ラドヤード・キプリング
(Joseph Rudyard Kipling)
(1865~1936)

略歴

 英国のヴィクトリア朝の作家、詩人。インドで生まれ、英国で教育を受けたが、17歳の時に再びインドに戻る。ジャーナリストとして働きながら、現地の題材で詩や小説を書いた。ここが境遇こそ似ているもののサッカレ-とは大きく異なっている点である。キプリングが晩年の頃には、すでにヒトラーが台頭していたが、彼自身はあくまでも旧時代の人間であった。キプリングは大英帝国の栄光を信じていたが、その彼が描いたのは支配階級の人々ではなく、あくまでも末端で英国を支えているイギリス人たち(兵士など)や、現地の労働者であった。キプリングは大英帝国を賛美したが、それは異例とも言える低い視点からのものであった。そしてその賛歌は同時に挽歌でもあった。当時、キプリングの作品が評価された背景にはハーディの強烈なペシミズムに対する反発がある。1907年には最年少の41歳でノーベル文学賞を受賞したが、今日ではその帝国主義に対する無批判の賛美などから、批判されることが少なくない。しかしながらキプリングを人種差別主義者だ、というような批判は、時代背景等を無視した意見であり、受容することはできない。なお、日本に来日したこともあり、日本を分析した資料も残している。

作品

 短篇集『高原平話(Plain Tales from the Holls,1888)はインド在住の英国人や現地の人々の生活を描いた作品である。詩集『兵営俗謡集(Barrack-Room Ballads,1892)では英国兵と現地兵の勇気、忠誠心、同志愛、戦場での苦難を歌った。その中で彼は白人の責務(白人は有色人種に模範を示さねばならない)という帝国主義的思想が引っかかるものの、それでもなお評価できる。『ジャングル・ブック(The Jungle Book,1894)ではジャングルで暮らす少年を描き、唯一の長篇『キム(Kim,1901)は英国人孤児としてインドで暮らす少年キムが、スパイとして活躍する物語。





最終更新:2009年09月16日 17:41