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4月になったばかりの頃、野田康治はオレのアパートへやってきた。
「ほんと、何にもない部屋だね」
そう屈託のない笑顔で入り口に突っ立ている。
「五月蝿い。入るなら入れ」
無愛想に振舞うこのやり取りも、すでに1年ぐらい続いている。
人と接するのを拒絶し、ただ一人でいることを望んだオレの前に野田康治と言う人物が現れたのは1年ほど前の入学式。
しつこく付きまとうコイツに観念して、今では唯一の友人と言ってもいいヤツになった。
「そういえば、ここに来る途中で鶴谷先生に会ってきたよ。何でも、またアレが暴れているみたい」
「オレには関係ない。それはオマエらの仕事だろう?」
なにやら野田は不満そうな顔でこちらを見ているが、その視線を無視してオレは雑誌に再び目を向けた。
「関係ないって・・・石田は元々」
「元々なんだ?石田の家とは縁を切ってるんだ。もう一回言う、オレには関係ないことだ」
そこで会話が途切れた。
野田はコンビニの袋からタマゴのサンドイッチを取り出し、もふもふと頬張っている。

「そういえば、さっきから何読んでるの?」
「マガジン」
「後でボクにも見せて」
「あぁ」

また訪れる沈黙。
あまり多くを口にしないオレと、結構お喋りな野田とは傍から見れば相性は最悪なんだろう。
それでもこうやって沈黙の空間で一緒にいられるのはお互いを否定し合えないほどお互いのことを口にしないからだと思う。
それが友達と言える存在であるのかは分からないが、それがオレ達の暗黙の了解だった。
しかし、野田についての最低限のことは知っている。
少し癖のある髪に、黒縁の細いメガネ、細身の身体と170cmぐらいの身長が童顔である野田のスペックを引き上げている。
あの笑顔を前にすれば、大抵の女は母性本能を擽られるだろうと思われるが、等の本人に自覚がないから始末が悪い。
オレが野田の立場ならすぐにでも使っていると言うのに、もったいない。
「ほらよ」
オレは読みかけの雑誌を野田へ放り投げた。
あまり深くは読んでないが、今の自分にはあまりにも興味がなさ過ぎた。
何に対してもそう。
今のオレの興味は、何もないというのが正しい答えだ。
ただ人の真似事をしている。
それが、今の自分の空白を埋める唯一の手段で、
何もない自分に何かをさせるための方法の一つだった。






石田は変わってる。
最初出会ったときはかなりの無口で、誰も寄せ付けないようなオーラすら感じとれるほど、クールというよりも冷徹といった存在。
そんな彼と僕が出会ったのは、つい1年ほど前のこと。
ある事件をきっかけに僕達の仲は深まり、今となってはこのワンルームの部屋にボクが入り浸るほどの仲となった。
少し長い前髪、一重の瞳に、長い足。
どれをとっても、ボクとは真逆の人。
その目はいつも遠い何かを見ていて、深い闇を感じさせる。
不思議な人物だとは思うけど、今となっては慣れたもの。
こうして丑三つ時になってもボク達はお互い一緒にいて、その場の空気が変わる夜明けごろに自然と眠りに着く。
少し眠った後、二人で学園へ向かう。
寝起きの悪いボクはいつも石田に叩き起こされて、まだ寝たりない頭で外へ出る。
そんな毎日。
ボクの養母『歩おばさん』はいつも
「石田君のところに行くの?次帰ってくるときは連絡してね」
といった具合で、この外泊は当然の如く許されている。
放任主義な養母を持って自由に生活できるのは、今のボクにはとても嬉しいことだった。



時計の針は12時過ぎを指そうとしていた。




「さて、オレはコンビニに行って来る。オマエはどうする?」
「ボクは・・・いいや、特に用事ないし」
その言葉を聞いて、内心ホッとした。
これから向かうところは、野田と一緒では不都合が多すぎるからだ。
一緒に来たときは先に帰ってくれと言うところだったが、好都合だったためオレは黒のコートを羽織り玄関へと足を運んだ。
外はどんよりと曇り、冷たい風が頬を撫でる。
「・・・雪が、降りそうだな」


扉の外へ出るまでの間、終始野田の視線はオレの背中に刺さっていた。





明るい街頭。
コンビニの前を通り過ぎ、街の明かりすら届かない裏路地へと歩を進ませる。
ビルの雑踏に紛れてポツンと佇む廃屋の前で立ち止まり、周囲の気配を確認してオレは闇の中へ紛れ込んだ。
バタンと扉の閉まる音。
目の前には寂れたバーカウンターと、ポツンと置かれた円卓。
窓から差し込む光はなく、その人は自分と同じく闇の中から姿を現した。
「あれ?今日は来ないんじゃないかと思ったのに・・・」
満面の笑顔で迎えるその人の名は【柊 優子】
オレの知る唯一の女性で、そのまっすぐな黒髪と、蒼い瞳は周りがどんな闇の中だろうと映えて見えた。
「アンタが来いって言ったんだろ、優子。で、今日の仕事内容は?」
「話が早くて助かる。今日はバケモノ相手じゃなくて、人間の形をしたバケモノってところかな」
バーカウンターに腰を掛けたオレの前に一枚の書類が置かれる。
ザッと目を通すと、確かにバケモノ相手じゃないことは分かった。
しかし、これは・・・。

「なぁ、この調査資料は・・・確かなのか?」
優子は頷きながらタバコの紫煙を吸い、悠長に話し出した。
「どうにも、執行者の連中がヘタ打ったらしくてね。内部の裏切り者の処罰をしようにも、腕利きはみんな出払っちゃってる。そこでうちら【暗殺家業】の出番ってわけ。」

「いい?今回の仕事は報酬が破格な分、それ相応の危険が・・」
「毎回同じこと言ってるじゃねーか。オレはただ、人を殺せればいい。そのためだけの人間なんだからな」

やれやれ、と言った素振りを見せる優子の顔をかれこれ2年ほど見てきたがまだ慣れてはなかった。
どうにも親がいないオレにとっては、優子は姉であり、親でもある存在になっていたようだ。
オレはバーカウンターから腰を上げ、得物の確認をした。
「・・・それ、使うの?まだ隆が使ってるところ、見たことないんだけど」
オレの腰のあたりを見て優子はそう呟く。
「・・・」
無言のまま、コートを翻しオレは一言



「使えるものなら、とっくの昔に使っている」



そう、答えた。














遠くで、誰かの泣き声が聞こえた。
それは嗚咽でも、叫びでも、なんでもなく、ただすすり泣く、今にも周りの雑踏にかき消されそうな声。
「・・・ぅ・・・ぅ・・・ぅ・・・」
白いコートに、大きな瞳。
まだ幼さを残した、キレイと言うよりも可愛いと言ったほうがいい風貌をしている。

彼女は何をするのでもなく、ただ前へゆっくり歩いていた。
行き先もなく、ただ世界から隔離されたことで、彼女自身どこに行けばいいのか分からないのだ。
人ゴミを抜け、住宅街へ。
閑静な住宅街でも、彼女は隔離されたままだった。
すれ違う人たちは、あたかもその少女がいないものと思っているのか、誰も彼女を見ようとはしない。
世界から、自分の存在が、なくなった。
ただ、それだけで彼女は泣いている。
だから、願ったのだろう。

【誰でもいい。私を探して】

ポツンと等間隔で設置されている街灯に、誰かの陰がゆらりと動く。
暗闇に浮かぶ二つの青色の球体。
両手には銀に輝くナイフを手に、蒼い目がコチラを見ている。

【誰でもいい】
誰でもいいと願ったがばかりに、彼女は最悪の人間と出会ってしまった。
されど、嬉しかったのだろう。
今までの悲しい顔とは真逆の、嬉々満ちた笑顔。
スゥと手を伸ばし、何かを掴む。
目に視えないそれに気づいた陰は、自然と身体を強張らせて臨戦態勢を取った。

嬉しい。
何よりも嬉しい。
また、こうして自分と目を合わせてくれる人が現れてくれた。
そう。
この瞬間こそ。


【望月杏】にとっては久しぶりに死線を交わした瞬間だった。



「・・・フッ!!!」
陰が動く。
それと同時に飛び引く少女。
アスファルトの地面は砕け、大きな亀裂を残したまま陰は上空へ飛んだ。
逆手に構えられた双剣が鈍い光を発し、優子のいる空間を歪ませる。
「断」
最短に縮められた言霊を一節。
その瞬間、優子と望月の間の空間は割れ、地面にぽっかりと大きな穴を開けた。
上空からの大気圧縮。
普通の人間ならこの一撃で済んだはずだが、相手は人間の皮を被ったバケモノ。
圧縮された大気圧の中ですら平然とした顔をし、
楽しそうな笑みの中右手を掲げ、
その手に何かを握りつぶした。
『掌握』
四方八方の窓ガラスが一斉に奇声を上げた。
その様子に優子は呆気に取られた。
ありえない。
そうして自分の腹部に突き刺さる痛みに対しても、その言葉は向けられていた。
口から少々の血を流しながらも空中で体制を整える。
腰に装着されたアンカーナイフを投げ、黒い死神は地上に舞い降りた。

「・・・ごぷっ」
大量の吐血。
臓器をえぐられ、それでも立っていられるのはそれなりの死地を乗り越えてきた証。
自分の不甲斐なさを嘆きながらも、自分とは対象に位置するバケモノ相手にナイフを突き出し再び臨戦態勢を取る。

その瞬間
キラリと
遥か遠方から何かが光る。

その視線に気づいた望月が振り返るや刹那、彼女の肩は吹き飛んでいた。
雷音が響くかのように、2発目。
今度は足が吹き飛ぶ。

優子と対象の位置。
それも遥か2kmも先の高層ビルの一角にスコープを構える石田隆の姿があった。
シングルアクションの古風なスナイパーライフルは硝煙を上げながらもその咆哮を止めることはない。
撃徹を起こし、再び照準を狙う。
次は体制を崩した少女の心臓部を狙う。
狙撃においてまずは機動力を殺ぐことが最重要点。
その後、体制を崩した目標の心臓をいただく。
これが、暗殺の定石だった。

そう。
相手が人間ならば、この3発目で仕留められるはずなのだ。

【オオオオオオオオオオオオン】

吹き飛ばしたはずの腕。
吹き飛ばしたはずの足。
その二つが凄まじい速度で再生を開始し、優子へその殺意をぶつける。
その様子をスコープ越しに見た石田はライフルをその場に捨て置き、高層ビルから飛び降りた。
高さは100mを越えるビルの屋上から外装を翻しながら落下する陰。
間に合え。
石田はただそう願い、腰に装着されている何かを手に滑空を開始した。
―残影!!
超超射程の跳躍。
2kmと言う距離をゼロに等しくするための暗殺術。
景色が歪み、瞬きを一度したときには目の前に血塗れの少女が幽霊のように立っていた。

「おい!優子!!」

電柱の陰に埋もれている優子に声を掛けるが、反応がない。
グッタリとしたまま、ただ彼女の鮮血だけがその場に流れていた。
【・・・アハハ・・・アハハハハハ!!】
執行者でない自分で太刀打ち出来るだろうか。
あの優子でさえ一撃で仕留められなかった相手、この窮地を脱する手段は目の前の敵を排除するのみ。
石田は腰に携えられし何かを手に掛け、グッと力を込めて抜き払おうとした。

【ア・・・・?】

眩い光が降った。
それはまさに光の柱であり、天からの木漏れ日に似た暖かい光。
【ギャアアアアアアア!!!!!】

聞こえるのはバケモノの断末魔。


光は数秒照射され、収まった頃には倒れている優子の姿しかなかった。

「・・・おい、優子!!しっかりしやがれ」
駆け寄り、ソッと抱き起こすとか細いながらも小さく呼吸している。
内心ホッとしたが、このまま放っておけば大事に至ると思ったのか、石田は彼女を抱きかかえ立ち上がった。

「・・・・」

「・・・・誰だ!?」

気配に気づき、石田はナイフを誰もいない場所へ投げ放つ。
あまり速いとは言いがたいが、陰が動く。
優子を一旦その場に寝かせ、自分のコートをかぶせた。
敵がいるならば、殺すまで。
そう教えられた石田の血が、その対象を見透かした。

「・・・・執行者か?」

「・・・・」

「何とか言え、返答次第では・・・」

「・・・・・執行者よ」

「オマエも、あのバケモノの仲間か?」

「違う」

「あの学園に腕利きの執行者は出払っていると聞いていたが」

「・・・」

「なんとか言えよ」



そうして、闇の中からその者は姿を現した。


薄暗い中でも分かる、その華奢な手には漆黒の銃を。
小さな身体に纏っている白い防護服。

「暗殺者、石田隆。ランクはA+(プラス)、その名の通り暗殺術に特化しているが・・・」

「さすがに執行者相手では、分が悪いでしょ・・・う!!」
背後で蠢く何かを執行者は一刀のもとに切り伏せた。
この世のものとは思えない断末魔が広がり、
黒い影はその場から消滅した。

「去りなさい、暗殺者。二度とこんなことには首を突っ込まないこと。でないと」




―アナタ、死ぬわよ?




その言葉を最後に、執行者は闇夜に姿を消した。