W・H・オーデン
(Wystan Hugh Auden)
(1907~1973)

略歴

 イギリスのヨークの医者の家に生まれる。奨学金でオックスフォードに進むが、当初の生物学から英語専攻に変更した。1928年にはヴァイマル時代のドイツに滞在し、政情不安を肌で感じ取る。また日中戦争が起こると中国にも訪問している。その後マルクス主義からキリスト教に回帰する。1939年にはアメリカに移住し、7年後に国籍を取得し、またアメリカに亡命していたトーマス・マンの娘と結婚する。自らを「西の国の小粒なゲーテ」と称した。1956年にはオックスフォードの教授に迎えられ、5年間この職につき、1972年に再び大学に戻るも、その翌年オーストリアのウィーンで死去。

作品

 詩人として著名で20世紀最大の詩人の一人とされるが、他にも詩劇、大衆歌謡、ジャズ、オペラ台本、文芸批評など幅広い分野で一定以上の高い水準のものを残した。オーデンを中心とした1930年代を代表する詩人・作家を総称してオーデン・グループと呼び、その中にはデイ・ルイスマクニーススペンダーなどがいる。彼らはオックスフォードの同窓で上流中産階級の出身であるが、階級こそ諸悪の根源と考え、政治に積極的に関わった文学活動を行った。
 オーデンはスペイン内乱に際し「1937年スペイン(Spain,1937)を発表し、人民戦線への共鳴を明らかにした。が、結局はフランコ政権の樹立、そして独ソ不可侵条約、さらに第二次大戦という世界情勢の流れの中で彼らは時代遅れとなっていった。
 しかしながらオーデンだけはその才能をその後も発揮した。代表作としては長詩『新年の手紙(New Year Letter,1941)、『不安の時代(The Age of Anxiety,1948)がある。



最終更新:2009年12月01日 18:54