【あるメッシーのクリスマス・イヴの話】


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 例の通りに、縦に長く無愛想な表情の少年|召屋《めしや》正行《まさゆき》と、小学生のような体型の男の娘である有葉《あるは》千乃《ちの》は第七進路指導室を訪れていた。
 その目の前にはこれまた例の通りに召屋の担任である字元《あざもと》数正《かずまさ》が中央の机の椅子に腰掛けていた。
「もう冬休みだってのに、よく来てくれたな二人とも。実は――」
「断る」
 字元が声を発した瞬間、間髪入れずに召屋はそう釘を刺した。
「おいおい待てよ。私はまだ何も言ってないんだが」
「言われなくてもわかるわ! まったくこれで呼び出されるの何度目なんだか。どうせまた厄介な事件の捜査とかだろ。もう俺はそんなのうんざりなんだよ。大体こんな寒い日に呼び出しやがって。文句言うために来たぜ俺は」
 召屋は毎度のことにげんなりした様子でそう言った。ちらりと横目で隣にいる有葉を見る。横目、と言っても身長差がありすぎて自然と見下ろす形になるのは仕方が無いだろう。有葉はにこにことして、
「んー。私はメッシーと事件調査するの好きだよ。なんかいっつも楽しいことになるもん!」
 と言った。そんな眩しい笑顔でそう言われれば悪い気もしないが、それでも面倒なことは面倒なのだ。
 というかどれだけ見た目が可愛らしくても、男にそんなことを言われて喜ぶほど召屋は特殊な性癖をもってはいなかった。
「大丈夫だ召屋、有葉。今回はラルヴァ関連の仕事じゃーない。単純な雑用だ」
「雑用?」
「ああ、ボランティアって言ったほうが聞こえがいいだろうな。お前ら、明日が何の日か知ってるな」
「明日は十二月二十五日。まあ世間で言うとこのクリスマスだな」
「そう、つまり今日はクリスマス・イヴってわけだ。そんなイヴの日に私は今日も仕事、その辛さをお前らにも――げふんげふん。いや、こんな日に人の役に立つことをするってのも悪くないだろ」
「……ちょっと引っかかるが、まあ、一応話しは聞いておくよ。わざわざ来たのにこのまま帰るのもあれだしな」
 召屋はしかたねーっと言った風に頭をぼりぼりと掻いて、字元に話を促した。
「お前ら高等部の連中は知らないと思うが、今日はイヴだからな、学園の計らいで初等部の低学年でクリスマスパーティーをすることになったらしいんだが、その準備をキミらに手伝って欲しい」
「なんだそりゃ。本当にただのボランティアだな」
「わークリスマスパーティーかー! 私それやるぅ!!」
 パーティーと聞いてテンションの上がった有葉は、くるくるとその場で可愛らしく回転している。
(しかし、クリスマスパーティーか。まあラルヴァと戦うよりも楽ではあるな)
 あまりにも普通の仕事で、拍子抜けしつつも、それなら引き受けてもいいだろうと思っていた。どうせ彼女もいないんだしイヴを一緒に過ごす相手もいない。それならガキ共のために人肌脱ごう、と柄にでもないことを考えていた。
「いいよ先生。それくらいなら引き受けてやるさ」
「そうか。まあ断ったらどうなるか、キミたちはよくわかってるだろうしねえ」
 ニヤニヤと笑う字元に召屋はうんざりした。
(まったく。いつになったら俺らは解放されるんだよ)
「それでせんせー。私たちは具体的に何をするんですか?」
「ああ、それは会場にいる高等部の三年Y組の連中に聞いてくれ。今回のクリスマスパーティーの準備は三Yがやることになってたんだが――ほら、お前らも知ってるだろ。あのクラス今人数が少ないからな。助っ人としてキミらには行って貰いたい。細かい指示は向こうで聞いてくれ」
「了解」
「わかりましたー」
 二人はそう返事をして、部屋を後にした。
(三Yか――。なんか聞いたことあるな)
 あまり自分の周り以外に興味を持たない召屋は、そのクラスがどういうものだったかを忘れているようであった。






「それで、なんで委員長がいるんだよ」
 パーティー会場へ向かう途中、召屋と有葉は二年C組のクラス委員長である笹島《ささじま》輝亥羽《きいは》に出くわした。メガネで貧乳で委員長という好きものにはたまらない属性を持つ彼女だが、そのきつい性格ゆえに誰もアプローチはしないのだろう。クリスマス・イヴにこうして木偶の坊と女装少年と並んで歩いているのがいい証拠である。きっと彼女はこうして売れ残っていくのだろう。クリスマス明けのケーキのように。
「おい地の文。あとで殺す」
「は? 何言ってんだ委員長」
「いや、こっちの話よ。私も字元先生に頼まれて準備を頼まれたのよ。べ、別に貴方たちが心配で来てるわけじゃないからね!」
「委員長が言うとまったくツンデレに聞こえないってのもすごいな……」
「きいちゃんいいの? 妹さんたちが家で待ってるんじゃない?」
 と、珍しく有葉はそんな気の利いたことを笹島に言った。
「大丈夫よ。手伝うのは準備だけだから昼過ぎには終わるでしょうし。それに字元先生が報酬にクリスマスケーキの割引券を――いやいや、私は子供たちの笑顔を見たいだけよ!」
「う、嘘くせえ!」
「本当よ。それに三Yの手伝いってのが私は気になってるのよ。あんなクラスが初等部のパーティーの準備なんてハラハラして見過ごせないわよ」
「あんなクラス? その三年Y組ってのはどんなクラスなんだ?」
 召屋ののんびりとした台詞に、笹島はぴたりと歩く足を止める。有葉は思わずその笹島の背中にぶつかってしまう。
「どうしたのきいちゃん。急に止まって」
「貴方たち三Yを知らないの? まったく。疎いわね」
「な、なんだよ。しょうがないだろ知らないものは知らないよ」
「まあ詳しい説明は省くけど、私たち二年C組がよそでなんて言われてるか知ってるわね?」
「『変態クラス』だろ。確かにまともなのは俺しか――」
「そう、まともなのが私しかいないからそんな不名誉な言われ方をするのよ」
「まてまて。委員長が一番――やめて、その拳をどこにやるの。殴らないで委員長」
「そういえばきいちゃん。一年のB組は『鋼のB組』なんて言われてるよね。なんだか逸材の異能者ばかりっていう。それに二年N組は『奇人の園』とか」
「そうよ有葉さん。まあそうやってクラス単位で異名みたいのを持つところがここじゃ少なくないわね。そして、三年Y組はこう呼ばれているの、『史上最悪のクラス』って」
「し、しじょーさいあくー?」
 なんだか妙に胡散臭い名称で、もはや異名というよりはただの悪口じゃないかって召屋は頭を抱えた。
「そう、色んな意味で問題児ばかりのクラスよ。Y組のYは『やっかい』『ヤバイ』『厄病神』のYだって言われてるわね」
「なんだそりゃ。そんな連中にクリスマスパーティーの準備なんてさせて大丈夫なのか?」
「だからこそ、らしいわ。初等部の無邪気な子供たちのためにボランティアさせることで更生を図ろうって試みらしいの。けどそんな連中が簡単に改心するわけないわよ。だから私が監視してやるのよ」
「うげえ。そんな奴らの手伝いをしなけりゃならんのか。まったく、また面倒事にならなきゃいいんだけどな」
 やはり字元が持ってくる仕事は厄介なものばかりだ、と、今更後悔しながら召屋は深いため息をついた。




 そうこう言っているうちに、三人はパーティー会場である第三レクリエーション室についた。
 中からはジングルベルの曲が聞こえ、扉にもクリスマスの装飾がなされている。もう既に準備を開始しているらしい。
 ただでさえ上級生というのが気まずいのに、そんな問題児ばかりがこんな部屋の中にひしめき合っているというのを想像すると、召屋は頭が痛くなってきた。
「なにしてるのメッシー。早く入ろうよ」
 そう有葉は召屋を見上げて言った。「ああそうだな」と召屋はその教室の扉をがらりと開く。
 そこには十数人の問題児がわらわらと集まってこちらを睨んでいた――という展開ならばまだましであった。それならまだどうにか話を展開できただろう。
 だが、三人は拍子抜けするどころか呆然とするしかなかった。
 その教室には誰もいなかったのだ。空しくジングルベルが流れているだけである。
 いや、たった二人の生徒だけがそこにはいた。
「ふ、二人……?」
 その二人は男子生徒と女生徒で、せっせと折り紙をリング状にして繋いでいた。彼らは召屋たちが入ってきたことに気付いたようでこちらに手を振っていた。
「やあよく来てくれたね。キミたちが手伝ってくれるっていう二年の子達だね。僕は藤森《ふじもり》飛鳥《あすか》。三年Y組の副委員長だよ。よろしく」
 と、にこやかに笑うその少年は、線が細く、女のような顔をしていた。勿論有葉ほどではないのだが、女受けはいいだろうな、と召屋は思った。
 そしてその飛鳥の隣には、小柄でなんだか気の弱そうな、まるで小動物のような少女が飛鳥の袖口をぎゅっと握ってこちらを見ていた。
「あ、あの。私はY組のクラス委員長を務めさせもらってます牧村《まきむら》優子《ゆうこ》です。今日はよろしくお願いします」
 優子はぺこりとお辞儀をした。
 召屋たちはそれに少し面喰っていた。問題児ばかりというから、きっとモヒカンに皮ジャンで筋肉モリモリとかそんな感じの人たちばかりだろうと思っていたからだ。
「ああ、あの俺はC組の召屋です」
 と、なんとなしに召屋も挨拶をすると、
「めしや――?」
 ぴきーんと飛鳥の瞳に光が走る。
「え、はい?」
「メシヤ……つまりキミは自分で救世主《メシヤ》と名乗っているわけか! なんてことだ、こんなところにまで新興宗教の魔の手が迫ってきているのか。いくら今日がイヴだからって大胆なやつだ! 畜生もう騙されないぞ! 何が『信仰が人を救う』だ。一体僕が十万で買ったあの壺はなんだったんだ! もう今度こそ訴えてやる、泣き寝入りなんか絶対しないからな……う、うわーん助けて牧村さーん!!」
 突然取り乱し始めた飛鳥は泣きながら優子の腰に抱きついてガタガタと震えていた。
「い、いや召屋って苗字……な、なんなんだこの人……」
 そう言って頭を掻こうと腕を上げると、飛鳥はさらに怯え出した。
「な、なんだ! もしかして僕に何か術をかけて殺す気だな! エルカンターレ・ファイトか! エルカンターレ・ファイトなんだな!!」
 そう言ってガードするように手で顔を伏せていた。
 召屋も笹島も、わけのわからない飛鳥の言いがかりに、突っ込みを入れる気も起きず、ただただ唖然とするしかなかった。
「許してあげてください。彼はちょっと被害妄想癖がありまして。可哀想な人なんです」
 そんな飛鳥を、優子は頭を撫でて落ちつかさせていた。召屋は『ちょっと』ってレベルじゃねーぞ、という言葉が喉元まで出かかったがなんとか抑える。
「ちょっとその人大丈夫なの?」
「い、いや。よくわかんねえ」
「ほら、召屋くん背が高くて高圧てきなのよ。それがいけないのよ、私に任せなさい」
 と、笹島が彼の肩に触れると、飛鳥はさらにびくっと震え、「ひいいいい」と声を上げた。
「怖いよーその人なんか怖いよー牧村さん! 女の人なのに腕がごつごつしてる! どう見ても人を殴り慣れてる手だよ! きっと僕も殴られるんだ! 二千円札あげるから許してください!!」
 そんなとてつもなく失礼なことを言い出す飛鳥に、笹島はぷっつん来たようであった。
「あのねー! 私はまだ何にもしてないでしょ、だいたい女の子にそんなこと言うなんて最低よ貴方!」
 ブチ切れた笹島は殴りかかろうとしたが、召屋はそれを後ろから抑えて制止する。
「やめとけ委員長。お前が殴ったら本当に死んじゃうぞその人。まああながち間違ったことも言ってないし」
「なんですって、召屋くん。貴方もそんなこと思ってるのかしら」
「い、いや冗談だよ。冗談。だからその股間に狙い定めた拳を下ろしてくれって」
 二人がわーぎゃー言っている間も、飛鳥は優子に抱きつき震えていた。
「よしよし。大丈夫だよ藤森くん。あの人たちは怖い人じゃないのよ。ほら、プチゼリー食べる?」
 グスグスと泣いている飛鳥は、プチゼリーを口の中で転がしながら一瞬で平静を戻したようであった。
「ごっほん。すみません。少し取り乱したようです」
 としゅっと立ち上がりかっこをつけているが、もはや召屋たちはドン引きであった。
「ねえ召屋くん。言っていい? この人凄く面倒くさい」
「ああ、面倒くさいな……」
 召屋と笹島は顔を引きつらせながらぼそぼそとそう言った。珍しく意見が合致し、二人は今までにない深いため息をつく。
「……まあいいわ。私はC組の委員長である笹島よ。それでこっちの子供みたいなこの子は――」
「有葉千乃だよ。よろしくー、あすくんにゆうちゃん」
 上級生に対してそんな可愛らしいあだ名をつける有葉を改めてすごいなと召屋は感心している。わけのわからない飛鳥に対しても、有葉はあまり動じてはいなかった。
 そんな有葉を見て、優子は頬を赤く染めていた。
「か、可愛い……」
「は?」
「なんて可愛いのかしら! ねえアメ食べる? 今度うちに遊びに来ない?」
 飛鳥をどんと突き放し、優子は腰をかがめてそう有葉に話かけていた。それどころか手を握ったり頬をさすったりとやりたい放題である。
「あの……牧村先輩。言いづらいんですけど、そいつ男ですよ」
 召屋は非情な現実を優子に告げた。
「何言ってるの。こんな可愛い子がそもそも人間のわけないじゃない! きっとこの子は妖精さんなのよ」
 しかし優子はそうとろんとした目で言い出した。
「は?」
「妖精って……?」
 召屋と笹島の頭の上に大きなクエスチョンマークが現れる。
「妖精はいるのよ。私見たことあるもの、前世で」
 召屋は頭痛を感じる。『前世』とか『霊感』がどうのと言い出す女は九十%の確率で頭がおかしい女であるからだ。
「前世の私はフルンダール王国のお姫様だったの。その国で退屈していた私は、妖精の王子、リトルフェリートと禁断の恋に落ちるの。そして二人は悪い魔女に騙されて悲劇的な最後を迎えたの」
 一体どこの星の話だよと突っ込みたかったのだが、うかつに話に茶々を入れると何やらまずいと感じ、召屋はひたすら無視をした。
「さあさあ有葉くん。お姉ちゃんとのお家に来たら一緒にお風呂入って一緒におねんねしましょうねー」
 などと言い出す始末であった。
「そんな、僕だって有葉くんと友達になりたいよ! 僕にも抱きしめさせてよ!」
「ふ、藤森くんの変態! ホモ! ゲイ! BL! ジュネ! お耽美! ヤオイ! 薔薇族!」
「ひどい! 僕だって可愛いのが好きなだけだよ! っていうかなんてそんな言葉知ってるの牧村さん」
 とうとう有葉を取り巻き、二人は喧嘩を始めた。
(そうか。この人らもアレな人なんだ……)
 召屋は自分が『変態ほいほい』などという不名誉な異名(?)で呼ばれることを思い出した。
(いや、この人たちは変態や変人って言うよりも……まさしく風評通りの『やっかいさん』だな)
「だめだよーあすちゃんにゆうちゃん。今日私は春ちゃんと一緒にクリスマス過ごすんだもーん」
 そうだ。召屋も有葉のフィアンセ(自称)である春部《はるべ》里衣《りい》のことを思い出した。この姿をあの変態が見たら二人とも殺されるんじゃないかなーと召屋は思っていた。
「みんなとりあえず落ち着いてください。それで藤森先輩。なんでここにあなた方二人しかいないのか説明してください。他の生徒たちは買出しか何かですか?」
 その二人しかいない教室を見渡して、不思議に思っていた召屋がそう尋ねると、飛鳥と優子は少し気まずそうな顔でお互いの顔を見合っていた。
「いや、あの、すごーく言いにくいんだけども」
「私たち以外のみんな、サボタージュしちゃいました」
 その言葉を聞いて、召屋と笹島は言葉を失う。
 いったいどれだけやる気がないんだY組は!
 そう思いきり叫びたかったが、なんとか抑える。ちらりと横目で笹島のほうをみると、こめかみに血管が浮き出ていた。そりゃあそうだろう。せっかく手伝いに来たのに、手伝われるほうがこれでは。さすが史上最悪と言われるだけはある。もはや物語に関わろうともしないなんて、協調性がないというレベルではない。
「れ、連絡つかないんですか?」
「ごめん……。僕誰も電話番号もアドレスも知らないんだ……友達いないから」
「私も……。ごめんなさい」
 二人は暗い表情に変わり、どんよりと俯いてしまった。なんというネガティブオーラだ。普段C組にいると味わえないものである。いや、そんなもの味わいたくないぞ、と召屋は目をそらす。
「じゃあ私達でやるしかないわね。しかたない。遊んでる暇はないから早く準備に取り掛かりましょう」
 笹島は色々と言いたげだったが、もう怒るのもバカらしくなってきたので、さっさと終わらせようと腕をまくって気合いを入れていた。
「そうだな委員長。それで藤森先輩。俺たちは何をすればいいんですか?」
「会場の飾りつけをしてもらいたいんだ。ツリーとかも必要だし」
「おっけー。じゃあ私はツリーやるよー。めいっぱい可愛くするの」
 有葉は張り切ってそう言うが、召屋は彼の頭にぽんっと手を乗せて、
「やめとけやめとけ。ツリーは俺がやるよ」
 と言った。すると有葉はぶーっと頬を膨らませている。
「なんでメッシー。ずるいよ自分が楽しいことしようなんてー」
「いやガキじゃねえんだから、そんなツリーの飾り付けなんてやりたかないっての。だけど見てみろあれ」
 召屋が指さす方向にあるのは、天井付近まで伸びている巨大なモミの木であった。
「うほおお。大きね」
「だろ。お前の伸長じゃ絶対無理だ。イス使ってもきついだろうな。だから俺にまかせて委員長と折り紙いじってろよ」
「ぶー」
 文句を言いたげであったが、その大きなツリーに圧倒され、有葉は仕方なく笹島と一緒に折り紙リングを作り始めた。
「わー。ノリが指にひっついたー。ああ、くしゃくしゃになっちゃったー」
 なかなか上手く作れない有葉に対し、笹島は要領よくぱっぱっと次々にリングを繋いでいく。几帳面な性格なせいか、こういう風な仕事は案外向いているようであった。
 それを見ていた召屋は、感心しながらもこっちは大丈夫だなと思い、自分の仕事に取り掛かる。
「そういえば牧村先輩に藤森先輩。あなたたちは何するんですか?」
 ふと召屋が尋ねると、
「私は料理とかお菓子の用意だよ」
 と言いながら、優子はお菓子をバスケットに入れたり、テーブルに並べたりしていた。その隣にいた飛鳥は、
「僕はちょっと子供たちに披露する芸があるから、それを練習させてもらうよ」
 と言って自分のカバンをいじっていた。
「芸?」
「誰がゲイだ! 僕はただ可愛い男の子が好きなだけだ!」
「誰もそんなこと言ってねえ!」
「ああ、ごめんまた取り乱した……。とにかく芸だよ。大道芸みたいなもんさ。ほら、ここに衣装を入れてきたんだ」 
 そう言って彼は鞄から衣装を取り出した。それは真っ黒なマントと帽子のようなもので、飛鳥はそれをくるりと自分の身体に巻き付けた。
「なんですかその衣装……?」
 召屋はそのバカっぽい衣装に呆れていると、
「ちょ、ちょっと藤森くん、その格好はダメよ!!」
 と叫んで優子が飛鳥の首根っこを掴み上げ、教室の外まで引きずって行ってしまった。
「な、なんなんだ?」
 相変わらずの二人の奇行に召屋はついていこうとも思わなかった。数分後に戻ってきた飛鳥の衣装は、まったく別の、カラフルなピエロの服に変わっていた。
「何があったんですか先輩」
「いや、はは……。しょうがなく演劇部から衣装借りてきたよ」
 顔を青くしながら飛鳥はそう言った。後ろには怖い顔した優子が立っている。何がしょうがないのかよくわからなかったが、確かにあの真っ黒な服は変だったからそのピエロの服のほうが子供受けはするだろうと召屋は思った。
「そんな格好で何するんですか?」
「いやー。ピエロらしくジャグリングとか風船アートとかをね。僕はこうみえてそういうのが得意なんだよ」
 飛鳥は作り物の赤鼻をつけて自慢げにそう言う。一見とろそうで不器用そうに見えるのだが、人は見かけによらないもんだなと召屋は少しだけ感心する。
 そうこうしてのんびりと準備を進めて行くと、廊下からドタバタと走る音が聞こえてきた。
「千乃~~~~~~~~~~~!! どこなの!」
 そんな聞き覚えのある声が廊下に響き渡り召屋にも聞こえてきた。彼と笹島はげんなりし、有葉は立ち上がって、
「ここだよ春ちゃーん」
 と呼びかける。
 一瞬しーんっと静寂が訪れたかと思うと、ばんっと思いきりここの扉が開かれた。
「もう、探したんだから千乃!」
 そう言って勢いよく入ってきたのは、有葉のクラスメイトでありフィアンセ(自称)である春部である。猫のようにしなやかな肢体と、グラビアイドルが裸足で逃げ出すほどに大きな胸を持った彼女に抱きつかれ、有葉は彼女の肉体に沈んでいく。
「うう、苦しいよ春ちゃん」
「字元の野郎また千乃を雑用に使いやがって……殺す!」
 ぎらりと爪をしゃきーんと伸ばして、彼女は怒りを露わにする。そんないつもの調子の春部を見て、やっぱり来たかとうんざりしていた。
「おい春部。いいかげん離してやらないと有葉のやつ落ちちまうぞ。ほれタップしてるタップ」
「あら。あなたたちもいたの」
 ようやく気づいたとばかりに春部は召屋と笹島に視線を向け、その後ろで真っ黒に焦げた七面鳥を並べている優子と、ピエロの格好をした飛鳥を睨みつける。
「なにあの頭がお花畑みたいな二人は」
「ひでえなおい。あの人たち先輩だぞ。三年Y組の藤森先輩と牧村先輩だ」
「三Y? ふうん。あんな間抜け面したのがあの悪名高い三Yねえ」
 春部は品定めするように飛鳥に近寄りじろりと見ていた。
「ねえあんた――」
「や、やめろ! 近寄るなあ!!」
 突然飛鳥はそう叫びだし、今度は部屋の隅に逃げ出してカーテンを掴んでびくびくとこちらを見ている。
 そんな飛鳥の奇行に、さすがの春部も思考が追い付かなかった。
「へ? は?」
「美人局《つつもたせ》だな! 僕をそんなむちむちの身体で迫って陥れようというんだろ! わかってるぞキミたちのやり方は! それとも触ってもいないのに痴漢に仕立て上げる気か。目が合っただけで痴漢扱いなんだろ! 畜生、僕は騙されないぞ。痴漢なんてレッテルを貼られたら社会的信用性も失うし、家宅捜索もされちゃうじゃないか! 僕の引き出しにあるコレクションが世間に晒されてしまう! もうそうなったら人生お終いだ!!」
 そう喚き立ててぶるぶると震えていた。そんな彼を見て春部もまたドン引きしていた。
「何こいつ……めんどくさ!」
「ああ。めんどくさいな」
 またまた珍しく意見が合致し、二人は深いため息をつく。
「よしよし。ほら藤森くん。プリンあげるからこっち戻っておいで」
 グスグス泣いている飛鳥の背をぽんぽんと優子は撫で、なんとかなだめていた。なんだか知らないが、彼は色々とトラウマがあるらしい。
「ちょっと春部さん。邪魔しに来たんじゃなければ手伝ってもらうわよ」
 笹島は騒ぎの元凶である春部にそう言った。だが春部はすごく嫌そうな顔をする。
「げ、嫌よ。私は千乃を取り戻しにきただけなんだから。可愛い千乃をこんな『最悪Y組』の人と一緒にいさせられないわ」
 だが、そう言う春部を、有葉はその潤んだ瞳で見つめながらこう言った。
「だめだよ春ちゃん。これは初等部の子供たちのためなんだもん。私は帰らないよ」
 その言葉に衝撃を受けた春部は、有葉を抱きしめながら、
「わかったわよ。私も手伝うから、さっさと帰るわよ!」
 と言い、召屋も笹島も「応!」と答える。
「うう、みんなありがとう……」
 飛鳥は彼らのやる気に感動しているようだ。だが召屋たちは、この人が一番なんもしてないんじゃないのか? という疑問を心に押し殺して、作業を再開した。








「ふー終わった終わった」
 うにゃーんと春部はその長い四肢を伸ばしに伸ばし、繊細な作業から解放されたことに喜びを感じているようだ。
 あれから二時間ほどで準備は全て終わってしまい、見事に殺風景だった第三レクリエーション室は、クリスマス風に飾り立てられ、テーブルの上にはおいしそうなお菓子などが並べられている。
「案外さらっと終わっちゃったねー」
 と有葉。やはり彼らが真面目に作業をすれば、これくらいどうってことはないのだということを召屋は実感していた。
「はー。肩こった。どっこっいしょっと」
 そう言いながら笹島は肩をぐるぐると回していた。そんな彼女を召屋は見つめている。
「な、何よ召屋くん。なんか文句あるの?」
 そんな彼をぎろりと笹島は睨む。
「い、いやなんでもないさ。なんでも」
(ちょっとオバサン臭いなーって思った。なんて言ったら絶対殺されるな)
 そう思いながら視線を飛鳥のほうに移すと、汗を滝のようにかきながらぐったりとしている。
「うう……疲れた……。緊張する……お腹痛い」
 練習で気合を入れすぎたのか、疲労がピークのようであった。確かにどう見ても飛鳥はモヤシっぽいので、もう限界のようである。その上何人もの子供たちの前で芸を披露するのだから緊張もするのだろう。
「みなさん今日は本当にありがとうございました。うちのクラスがサボったからみなさんがいなければ間に合わなかったでしょう」
 優子は彼ら四人にそう言って頭を下げた。飛鳥を除く全員に、和やかな空気が流れる。
 時計を見ると、ちょうどクリスマスパーティーの時間が始まる時間であった。
「じゃあ先輩。俺たちはもう行くよ。そろそろ子供たちも来るだろうし」
 召屋はそう言って帰宅の準備を始める。同じく笹島も有葉も春部も各々帰宅の準備をしていた。
「ああ、みんなありがとう……じゃあね」
 へろへろのまま飛鳥も彼らに手を振っている。
「じゃあねーあすくんにゆうちゃーん」
 有葉が二人にそんな天使のような笑顔を向けると、飛鳥も優子も癒されたように恍惚の表情になっていた。
「ちょ、ちょっと先輩たち! 千乃を性的な目で見ないでよ!」
 そう言いながら有葉をひっぱって教室の扉へと向かっていった。すると、廊下から大勢の声が聞こえてきた。
「なんだ?」
 召屋がふとその声に気づき扉の前で足を止める。
 すると、がらりと扉が開かれて大勢の子どもたちがなだれ込んできた。
「わーすっげー」
「きれー」
「あ! おいしそう!!」
「ピエロだ! 変なピエロがいる! みんな殴れ殴れ!」
「あ、おっきなツリー! すごーい!」
 などと好き勝手言いながら子供たちは騒いでいた。
 だが、そんな子供たちの笑顔を見て、召屋たちの疲れは一気に吹き飛んでしまった。
(今日の仕事は悪くなかったな。たまには字元もまともな仕事をよこすもんだ)
 しかし、これからこんな大勢のやんちゃな子供たちを相手にしなければならない飛鳥と優子に少し同情もしていた。
「それじゃあ頑張ってください先輩方!」
 そう言って教室の扉を閉めて、寒い廊下へと四人は出てきた。
「さて、と。それじゃあ私は妹たちのとこに行くからこれでお別れね。帰りに先生からもらった割引券でケーキも買いにいかなくちゃならないし」
 そう言って笹島はそこから駈け出した。
「じゃあねみんな。冬休みだからってはめはずしすぎたらすぐに私が飛んでいくからね! 覚悟しときなさい!」
 姿が見えなくなる直前にそう叫んで、笹島は帰って行った。あいつが言うと冗談ってわけじゃないから怖いな、と顔を引きつらせる。
「じゃあ千乃。私たちも帰ろっか。それで二人で聖夜を過ごすの……」
 春部はそう言いながらどこか遠くを見つめていた。
 だが、突然召屋の携帯電話が静かな廊下に鳴り響き、春部は妄想モードから引き戻される。
「ちょっとうるさいわよ!」
「しょうがないだろ――はいもしもし」
 しゃーっと爪を出す春部を無視し電話に出る。
「ああ。うん。うん。わかった。そっちへ行くよ」
 そう言い終わり、召屋はぴっと電話を切った。
「誰からなのメッシー。もしかしてあのウェイトレスのお姉さん?」
 有葉が興味津津にそう聞いた。
「ああそうだ。あっちでちょっとしたクリスマスパーティーやるから来いって。プレゼントも用意しろってよ」
「いいなメッシー! たのしそー!!」
 有葉は目を輝かせてそう言った。それを見て春部は慌てている。
「おう。じゃあお前らも来いよ」
「いいの? やったー!」
「ちょ、ちょっと千乃! 私と――」
 そう春部は言いかけるが、わくわくしている有葉を見て、もう何も言えなくなってしまった。
「わかったわ。私も行くから私たちのプレゼントもあなたが買いなさい!!」
「え? いいのメッシー! 何買ってもらおうかなー」
「え? なんでだよ!」
 突然怒ってそう言いだす春部と、それを真に受けて喜んでいる有葉を見て召屋は頭を抱える。
(ああ、やっぱりこういう面倒なことになるんだよな。クリスマスくらいゆっくりさせてくれ)
 そう思いつつも、まあこんな騒がしいクリスマスも悪くはないかと、少しだけそのへの字口を上にあげた。


  おわりんこ






※あとがきと言う名の蛇足※

 今回は召屋正行の日常シリーズをシェアさせていただきました。
 非常に個性的なキャラばかりだったので、上手く扱えてなかったらごめんなさい。
 時系列的には召あき作のクリスマスお題SS
【あるサンタの日常】
【あるウェイトレスのクリスマスの出来事】
 へと続くつもりで書きました。
 そうは言ってもパラレル扱いで構いませんが。
 めっしーシリーズの続きを楽しみに待っています。







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