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  • 2008年12月 > 『あわてんぼうのサンタクロース』


いつものように会社から帰り、疲れきった体をベッドに沈めた。
そのまま寝てしまいたいのは山々だが、資料に目を通さなくてはいけない。
「もうすぐクリスマス、か。」
壁掛けのカレンダーを眺めて溜息をつく。
携帯電話を取り出し、淡い期待を胸に数人しかいない女友達にクリスマスの予定を聞くメールを送った。

玄関のチャイムが鳴ったのはその直後のことだ。
扉を開けるとそこには真っ赤な衣装の初老の男が立っていた。
「こんばんは。わたくし、世界サンタクロース協会所属の『あわてんぼうのサンタクロース』と申します。」
「はあ……。」
自分であわてんぼうとか言うか? いや、それ以外にもツッコミ所は多々あるが。
「あなたは『サンタクロースに願い事を何でもひとつ叶えてもらえる権利』に当選しました。」
詐欺なんだろうか、こんな詐欺は聞いたことないが。どうせなら叶えられるわけもない本音を晒してみようか。
「じゃあ恋人がほしい。」
「かしこまりました。」
サンタはどこかに電話を掛け始めた。美人局というやつか? だがそれなら普通最初から女を遣すよな。
「……はい……はいはい、了解いたしました。」
そして俺のほうに向き直って、
「手配は完了しました。」
と告げた。

奇妙な来客のせいでさらに疲れた。
シャワーでも浴びようとバスルームに向かう。
服を脱ごうとして途中に何かつっかえたことに気付いた。
胸?
わずかながら胸にふくらみがある。どこかで刺されでもしたのだろうか。
などと笑っていられたのもそこまでで、下半身の衣服も脱ぎ終わったときには声も出せなかった。
無い。
思考停止。なんとかして体を流してバスタオルを巻いたことだけは覚えている。
上がり際に鏡をのぞいてみた。顔はほとんど変わっていないが、乗っけているものが違うだけでずいぶんと雰囲気が違って見えた。

体のことは置いておいて、メールの返信を確かめる。
まあ予想通りの結果だ。彼氏とデート、彼氏とデート、バイト、合コン、彼氏とデート。
「あれ?」
それ以外にもう一件着信があった。高校大学時代の男友達だ。久しぶりだな、元気でやっているんだろうか。
内容は今から飲みに行かないか、というものだった。今から? またずいぶん唐突だ。
俺はバスタオルを巻いている体を見た。まあ、厚着すればバレないかな。

「急で悪かったな。ええっと、どれくらいぶりだっけ。」
「先輩の結婚式以来だから、半年だな。」
「そうか。全然変わってないな。」
「どうだろうな。」
「え?」
「なあ、もし俺が実は女だったって言ったらどうする?」
「何馬鹿なこと言ってるんだよ。そりゃあよく女っぽいって言われたり女装させられてたけどさ。修学旅行で一緒に風呂入ったじゃねえか。」
「まあな。」
「ま、お前が本当に女だったら良かったかもな。」
「……なあ、どうせ二十四日も暇だろ。」
「うるせえ、お前もだろ。」
「また、飲まないか。今度は駅まで迎えに行くから。」
「? ああ、いいぞ。」

何を考えているんだろう俺は。ただの冗談に決まっている。あいつは俺が本当に女になったなんて思ってないはずだ。
それでも俺は……。
クリスマス前最後の休みの日。俺は偶然にでもあいつに見つからないように慎重に路線を選び、ある街に向かった。
まず店をはしごして女の服装をしている自分を思い浮かべる。
十何件か回ったところで見つけたセーターが俺の目を引いた。
今度はそれに合うように残りのパーツを選んでいく。
「次は……やっぱり入らないといけないか。」
店の前で散々うろうろして覚悟を決めた。
ランジェリーショップ。それはなんだか立ち入ってはならない領域のように思えて、中にいる間、まともに顔を上げられなかった。
その後、化粧品のことはよく分からないので、真っ赤な口紅を一本だけ購入。
最後に美容院に入って「できるだけ女らしく」と注文した。

ロングスカートが風にたなびく。ストッキングのおかげで意外と寒さは少ないが、やはりどうも脚の感覚が頼りない。
約束の時間五分前に待ち人は現れた。
「よ、よお。」
自分に話しかけたのが女だったこと、それがついこの前に会った俺だったことに愕然としているようだった。
「サンタクロースに、女にされちゃった。」
本当のことだが、言っている俺の耳にも間抜けにしか聞こえない。
「なんなら体確かめてみるか?」
何も言ってくれないので焦って変なことを口走ってしまった。訂正しようとしたとき、ようやく口を開いてくれた。
「いや、いい。お前が冗談でそんなこと言う奴じゃないって分かってる。それに、女装のときとは全然……。」
それって……。自分の心臓の音があいつにも聞こえているんじゃないだろうかというくらい響く。
沈黙が降りて何時間くらい経ったんだろう、と感じたが実際は約束の時間にたどり着いただけだった。
俺はようやく決心してその言葉をつむぎ出した。
「いきなりなんだけど、俺、お前の言葉にときめいたりしちゃって、その……好き、です。」
全部伝えたいのに、全然言葉が思いつかない。こんなので伝わるとは思えないけど、恥ずかしすぎて目もあわせられなくなってしまった。
どうやっていいかわからずもじもじしていると、思わぬ答えが返ってきた。
「ひゃっ!」
彼は俺の背中に腕を回して抱き寄せてきたのだ。
「あ、ごめん……。」
「いや、びっくりしただけだから。」
自分の胸が彼の胸に押しつぶされている感覚で、改めて女になったんだと実感させられる。男の体ってこんなに大きかったんだ。
私も彼の体に腕を回して体を預けた。

彼の肩越しに流れ星がひとつ見えた。

元レス
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220262396/207-211
最終レス投稿日時
2008/12/24 21:58:06

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最終更新:2009年01月11日 17:35