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ナサニエル・ホーソーン
(Nathaniel Hawthorne)
(1804~1864)

略歴

 マサチューセッツ州セイラム出身。ホーソーン家の初代ウィリアムはクエーカー教徒の迫害、二代ジョンは有名なセイラムの魔女裁判で判事を務めており、後のこれらのことが彼の作品に強い影響を与えることとなった。
 ホーソーンは4歳で父を失い、母方の実家で育てられた。ボードン大学で学び、そこでフランクリン・ピアース(後の第14代アメリカ大統領)やロングフェロウらと知り合った。卒業後は12年間もの間引きこもり、読書と創作に励んだとされるが、詳細はよくわかっていない。1839年、家計が苦しかったため、ボストンの税関に就職した。しかし翌々年には退職し、一時期超絶主義者らで作った、革新的実験農場ブルック・ファームに参加した。しかしそこでの人間関係に強い失望を抱いて離脱し、再び今度はセイレムの税関に就職、後数年で退職した。このセイレムの税関での体験が彼の代表作『緋文字』を執筆する契機となった。この頃にはメルヴィルとも交友を結んだ。1853年、友人のピアースが大統領選に出馬するとそれに協力し、その結果リヴァプ-ルの領事に任命された。領事を辞めた後も、数年間海外で暮らした。1860年に帰国したが、その後南北戦争の勃発する頃に彼の創作意欲は失われていった。1864年、友人のピアースと旅行中に没した。未完のままの長編が数編発見されている。

作品

 『 ファンショー(Fanshawe,1828)は在学中に書かれたと思われる処女作。大学の学長の家に寄寓するエレンと、彼女を巡る二人の若者の物語。
 『 二度語られた物語(Twice-Told Tales,1837,1842)は短編集で第1集、第2集合わせて39編。内容は歴史もの、寓話もの、スケッチ風と様々だが、いずれも習作時代のもので匿名で折々に雑誌などで発表された。なお、第1集にはロングフェロウの、第2集にはポオの賛辞が寄せられたという。
 『 伝記物語(Bingraphical Stories,1842)は子供向けに書いた伝記集。
 『 旧牧師館の苔(Mosse from an Old Manse,1846)はコンコードの旧牧師館に滞在中に書かれたものを中心とした短編集。
 『 緋文字(The Scarlet Letter,1850)はホーソンの代表作。姦通を犯したために緋のAの文字をつけられた女性と、その相手、そして女の夫という三人の複雑な心理を描いている。この作品を含め、彼の作品の主要なテーマとなっているのは「許されざる罪」である。例えば『緋文字』においては、姦通を犯した二人の罪以上に、復讐に燃える夫チリングワースの罪が「許されざる罪」として意識されている。「許されざる罪」の非人間性を糾弾する一方で、共同体の倫理に反するような自由放縦をも厳しく咎め、それ故に姦通を犯した二人は死後も結ばれることはない。
 『 七破風の屋敷(The House of the Seven Gables,1851)はホーソーン自身の家系をモデルとした作品。セイレムにある陰気な七破風の邸を舞台に、先祖の罪の呪いが子孫に降りかかるという物語。
 『 ワンダー・ブック(A Wonder Book,1852)は子供向けのギリシア神話。
 『 ブライズデイル・ロマンス(The Bithedale Romance,1852)はブルック・ファームでの経験から書かれた作品で、ユートピアへの幻滅が見られる。
 『 大理石の牧神(The Marble Faun,1860)はイタリア旅行からヒントを得て書かれた。大理石の牧羊神のような美貌の青年は、影を帯びた神秘的な娘と知り合うが、彼女を付けねらう男を青年が殺してしまったことで、無垢であった彼の精神に罪の意識が芽生え、苛まれる。
 『 われらが故郷(Our Old Home,1863)はリバプールで領事をしていた頃のスケッチ集。