今回の任務の不可思議なところは、2点。
まず、このような任務は普通僕らみたいな並みの執行者には与えられない。
重要なDeviceの警護とあればアトラスの七剣が出張ってくるはずであり、僕ら2人だけで護りきれと言うほうがどうかしている。
そして、機を狙ったかのようにタイミングよく襲撃する狂信者。
すべてが出来すぎている。
誰かのシナリオの上で踊らされているような錯覚に陥るのも、無理な話ではない。
このような再会を果たすように、誰かが仕組んだ。
そう、僕達二人は思った。
その名に、僕達二人は戦慄を覚えた。
さっき、なんと彼女は言った?
アノ人の言う通りだって?
呆然と立ち尽くす僕に石田の激が飛ぶ。
「しっかりしろ!!野田!銃を執れ!!」
その言葉にハッとして、急いでホルダーに手を掛け銃口を向けた。
生きていてくれただけでも、嬉しかった。
されど、この状況は・・・。
どこかで見た・・・デジャブを感じる。
再び対峙した少女は、虚ろな目で僕を見据える。
あれが狂気。I.V.O.L.S.と呼ばれる病原体に犯され続けた結果。執行者と同じ力を持ちながら、ただ破壊衝動だけで突き動かされるバケモノ。
「野田・・・!!!」
撃てない・・・。
銃を執る手が震え、目の前の現実から目を逸らしたくて。
だから銃を持っていても、トリガーが引かれることはなかった。
それを見た少女はクスリと不気味な笑みを浮かべ、循環円を展開させた。
その光は地下室を包み込み、一気に爆散。
そして僕は・・・目を逸らした。
残されるのは静寂と、血の匂い。
「石田・・・!?」
その場に崩れる石田を支え、ただその名を呼んだ。
血はいつの間にか止まってはいるものの、意識はまだ朦朧としている。
―この場で戦えるのは・・・僕だけ・・・
そう思い、ただひたむきに出口を見た。
外の光が漏れる重厚な扉の先に何を見たのか。
石田は怪我をしているけど、外に連れ出すと誰に狙われるか分からない。
ここに居てもらおう。
ポケットの中から小さなチップを取り出し、石田に握らせる。
そして、小さな声で始動キーを発動させた。
『A.M.S・・・Stand by・・・石田を護って』
白い光が循環円として展開され、石田の周りに薄いシールドを発生させる。
これで相当強い衝撃が直撃しない限り、大丈夫。
銃を手に、僕は登る。
光の先にある暗闇の地を。
いつもより長く感じるその道を。
一歩一歩踏みしめるように、扉を目指す。
外の寒い空気が肺を満たし、月下の下、一つの陰が動いていた。
望月杏。
執行者として、目の前の狂気は討たなくてはならない。
だけど・・・今の僕に出来るのだろうか。
葛藤と迷いが心を支配する中、僕の顔に向け迫り来る殺気を感じ取った。
鋭い轟音。
狙いは一点、それを寸前のところでかわす。
無色透明の刃が、コンクリートに刺さり白い煙を巻き上げている。
射出角からして、彼女は僕より上にいる。
銃に弾丸を込めつつ、次々と迫り来る透明の刃を撃ち落とす。
静かな学園に響き渡る銃声と、轟音。
ただ僕は、自分に浴びせられる強烈な殺気を黙殺するしか・・・。
手段が、なかった。
気が付けば自分の眼前に広がるのは薄っすらと靄掛かった世界。
手を動かし、まだ動けることを確認し、オレはその場から動こうとした。
されどその行為は不完全に終わった。
なぜか。
答えは簡単だった。
自分の目の前にあるのは高次元物質を圧縮して展開される防御壁だから。
それは外部からの高次元での干渉を遮断し、自分の身を護る。
しかし反面、術者以外はその解除が出来ない特性を持つ。
オレはため息をついて、その場にへたり込んだ。
「あのバカ・・・何考えてんだか・・・」
オレを動けないようにして、右手の不自由な執行者は戦いに赴いた。
こんな状況でだ。
二人してやっと断罪出来るか出来ないかと言われる相手を目の前にしてだ。
沸々と怒りが表面化され、オレは自分のDeviceに命令を下した。
破壊は考えないほうがいい。
これほど強固なアンチマテリアライザー。
まず物理攻撃では突破は不可能。
逆に高次元物質での破壊はただ自分のコアが削り取られるだけで、無意味な力を割くだけだ。
「流れを司りし者よ、その銘の元、真の姿へ還り戻れ」
「Phase、リミット・・・ブレイク」
その瞬間、眼前に広がる薄い壁は一気に取り払われた。
立ち上がると少し立ちくらみがしたが、オレ自身こう言った細かな高次元粒子操作が苦手であることを承知して行った行動だ。
犠牲になった精神力は、この際目を瞑ろう。
「ほぅ・・・後輩でそこまで出来るヤツがこの学園にいたなんてな・・・」
「・・・・」
突如暗闇から発せられる声。
声の質、明確な執行者の波動、
察するに、この学園に残っていたと思われる執行者によるもの。
味方ならどれだけよかったことだろう。
この窮地を脱し、野田の元へ急行出来る。
「・・・さて。俺達がなぜここにいるか、分かるか?」
「・・・・」
「分からないなら話してやる。」
「・・・・・・」
ナイフを持つ手が少し強くなった。
機会(チャンス)がこんな形で目の前に降ってくるとは予想することが出来なった、歓喜。
この学園に存在する執行者の数はたかが知れている。
数は両手で数えられるほど、少ない。
その少数精鋭の執行者達が、今オレを狙って明確な殺気を奮い立たせている。
今、オレの目の前に『すべての好機』が存在している。
数は7。
様々な得物を携え、今にもオレに襲い掛からんとジリジリと距離をつめようとしていた。。
7人のうちの一人が西洋剣のようなものを抜き払い、この地下空間に鋭い風切音を奏でる。
切っ先に捉えるは、オレの首。
「学園所有のDeviceを強奪させた容疑により、投降してもらおうか。執行者石田隆。」
「・・・」
「罪状は・・・そうだな、あらかた学園への反逆罪だろう。オマエが何を企んでいるのか、学園長にはお見通しだったようだ」
クスクスと笑いが起こる。
この状況下で先輩方は余裕の顔でオレを『反逆者』として拘束しようとしている。
まんまと策に嵌った。
野田が気づいた異変。
オレも察していたことではあるが、あえてそのことへの言及は避けた。
―まったく、馬鹿ばかりだ。
「どうした?はやくDeviceを我々に預け・・」
目の前の景色が一瞬歪んだ。
眼球が熱く燃え滾る錯覚に陥る。
映るモノは、自分に襲い掛かる執行者達。
これなら持つモノすべての内部構造を把握出来る。
しかし、この感覚は一体・・・?
「おい!!!これ以上時間を取らせるようなら強行す・・」
身体が自然に、跳ねた。
途中まで紡がれた言葉を最後まで聞くことはなく、一連の動作が終わったときにはナイフの刃は銀色から赤色へと変わっていた。
絶命のセリフすらない。
ただ、一瞬にして肉隗へと人間だったものは変わってしまった。
返り血を浴びながらも、その眼だけは蒼色で。
「う、うわあああああ」
目の前に迫る恐怖と、
「タス、タ、タタタタタスケ・・ヒグッ!?」
咽返る、血の匂いで充満する空間。
「バケモノ・・・バケモノオオオオオオ!!!」
突きつけられた槍の切っ先を寸前で避け、銀の軌跡を走らせる。
狙うは相手の両足、機動力を根こそぎ奪い取りその後心臓へ一突き。
ショック死する者もいれば、その場でジタバタともがき苦しむ者もいる。
その様子をオレは何の感慨もなく見下ろしている。
血の雨で濡れた防護服は黒く染まり。
オレを見上げ、助けを請う者はこう言った。
―黒き翼・・・反逆の銘は貴様を一生ユ
あぁ、背負ってやる。
ただし、それはオレだけだ。
野田には・・・過酷すぎるから。
さぁ、行こう。
反逆者は反逆者らしく、アイツへ会いに行かねばならないだろうから。
地上へと繋がる階段を登り、ニタリと笑う。
ここまではすべて想定通り。
後は、詰めるだけだった。
intermission out
白い息を吐きながら、僕はひたすら走った。
空から降り注ぐ幾重もの透明の刃を受けながらも、少女のいると思われる場所まで一直線に。
少女の身体能力は人としてはるかに超越したものがゆえに、小さな陰が校舎の屋上を駆け跳ねている。
目で追うのもやっと。
学園内でも特に大きな体育館の上へ少女の陰が落ちたのを確認して、僕の足はさらに速さを増した。
早く会って、キチンと確認したい。
もう2年も前のことだけど、それでも行方不明になった少女が突然目の前に現れたからには自分の眼で確かめたかった。
少女の姿が徐々にハッキリとしてくる。
月に掛かった雲がゆっくりと僕と少女の姿を照らす。
真っ黒な銃とは対照的な真っ白の刀身。
純白のローブに身を包み、金色の鈴の耳飾がチリンと一音。
やけに冷たく、それでいて懐かしい感覚に陥る。
「杏・・・?」
呼びかけにまったく応じない。
ただ銀の刃を不規則に揺らし、体育館の屋上に立っている。
もっと近くで見たい。
一歩。
コチラの世界の人間じゃないと、言って欲しい。
また一歩。
ドクン。
心臓が跳ねる。
激しい眩暈と、嘔吐感に襲われる。
頭が割れるほど痛い。
眼が熱い。
ドクン!!
―アイツハ、オマエヲ
声が聞こえる。
なんだか嫌だ。
この声は・・・聞きたくない。
―アイツハ・・・オレヲ・・・
止めてくれ。
それ以上は、言わないでくれ。
僕は・・・本当に・・・。
聞きたくな・・・!!
―アイツハオレヲコロシタ!!!
「うわあああああああああああああああ!!!」
頭上の少女へ向けて瞬時に銃口を向ける。
紡がれる銘は『Aiminift』
装填された特殊弾頭に込められた高次元粒子は周囲の微量な光を吸収し、巨大な力の塊となる。
照準を合わせる。
まず狙うは女の足。
機動力を殺ぎ、その後俺が味わった苦痛と恐怖をアノ女ニ。
コノ世ノ不浄物ニ、執行ノ鉄槌ヲ。
人ノ摂理カラ遠ク離レタ者ハ、生キタ屍同然。
俺ガ殺シテモ、何モ問題ハ ナイ
引かれるトリガー。
高次元物質特有の発光色に包まれる空間。
一瞬見えた男の横顔は笑顔。
戦いを楽しむ狂信者のように、ただ彼の心は歓喜に満ちていた。
されど、紅き眼を持つ者は、笑いながら涙を流しているようにも見えた。
第9話 END
最終更新:2008年02月11日 22:58