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レイモンド・カーヴァー
(Raymond Clevie Carver Jr.)
(1938年~1988年)

略歴

 オレゴン州クラッツカニー出身。3歳の時にワシントン州ヤキマに転居した。家庭は貧しかったが高校を卒業し、その翌年には結婚、さらにその翌年にカリフォルニア州立大学チコ校に入学した。経済的には厳しかったが夜間に働きながら創作科でガードナーの教えを受け、1960年にハンボルト州立大学に移籍し文芸誌の執筆と編纂に携わった。1963年に卒業すると今度はアイオワ州立大学大学院の創作科に進むが、経済事情が原因で中退した。その後は雑役夫などをして糊口を凌いでいたが、1971年に短編が認められ、カルフォルニア州立大学バークレー校の客員教授となったが、アルコール依存症が原因で入退院を繰り返し、妻とも別居してしまった。その後、アルコール依存症を克服し、精力的に作品を発表し続けた。1980年にはシラキューズ大学の教授となった。1888年に詩人のテス・ギャラガーと再婚したが、程なくして肺がんでこの世を去った。

作品

 短編の名手とされ、70年代から80年代にかけての短編隆盛の立役者となった。主な傾向として日常生活で陥る孤独や挫折などの暗部を、省略された簡素な文体で描き出すものが多い。作品集として『 僕の身にもなってくれ(Put Yourself in My Shoes,1974)、『 たのむから静かにしてくれ(Will You Please Be Quiet, Please?,1976)、『 怒りの季節(Furious Seasons,1977)、『 愛について語るときに我々の語ること(What We Talk About When We Talk About Love,1981)、『 大聖堂(Cathedral,1983)、『 (Elephant,1988)がある。また詩集では『 夜になると鮭は・・・・・・(At Night the Salmon Move,1976)が知られている。