【緊縛少女と鏡の悪魔 後編】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。


        ◆◇

 夜の校舎で、悪魔はその鏡から離れてにやりと笑った。
 まだだ。まだ自分はこの世界に留まっていたいのだ。そんな早くあの何も無い、誰もいない空間になんて戻りたくは無い。
 翌日も、悪魔はごく普通に人間のように登校を果たす。
「みなさんおはようございます」
 そう挨拶すれば、ほとんどの生徒たちが挨拶を返してくれる。これはいつもの亜紀ならばありえないことであった。いや、そもそも亜紀本人は誰にも挨拶せず、始業間際にこそっと登校してくるので、誰も気づかないのだ。
 だが今は違う。
 悪魔は亜紀と違って誰からも好かれる人間になったのだ。
「おはよう山岸さん」
 そして、ひばりもまたこうして挨拶をして彼女に眼を向けてくれている。そのことが亜紀の精神を持つ悪魔にとっても嬉しいことだった。
「おはよう綾鳥さん」
 悪魔もそうにっこりと笑顔を向ける。
(私は人間として生きたい)
 そんな思いが悪魔の中で大きくなっていった。
 そうだ。亜紀の代わりに自分が山岸亜紀として生きればいいのではないか。
 そうすれば、全てが丸く収まるのだと、悪魔は考えていた。


「あ! ひばり。私今日ちょっとお昼取材行ってくるから一緒に学食行けないから。よろしくー」
 その日の昼休み、亮子はそう言ってどこかへ走っていってしまった。仕方なく一人で学食へと向かおうとするひばりを、悪魔は呼び止めた。
「ねえ綾鳥さん。一緒にお昼を食べましょうよ」
「ええ、いいわよ」
 ひばりはそう言い、一緒に並んで学食へと向かって行った。友達になってくれるとひばりは言ってくれた。ついこないだまで、亜紀本人もほとんど喋ったこともなかったのに、今はこうして肩を並べて歩いていられる。
 悪魔は自分の胸が熱くなっていくのを感じた。
(あの子も、こんな想いでずっといたのね。好きな人とも喋ることができないなんて、それは地獄だったでしょう)
 だが今は違う。
 ひばりは自分に向かって笑いかけてくれている。きっと亜紀だけならば卒業まで一言も会話することなどなかったのだろう。だが、自分は違う。自分はひばりに相応しい存在なんだと、悪魔は思い始めた。
「ねえ山岸さん。なんでそんなに急に変わったの?」
 二人は向かい合いながら学食のカレーライスを食べていた。悪魔はひばりのそんな疑問に、どう答えたらいいか少し迷う。
「そうね……恋――かしら」
「へえ。山岸さんって好きな人がいるんだ。それで、そんなに自分を変えたの?」
 そう悪意の無い顔で言うひばりに、悪魔は溜息を漏らした。いや、ひばりが鈍感なわけではないだろう。普通は同性を好きになるだなんて思いもしないはずだ。恐らくひばりは純粋に亜紀が男の子のために張り切っているのだろうと思っているに違いない。
 それは寂しいことだが、あせっては駄目だ。
 自分は悪魔だ。
 どこまでも完璧になれる。
 そうすればきっとひばりも自分のことを見てくれるようになるだろう。
 ただそれだけを願い、悪魔はひばりの瞳を覗きこむ。
「どうしたの山岸さん」
「いいえ。なんでもないわ」
 悪魔は優しく微笑みかけ、ひばりは首をかしげている。
 このなんでもないような光景が、幸福というのだろうと悪魔は思った。悪魔と呼ばれた自分がこうして人並みの幸せを得ることができなんて考えもしなかった。
 亜紀があそこにこなければ、きっと自分はまだあの鏡の世界に閉じ込められたままだっただろう。
 それを思うとぞっとする。
 そうだ。もう自分は鏡の悪魔ではない。
 山岸亜紀なのだ。
「ねえ綾鳥さん」
「なあに?」
「ずっと。私と仲良くしてくれるかしら」
「勿論よ。前までほとんど喋ったこと無いけど、山岸さんがこうして明るくなってよかったと思うわ。友達が増えるってことは私としても嬉しいもの」
 そう言うひばりに、悪魔は心の安らぎを感じていた。



 午後の授業も終わり、学園に鐘の音が響く。
 悪魔はひばりと下校をしたいと思ったのだが、
「ごめんね。私部活あるから」
 と断られてしまった。彼女が新聞部の副部長だということをすっかり忘れてしまっていた。すると横から亮子が口を出してきた。
「そうよ。今から私たち真実を追究する新聞部の始まりよ!」
「まったく。なんでそんなテンション高いのよ亮子」
「そりゃつまらない授業が終わってようやく開放されるんだもん。テンション上がるのが普通でしょ。早く部室に行こうよ」
「んー。部活はいいんだけど今日は――」
 と、ひばりが言いかけたところで、教室の扉ががらっと開き、そこから下級生の男子がこちらに視線を向けて手を振っていた。
「あ、部長に綾鳥先輩! ぼくです。稔です!」
 小柄で小動物のような男の子が彼女ら二人に呼びかけていた。
「誰?」
「ああ、新聞部の後輩の目黒稔よ。何しに来たんだろうあいつ」
 亮子が元気な後輩を見て呆れた様素で言った。だがひばりは席を立って、実のほうへと向かっていく。
「ああー。どこ行くのよひばり。部活は?」
「だから部活よ。こないだ話したでしょ、取材に行くって。先に部室行っててよ、私は稔君と行動するから」
「取材ってなんのだっけ?」
「もう、亮子が言ったんでしょ。“階段の踊り場の鏡の怪”のことよ。今度の学園新聞に載せるって言ってたじゃない」
 そのひばりの言葉に、悪魔はどきりと心臓を高鳴らせる。
 自分の存在は噂話としてそこそこ有名なのだが、あまりに胡散臭く、ありきたりのため、誰もその事実を確認しに来たことは無かった。
 長い年月の中でも、実際に自分を呼び出したのは亜紀だけである。
 だが、ひばりはその怪談を確かめようというのか。もしかして彼女は自分の正体に気づいているのではないか。そんな恐怖が彼女の身体を支配していく。もし自分が悪魔とばれたら。偽物だとばれてしまったら。
 ひばりに嫌われてしまう。
 いや、ラルヴァとして間違いなく学園に消されるだろう。
 そんなのは駄目だ。
 せっかく手に入れた日常を、人間の世界を失いたくない。
 悪魔は焦燥感に襲われ、どうしたらいいのかを必死に考えた。
 そして、一つの結論に至った。
「じゃ、じゃあ私はもう帰るわ」
 そう言って悪魔はひばりと亮子よりも早く席を立ち、教室を出て行った。
(今なら間に合う。綾鳥さんたちより早くあそこへ)
 悪魔は全力で駆けた。
 ラルヴァとしてのポテンシャルを開放し、人間を超えた速さで走り抜ける。勿論目立つわけにはいかないので、人気の無いところで窓から飛び降り、そのまま資料棟にまで飛び移っていく。
 そしてなんとか例の鏡の前までにやってきた。
 悪魔が鏡を睨みつけると、そこには本物の亜紀が映し出される。
「ねえ、早く私をそっちに戻してよ。もうこんな孤独な世界は絶えられない」
 そう必死に訴える亜紀を、悪魔は残酷な目で見つめていた。
「それはできないわ。今日はあなたにお別れを言いに来たの」
「え?」
 きょとん、と何を言われたのか理解出来ないと言った風に、亜紀は困惑の表情をしていた。彼女からは自分の顔は見えないだろうと思いながら、悪魔は邪悪な笑みを浮かべる。
「この現実世界に、同じ人間は二人も存在できないの。解るかしら。あなたと私のどちらかしか、この世界にはいられない」
「じゃ、じゃあ早く私をそっちに……」
「だから駄目なのよ」
「な、なんで!」
「私こそがこの世界に望まれているから。例えあなたがこちらに戻っても、また孤独な人間に戻るだけよ。こっちにいても、そっちにいても、それは変わらない。だったら私に頂戴よ、あなたの人生」
 悪魔はそんな無茶苦茶なことを言い出した。
 彼女は決めたのだ。この世界で人間として生きると。
 そのために、邪魔者との縁を断ち切る必要がある。
 もう一人の自分を、消さなければならない。自分が本物になるために。
「いやよ! 助けて! 私だってそっちの世界にまだいたいわ!」
「さようなら。私」
 その言葉を最後に、悪魔は、大きく手を振りかぶり、その拳を鏡に向かって叩きつけ、鏡は粉微塵に割れてしまう。
 破片は辺りに飛び散り、亜紀の声はもうどこからも聞こえない。
 これで彼女は永久にあの世界に閉じ込められたままだ。
「はははははははは! これで私が山岸亜紀だ。正真正銘の、唯一無二の本物!」
 狂ったような笑い声を上げ、悪魔は愉悦に浸っていた。
 これで自分は人間になれる。
 人間の世界で生きていける。
 だが、そんな彼女の喜びを、右腕に走った鋭い痛みがかき消した。
 その腕に眼を向けると、肘から先の腕が完璧に消失していた。
「な、何。何が起きたの。私の腕は――」
 その瞬間、上から落ちてきた何かが、彼女の視界を一瞬通り過ぎて地面に落ちた。それは白い腕。間違いなく自分の腕であった。その悪魔の腕は、光に変わり消滅してしまった。彼女の体から離れたそれは、人間の肉体を維持できなくなって掻き消えたようだ。それは、彼女が所詮幻の存在である証明でもあった。
 なぜ突然自分の腕が切断されたのか、悪魔には理解できなかった。
 だが、彼女の耳に不快な音が聞こえてきたのであった。
 ひゅおん。
 ひゅおん。
 ひゅおん。
 それは空を裂くような奇妙な音。
 廊下に響き渡る不気味で恐ろしい音。悪魔がその音の方向を振り返ると、その真っ暗な廊下に人影が見えた。
「な、なんだお前は……」
 悪魔は思わずそんな声を上げた。
 その人影は女だった。廊下が暗く、顔が影になりよく見えないが、そのボディラインは間違いなく女だった。
 いや、女にしか見えないわけがあった。
 その人影は、呆れることにとてつもなく露出の高い服を着ていたからである。
 下着のように胸と下半身だけを包むゴム製の黒いボンデージファッションに、同じく真っ黒なブーツと手袋のみをつけている。
 そのせいで、その白く細い腰のラインも、ハイレグから伸びる太モモも、大きな胸の谷間も丸見えである。
 そしてその見えない顔からは、鋭い眼光だけが光って見えた。
「なんなんだお前はあああああああああ!!」
 思わず悪魔はそう叫んでしまう。それは恐怖ゆえのものであった。
 その女の目からは、純粋な殺意のみが発せられている。それは悪魔の彼女すらも震え上がらせるだけの迫力があり、悪魔は自分の切り取られた腕を見つめ、そこから逃げ出した。
(な、なんだ。なんなんだ。もしかして学園の異能者か……? そんな、私が悪魔だってバレたっていうの?)
 様々な思考が彼女の頭を駆け巡る。
 だが今は逃げなくては。あの離れた位置から自分の腕を切り落とすなんて、並大抵の能力ではないだろう。
 そうだ、人込みに紛れてしまえばいい。
 もし奴が正式な討伐隊でない以上は、人間の姿をした自分を攻撃することは躊躇われるはずだ。
 そう考え、悪魔は下校をし始めた生徒たちの元へと向かって行った。
 資料棟の窓から再び飛び降り、切られた腕を再生させる。もとよりイメージの産物であるため、傷みはあってもこの程度ならばすぐに復元は可能だった。
(だが、私でも首を切り落とされれば死のイメージで消滅してしまうだろうな)
 それだけは避けなければならない。
 自分はこの世界に受け入れられたいのだ。あのクラスで、幸せに生きていたいのだ。それを願って何が悪い。誰だってそうじゃないか。人間だってそうじゃないか。自分の幸せのために人を犠牲にする。そんなものは当たり前のこと。自分もそうして何が悪いというんだ。そう心の中で思いつつ、彼女は多くの生徒たちがいる正面玄関まで走る。
「あれ。どうしたの山岸さん」
 と、クラスメイト数人に呼びかけられた。助かった。これでいい。悪魔は胸を撫で下ろした。彼女達はそんな悪魔を不思議そうに見つめている。
「大丈夫? 顔が真っ青だよ。なんか走ってたみたいだけど、急いでるの?」
「い、いや。ちょっとね――あ!」
 と、悪魔は声を上げる。ふと視線を上に移すと、そこには屋上の給水塔が見える。だが、その給水塔の上に、あのボンデージ姿の女が立っているのを彼女は見た。
「ああ、あれ! あそこに変な格好した女が!!」
 悪魔は思わずそう叫び、そこを指差す。
 だがクラスメイトたちは「どこどこ? 誰がいるの?」と言って給水塔を見るが、もうそこには影も形もなくなっていた。
「なんにもないよ山岸さん」
「本当よ、今、ボンテージファッションの女が……!」
「なにそれ、山岸さんって以外にそんなエッチなこと知ってるのね。意外だわ」
 クラスメイトたちはちょっと引いていた。本当に引きたいのは自分の方だと悪魔は泣きたくなってきていた。そんなわけのわからない露出狂の変態のような格好をした存在に腕を切り落とされたのだから。
(今のは幻――?)
 恐怖のために見た幻覚なのだろうか。わからない。もう焦りも相まってなんだか不安定で足がふらふらする。
「大丈夫山岸さん」
「え、ええ大丈夫よ。それより一緒に帰りましょうよ」
 悪魔は彼女らにそう言った。一般人が隣にいるならば、敵が何者かはわからないが無闇に襲ってくることはないだろう。そう高をくくり、悪魔は一度寮に戻り、体制を立て直そうと決めていた。
 クラスメイトと雑談をしつつ、周囲に敵の気配がないかを確かめながら進む。
 大丈夫だ。落ち着け。
 そうやって周りを見て歩いているうちに、ほんの少しだけ悪魔は、クラスメイトたちより遅れてしまう。ほんの数十センチだけ彼女らの後ろを歩いていた。
 だが、それが彼女にとって命取りになった。
「ねえ山岸さんはどう思う?」
 彼女達はそう言って後ろを歩いていた悪魔のほうを振り返る。
 だが、そこに悪魔の姿は無かった。
 影も形も消えていた。
「あれ?」
 ぽかんと彼女たちは、突然消えた少女を不思議に思い、首を傾げるしかなかった。




 悪魔は空を舞っていた。
「あ……が……!」
 下を見れば、首をかしげている先ほどのクラスメイトたちが見えた。さっきまで地面を歩いていたはずなのに、突然自分が空中にいることに驚き、思考が追いつかない。突然首にがくんという凄まじい衝撃が走ったかと思うと、いつのまにか彼女はこうして校舎の屋上付近まで飛ばされていた。
 息が出来ない。
 首に何かがまとわりついていた。悪魔は爪を伸ばし、それに触れる。それは糸のようなもので、彼女の首の皮にぎりぎりと絡み付いていた。
 どれだけ引っ掻いてもがこうとも、一向に外すことはできない。
 どうやらその首の糸によって、こうしてここまで吊り上げられたのだろう。だが悪魔はそれを理解できず、吊り上げの勢いの消えた体は、そのまま屋上の方へと落ちていく。そのおかげで地面への激突で即死は免れたが、強い衝撃が彼女の身体に走り、激痛で彼女は思わず声を上げる。
「――――ぐは! はぁはぁ……」
 なんだ。何が起きた。
 首をさすると、やはりまだそこには糸が絡み付いている。悪魔は視線でその糸を辿り、その糸の持ち主を見ることになる。
「わたくしから逃げられると思ったのかしら」
 そこにいるのはやはりあのボンデージファッションの女だった。その糸は彼女の手から伸びていた。ピアノ線のようなものを彼女の首に巻きつけ文字通りここまで吊り上げたのだ。そんなことありえるわけない。一体どれほどの力があればそんなことができるのだろうか。 
 だが、驚くべきところはそこではなかった。
 日の当たらない薄暗い資料棟では見えなかったその女の姿が、夕日の光に照らされよく見えた。
 その顔は、悪魔のよく知る顔であった。
 風に揺らめく二つの長い三つ編み。白い肌。黒縁のメガネ。知的な瞳。
「綾鳥……さん?」
 そこにいたのは間違いなく、綾鳥ひばりであった。
 悪魔は混乱のあまり何も言えなくなってしまう。確かにその顔はひばりのものだが、見たことも無いような冷徹な眼でこちらを見下ろしていた。そこにはとてつもない残虐性だけが垣間見えた。
 なぜ。なぜ彼女はそんな格好をして、自分を追い詰めているのだ。
 一体何時だ。いつから気づいていたんだ。なぜ彼女は自分を殺そうというのだ。こんなにも自分はひばりのことを想っているのに。
 疑問だけが彼女の頭を駆け巡る。
 だが、ひばりは悪魔よりも悪魔のような冷笑を浮かべ、糸の締め付けを強くしていく。
「驚いてるようね。わたくしは綾鳥ひばりであって綾鳥ひばりではないのよ」
「は……?」
「だからと言ってあなたのような偽物でもないわ。わたくしは綾鳥ひばりの中に存在する抑圧された可能性。あなたたち化物を滅ぼすために生まれたの」
「そんな……滅ぼすですって? 私はただ、人間として生きたいだけなのに……」
「そんなことは知らないわ。わたくしは残虐主義者《サディスト》ですので、容赦は致しませんわ」
「綾鳥さん……嘘でしょう……」
 信じられない。自分の想い人が、こうして自分を殺そうとしているなんて。それは裏切りだ。自分の心を裏切ったんだ。悪魔はひばりの豹変に対する驚きよりも先に、怒りがふつふつと湧いてくるのを感じた。
「まったく、少しカマをかけただけで尻尾を出すなんて、間抜けな化物ですわ。稔《ポチ》の提案通りね」
 そうして見下すようなことを言うひばりを、悪魔は許せなかった。
 殺す。
 自分の正体を知り、自分の気持ちを裏切ったこの女を殺す。
 彼女は悪魔としての身体能力を開放し、爪をナイフのように研ぎ澄まさせ、足をバネのようにして思い切りひばりの方へと駆け出す。
 だが、
「さよなら偽物の山岸亜紀。天国へイカせてあげるわ」
 ひばりのその言葉と共にしゅっという鋭い傷みが悪魔の首筋に走る。
 その瞬間、悪魔は首の無い自分の胴体を見た。それが彼女の見た最後の光景である。


         ◆◇


 「あれ。私こんなところで何してるのかしら」
 ひばりは自分が学校の屋上に立ちすくんでいることに気がついた。
 制服のスカートが風になびく。
 いくら自分がぼんやりとしていることがよくあるとはいえ、最近記憶が飛ぶことが多いと彼女は感じていた。
(病気かもしれないし、一度先生に相談してみようかな)
しかし一体なんで自分はこんなところにいるんだろうか。
「何ぼーっとしてるんですか綾鳥先輩」
 はっとなり声の方向を見ると、後輩の目黒稔がいつものしまりのない顔をこちらに向けている。
「ねえ稔くん。なんで私たちここにいるの」
「やだなあ。先輩がここで資料棟の写真撮るって言ってたじゃないですか。さあ、早く鏡のほうを見てきましょうよ」
「え、ええ」
 そうだ。自分は確か例の悪魔の鏡と呼ばれるものを取材しに行くんだった。それを思い出し、ひばりは稔と共に資料棟へと向かう。
 だが、そこにある鏡は粉々に割れていた。
 そして翌日から山岸亜紀が学校へ姿を現すことは二度と無かった。






     ◆◇エピローグ―部室にて2―◆◇

「どうしたのひばり。さっきからぼーっとしすぎよ」
 亮子の声で、ひばりは我に帰る。
 そうだ。今は新聞部の部室にいることを彼女は思い出す。
「ごめん亮子。ちょっと山岸さんのことを思い出してて」
 いなくなってしまった少女のこと。ほんの少しの間だけ友達になった亜紀のことを、ひばりは忘れてはいなかった。
「山岸さんかー。なんであの子あんな急に変わったんだろうね。それと失踪したことと何か関係あるのかなあ」
 と、亮子は唸っていた。どうやらジャーナリストとして真相を知りたがっているようであった。
 そんな亮子とは対照的に、ひばりは本当に悲しそうな顔をしていた。
「きっと親友になれたのに、なんでいなくなっちゃったんだろ……」
 そんなひばりを見て、稔は少しだけ悲しい目をした。
「な、なによ稔くん」
「いえ、な、なんでもありませんよ。さあ早く変態女について書きましょう。きっとその女はとんでもない痴女に違いないです。ド変態ですよ」
「そ、そんなのわからないじゃない。本当に悪魔で、そういう格好が悪魔のコスチュームかもしれないわよ」
「いやーありえないでしょう。本当の悪魔はそんな目立つ格好しません。きっと、人間と同じ姿で、人間の中に紛れて生きていますよ。そんな変な格好するのは異常者か変態しかいません」
 稔はバカにしたようにそう言った。
 その言葉に、ひばりはむっとする。しかしなぜ自分が怒っているのかわからなかった。なんとなく自分のことを言われたような気がしたからだった。
「そういえば悪魔と言えば、あの資料棟の鏡の悪魔の噂はもう誰もしないねー」
 と、亮子はペンをくるくると回しながらそう言った。
 ひばりは粉々に割れてしまっていたあの鏡のことを思い出す。一体あの鏡を誰が割ったのだろうか。おかげで自分たちが教師たちに疑われたので、彼女達は鏡の噂を記事にすることを諦めたのだった。
 しかし、その後に、変態女とは別に新たな噂が出来たのをひばりは知らない。
 それは鏡の破片を捨てたゴミ捨て場から、女の子のすすり泣く声が聞こえるのだというものであった。



   了



 今回はお試し版みたいな話になってしまいましたが
 次回は緊縛少女の正体をきちんと書いていきます。





ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。