【藤沢君の合理的強奪 後】


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 小学校の頃から、いつも初めて俺のことを担当する教師は俺を一目見て「來栖ちゃん」と言い切った。
 中学校の上がると同時にこっちに姉の都合で引越してきて、転入手続きをする時にも担当の先生に女の子かと思ったと言われる始末。
 確かに女顔だとは思うし、背も小さい上に頼みの綱の声変わりもそこまで効果があるものではなく、未だにボーイソプラノを保ったままだ。
 高等部一年の時の文化祭で強制的に参加させられた女装コンペでは有葉だかなんだかいう男子と並んで『女帝』とかいう、まず性別の時点で間違っている称号をもらったりもした。
「女装……ですか」
「正直こんなことを真剣に頼むのも馬鹿らしいとは思うんだが……最近になって部活棟近くの女子更衣室とシャワールームで異音がすると報告があってね」
「生徒による覗きかもしれないと?」
「それがあくまでも異音なだけでね、現に何度か調査してみたんだが、異音もしないしそういった類のものは見つからなかった、異常はないと報告したんだが気味が悪いのか誰も使わなくなってしまってね」
「他のシャワールームや更衣室にも限りがあるので、遊ばせておくわけにはいかないのが正直なところなんです」
 簡潔で分かりやすい風紀委員長の説明に寒川が補足を入れる。
 まぁ確かに、異常がないって言われてもそんな気味悪い更衣室やシャワールームなんか俺だって使いたくないし、かといって学校の施設をそうホイホイと増やせるわけもないという事か。
「なるほど、そんで囮を使ってみようと」
「そういう事になるな、あまり他の女子も囮には乗り気でなくてね……その分キミならば男子だし、いざとなればテレポートで増援を呼んでその場で確保することも出来るだろう」
「引き受けたら、何か俺にメリットあります?」
「報酬は当然ある、仕事を頼む立場だからね」
 ちょっと女装をガマンするだけの簡単な仕事で風紀委員からご褒美か、悪くない取引ではあると思う。
 が、請け負わなかった場合のリスクがないなら女装をガマンする必要もない、意外と話が分かる人間みたいだし、もしかしたらお咎めなしかもしれないと淡い期待を込めて聞いてみる。
「断ったら?」
「ここに2枚の書類がある、片方は風紀委員の協力者としての立場を保証するもの、一般生徒よりかは多少マシな程度の待遇が卒業まで受けられる」
「それがご褒美ですか、もう一枚は?」
「懲罰室の使用許可書だ」
 サラッと言い切ったこの人! やっぱ風紀委員怖い! 風紀委員のトップ超強い! 寒川の5倍くらい怖い!
 これもう直接的に受ける以外の選択肢切り裂いたじゃないか!
「……それ、脅迫に近くありません?」
「あくまでも、お願いだ」
 流石は一癖も二癖もありそうな風紀委員を束ねる立場にあると言うべきか、表情ひとつ変えずにそう言い切った。
 くぐってきた修羅場の数が段違いなんだろう、俺なんかが最初から交渉できる相手じゃなかったんだと今更ながらに気づいたが、もはや時すでに遅しといった所。
「受けますよ、受けさせてもらいます、痛いのは嫌いですから」
「ありがとう、とても助かる。 早速だが準備をしてくれるかな、必要だと思われるものは全て用意させてもらった」
「じゃあ、着替えてきます」
 テーブルの上に置かれた女子生徒の制服の入った紙袋を掴むと、詰所近くの男子トイレの個室に入って着替え始める事にした。
 わざわざ新品の女子生徒の制服一式をきちんと用意する辺り流石は風紀委員だと思ったが、何も女物の下着やらパッドまで入れなくてもいいじゃないか、こんなもんつけたら確実に変態だ。
 ベストの上にブレザーを着て、スパッツとスカートを履いたあとに靴下を脱いでサイハイソックスを装備する、隠しきれない脚を誤魔化すためらしいんだが、何か大事なものを無くした気分だ。
 男子トイレから出るときに人にみられたらどうしようかと思ったが、周囲は掃除中の看板が立っておリ人払いがなされていた、何から何まで完璧な仕事ぶりに感心する。
 しかしまぁ、スカートというものはどうしてこうスースーするのか不思議で仕方ない、特にこの季節は寒さが半端ないだろう、成程それでジャージやらを下に履いて防御してるわけなんだな。
 非常に不本意な経験でまた一つどうでもいい知識を身につけてしまった。
「戻りましたよっと……」
 小走りで風紀委員詰所に戻ると、さっきまで話していた一画に他の風紀委員の視線を避けるように駆け込む。
 普通に俺だと気づいた辻堂と、ちょっとあっけに取られて少ししたあとに納得したように頷く寒川、そして誰だコイツという感じに上から下までじっくり眺める風紀委員長。
「委員長、藤沢君です」
 それに気づいた寒川が風紀委員長にフォローを入れる。
 フォローを入れてもらわないと別人だと思われるレベルで女装が似合うというのも嫌なものだ。
「……あ、あぁ、キミか、誰かと思ったぞ」
「褒め言葉と受け取っておきます」
「久々に見たね、藤沢の女装」
「我ながら今度から見物料取ってもいいと思うぜ」
「何?目覚めた?」
「馬鹿、冗談だ」
「あ、あの、写真撮っていいですか?」
 女装について各人が思い思いの感想を述べる中で、寒川一人だけがちっちゃいデジカメをこっちに構えていた。
 突然何言い出したんだコイツ、ついに懸念していた様に正義感が暴走して頭がおかしくなったか。
「……」
「……」
「……」
 一気に場の空気が氷点下レベルに下がるのを感じる、ここだけ南極大陸みたいだ。
 三人の何を言っていいのか分からない微妙な視線に耐えられなくなったのか、デジカメをポケットにしまうとシュンとして寒川が一歩下がった。
「す、すいません、でもほら、報告書に使おうかなって思って……」
 何を報告する気なんだコイツ。
「ま、まぁとにかく、仕事始めさせてもらいますよ、さっさと脱ぎたいですからねこんなもん」
「わかった、よろしく頼む、とりあえずこれらを持っていってくれ」
 風紀委員長はそう言って生徒手帳型の端末と、万年筆と眼鏡を俺に差し出す。
 端末の表には風紀委員の印が押されている特別製だ。
「なんすかコレ」
「端末は今のキミの、要するに女装した方のデータが入ってる、その姿で普通の生徒手帳を使うわけにもいかないだろう? 万年筆には小型のカメラ、眼鏡はインカムが入っている」
「公式な偽造手帳にスパイセットって訳ですね」
「言い方は変だがそうなるな」
「んじゃありがたく……名前は『町田《まちだ》 來栖《くるす》』ですか」
「町田 來栖の方は風紀委員所属ということになっているから何かあったらそれでごまかせばいい」
 そんなんでいいのか。
 流石風紀委員というか何というか、まぁ確かにこの姿で色々イチャモンつけられるのは喜ばしくない。
 まぁとりあえず強制的にとはいえ請け負った仕事だ、張り切りすぎない程度に頑張ってみるとしよう。
 生徒手帳を制服の内ポケットにしまい、眼鏡を掛けて万年筆を胸のポケットに差し込む、何だかできる男になった気分だ、見た目は女だが。
「あぁ、私はこれから別の仕事があるので、これからは寒川がキミのフォローをすることになる」
「あくまで覗きの犯人探しですから、まぁ寒川でも出来ますよ、俺らもついてますし」
「ちょっと、何で藤沢くんの方が偉い言い方なの!?」
「今は『町田』よ、寒川さん」
「ぐっ……いつか見てなさいよ」
「じゃあ辻堂、寒川のお守りよろしくな」
「うーい」
 何時までもだらだらしてても始まりゃしないし、とりあえず辻堂と寒川を詰所に残して俺だけ現場に向かうことにした。




「ここか」
 部活棟近くの女子更衣室前につくが、確かに放課後だというのに誰かが使っている形跡は無いようだった。
 辺りに人気も無い上に蔦が全体に生い茂っていて、何だかオフシーズンの甲子園みたいな雰囲気を醸し出している。
 ここの女子更衣室は他のとは少し違い、部活でかいた汗を流してそのまま着替えられるようにシャワールームと更衣室が直接移動出来るように中で繋がっている形式だ。
 利便性の高さを重視して作られたここが使えないんじゃ、確かに他のシャワールームや更衣室じゃまかない切れないだろう。
『どう、何かありそうですか?』
「まだなんとも言えないな、とりあえず中に入ってみる」
『分かりました、怪しいものがあったら万年筆のおしりを2回クリックで写真が取れますから』
「りょーかい」
 女子更衣室に学校公認の元で入る、どれほどの男子生徒がこの言葉の響きを聞くことが出来るのだろうか。
 しかしそんな素敵な響きにも関わらず俺の心は全くときめかないしときめけない。
 せめて女装してなければ……ただそれだと間違いなく犯罪だ。
 だがこれは盗撮の可能性を考えた抜き打ち調査らしいし、もしかしたら誰か利用者がいるかもしれない、そしたら事故ってもんだろう、うん、許されるはずだ。
 平静を保てば怪しまれないはずだ、深呼吸して平常心キープ、今の俺は見た目だけなら女子なんだ、落ち着けばイケる。
 ドアノブに手をかけながら深呼吸を数回繰り返し、おもむろに扉を開いて挨拶をする。
「し、失礼しぃますぅ」
 露骨に声が震えた気がしたが気のせいということにしたい。
「何今の声、お化けでも出た?」
 辻堂、お前は本当に空気が読めないな。
「……何でもない、今から入る」
 だがまぁ、今の失敗のおかげで逆に冷静さを取り戻せた。
 結局は誰もいない更衣室の中は静まりかえっておリ、教室の後ろにあるような扉の無いロッカーが整然と並んでおリ、奥にはシャワールームへ続く扉が半開きになって放置されていた。
「うーん……こんな所に隠しカメラとか仕込めるものかねぇ」
『能力探知が出来る風紀委員の人にも探してもらいましたけど、特にそういう形跡はないようでした』
『じゃあラルヴァとか?』
「まさか、学校の敷地内だぜ?」
『前例が無いわけじゃないしー』
「……なんか怖くなってきたな、帰っていいか」
『駄目です! せめて一通り調べてからにしてください!』
「もし死んだら枕元に立ってやるからな」
 壁におかしなところもなけりゃ床の簀の子だって何かを隠せるほどスペースがありそうもないし、第一風紀委員が調べたところを俺が調べて何が出てくる訳もないと思う。
 とりあえず一通り写真をとりながら更衣室をぐるりと回るが、これといっておかしな所は無いように思える。
「じゃあ最後はシャワールームか」
『そうですね、お願いします』
 半開きになっている扉からシャワールームに侵入する、ここで女子が全裸になってシャワー浴びてるんだなぁと思うと何だかモヤモヤした気分になる。
 想像できる女体が想像の範囲でしか無いのが悔やまれる、こんな事になるとわかっていれば事前にイメージトレーニングをしてきたのに。
『変なこと考えないでくださいよ』
「考えてねーよ! エスパーかお前か!」
『考えてたんじゃん』
「……俺だって男だから仕方ないだろ」
『開き直らないでください!』
「耳元で怒鳴るな! 鼓膜がはじけ飛ぶわ!」
 シャワールームもシンプルな作りで、中央に排水口があり、それを囲むように右に4つ、左に4つ、正面に4つシャワーの個室が並んでいる。
「うわっ!何だこりゃ!」
『どうしたんですか!? 何かありましたか!?』
「女子のシャワールームお湯出るのかよ! 卑怯だろ! 男女差別だ!」
『……そこだけですよ、灯油式ボイラーが備え付けてあるんです、近くに実習とかで使う燃料置き場もありますよ』
「そうなのか、もしここ以外にもあったら学園に文句言うところだったぜ」
『あれ、でももうすぐ女子のシャワールームは全部お湯――』
『とにかく!そこも一通り調査してください!』
「あいよ、まぁ調査ってもなぁ」
 こんな一面タイル貼りの部屋に穴が開いてたり変なものが置いてあるわけもないし、俺が覗きの犯人でもこんな所にカメラを置いたりしない。
 可能性があるとすれば中央の排水口だが、ここに置いても回収が大変だし、角度や位置関係的にも可能性は低そうだ。
「……まさかシャワーの本体に隠されてたりしてな」
 濡れないように脇にどきながら適当に一つ選んでシャワーのノズルを回す。
 軽快な水音を立ててシャワーから水が出て行き、中央の排水口に飲み込まれていく。
「ん……?」
『どうかしました?』
「いや、音が聞こえる」
 水音の他に、小さく響くような音が聞こえてくる。
 どこから聞こえてくるかは分からないが、確かにこれはシャワーの音以外のものだ。
 シャワールームから更衣室に戻っても確かに音は聞こえてくる。
 しかし先程聞こえてきた音とは違い、もっとくぐもった何とも言えない音になっている。
「……水を流すと聞こえるんだな、だから前の調査では異常が見つからなかった」
『成程、でも原因がわからないとどうしようもないよね』
「そりゃそうなんだが……水が流れて音が鳴るんだから、排水口が怪しいよな、もしかしたら何か落っこちてそれが音をならしてるのかもしれんな」
『……ちょっと待ってください、藤沢君、その辺りに微弱ですけど魂源力の反応が』
「能力は使ってないぜ?」
『どんどん強くなってます、誰か周りにいます?」
「そんな気配は感じないな……いや、音が強まってる」
 寒川に言われてきょろきょろと辺りを見回してみるが、特に変わった様子もなければ誰かの気配も感じない。
 ただ音だけが次第に大きくなっていき、次第にぐらぐらと地面が揺れ始めた。
「地震か?こんな時に」
『いえ、こちらじゃ全然揺れてませんけど』
「でもこうして揺れてるわけだし……こんだけ蔦に覆われてりゃ基礎が揺らいでも仕方ないか」
『蔦……?』
「蔦だよ蔦、びっしり覆われてるだろ?」
『いえ、前回調査時はそんなものなかったですけど』
「なっ……!?」
 そうこうしている間にも揺れと音は強くなり、次第に壁に亀裂がはいっていく。
 音はすでに耳をふさいでも聞こえるほどになり、音の発生源も分かってきた。
 排水口に流れる水が原因で音が鳴り、蔦を伸ばせる場所にあり、そして地面をゆらせる場所。
「おいおい、まさかとは思うんだけどよ!」
『ラルヴァ反応!?藤沢君!真下です!』
『今行くからちょっと待ってて!』
 寒川と辻堂の叫びと同時に、シャワールームから固い地面が砕けるような音がする。
 内ポケットにしまった手帳型端末の警報音もけたたましく鳴り響きだし、この学園に籍を置いている生徒が一度は体験したことがあるような悪寒が全身に走る。
 人外の総称、人を食うもの、化物、怪物、人類の敵、ラルヴァだ。
「くそっ! 冗談じゃねぇぞ!」
 これ以上更衣室の崩壊が進まないうちに外に飛び出そうと扉に手をかけるが全くノブが回らない。
 これじゃ食虫植物の腹の中にいるようなもんじゃねぇか。
 押しても引いてもうんともすんとも言わず、俺が扉の前で悪戦苦闘している間にもシャワールームから何かがズルズルとはい出てくるような音が伝わってくる。
「ロードっ!」
 ラルヴァの体の一部である蔦で全体を包まれている以上、身体強化じゃない俺の力じゃどうにもならない。
 こんな所で死にたくもないし、こういう時のためにいくつかセーブしておいてある実戦用の切札を呼び出す。
 ベネリM3、正式な手続きを踏み、3発までしか撃てないように改造すれば日本国内で合法的に入手出来る軍用銃という珍しい類の散弾銃。
 銃砲店に務めている祖父が入荷したものをこっそりと何個かの弾薬と一緒に隠してセーブしておいたものだ。
 多分後でこっぴどく叱られるんだろうが、生き抜くためには仕方がない。
 何度か試し撃ちした経験を思い出し、薬室内にスラッグショットと呼ばれる熊や鹿なんかを撃つ、散弾ではなく一発の弾丸を飛ばす弾薬を詰め込むと、蝶番とドアノブに向かってぶち込む。
 火薬の炸裂音とともにドアノブが吹き飛び、蝶番は原型を留めてないレベルまで破壊される。
「おりゃっ!」
 支えが無くなったドアを、助走をつけたドロップキックで蹴り飛ばすと、絡まった蔦を何本か引き裂いてドアが表に倒れこむ。
 引き裂いた蔦の先が蠢きながらゆっくりとまた伸びていくのを横目にその勢いのまま外に飛び出すと、先程まで無事だったシャワールームがあった部分はすでに崩落し、不気味に生い茂る植物型ラルヴァがその姿を表していた。
「うわ、気持ち悪……怪獣映画のモンスターみたいだな」
「藤沢、無事!?」
「今は町田だ! ご覧の通りなんとか無事だ、あれ、寒川は?」
「いろいろと連絡して、武器取ってからくるって言ってたよ」
「暫く時間を稼げってことか」
「そうも言ってたね」
「まぁ、何とかするしかないか……」
 デカいが、地面に根をはっている植物の特性なのか伸ばせる蔦の範囲に限りがあるらしく、距離をとった俺たちを伺うように何本かの蔦がうようよと漂っている。
 俺が換えの弾丸をロードして取り出すのと同時に、辻堂が腰に巻いたポーチから端が刃になったトランプくらいの大きさの金属製のカードを10枚ほど取り出す。
 辻堂がそれを放り投げると、それぞれが意志を持つかのようにラルヴァの方にそれぞれが刃を向けて静止する。
「私の能力と相性はいいみたいだね、これなら二人でもどうにかなるかな」
「俺を戦力として数えるのは大間違いだとだけ先に言っておく」
「頼りないなぁ……まぁいいけどね! 妖精の《ピクシー》剣舞《ワルツ》!」
 辻堂の掛け声と同時にその10枚のカードが不規則な動きでラルヴァに向かって飛んでいく。
 辻堂の能力、妖精の《ピクシー》剣舞《ワルツ》は、自分が投擲したものを操作する能力だ。
 投げたものの量、大きさ、形に応じて操作出来る範囲と量が変わっていくが、飛距離と量さえ守れるならば3次元的な動きに制限はない。
 野球ボール程度ならば戻る魔球やら、直角に落ちてから左右に曲がる等々物理法則を完全無視した軌道で投げつけることが出来るらしい。
 そのせいで中等部の時の球技大会の際、学年主任から直々に辻堂を投手にしてはいけないとのお達しが来たほどだ。
 辻堂によって操られた10枚の刃は高速で飛び回りながらラルヴァの蔦を次々と切り裂いていく。
 が、伐採されて落ちていく蔦は地面におちて枯れるものの、本体に繋がっている方の蔦は切り裂くそばから伸びて行き、結局は元の長さに戻ってしまう。
「ムムム、厄介なヤツ」
「この手の類のは本体がある筈なんだけどな」
「花とか実とかかな?」
「授業、真面目に受けときゃ良かったな、寒川がいりゃ分かったんだろうが」
 俺も何発か銃弾を撃ち込んでみるが、辻堂と同じく端部分には効果があるものの本体に適切なダメージを与えてはいないようだった。
 おそらくさっきの水を出しっぱなしにしたシャワーで斬られた体の部分を構成するだけの水分を補給しているのだろう。
 時間稼ぎは出来そうだが、無尽蔵なあっちと比べてこっちには限りがあるのが厳しい。
 さっさと醒徒会か風紀委員の実戦部隊に来てもらいたいのが本音と言うところだ。
「……しかし、一応は植物っぽいな」
「だね、枯れ落ちてるし」
「確か……あった、あれか」
 シャワールームを調査していた時に聞いていた情報が確かなら、あのラルヴァを倒せるだけのものがあそこにはある筈だ。
「お、考えあり?」
「寒川が来てから話す、その前に何とかしてあの転がってるドアをこっちに持ってきたいな」
「オッケー、援護するよ」
「俺を切るなよ……いくぞっ!」
 俺の能力を使えばとりあえず右手で触るだけでドアは持ってこれる、問題は行って帰れるかどうかだ。
 そこに関しては辻堂を信じるしかない、とにかくまた弾丸をショットガンに込めるとドアに向かって駆け出す。
 近づいてきた俺を飛んで火にいる夏の虫とばかりに植物型ラルヴァが次々と蔦を伸ばして攻撃を仕掛けてくる。
 上下左右に、前後にと殺到してくるその蔦を、辻堂が操作する10枚のカードが次々と切り払っていく。
 ボタボタと落ちてくる蔦を払いながら、どうにか先程蹴破ったドアまでたどり着き、右手で触ってセーブをしてUターン、さっきの場所までダッシュで戻る。
 辻堂の援護もあり、これならいけると気が緩んだ瞬間、地面を突き破ってきた一本の蔦が俺の目の前を唸りを上げて鞭のように払う。
「っつぅ!」
「來栖!」
 叩かれた衝撃で思わず転んでしまうが、追撃は辻堂のカードが切払ってくれたおかげで防ぐことが出来た。
 そのままよろめきつつもさっきの場所まで戻り、なんとか息を整える。
「死ぬかと思った……」
「來栖、大丈夫?」
「制服がシャツまで切られちまった、すっげーいてぇ」
 さっき叩かれた部分は刃物で無理やり切られたみたいにズタボロになっており、下に着たシャツまで切り裂いて肌が見えている。
 うっすらと浅い切り傷が出来ているが、血は吸い取られてしまったのか切り口から血がでてくることはなかった。
「やっぱ液体なら何でもあのラルヴァは吸い取っちまうんだな、それだけ分かれば十分だ」
「二人とも無事ですか!」
「お、噂をすればなんとやらだな」
「遅いよー、藤沢のセクシーショットが見れたのにー」
「えっ、えっ、どういう事ですか!?」
「馬鹿、んなこといってる場合か! ちゃんと武器持ってきたんだろうな」
「え、えぇココに」
 そういう寒川が取り出したのは、釘抜きがついてる金槌をそのまま大きくしたような形のハンマーだった。
 長さにしておよそ1メートル半ほど、先端の釘抜き部分はまるでピッケルかと思うほどの凶悪な形状をしている。
 俺の記憶が確かなら、この武器は確か寒川の能力を使って作られてる筈だ。
「お前の能力、確か超科学だったよな」
「え、えぇ、爆裂金属《デモリッションメタル》、自分で作った金属製の武器に、強い衝撃を与えると爆発する属性を持たせるものです」
「その爆発って本当に熱エネルギーでいいんだよな?」
「はい、フルスイングで当てて手榴弾がゼロ距離で弾ける程度の爆発が起こせますけど……あのタイプのラルヴァはおそらく太い幹の中に本体がいます、私たちじゃとても……」
「よし、次は辻堂、お前このドアを飛ばすとしてどれくらい操作出来る?」
「うーん、ちょっとおっきいかな、これだとアイツを飛び越すくらいで精一杯だよ」
「俺は乗せられるか?」
「まぁ、大人ふたりくらいなら」
「それならいけるな……ちょっと時間稼いでくれ、すぐ戻る」
「あいあーい」
「ちょ、どこ行くんですか!?」
「アイツの本体探すのはヤメだ! 一気に吹き飛ばす手段がある!」
 それだけ二人に言い残すと、ラルヴァに背を向けて近くの小屋へと駆け込む。
 鍵がかかっているドアを更衣室から出た時のように無理やり破壊すると、能力で運べる限度ギリギリまでセーブしていく。
 外では辻堂と寒川が戦闘している音が聞こえる、余裕がありそうだったが能力を使いっぱなしの辻堂と、遠距離の敵に対応しにくい寒川をあまり待たせるわけにはいかない。
「ワリィ! 待たせた!」
「お帰り、んでどうするの?」
「簡単に説明するぞ、俺があのドアに乗って空を飛んで、アイツの上から灯油の詰まったポリタンクとガスボンベを落とす、そんでそれを寒川に叩いて貰って大爆発、めでたしめでたしだ」
「そ、それじゃ私が死んじゃうじゃないですか!」
「俺の能力で呼び出せば爆発には巻き込まれないよ、とりあえずお前をセーブしとかないとな」
 寒川をなんとか落ち着かせると、腕を右手で引っつかんで記憶する、これで失敗したら気絶するギリギリのラインを呼び出すことになるがダメで元々だ。
「ほ、ほんとですね、信じますからっ」
「まぁ、失敗しても他にアイツを倒せるヤツなんていくらでもここにはいるさ……辻堂、じゃあ頼む」
「りょーかい、ほいっと」
 辻堂が少し持ち上げて放り投げたドアがふよふよと浮かび上がり、その上にしゃがみ込むようにして乗り込む。
 乗り心地は良くないがこの際文句は言うまい、今はとにかく成功するイメージだけ持っておけばいい。
「俺らなら出来るさ、やってやろうぜ」
「うん、正念場だね」
「が、頑張ります!」
「いくぞっ!」
 俺の掛け声に伴ない、辻堂が能力を使い、ドアを操ってラルヴァに向かって俺を落とさないような軌道をとって飛ばしていく。
 何本も寄ってくる蔦をショットガンで吹き飛ばしつつ接近し、ラルヴァの本体があるであろう太い幹の近くに飛びよると、先程仕込んだ予め蓋を開けておいたポリタンクを呼び出して灯油を思いっきりぶちまけていく。
 かけられた灯油を次々と吸収していき、ますますラルヴァが活性化していくが、今はそれが狙いだ。
 5個ほどポリタンクの中身を空にすると、最後にもういくつか、今度は蓋のあいていないポリタンクを何個も呼び出しては投げつける。
 投げつけられたポリタンクを蔦でキャッチし、そのまま本体の幹に蔦ごと巻き込んで吸収していくラルヴァ。
 一気に重たいものを呼び出して疲労が確実に溜まっていくが、下準備は整った。
 最後にもう一個だけガスボンベを呼び出してラルヴァにキャッチさせると、直後に寒川をドアの上に呼び出す。
「今呼び出したガスボンベを思いっきりぶん殴れっ!」
「了解っ!」
 そう言って寒川はドアから飛び降りると、ラルヴァが何本もの蔦でキャッチしたガスボンベに狙いを定め、落下したまま思い切り殴りつける。
 俺が乗ったドアは勢い良く辻堂の方に戻リ、直後に襲いかかるはずの爆風から身を守るように横にして地面に立てかける。
「ロードッ!」
 鈍い金属音が響いたのを確認した直後、寒川をこの場に呼び出してドアの陰に3人で倒れこむ。
 その瞬間、空気が唸りを上げると同時に予想以上の大爆発が起こり、ガスボンベの爆発に呼応するようにしてラルヴァが吸収した灯油にも一気に火が移っていく。
 ポリタンクの中の灯油も燃え上がり、太い幹ごと大爆発と炎に包まれたラルヴァは端から次第に消し炭になり、やがて生き絶えた。
「は、ははは、上手くいった……ぜ」
「あれ、來栖? 來栖?」
 どうにか作戦が上手くいったのを見届けると、緊張の糸が切れたのと、召喚の疲労からか急に意識が遠くなり始めた。
 辻堂と寒川の呼ぶ声を聞きながら、今日はやたらと意識を失う日だなとどこか他人のように思いながら、俺は気を失ってしまった。




「っ……うぅん……」
「あ、おはよー藤沢」
「目がさめたんですか!よかったー……」
「ここは……?」
「保健室、あの後気を失ったからそのまま運び込んだんだよ」
「ラルヴァは完全に撃退できたようです、カテゴリービーストの下級B-3、吸水樹ですね」
「そっか……ならいいんだけど」
 寒川の報告では、あのラルヴァは何かの木の実に寄生し、それを鳥が食べて排出することにより活動範囲を増やしていくものだったらしい。
 それがたまたま学園のあの辺りに落ちて成長し、近くの更衣室の水道管に根を張っていたというのが結論のようだ。
 何にしてもひどく疲れた、能力を酷使したのは物凄く久々な気がする。
 明日はこりゃ学校サボって一日寝て過ごさないと駄目だな。
「疲れたぜ、もう帰ってもいいか?」
「え、えぇ、それなんですけど……」
「何か問題あるのか?」
 俺が帰るというと、とたんにバツが悪そうな顔をしてそっぽを向く寒川。
 ラルヴァは倒したし、音の元凶も突き止めた、これ以上はない仕事をしたつもりだったんだが他になにかあったんだろうか。
「そのですね、藤沢君、正確には町田さんが壊したものと使ったものの被害総額が思ったより凄くてですね」
「ガスボンベにストーブ用の灯油、女子更衣室倒壊に加えて大爆発で地面が抉れちゃったしね」
「そりゃまぁ悪いとは思うが、やっつけたんだしそれでいいんじゃないの?」
「そうなんですけど……ちょっと被害が大きいので、流石に町田 來栖という人物は実在しなかった、ということにするのが難しくなっちゃったんです」
「それで?転校したことにするとかになっちゃうわけ?」
「いえ、それがですね、風紀委員会や先生方、学園の理事会からの要求として、暫く藤沢君には町田 來栖としての二足のわらじを履いて貰うことに……」
「なっ……なんじゃそりゃ!おかしいだろどう考えても!何でそうなる!」
「それが私もそれに巻き込まれちゃってさー、寒川ちゃんと藤沢と私の三人一組で風紀委員のチームを組めって言われちゃった」
「ご、ごめんなさい! 私もどうにかしようと頑張ったんですけど、風紀委員長に使える人間を遊ばせておけないって言い切られちゃって……」
「ハ、ハメられた……今日は厄日だ……」
「で、でも悪いことだけじゃないんですよ! 仕事をするときだけ着替えてくれればいいし、仕事が無いときは普通どおりに、聞いてます? 藤沢君? 藤沢くーん?」
「あー、ダメだこりゃ、また意識が飛んじゃってるよ」
 あまりに衝撃的な事実を聞かされ、理解するのを拒んだ脳味噌が真っ白にショートする。
 一度の仕事がまさかこんな大事に発展するとは思わなかった。
 これなら懲罰室に行った方が何倍もマシだった、せめて目が覚めたら全て夢だったと言ってもらえるとだけ最後に祈りながら、俺は今度は自分から望んで意識を手放していった。





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