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『さぁ、選べ』

『日常を生きるか、世界の始まりか』

その言葉を聞いてから、一ヶ月が過ぎようとしていた。
日常を生きる。
それは、今のまま何も知らずにただ生きること。
世界の始まり。
それは、今起きていることに立ち向かうための剣を手にすること。

今のボクに、そのことをすぐに決断するだけの勇気が無かった。
あんなバケモノとボクが戦うなんて、まず想像出来ない。
ボクだったら、あの場で、あの緊張感の中で、どうしていただろう。

ただ腰を抜かして、その場でヘタリ込んでいたボクが。
どうしていたか?そんな疑問の答えは簡単すぎて・・・。
その場から逃げる?出来るわけが無い。
恐怖に身を震わせ、ただ誰かの助けを求め、そして、その先に待つものは死。

先生は言った。
『この学園で戦える人間は、もう残り少ない』と。
葵先輩が今までその任に就いていたことで護られていた均衡が今まさに崩れてしまった。
『アイツらは、またキミを襲いに来るだろう。』と。
それは、自分達の正体を知られたから消すというようなレベルの話ではなく、
ただ、知られてしまったから。そう先生は言った。
殺そうと、アイツを亡き者にしようとした中で、ボクは生き残ってしまった。
それは、彼らの殺人理由にしては好都合なものらしい。


誰も助けてくれない。
誰もボクを護ってくれない。
誰も、ボクを・・・。



考えているうちにその日は終わってしまった。



夕暮れに包まれる校舎をひたすら歩く。
二つの渡り廊下を経て、二つの長い階段を上り、いつの間にかボクは『物理室』の扉の前で呆然と立ち尽くしていた。
ここに来て、何があるんだろう?
さっきから疑問ばかり、ボクの頭の中では反復されていた。
突然で、分からないことだらけのボクに、先生はきっと答えてくれる。
その確信はあった。
だけど、本当の疑問に対して、先生は・・・答えてくれるのだろうか。
不安で仕方なかった。


そんな不安な気持ちがいっぱいになる瞬間。
茜色の世界が、暗闇へ解けようとした。
何かの衝動に駆りたたれるように、ボクはその扉に手をかける。
重厚な造りの扉は今のボクには重すぎて、身体を滑り込ませるほどのスペースが出来るぐらいまで開けて中を覗き込んだ。
薄暗い物理準備室に照らされる月明かりで確認出来るのは、様々な物理模型と少しツンと匂う薬品の香り。
人の気配はなく、中には誰もいない。

そしてボクは華奢な身体を滑り込ませ、中に入った。




本当に静かで、聞こえるのは時計の針の音だけ。
カチカチと寸分狂わない時計の針は、7時を指していた。
もうこんな時間だから、先生はいないかもしれない。

そう思いながら、物理準備室を歩いた。


―ビリッ

一瞬のことだったから、あまり気に留めてはいけない。
普通の人なら、ただの静電気だと思って思い過ごす感覚だろう。
だけど。
ボクはすでにあの『普通ではない世界』を垣間見てしまった。

些細なことでも、不安が自分の心を支配するのが分かった。

―ピシッ

今度は何かがひび割れる音。
周囲を見回しても、何もない。
窓。
見えるのは大きな月と、桜の木が聳え立つ門。
さっきの扉。
結構お金のかかってそうな造りで、鍵もカード式の最新鋭のものを取り入れている。


ん?
鍵・・・?
そういえば、なんでこの部屋は鍵が掛かってなかったんだろう?
故障かな?
先生が掛け忘れていた?
その線は薄い。
なんせ、あのタイプの鍵はオートロックと言うものがついていて、外に出れば自動的に鍵が閉まる構造に・・・。


「オオオオオオオオン!!!」

「・・・しまっ・・・!?」


身体全体に痛みが走って、ボクはやっと気がついた。
あの鍵はかけ忘れられたものでも、故障で壊れていたものでもない。
ただ『外部の者に壊された』から開いていたんだ。
そして、この部屋に出入りしようと思うものは、ボクの知りうる中で一つしか思いつかなかった。
吹き飛ばされた身体の体制を整え、暗闇に慣れてきた目でその物体を凝視する。
吐かれる白い吐息。
人では確実にありえない禍々しい瞳。
手は稲妻のようなものを帯、さっきからパチパチと放電している。

「I.V.O.L.S.!?」

拳を固め、ボクに殴り掛かろうと猛突進を繰り出すバケモノ。
無我夢中で転がり、その後何かがはじけ飛ぶ音が耳に響いた。
物理準備室の備品は木っ端微塵。
あんなのを食らえば、一溜まりもないだろう。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


怖い。
無作為に繰り出される大振りの拳を寸前で避け、再び距離を取る。
怖い。
それでもまだ止まらない。
ただ突進を繰り返し、それを避け続ける。
怖い怖い怖い怖い。
どちらかの体力が尽きるまで繰り返される?
それはない。
なんたって、ボクの体力は並の人以下で。
今だって息が上がって、身体が酸素を欲して息切れを起こしている。
アイツはそんなのお構いなしで突っ込んでくる。

時間の問題だった。
ボクは、やっぱり殺されてしまう。
あの時と同じように・・・。



「・・・・いやだ」



思っていたことを正直に口にした。
その言葉を聴いたのか、アイツはさっきまでの猛攻が嘘のようにその場に佇んでいた。
ボクは願ってしまった。
死ぬのは嫌だ。
人として当たり前の本能。
されど、その本能の本来の意味するところは違っていた。
死ぬのが嫌なのではなく、
生きたいと願った。
この違いこそ、ボクの覚悟を確立させ。
そして、戦いへの決意を揺ぎ無いものに固めた。
その瞬間だった。


ボクは『敵』に背を向け、物理準備室の最深部へと走った。
そんなに大きな部屋でもないのに、相当距離があるように感じた。
でも、それでもボクは走らざるを得ない状況だった。
走ったその先にある、あるものを手にするために。

ただ、我武者羅に。
あの光る剣を。
手にし。
鞘から、白い刃を抜き放った。
重い剣は、ボクの細い腕では持つだけで精一杯だけど。
それでも、戦うしかない。
この、先輩の剣で。
この、先輩が立ち向かっていた勇気で。

強くなりたい。

眼を閉じ、強く想う。
あの日の先輩の姿を。
月下に舞う、ボクの目標を。





暗闇に浮かぶ、二つの赤い点。
ゆらりと白い刃を持ち、ただ標的を狙い、見定める。
手には得体の知れない稲妻の塊。
アレに触れるとまず間違いなく不利な状況になる。
だから、決めるのは一瞬で。
かつ、相手に致命傷を与える覚悟で。

剣を逆手に持ち直し、低い体勢を保ったまま、
ボクは地を文字通り滑空した。

これは記憶?
いや、剣から伝わる経験が、ボクの身体を突き動かしている。
滑空するや否や、アイツも拳を振り上げる。
物理準備室のノルタイルに叩きつけられた拳を寸前でかわし、相手の懐へ。
小さな身体が、こんなところで役にたった。

逆手に構えられた刃を大きく一振り。
飛び散る鮮血の量に眼を丸くしたけども、まだ致命傷じゃない。
相手の首目掛けて、2連目。
それでもまだダメだ。
振りぬいた刀の柄を右手で支え、跳躍。
身体が軽い。
天井近くまで振り上げられた刀を、自分の体重をかけて一気に。



躊躇いなく、敵へ振り下ろした。



「オオオオオオオオオ!!!!」


流れる血の雨と共に断末魔が聞こえる。
痺れた手から刀がずるりと抜け落ち、ボクは膝を付いた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
剣を振っていたときにはまったく感じなかった疲れが、今となって一気に押し寄せてくる。
酸素を欲し、肩で息を継ぎ、そして気持ちの悪くなったボクは胃の中のものを吐き出した。

「・・・オ・・・オオ・・」

「まだ立てる・・・のか・・・」

残念ながらボクはもう立てそうに無い。
体の力と言う力が抜けて、目の前にある剣すら執ることが出来ない。
ゆらり。
と、一歩。
満身創痍の体で、バケモノは着実にボクへ向かってくる。
大きな影が小さな体を包み込むまでの数秒間がすごく長く感じた。
ボクには、先輩のように・・・戦うことは出来ないのか。
何も護れず、ただこんな格好の悪い死を待つだけしか出来ないのか。

そのときだった。
ボクに向かって、黒い何かが飛んできた。

それは物理準備室の床をカラカラと転がり、目の前の剣に当たって静止した。
なんだろう?これは・・・?
弱りきった握力でそれを必死に掴む。
冷え切った鉄(アイアン)の感触。
重厚感こそあるけど、さっきまでの剣よりは軽い。
手にしっくりなじむ、近代的なフォルムに目が留まり、瞬時にそれが『何か』を把握した。

銃身には『Aiminift』の文字。
今、動けないなら。
この銃に頼るしかない。
なぜボクに向かってこんなものが転がってきたのかは知れないけど。
それでも、今は・・・!!


「力を・・・貸して」


真っ暗な闇に、一気に光が挿した。
「オ・・オオオオ!」
―データ互換を確認。
ただ、バケモノはその様子にたじろいでいる。
―A.M.S.初期起動を確認。MCS(マルチロックシステム)を解除します。
銃から伝わる、強い力が身体に迸る。
―新規マスターを登録。『野田康治』に変更。。。。。。。完了。
Device。その意味と力はまだ分からないことだらけだけど。
―『Strike Shift』使用可能領域まで残り21%。
この銃なら、今のボクでも。
先輩のように戦えそうな、そんな確信に満ちた思いが過ぎった。
―戦闘可能領域に到達。



―Aiminift Full Drive



座り込んでいた身体を一気に解き放ち、
体のバネを利用して相手の振り上げられた拳を避け、
相手の真横を通り抜け、
背後を取った。

弾が入っていることを祈りつつ、その照準を敵へ向ける。
重く、構えているのがやっとな状態。
されど、今はやらなくてはいけない。
この窮地から脱するために、躊躇いなく、戸惑いなく。


そのトリガーを引いた。


カチンと、虚しい音が部屋にこだまする。
弾は、入ってなかった。
なら!
次を考えるんだ。
冷静になれ。
飛び出しそうな心臓の鼓動を抑え、考えた。

奇跡を起こす力、それがDevice。
弾が無ければ、自分で作ればいい。
無から有を作る。
それは奇跡の名に相応しい。
必死にイメージする。
最強の弾丸。
アイツを一撃で倒すことが出来る、この世に一つとしてないものを。

脳裏を過ぎるのは、特殊な文字で加工された、見たこともない弾丸。
よし。
次は大丈夫。
ちゃんと『弾』はあるんだから。

銃口に収束する光の粒。
最初は弱弱しいものだったそれは、今は部屋を包み込む勢いでその強度を増している。
アイツは拳に稲妻を溜め、今にも飛び掛ろうとしている。
その距離、約4m。
一足飛びで接近できる距離。
それでも、大丈夫。

「行こう、Aiminift。ボクと一緒に」

猪突猛進。
そのタイミングを見計らい、ボクは限界まで収束された光を炸裂させた。

「Aiminift・・・Barst」

「オオオオオオオオオオオオオ!!!!」



キラキラと。
光の粒が、その場に舞い上がっていた。
それはたぶん、彼の最後で。
ボクの、始まり。

その場にヘタリ込んで、大粒の涙を流す。
ただただ溢れてくる悲しみが、自分を支配してゆく感覚。
この日初めて、ボクは人を撃った。

その悪寒に、ボクの心は耐えられず、ただただその場でうずくまるしか出来なかった。

『初めての戦闘で・・・これほどまでとは・・・』

後ろから声が聞こえる。
それはつい先日聞いた声で。
ボクは恐る恐る後ろを振り返った。

そこには鶴谷国重先生の姿が。
そして、ボクに手を差し向けてニッコリと笑っている。
手を取り立ち上がってもまだ足に力が入らない。
身体に付いたほこりを落とし、銃を拾い上げた。
汗で冷え切った手で取ると、その鉄の塊は熱く燃え滾る太陽のように熱かった。

「Aiminift・・・」

「・・・覚悟は、決まったか?」

もうこんな怖い思いはしたくない。
だけど、誰かが戦わないと、他の誰かがこんな思いをする。
そして、今ボクは戦うための力を手にしている。
Device。
これだけが、彼らに対抗しうる手段。

そしてボクは自然と先生の手を取り、


「・・・ボクに、力の使い方を・・・教えてください」


契約を、交わした。

長い、長い非日常への第一歩を踏み出して。
これから起きる悲劇を、知らないまま。

第7話『魔眼 の 担い手』END