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目指すは時計塔の最上階。
螺旋の階段をひたすら昇り、その頂上を目指す。
先ほどの戦闘で少しばかり体力を失ったが、まだ戦えると己に暗示をかける。
一歩、
また一歩と、

到着点はすぐ目の前まで迫っていた。

展開しているDeviceを格納し、その重厚な造りの扉に手を掛ける。
ガチャガチャと無機質な音が響いた。
閉まっている。
『ならば』と思い、銀色の刃を振りかざす。
刃の軌跡は大きな弧を描き、自分の身長よりも幾分か大きな扉を切断した。


目の前に広がるのは、紅い絨毯が敷き詰められた広い空間。
多くの書物に囲まれた部屋の真ん中に一際目立つ書斎机。

そして、オレに背中を向ける人影らしき者が一人、高級そうな椅子に腰を掛け、大きな窓から空を眺めていた。
扉を破壊されたことにも動じず、あたかも自分がココに来ることを分かっていたような・・・その雰囲気は感じ取れた。

「アンタが・・・学園長か?」

返答はない。
ただただ冬の空に浮かぶ月を眺め、時折瞬く執行者独特の『高次元粒子光』にその顔を照らしている。
この位置からその顔色はまったく分からなかった。
無言であるがゆえに、人物の特定すらままならない状況。


ただし。
それは『何も知らないこと』が前提条件であり、
今の『すべてを知るためにこの場へ来た』人物にとっては無縁のことだった。


「綺麗だとは、思わないか?」

「・・・」

「この光は人の想いの結晶とも言える存在だ。私はその瞬きに美しさを覚える」

「いつの日でも、争いを止めない人の欲望、憎悪、怨嗟、そのすべてが我々執行者の存在する理由だ」


紅い絨毯を踏みしめ、歩を進ませる。
信じたくはなかった。
現時点で、この学園で、この真実を知っているものはいない。
居たとすれば、それはすでに執行者ではなく、狂気と化したものだけだろう。

唯一執行者のまま、真実を知っていたと思われる人物は現在行方不明。
アイツを助け、自身のDeviceを手放し、その命の源を託して2年前に突如世界から存在を消した人。
オレは話でしか聞いたことのない、アイツの追い求める人・・・だけが・・・。


「・・・いつからだ?」


その突然の問いに対し、オレは淡々と謎解きを始めた。
オレが執行者となったことから始まり、今に至るまでのすべての謎の・・・真実。



「疑いを持ったのはかなり前から。そうだな・・・野田と本田が戦ったあのときだ。」

「オレは気配を消して戦闘の一部始終を見ていた。あのときの野田の戦況はかなりまずい状況だったが、アンタはオレに『手を出すな』と命令した。」


そう、普通に考えれば二人で一気に叩いたほうが効率がいい。
事を早急に鎮圧するためには1対1ではなく、複数の人間を討伐へ向かわせることが戦術の定石だ。
されど、そこで待機の命令を下されれば誰でも不思議と違和感に気がつく。


「そして、結果としてオレは疲弊しきったイヴォルスを殺した。わざわざ野田に戦わせた、その後で。」

「最大の好機は今回の任務内容だ。」

「重要なDeviceでありながら、イヴォルスと化した望月杏は真っ先にオレたちの元へ襲撃。その後、タイミングを計ったかのようにこの学園の精鋭がオレを捕縛しようとした。」


すべてが出来すぎている。
違和感は確信へと代わり、オレをこの場へと誘った。

「今までオレが殺してきたイヴォルスは数十体。その半数がDevice持ちだ。おそらく、執行者であったものがそのまま病原体に感染したんだろう。」


「しかし、感染の過程はまったく見ていない。すべてが完全に感染した後、オレたちと戦った」


今まで刃を交えた者すべてが、自我を失った戦闘狂。

「狂気と名づけられた病原体の潜伏期間は長い。オレは事前にデヴァイスコアの波長の乱れから異常を感じ取れる。・・・ただ、アイツらにはそれがなかった。」



「どいつもこいつも、完全な戦闘狂だった・・・!」



ここまで黙ってオレの話を聞く者に動揺は感じ取れない。
ただ静かに、すべてを悟ったかのようにだんまりを決め込んでいた。


「完璧すぎること。シナリオの流れに不自然なことがないことがオレにとっては不自然極まりなかった。」




「そうだろ?学園長。・・・いや」




「鶴谷国重」




ゆっくりと腰をすえていた椅子から人影が立ち上がった。
月に照らされたその身はオレたちの知る『鶴谷国重』と言う人物からはまったく想像の付かないものを身に纏っていた。
全体的に真っ黒な防護服。
いつも掛けている眼鏡を外し、老騎士を髣髴させる胴甲冑。
手に携えるのは真紅に輝く西洋剣。
まるで血に濡れているかのような輝きに、オレはおぞましい波動を感じた。
これが学園長。
桜門の頂点にして、無敗を言い伝えられる伝説級の代物が今・・・目の前に展開されようとしていた。


「・・・狂気と言う病原体はな、一度感染するとその人の裏の素性を表面化する特性を持つ」


「不治の病がゆえに、我々が存在し、オマエが存在する」

「この世界は狂気に満ちている」


―私の計画は、そのすべてを排斥すること


「そのためなら何だってしよう。執行者だったものを強制的に感染させ、オマエ達と戦わせ、Device技術を発展させる。」


「一科学者として、当然の心理だとは・・・思わないかね?」


オレは久しぶりに『怒り』と言う感情を覚えた。
そんな理由のために人の命を実験台にし、オレも野田も、すべてコイツの計画の一旦を担っていたことに。

「今からでも遅くはない。石田・・・オマエは優秀な人材だ。私と共に、新たな世界の扉を開こう」


手を差し伸べられる。
手を取れば、この世界の狂気は『正義の名の下に』排斥することが出来る。
オレたち執行者は、狂気を断罪するもの。
当然のことを、アイツは提示している。

だが、オレは・・・。


「アンタの計画は確かに効率的で、世界を変えるためにはそれぐらいやらないと駄目なことも分かっている」

「ただ、オレは、暗殺者は『罪無き者に刃は向けない』」



―アンタのやり方は、間違っている



老騎士は笑みを浮かべた。
差し伸べた手を引きつつ、その笑いは次第に大きくなった。
広い空間に響き渡る歓喜の声に、苛立ちを覚えつつ明確な殺意を芽生えさせた。


「・・・オマエもアイツと同じことを言うのだな」


「やはり血は・・・争えないか」


陽炎のように歪む空間。
鶴谷の姿が一瞬捻じ曲がったように見えたのは、何かの幻覚か?
明確だった殺気は、さらに勢いを増し、たった今『敵対する者』となったオレを捕らえる。

「・・・暗殺者として、アンタを殺す」

手に執る黒い柄に、銀色の刃が展開される。
名を【流動】、流れを司る凶器。

オレが地を跳ねると共に、鶴谷が持つ剣がゆっくりと抜き放たれた。









交差する刃と刃。
甲高い衝撃音が鳴り止まず、静かな夜にけたたましく響く。
鶴谷の持つ剣が何なのか、その状況把握が最優先だと感じとったオレは未だ決め手を欠いたままナイフを振り回していた。
なんでもいい。
鶴谷の持つ『何か』さえ分かれば、まだ勝機はある。

上からまっすぐ降ろされる剣線を寸前で避け、カウンターを仕掛けようにもリーチが違い過ぎる。
コチラが斬ろうものなら、アイツは射程外へ一気に跳び引き再び射程外からの攻撃を繰り出す。
まったくを持って煩わしい。

このままでは埒が明かないと思ったオレは防護服のポケットから投剣用のショートソードを取り出し、一気に投げ放った。
その数は5。

アイツの一振りではじき返せるのは3つまでが限界だ。
残りの二対は人体の急所を的確に射抜き、その後オレがトドメを指せば・・!!


―十六支の刃、十握乃剣


その言葉を聴いた瞬間、自分の目を疑った。
鶴谷の目の前でバラバラと全弾打ち落とされたショートソード。
その背後に映る、奇妙な光景。

これが、桜門の長の持つDeviceの真の姿。





「嘘だろ・・・ぉぃ」




鶴谷の手に持つ宝剣と同じ形の剣がアイツの周りを浮遊し、ショートソードのすべてを打ち落とした。
当たる寸前でDevice能力を解放し、瞬時にその能力を制御する腕前。
存在すべてがオレの知っている鶴谷国重という男とは別人のように感じた。


「この地で宝剣を使うのは2度目だ。一度目は葵君を抹殺する際に」


「そして二度目は石田を亡き者にするために・・・だ」



「覚悟は出来ているか?・・・暗殺者。」

「オマエが目の前にしている者は、この学園最強にして最悪の執行者だ」


16の剣は不規則な動きで的確にオレを狙い、穿つ。
四方八方から繰り出される剣の舞に気が動転し、思考回路はショート寸前。
残影術を繰り返し行使しているせいか、まともに鶴谷に近づくことすら出来ない。
避けつつも的確に体力と精神力両方削られているのが分かる。
敗北は近い。
絶対的な力の差が、恐怖が、津波のようにオレへ迫り来る。


鳴り止まない死の警報音に嫌気が指す。




「・・・っ!!」

右腕。

「が・・!?」

左足。

「・・・!!!!!!」


脇腹。
それを最後に、オレの足はピタリと止まった。




「・・・鬼ごっこは終わりか?」
満面の笑みを浮かべ、悪魔がこちらへ歩を進める。
手に執っていたナイフに銀色の刃はすでに失われ、ただの黒き柄と化していた。
もう何も残っちゃいない。
空っぽだ。

「石田師父の孫とだけあって、期待していたんだがな」



「大いに、残念だ」

大きく天に掲げられた刃を一気に振り下ろし、赤い絨毯はさらにその赤を増した。
砕け散るDevice。
舞い散る外装の破片。
「ハハハハハハハ!!!!」
起こる、歓喜の笑い。






すべてが、終わった。










と、思えた。





「なに・・・?」

それは鶴谷の声。
刃が粉々に砕かれ、失われた宝剣の輝き。

「・・・・・お・・・オマ・・エ・・!」

砕ける外装の破片。
それは、鶴谷の防護服。

そして、血だらけになりながらも、悠々と立ち上がる若い執行者の影。


「Single Edge(等倍速、解放)」


続けて詠唱される不可解なスペル。
鶴谷がその意味を理解するためには、時間が少なすぎたと言えよう。
貫いたと思ったその体が、超人的な速度で自分の後ろへ移動する様に恐怖を覚えるのはもはや必然と言えよう。


「I pain Double Edge!!(2倍速)」


さらに加速する。
起源【滅奪】の力と同時に封印されていたもう一つの力を彼はこの採集局面まで使わずに隠し通していた。
【固有時限操作】
時間的概念を打ち破る石田家に伝わる秘伝。高速を越えた神速で繰り出される刃はまず見えない。
事前調査なんてものは出来ない。なぜならそれは秘法であるが故、人前に晒すときは必殺である場面のみで使われた最強の暗殺術。


時間の概念から解放され、次々と放たれる刃の軌跡。
その数、見えているだけで7つ。

名を【SevenSword】、七穿(シチセン)

最悪の執行者を討つ、宝剣を超えた奇跡を暗殺者石田隆は物語の【最初】から持っていた。

石田は鶴谷と距離を取るため後方へムリヤリ体を跳躍させ、術式を解いた。
手には無色透明の刃。
血に濡れ、ポタリポタリと地に雫が落ちている。

「ハ・・・ハッ・・・!」
禁呪であるレベルの術式行使には必然とリスクが伴う。
2倍まで引き上げられた時間の圧縮操作は、術式解除と共に負荷として身体にのしかかる。
酸素を欲し息をするも、まったく間に合わない。



「まさか、こうも石田の血に嫌われるとはな・・・」
致命傷を引きずりながらも、まだ立ち上がろうとする鶴谷を見下す蒼き暗殺者の瞳。
確かな手応えがあったにも関わらず、だ。
その傷を負ってもなお立ち上がるコイツは本当に人間なのかと疑うほど、不可思議なことだった。
暗殺者の末裔である彼が人体急所をし損じるはずがない。
的確に狙われた場所は心臓のバイパス部分も含まれる。
本来なら血を撒き散らしながら即死する致命傷のはず。

だが、鶴谷はその身体を庇いながらも、立ち上がった。

「何を意外そうな顔をしている?」

「そうか、オマエに言ってなかったか・・・私の身体のことを」

そう言って、鶴谷はおもむろに傷口へ手を伸ばし一気に人体の皮を引き裂いた。


「・・・!!!」

声にならない叫び。
目の当たりにするのは心臓でもなく、血液の赤い色でもなく。
そこに存在るのは、ただの【】
何もない、吸い込まれそうな闇。

これが鶴谷国重と言う人物の正体。
人間ではなくなった者の末路・・・狂気。


「病原体が一番最初に狙うのはココだ。心臓を明け渡し、その代価として超越者としての能力を得る。もちろん執行者の持つ武器も扱える。なぜなら、執行者特有の武器は凶刃な精神力から成り立っているものだからな。狂気は精神力すら超越した能力を対象者へ付与させる。」


お互い一歩も引かないこの状況で、さらに鶴谷は元弟子を追いやる。


「・・・はん。拉致があかないな。どうやら今のオレではオマエを完全に消し去ることは難しいようだ」
「ほう?逃げるというのか?」

「あぁ、学園内では野田の野郎がまだ戦ってるはずだからな。逃げるなら今しかない。オマエもオレも、追撃するほどの力は残ってないからな・・・」


透き通る納刀音と共に、踵を返した。
気が遠くなりそうな頭を振り払い、夜の闇に解けるかのごとくオレはその場を後にした。


その場に残るのは血の荒んだ匂い。
鶴谷は一人、その場に立ち尽くし宝剣を手に思いに更けた。






―石田君は昔のアナタと・・・同じ眼をしていたね








―彼はまた、アナタに牙を剥く。それでもいいの?
どこからともなく声がした。
その声に動揺もせずに鶴谷は答える。
「あぁ。覚悟の上だ」

―困った人

闇はほくそ笑み、その場から気配を消した。











「やっぱり・・・そう簡単には戻らせてくれないか」
ついさっき地下室へ入る人影を見て向かった先に待ち構える軍勢。
その数、数十を越える。
一人で相手するには骨が折れる数に変わりはなく、オレはため息をつく。
Phaseが使えない以上、今持ちえる剣は唯一つであることを確認して腰に右手を掛けた。
透明の剣は血に染まり真っ赤な刀身を曝け出している。
「退け・・・」
その言葉は小さく、聞き漏らしそうになるほどか細いものだったが、明確な殺意が乗せられていた。
今地下室に入ったモノがアイツなら、オレは何が何でも行かないといけない。
例えこの場にいる全員を殺してでも、唯一の親友を見殺しには出来ないから。

「掛かって来い、狂気に惑わされし執行者共。」

「Double Edge!!(二倍速)」

滑空を開始する。
すでに限界を超えた身体が悲鳴をあげているが、そんなもの気合でカバーすれば問題なし。




響き渡る怒号。
闇夜に舞う一人の暗殺者の姿に、桜門の執行者達は恐怖を覚えた。
そして、この日から石田隆の二つ名が定まった。

最悪の殺戮者、黒き翼を持つ現世に蘇りし悪魔。


【黒翼】と。



第10話 END