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「はぁ・・・」
桜紋で学生生活を送って、3度目の冬がやってきた。
ため息は白く、その場の寒さを物語っている。


「なんでココは毎日人だらけなんだろうねぇ・・・」
「仕方ないだろう。ソレが学生食堂というものだ」

二人して愚痴を言いつつ手にはしっかり自分の得物を持っていつもの場所へ座る。

いつもの日常の風景がそこに広がっている。
「それはそうなんだけどなぁ・・・僕はもう少し静かに食べたいよ」
野田の愚痴がエスカレートする。
今日のコイツは何かが変だ。
いつもなら気にしないことでイライラしているように見える。

「どうした?オマエらしくないな」
目の前の野田は、ちょっとオレを睨んだかと思えばすぐに肩を落とす。
コイツの心理も時々分からんときがあるのはオレだけではないはずだ・・・。

「いや。なんでもない。ちょっと右腕が疼(うず)くだけだよ・・・」

野田はゆっくり机の下に隠れていた右腕をオレに差し出す。
パッと見は普通なんだが、目を凝らしてみるとソレが明らかに『人の腕』ではないことに気がつく。
10ヵ月前のあの事件以来、野田の腕は治らなかった。
ほかの損傷箇所は完治したものの、右腕だけは一向に回復の兆しがない。
そして最終的には『治る見込みがない』と告げた先生の判断を仰ぎ、結局義手職人を紹介してもらったらしい。
その職人は先生の大学時代の後輩で、腕はいいが性格に難アリの今時珍しい堅物の女性。
オレは正直ニガテだ。

そして義手になった野田はしばらく休校。
その間はオレが執行者として暗躍しているんだが、あの野田の一戦以来事件らしい事件が起きていない。
ちょっとした抗争はあるものの、その大半はザコばかり。
殺伐とした死闘なんてものは、まったくと言っていいほど静かだ。
それは何を意図しているのか学園側はよく分かっていない。

―事件が起きないことに越したことはない

と、あの教師は言っていたが、オレ自身腑に落ちない点はあった。
されど、今は言うべき時ではない。


根拠はない。いわゆる直感だ。
直感でも十分に信憑性はある。
それでも踏み切るまでには至らないというレベルだ。

どちらにしても、相手から動かない限りはコチラからはヘタに手を出せない。


「・・で・・らしいわよ・・・」

食堂のざわついた雰囲気の中から一際声を落とした会話がかすかに聞こえた気がした。
もう一度そちら方向へ意識を集中させる。

「3年の小川君が2年の城山さんに手を出したらしいわよぉ~ほんと男って怖いよねぇ」

「そうそう。それを城山さんが嫌がって朝の校内を逃げ回ったとか」

「嫌だ。何それ~・・・」
なにやら物騒な話をしているが、なにぶんオレには興味のない話だ。

「へぇ、石田も他人の恋話に興味があるなんて。なんか意外だなぁ」

野田がニヤニヤしつつコッチを見ている。
こいつは世間一般で言う「恋話」は大好物で、一度その手の相談を受けると相当な時間拘束される厄介な人物だ。
まあそれだけ世話焼き上手なのだろうが、裏手を返せばただの大きなお世話で終わる場合もある。
「・・・ふん。オレは別に」
「はいはい」
カツ丼をかきこみながら野田はぶっちょうずらで答えた。


―ピンポンパンポーン


気の抜ける放送呼び出し音が校内全域に鳴り響いている。
この音だけはたぶん全国共通なのだろう・・・私立学園なのだからその辺のことはどーでもいいと思うが;

―あー生徒の呼び出しをする。今から呼ぶものは至急物理室へ来ること。

聞き馴染んだ声がした。
大抵この時間の呼び出しは「成績不振宣告」「補習呼び出し」と相場が決まっている。
オレは最後の一口のカツカレーを口へ運び、水を一口含んだ。

―野田康治、石田隆両名。至急物理室へ来ること。

「・・・ぶっ!!」
「野田、汚い」

冷静に茶を飲んでいるオレに対して、また野田はイライラしているようだった。
それを


―繰り返す。野田康治、石田隆の両名は至急・・・


最後の茶を飲み干すと野田がゆっくり席を立った。
ソレと同時にオレも動き出す。
オレの真後ろの席ではまだ女が噂話に華を咲かしている。
日常での会話。
行動。



すべて、オレたちとは無縁のことなんだが・・・。










「野田です。・・・・失礼します」
「・・・」
いつものように物理準備室へ足を運ぶ。
オレは半年ぐらい前から『力』の使い方について学ぶためにココへ訪れてはいたが、野田のヤツはもっと前からここへは来ている。

アイツはココへ来てからと言うものの、メキメキと力をつけた。
これは後で鶴谷から聞いたことなんだが、野田の使う『Aiminift』はDeviceの中でも扱いがかなり難しいらしい。
それでも野田は最初からその力を行使出来た。


聞いたときは正直驚いた。


されど、先生は違っていた。
あたかもソレが『予定通り』であるかのような雰囲気だったことを、嫌でも覚えている。




「来たか。」
大きな机越しに逆光を浴びた鶴谷の姿がある。
何かを創作していたようだが、その手を止めてコッチを見た。
「野田。アレから右腕の回復は順調か?」
右腕の義手のことを言っている。
ここでの『定着』とは自身の魂との融合を意図しており、それが完了すれば義手とも思えないように腕を動かせるようになるらしい。
その魂の定着にはそこそこ時間がかかり、人によっては10数年定着しないまま義肢自体が壊死することもあるようだ。

「はい。最近は調子いいですよ。『魂の定着』がそもそも実感がないのでよくわからないんですが」
野田は右腕を先生へ差し出す。
その腕は力をなくしたようにぶら下げられているが、日常的な行動をする面においては支障はないようだ。
鶴谷が野田の右腕からオレのほうへ目を移す。
その眼差しは、オマエはどうだと問う。
オレは無言のまま、腰に携帯されているナイフを一見させ、一歩後退した。


「さて、本題に移ろうか。」
途端に野田の目つきが変わる。
アイツは根が優しいから、誰かが傷つくのを見ていられないたちだ。
今回もイヴォルス絡みなら、アイツは自分の身を案じずに銃を手に抗争へ飛び出す。
それだけは止める。
アイツが今出ても、ただ殺されるだけだ。
利き手ではないとはいえ、片手だけで戦うには荷が重い。

そんなことを考えていると、鶴谷は口を開いた。
どうやら、今日の任務の内容のようだ。

「今日二人を呼んだのは、あるものの護衛に向かって欲しいからだ」

突拍子もない任務内容に、オレたち二人は戸惑いを隠せなかった。
執行者である者にとっての『任務』は2つある。
一つは『狂化因子の排除』
もう一つは『重役の護衛』

重役の護衛なんて任務は上位の執行者がその任に就くことが多く、オレたちのような執行者として中の下の者は大抵前者の任務が任せられる。
なのに、今回の任務はそのカテゴリからは大きく外れたものだった。
「時計塔に安置してある新型のDevice『Devider』・・・その護衛任務だ」
「Deviceの護衛ですか。しかし、なぜ」

そう問う野田の前に、資料が手渡された。
食い入るように見る野田の後ろからオレはその資料を覗き込んだ。

表題名は『Project Devider』
内容をザッと見ると、大方こんな感じだ。


『我々はついに完成を見た。対I.V.O.L.S用兵器、Device名『Devider』
 されど、完成と同時にあのDeviceの特殊効果はイヴォルスとの互換性が非常に高く
 かつ、執行者にとっても脅威となるその危険性により急遽封印処理を施した。
 しかし、彼らの手に掛かればものの数秒で開錠されることが予想される。
 よって執行者『野田康治』『石田 隆』はただちに上記Deviceの護衛、守護の任に付くよう命ずる。』


「・・・」
「学園長直々の御指名か」

たしかに、現在自由に動ける執行者はこの学園にオレたちのほかにはいない。
他の執行者の助力を請おうにも、他の任務に就いていることが多い。
鶴谷は一息ついた後、静かに口を開いた。

「これは総本山からの命令でもある。・・・当然、拒否権はない。
 石田はすでにDeviceの携帯許可は出ている。よって、現状装備のまま任に当たれ。
 野田に関しては腕に負傷があるため、Aiminiftによる石田の援護を優先せよ」

机の引き出しから卓上に黒い銃を置く。
久しぶりに見たそのフォルムは少し改良が加えられているのか、小型化されていた。
たぶん野田の腕への配慮なのだろう。
野田は銃を受け取り、感触を確かめる。
カートリッジを銃身に装填させ、安全装置を確かめる。
ベルトの上から巻きつけるようにホルダーを着け、銃を格納した。


「了解しました。執行者野田康治、今夜よりDevice護衛の任に就きます」
オレもそれに便乗し、了解とだけ言ってその場を後にした。
廊下に出て最初に感じたのは、冬の冷たい空気。
吹き付ける風は、あの日のような淀んだ空気を運び、嫌でもオレに思い起こさせる。

されど、今回はあのときとは違う。
迫り来る障害を打ち払う力と、その術を。

―オレは手に入れたのだから。










時刻は、10時を軽く回っていた。
学園寮にいるオレはともかく、親の元で暮らしている野田がどうやって外泊の手続きをしたのかがよく分からないまま、当の本人はのほほんと缶コーヒーをすすっている。
目を横に流し、護衛対象を見据える。
大きな試験管のような容器に、満水まで浸された溶液。
その中にぽっかりと浮かぶように、何かの柄のようなものが浮いている。

その隣には、美しい銀の刃のみ同じような試験管内に浮かんでいる。
日本刀の刃そのものの護衛任務は受けなかった。
鶴谷に聞けば、『それは誰も触れない』と。
意味が分からないことだらけで、オレたちはただ言われたことを遂行するためだけにこの場に2時間も佇んでる。

今のところ、ヤツラの気配はない。


「ねぇ、石田」
突然野田が尋ねてきた。
オレはぶっきらぼうに『なんだ?』とだけ言い、返答を待った。
野田は何か言いにくそうに口をモゴモゴするだけで、何が言いたいのか・・・。

しばらく待った。

気まずい沈黙を破るように、野田はその重い口を開いた。
「ユメを・・・見るんだ」
「夢?」

「うん。すごく悲しいユメを、ここ最近毎日」

内容までは言わなかった。
ただ、話す野田は悲しそうで。
オレは、その夢の内容まで聞くに至らなかった。

そして同時に願った。
オレの予想が当たってないことを。
あの日のことを思い出すと、野田は自分を責める。
あの時、こうしていれば、彼女を助けられたかもしれない。
まだまだ心の弱いアイツは、そう思うだろう。

まだ、そのときじゃないと鶴谷も言った。
知るときじゃない。

「夢は夢だ。忘れろ。」

欲を言えば。
野田にはすべてを忘れて欲しかった。
執行者として、アイツはあまりにも優しすぎるから。
誰かを傷つけることとは無縁の世界がお似合いで。
普通の学生として、日常を生きていて欲しい。


されど、血と鶴谷はそれを許さない。
オレの調べによると、野田は執行者としてはかなり珍しい血統の持ち主で鍛えようによっては世界に影響するほどの力を持つことが可能。
そのことを知った鶴谷は、野田を手放そうとはしない。

そう。

様々な事象から推測するに、アイツは。
鶴谷は最初から、すべてを知っていたと考えるのが妥当。


問題は、すべてが憶測の域を出ないということ。


いつ、どこで、鶴谷に真意を問いただそうかとオレは機会を伺っていたのだが・・・。

「・・・石田」

不意に野田が口を開いた。

「なんだ?」

無愛想にオレは聞き返す。

「石田のことだから、もう気が付いているんだと思うけど・・・あえて聞くよ」



「今回の任務は・・・何かがおかしい」




その言葉と同時に、オレたちの視界は白一色に染まった。







気配すらしなかった。
ただ、その姿を目視するまではこの場にいた二人ともその存在に気がつかず話をしていたことになる。
なんと言う不覚。
こんな時間に。
こんな場所に。
普通のヤツが来るわけがないと分かっていながら、呆けていたオレたちの致命的なミスだ。


無音の爆撃。
白、この独特の発光は見覚えがあった。
それは2年前。

オレが。


初めて狂気と対峙したときのものとそっくりだった。



「それ・・・私の・・・もの」


チリンと、鈴が鳴った。
髪飾りだろうか。すっぽりとフードに顔を隠していてもその澄んだ音色だけで何の音なのかは誰でもすぐに分かる。

「返・・・して・・・」

返してと懇願する者。
その者を見据え、突然のことで困惑の色はまだ褪せない。

「かえ・・・シテ・・・」


されど、困惑している場合ではない。
目視してからと言うものの、引っ切り無しに頭の警報が鳴り止まない。
この波動。
この衝動。
『今まで対峙してきたヤツとは別格』の、力の差をただオレたちに突きつける。

本能が感じた。
オレの第6感が、ただただ。
『コイツはヤバイ』と、告げていた。



瞬時に白き少女の周囲へ循環円陣が展開される。
スペルは分からない。
しかし、あの循環円には見覚えがあった。
オレが、アレを見たのは今回で3回目。

そう・・・あれは。

さらに白光の密度を増す少女から津波のように押し寄せる波動。
とっさに構えたDeviceを握った手が震え、全身の血の気が引いてゆく。
少し感受性の強いヤツなら、まずこの状態で意識を失い、その場に倒れてしまうだろう。
そう言うレベルなんだ、コイツは・・・。

―ピシッ。

何かに亀裂が走る音。
音に気がついたときにはすでに遅い。
後ろを振り返ると、巨大な試験管にはいくつものヒビが入り今にも封印が解けそうな状態。
マズイ。
Device無しでこれだけの威圧感。
アレを奪われたのなら、まず間違いなくこの地は地獄絵図と化す。

「ッ・・・!!」
目の前のバケモノは幸いなことにDeviceを所持していない。
ただ、オレたちの後ろのDeviceを執ろうとしているんだ。


なら・・・今しかない。


オレは即座にナイフを逆手に構え、身体の体制を低く取った。
冷静な判断なんて出来たものではない。
ただ、今は目の前の障害を排除することのみを考えろ。

力の奔流。流れ。すべてを把握し、ただ力任せにオレはナイフを白い少女に振り上げる。


「石田・・・!?」
その声が聞こえたときにはもう遅い。
すでに首を跳ね、オレは少女の真後ろまで滑空していた。
一閃。
渾身の一撃とは言い難いが、奇襲を伴ったため息の根は完全に止められたはず。


だった。


「ゴ・・・フ・・・ッ」
口から大量の血を吐く。
もちろん、吐いたのは他ならぬオレ自身。
軋む身体に鞭を打ち、ドクドクと流れ出す鮮血の元に目をやると、そこに突き刺さるのは透明の刃。

脇腹を抉るように、真っ赤に染まった何かはオレを完全に貫いていた。
そして、首を跳ねたかのように思えた少女の首はまだ繋がっている。
斬れたのは、少女のフードのみ。

「・・・」
「野田・・・!!見るな・・・!!」

何もかもが遅かった。
気配を感じたとき。
あの循環円を見たとき。
すべてを冷静に視ていれば。
そんな後悔ばかりが頭の中で繰り返されていた。

「・・・・・返して、貰った。」


「■■の・・言うとおり■った」



ニタリと微笑むその顔は、すでに正気の沙汰ではない。
言葉は言葉ではなくなり、今日と言う日まで狂気に犯され続け、自我を失い、ただ衝動のまま奇行に走る。

あの日のままだった。
あのときのままだった。
そう、すべては・・・あのときの再現だ。


「杏・・・なんで・・・」

望月杏(モチヅキアンズ)。
その者が、2年の歳月を経て再び少年の前に現れた。

オレは知らない。
すべてが遅すぎた。

気がつくべきだった。
もっと早くに。


第8話『血 の 雨』END