい、というのは真実である。
 刈ると決めた女に対しては地獄の底まで追いかけろというのが、連綿と続く六谷家の掟であり、家訓であり、伝統であるのだ。
 場所は変わり、双葉学園の女子寮。
 がら空きの大浴場に、二名の女子生徒がタオル片手に入ってきた。まだ夕方手前の時刻なので、彼女らはめでたく一番風呂を手に入れたことになる。
「はうう~ん。コレよコレぇ。ちゃんと揉んでおかないと、一日がいつまで経っても終わらない気がするわぁ・・・・・・」
「やめんかい。お前はよくもまぁ、毎回毎回飽きないよなぁ・・・・・・」
 真琴はいつものように、千鶴に胸を揉まれていた。小さな手からあふれ出るけしからん球体。まだまだサイズが小さかった頃から何年もかけて、千鶴がふにふにもみもみ刺激しただけはある。彼女による、まさに熟成の一品だ。星崎真琴はとうとう、女性なら誰でも羨むカリスマおっぱいの領域に至っていた。
 今日一日の出来事を振り返りながら、二人は体を洗う。スポンジで腕を拭っていた千鶴がこう言った。
「そういえばさぁ、真琴ちゃん? C組にいたあの赤い眼鏡の子。元気があって面白いねぇ」
「あー、六谷か・・・・・・」
「聞いちゃったよー? 勝負しなさい! とか何とか絶叫しているとこ!」
「あいつは何で私なんかに突っかかるんだろうな。参っちゃうよ」
「あはは。で、勝負してあげるの?」
「まさか? 私はテレポーテーションの異能者だ。あんな危なっかしい子とタイマン勝負なんて、考えただけで恐ろしい」
 体を洗い終えた二人は、広々とした湯船のほうへと歩き出す。
 沸きたてのお湯は浴場に濃厚なけむりを充満させた。肩まで漬かったら恐らく声が出てしまうことだろう、温かさを感じる。
「面倒な話だが、これからは学校内では強襲されないよう、警戒しなくちゃだな――」
「待ってたわよ星崎真琴ォ――――――――――――――――――――――――ッ!」
 ざばぁあああという音と共に、湯船のど真ん中から何者かが浮上した。
「うおおおおおお?」
 さすがの真琴も仰天して大声を上げた。湯船の底で待ち構えていたのは、渦中の人物、六谷彩子であった。短い髪をべっとり頭にひっつけ、肌が桃色に茹っている。
「・・・・・・うう、ちょっとのぼせちゃったか」
 急に立ち上がった彩子は、少し左右にふらついていた。あんまりな不意打ちに真琴は腰が抜けていた。
「お、お前は本物のバカだ!」
「うん? 六谷の女はね、一度決めた標的には徹底して付きまとうもんなのよ?」
「いくらなんでも風呂にまで押し寄せてくるんじゃないよ!」
「問答無用。お命頂戴致す! どりゃああああああ!」
 彩子が素手で殴りかかる。気が動転してしまった真琴は、彼女を『他者転移』で退場させるタイミングを完全に逸してしまった。ところが。
「氷結」
 千鶴がこの一言を唱えた瞬間、彩子は宙で氷漬けになってしまった。勇ましい表情のまま全裸で固められてしまい、そのままドボンと湯船に落下する。
 お湯の熱によって、辛うじて彩子は氷漬けから生還することができた。
「・・・・・・ゲヘッ、ゲヘッ! ちょっと! そこのあんた、何すんのよ! 冷たすぎて心臓止まりかけたじゃない!」
「こっちが何するんだって言いたいよ! あなたバッカじゃないの! その根性をもっと健全なことに生かしたらどうなの!」
「外野が大きなお世話よ! 邪魔しようって言うんならね、あんたも私の炎で焼き尽くすわ!」
「やれるもんならやってごらん」
 千鶴は人差し指で円を描いた。すると自分たちと彩子を隔てるように、今度は分厚い「氷の壁」が構築された。
 それを一目して、「どういうつもりよ!」と彩子が怒鳴る。
「お風呂のときまであなたに付き合うつもりはないよ。私たちはもう上がっちゃうから、まだ何か御用でしたら後でゆっくりお話しましょ。・・・・・・その壁を突き破ってこれたらの話だけどね」
「て・ん・め・え・・・・・・!」
 浴場に作られた氷の壁は、白い冷気が湯気以上にもわもわ噴きだしており、非常に冷たそうだ。しかし、直情的な彩子は拳を握り締めた。
「こんなの、六谷の火を使わなくても破ってやるわよ」
 そして彩子は湯船から壁に向かって飛び掛った。壁を素手で直接ぶん殴り、千鶴の眼前で氷を粉々にするつもりだ。
「氷の異能者! 目ん玉ひん剥いてよーく見てなさい! 火の異能者・六谷彩子が、あんたなんかの異能、ものの見事に粉砕してやるんだからああああああ!」
 直後、彩子は全身に激しい凍傷を負い、救急車で運ばれていった。


 次の日。
 のんびりとした暖かいお昼だった。真琴と千鶴が同じテーブルで紅茶を楽しんでいたところを、B組の大男がうっとうしく絡んでくる。
「そんなことがあったんすか! 真琴さん、変なのに付きまとわれてんのなら、俺に任せてください! 絶対、真琴さんを守ってみせますから!」
 お前が言うな。
 私に付きまとう変人代表格である、お前が言うな。
 真琴はそう言ってやりたかったが、ここは落ち着いて暴言を慎んだ。
 この存在自体が空気の読めないガチムチ大男は、名を三浦孝和という。190センチ近い身長を誇り、上半身はとにかく分厚い筋肉で覆われていて屈強な印象を受ける。専用のグラサンを装備させれば蝶野正洋と化してしまう、B組所属のレスラーだ。
 星崎真琴に惚れてしまったため、三浦はいつも彼女と一緒か、千鶴を含めた三人で行動している。この日も行きつけの学内カフェにて、三人は集合していた。
「お客様、紅茶をお持ちしました」
 そこに、ウェイトレスがお盆に紅茶を載せて歩いてきた。
 あら、ありがとう。
 真琴は優しい女性の笑顔でウェイトレスに軽く礼を言う。
 そしてティーカップを手に持ってから、はて、このカフェにウェイトレスさんなんていたかしら? と顔をしかめたのとほぼ同時であった。
「もらったぁ――――――――――――――――――――――――ッ!」
 とっさに鉄扇を広げてウェイトレスに向ける。向こうが繰り出してきた「竹刀」と、真っ向から激しく衝突する。
「チッ・・・・・・! そろそろ来ると思っていた・・・・・・!」
 真琴は舌打ちをする。扇の向こうには、般若の形相でぎりぎり竹刀を押し付ける、メイドカチューシャを装着した六谷彩子がいた。
「あんた、ほ、ほんとにしつこいねぇ!」
 千鶴があんぐりとしている。真琴と競り合いをしながら、彩子は彼女をギロリと睨んだ。
「昨日のは利いたわよ。あの氷壁、攻撃作用があるんですってね。まったく知らなかったもんだから私、すっぽんぽんで突っ込んでいっちゃったじゃない!」
「ラルヴァのように馬鹿みたいに近づくからだよ」
「何ですってぇ!」
「その割りには、よく一日で回復してきたじゃないか」と、真琴が言う。
「病院に治癒能力者が駆けつけてきてくれたからよ。天は私に味方してくれたようね、ご愁傷様」
 そう言うと彩子は後ろにバク転し、距離を取った。こめかみに血管を浮き上がらせながら、真琴と千鶴に対して強い憎しみを露にする。
「凍傷は痛かったわよぉ・・・・・・。生き地獄だったわよぉ・・・・・・。治癒能力者が来てくれなかったら命が危うかったんですって。家に帰ったら帰ったで、心配かけちゃった幸子姉に意識が飛ぶまでシバかれて、またも己の血を見たし」
「自業自得じゃん」
「じゃあかぁしい!」彩子は吼える。「さすがの私も昨日は死ぬかと思った・・・・・・この彩子様が死にかけたのよ!」
 彩子は竹刀を足元に置いた。これまでとは異なる手段に、真琴と千鶴の顔から緩みが消える。
「もう、優しくしないわ。私の『異能』を、いよいよあなたたちに見せてあげる」
「・・・・・・何をするつもりだ」
「何って、ちょっとした集中砲火よ? 飛んでくるミサイルは例外なく打ち落とすことのできる、高性能な遠距離攻撃よぉ」
「おい、こんなところでよせ!」
 意地っ張りな彩子は、とうとう最後の手段に出た。自らの異能『ファランクス』で、真琴を葬り去るつもりだ。
 左手を空高く掲げ、手のひらから真琴の位置や真琴への射程距離を把握する。それがぴったり定まり、気の充実が完了した瞬間、彩子の右手から弾丸は発射される。
「捉えたッ!」と彩子が目を大きく開いた。
「くそぉ!」と真琴が彩子を『他者転移』させようとする
「食らえぇ――――――――――――――――――――――――ッ!」
 彩子の右手が火を吹こうとした、
 が。
「おいおい、こんな場所で派手に騒いでもらっちゃ、迷惑ってもんだぜ?」
 三浦が大きな手で、彩子の左肩を持ったのだ。野郎に触れられた彼女の全身に、ぞわぞわと蕁麻疹が駆け巡る。異能『ファランクス』はキャンセルされた。
「さ、触ってんじゃないわよッ!」
 左足のかかとを背後にブン回し、彩子は三浦の側頭部に華麗な回し蹴りを決めた。
 しかし三浦は全然利いていない様子で、鼻血をちょろっと垂らした程度で、ニマッと白い歯を見せつける。
「軽い蹴りだなぁ」
 そして、彼女に頭から突っ込んでいった。彩子が「ひぃっ!」と悲鳴を上げてまもなく、彼女は三浦に上半身をがっちり掴まれてしまう。そして何と三浦の強大なパワーによって、軽々とさかさまに持ち上げられてしまった。
「嫌――――――ッ! ちょっとぉ――――――ッ!」
 さかさまになってしまったため、当然ミニスカートがぺろんと裏返しになってしまう。ピンクのパンツが公衆に晒されるという、大変かわいそうな目にあっていた。
「やだぁ、下ろしてよ! こんなことされちゃ私、お嫁に行けないじゃないのっ!」
 パンツ丸出しとなってしまった下半身が、わたわたとバタ足をしている。しかし、三浦によってしっかりと持ち上げられてしまった彩子は、どうあがいても拘束から逃れることができない。
「散々真琴さんに迷惑かけた罰だ。ちょいと痛い目にあってもらうぜ!」
 逆立ちの感覚。頭に血液が逆流していくような、気持ち悪い感じ。
 二メートル近い高めの位置で、彩子はさかさまにされている。しかし、何も彩子にただ恥をかかせるためだけにこんなことをしている、プロレス狂ではない。
 千鶴がどこから持ってきたか、マイクを握りカフェのど真ん中で熱い実況を送った。
『おーっと! 三浦のエロガキが六谷彩子を持ち上げてしまったッ! やってしまうのかぁ? まさかまさかこのカフェテラスで、三浦ぁ、あの技をやってしまうのかぁッ!』
 続いてマイクの音声よりも大きくてやかましい声で、三浦はギャラリーをこう盛り上げた。
「おーうおう! お前らよーく見とけよ! 俺は女の子には決して手を出さないたちだが、真琴さんに対していたずらの過ぎる仔猫ちゃんはお仕置きしないといけないなぁ!」
 イエーイ! とすでに観衆はノリノリである。無様な醜態を晒している彩子は、足をじたばた暴れさせながらこう泣き叫んだ。
「死ね! バカ! もうサイテー! いいから早く下ろしてよ! 絶対に絶対に絶対にただじゃすまさない! あんたなんてボコボコのけちょんけちょんに――――」
 背中からすっと後ろに落ちていく感覚。それが、彼女の最後の記憶となる。
 ブレーンバスターを食らい、彩子はその後の授業に出席することが不可能となった。


「わ、私はどうして星崎真琴に勝てないの・・・・・・」
 校舎の階段を上がりながら、彩子はぐすぐす泣きべそをかいていた。
 毎度のように保健室に世話になり、またも治癒能力者にヒールをかけてもらった。治癒能力者はいい人だった。たびたび自分から返り討ちにあいに行って、大ヤケドを負って帰ってくるというのに、いつも嫌味一つ言うことなく親切に治癒をかけてくれる。こうして保健室から教室に戻ることができるのも、その方のおかげである。
「負けたくない女に勝つことすらできなくて、何が六谷の娘よ・・・・・・」
 C組となって一ヶ月近くが経ったが、とうとう彩子はくじけそうになってしまった。
 ナンバーワンを目指していたはずが、春部里衣に蹂躙され、笹島輝亥羽にボコボコにされ、そして星崎真琴の前にどうすることもできず屈服しかけているというこの現実。
 ひたすら自己嫌悪しか感じない。プライドの高くて気の強い六谷彩子の面影は、もうみじんもない。すっかり自信を喪失してしまった彼女は、その後の授業には出ず、屋上を目指して階段を上り続けた。


 一方、星崎真琴はようやく落ち着いた気分で授業を受けることができた。
 度重なった彩子による執拗な強襲によって、彼女は疲れきっていた。まさか風呂や昼食のときに攻められるとは思ってもみない。壮絶といってよい彩子の執念に、うんざりするしかない。
 そんな彩子も今は、すっかり定着してしまった感のある「保健室タイム」に入っている。
「ま、とっとと体治して、とっとと大人しくなってくれたら、それでいいんだがね・・・・・・」
 字元数正の数学Ⅱを頬杖ついて聞きながら、真琴はため息を吐く。
「・・・・・・以上で三角関数の加法定理の証明が終わった。四種類あるが、サインコサインの順番やプラス・マイナスの符号を間違えて覚えるなよ?」
『教室のみんなぁ――――――――――――ッ!』
 突然、各人の腕時計型無線機から女子の大声が炸裂した。
 とんでもない声の大きさに、よだれを垂らして眠りについていた召屋正行がガタンと机を揺らし、字元はズッコけて白のチョークをボキリと折ってしまい、笹島は怒りの余り薄ら笑いを浮かべながら、椅子を真後ろに蹴っ飛ばして立ち上がった。
「六谷さん! 一体あんたどこで何をしてるの!」
『非常事態だってば! みんな今すぐ屋上に来て!』
「は? まだ授業中よ? もうこれ以上余計なトラブルを起こさないで頂戴!」
『違うの! 島にラルヴァが近づいてきてるのよッ!』
「・・・・・・え?」
 その報告に、C組は静まり返った。


 担任含めて二年C組全員が階段を駆け上がり、屋上にやってきた。
 すでに屋上に来ていた彩子が、まっすぐ南の空を指差す。
「あそこッ!」
「何だ、あいつは!」
 真琴が手すりによりかかり、叫んだ。
 そいつはとてもひょろ長い体を西日に晒しており、目玉として描かれた黒玉をこちらに向けながら、夕焼け空の中をゆらゆとら泳いでいる。
 カテゴリービースト・コイノボリ。初夏の風物詩として知られているラルヴァで、過去を遡れば歌川広重の浮世絵にその姿を見ることができる。
「普通の鯉幟とどう違うんだ? 害はないんじゃないのか?」と召屋正行が言う。
「あのコイノボリは黒い鱗をしているわね。町が危ないわ!」
「そりゃどういうことだ、委員長」
「黒いのはあの口元から『破壊光線』を放つのよ!」
 ぽっかり口の開いたマヌケな顔からごん太の破壊光線が放たれて、双葉島の町が破滅していく様子を想像し、召屋は非常にテンションが下がる。
「どうすりゃいいんだよ・・・・・・俺は満足にオッパイに触れることなく死んじゃうのか・・・・・・」
「召屋、お前があれを何とかしてこい。さもなくば数学の単位は保証しない」
「このクソ教師・・・・・・ッ!」
 C組の面々が慌てふためく中、刻一刻と危機は迫っていった。ところが、そのとき一人の女子がくすくすと不敵な笑い声を上げた。
 みんな一斉に六谷彩子のほうを向く。
「この私の前で悠々と空からやってくるとは、身の程知らずにもほどがあるわね・・・・・・!」
「何か手があるの? 六谷さん?」
 美作が心配そうにしてそうきく。彩子はそれに笑顔で答えたあと、すっと右手をコイノボリに向けて掲げた。
「いよいよみんなに見せてやるわ、私の異能」
 誰もが驚いて期待の眼差しを向けた。初めて彩子に対して期待している。竹刀を振り回して散々人様に迷惑をかけてきた汚名返上のチャンスが、彼女に回ってきたのだ。
 彩子は目を閉じて集中する。五本の指の神経を限界まで敏感にさせて、空中に漂うラルヴァの動きを見計らっている。
 そして。
「捉えたッ! 蜂の巣にしてやる!」
 その瞬間、彩子の右手からズドドドドと、無数の弾丸が発射された。屋上から校舎をびりびり揺るがすものすごい炸裂音と、激しい閃光に、C組のみんなは思わず目と耳を閉じてしまう。
「私の対空放射はいかなる奇襲も攻撃も許さない! 死ね!」
 ところが威勢よく叫んだ後、コイノボリは尾びれを翻して双葉島から撤収を開始、あっさり彩子の攻撃を全弾回避してしまった。かすってもいなかった。
「あ、あら・・・・・・?」
 音がすさまじかっただけに、その後訪れた静寂には重たいものがあった。気まずい空気を、カラスの鳴き声が助長する。プスプスと左手から伸び上がる粉塵がむなしい。
 一通り無言が続いたあと。委員長のおでこにビキィと血管が浮き出た。
「全然当たらないじゃないのよ!」
「期待させやがって!」
「何が最強の女子高生だ、この嘘吐きおっぱい!」
「そそそそそんなあ・・・・・・。まさか私の攻撃が当たらないなんてぇ・・・・・・」
 両手を地に着き、彩子はがっくりうなだれる。命中率百パーセントの数字がここにきて崩れてしまった。見せ場ですらまるで活躍できない自身のぽんこつ加減に絶望し、慟哭を上げる。
 しかし星崎真琴だけはしっかりとラルヴァの背を見つめたまま、冷静にこう言った。
「・・・・・・当たらないのは、遠すぎるからなんだ。六谷さん、もう少し距離を縮められたら、あいつを仕留められる?」
 悔しそうに泣いていた彩子は顔を起こし、真琴の真剣な顔を見る。そしてすぐに彼女の意図を理解した。
「・・・・・・当然よ。今度こそは確実に息の根を止めて見せるんだから」


 黒いコイノボリはゆったりとしたペースで双葉島空域を離脱、東京湾上を南に進んでいた。
 このラルヴァは双葉島を葬り去るつもりで出現したのだが、異能者による強力な対空砲火を確認したため撤退を決めたのだ。また今度、あの異能者がいないときにやってきて島を焼け野原にしてやればいい。
 ・・・・・・しかし魚類特有の視野の広さは、自分の背後に「何か」がヒュンと落下していったのを目撃する。
 それは六谷彩子だった。コイノボリはこれにびっくりして、体をうねうねくねらせ、フルスピードで離れていく。
 彩子は背中から海に向かって垂直に落下しながらも、今度は確実にラルヴァの動きを捕捉していた。
 さすがは星崎真琴である。コイノボリの軌道と軸がぴったり合うよう飛ばしてくれたので、命中率は格段に跳ね上がった。
(この距離なら、間違いなく撃破できる!)
 対象との距離を縮めるため、彩子は真琴の「他者転移」によって飛ばされたのだ。二人の異能者が織り成す捨て身の連携技が、ラルヴァに対して火を吹く!
 その前に彩子は島のほうをちらりと見た。双葉学園の校舎が小さくなって見える。C組のみんなは屋上で戦いの行方を見守ってくれていることだろう。そう思うと彩子は燃えた。
 コイノボリは高度を上げつつ彩子の射程外を目指して飛んでいく。彼女は叫んだ。
「『ファランクス』! 迫り来る脅威は私が根こそぎ撃ち落すッ! FIRE!」
 逃げ惑うコイノボリの腹部に、次々と弾丸が命中した。ひょろ長い体がくの字に折れ、ラルヴァは絶叫した。彩子は容赦せずに銃弾の雨を浴びせる。
「魚は魚らしく海の藻屑になりなさいッ!」
 そして、ついにコイノボリは腹から真っ二つになり、黒煙を上げながら東京湾に墜落していったのである。彩子は満面の笑顔を咲かせて、空中で思い切り大声を上げた。
「やったぁ! やったわよ、みんなぁ!」
 クラスメートのどっと沸いた歓声が、無線機から聞えてきた。六谷さん、ありがとう! と言ったのは美作聖。おっぱいは地球を救う! と叫んだのは拍手敬と思われる。
 それから、彩子がずっと目の敵にしてきたあの女子が、嬉しそうにしてこう言った。
「・・・・・・よくやったな。目の覚めるような対空砲火だった」
「星崎真琴・・・・・・」
「これからもクラスメートとして、お互い助け合っていこう。そのほうが私もみんなも、そして六谷さんも楽しいはずよ」
 その言葉に、彩子の胸のうちに熱くこみ上げてくるものがあった。
 人の上に立つことばかり考えてきて、今日までどれぐらい敵を作ってきたことだろう。彼女の憧れる六谷純子は、人から憧れられるようなカッコいい異能者だったけど、決して友人やクラスメートをないがしろにしなかった。
「みんなを大切にして、みんなと幸せになることを考えることこそが、一番大切なのかな・・・・・・?」
 この前の有葉千乃のこともある。保健室に担ぎ込まれた自分のことを気遣ってくれた美作聖もそう。拍手敬も・・・・・・本当はどこか憎めない。
 六谷彩子は笑った。
 二年C組になってよかった。
 こんな私のことを大事に思ってくれる人のために、私は頑張ろう。こんな私のことを大事に思ってくれたぶんだけ、みんなを大切にしよう。
「それが正しいシェアード・ワールドの生き方なんだよね、純子姉・・・・・・」
 彼女は穏やかな微笑のまま、落下していった。


   エピローグ


 一通り気持ちの落ち着いたその後、なおも垂直落下を続けていた六谷彩子は、無線で真琴を呼び出した。
「ラルヴァも撃退できたし、そろそろ私を回収してくれないかしら? 『他者転移』でできるでしょ? 私が華麗にみんなのもとへ帰還するまでが作戦でしょお?」
「あー・・・・・・。すまん、六谷さん」
 すると、真琴の申し訳なさそうな声が聞えてきた。彼女は突然、とんでもない事実を彩子に打ち明ける。
「どうやらここからあまりにも距離がありすぎて、回収できそうもないんだ・・・・・・」
「えー? なぁにそれぇ! このままじゃ私、海にドボンじゃないの? そんなオチってアリなのぉ? おっかしー! あはは。きゃはははははははははははははははは!」
 真っ逆さまになりながら、彩子は笑った。腹を抱えて狂ったように笑い倒した。
 そして、ギンと彼女の顔が鬼のそれと化し、大粒の涙がぶわっとはじける。
「・・・・・・星崎真琴のバッキャロ――――――――――――――――――――ッ!」
 C組のみんなは校舎の屋上から、彩子が夕日をバックにして黒い点となり、東京湾に落下していく様子を眺めていた・・・・・・。


 日はとっくに落ちて、学園構内に明かりが点った頃。
 六谷彩子はすっかり意気消沈した様子で高等部の校舎から出てきた。保健室でまたしても治癒能力者のお世話になっていたのである。
 東京湾海底に沈んでいた彩子は、星崎真琴が魔女の箒に乗せてもらって回収に赴き、何とか『他者転移』で陸に揚げることができた。ブツクサ文句を言いながら真琴を乗せていった瀬野葉月を見て、拍手は「ロケットオッパイが縦に並んで四発飛んでいく・・・・・・スゲェ・・・・・・!」などと感想を零していた。
 結局、あれほど真琴に対して迷惑な嫌がらせを繰り返してきた彩子は、真琴の力によってその命を救われたのである。あれだけ倒すだの上に立つだの、死ねだの言ってきた人間がこれでは、みっともないとしか言いようがない。
 しかも話はこれだけでは終わらない。何度もお世話になっていた治癒能力者というのが、真琴の実姉『星崎美沙』であったのだ。これには絶句させられた。
 つまりこうだ。
 六谷彩子が星崎真琴に勝負を仕掛ける。彩子は無様に負けて保健室に担ぎ込まれる。そして真琴は彩子のために気を利かせて、毎度毎度、姉貴を治療役としてよこしてやった。敗北者のフォローをしてあげていた・・・・・・。
「完敗・・・・・・だわ」
 めがねがズレたボロボロな有様で、彩子はそう呟いた。
 星崎真琴は自分よりも、何倍も何周りも上手だった。真琴に向けてフフンと「病院に治癒能力者が駆けつけてきてくれたからよ。天は私に味方してくれたようね、ご愁傷様」などとほざいた自分自身を、『ファランクス』で抹消してやりたい。
「C組って何なの? どうしてこうも一筋縄のいかない変態ばかりが揃っちゃってるの? もしかして私、とんでもないクラスにあてがわれたの・・・・・・?」
 げっそりと衰弱しきった表情でそう呟いた。
 もう無駄な抵抗は一切止めよう。
 クラスの中枢役や第一線は委員長や星崎真琴にすべて任せて、自分は今後ひっそり大人しく過ごすことにしよう。それからもう竹刀片手に暴れるのはよそう。こっちが怪我するし。・・・・・・彩子は実に悲しい決意を胸にしていた。
 そうやって元気なく、双葉学園の正門を出たときだった。
「六谷さん・・・・・・」
 彩子はゆっくりと振り向く。子犬のように可愛い顔立ちをしたボブカットの女の子が、後ろから追いかけてきたのだ。
「怪我はしてない? 私、とっても心配してたんだよ・・・・・・?」
「みまさかさぁん・・・・・・!」
 とうとうこらえきれず涙がぶわっと湧き出し、校門で待ってくれていた美作聖に泣きついた。
「よく頑張ったね。お疲れ様」
 頭を優しく撫でられるたびに、無性に嬉しい気持ちでいっぱいになる。彩子は美作の胸でいっぱい泣いた。
 ――事あるたびに怒って泣き喚いて、長女の胸に飛び込んだ、あの幼き日々のように。


 ネオンきらめく夜の繁華街。中華料理店「大車輪」に、双葉学園高等部の女の子が来店していた。彩子はきちんとあの「約束」を覚えていた。
「私は星崎真琴に勝てなかった。だから約束どおり、好きなもの好きなだけ食べていいわよ? 手加減はしなくていいからね」
「ほんと? わーい」
 注文を取りにきた男の姿を見て、彩子は「ゲッ」と変な声を出す。C組のクラスメート、拍手敬がやってきたからだ。
「あんた、ここでバイトしてたの?」
「まあね。・・・・・・んで、本当にいいのかぁ?」
「何がよ」
「こいつ、けっこう大食いなんだぜ?」
 メニューを見ながらころころ笑顔を崩さない美作聖を、指差して言った。彩子も一度そんな彼女を見てから、余裕たっぷりの澄ました顔になって彼にこう言ってのける。
「六谷の女に二言は無いの。美作さんぐらいの女の子だったら私のお小遣いで何とかなるって」
「・・・・・・そこまで言うんだったら、もう何も言わねぇ」
 そう拍手は彩子に言うと、美作からオーダーを取り始める。「何をそんなに恐れているのかしら?」と彩子は眉をひそめながら思った。
 それから彼女は両肘をテーブルに着き、ふっと穏やかなため息を漏らす。
「二年生になってから、色んなことがあったわね」
 まず、部活棟のあたりで黒髪少女に返り討ちにあったこと。あとからあの女が泣く子も黙る風紀委員長・逢洲等華であることを知り、血の気が引くような思いをした。
 次に有葉千乃のこと。あの子は、実は男の子であったというとんでもないオチであったが、不思議と彼女に対して嫌悪感は抱かない。男は嫌いだけど、あの子にとっては女とか男とか、どうでもいいことなのではないのか? 有葉千乃は有葉千乃で、彩子にとってとても好感の持てる子だった。
 春部里衣のこと。たぶん一生分かり合えない。猫怖い。
 六谷彩子は他にも、遠野彼方という男子生徒とも遭遇していた。あの人畜無害そうな笑みを思い出しただけで背筋が震える。アイツは絶対に普通じゃない。ほんと猫に関するものはろくなものがいないわ・・・・・・。そう彩子は独り言をこぼす。
 そして二年C組は本当に常識を超えた変態ばかり。笹島輝亥羽は口うるさい上に、怒らせると非常に厄介。担任の字元数正と何か確執があるのだろうか、いつも苦労していそうな感じのする召屋正行。そして、今なんかやけに頑張って色々調理している拍手敬も、C組のクラスメート。
 星崎真琴は・・・・・・無性に腹が立ってくるけど認めざるを得ない。頑張れ真琴、あんたがナンバーワンよ、と。
 他にも真琴の取り巻きや何やらで、最近の学校生活は賑やかなことだらけ。彩子もどちらかといえば竹刀を手にして騒ぎ立てるほうのキャラだが、同級生たちの個性やパワーには圧倒されるものがあった。
「美作さん、私ね、これからは暴れたりしないでみんなと仲良くするね」
 彩子は頬を真っ赤にして、照れながら言った。特に美作聖はC組のなかでは一番普通そうで、何よりもこんな自分でも気にかけてくれる「優しさ」が彩子にとって嬉しかった。彼女が真っ直ぐで素直な好意を示せる理由だ。
「美作さんや、あそこのおっぱい狂いが言ったように、私もっとみんなと仲良くできるよう努力する。あなたに優しくされて目が覚めたの。やっぱり周りを大切にする姿勢は大事ね。私がそうされて、嬉しかったもの・・・・・・」
 からんとお冷の氷を揺らしながら、彩子は気持ちを込めてそう言った。
「だから・・・・・・その。これからは友達として私とずぉえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
 彩子はとんでもない叫び声とともに立ち上がっていた。口を大きく開けて絶叫していた。
 無理もない。テーブルの上には青椒鶏丁や八宝菜、若鶏のから揚げなど一品料理がずらりと並び、味気の無かった汚いテーブルにいつの間にか色彩豊かな世界が広がっている。
 美作のまん前には馬鹿みたいに立派な炒飯倍満盛りがズンズンズンズンズンとド派手な山脈を作っている。そのような圧倒的風景を神のごとく俯瞰しながら、この女はにっこり笑顔で「いただきまーす♪」などと言いやがった。
「なんじゃこりゃああああああ!」
 大家族である六谷家でもってすら、食べきるのが不可能に近い凄まじい量である。彩子は確かに美作に対して好きなものを好きなだけ食べてよいと言ったが、常識や限度を問うそれ以前に色々と気が狂っているとしか形容しようが無い、あまりにもひどい構図だった。
「待ちなさいよコラぁ!」
「な、なんですかぁ・・・・・・?」
 エサを取り上げられた仔猫のように、美作はムっとした顔を向ける。
「なんですかじゃねーわよ! あんたコレ何なのよ! 何でも食っていいと言われて出した回答がコレ? 感覚おかしいんじゃないの!」
「おかしくなんてありません。遠慮無しに好きなだけ食べていいのでしたら、私、これだけ食べないとお腹いっぱいになりません」
 彩子は卒倒しかけた。この子、異次元世界の住人じゃないの?
「だからってあんた、こんなに私におごらせる気? メシ代払わせる気? その気は確かなの!」
「六谷の女に二言は無いと聞きました」
「ちょ・・・・・・冗談よね・・・・・・? 私、そんなにお金無いって・・・・・・堪忍して・・・・・・」
「ダメです!」
 美作はそうたしなめると、すぐに幸せそうな笑顔に戻って炒飯に手をつける。
 がたがたと彩子が震えている間に、あっという間に大量の中華料理が美作の腹に収まっていく。やっぱり胃袋の次元が違う。それにしても、お金のかかる一品料理がすいすいと消滅していくさまは、眺めていてなかなか恐ろしいものがある。彩子は狂気じみた光景の目撃者となっていた。
 彼女は思い知った。美作聖も普通じゃなかったのだ。やはり変態クラス・二年C組にふさわしき、とんでもない曲者の一人だったのだ・・・・・・!
 天使のような悪魔の笑顔。容赦を知らない鬼畜のごとき美作聖を前に、彩子は泡を吹いて失神してしまった。


「あのー・・・・・・お客さん。六谷さん。お店閉めたいんで、とっととお金払うか何かして、出てくれないかなぁ・・・・・・」
 バイトの拍手敬はどう対応していいかわからず、テーブルの前で途方に暮れていた。テーブルでは六谷彩子が伝票を握り締めて、ウッウと嗚咽を漏らしている。
 彼女は震える手で携帯を取り出し、どこかに電話をかけた。
「もじもじ・・・・・・麻耶子姉・・・・・・? あたじ・・・・・・彩子・・・・・・」
 それからわっと泣き出して、彩子はすがるようにこう喚いた。
「今、町の中華料理店にいるのぉ! 友達にご飯おごらせたら、御代が五桁行っちゃったのぉ! うわああん、私こんなに払えないよぉ! だずげで麻耶子姉ぇえええ~~~!」




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