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気がつくとそこは、瓦礫の山だった。
手には重厚な造りのハンドガン。
重たい身体を起こすも、全身から悲鳴があがるほどの痛みで方膝を付くのがやっとのこと。
頭痛が激しいが、今のところ収まりつつあるのが現状だ。

ゆっくりと立ち上がると、目の前に小さな身体が横たわっている。


ドクン。


心臓が高鳴る。


ドクンドクン。


その半鐘は速さを増し、身体が熱くなってゆく。
痛みはもうほとんど感じない。
されど、この感覚に僕は覚えがあった。
そう、ついさっきまで僕はこの『何モノかの衝動』に駆りたたれるままに銃を振るって、白い少女と刃を交えて、白い光に包まれて、

記憶が交錯する中、僕の脳裏に一人の人物が姿を現した。

【野田宗司】

その名を思い出した瞬間、再び激しい頭痛に襲われた。
嘔吐感、寒気、全身に迸っていた熱が一気に取り払われる錯覚。
これが絶対的な恐怖。
あの夏の日、僕が執行者となると同時に発現したもう一人の僕。

―そレガ、オマエの、ホンしツ、ダ

酷いノイズに塗れた声が響く。

―戦ウ力が存在シナガラ、ナゼ


―ナゼ、戦わナい?


自問自答のように、頭に言葉がグルグルと回る。
僕は争いごとが嫌いだ。
中学のときもそれが嫌いで、いつもいじめられているような性格で。
それなのに、
僕に戦えと、もう一人の僕が命じる。
もう嫌だ。
もうこんなのたくさんだ。


そうして、


現実から目を逸らして、生きてきた。



負けないで。
アナタはまだ弱いけど、だけど、こんなことには絶対負けない。
たとえ病魔に心を蝕まれようとも
アナタの強き想いは、必ずアナタに打ち勝てる






ハッと現実に引き戻される。
白い少女は身体を引きずりながらも、手には銀色のナイフを持ったまま、まだ戦う意思を僕に投げかける。
なんで、僕なんだ。
なんで、執行者なんだ。

なんで・・・なんで・・・。


「・・・ひぃ」


突如、少女の後ろから声が聞こえた。
それはこの場にはあってはならないほどの可愛らしい悲鳴。
こんな血なまぐさい夜に、誰もが予期し得なかっただろう。
白き少女の後ろ。
瓦礫の山の延長線上に、僕の知る友達『中村美沙』がいた。


「なぜここに・・・!?」

今まで気がつかなかったことを後悔した。
比較的他の都市よりも執行者が大勢いる桜門とは言え、普通の学生もいる。
彼女はそのうちの一人。

その様子に、僕はデジャブを感じた。
この状況。
執行者と狂気の対峙時に突如介入する一般人。


これは、まさに2年前の自分自身の状況に他ならない。
なら、末路は決まっている。
狂気に犯された者は、真っ先に彼女を狙うだろう。
そして、その病魔を犯させ、第二の媒体を得る。


「・・・アナタも、死にたい?」


白い少女は予想通り、中村美沙を新たな標的として認識した。
今の傷ついた身体から乗り換えるつもりなのか、はたまた暴走した殺人衝動に任せて犯すのか。
どちらにしても、この場に彼女を護れるだけの力は・・・。


力は・・・


「・・・今度は僕が、先輩のように・・・なってみせる・・・!!」

痛む身体に鞭を打ち、一足飛びで白い少女を横目に跳躍した。
残り少ない力のすべてを四基に叩き込み、怯える少女の元へ文字通り一足飛び。
着地時に巻き上げられた土埃に目もくれず、僕は再び残影術を行使した。


「が・・・ぐっ・・!!」

無理な残影2連に身体はさっきから悲鳴をあげっぱなしだが、今はそんなことよりも安全な場所への移動を最優先に考えた。
高速移動しつつ中村美沙の腕を掴み、銃口を望月杏に向けた。
想像するは、光の弾丸。
着弾後周囲へ光を拡散させ、一瞬でも隙を作れ。

トリガーへ力が込められ、窮地脱兎を確信した。
されど、僕は信じられない光景を目にする。

自分よりも遅く動いたと思った白き少女は、
ただ指に力を入れればいいだけの動作よりも、早く活動する異様を。

透明の刃が走る。
僕は直感した。
今腕を握っている中村美沙に向けられた明確な殺意を。

狙いは的確かつ、必殺。
とてもじゃないが、目に見えない殺意を見えているこの異常な世界にこの子はいてはいけない。
トリガーに掛けられた指を離し、僕は銃を持つ手で少女に向けられた不可視の狂気を受けた。
ザクッ。
刃が腕に刺さると共に地へズレ落ちる。
血は出ない。
この腕はもともと義手であり、痛覚は通っているけれども、人一人を護れるなら安い代償だ。


「の・・野田君!?腕!!!」
僕の後ろに隠れている少女から困惑の色が出ている。
映画でも、CGでもなく、今目にしているのは本物の腕で、戦場だ。

「僕はいいから!!しっかり掴まって!!」

僕が叫んでいるのが珍しいのか、目を丸くしながらも素直にしがみついてきてくれた。
慎ましい胸が腕に当たっている。
少し顔が熱くなったけども、そんなことを考えている場合じゃない。

さっきの残影術乱用によってほとんど感覚がズレている足に渇を入れて、僕達は廃墟となった体育館を後にした。


















「ハァ・・・ハッ・・・」
走る。
「・・・・」
ひたすら走る。
この学園に逃げ場がないことを分かりつつも、比較的安全な場所を必死に考えていた。
「・・・野田君・・・?」
どこがいいだろう?
教室、いや、もうイヴォルスによって占拠されているに違いない。
物理室、鶴谷先生に預けたほうがいい?
否、石田との会話で発覚した疑念がある。

「野田君!!」
背中におぶったままの中村さんの声でハッとした。
僕は足を止め、中村さんを背中から下ろした。
背中に残る暖かみに少し動揺して中村さんから目を逸らすけれども、当の少女はむくれた顔でこちらをジッと見ている。

「・・・説明してくれる?」

それもそうだろう。
あんな状況に出くわして、見ず知らずの少女とクラスメイトである僕が危なっかしいものを手に戦って、
挙句の果ては体育館を廃墟にして、僕は右腕を切り落とされた。

ちなみに、銃はまだ切り落とされた手が握っている。



「説明してよ!!なんなの!?突然体育館は崩れるし、野田君の右腕はいつの間にかなくなってるし!!」

僕が取り乱したいぐらいの状況で、中村さんが取り乱してくれるから自然と冷静になれた。
状況は劣悪。
武器もない。
右腕もない。
執行者としての力のほとんどが臨界点を突破しつつある。
頼みの石田も負傷。



石田・・・?



「そうだ・・・あそこなら・・・」

「何!?今度は何なの!?」
僕は自然と笑みを浮かべ、子供を諭すように声を掛けた。
「安全な場所、見つけたんだ」
と。











学園の地下へと続く薄暗い階段をひたすら下る。
結構なところまで降りているのにも関わらず、石田の気配は未だにしない。
自分であのAMSを解いた?
もしくは、誰かに解かれて拉致されたのか?



様々な不安が過ぎる中、重厚な造りの扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。



そして、僕達はこの世のものとは思えない地獄を垣間見ることになった。

「うっ・・・」
後ろから付いてきた少女はその場に倒れこみ、ゲホゲホと吐いていた。
確かに、この惨劇は少し前までの僕なら少女と一緒に即倒していただろう。
微量ながら高次元粒子が空中をさ迷っている。
察するに、ここで戦闘があって、石田はあの身体で数十体の人間を死体にしたのだろう。

「・・・本当に、安全な場所はない・・・のか・・・・」

―かくれんぼは、おしまい?

死体の山の一角、うっすらと極光が垣間見える中
白い少女はどこからともなく僕達の前に姿を現した。
中村さんを背後へ庇いながらジリジリと後退するも、彼女との距離は5mにも満たない。
一足飛び、いや、あの無色透明の刃ならどれだけ距離が離れていようとも的確に僕達の命を穿つだろう。

僕は僕自身の非力を悔やんだ。
圧倒的な力の差を見せ付けられ、一執行者である人間が互角に戦うこと自体がそもそもの間違いだった。
十分、戦い抜いた。
出来れば葵さんのように、背に隠している少女だけでも守り抜きたい。

出来れば石田のように天性の戦闘術が欲しい。

出来れば・・・。


否。


「・・・出来れば、じゃない」

「?」

「・・・やらなくちゃ、いけない」

目の前の少女はキョトンとしているが、その殺意は消えることなく、明確な敵意をぶつけてくる。
私情を切り捨てなければ、
執行者は、迷ってはいけない、






覚悟は、遠の昔に、
決めていたのだから。



薄暗い地下空間にボンヤリと灯る、紅き点。
その数は2。


「・・・フッ!!」

手を振りかざし、無色の刃が瞬時に形成され
今まさに2人の命を奪おうと滑空を始めた。




白き少女は、自分の目を疑っただろう。
無色の刃を投擲した後、
自分の動作よりも遅く活動したはずの人間が、
それよりも速く動くことがない事象概念を打ち破る様、
そんな人間がこの世にいることは、まず考えられない。

執行者にとっての武器は、必ずしもその手に執るものがすべてではない。
そう。
無から有を生み出す奇跡を今、少年は目覚めさせようとしていた。


人には必ず持って産まれた『起源』が存在する。
起源はその者の持つ特性であり、人間であれば誰しも持っている素質である。
起源は自覚して発現させるモノ、
そして、無自覚のまま一生を終えるモノとの2種類。

野田康治は言わずもがな、後者に属するはずの人間だった。
されど、彼は欲した。
戦うこと、争うこと、憎みあうことを拒み続けた彼が始めて世界に向けて望むは『護れる力』


歴史上では語られることのなかった彼の両親から受け継いだ起源が今、開花のときを迎えた。


起源の名は【識解】
Dianoiaと呼ばれる、論理的戦術式。



無色透明だった刃の形状を僕は初めて見た。
刃渡り50cm、片刃、切っ先は真。
投擲速度は速くない。
敵のすべてが情報となって脳を焦がす。
白き少女の首を引っつかみ、突進速度を維持したまま僕は投げ飛ばした。
軽い身体であったためか、思いのほか遠くへ飛ばすことが出来た。

駄目だ。
このままじゃあ戦えない。
僕はさらに欲する。
戦うための剣、この手に目の前の敵を討つ力。

目に入る景色の中に浮いて見える二つの試験管があった。
大きな試験管、一つは強奪された新型のディヴァイダー。
もう一つは空の容器と見えていたが、今なら分かる。

手を伸ばす。
試験管に向かって、僕は言葉を紡ぐ。


「其の魂に宿りし者へ」
「神より賜いし神罰代行の責 我に負わせよ」

試験管から微量の高次元粒子が放出される。
言葉に答え、封印を解かれる日を待ちわびたかのような詩を其の者は続ける。

―禊を進む者 我が銘を紡ぐ者
―歓喜に満ち溢れる詩 凶刃の賛歌 天と地の盟約を交わす


詠唱は自己暗示に過ぎない。
兵器から声など本来聞こえるものではない。
されど、聞こえるのだ。
契約の儀、声の聞けない者は執り行えない。


「剣よ 代行者よ 我が願いを聞きいれよ」

―我が名は 双影 願いを受け 答える者

「我が名は 野田康治 契約は完了した」



眩い光と共に、左手に確かな重みを感じた。
大きさは約80~90cmほどのショートソード。
片刃で、銀色に輝く刃は室内にあふれる高次元粒子を反射してその輝きを増す。
そして、瞬時に武器から流れ出す多くの情報。
神の手によって造り出され、多くの時代を担った者の手を渡り、
時代を護る者、次は自分の番であることを理解した。


そして・・・・。

―康治・・・私の・・・子・・・。


懐かしい声が一瞬、聞こえたような気がした。
暖かい。
すべてを包み込むような声。
心強い。
僕は左手に力を込め、動けるかどうか確かめる。
(・・・動ける!!)
溜められた高次元粒子を解放し、目の前の狂気と対峙する。
僕の背で恐怖に震えている少女をこの場から救い出す。
その想いだけで、決着をつける。
この数年で起こったこと。
一度は望月杏に殺されたこと。
僕はもう、繰り返さないと決めた日のこと。


すべてが、その全部が、僕にとって掛け替えのない思い出だった。


地を駆ける。
一気に近づく望月杏の顔。
彼女は猛突進を繰り出す僕に対して、笑顔で答える。
シングルアクションで放たれる無色の刃が展開される。
数は6。
すべての刃が抜き放たれ、胸、左腕、両足、首筋を的確に貫通させる。

「うおおおおおおお!!!」

死に際の痛みに耐えながら、ひたすら前へ、前へと跳躍する。
実際即死クラスの攻撃だが、なぜか体は軽かった。





勝負は一瞬だった。
血だらけの身体で、望月杏と言う少女に突き立てられた一本の剣。
断末魔はなく、静かに倒れる小さな身体を僕はソッと受ける。
自然と眼からは涙がこぼれていた。
悲しいのか、哀れみなのか、その真相は自分でも分からない。
今の感情が何であるか。
不意に、少女の口が開いた。
声は出ていない。
血を吐きながらも、その口は何かを発しようとしていた。

最後の最後で僕は自分の眼に残るありったけの力を込めた。
知りたかった。
彼女の最後の言葉を聞き取りたかった。

されど、希少技能であっても限界はあった。

僕は最後の言葉を知ることなく、彼女の最後を看取った。
サラサラと砂のような光を地に零して、消え行く身体を最後の最後まで抱きかかえた。





もう涙は流れない。
一生分の涙を、枯れるほど流したから。
そうして、じっとりと湿った地下室に静寂が訪れた。



「殺したの・・・野田君?」

後ろから中村さんが僕の背に問うてきた。
無言で立ち上がる僕に肯定の意思を汲み取ったのか、それから地下室を出るまでの間会話はなかった。
外はたぶん、まだ戦場。
今の僕の身体で、中村さんを護りながら学園から出ることは出来るのだろうか。


否。やらなければならない。
出来なければ、愛した少女を手に掛けてまで護ったものに未来はないから。
ゆっくりと地上への扉に手をかける。
外はいつの間にか闇夜から茜色の光が差し込んでいた。
目を細め、僕達は外の世界へ一歩を踏み出した。

「よぉ・・・。遅かったな・・・康治」

不意に名前で呼ばれ、朝焼けの光に照らされる一つの陰に気がついた。
ボロボロの学生服を身に纏い、静かに佇む者。
周囲にはゆうに数十体の死体が転がってた。
その様子から今までの激戦の様子が伺い取れる。
フラフラとした足取りでコチラに近づく人影。
そこでようやくその人物が誰か把握した。


暗殺者石田隆は血煙の立ち込める中、嬉々とした表情でそこに居た。


「これ・・・全部石田が?」
「どうにもこうにも、オレをあの地下室に近づけないように配置した凄腕の執行者共だったんでな。」

「手加減なしで、片っ端から殺した。今この場には猫一匹いないだろうな」

「何も殺すことはなかった・・・なのに・・・」

「オレの前に立ちはだかる障害はすべて斬り捨てる。オマエもすでに知っていることだろう?それに、オマエの様子からすれば望月杏を殺したみたいじゃないか・・・1人殺すことと、100人殺すこと、両者とも殺人を犯したことに変わりない」

その言葉に僕はやっと石田の異様に気がついた。
石田隆の本来あるべき姿、暗殺者としての彼が人の心を失わせていると。


「僕は・・・認めない」

「何?」

「キミの存在を・・・認めない!!」

「じゃあ、どうする?ここで殺り合うか?その腕で、その体で・・・?」

「キミを止めることぐらいなら・・・出来る」


剣を持つ手に力が入る。
実際のところ傷はいつの間にかほとんど癒え、今は痛みしか残っていない。
勝つためではなく、彼を止めるだけなら今の自分でもなんとかなると踏んでの決断だった。

「え・・・?なんで・・・?これ?なんで!?」

中村さんは今の状況を飲み込めていない。
石田は今回のことだけではなく、今までもこんなことを繰り返してきた。
友達として親友として彼の生き方に口を挟むつもりはなかったけれども。
それでは何も解決しない。何も生み出さない。彼に待ち受けるのは、殺人鬼としての暗い未来しかないと、今確信したからこそ。

僕は、すべてを護ると決めて剣を執る。


「・・・・・」

「・・・・・ふん」

「興が殺がれた。オレは先に行くとしよう」


納刀音と共に、石田は踵を返し校門へ歩いていった。
「これから先、そんな甘い考えが通用するとは、思えん」

背中越しに伝えられる。
僕も剣を腰に納め、その背中に答える。

「それでも、僕は戦う」


そうして、石田の姿は朝の極光の中に消えていった。
残るのは中村さんの唖然とした表情と、僕の虚しい闘争心だけだった。
ここで石田と剣を交えていたら、彼はどう変わっていたんだろう?
僕はこれから先、誰も殺さずに戦い抜けるのだろう?

様々な不安と、焦りが募る中、中村さんが口を開いた。





「・・・私ね、執行者になろうと思うの」


「え・・・?」


この突拍子もない言葉で、僕の長い長い夜は終わりを告げた。
本当に・・・長い夜が。

第11話 END