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ジョージ・オーウェル
(George Orwell)
(1903~1950)

略歴

 インドのベンガル出身。本名はエリック・ア-サー・ブレア(Eric Arthur Blair)。父はベンガルで阿片の栽培と販売に携わっていたが、母や子らはイギリスに帰国し母子家庭だった。幼い頃から学業に秀でていたようで、奨学金でウェリントン・カレッジで学び、後イートン・カレッジに転向した。1922年にマンダレーでインド警察の訓練所に入り、各地で5年間勤務したが、次第に嫌気が差し1927年に帰国、辞表を出した。この当時の経験は後の作品にも生かされている。その後ルポライターを目指し、パリやロンドンを放浪し著作を発表した。スペイン内戦が起こると、義勇兵として参加しファシズム軍と戦った。前線で喉に貫通銃創を受け辛うじて命を取り留めた。戦況の変化により治癒後にフランスに脱出した。その後はエッセイや評論によって名声を得た。第二次大戦が勃発した時には軍に志願したが拒否され、国民市防軍に入った。1941年BBCに入り、東南アジア向けの宣伝番組の制作を行った。戦後に発表した寓意的作品『動物農場』で大成功を収めたが、1947年に結核にかかり、療養と執筆のためにスコットランドの孤島に引きこもったが、かえって病状を悪化させ、最後は治療を拒否し、遺作を書き上げた後1950年に死去した。

作品

 『 パリ・ロンドン放浪記(Down and Out in Paris and London,1933)はパリやロンドンを放浪中に書き溜めた最底辺生活者の生活を描いたルポルタージュ。
 『 カタロニア讃歌(Homage to Catalonia,1938)はスペイン内戦の体験を書いたもの。ルポルタージュ文学として評価が高いが、当時はわずかしか売れなかった。
 『 動物農場(Animal Farm,1945)は全体主義・スターリン主義を寓意的に描いた物語。人間を豚などの動物に見立て、理想がやがて独裁へと至る過程を辛辣な筆致で描いた。
 『 1984年(Nineteen Eighty-Four,1949)はいわゆるディストピア小説。全体主義の三大国に分割統治された核戦争後の近未来を舞台に、全体主義社会の恐怖を描いた。