双葉学園の大学生活 〜遠藤雅の場合〜 第二話  これは、雅が9歳の頃の話である。小さな公園で、彼は3人の男子と対峙していた。後ろでは雅の妹がぐすぐす泣いていた。 「お兄ちゃん! あいつらが、私の大切なお人形を壊しちゃった!」  雅はそいつらを睨みあげた。絶対にただでは帰すまいと目で脅した。  妹が肌身離さず持ち歩いていたバービー人形は、首と右腕の部分をへし折られ、胸がつぶれていた。  つまり、こいつらロクデナシ3人組が妹をいじめ、あげくの果てに人形を踏み潰してぶっ壊したのだ! 「きったねえ人形だなあって笑ったら、そいつがつっかかってきたんだよ!」 「悪いのはそいつじゃねえか!」  小柄な2人がみやこに指を差してそう言ったあと、目つきの悪い親玉がこう雅を罵る。 「遠藤はよう、転校生の癖して態度がデカいんだ! 妹をいじめればお前が悔しがると思ってやったんだ! ざまぁみやがれ!」  すかさず雅は公園の砂を握り、親玉の目にかけていた。親玉がひるんだその一瞬のうちに、彼は落ちていた尖った石を握り、額を殴った。かち割るつもりで殴った。  親玉の頭から吹き出た血に、子分2人は悲鳴をあげて怯んだ。まさかこんな事態になろうとは、思いもしなかったに違いない。怒り狂った雅の行動に圧倒され、その場で固まっていた。  ブッ殺す! 雅は目をかっと見開き、全身を駆け巡る衝動に身を任せていた。親玉を動けなくするまで殴ろうとした。  しかし、そこまでだった。ケンカの強くない雅はあっという間に親玉にくみしかれ、本気の拳を頬に喰らった。雅の右手から、血液の付着した石が離れて転がった。  その後はずっと顔面を殴られ、後から戦列に復帰した子分二人にも背中を蹴られ、雅は失神するまで徹底的にいたぶられる。 「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」 「大丈夫。これぐらいどうってことないよ」  怪我の程度はひどかったが、不思議と痛くも苦しくもない。父親に暴力を振るわれるほうがよっぽど辛かった。  雅は暴力に強かった。我ながら打たれ強いと思っているだけあり、屈強な精神と身体を持っていた。  それも、今は離れ離れになってしまったお母さんが丈夫に産んでくれたからだと、雅は一人感謝しながら傷をさする。  妹のみやこはそんな雅を心配そうに見ていた。雅が人形についてきくと、「ううん、もう平気。人形は我慢するから、もう無理しないで」と沈んだ声で言った。  雅はバラバラになった人形を受け取ると、ぎゅっと両手で包み、熱く祈る。「どうか、この人形が元通りになりますように」。  それは母親から学んだ、ちょっとしたおまじないであった。自分の熱い気持ちを、手のひらを介して、対象に注ぎ込む。母親はこれを「気持ちを込める」と表現していた。  額に汗が滲むぐらい、雅は祈った。妹の宝物が元に戻ることを祈って、念じた。  やがて、静かにその手を開くと、みやこの歓声が公園に響く。 「すごい・・・・・・! お兄ちゃんが私のお人形、治しちゃった!」  それを聞いた雅は、安堵のため息をつきながら両目を開いた。人形は、すっかり元通りになっていた。  大事な人形を受け取り、頬にすりつけるみやこの笑顔。  雅も頬を緩めながら、静かに思った。  これでいいんだよね、お母さん。  僕もお母さんみたいに、優しい心の持ち主になれるかな。  ・・・・・・随分と、懐かしい夢を見た。  確か、名古屋に転校してきて数日たった日の出来事だった。暗闇の中で寝返りを打ちながら、雅はそう思った。向こうのいじめっ子に早速目を付けられ、嫌がらせを受けてきたことがあった。  ある日、事件は起こる。どんな嫌がらせをしても動じない雅にしびれを切らした三人組が、あろうことか妹のみやこに標的を定めたのだ。  妹をいじめれば、雅は怒るだろう。いや、泣き出すかもしれない。それは彼らにとって愉快な遊びであったが、結果としてそれはとんでもないことになってしまった。  とうとう頭にきた雅が、いじめっ子の親玉に大怪我を負わせたのだ。石でぶん殴ったというのだから、彼らはともかく先生や親たちがひどく驚き、大騒ぎをした。  親玉の両親が家にやってきて苦情を申し立て、父親はへこへこ平謝りをしていた。当然その後、雅は顔面が変形するぐらいひどい折檻を頂戴する。  雅は父親の暴力に何一つ抵抗をしなかった。かわいそうな妹を守るには、ああいった行為に出るしかなかった。きちんと自分の良心に従うのなら、ああするしかなかったのだ。自分は正しいことをしたのだと、遠のく意識のなかで思っていた。 「まあ、石で頭殴ったのはちょっとやりすぎだったかな」  雅はそう言うと、ほんのり青白い暗闇の中で上体を起こした。東の窓から三日月が覗いていた。  真新しい部屋、真新しい布団。そういった環境の変化も気にならないぐらい、雅は長いことぐっすり眠っていた。部屋の隅では、朝に彼が連れて帰った黒猫がもそもそと動いている。  可愛かった妹も、今や雅を毛嫌いする生意気な女子高生になってしまった。家に帰らない日のほうが多かったぐらい、素行の悪い女と堕した。  そんな物悲しい思い出を浮かべながら、雅は布団から出る。腹が減っていた。何か食べたいと思ったのだが、やはり冷蔵庫には何もない。ため息をついて閉じた。 「何か買ってくるかあ」  財布をズボンのポケットに入れて、雅は下宿先としてあてがわれたアパートを出た。  見慣れない土地の中にいると、新しい生活が始まるんだなあとしみじみ実感できる。  雅は夜の住宅街を歩いた。この町には雅と同じように、双葉学園に通う生徒が住んでいる。  時刻は午前1時41分。やけに静かな夜だった。黄色い三日月が電柱の影を長く伸ばしているほかは、物音ひとつなく、薄暗い深夜の様相を呈していた。  あと数時間たったら入学式が始まる。双葉学園という無名で謎に包まれた大学で、雅の新生活は始まる。これから自分がどんな人生を送っていくのかもわからない。  これでよかったんだと雅は思った。  あの閉塞感のある名古屋の実家から飛び出して、今日からは自由に生きることができる。これは雅がずっと願ってきたことのひとつだった。  これほどにまで首都圏に帰りたがった意欲の強さに、雅自信も驚かされていた。いったい、どうして自分はこうしてまで、こっちに帰ってこようとしたのだろう?  あれこれ考えながら、雅はファミリーマート・双葉区三丁目店に入った。  何の変哲のない24時間営業のコンビニ。ひたすら続いた闇の中で、ようやく人の住む家屋を見つけられたような気がして、少し嬉しくなる。  あまりにも腹が減っていたので、その場でお湯を入れてもらった。  スーパーカップのしょうゆ味。朝マック以来の食事であった。  ゴミ箱の前にある段差に腰掛け、雅は割り箸を割る。コンビニの明かりにスープの油がてかてか光った。  一口すすり、もっちりとした麺の食感が口に広がったそのときであった。  コンビニの裏手で、どさっと何かが落ちたような物音がしたのだ。  雅はカップラーメンを片手に持ったまま、裏に行ってみた。  ブロック塀に行く手を阻まれ、黒い巨体の「そいつ」は立ち止まり、振りかえった。  その前をデンと、女の子が塞ぐ。 「ふふふ。おとなしくしなさい。あなたはこれから私に退治されて私の戦績となるのだから、感謝することね!」  女の子はにっと微笑むと、右手の爪をじゃきんと伸ばす。八重歯が飛び出ており、それは小さな牙を連想させた。  黒い巨体はガーとカラスの鳴き声をとどろかせた。ばさばさ大きな翼を動かし、突風を巻き起こして抵抗する。 「くぅっ! この、小汚いカラスの分際で、抵抗するんじゃないの!」  竜巻を避けるように、少女は高く跳ねて飛び掛った。「たあーっ!」。右手の爪が一閃する。  しかし、少女の小さな手では、巨大カラスの屈強な肉体を切り裂くことができない。彼女は筋骨隆々の足によって蹴っ飛ばされた。  吹き飛ばされ、しりもちをついた女の子は、うめき声を上げつつカラスを睨んだ。 「いったあい! やだ、ちょっと、そんな汚い足で触らな・・・・・・があっ・・・・・・!」  怒ったカラスは女の子を踏みつけ、潰してしまおうとする。彼女は左の頬をアスファルトに押し付けられ、苦悶の声をあげた。 「やだ、怒らせたならごめん、私が悪かったから、もうしないから、ぎぃっ・・・・・・やだあ、死にたくない、許して、許して」  カラスはもう、聞く耳を持たないようだった。一瞬だけ体を浮かし、一気に少女を押しつぶそうとして体をしならせる。体重をすべて足に乗せようとする。  絶体絶命だった。少女は地面に涙を零しながら、歯を食いしばる――。  だが、がああああっ、と異形は絶叫をあげた。そのまま後ろに倒れ、のた打ち回る。少女は解放された。 「おい、今のうちに逃げるよ!」  雅は痛めつけられて動けない少女を抱き上げると、走りだした。顔面にカップラーメンの熱い具材をかけられたカラスは、ますます怒って地団太を踏んでいた。  不慣れで入り組んだ住宅街を、雅はひたすらに走った。 「なんだなんだ、あのとんでもない化物は・・・・・・!」  少女のとっさの救出に成功したあと、すぐに雅を襲ったのは「恐怖」であった。  ひっそりとした公園のベンチで、しばらく雅と少女は座っていた。  女の子は相当怖い思いをしたのだろう、雅に抱きついて離れない。中学生ぐらいの子だろうか、肩幅も頭もとても小さい。 「まあ色々と気になるものはあるんだけど」と、雅は言った。「どうしてこんな時間に表を歩いているんだい?」  少女は弱弱しい瞳を雅に向けてから、すぐに目を逸らした。拗ねたような声で「だって、あれ私が倒したかったんだもん」と言う。 「倒す?」  雅には少女の言う意味がわからない。だから落ち着いて考えてみる。「倒す」ということはつまり、あの化物をやっつけるという意味なのだろう。 「君が、あんな気持ち悪くてでっかくて強そうなカラスをぶっ倒すっていうのかい?」 「そうよ! あれぐらいの低級ラルヴァ・・・・・・えっと、なんだっけ、カテゴリー・ビーストだっけ? ・・・・・・ああもう、とにかくあんな雑魚、私なら簡単に倒せるって言ってんのよ!」 「痛い! 腕をつねるな腕を! そんなこと言ったって、君、さっき返り討ちにあってたじゃないか・・・・・・ごふっ」  女の子は雅の鳩尾に拳を叩き込んだ。ベンチから崩れ落ち、のた打ち回っている雅には目もくれず、「ふんっ」と頬を膨らませる。 「とにかくね」  少女は立ち上がった。先ほどの戦闘でついたほこりを、ぱんぱんはたいてからこう言った。 「私は異能者なんだから、あんな雑魚ラルヴァ、どうってことないんだからね! 別にあんたに助けられるほど私は追い詰められちゃいなかったんだからね!」  雅は脂汗をたくさんかきながら、暗闇へと紛れていく小さな背中を目で追っていた。  ラルヴァとの再会は時間がかからなかった。  巨大カラスは狙っていた獲物を見つけることのできた喜びを、不愉快な鳴き声を住宅街に響かせることで表現した。 「馬鹿にしてんじゃないわよ・・・・・・!」  こめかみをぴくぴく震わせながら、少女は歯をきしませる。「『猫娘』みくが舐められたもんね!」  みくは両手の爪を伸ばした。犬歯を限界まで伸ばし、ありったけの力を具現させる。  今度はみくが、闇夜に猫の鳴き声をとどろかせた。瞳を金色に輝かせ、素早くカラスの懐に飛び込んだ。  黄色い爪の残像が、しばらく両者の間に残った。カラスは赤黒い血液をどばどば流し、醜悪な叫び声をあげる。 「粉々に切り刻んでやるんだからッ!!」  怒りに身を任せて、みくは両腕を振った。ラルヴァの肉が刻まれるたび、血液は飛び散り、悪臭が漂う。  この調子でいけば、相手を追い詰められる。  みくはそう思い込んでいた。  だから、カラスがず太いクチバシでニヤッと笑ったのを見たとき、体じゅうに鳥肌が走る。  カラスはみくの小さな体をなぎ払い、はるかかなた、先のほうへ吹っ飛ばしてしまった。  電柱に背中から直撃し、その場でうつぶせに倒れる。体が動かない。骨と内蔵のほとんどをやられてしまったようだ。  それよりもみくは、自分の攻撃がまるで敵に通用しなかったことに、打ちのめされていた。 「そんな・・・・・・私じゃ、勝てないの・・・・・・?」  また、涙が零れ落ちる。情けなかった。弱い自分がとてもなさけなかった。こんな弱いのが、みか・みきという優秀な異能者たちの妹であることが、非常に情けなかった。だから、みくは結果を残すことで周りを見返したかった。  それなのに、自分はこうして、すごくもなんともない小汚い雑魚に破れ、喰われようとしてる・・・・・・。 「悔しい、悔しいよう・・・・・・」  一歩一歩と、大木のような足が近づく。カラスはぴくりとも動かないみくを確認すると、尖ったくちばしを脳天めがけて振り下ろした。止めを刺すつもりだ。  お姉ちゃん、助けて。  みくは、誰一人として表を歩くことのない深夜の住宅地で、ひっそり殺されようとしていた。  「ぐあっ・・・・・・」  急に覆いかぶさられたと思ったら、誰かの声が聞こえてきた。男性の声だ。  みくは、自分をかばった人物を見て驚く。  それは、自分が腹にグーをぶちこんだ、さっきの男だった。 「あんた、どうして・・・・・・」 「どう考えても危なっかしいだろ! お前じゃこいつに間違いなくやられるぞ!」  そんなわけない、私が負けるわけがない。  むきになってそう言い返そうとしたとき、みくは言葉を失う。  彼の背中に、太いくちばしが刺さっていたのだ。奥深く突き刺さったくちばしから、鮮血があふ出ている。 「やられそうなのはあんたのほうじゃない! ばか! この、ばか!」 「弱ってるのを守ってやらないわけにはいかないだろ? そういう性分なんだ、俺」  みくは、それを聞いて反抗するのを止める。彼は優しい目をしていた。 (せめて、こいつだけでも生き延びて欲しい・・・・・・)  雅はみくの小さな体を抱きしめる。包み込むようにぎゅっと抱きしめて、念じる。  みくは、自分の体が楽に、そして力がみなぎっていくのを感じていた。  そして、彼の能力がもたらした「奇跡」を見る。 『まったくもう。あんたって子は狩りをちゃんと覚えないから、いつも失敗するんだよ』  とても懐かしい、みかお姉ちゃんの声。 『ふふ。猪突猛進なのは元気があっていいけど、それじゃ勝つのは難しいかなあ? みくちゃ』  とても懐かしい、みきお姉ちゃんの声。  死んだはずのお姉ちゃんたちが、私の目の前にいた。ぽろっと、私の頬を涙がつたった。  二人とも、ラルヴァとの戦いで命を落としてしまった。とても有能な異能力者だった。  猫の力を異能として変換し、戦う血筋は、今や私一人だけ。お姉ちゃんたちのぶんも、私は活躍したいし、仇をとりたい。  でも、いくら戦いに出て無理をしても、私はうまくいかない。いくら努力をしても、結果が残せない。 『あんたはね、もっと色んな人間に心を開いて、成長するべきなの』  と、みかお姉ちゃんは私を抱きしめて言った。 『お友達、できた? ふふ、みくちゃは気難しいから、そういうの苦手かもしれないね』  と、みきお姉ちゃんも私を抱きしめて言った。 『ま、気長に待ってりゃいいパートナーなんてできるもんさ』 『それまで、私たちが守っていてあげるからね。いつでも側にいるよ』 『強くなるんだよ』 『その力で、みんなを守ってあげてね・・・・・・』  私はお姉ちゃんたちに包まれて、熱い涙をいくつも零していた――  カラスはくちばしを雅の体から引き抜くと、いよいよ機嫌をよくして歓声をあげる。。  当然だろう、今晩はこうして苦労することなく、二人ぶんのエサが手に入ったのだから。翼を羽ばたかせ、小刻みに跳ねて踊っていた。  しかし、その足が止まった。  ゆらりと立ち上がったみくが、冷たい視線をこちらに向けているからだ。 「ふっしぎねえ。あんだけ大怪我してたはずなのに、すっかり治っちゃってるの。それに、なんだろ。すごい力が湧いてくる」  ラルヴァは、この少女はいったい何を言いだすんだろうと首をかしげる。首をかしげたとき、自分のくちばしに赤黒い血液が、横から大量にかけられた。  そして左を向いたとき、ラルヴァは自分の左の翼が根本から切断され、血を吹き上げているのを見た。  驚愕して暴れだしたカラスを、汚いものを見るような冷たい目で睨んでいるみく。天上めがけて振り上げていた右腕を、ゆっくり下ろした。  右手の爪は先ほどよりもずっと長くて、営利に磨かれていて、三日月よりも金色に輝いていた。 「もう生きて帰れないわよ。この雑魚が!!」  みくは怒鳴り声をあげ、瞳を爆発させるように瞬かせた。  そのまま腕を縦横無尽に振り回し、ラルヴァを血祭りにあげる。あっという間に切り刻む。  最初のうちは形容しがたい絶叫をあげていたカラスであったが、次第に声が小さくなり、ついには事切れてしまう。  アスファルトに詰みあがった黒い羽と、肉塊を見て、みくは相手を撃破したことを悟った。 「やった・・・・・・。私、こいつをやっつけたんだ・・・・・・」  爪が引っ込んだ。牙が小さな口に収まった。輝いていた瞳が、落ち着きを取り戻した。  みくは微笑を浮かべながら、そのまま後ろに倒れこんでいく。 「お姉ちゃん、やったよ。初勝利だよ・・・・・・」  意識が飛んでいってしまう前に、みくは自分が暖かい腕に包まれたのを感じる。  優しさそのものである温もり。涙が出てきそうな懐かしさ。  天国のお姉ちゃんたちが私を抱いているのかな。  昔みたいに私を抱きしめてくれているのかな・・・・・・。  雅の腕の中で、みくは穏やかな寝顔を見せていた。  その後、雅は自分のアパートにみくを連れて帰る。  どこに彼女が住んでいるのかわからないし、その場に寝かせたまま放置するわけにもいかなかったからだ。  それにしても、あの化物はいったい何なんだろう。どうしてこの子はあれほどまで強かったのだろう  何よりも、致命的な攻撃を喰らったのにもかかわらず、なぜ自分はこうして平気でいられるのだろう。  少女の軽い体を両腕に抱えながら、雅は疑問に思っていた。  戦い。異能者。ラルヴァ。  そして、自分の「力」らしきもの。  薄々とではあるが、それらは着実に一本の線として繋がりつつあった。 「やっぱ、ちょっと背中が痛え・・・・・・」  まあ、打たれ強い自分のことだし、いつものように少し寝たら治ることだろう。  そんなことを雅は思いながら、暁あんの住宅街を歩いていた。  夜行バスの車窓から見た明け方の藍色が、東の空を染めていた。  双葉学園の醒徒会室で、その映像は流されていた。 「すごいですね。深手を負った味方を回復させてしまえるなんて」 「治癒能力。ぼくもあれほどの使い手は初めて見た」 「そりゃあ当然だよ! 話に聞けばさ、学園でも伝説になってるあのセンパイの息子さんなんでしょー?」 「オレはあのタフな体にすごいと思ったけどなあ。普通ならオレたち異能力者でも重傷だろ、あれ」 「物理的防御力が桁違いなのか!?」 「あーいうのは攻撃面がからっきしだろうなぁ。俺だったらあんな雑魚、とっととぶん殴ってブッ潰しているとこなんだがな。だいたいあのラルヴァは下級レベルなんだろ?」と、大柄の男性生徒は言う。「異能力はすげーとは思うが、まあ、扱いに難しそうなヤツだな」  醒徒会のメンバーは口々に感想を漏らしていた。にこにこ笑っている者、堅苦しい顔をしている者、色々な人間がいる。 「しっかしまあ、よく深夜にこんな映像が撮れたな? 諜報部の連中は何モンだ!? 変なとこでおっかねえ連中だぜ」  図体の大きい男子生徒がそう言うと、黒い椅子から「にゃー」と鳴き声が聞こえてきた。会長の椅子だ。 「ファミリーマートでバイトをしている諜報部の学生がいたそうだ。たまたま始まった戦闘にいてもたってもいられず職場を抜け出し、激スクープに成功したそうなのだ」  と、椅子に座る醒徒会会長は言った。それはとても幼い女の子の声であった。  「遠藤雅。ふふふ、気になる、気になるぞ。これまで見たことも聞いたこともない新しい能力に私はワクワクしてきたぞ」  彼女がそう言うと、膝の上に乗る白いトラ猫が「にゃ」と相槌をうった。