【ある昼の一幕】


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 東京湾に浮かぶ人工島双葉区唯一の巨大な教育機関双葉学園。その高等部の昼休み開始直後は局所的に戦場さながらの大混乱である。
 拍手《かしわで》敬《たかし》は購買へと急いでいた。中華屋のバイトでチャーハン専門の屋台を引いている敬だが、昼は他の学生と何の変わりもない飢えた男子高校生の一人である。
 そんな彼の目の前に二人の男子生徒が転がってきた。
「ひぃぃ」
「ぼ、暴力反対でござるぅ」
 やたらと大きなレンズが付いたカメラを大事そうに抱え、手には指の部分が無い皮のグローブ、頭にはバンダナ、そして縁の太いメガネとまるでそれが制服であるかのように同じ格好をした二人組だ。片方が太りすぎで片方が痩せすぎでなければ双子だと思っていただろう。
「とうとう、追いつめたわよ。この女の敵が」
 その二人組を追いかけ、クラスメイトの中でもなかなかのおっぱいの持ち主、六谷《ろくたに》彩子《あやこ》がやってきた。
 青筋を立てて竹刀を振り回しながら男を追いかけ回す。いつものといえばいつもの光景である。
 下手に関わらない方が良い。そう判断して通り過ぎようとする敬が歩き出した瞬間、真後ろから声が聞こえた。
「ハッハッハッ、撮影班の新堀と横山じゃないか、どうしたんだ? 会合に遅れてしまうぞ」
「に、二階堂氏、二階堂氏ではござらぬか」
「おぉ! 親衛隊の同志二階堂か」
 声の主はいつぞや報奨金目当てで参加した作戦でチームを組んだ事のある二階堂先輩だった。どうやら転がされている二人組の知り合いらしい。敬は二階堂さんに道を譲った。
「それがこの女子めが、我らがこの女子を盗撮していたと決めつけて襲いかかってきたのだ」
「まったく、言いがかりも甚だしいでござる」
 カメラを持った二人組が、二階堂さんの左右それぞれの足にしがみつく。通り過ぎるにはどちらかの身体をまたがなければならない。
 完全に場から離れるタイミングを逃してしまった。
「どこが言いがかりよ! 校内でそんなカメラ持って何するってーのよ?」
 彩子がビシっと竹刀で二人組のカメラを指す。
「どこの誰だか知らないが、安心するといい。俺たちは千乃たんファンクラブだ。この新堀も横山も君の撮影などしてメモリを圧迫するような愚行を犯す輩ではないぞ」
 任せろというように二階堂さんが胸を叩いた。
「まったくでござる」
「よく言ったぞ、同志二階堂」
 二階堂さんの登場で気を大きくしたのか男達が足元で声を上げる。
「それでは誤解も解けたようなので俺たちは失礼するぞ。これからファンクラブの大切な会合があるからな」
 二階堂さんは二人を助け起こして歩き出す。
「これだから女というものは……」
「とんだ災難でござる」
 二人は聞こえよがしに悪態を吐くが、決して彩子の方を見ようとはしなかった。
「ちょっと待ちなさいよ……」
 怒りが頂点に達した彩子がドスのきいた声を出す。
「一体何なのだ?」
「我らは忙しいでござるよ」
 二階堂さんを盾にするように、カメラの二人組が顔だけ出して言った。
「アンタ達、この私があの変態に劣るって言うの?」
 彩子が一瞥をくれてやると、二人はひっと情けない声を上げてすぐに引っ込んだ。
「ハッハッハッ、何を言い出すのかと思えば、千乃たんは別格に決まっているだろう?」
 自信たっぷりに答える二階堂さんの奥歯が光る。
「……アンタ達、その腐った頭叩き直してやるわ!」
 彩子は竹刀を振り上げて三人に飛びかかる。
「ハッハッハッ、元気があって大変結構」
 二階堂さんはさりげなく二人を下がらせると、自分も彩子に向かっていった。空中で竹刀を振り上げる彩子の手前で踏み込み、突進の勢いを回転に乗せて方向を修正し、一気に蹴り上げる。二階堂さんの足と彩子が振り下ろす竹刀と丁度真正面からぶつかり合う。その衝撃に耐えきれず竹刀が折れた。
 普段から胴着を着てるだけあってかなりの功夫だなあ。
「だが、武器が悪かったな」
 二階堂先輩は無遠慮に彩子の肩を掴んで笑いかける。
 ていうか顔が近いって! 仮にもその人女子だから。
 さっきからうすうす思っていた事だったが固定した状態でも折るのが難しい竹刀を蹴りで粉砕した達人は、行動がちょっとアレだった。人の地雷原を笑顔で踏み荒らすというか、平和な学園生活を送りたいなら関わってはいけない人の一人である事は間違いない。
 そして今その二階堂先輩と争っている六谷彩子も、平和な学園生活を奪い去っていくうちの一人である。
 混ぜるな危険、絶対にろくな事にならない組み合わせだろう。
「……絶対ぶっ殺す!」
 彩子は手の中で煌々と燃え盛る火の玉を練り上げていた。
 竹刀は彼女にとって、人に向けるには強すぎる異能を使わないためのストッパーである。そのストッパーを無くした彩子は完全に我を忘れてしまっている。
「消し飛べこの変態どもがぁ!」
 凶悪な笑みを浮かべ、彩子は火球を放った。
「直撃コースだと!?」
「にょおおおお!」
 それは真っ直ぐに二階堂さんとカメラの二人組の元へ向かっていく。
 二階堂さんも異能者だが、その使用には変身が必要だったはずだ。
 ああ、まさかクラスメイトから犯罪者が出てしまうとは。彩子の事だ、いつかやると思ってました、というコメントで溢れかえるに違いない。
 敬は、彩子の転校初日に味わった胸の感触を思い出した。あれは良い思い出として墓まで持っていく、お前も強く生きてくれ。
 そうやって脳内で別れの挨拶まですませた敬は見逃していた、二階堂が何かに向かってすり足で動いたのを。
「合体変身!」
 二階堂さんの身体が光に包まれながら、カメラの二人を持ち上げた。
 どこからか合体できる動物を見つけたらしい。
 その光が収まりきる前に、二人を火球が届かない安全な場所まで運ぶ。
 そして光が収まった瞬間、そこに現れたのは――
「きゃぁぁあああ!! ゴ、ゴキブリ人間!」
 その場にいた全員がそのグロテスクな姿にショックを受けた。
 特に彩子はひどいパニックを起こし、火球を辺りにめちゃくちゃに打ちまくると、魂源力の急激な消費で気を失ってしまった。
「ふぅ、やれやれ」
 乱れ飛ぶ火球を全て避けきった二階堂さんが、少し満足気に息を付く。
 そうか、虫の人の方だったか。
 敬はあの作戦には二階堂という名前の先輩が二人参加していた事を今更ながら思い出していた。
 自分と最初から同じチームにいたのは、動物の人で柔道家の悟郎《ごろう》、そしてもう一人の虫の人は空手家の志郎《しろう》だった。
「さあ、行こうじゃないか同志よ」
 二階堂志郎ことゴキブリ男は、カメラの二人組の肩に手を置いた。
「ああ、そうだな」
「い、急ぐでござるぅ」
 カメラの二人も命の恩人とはいえ、さすがにその姿にはどん引きなようだ。
「昼時になんてモンと合体してるんだ貴様は!」
 そんな志郎さんを、同じく変身をしている彼の兄弟が思い切り蹴りとばした。志郎さんは彩子の火球でなくなってしまった壁を通りこし、やがて消えた。見えなくなる瞬間、ゴキブリの油が太陽に反射にぬらっと光った。
「すまんな、愚兄が迷惑をかけたようで」
 強烈な飛び蹴りと共に現れた二階堂悟郎はその場にいた全員に頭を下げた。
「俺はこの子を保健室に連れていく」
「あの、それはちょっとやめておいた方が……」
 悟郎の姿を見て敬は、たまらず申し出た。
「いや、身内がしてしまった事だ。この子にもしっかりと謝らないと。という訳で会合には出られないかも知れないがよろしくたのむ」
「了解した」
「心得たでござる」
 しかし意外とまともな悟郎さんは、てきぱきと行動を開始し、彩子を抱き上げて歩きだした。いわゆるお姫様だっこの体勢であるが、不用意に尻を触ったり、スカートがずれてパンツが見えないように気を使っているあたりなかなかに紳士である。
 止める間もなく、悟郎は角を曲がっていった。後はもう、せめて変身を解くまで彩子が目を覚まさない事を願うばかりである。
「いやぁぁあああ!! ネ、ネコ男!」
 しかし敬の想いも虚しく、保健室の手前で目を覚ました彩子の叫びと共に爆音が轟いた。

おわり



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