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人はこの世界へ産まれたそのときから、善と悪の二面性が存在する。



善はすなわち世界に対して善きと思える心。
悪はすなわち世界に対して憎しみを持つ心。



その二つは表裏一体。
人が争いを止めない要因の一つである



一人の女の話をしよう。
彼女は世界を変えるためにその青春を犠牲にし、力を付け、友を得て、そして、世界に立ち向かうための信念を手に入れた。
世界を変えるほどの力を持つ女は、その力を持ってして世界の流れに逆らった。

されど、結果は惨敗。

世界は今も変わらず、人は人を憎み、争い、その血肉を食い合う存在であり続けた。

女は嘆いた。
自分には何も出来なかった。
一度は死を選ぼうとしたこともあった。
しかし、彼女は死ねなかった。
死ぬことで、逃げることが嫌だったのだ。


そうして、彼女は虚無でありながら生きながらえた。
世界を巻き込んだ戦争、【最後の審判】を乗り越え、ただ唯一の生き残り。
友の死を見届け、多くの人と出会い、別れを繰り返すこと幾星霜。
彼女にとってもう何度目か分からない寒い季節が訪れた。



この女の名は【雪乃】
白い雪のような肌。
漆黒の闇に解けるような黒髪に、まだ幼い顔立ちをしているが、歳相応の身体の女生徒。

多くの人が生活をする大国【桜木】の中心部に位置する【桜門学園】、そこに彼女の姿はあった。

「・・・雪・・・?」
どんよりとした空から落ちる雪に、季節の到来を感じ取ったのだろうか。
彼女は遠い虚空を眺め、ただ白い息を吐き捨てた。
手に持つ紅茶で暖をとりながら誰もいないグラウンドを黙々と歩く。
身体の芯が冷え切る前に帰ろうと、誰もがそう思うだろう。
しかし、彼女の行く方向は校門とはまったく逆の方向に位置する弓道場だった。





弓道着に着替えた雪乃は、道場で静かに瞑想する。
心を落ち着け、これから行う弓執りへ気持ちを切り替えるのだ。
「・・・・」
彼女が弓道を始めたのが12年前。
とある少年からそのイロハを教えてもらい、始めは興味がなかったが、今となっては弓こそ彼女の生きがいとなっていた。
静かな空間で、自分との戦いに時間を使うことに有意義を感じ取ったのだろうか。
ここ数年で彼女は弓執りとして恥じない腕を身につけた。


一人、道場に響き渡る弦の音に耳を傾ける。
その時間は彼女にとって掛け替えのないものだった。
弓と一緒にいる時間は、自分に弓を教えてくれた少年のことを思い出させてくれる。
過去を忘れないための、一種の儀式に近いもの。


―■■■■■■■■


フト、雪乃は何かの呪文を口ずさむ。


―■■■、■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■


続け様に3節。


―■■■■■、■■!


紡ぎ終わると、彼女の手には一本の光の矢がどこからともなく握られていた。
眩い光と、キラキラと不思議な粒子を放つ矢を弓に番(つが)え、
28m先にある的に狙いを定めた。
ギリギリと撓(しな)る弓と、今にも切れそうなほど限界まで引き伸ばされた弦。
その限界を悟った刹那、彼女の弓から光の矢が解き放たれた。


高速を越え、音速のレベルに達しようとする矢は吸い込まれるように的へ走った。
パンッと、軽快な音と共に突き刺さる光の矢。
バキンと、豪快な音と共に弾け飛ぶ的。



「・・・ハァ・・・ッ・・・ハ・・・」



苦しそうに肩で息をし、額からは汗が流れていた。
無理もない。
何を思ったのか、彼女はここ数年使っていなかった【魔術】をムリヤリ発動させたのだから。
彼女が少年から学んだのは【弓】と【魔術】
その少年は言った。
―自分は、魔を討つ者。執行者でありながら、魔術師なんだ
と。
そうして、一人の少女に少しだけ自分の知識を分け与えた。

それが、彼女の人生の中で唯一『楽しい』と思える時間だった。
『生きている』と実感できる時間だった。


しかし、少年はもう彼女の前にはいない。
『いつか、きっと、また会える』と彼女に言い残してこの世界から消えた彼女にとっての唯一であった。
あれから、もう12年の時が過ぎようとしていた。

弓を仕舞い、道場の片隅で飲みかけの冷めた紅茶を啜りながら彼女は想いに馳せた。

「いつになったら・・・迎えに来てくれるのかな・・・・」

長い髪が揺れるとともに、彼女は嗚咽もなくその場で涙した。
たくさん失った。
たくさん消えた。
たくさん泣いた。


それでも、彼女のことを世界は、許そうとしなかった。










少年の名は【光一】
一人の少女と出会い、その少女を変えた人物。
名門の魔術師の家系【野田】に生まれながらも、執行者として別の道を選んで最後の審判へと参戦した歴史上でその多くを語られない陰の英雄。

そして、彼はもうこの世にはいない。
されど、彼は約束した。
『いつか、きっと、また会える』と。
しかし、それは彼女にとっては呪いに近いものだった。
少年が変えようとした世界で、地獄を生き続ける少女にとってそれは死よりも辛い現実だった。

「雪乃・・・あれほど使うなと言っておいたというのに、キミは」

「・・・・」
弓道場に現れるのは、一人の男。
この草臥れきった世界で、彼女のことを知る唯一の人物だった。

「でも、これはアノ人が残してくれたモノだから」


「忘れたくは、なかった」


男は深いため息をつくものの、観念したような素振りで彼女の様子を見守った。
彼にとっても、彼女にとっても、アノ人の存在は掛け替えのないもの。
そんな懐かしい感覚に浸るも、男はすぐさま切り替えてとある報告書を彼女に差し出した。

報告書【入学者一覧】
その中に、一際目立つ名を持つ者がいた。


「・・・野田・・・?」

驚きを隠せない様子の女に、男は続けて説明した。

「野田康治。来年の春にこの学園へ入学するようだ。保護責任者の名は野田歩。光一の妹のところにいる子が、何の運命かオレ達の元へ来る。」


「どうする?雪乃?」

「どうするも何も。私はただ見守るだけだから」

「そういうと思った。ここに新しい編入者の戸籍がある。この少年を傍で見守るなら、使うといい」


そうして渡される戸籍の名。



「・・・黒崎、葵・・・」



この日、雪乃と言う人物は世界から姿を消した。
代わりに得た名【黒崎葵】となり、新たな時代を紡ぐ子を見守る。
その手には自分の姉の剣【Ixion】を手に、
その手にはアノ人が残してくれた【魔術】を手に、


彼女の戦いは、始まった。