スティーヴン・クレイン
(Stephen Crane)
(1871年~1900年)

略歴

 ニュージャージー州ニューアーク出身。メソジスト派の牧師の14子として生まれた。8歳で父を亡くした。新聞社で地方通信員をしていた兄を手伝って記事を書いていた。シラキューズ大学に進んだが1891年に中退し、ニューヨークで記者をしながら作家を目指した。ニューヨークでは貧しい人々や浮浪者、売春婦などの悲惨な現実を目の当たりにし衝撃を受けた。しかしようやく完成した作品は反道徳的なものとみなされ、自費出版することになったが、ガーランドハウエルズらに認められた。『赤い武功章』を発表した後、実際に戦争を体験する必要を感じ、西部やメキシコなどへ取材に赴き、またギリシア・トルコ戦争、アメリカ・スペイン戦争の従軍記者となって各地を渡り歩いた。後にイギリスに生活の場を移し、コンラッドらと親交を結んだ。しかし、困窮や不摂生がたたって体を壊し、肺結核によって28歳の若さで夭折した。

作品

 『街の女マギー(Maggie : a Girl of the Streets,1893)は仮名で自費出版した処女作。ニューヨークの貧民街で生まれ育った娘マギーが、困窮と劣悪な環境の中で、生きてために次第に堕ちていく姿を描いた。そのあまりの内容の暗さ故にどこの出版社からも拒絶されたという。一般的な評価も芳しくなかったが、ガーランドハウエルズらからは高い評価を得た。
 『赤い武功章(The Red Badge of Courage,1895)は代表作。独立戦争を舞台に、ある若い新兵の心理と戦争の不条理さを巧みに描いた。クレインは全く戦争経験がなかったが綿密な取材と想像力でもってリアルな戦場の姿を描いてみせた。
 『黒い騎手たち、その他(The Black Riders, and Other Lines,1895)は処女詩集。クレインは詩の分野でも優れた才能を発揮した。
 『勇者の秘密(A Mystery of Heroism,1896)もまた戦争物の小説。
 『オープン・ボート、その他(The Open Boat and Other Tales of Adventure,1898)は短編集。表題作の「オープン・ボート」はキューバへの取材旅行の途中、船が難破して極寒の海へと投げ出された時の経験をもとに書かれた。
 他には短編集に『怪物、その他(The Monster and Other Stories,1899)、『ウァイロムヴィル物語(Whilomville Stories,1900)、詩集に『戦争はやさし(War Is Kind,1899)がある。



最終更新:2011年05月30日 15:55