ウィリアム・シェイクスピア
(William Shakespeare)
(1564~1616)

第3期―深淵をのぞき込む(1601~1609)

 この頃、英国は目に見えない不安に苛まれていた。当1時、英国を治めていたのはエリザベス1世であったが、彼女は未婚のままとうとう70近くになっていた。国民は後継者が誰になるのか、あるいはその際の混乱について、漠然と不安を抱えていたのである。そして老女王が没すると、スコットランドからジェームズ6世が迎えられ、ジェームズ1世として即位したが、国民の反応は冷淡だった。
 そんな陰鬱な空気が忍び寄ってきた時代に世に出たのが、かの有名な4大悲劇である。社会不安が悲劇の生まれる要因の一つではあったが、それよりも個人的なもの、シェイクスピアが作家として円熟期に差し掛かった、ということも大きいだろう。
 まず最初に書かれたのが『ハムレット(Hamlet,1600-1601)である。劇中劇の活用や復讐計画、そして多量の流血など、キッドの『スペインの悲劇』(The Spanish Tragedy,1589)の影響は間逃れないが、人間描写や政治的状況など、優れた表現力と創造力で、観客の心を震わせたに違いない。
 次に書かれたのは『オセロゥ(Othello,1604-1605)だ。極論すれば、主題は家庭悲劇である。そこにあるのは人間性の愚かさと高貴さ、そしてあまりにも不条理な人の業である。
 続いて『マクベス(Macbeth,1605-1606)。シェイクスピア悲劇中、最短でしかも最も緊迫感のある作品。野望、栄光、そして破滅という急流に飲み込まれるような展開である。マクベスは11世紀に実在したスコットランドの王で、ダンカン王を殺害し王座を簒奪したことも事実。この作品が書かれた背景には、スコットランドからやってきたジェームズ1世に対するなかなか刺激的なメッセージだったと考えられる。また劇中に魔女たちが登場することも意味深である。というのもジェームズ1世は『悪魔学』Demonologyなる本を書いており、その方面でも興味を引きたかったのかもしれない。
 最後は『リア王(King Lear,1605-1606)だ。リア王は実在かどうかは微妙なところだが、伝説的な人物としてその物語は伝わっている。また作者不明の『レア王とその3人娘、ゴネリル、レーガン、コーデラの実録年代記』がモデルとなったのも間違いないだろう。長大な悲劇で、筋が複雑かつ様々な要素が入り組んでいるので、それが十分に整理されているとは言いがたい。その壮大さ評価されることが多いが、反面、物語の動機付けが弱い、全体の整合性がない、などの批判も多い。どうやらこの頃にはシェイクスピアは作品の細かい整合性に興味を失ってしまっていたらしい。彼はもはや特定の人物の悲劇性を演じさせるだけでは満足できず、それ以上のものを模索していたと考えられる。もはや舞台上では上演不可能、といわれるほどのスケールの大きさは、人間存在そのものに迫る迫力である。
 悲劇だけでなく喜劇もこれまでとは違った作品が生み出された。問題喜劇と呼ばれるもので、いちおう劇中で問題は解決したかに見えるのだが、その一方で人間性の矛盾や不可知性などが解決されないまま終わり、観客には奇妙な苦い後味が残る。『尺には尺を(Measure for Measure,1604-1605)がその代表で、喜劇と一言で言っても1期2期とは丸で毛色が違う。

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最終更新:2008年02月06日 19:04