武蔵大学

武蔵大学(むさしだいがく)とは、東京都練馬区に所在する私立大学である。旧制武蔵高等学校を前身とする。以下、当項目では便宜上、武蔵大学のことを「当大学」と称する。

概要

当大学は、練馬区の東端に位置し、学生街として名高い江古田に所在する大学の一つである(他には、日本大学芸術学部の江古田キャンパス、武蔵野音楽大学江古田キャンパスがある)。

基本データ

名称:武蔵大学
分類:4年制大学
所在地:東京都練馬区豊玉北
創設時期:1949年4月(前身の旧制武蔵高校は1922年4月)
設置学部:3学部(経済、人文、社会)
在籍人数:4558人(2010年5月1日現在)

学部構成

現在、当大学には以下の3学部8学科が存在する。

なお、学籍番号の識別文字とは、学籍番号の左から4番目の文字のことであり、各学科ごとに固有の文字が割り当てられている。この名称は当項目で便宜上使用するだけのものであって正式名称ではない。

経済学部

設置:1949年4月
開学当初から存在する唯一の学部である。「経済学の基礎である理論、実証、歴史について、しっかりと理解したうえで、現代の経済社会の構造と問題を解き明かしていくこと」が目標と公式サイトには書かれている。男子の比率が多いのが特徴で、経済学科に至っては、男子:女子の比率が4:1に達する学年もある。この学部の学生の学籍番号は「1」で始まる。
  • 経済学科(1949年4月-)
現存する学科としては唯一、開学当初から存在する。学生からは「ざいざい」と略されている。学籍番号の識別文字は「1」である。
  • 経営学科(1959年4月-)
学生からは「ざいえい」と略されている。学籍番号の識別文字は「2」である。
  • 金融学科(1992年4月-)
経済学部で最も新しい学科である。在籍人数が学部中で最も少ない。学生からは「きんゆう」と略されている。学籍番号の識別文字は「3」である。

人文学部

設置:1969年4月
2番目に設置された学部。「国際化が進む現代において多様な文化や価値観の存在を認め、自立した人間として異文化と対話する能力をもつ人材を育てること」が目標と公式サイトには書かれている。2011年4月より各学科の名称が変更となったため、2005年からの学科名称は当大学に今まで設置された学科の中では最も短い6年間のみの運用となった。経済学部とは逆に女子の比率が多いのが特徴で、ヨーロッパ比較文化学科に至っては全体の男子:女子の比率が1:3程度となっている。この学部の学生の学籍番号は「2」で始まる。
  • 英語英米文化学科(2011年4月-)
2011年4月より英米比較文化学科が改組されて誕生した。学籍番号の識別文字は「Q」である。
  • ヨーロッパ文化学科(2011年4月-)
2011年4月よりヨーロッパ比較文化学科が改組されて誕生した。学籍番号の識別文字は「R」である。
  • 日本・東アジア文化学科(2011年4月-)
2011年4月より日本・東アジア比較文化学科が改組されて誕生した。学籍番号の識別文字は「S」である。

社会学部

設置:1998年4月
人文学部の学科であった社会学科を分離・独立させた際に設置された当大学で最も新しい学部である。「日常、あまりに当たり前で気づかない身のまわりの出来事に目をとめ、社会学の理論的・実証的な方法を駆使して、社会の仕組みを読み解いていくこと」が目標とされている。男女の比率は4:6と女子がやや多いが、全学部中、男女のバランスは最も良い。この学部の学生の学籍番号は「3」で始まる。
  • 社会学科(1969年4月-)
当初は人文学部社会学科であり、人文学部設置当初から存在した学部であったが、1998年の社会学部設置とともに分離・独立し、社会学部社会学科となった。学生からは「しゃかしゃか」と略されている。学籍番号の識別文字は「7」である。
  • メディア社会学科(2004年4月-)
新設された学科としては最も新しい学科である。学生からは「めでぃしゃ」と略されている。学籍番号の識別文字は「A」である。

大学院

大学院は、経済系の「経済学研究科」と、人文・社会系の「人文科学研究科」が設置されている。

以前存在した学科

新しい学科名称は改変年の1年生から適用されるため、しばらくの間は旧学科に所属する学生と新学科に所属する学生が併存することになる。例えば、2010年度に英米比較文化学科に入学した学生は、卒業まで同学科(旧学科)のカリキュラムで学ぶことになる。入学2年目の2011年度になっても所属学科が英語英米文化学科に変わる、もしくは移籍、ということにはならない。
  • 欧米文化学科(1969年4月-2005年3月)
人文学部設置当初から存在した学部。2005年4月に英米比較文化学科およびヨーロッパ比較文化学科に改組(事実上の分割)されたためこの学科の名称は消滅した。学籍番号の識別文字は「8」であった。
  • 日本文化学科(1969年4月-2005年3月)
人文学部設置当初から存在した学部。2005年4月に日本・東アジア比較文化学科に改組されたためこの学科の名称は消滅した。
  • 英米比較文化学科(2005年4月-2011年3月)
2005年4月に欧米文化学科が改組されて誕生した。学生からは「えいべい」と略されている。2011年4月より英語英米文化学科に改組されこの学科の名称は消滅した。学籍番号の識別文字は「B」である。
  • ヨーロッパ比較文化学科(2005年4月-2011年3月)
英米比較文化学科同様、2005年4月に欧米文化学科が改組されて誕生した。学生からは「ぱひ」と略されている。2011年4月よりヨーロッパ文化学科に改組され、この学科の名称は消滅した。学籍番号の識別文字は「C」である。
  • 日本・東アジア比較文化学科(2005年4月-2011年3月)
2005年4月に日本文化学科が名称を変更して誕生した。学生からは「にっとう」と略されている。2011年4月より日本・東アジア文化学科に改組され、この学科の名称は消滅した。学籍番号の識別文字は「E」である。

学内施設

1号館

2012年9月に竣工。地上4階、地下1階建ての、学内で最も新しい建物である。大小教室のほか、1階には生協購買部、3階には外国語センターと「MCV」と呼ばれる日本語禁止の英語学習スペースが、4階には国際センターがある。また、地下1階にはシアター教室がある。
壁面にガラスが多用され、全体的に開放感を感じさせるデザインとなっている。2号館のテラスから2階へと連絡が可能。
2011年6月頃着工し、改築される前は、1959年完成の教室棟であった。1Fはラウンジがあり、当部活でも班の話し合いに使われることがしばしばあった。2Fより上は教室棟になっていて、大小16の教室があった。生協もかつての1号館に存在したが、建物の中を介して生協の店舗に出入りすることはできず、いったん外に出なければならなかった。建て替え工事のあいだは、生協は現在の3号館学生ラウンジで営業が行われていた。

2号館

1Fには学食や生協本部、2Fには中講堂と呼ばれる大きな教室が2つある。建物は1980年のものである。2010年9月に中2階にラウンジが新設された。

3号館

旧制武蔵高校創立当時からある建物で、1923年完成。コの字型をしている。2009年度に大規模なリフォーム工事を行った結果、教室の内装やトイレは最新のものとなった。大小30の教室があり、これとは別に大学院の授業が行われる専用の教室もある。また、人文学部のGSルームや専用のPC室がある。学生相談室もこの建物にある。1Fの北側(ちょうど時計の下)には学生ラウンジがある。

4号館

1Fはマルチスタジオ、2Fより上は青山ホールとなっている。当部活の青山イベントはここで行われる。青山ホール?には校外へ出られる扉が存在するが、普段は
施錠されていて利用することはできない。1996年完成。

5号館

経済学部が主に使用する建物である。経済学部のGSルームや専用のPC室がある。教授棟の裏に存在する。1992年完成。

6号館

2号館の隣に存在する建物。1997年完成。1Fには教室が1つとキャリア支援課、2Fには小講堂と呼ばれる大きめの教室と情報・メディア教育センター管理のPC教室がある。2号館や7号館、8号館とは、屋根つきの通路でつながっており、雨の日でも濡れずに行き来が可能である。

7号館

6号館の隣にある建物。1997年完成。1F・2Fはゼミ教室や情報・メディア教育センター管理のPC教室がある。3Fは社会学部が主に使用する。社会学部のGSルームや専用のPC室、スタジオや編集室などがある。
地下にはプールがあり、武蔵中高生も使用している模様。

8号館

大学のほぼ中央にそびえる建物。2002年完成。1~3Fは、様々な大学の部署が集中しており、大学の中枢である。4F~7Fは、大小複数の教室がある。8Fはホールとなっており、イベント時のみ開放される。7Fの建物北側には学生ラウンジがあり、さながら展望室のようになっている。3Fには、空中庭園と呼ばれるテラスのような場所があり、B1Fには大学図書館別館の「洋書プラザ」もある。エレベーターのある数少ない建物で、エレベーターは5機ある。1F~3Fを直通で結ぶ当大学唯一のエスカレーターもある。なお、2Fは、1Fとしか行き来出来ないようになっているほか、5機中4機のエレベーターは2Fを通過する(というより乗り場そのものがない)という不思議な構造になっている。

9号館

情報・メディア教育センターが入居しており、PC室が3つある。このうち1FのPC室は長期休暇中でも利用できる唯一のPC室である。また、授業期間中も最も遅い時間まで開館している。3Fには実験教室がある。1988年完成。

10号館

2007年に完成した建物。1Fや2Fには学生生活課や保健室、学友会、体育連合会(体連)本部などがあり、3F~5Fはトレーニング室やホール、シャワー室などがある。6F~8Fは部室棟になっている。当部活は7Fに部室を持っている。8Fには屋上がある(ただし、柵に覆われているため眺望は効かない)。8Fには空き部屋が存在する。エレベーターは1つしかなく、昼休みや4限後などは非常に混雑する。建物の裏には屋根つきのスペースがあり、当部活では活動時の集合場所として利用している。なお、この場所は「応援団練習場」となっており、本来は応援団チアリーダー部の活動場所である。
開館時間は6:00、閉館時間は22:00である。閉館中は、館内に居ることはできず、電気設備等の使用も出来ない。なお、平日の6:00~8:50,18:30(土曜日は12:40)~22:00の時間はフリーで入館できず、学生証をカードリーダーに通して開錠する必要がある(日曜・祝日・夏季休暇期間は終日学生証で入館)。

活動時の集合場所。奥の白い建物のさらに奥に部の倉庫がある。

大学図書館

3号館に隣接している。1981年完成。65万冊の蔵書を誇る。検索用PCはもちろんAVラウンジなどもある。練馬区在住なら、図書館を利用することが可能である。前述したように8号館B1Fに「洋書プラザ」という別館もある。

教授棟

5号館の横にそびえる建物。教授一人一人の研究室がある。高校までの職員室のような建物である。入口には教授たちの在室状況が示されたパネルがあり、在室ならランプが点灯している。屋根つきの通路で8号館および図書館とつながっていて、相互に雨に濡れずに移動できる。

大学体育館

10号館の裏に存在する。文字通り体育館である。1970年完成。学内戦の後夜祭なども行われる。
体育館前、つまり10号館の裏のスペース(応援団練習場)は当部活の集合場所となっている。

大講堂

入学式、卒業式や学生大会、白雉祭など、幅広い用途で使われる。1928年の完成で、3号館についで古い建物。その趣からドラマの撮影にも使われることがある。1学年をぎりぎり収容できる程度の人数しか収容できないため、入学式などでは、保護者用に別室を用意するなどしている。2011年4月より改装工事が行われ、外見やレトロな趣はそのまま耐震化や内装の一新が図られた。現在は椅子が固定されているが、かつては講堂の中に所狭しと並べられた椅子は床に固定されていなかったため、移動・撤去させることで、大きな空間を作りだすことが可能であった。
2階には武蔵学園記念室があり、武蔵学園の資料が展示されている。ちなみに、部活動紹介のパネルには、ちゃっかりサイクリング部の写真が載っている。

学食

2号館1階に所在。リーズナブルに値段相応の味のものを喰える。お昼時には、食堂がリア充な人たちのグループであふれかえるため、一人で乗り込むのにはかなりの勇気が必要。

生協

1号館1階に所在。弁当、飲み物、本、雑誌、文房具など、コンビニ感覚の売店である。品揃えは良くも悪くもなくといったところ。とりあえず学生生活で最低限必要なものは取り揃えられている模様。

濯川

本校は小規模ながら豊かな緑に囲まれている。3号館中庭の大欅をはじめとして、キャンパス内には手入れの行き届いた草木が心を落ち着かせてくれる。
濯川(すすぎがわ)は、武蔵学園のほぼ中心を横断し、中高と大学とを隔てる人工の川である。ポンプによる循環式で、体育館前から新江古田方面の東門手前へと流れている。
もともと千川上水の一部であったが、戦後、千川上水が暗渠化され、濯川への分水も断たれてしまった(学校前の千川通りはもともと千川上水であった)。醜い水溜りと化した濯川を蘇生しようと、1984年5月から「武蔵学園濯川蘇生計画」が始動。総工費9600万円をかけ、1986年2月に落成した。
始点の体育館前は植物も多く綺麗であるが、だんだん味気なくなり、終点の東門手前ではただの取水口という、大変残念な姿となる。数か所に橋が架かっており、行き来には苦労しない。川幅は地点にもよるが、およそジャンプで飛び越えられるかどうかの微妙な幅である。お試しあれ!
濯川の水源。

以前存在した建物

学生会館

10号館が建設されたため2007年に取り壊された。跡地は「しらきじ広場」という小さなグラウンドになっている。なお、筆者は実際に学生会館を見たことが無いが、24時間開放されていた、冷房は付いていなかった、等の情報が先輩からもたらされている。

その他

根津嘉一郎と東武鉄道について

当大学の前身、旧制武蔵高校を創立したのは根津嘉一郎という人物である。彼は山梨県に生まれ、様々な会社の再建を成功させてきた。その会社の中には東武鉄道も含まれている。このため、現在でも当大学と東武鉄道は何らかのつながりがあると見られる。

これに関連するかどうかは不明だが、2009年度後期より、学内の一部の自動販売機にてPASMO電子マネーが利用できるようになった。2010年度後期より、学生食堂でもPASMOでの支払いが可能となった。生協では従来通り現金のみの取り扱いとなり、PASMOの使用は出来ない。なお、学生食堂内にPASMOがチャージできる設備がある。PASMOが利用可能な設備ではPASMOと相互利用可能なSuica電子マネーも利用可能である。

東京スカイツリーとの関連

東京スカイツリーの経営は東武グループによるものである。その高さが634m(=ムサシ)であるのは、表向きには(そう断言はしていないものの)「武蔵国」の語呂合わせのように説明されているが、武蔵学園関係者は皆「武蔵学園のムサシだ」と主張している。東武鉄道の根津社長がそう言っていたとも主張している。
ちなみに、事業主体の東武タワースカイツリー株式会社代表取締役社長は武蔵大学出身である。

武蔵高校・中学との関係

武蔵高校・中学は併設校であり、敷地も共有している。中学・高校の生徒が大学生協や図書館を利用する姿も見かける。しかし、知名度等の面で隔たりが大きく、中学・高校と大学の間を流れる川(正式には濯川という)のことを三途の川と呼んでいるという噂がある。これらの点を学生の間ではネタにすることが多い。

練馬アメダスについて

2012年まで、気象庁が運用しているアメダスの「練馬」地点の観測点は当大学の敷地内に存在した。1975年5月16日に設置され、2012年12月に新たに練馬区石神井台に観測所が移設された。学内の観測装置は、2013年3月中旬に撤去された。かつて存在した場所は裏門を入ってすぐ右手の百葉箱が置かれている地点で、7号館の裏のテニスコートのさらに裏にあたる。なお、アメダスの周りの芝生のようなスペース(露場と呼ばれる)へは立ち入り禁止であった。

ここでは気温、日照時間、降水量、風向、風速の観測が行われている。設置当初は降水量のみの観測であったが、1976年12月17日にはその他の要素についても観測を開始した。「練馬で何℃」と言った記録は当大学で観測されたものとして考えて良い。ここに観測点が設けられた理由は、「海風の影響を受けないため」とされている。なお、観測点の標高は38mであり、これはそのまま当大学の標高になる。

アクセス

以下の4駅および3つのバス停が案内されている。
  • 西武池袋線
江古田駅 ・・・ 正門から500m。徒歩6~7分で到着する。最も利用する学生が多い。こちらは「えこだ」と発音する。
桜台駅 ・・・ 正門から600m。徒歩8~9分で到着する。
  • 西武有楽町線
新桜台駅 ・・・ 正門から450m。出口からは徒歩5~6分で到着できる。当大学の最寄り駅であるが、地下駅で乗降に時間がかかること、路線の性質上利用がし辛いことなどから、利用する学生は少ない。なお、当線の直通先でダイヤの乱れ等が発生し、西武有楽町線が運転を見合わせた場合、当駅には電車が1本も来なくなってしまう。
  • 都営大江戸線
新江古田駅 ・・・ 裏門から600m。出口からは徒歩8~9分で到着できる。裏門は高校・中学の入口なので、大学施設へは門からさらに100mほど歩く。こちらは「しんえごた」と発音する。
  • 都営バス(白61系統)
武蔵大学前 ・・・ 正門の目の前にバス停が存在する。ちなみに白61系統は、千川通り~目白通り~外苑東通り~靖国通り経由で、練馬車庫から当バス停を通って目白駅および新宿駅西口を結ぶ路線である。このバスを利用することで、大学から新宿駅まで200円で行くことが出来、これは最安値である。
  • 国際興業バス(赤31系統・赤31-2系統)
豊玉北 ・・・ 環七通りを南へ向かうバスのバス停は正門から400mで徒歩5分。反対の場合は500mで徒歩6~7分。ちなみに赤31系統は環七通りを通り、高円寺駅北口~野方駅~当バス停~赤羽駅東口を結ぶ路線である。赤31-2系統は北行きのみの路線で、高円寺駅北口~野方駅~当バス停~赤羽車庫を結ぶ路線である。なお、関東バスが運行する便もある。
  • 関東バス(赤31系統・中12系統・中41-1系統)
江古田駅 ・・・ 江古田駅前ではなく、駅から少し離れた千川通り上にバス停がある。正門からは380mほどで徒歩5分程度である。ちなみに中12系統・中40系統は、当バス停~新井薬師前駅~中野駅北口を結ぶ路線である。深夜の中41-1系統は、当バス停~新江古田駅間を武蔵大学前~豊玉北経由で運行する深夜バスである。深夜に6便が存在し、最終バスのみ丸山営業所行、その他は中野駅行である。平日のみの運行である。
武蔵大学前 ・・・ 乗り場は都営バスの練馬車庫方面のバス停と同じ場所である。前述の中41-1系統が停車する。なお、丸山営業所行終バスの当バス停の発車時刻は1:18であり、これは当大学周辺の交通機関としては最も遅い。
豊玉北 ・・・ 乗り場は国際興業バスのバス停と同じ場所である。日中は国際興業バスと同じ行き先の高円寺駅北口行きのバスのほかに、前述の中41-1系統が停車する。このバスの乗り場は環七通り内回り上に存在する。

参考文献

外部リンク

関連項目

  • 単位 ・・・ そう簡単に手に入れられない、一種のアイテム。必要な分集めるとこの大学を出ていくことが可能。1単位はだいたい2万円相当らしい
  • 武蔵大学サイクリング部 ・・・ 当然だが、部員全員が当大学を母校とする予定
  • 体育連合会
2013年03月14日 (木) 20時24分17秒H
最終更新:2013年03月14日 20:24